絶園の商人   作:ポーシャ

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第八幕 思いの召すまま、零すまま

 葉風の打ち出した秘策──それは翔花が吉野に語った通り、過去に飛んで翔花が絶園の魔法使いとなるのを防ぐ、ということだった。

 伴い起きると予測されるタイムパラドックスは、「過程が変わっても結果が同じになればいいのではないか」という鶴の一声──真広の言葉で後押しとなる。

 つまるところ、翔花が絶園の魔法使いにならずとも、愛花が失敗することを愛花自身に事前に伝えておけばよいのだと。絶園の力そのものに変わりはない。愛花と翔花の違いは、未来視の有無だけ。むしろ力の使い方においては愛花の方が優れているはず──歴を鑑みての事──なので、愛花が未来を知っていれば、翔花でも愛花でも関係はない、と。

 

 誰もが成程、と思った。

 誰もがそれならいけるかも、と思った。

 

 ただ二人、吉野と愛花を除いては。

 だけど──性質の悪いことに、言わなかったのだ。二人が二人とも、その懸念点を口にしなかった。

 それにより鎖部葉風は過去へ飛び、彼女の吉報を待つ間、先刻現れたはじまりの樹のコアである「御柱」への対策委員会が設置されることとなる。

 加えて、その周囲で絶園の力を撒き散らしている翔花への対策も。

 

 

 *

 

 

 遊園地を二人、吉野と愛花は歩く。

 遊園地といってもアトラクションに乗るつもりはサラサラなく、ただ人混みで物事を考えてみたい、という愛花からの提案だった。雑踏こそが静寂になることもあるか、と吉野も何の気無しにOKを出した。

 

「葉風さんには悪いのですが、仮に過去へ飛んだとしても、翔花が絶園の魔法使いになることは止められない……と、そう思うんですよね。吉野さんは、どう思いますか?」

「僕も同意見かな……。過程が違っても結果が同じになればいい、というのはそういう理論があったような気もするけれど、でもそれは愛花ちゃんと翔花ちゃんの違いを知らな過ぎる。真広もそれくらい気付けるはずなのに、なんであんなに乗り気だったんだろう」

「多分、わかっているからです。マヒロは……それ以外に翔花を救う方法がないとわかっているから、藁にも縋る思いでその最も不合理に近い解を求めるしかなかった。マヒロらしくないといえばそれまでですが、その直前に葉風さんから発破をかけられていますから、それが効いたのかもしれません」

 

 二人して、無理だ、という結論にまでは至っている。

 翔花自身がそう言っていたように、単純なことで覆せる代償契約など何の重みもない。絶園の魔法という、あくどい者が使えば世界を破滅させることだってできるあの力を奪う契約。

 言っては悪いが()()()()()()では何の解決にもならない。

 

 否──。

 

「ならなかったから、翔花は今絶園の魔法使いなんだと思います」

「うん。……多分翔花ちゃんは、未来から来た葉風さんにもう出会っている。それで、その葉風さんを退けている。最初に愛花ちゃんと真広が翔花ちゃんに会った時、魔具で葉風さんと繋がっていることまで見抜かれていた……んだよね?」

「はい。あの時点で翔花は葉風さんを知っていました。未来視ができると聞いた時はそれ由来のものだと納得しかけましたが、違いますね。少なくとも"視"たところで魔具の先に誰がいるかまではわかりません。まぁあるいは、私達が葉風さんの名を呼んでいるところを見たのかもしれませんけど」

 

 ベンチに座って。

 騒々しい周囲なのに、まるで二人だけしかいない、みたいな雰囲気を作って。

 

「……昔の話をしてもいいですか?」

「いいよ。愛花ちゃんの好きなように」

「昔。翔花に吉野さんと付き合うことを話したことがあったんです。吉野さんがカラオケで翔花と浮気をする四日ほど前のことですね」

「あれは浮気じゃないってその場で説明……というか尋問されたじゃないか」

「その時私は、二つのことを翔花に言われました。一つは、"置いていかないで"という言葉」

「……翔花ちゃん、すごいお姉ちゃん子だったもんね。僕に取られちゃうって思ったのかな」

「私はこの言葉に対して、吉野さんと同じことを思いました。けれど後になって、二つの意味を見出しました。一つは翔花の未来視という力。私が絶園の魔法使いであり、そして彼女が破滅の未来なるものを見たとすれば、この言葉にも納得ができます」

「ああ……。僕、聞いたよ。翔花ちゃんの視た破滅の未来が、どんなものなのか」

「どんなものでしたか?」

「愛花ちゃんが死ぬ未来だった、って」

「……成程。だから置いていかないで、ですか」

 

 吉野だって到底そんな未来は受け入れられない。

 もし吉野に翔花と同じような力があれば──あるいは。

 

「それで、もう一つは何を思ったの?」

「置いていかないで。これは逆に言えば、連れて行って、と捉えることもできます。──助けて欲しい、と捉えることもできるのではないか、と」

「……それは、どうだろう。翔花ちゃんの意思は固そうに見えたけど」

「ここで大事なのは、翔花の意思がどこにあったか、ではないんですよ、吉野さん。()()()()()()()()()()()()()()()()()というところが大事なんです」

「未来の、確定……」

「翔花は私が絶園の魔法使いであると知っていた。もし仮にあの時点で絶園の樹復活の兆しが見えていたら、私は両親やマヒロ、翔花をも殺して絶園の樹復活だけに注力していたかもしれません」

「そんな……」

「だって必ず追ってくるじゃないですか、あの二人。吉野さんは表には出さないでしょうけど、あの二人は感情むき出しで追ってきます。葉風さんに出会う出会わないはわかりませんが、ありとあらゆる手段を以て、たとえ半身が黒鉄病に冒されていても追いかけてくるでしょう」

 

 それは。

 想像に難くないな、と吉野は思った。

 だってどちらも、愛花のことを愛しているから。

 

「その場合、置いていかないで、は額面通りに受け取ることができます。あるいは連れて行って、もそうでしょう。私が翔花を殺すか否かの判断は私の中で決定していなかった。もしかしたら翔花が身を引く可能性もあった。追いかけてくるのではなく、翔花と共に絶園の樹復活を目指す可能性もあった」

「……そして、今みたいに翔花ちゃんが絶園の魔法使いとなる可能性において、翔花ちゃん自身が揺らいでいる可能性もあった、か」

「はい。どうとでも取れる発言は、未来が確定したものではないことの証左とも言えるでしょう。そして」

 

 愛花は一度言葉を切り、そして吉野の目を見て続ける。

 

「"ちゃんと吉野を愛して。大義も、使命も、運命も放り出してでも、ちゃんと"。置いていかないで、の後に、翔花はそう言ったんです」

「……それはなんとも気恥ずかしい台詞だけど、愛花ちゃんには大義も使命も運命もあったわけだから、その言葉は重いね」

「その後にこうも続けました。吉野さんは、私が、たとえどれだけ理不尽な理由で吉野さんをフっても、不合理な理由で吉野さんから離れても、文句の一つも言わないで抱え込む。約束してほしい、と。吉野さんが好きなら、吉野さんを愛してほしい、と」

「背中、押されまくってるなぁ」

「具体的すぎると思いませんか?」

 

 愛する、と言う言葉の連発に思わず後頭部を掻いて目を逸らそうとした吉野を、その顎を、愛花ががっちりと掴んで固定する。

 深いアメジストの瞳。吉野を飲み込むようなそれは、微動だにしない。

 

「まるで私が、理不尽な理由で吉野さんをフったり、不合理な理由で吉野さんから離れる未来を視たかのように」

「だからそれは、翔花ちゃんの視た未来が愛花ちゃんが死ぬ、っていうものだったからで」

「それならば死なないように気を付けてくださいとか、殺人者の名を挙げて誰誰に気をつけてくださいとか、そう言うと思うんです」

「……確かに。その言い回しだと、あまりにも愛花ちゃん目線過ぎる」

「はい。まるで私が自主的に吉野さんと離縁し、まるで私が自主的に吉野さんから離れるような言葉。そして、私が死ぬ破滅の未来。これらから想像するに──」

「翔花ちゃんの視た未来では、愛花ちゃんが自殺を図っていた、って?」

「不合理で不適格なものを除外していって、最後に残ったものがどれほど奇妙であっても、それが真実である」

「珍しいね。愛花ちゃんがシェイクスピアじゃなくてコナン・ドイルから引用するなんて」

「私は普通に生きていたら自死はしません。自負があります。ですが、ただ一つの条件下において、それを選ぶ可能性がありました」

「……それは?」

 

 聞き捨てならない言葉だった。

 吉野にとって、それは。

 

「私の死がはじまりの樹の消滅に繋がる道が提示された場合です」

「……死が未来に繋がる、なんて。……あっちゃならないことだよ」

「同じことを今、翔花がしようとしています」

 

 そうだ。

 だから。

 

()()()()()()()()()()()()、その未来は訪れていた可能性があると考えられるんですよ、吉野さん」

「翔花ちゃんが、いなかった場合?」

「現在から考えてみてください。翔花がいなかった場合、はじまりの樹を消滅……まずは復活ですね。それをさせるためには何が必要だったと思いますか?」

「……左門さんが葉風さんを孤島に送り込んだ時点で、葉風さんがボトルメールを海に流すことまでは確定していたように思う」

「はい。であれば、それを拾う人間が必要になります。何事も合理で考え、行動力があり、世界のことなど些事として考えられる人間が一人必要になるでしょう」

「ま──真広以外にも、居るんじゃないかな、流石に、一人くらいは」

「いたとしても関係ないんです。私は元絶園の魔法使い。逆に言えば、私ははじまりの樹の触覚であるとも言える存在。その私の最も近い場所にいた条件に当てはまる人間は、マヒロしかいない。よってマヒロを旅立たせなければいけない」

 

 真広を旅立たせるには、どうすればいいか。

 

「簡単です。私が死ねばいいんです。殺された風に死ねば、真広は躍起になって犯人捜しの旅に出るでしょう。罪を償わせるとかではなく、ただ復讐のためだけに。誘拐ではダメでした。誘拐だと私は自らの力で帰ってきてしまえるので、死ななければならなかった」

「……そして、何者かに殺されたと偽装された愛花ちゃんの死をみた真広は旅に出て、葉風さんと出会う。そうして──僕とも、再会する。ほとんど同タイミングでエヴァンジェリン山本さんともニアミスする」

「鎖部夏村さんとも、ですね。あの時あの場に彼がいたのは翔花の有無に関係のないことでしょうし」

「僕も……僕だって愛花ちゃんが誰かに殺された、って知ったら、多分真広に同行する。魔法なんてものが存在して、葉風さんの協力があればその犯人を見つけ出せるって知ったら、多分」

「そうして葉風さんは復活を果たすのでしょう。あの樽の中から。その後、葉風さんは今のように過去に飛んで私の殺害犯を見つけに来る。けれどそんなものは存在しない。いいえ、違いますね」

「──葉風さんから未来の話を聞いて、愛花ちゃんは自死を選ぶ」

「はい。私の死がはじまりの樹の復活、ないしは消滅に繋がるのなら、と。勿論未練はあったと思いますが、世界の破滅を前にすればそんなことは些事でしかありません。ふふふ、マヒロも吉野さんも絶対に納得してくれないとは思いますけど」

「うん……しない、と思う」

 

 整理する。

 つまり。

 

「翔花の言葉は、その全てが翔花のいなかったパラレルワールドを軸に発されています。未来で私がはじまりの樹の消滅に失敗した、と言っていたのも、恐らくそういうことでしょう」

「死んでいたから、消滅に挑む前に失敗した、ってことか」

「やたらと私に思い出を残させようとしたり、翔花より私を優先するよう吉野さん達に誓いを立てさせようとしたり。翔花がいない世界を考えれば考えるほど辻褄が合うんです。そして、ならば翔花とは一体何者なのか」

「……そういえば……言ってたね、翔花ちゃん」

 

 ──"ただ、受け入れられなかった。だからやった"。

 

「あるいは翔花は、私の妹ではなかったのかもしれません」

「っ、そんな……」

「今そうでないことが他でそうでないとは言い切れませんよ、吉野さん。特にあの子は未来視持ち。パラレルワールドの存在を彼女自身が肯定している」

「……じゃあ、何の関係もない彼女が、何らかの方法で愛花ちゃんの妹になって、絶園の力を奪って、君の代わりに死のうとしている……」

「あまり自惚れたことを言うのは好ましくありませんが、私の死を受け入れられなかった誰かなのだとしたら、それもあり得る、と言う話です。ただ、勘違いしないでくださいね、吉野さん。私は翔花のことを他人だ、なんて思っていませんよ」

「うん、そこは心配して無いよ。……ただ、それが真実なのだとしたら……僕はそれを、"喜劇である"とは言えないかな」

「同意見です。全くの」

 

 自己犠牲。献身精神。滅私精神。

 そんなものではない。ただ受け入れられなかったから、という身勝手な理由だ。

 

 そんなもので助けられて、果たして愛花が何を思うのか。

 

「……あ、だから、か」

「気付きましたか」

「うん。だから翔花ちゃんは、消えようとしているんだ。そんな行動で助けられたって愛花ちゃんが負い目を負うだけだから、みんなが悲しい思いをするだけだから、全員の記憶から消えようとしている」

「代償という言葉さえも方便なんですよ。あの子は本当に嘘吐きです。自身の存在が消えることさえ自身の利益としているんですから」

「彼女にとっては、はじまりの樹と共に消滅できたら、それがハッピーエンド、なんだ」

「だから誰にも言わずに消えようとしていたのでしょうね。吉野さん。──流石の私も腹が立ちます」

「うん。僕もだよ。暴虐無道で傍若無人、口が悪くて生意気で、身勝手で……ちょっとやり過ぎだ」

 

 考えるべきことがようやく見えた。

 救うとか。助けるとか。

 そうじゃないのだ。

 

 ──叱る。そのために翔花を連れ戻す。

 

「噓つきは泥棒の始まり、だからね」

「……吉野さんがそれを言うと、特大のブーメランが返ってきそうですけど」

「僕そんなに嘘吐きじゃないよ?」

「どうでしょうね。肯定も否定もしてあげません」

 

 ようやく周囲の音が戻ってくる。

 二人だけの世界。その二人の真ん前に。

 

 

「よぉ、吉野、愛花。やけに仲良さそうじゃねえか」

 

 

 額に青筋を立てた、真広がいた。

 

 あ、終わったな、と。吉野は静かに目を閉じるのであった。

 

 

 

 *

 

 

 

 困ったな、というのが第一の感想である。

 切っても切っても、叩き落しても潰しても――再生する。

 

 樹の攻撃がこちらに当たることはないけれど、というか当たっても痛くも痒くもないけれど、有効打がない。

 やっぱり絶園の樹が剣となったアレじゃないとダメなのか。

 なら早くなってほしい。早く手元に来て欲しい。

 

 そう願うこと数日、不眠不休での戦いは終わり気配がない。

 

 鎖部葉風が過去に飛んでから、確か結構な時間を要していたように思う。彼女が返ってくるまで絶園の樹が呼応してくれないのだとしたら、少々面倒だ。

 もう絶園の樹を抜きに一旦富士山麓まで戻ろうか、とすら思えてくる。

 

 背後、何かが飛来してくる。

 パシ、と掴み取れば、それは──ケータイだ。

 

 ……面倒に思いながらも一度結界を張って止まる。

 

 すぐに着信音が鳴った。

 

「失礼。声は聞こえているかね、ジェシカ──いや、不破翔花」

「ジェシカと呼べ、鎖部左門。それ以外で呼べば反応しない」

「わかった、ジェシカ。何用かは簡潔に話す。だから電話を切らないでくれたまえ」

「鎖部葉風が行っている事なら知っている。無駄だと伝えてやれといいたいが、魔具が切られているのだろう。徒労に終わって帰ってくる鎖部葉風を出迎える準備はしておいてやれ」

「そのことではない。そのことも伝えようとしていたが、お前の未来視を考えるに知られていると考える方が早かった。──そちらではない」

「ならばなんだ」

「こちらから戦闘員、及び補助戦闘員をそちらに回す。てこずっているようなのでな」

「馬鹿か。鎖部一族の魔法ははじまりの樹に近づけば効力を失う。何もできない者は何もしないで待っていろ」

「魔法を使わなければ、よいのだろう?」

 

 言葉と同時に──飛翔音が響く。

 私の結界の横を通って、はじまりの樹へそれが衝突した。

 

 ……ミサイル?

 

「高度な文明の産物──」

「確かに君の懸念は尤もだ。高度な文明の産物をはじまりの樹にぶつけても、供物として食われるだけ。だが、君の力を付与すれば別だろう?」

「……成程」

 

 言いたいことは分かった。

 なので、はじまりの樹が鎖部一族の魔法を食わない範囲ギリギリで、絶園の魔法を付与する壁を起こす。

 

「素晴らしい理解力だ」

「残骸の残らない弾を使え。あるいは使うとしても、潜水艦などで回収しろ」

「無論だ。ところで、行けそうなのかね?」

「鎖部葉風が戻ってこない事には終わらせられんだろうな。出来得ることなら鎖部葉風をすぐにでも連れ戻してほしい所だが──」

 

 絶園の力を纏ったミサイルがはじまりの樹の樹皮に衝突する。

 ……少し、削れはしたか。

 

「政府の助力を取り付けたのは、早河巧か?」

「いいや、世界は依然としてはじまりの樹を信仰対象とし、絶園の魔法使いを悪としている。ゆえに君を攻撃せんと各国から主力艦隊が集まりつつある」

「成程、今の攻撃は私に向けられたものか。なら」

 

 絶園の付与壁を不可視にする。

 

「もういいか」

「ああ、助力、感謝する。君自身を狙撃するような攻撃はこちらで対処する」

「どちらでもいい。効かん」

「了解だ。健闘を祈る」

 

 ……世界の敵となったが故に、世界の助力を得られると。

 面白いな。どうせ意味はないのだろうけど。

 

 さて──。

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