絶園の商人   作:ポーシャ

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第六幕 『悪魔でも聖書を引用する。己が目的のためならば』

 鎖部左門。

 それが不破愛花、不破真広、滝川吉野の前に立っている男の名。

 鎖部葉風を絶海の孤島に閉じ込め、彼女のいない隙に絶園の樹を復活させんとした鎖部一族の裏切り者。その主犯格──いや、幹部。

 

 その左門が口を開こうとした、その寸前で、手を挙げる者がいた。

 

 不破愛花だ。

 

「何かね?」

「回りくどい話は無しにしましょう。こちらからする質問は三つだけ。それに答えてくださるのであれば、今真広が持っている魔具を貴方に渡すことも考えます」

「なに?」

「愛花、何を」

『何を言っているんだ、愛花!?』

 

 誰もが驚く。誰もが意表を突かれる。

 いや、あるいは──滝川吉野だけが、ただぼんやりと見つめていたかもしれない。彼女のその行動は、あまりにも既視感の強いものだったから。

 

「いいだろう。質問をしたまえ」

「はい。まず第一に、貴方は絶園の魔法使いであるジェシカさんを倒すことは可能ですか? 具体的には、魔法を使えなくさせた上で、私達の前に引きずり出す、というようなことは」

「……まず不可能だ。姫様クラスの魔法使いでようやく互角、あるいはあちらの方が上、ということもあり得る。見えるだろう。周囲を囲む赤い壁。あれは何の儀式も無しに絶園の魔法使いが作り上げた結界だ。軍からの攻撃の一切を通さない絶対の壁。単身で、独力で、供物の一つもなくあそこまでの力を奮う存在に、私含む鎖部一族は太刀打ちできないだろう」

「良い状況判断です。そう、あなた達では絶園の魔法使いを倒すことはできません。ですが、あなた達が弱いことは、あなた達の責任ではありません。あなた達は弱く在ろうとして生まれて来たわけではありませんから」

 

 それはハムレットの引用。愛花が好んで使う引用だ。

 "持って生まれた弱さは、けれど罪ではない。弱からんとして生まれた者などいないのだから"。ゆえに鎖部左門が、あるいは鎖部葉風がジェシカに勝てなかろうと、それを罪に問うことはないと、愛花は言う。

 

「第二に、鎖部左門さん。貴方の目的は絶園の樹を復活させることと、葉風さんの復活を阻止すること。これで合っていますか?」

「ああ、違わない。絶園の魔法使いの協力のおかげで、今いる術者は私以外の全てが絶園の樹復活のために力を行使できている。刻一刻と絶園の樹は目覚め始めている」

「ジェシカさんにそれを頼まなかったのは、彼女の一意で絶園の樹を使われては困るから、と言ったところでしょうか」

「そうだ。絶園の樹ははじまりの樹の覚醒に対する唯一の剣だ。しかし、その力が破壊に満ちている事もまた事実。我ら鎖部一族は絶園の樹を復活させ、はじまりの樹の覚醒を阻止せんと動いてはいるが、絶園の樹の力を使って何かをしようとは考えていない。復活させた絶園の樹は鎖部一族が未来永劫責任を持って管理する。そこに素性も得体も知れないあの魔法使いの入る隙はない」

「葉風さんの復活を阻止したいのは、葉風さんの気持ち一つではじまりの樹が覚醒してしまうから、ですよね」

「正しい。姫様ははじまりの樹の加護を受け、そしてはじまりの樹もまた姫様からの影響を受ける。絶園の樹が復活し、我々の制御下にあり、且つ姫様が全てを諦めた時、はじまりの樹は復活こそすれど未覚醒状態で表出する。そこを叩く」

 

 真広は口を挟まない。

 彼にとってはどうでもいいことだからだ。ただ魔具で鎖部左門を狙って、片時も気を抜かない。

 

 その背後で、吉野は少し考えていた。

 

 不破愛花は元絶園の魔法使いだったという。その宿命においても、いま彼女や左門が言った通り、はじまりの樹を滅するために力を保有していた、という説明を受けていた。

 

「それは、やっぱり……はじまりの樹にとって、この世界は不完全で、リセットするべき対象であるから、ですか?」

「良い理解だ少年。姫様の手勢と侮ってすまなかった。そうだ。はじまりの樹は休眠状態にあった最中に生まれたこの世界を快く思っていない。この世の条理をはじまりの樹が左右するとはいえ、それも不完全だ。完全な管理の出来る世界ではない──ゆえに、はじまりの樹は覚醒と同時に今ある文明の悉くを食らい尽くすだろう」

『根拠は何だ左門。それらすべては貴様の憶測でしかない。はじまりの樹は決してそのようなものでは』

「姫様。何も私達がこの結論を出したのは、私が幹部となったから、ではないのです。先代の麻耶殿。先々代、その前。さらに前。幾代も幾代も重なって来た鎖部一族は、ずっとはじまりの樹について研究を重ねて来ました。その結果として、はじまりの樹は滅するべきであるという結論に至っています」

『だから、それらは全て憶測だろう!』

「そしてつい先ほど、絶園の魔法使いからも後押しを貰いました。はじまりの樹が覚醒と同時にこの世界を滅ぼすだろうことを」

「口を挟ませてもらいますが、葉風さん。これについては私も同意見です。はじまりの樹は今のこの世界を、完全でないこの世界を一度破壊し尽くし、完全で完璧な世界に作り替えるでしょう。そしてはじまりの樹が力を揮うにあたって必要なものは高度な文明の産物。森の奥などで暮らしている原住民族の方々などであればともかく、現代社会はその全てが根こそぎ奪われ、塵と化すでしょうね」

『愛花、まで……そんなことをいうのか』

「事実ですから」

 

 はじまりの樹復活の前に絶園の樹を目覚めさせ、もう一度深いダメージを与えてはじまりの樹を眠りに就かせる。

 あるいは──絶園の魔法使いの力を用い、消滅させる。

 それが鎖部一族の悲願となった。そしてそれを仕切るのが鎖部左門。ただただはじまりの樹を神として崇め奉り、盲信していた鎖部葉風には終ぞ届かなかった言葉。けれどそれも仕方のないことだろう。彼女ははじまりの姫宮。彼女がはじまりの樹を不信に思うような出来事がそうそう起こり得るわけもない。その出来事を操っているのがはじまりの樹なのだから。

 無論のこと、その論争自体は葉風の耳にも届いている。けれど葉風はそれを信じなかった。ただそれだけだ。

 

「では、第三の質問です。鎖部左門さん」

「聞こう」

「絶園の魔法使い……ジェシカさんを倒すことは無理かもしれないとしても、狂乱状態となった絶園の樹を鎮めることは可能ですか? あなた達でも葉風さんでも構いません」

「可能だ、と言い切ることができれば良かったのだがな。狂乱状態に陥った絶園の樹の制御は、我ら鎖部一族では難しい。姫様の力が必要だ」

「つまり貴方は保険として葉風さんを今この場に呼び出す算段を持っている……ということですね?」

「……どうしたらそういう結論になる?」

「どこにいるかは知りませんが、ジェシカさんがこの場にいるからです。仮に絶園の樹の復活を鎖部一族が果たしたとしても、樹の制御権が彼女に奪われない保証がどこにありますか? ないですよね。何故なら彼女は絶園の魔法使い。本来ならば彼女一人で絶園の樹の復活も制御も可能だったのですから」

 

 そうだ。

 その通りだ、と左門は内心で歯噛みする。

 夏村からの情報によれば、不破愛花は元絶園の魔法使い。なればその力がどこまでのものなのかも知っているはず。

 故に左門の手の内は筒抜けだったのだ。だからこそ今彼の隣に樽がある。

 あの絶海の孤島に置いてきた樽が。

 

「それで、質問は終わりかね?」

「はい。では、こちらの要求をさせていただきます。マヒロ」

「ああ、どうでもいい問答は終わったかよ。んじゃ鎖部左門。葉風をここに戻せ。お前らじゃ絶園の魔法使いは倒せねえとさっき認めたな? じゃあお前らは用済みだ。俺達は絶園の魔法使いに用がある。アイツの攫った俺達の妹を取り返し、アイツ自身をぶち殺す。そのためだけに来た!」

「……世界がどうなっても良いというのかね?」

「ああ、いいね。世界なんか知ったこっちゃねえ」

「仮に君の妹を取り戻せても、世界が破滅したら意味はないだろう」

「そうでもありません。ジェシカさんは私達の妹を媒介に絶園の樹から力を貰っている存在。よって彼女と樹との契約書である妹を取り戻せば、私の手に絶園の力が戻るでしょう。絶園の力が私に戻ったのなら、私は責任を持ってはじまりの樹を討滅します。これで世界は救われ、妹も私達の元に戻ってきて、復讐も完了する。──最適解ということです」

「……」

 

 ジェシカ。絶園の魔法使い。

 厄介なことをしてくれたものだ、と左門はまた歯噛みする。左門とて合理主義、あるいは堅実主義の精神の持ち主だ。

 あの暴虐極まりない物言いのジェシカより、家族を失わないために力を揮う、という理屈の整っている不破愛花の方が()()()()()

 

 考えれば考えるほど、葉風を復活させない理由が無くなっていくのだ。

 事あるごとに殺すだとか潰すだとか言って、あろうことか本来の持ち主から力を奪うためにその親類を攫ったジェシカ。

 人間性こそまだ掴めてはいないが、少なくとも兄や友人と共に危険を冒してまで妹を救いに来る姉。

 

 どちらを、など。

 

「──何を迷う」

「!」

 

 音もなく。

 木々の葉一枚揺らすこともなく、左門の後ろに大鎌があった。まるで死神の持つ鎌のようなそれは、確実に左門の首元を捉えている。

 

「ッ、絶園の魔法使い!」

「ジェシカ、さん……」

「……何用だ。問答に手出しはしないのではなかったのかね?」

「見飽きた。聞き飽きた。理由はそれだけで十分だ。──奴らを諦めさせるに最も手っ取り早い証拠品がその樽に入っているだろう。何を勿体ぶっている、鎖部左門」

 

 左門の首から刃を引き、少し離れた所に佇むジェシカ。

 

 はぁ、と大きな溜息を吐いたのは左門だった。

 事実揺らぎそうになっていたし、今の行いでかなり不破愛花の方へ信用が傾いたのは事実だが──それでもはじまりの樹を覚醒させないに越したことはない。何より時間稼ぎにもなる。

 

「いいだろう。少年少女よ。今から見せるこれを見て尚も姫様をこの場に臨むか判断したまえ」

 

 そう左門が言い放った直後、樽が開く。

 そこから吊り上げられてきたのは──人間の、全身骨格。

 

「……」

「これが姫様だ」

『馬鹿なことを言うな! 私はここにいる!』

「葉風さん。恐らくですが、左門さんはこう言いたいのだと思います。あなたは既に死んでいる、と」

『……愛花?』

「愛花ちゃん?」

「先ほどから察しの良い少女だな。敬服するよ」

「どうも。考えるに、その全身骨格は葉風さん自身の遺骨ですね? あなたが葉風さんを置き去りにしたという孤島。そこから持ち帰ったもの」

『な……何を言っているのだ愛花! さっきから……』

「以前、お話ししましたよね、葉風さん。真広も吉野さんもいない時に、二人きりで。その時、葉風さんの島流しの件で少しばかりの違和感を覚え、私はあなたにこう聞きました。"それは何年何月何日のことですか"、と」

『あ、ああ。その話はしたが……』

 

 その質問に、葉風は。

 

「葉風さんの答えた年月は、丁度二年前のものでした。月日は完全に合致していましたが、確実に」

「……なに?」

「愛花ちゃん、なんで……それ、黙って」

「薬で眠らされて島流しにされた、と聞きましたので、二年間眠らされていたのかもしれない、と納得していただけです」

「いやいや、馬鹿だろお前。二年間薬で眠らされてたら、起きた時ガリガリも良い所だ」

「馬鹿とは失礼ですね。学力が低いことは認めますが、マヒロより馬鹿であるつもりはありません。それに鎖部の魔法があれば栄養供給をしつつ眠らせる直前からずっと同じ状態で維持することも可能かもしれない、と考えました。植物状態となった人間を死なせないように守るという行為で考えれば、鎖部の魔法も効くはずですから」

「納得せずに言えよその場で。一ミリもおかしいと思わなかったのか?」

「合理には適っていましたから、それで十分かと。"簡潔こそが叡智の真髄である"。葉風さんの自認と時間のズレは、解決さえできればそれで構いませんでした。けれど今その骨を見て考えが変わりました」

 

 左門はまた大きく溜息を吐く。

 ここで絶望を叩きつけるつもりだったのに、既に行われていた確認だったとは夢にも思わなかったからだ。

 ただ、それでも納得の行っていないらしい葉風に、一応告げる。

 

「姫様。私は確かにあなたの遺骨をあの孤島から持ち帰りました。今あなたのいるその場所は、我々鎖部一族が苦心を賭して作り上げた時間の檻。あなたは既に死んでいるのです、姫様」

「けれど、無為な探り合いは止めましょう。ジェシカさんが痺れを切らしそうなので」

「無為な問答って、愛花ちゃん……葉風さんが既に死んでいるのなら、僕らの目的は……翔花ちゃんは、絶対に取り返せないってことなんじゃ」

「いいえ。それは違いますよ、吉野さん。先程の問答において鎖部左門さんは認めました。ジェシカさん対策で、保険として葉風さんを復活させる手立てを有している、と」

「!」

「……確かに言ってたな。つまり、死んでいようがいまいが関係なく葉風をこの世に呼び戻す算段がてめぇの中にあるってワケだ」

 

 もう左門の胸中は一言では言い表せない程の波の中にあった。

 不破愛花という少女がわからないのだ。その立ち位置が。味方かと思えば敵のような言動を取り、聡いかと思えばあまりにも稚拙な論弁を展開する。

 ただ一つ、わかるのは。

 

「さぁ、鎖部左門さん。葉風さんをこちらに呼び戻してください。そして絶園の樹を鎮静させて、ジェシカさんを倒し、翔花を連れ戻し、私に絶園の力を返してください。そうしてくだされば、あなた方の悲願も叶います。──何を迷うことがあるんですか?」

 

 ジェシカも、不破愛花も。

 左門にとっては、ただ、魔女のような存在である、と。

 

 

 *

 

 

「で、だ。愛花。その呼び出す算段ってのは、どんなもんなんだ」

「さぁ? 知りません。私は鎖部一族ではありませんし……別に私が知らずともいいでしょう。彼がやってくれるのですから」

「……ま、そうか。オラ早くしろよ鎖部左門。葉風を復活させろ」

 

 こういう展開になるとは思っていなかった、というのが本音だ。

 史実通り吉野が場を動かすのかと思っていたけれど、今の吉野は空気も良い所。この場を支配しているのは姉愛花。

 そして、提示されたメリットから、鎖部左門は揺れに揺れている。

 私よりも愛花の方が絶園の魔法使いとして()()()()()と考えているのだろう。家族という鎖が彼女を縛る、と。

 鼻で笑うのを必死で抑えなければならない。愛花は私なんかよりもずっと合理人間だ。彼女が絶園の力を取り戻したのなら、人目を避けるとか被害がどうたらとかを一切気にせずはじまりの樹消滅に向かうだろう。

 愛花を御すことなど、私にもできない。

 

「む、ぅ……」

「おい、何唸ってやがる。時間稼ぎか? ──それとも、ソイツがこえーのか?」

「……」

「ま、そうか。お前じゃコイツに勝てねえんだもんな。今愛花に付くと言っちまえば、その瞬間アンタの首が落ちるかもしれねえ」

「成程、確かにそうですね。それではこちらから葉風さん復活の手法を考えてあげた方がいいかもしれません。彼は今その命をジェシカさんに握られているも同じ。反対に私達は彼女から攻撃を受けることはありませんから、適任は私達です」

「つーわけだ、吉野」

「吉野さん」

「え……っと」

 

 真広は馬鹿じゃない。愛花も学力は低いけれど馬鹿じゃない。

 だけど、こういう時に機転を利かせるのが誰か、誰の役割か、というのは心得ている。

 

「……そんな期待の目を向けられても、僕は魔法については素人なんだけどなぁ」

「別にお前一人に任せきるつもりはねーよ。愛花だって鎖部一族の魔法は知らなくとも、魔法でできることとできないことの区別くらいはわかるんだろ?」

「そうですね。頑張ってください吉野さん。応援しています」

『……』

 

 鎖部葉風は、まぁ複雑な心境だろう。

 自身の復活が、けれどはじまりの樹を消滅させるためのものであるという上での話し合いだ。それは彼女の根本を支えて来た信仰心を折るに等しい行為。

 

 ──それでいいと、そう思う自分がいる。

 もしここで、吉野が史実通りの答えを見つけ出した場合、鎖部葉風は複雑な思いを抱えてこの世に舞い戻ることとなる。

 そうなれば吉野に恋心など抱くまい。晴れて姉愛花と吉野は恋人として幸せに、真広は林美森とくっつき、どっかにいる羽村めぐむは北千里桜子と寄りを戻す。まぁ羽村めぐむがヨリを戻せるかどうかは知らないけど。

 

 考え得る限り最高のハッピーエンドだ。鎖部葉風の恋路がなくなることは、そもそも元から叶わなかった可能性を思えば特に何を言うでもなし。

 愛花が生きている以上、あるいは真広と吉野が愛花を取り合うことになるかもしれないが──その時は真広の足を折ってでも吉野と愛花の時間を作ろう。

 

「……ジェシカ」

「なんだ」

 

 愛花たちがあーだこーだと悩み始めたあたりで、鎖部左門が小声で話しかけて来た。

 仕方がないので小声で返す。

 

「お前は、私が不破愛花を支持すると言ったら、私を殺すかね?」

「まさか。不破愛花とてわかっているはずだ。──鎖部葉風程度では私を止めることなどできないことを」

「それは、姫様の力を見くびり過ぎだ。姫様ははじまりの樹の加護を全面的に受けた上で、一族を束ねても敵わない程に高度な魔法を使う。いくらお前とて」

「ふん。鎖部一族の魔法自体が絶園の魔法使いには効かない、と言っているんだ」

「な……に……?」

「鎖部一族の存在理由を思い出せ。絶園の樹が復活するのを防ぐための監視役として鎖部一族は創られた。──絶園の樹を滅ぼすための一族ではない」

「……」

「逆に、絶園の魔法使いははじまりの樹を滅ぼすためにある。立っている土俵も、目指すところも、全く異なっているのが私達だ。条理に従い、条理を守る力では、破壊の力を止められるはずもない」

 

 では、と。

 鎖部左門は、乾いた口を使って言う。

 

「不破愛花は、それがわかっていて……お前を姫様に倒させようとしているのか?」

「さてな。不破愛花に絶園の力への理解があるのは当然のことだが、本当に鎖部葉風と私をぶつけようとしているかは知らん。負け戦は合理的ではない。そういった熱血さを持つ少女に見えるか、アレが」

「いや……。ならば、彼女は何を目的に姫様を復活させようとしている?」

「簡単だ。はじまりの樹を起こすためだ。結局のところ、鎖部葉風が現世に舞い戻らなければはじまりの樹は顔を出さない。今もなお虎視眈々と地の底で眠っているはじまりの樹を引き摺り出すためには鎖部葉風が必要だ。理由はただそれだけだろう」

 

 そうでなければ、軍を始末するな、とか言わないだろうし。

 はじめから愛花はどちらでもいいのだ。私がやろうが愛花がやろうが、はじまりの樹を消滅させてしまえるのなら、どちらでも。

 そしてはじまりの樹さえ消滅させてしまえば、私……ジェシカから絶園の力も失われる。そうなれば不破翔花を取り戻すことも容易。先程彼女が話していた道理は、目的と手段が入れ替わっている、ということだ。意図的に入れ替えさせている、と言った方が正確だけど。

 

「……ならばジェシカ。お前と不破愛花の目的は同じであるということか」

「そうなるな」

「だが──いいのか? 本当にそうなった場合、お前は」

「不破真広に殺される、か? ふん、まさかお前から心配されるとは思わなかった。──構わない。私の使命ははじまりの樹を消滅させることだけだ。それが適ったのなら、この身この魂がどうなろうとどうでもいい。一生痛めつけられようとも、なんらかの実験材料にされようとも、あるいは慰み者として扱われようともな」

「……何故、そこまで固い決意を持てる。お前のその力は不破愛花から奪ったもの。であれば、それ以前のお前はただの人間に過ぎなかったはずだ。何がお前をそこまで駆り立てる?」

 

 ……本来なら対価を要求するところだけど。

 まだあちらで結論が出なさそうだから、いいだろう。

 

「私の未来視は、確定した未来を見るものではない。幾つも幾つも枝分かれする無数の未来を視るものだ」

「パラレルワールドの理論か」

「その中で──私は最悪の結末を一つ視た。はじまりの樹が復活したことで迎える、最悪の未来を」

「その未来に至らないための使命感、か。だがそれでは時系列がおかしい。ジェシカ、君は何故絶園の力を手に入れようと思ったのだ。その最悪の未来を視たのは絶園の力を手に入れてからの話だろう」

「違う。──これは私に元から備わっていたものだ」

「なんだと?」

 

 さて──情報開示はここまでだ。

 

 滝川吉野の結論を聞こう。

 そして。

 

 第二の山場を、無事に潜り抜けよう。

 

 

 

 樹に背を預け、吉野の弁論を聞く。

 史実通りだ。通信の魔具と同じ手法で、骨以外の全てを過去から現在へ転移させる。そうすればタイムパラドックスはおきない、と。

 愛花の彼氏の話やら何やらがすっ飛ばされたことはまぁいいとしても、鎖部葉風がやる気を出してくれたのはまぁまぁありがたい。魔法は意思に強く左右される。揺らいだ心で時間転移など使ってもみろ、あるいは位相がズレて肉塊が、なんてこともあり得る。

 彼女の中で踏ん切りがついた、ということと見て良いのかな。

 

 して。

 

 魔法が発動される。

 鎖部葉風の全身骨格が眩い光を放ち──その身に肉が、皮が、内臓が形成されて行く。否、形成は正しい言葉選びではないか。ただ同じであるものから同じであるものへ転移してきただけなのだから。

 

 大きな、大きな。

 大きな地震が来る。

 

「──はじまりの姫宮の手勢、一か所に固まれ! 鎖部左門、防護結界を! 全霊を尽くせ! 鎖部葉風、起き抜けで悪いがはじまりの樹に鎮静を──」

「なに? 絶園の魔法使い、何を言って」

「姫様! 今は彼女に従ってください! 三人共、私の後ろに! この身に変えてでも守り通す!」

 

 絶園の樹にアクセス、強制的に叩き起こす。その際に発生する鎖部一族への被害など考えている暇はない。その破壊の力を用いて周囲に生えて来たはじまりの樹を切り落としていく。

 が、これは。

 

「何が……何が起きている!? 私は何も命令していないぞ!?」

「鎮静をかけろ、はじまりの姫宮!」

「鎮静、鎮静だな。……かけている。鎮まれと既に願っている! だが、何故地鳴りが止まらない? 絶園の樹の仕業ではないのか!?」

「鎖部左門! 守る者が一人増えた! 行けるな!」

 

 起き抜けの、衣服をかける者がいなかったから、全裸のままの鎖部葉風を掴み、鎖部左門の方へぶん投げる。

 きゃあ、なんて可愛らしい声を出しながら──彼女は。

 

「じぇ、ジェシカ! 後ろだ!」

「わかっている!」

 

 はじまりの樹の根。そのまま襲い掛かって来たそれを、鎌も使わずに消滅させる。

 再生はしない。だけど、新たな根が這い上がってくる。

 

 防御の魔法は……マズい。

 

「鎖部左門! 半球ではダメだ、球形にしろ! 相手は樹だ、根を使えば地面からの強襲もできる!」

「っ、クソ!」

 

 判断力は良い。

 一瞬でその手に持つ日本刀を供物とし、四人を守る結界にしてくれた。

 

 あとは。

 あとは、私がこの五人を守りつつ、はじまりの樹を消滅させるだけ。

 ただ鎖部葉風があの場に現れたことを鑑みるに、はじまりの樹の消滅がここで叶うことはないことも知っている。注力すべきはそちらではなく五人の守護。タイムパラドックスを起こさせないためにも、鎖部葉風、鎖部左門を含めたこの場にいる全員を守る!

 

「ッ、絶園の樹は制御下に置いた! 鎖部左門、部下達に命令しろ! 絶園の樹の防御の陣を復活させろと! そちらにまで手を回している余裕がない!」

「真広、その魔具を貸せ! 私がこの結界の維持を代わる。左門、鉄馬たちに指示を頼む!」

「姫様……。はい、わかりました!」

 

 攻撃はどんどん苛烈になって行く。

 なんだ。なんだ。

 用済みだから、ではない。

 まるで殺したいとばかりにあの三人を狙っている。いや、いや、いや!

 

 まさか、狙っているのは姉愛花か?

 

 全方位……ああ、もう面倒な。

 あの結界だけを除外して、四方三里に破壊の力でもぶちまけるか? ……いや、だめだ。はじまりの樹の狙いが一点に集中するだけだ。

 覚醒していない以上、根をいくら斬ったところで意味はない。コアを露出させなければ意味はない。

 

 どうする。どこかへ愛花らを逃がすか? どこへ? 世界中各地ではじまりの樹が蠢いているのに?

 何より執拗に愛花を狙うこの樹のことだ。この場から愛花を動かせば、集中攻撃も伴って動くに決まっている。

 

 くそ、想定通りじゃない動きをするな、植物風情が。

 

 ……。

 ああ、いや。

 

 手段なら、あるじゃないか。

 

 ──全ての攻撃を、停止させる。

 

「何を──」

 

 瞬間、それを好機とばかりにはじまりの樹が私の身体を貫いた。

 

 貫いて、そのまま愛花のいる結界へと私を叩きつけて──けれど結界を割ることなく、停止する。

 べちゃ、と血液が結界に飛び散った。

 

「ジェシカ、さん?」

「おい、絶園の魔法使い……」

「鎖部左門……。油断、するな。結界の維持を……姫宮と、再度、交代しろ」

 

 どくん、と心臓が脈打つ。

 死なない。この程度では死なない。

 そして、相手は植物だ。それも根だ。

 

 植物の弱点は──その全てが繋がっている、というところにある。

 

「したか? したな? ……したと、信じる。姫宮。……鎖部葉風。再度、はじまりの樹へ呼びかけろ。今なら、声も届くはずだ」

「オイ待て絶園の魔法使い! 死ぬなら翔花の居場所を吐いてから死ね! オイ!」

 

 良い言葉だ。

 だけど、誓いを立てたはずだ。

 

「忘れる、な……不破真広」

「っ、その声……まさか!?」

 

 吉野、どうした。声? ああ、声か。

 声を変える魔法。姿を偽る魔法。

 成程。

 だから顔が割れていたのか。

 

 今私は、自身の絶園の力のその全てを自らに突き刺さったはじまりの樹の根に注ぎ込んでいる。

 

 だから、だから。

 私を不破翔花ではないと誤認させる魔法も、全て効力を失っている。

 

「……翔花?」

 

 それは、どちらの声だったのか。

 真広か愛花か。定かではない。

 

「ッ、左門! 翔花を結界の中に入れろ!」

「無茶を言うな! 今結界の維持を解けば、根による強襲で全滅する!」

「翔花……、なんですか?」

 

 ……まだその時じゃない。

 まだやることがある。

 

 だから、まだ再会してはならない。

 

「私は、ジェシカだ。──残念だったな、不破愛花。だが安心しろ。不破翔花の意識は、しっかりと私の中で眠っている」

 

 呼吸が整ってきた。腹部から胸部にかけて大穴が開いているというのにおかしな話だけど、まぁそこは絶園の力様様だ。

 さぁ、根腐れ、はじまりの樹。

 この力を受け取り──弱れ、弱れ。

 

 はじまりの姫宮の命令を聞き届けるほどまで、弱れ!

 

 私という毒酒を呷り、呻け──はじまりの樹。その意思よ!

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