絶園の商人 作:ポーシャ
何やら楽し気に笑いながらジェシカと共に道を行く愛花を見下ろして、真広は大きなため息を吐いた。ガラスに映る顔は不機嫌そのもので、それに気付いてさらに「チ」と舌打ちまでする。
仮拠点として設けた高層マンションの一室。はじまりの樹対策本部と言っても過言ではないそこで、苛立ちを隠そうともしない真広が背後へ声をかける。
「お前はどう思う、吉野」
「愛花ちゃんのこと? それともジェシカさんのこと?」
「どっちもだ。だがまぁ、マストは愛花だ」
真広の様子に辟易としながらも、吉野は彼の隣にまできて、道行く少女らを見送る。
「仲が良すぎる、ってところかな、真広の納得の行っていない部分は」
「……ああ、そうだ。愛花だって絶園の魔法使いに相当怒ってた。自身の力を奪われ、その代償に翔花を使われ、肉体まで良い様に扱われてる。そんなもん怒らない方がおかしい」
「うん。それは僕も同意するよ。ジェシカさんにはジェシカさんなりの譲れない言い分があるんだろうけど、やり方が横暴すぎる。真広の言う通り事前に未来を伝えてくれたらそれで良かったのかもしれないし、愛花ちゃんの負ける未来が見えていたのなら、その未来視の力を使って共闘する、なんてこともできたはずだ。なのに」
「そうだ。奴はそのやり方を捨てた。俺達に無断で全てを奪い、今身勝手に死のうとしている。それで翔花が帰ってくるのだから構わないだろう、と言わんばかりにな」
「それでも今の愛花ちゃんは、その不合理を無視してジェシカさんと仲良くしている。彼女、誰彼構わず友達になりましょう、なんて言う子じゃなかったはずなのにね」
「むしろ逆だっただろ。アイツの友達はほとんどいなかったはずだ。ま、愛花自身の雰囲気もそうだが、翔花が番犬みてーにアイツの周りにいたってのが大きいが」
少女らが角を曲がったことで、それ以上の観測は不可になった。
大人しく窓から離れ、ソファに座り直す二人。
「どういう理屈があれば、愛花はジェシカを許す?」
「単純に愛花ちゃんの度量が広かっただけ、じゃ無理かな」
「無理だな。不合理だ。アイツの度量は狭ぇよ」
「そういう決めつけもどうかと思うけど……まぁ、そうだね。僕も今言った言葉は無理があると思って言ってる」
ジェシカ。絶園の魔法使い。
その所業、過程にこそ難あれど、はじまりの樹の消滅を一心に考え続ける姿勢は、はじまりの樹の真相を知った軍関係者、その可能性に思い至っていた鎖部一族、そして今まで盲信を貫き続けていた鎖部葉風にまで支持されている。
どの道唯一なのだ。既存の兵器類でははじまりの樹の樹皮に傷一つつけられず、鎖部の魔法に攻撃性のあるものはない。
唯一、絶園の魔法使いだけがはじまりの樹にダメージを与えられる。
だからこその支持。
けれどこの状況は──真広にとって、激しく不愉快なものだ。
真広とて馬鹿ではない。ジェシカの存在が唯一無二の手段であり、彼女を今殺せば真広も吉野も、そして愛花も死ぬ、ということくらいわかっている。理解している。だからもう彼女に手をあげんとすることはない。
それでも理解ができない。
不合理だ。真広とほぼ同じ視点を持っていたはずの愛花が、ジェシカと笑い合うような現実が。
「愛花ちゃん側に理由がないのなら、ジェシカさん側に理由があるんじゃないかな」
「……ま、そう考えるのが合理に適うわな」
「愛花ちゃんは多分、ジェシカさんが消えることに対して同情とかしないと思う。その境遇にも一切の憐憫を抱かない」
「人の義妹を化け物か何かのようにいいやがんな」
「事実だよ。真広もそう思ってるだろ」
「……ああ」
だからもし、それでも、愛花がジェシカと仲良くしたいと思う理由があるとすれば。
「愛花ちゃんとジェシカさんは、元から知り合いだった、という可能性は、どうかな」
「知り合い?」
「うん。僕たちは結局、愛花ちゃんが中学一年生だった時からの付き合いでしかない。それ以前の彼女を知らない。そして愛花ちゃんはずっとずっと絶園の魔法使いであることを隠して生きて来た。けれど、彼女も自身に備わったその力を試し打ちなりなんなりを全くしなかった、ということは無かったと思うんだ」
「……確かにそうだな。あんなやべぇ力、ぶっつけ本番で使うには怖い」
「だから、彼女が中学一年生になる前。僕らと出会うその前にいた知り合い……小学校の友達とかさ。そのあたりに彼女の力が見られていた、とか。ジェシカさんは未来視で見たと言っていたけれど、その真実如何はさておいて、この広い世界でたった一人の愛花ちゃんを、住所も名前もわかんなかっただろう彼女をそう簡単に見つけられるとは思えない」
「理屈は、……合ってるな。愛花と翔花を見つけられた事自体が、あいつらの関係性の証左、か」
「全部憶測だけどね」
大きく。
大きく、溜め息を吐く真広。
「気分は落ち着いた?」
「ああ……まぁ、愛花に対する苛立ちは薄れた」
「じゃあ早めに仲直りしてほしいかな」
「……別に喧嘩してねぇよ」
「無自覚なだけで、してるよ。真広と愛花ちゃん、全然目を合わせなくなったし。会話も一緒に旅をしていた時に比べて格段に減ってる。これで翔花ちゃんが戻ってきたら、想像もつかない程の罵詈雑言で扱き下ろされて、また変な事誓わされるよ?」
「あぁ……想像に難くねぇな」
翔花ちゃん、口の悪さは天下一品だからね、なんて吉野が笑う。多分世界中のどこを探しても、翔花より口の悪い少女はそうそう見つからないだろう。
「……わーった。仲直りっつーほど大層なモンになるかは知らねえが、今度愛花とは決着をつけて置く」
「決着って……まぁその気になってくれたのならいいけどさ」
「んじゃ、絶園の魔法使いの話はこの辺にしておいて、だ。吉野」
「なにかな」
「お前の彼女って、誰だ?」
その唐突過ぎる話の方向転換に──吉野は。
「教えないよ。真広に教えたら一生弄られそうだし。一生擦られそうだし」
「そりゃお前、弄り倒すに決まってんだろ。まぁ名前はどーせ聞いたってわからねえから、どんな奴かだけ教えろよ。……生きてはいるんだよな?」
「生きてるよ、普通に」
「んじゃ根掘り葉掘り聞いても気まずくはならねえな。どんなとこに惚れた? 告白はどっちからだったんだ?」
「……彼女の方から」
「へぇ! ま、そりゃそうか。お前見てくれだけはいいし、性格も表向きは優男だ。惚れる女がいるのも理解できる。が、中学の頃の黒縁メガネだったお前を見せてやりてぇな。それでちっとは印象も変わるんじゃねぇか?」
「もしかして真広、僕と彼女を別れさせたいとか思ってる?」
「その程度で愛想を尽かすような女なら、吉野と長くやっていけるわけがねーって思ってるよ」
大きなため息は、今度は吉野からだった。
真広の横暴具合には慣れているつもりだったが、まさかそんな小姑のようなことを言われるとは思ってもみなかったからだ。
「真広、お前昔僕の事合コンに連れまわしたりしてただろ」
「そりゃお前に女の影が一切なかったからだよ。これでも心配してたんだぜ?」
「余計なお世話、って言葉が真広の辞書には載っていないみたいだね」
「友情だよユージョー。……そういや、だが」
「うん?」
「愛花の奴にも彼氏がいるらしい、ってのは……聞いたことあるか?」
一瞬、天使が通り過ぎる。
コンマに満たない一瞬だ。瞬き程度の時間。
「聞いたことは……あるよ」
「誰か知ってるか?」
「知らない。というか、僕も聞いたけど、教えてくれなかった」
「そうか。……兄の俺に挨拶もしにこねぇとは良い度胸だと思ってたが、こりゃ全部が終わったら本格的に探し出してやる必要が出て来たな」
「一応聞くけど、探し出してどうする気?」
「んなモン決まってるだろ。ボコした上で、愛花に相応しい男かどうか見極めんだよ」
「それがわかってるから愛花ちゃんは教えないんじゃないかなぁ」
獰猛な笑みを浮かべる真広に、苦笑を隠せない吉野。
「……思うに、翔花は知ってやがったと思うんだよな」
「あー。確かに、知ってそう。というか知っていなかったら、ありとあらゆる手段を持って愛花ちゃんの身辺調査をして、真広より厳しい審査でその人を測りそう」
「チッ、そう考えるとムカついてきた」
「どうして?」
「あの愛花が世界の中心だと言わんばかりの翔花が許した男ってことだろ。ソイツが俺の気に食わねえ奴だとは思えねえ、って気付いたんだよ。……普通に良い奴で、度胸もある奴だったら怒りづらいだろ」
「僕としては要らない傷害事件が起こらないためにもそうであることを願うかな。……そういえばさ、真広」
「なんだよ」
「翔花ちゃんはどうだったんだろう。彼女だって女の子だし、彼氏とか──」
「いるワケねーだろ。強いて言うなら翔花の彼氏は愛花で、彼女も愛花だよ」
「それもそうか」
「……そう考えるとますます気になってきやがる。愛花にも翔花にも認められた男……どこのどいつだ、ホントに」
「愛花ちゃんとの仲直りの時、それも聞いてみたらいいんじゃないかな」
「聞いたらさらに喧嘩になりそうなもんだが」
「それは否定できないけれど」
吉野は思う。
何故すんなりと、愛花と吉野が付き合うことを、翔花に認められたのかを。
そしてあの時の言葉。誓い。
翔花だけが持っている式。
「吉野。気晴らしだ、俺達もゲーセン行くぞ」
「華が無いなぁ。まぁ付き合うけど」
願わくは、その式が──不合理でないように、と。
*
同じころ、鎖部鉄馬の運転する車に珍妙な四人が乗っていた。
助手席の鎖部左門は良い。彼の上司だ。後部座席にいる鎖部葉風も良い。一度は敵対したものの、元々同じ一族で姫宮だ。だがその隣にいる二人が珍妙だった。
一人はエヴァンジェリン山本。魔具を用いた戦闘で、鎖部夏村と互角を張った使い手。そしてその隣が早河巧。政府所属、黒鉄病対策本部長補佐。
絶園の樹を巡っては対立に対立を重ねた勢力の頭とその手下が、鉄馬の運転する車に会しているのだ。
「ジェシカちゃんは、派手にやっているみたいねぇ」
「派手過ぎる。……既に各国ではじまりの樹を守る動きが多くみられている。彼らと行動を共にすると言いながら、その実寝る間も惜しんで各国のはじまりの樹を消滅させて回っているようだ」
「我々にとってはありがたい限りだが、如何せん周囲を考えなさすぎるな。姫様、貴女と共に日本各地のはじまりの樹を滅していた頃は、どうだったのですか」
「どうもこうも、しっかりと不可視の魔法を身に纏い、記憶を誤認させる魔法まで使って徹底的に姿を隠し、はじまりの樹の消滅を行っていた。共に各地へ赴いていた私からすれば、海外でのジェシカの行動報告は耳を疑うことばかりだ」
「姫様には信用してもらいたかった、とかですかね」
「それが何になる。こうして真実が伝わってしまっている以上意味のないことだし、特段軍関係者と接触しないように、などと言われてはいない。ジェシカは私の耳に自らの行動が入ることを知った上で行動している、とした方が条理に合う」
話題はやはり、絶園の魔法使いジェシカに関すること。
そしてはじまりの樹の消滅へ向けて働きかけた結果、真逆のことが起きつつあることについてだった。
「……左門」
「はい」
「仮にお前がジェシカだったとして、私といる時だけ姿を隠すような魔法を使う理由は、なんだと思う?」
「……彼女の思考をトレースできるわけではありませんが……私が絶園の魔法使いで、ジェシカの立場だった場合、私は姫様を守るために魔法を使う、かもしれません」
「私を守る?」
「ま、それが妥当よね。ジェシカちゃん一人なら見られたって問題ないけど、葉風ちゃんと行動を共にするときだけ姿を隠すってことは、葉風ちゃんが見られるのを防いでいる、ってこと」
「理由は何だ」
「知らないわよそんなこと。今左門さんも言った通り、彼女の思考が読める人なんていないだろうし」
「理由が何であれ、彼女が理性的な人物である、というのはありがたい話ではある。出来れば海外でももう少し行動を慎重にしてもらいたいものだが」
理性的。
まぁ、言われてみれば、まぁ、と。
左門と鉄馬は思う。絶園の樹復活に関しては、彼女の妨害というか横暴というか暴虐を受けに受けまくった二人だ。理性的と断言されると反論したくもなる。
「それより、魔法使いな三人に聞きたいのだけど」
「なんだ?」
「翔花ちゃんとジェシカちゃんを分離させる方法というのは、全くないものなのかしら。例えば……ジェシカちゃんの意識を人形に乗せて、翔花ちゃんは戦いから隔離する、みたいな」
「不可能だ。というか仮に絶園の魔法如何でそれが可能であった場合、絶園の魔法使いは翔花になる。私はあの少女にこれ以上の重荷と苦難を背負わせることを良しとはせん」
「……そうね、ごめんなさい。確かにそうだわ。一番の被害者、だものね」
不破翔花、という少女。
ジェシカが絶園の樹との契約書として用い、その肉体までもを勝手に使われている中学一年生の少女。大義のため、この世界の未来のためとはいえ──あまりに。
「中学一年生の、はじまりの一年間。ジェシカちゃんは翔花ちゃんからそれを奪った。たとえこのまま筋書き通りに事が進んではじまりの樹の消滅が適ったとしても、この一年が戻ってくることはない、か」
「……これは文字通りの素人意見になるのだが、ジェシカの言動は証拠があるのか? つまり、はじまりの樹の消滅と同時にジェシカが消滅し、不破翔花が帰ってくる、という証拠が」
「無い。我ら鎖部一族では絶園の魔法使いを推し量ることなどできはしない。強いて言えば愛花が全てを知っているのだろうが、彼女の性格でマトモな話をしてくれるとは思えん。口先三寸ではぐらかされそうだ」
「不破翔花は不破愛花の妹なのでしょう? はぐらかす理由があるとは思えませんが」
「そうは言うがな、鉄馬。お前は中々会わんから知らないのだろう。最近の愛花は、仇敵とは思えんほどジェシカと親し気にしている。仮にジェシカと愛花が気を許す程の友人になっていた場合、愛花の中にとてつもなく重い選択肢が生まれるのだ」
「……友達か、妹か、ですか」
選ばなければならない。
いや、ジェシカがはじまりの樹の消滅を謳っている以上、別れは絶対に来る。そしてその時不破翔花がどうなるか、ジェシカがどうなるか──それを胸中に秘めたいと思う程度の人間味が、今の愛花にはある。
「ままならないわねぇ、本当に。何をどうしたらこんな若い子たちが苦労を強いられる世界になるんだか」
「大人の我々が彼女らの重荷を少しでも背負えたら良かったのだが……力がないということは、斯うも己を苦しめるか」
「……左門殿はよくやっている方でしょう。元はと言えば我々があの時絶園の樹復活をやりきれなかったことに起因します」
「それを言うならジェシカを信じ、復活を彼女に一任するという決断を私が下せていればよかったのだ」
「ええいうるさいぞお前達。お前達がそうやって議論すればするほど私の肩身が狭まるとわからないのか!」
大人組は。
そろって、はぁ、と溜め息を吐く。葉風は十九歳なので微妙に大人組とは離れているが。
「……最近は、ジェシカのことも考えてしまう。情に絆されやすい自覚はあるが……彼女の生い立ちも、まぁまぁ悲惨だ」
「生い立ちを聞いたのですか?」
「いいや。だが、魔法使いの一族でもないのに未来視を備え、最悪の未来を視たから、という理由で死を賭してまで世界の敵に回る。これが悲惨でなくてなんという」
「結局彼女の素姓はなーんにもわかっていないのよねぇ。ジェシカという名前は当然偽名だとしても、黒鉄病のせいでどこで誰が消えたか、なんてわからないし」
「彼女は自らを見た目通りの年齢ではないと言っていた。不破翔花の肉体だからであろうが、ジェシカという人格自体は我々より年上かもしれん」
「年上だったら、何? 重荷を背負っても仕方がないって?」
「そうは……言っていない。結局たった一人の肩に世界の全てを任せてしまう現状を快く思っていないのは私とて同じだ。……願わくは、不破愛花と過ごす時間くらいは、全てを忘れて幸福を享受できていると良いのだが」
「ああ、そういうこと。未来視で世界の破滅を見て、愛花ちゃんと翔花ちゃんを探すためだけに人生の大半を消費して、ようやく手に入れた力で世界の敵に回って、世界を救った後に消滅する。……年上だからこそ、背負って来た重みは私たち以上かも、か」
車内の空気は重い。かつてないほどに。
そして、そうなってくると。
「……鉄馬、左門」
「なんですか、姫様」
「本格的に編み出してみたくなってきたぞ」
「何を、ですか?」
「だから、ジェシカと翔花を分離させる術をだ。勿論真広がジェシカを赦しはしないだろうが……それでも、奴にも自由な最期、というものがあっても良いはずだ」
「相変わらず姫様はお優しいことですね。一度は我ら一族郎党を全滅させる、とまで言い放った相手ですよ」
「それだけの理由があった。実際、夏村や鉄馬に無駄をさせていたのは事実だろう、左門。私も空回りし続けていた。ジェシカからすれば、鎖部一族の愚行は目に余っただろうよ」
ならば、と。
早河巧がノートパソコンを閉じる。
「はじまりの樹の観測については私達に任せて、魔法使いの皆さん方は新たな魔法の開発に勤しむ、というのはどうでしょうか」
「いいアイデアね。監視、観測、測量は軍の方がやりやすいし。逆に魔法の開発なんて、私達じゃてんでさっぱりだもの」
「……ふむ。新たな魔法の開発か。それも鎖部一族全体で。……姫様」
「ああ。だが、私は私でやってみたいことがある。魔法の開発はお前達に任せて、な」
「やってみたいこと、ですか?」
「すべては全員が集まった時に話す。──どうにも腑に落ちんのだ。最初のピースが欠けている。そんな気がしてならん」
だから。
だから、と。葉風は、燃えるような瞳で──空を睨む。
「そろそろ踊らされるだけも飽いてきた。ここらで反撃と行こうじゃないか」
そう、言い放って。
*
さて、それら大人組からハブられたもう一つの大人組。
星村潤一郎と、鎖部夏村。
彼らは今──。
「潤一郎殿。私は戦闘の手ほどきを、とお願いしたはずですが──」
「だからこうして戦闘しているんじゃないか。君、あの奇抜な策がなければ、フロイラインさんに負けていただろう?」
「ええ、ですから潤一郎殿に手ほどきを、と」
「だからこうして反射神経を鍛えているんだよ。たかがゲームと侮ってるだろうけど、これがなかなか奥が深くてね。これらの勝敗は一フレーム単位の判断力によって決するんだ。わかるかい、一フレーム。こういう格闘ゲームでは、六十分の一秒。つまり」
「約0.015秒、ですか」
「そう。僕は君に足りないものとして、咄嗟の判断力や相手の出方を窺うことだと考えている。実際、彼女に負けそうになった時もそうだっただろう?」
「……否定はしません」
「それをここで鍛えるんだ。勿論実戦とゲームは違うけど、こっちでしか得られないもの、というものもある」
「……わかりました。そこまで言われては、退く選択肢はありません。──富士山麓では手も足も出なかった非才の身ではありますが、此度ここに至りては勝利を捥ぎ取らせていただきます」
そう、白熱に白熱を重ねる大人たちの所に、吉野と真広が来て、さらに盛り上がったのは──まぁ、語るべくもない話だろう。
*
「ジェシカ。これなんかどう?」
「……愛花が良いと思うのなら、なんだっていい。ただ私に物を買っても意味はない。どうせ、誰に与えたものなのかわからなくなるから」
「もう、そんなこと言わないで。これつけてみて」
渡されるのは、四つ葉のクローバーのあしらわれたネックレス。
……まぁ、いいけど。
「ほら、可愛い」
「別に愛花のセンスを疑っているわけじゃない。私にこれを買い与えて愛花が満たされるというのなら、そうすればいい」
「じゃあ、そうするから……貴女も私に選んでくれない?」
「……それを望むなら」
愛花に与えるプレゼント。
誰に貰ったかわからないアクセサリーなど気味が悪いだろうから、日用品とかにしたいところだけど……愛花の目を見るに、それは許されそうにない。
仕方がない。どうせ捨てられるにしても、彼女を美しく飾り付けられるものを選ぶとしよう。
まぁ。
彼女に似合うアクセサリーなど、これしかないか。
「これ、蝶?」
「アゲハ蝶。私と愛花を繋ぐ象徴なら、これが一番だろう」
「……どちらかといえば由来は絶園の樹じゃなくてはじまりの樹じゃない」
「元より同じもの。それに、絶園の力の由来だってはじまりの樹だろう。お似合いだ」
「それ、嫌味?」
「さて」
クローバーのネックレスとアゲハ蝶のネックレスを持って、会計へ行く。
姉愛花が冷やかしでこの店に入ったことはわかっている。彼女にこれら貴金属類を支払える財力はないから。
けど、私にはある。大丈夫、ちゃんと足のつかないお金だから。
「買ったの?」
「当然。ほら、少し屈んで。つけてやる」
近づいて、彼女の細い首にネックレスを巻く。
……うん。いいな、やっぱり。
「じゃあ、これは私がつけてあげる」
「いや、それは不破翔花に与えてやれ」
「だから──」
「だから、本当に覚えていたいのなら、今付けるべきじゃない」
はじまりの樹消滅と同時に私は消える。
そうなれば、アクセサリーなんて海の藻屑になってしまう。それは勿体ない。
なんとしてでも記憶を留めたいと彼女が思うのなら、せめて、よく覚えていない誰かに贈るはずだったプレゼントを──よく覚えていない誰かに似合うと思って買ったプレゼントを、彼女の手元に残すべきだ。
それがまぁ、せめてもの。
「ダメ」
「おい、ちょっと」
「戻ってくる気がないのは見え見えなんだから、ダメ。……誰かに贈るはずだった記憶より、確かな誰かに贈った記憶の方が良いから」
そこまで言われては、否定できない。
大人しくつけられる。
……悪い気はしない。四つ葉のクローバー。幸運、か。
「この後、どこ行く?」
「どこでもいい」
「ならカラオケに行きましょう」
「……ああ、どこへでも」
引き回され、振り回されることが楽しい。
本当は。姉愛花は、私に自我を出してほしいと思っているのだろうけれど。
やっぱりそれは、無理だから。
「ジェシカ。あなたは今も、未来が見えているの?」
「……視えている。もうすぐ鎖部葉風がやろうとしていることも、それに伴ってはじまりの樹の本体が出てくることも」
「そう。じゃあやっぱり、私は失敗していたのでしょうね。あなたほど強い力を有してはいなかったし」
「そうだな。……それ以前の問題だったが、失敗していた」
美しくも儚く、不気味で苦しい──彼女の死体。
脳裏にこびりついて離れないあの光景が、時折彼女と重なる。
ただ、受け入れられなかった。やっぱり受け入れられない。
「愛花」
「なぁに?」
「誓い。忘れてないよね」
「……勿論」
「ならいい」
ちゃんと吉野を愛して。
ちゃんと、くっついてくれ。それだけが──未練だから。