──その日は、どんよりとした天気であった。
盗賊達のうち、一番初めにその異変に気がついたのは、当然見張り……ではなく、盗賊団唯一の魔法使いである呪術師であった。
「……空気が澱んでいる。
遠くから複数の人の気配もする。
おそらく、件の死霊術師とやらが来ているに違いない」
気がついた理由は、この呪術師は、呪術としての基礎である【魔力感知】をつかえたから。
この呪術師は、残念ながら正規の呪術師としての教育を受けていないが故、複雑な呪術は使えない。
が、それでも、だからこそ、基礎である魔力感知にはそれなり以上の自信があった。
「……ついに来たか。
……で、襲撃者は?
件の飢狼は、何匹ぐらいだ?
武器はなんだ、馬に乗ってるやつは?」
元純白の女騎士が、呪術師に魔力で感知した結果を尋ねる。
「……そこまではわからん。
どうやら、何かしらの呪術で妨害されているみたいだ。
無数の薄い陰の魔力反応……そうか!これは魔石か!
魔石を持った村人が、遠方をうろうろしてやがるな」
しかし、それで分かった結果はそれだけ。
「一応、もう少し向こうが近づけば、敵の本隊がどこから襲ってくるかや、いつ襲ってくるかはわかると思う。
が、それ以上は無理だ。
それに……、どうやら、斥候の質は向こうの方が上みたいだ」
その言葉と共に、呪術師は空に向かって、魔力の弾を放つ。
「……今のは?」
「おそらく、件の死霊術師が放った、斥候もどきの浮遊霊だな。
普通の剣や矢などの物理攻撃は効果が薄く、魔力や奇跡、もしくは銀の武器やマジックアイテムでもないと効果が薄いめんどくさいアンデッドだ」
呪術師の説明に、件の元女騎士は渋い顔をする。
浮遊霊の使役霊。
死霊術師がよく使う手駒の1つと知識では知っていたが、それと本当に相対することになるとは。
一応彼女の持つ武器は、マジックアイテムであるし、部下の何人かは魔法の効果を持った武器を持っている奴もいる。
しかし、それでもなお実体のない化け物相手に、どこまで自分の武器が有効かと聞かれれば、疑問を抱かざるを得ない。
「安心しろ、あの手の浮遊霊は、物理的な肉体がないせいか、魔力による攻撃に弱いからな。
幸い、あの程度の霊なら、俺の魔力弾ではあっさりと倒せる」
手からうっすらと魔力を放出させながらそのように言う呪術師。
その様子に苦笑しながらも、頼もしさを感じる元女騎士。
「が、おそらく、あの浮遊霊を通して、こちらの情報は抜かれているだろうから……」
「ああ、そうだな。
おい、おまえら、肉盾のほうを準備しておけ。
矢除けくらいにはなるだろう」
かくして、盗賊達は無数の捕虜を檻から出しつつ、襲撃者がやってくるのを待ち構えるのでしたとさ。
☆★☆★
「で、やってきたのが、あれと」
襲撃者を待ち構えること、数刻。
彼らの前にやってきたのは、幾人かの人影であった。
数は6、そして何より彼らは、件のギャレン村襲撃時に向こう側に捕虜として捕まったはずの盗賊の仲間であった。
「……となると、あいつらは死霊、それともゾンビか?
おい!」
「……いや、あいつらは生きているな。
ちゃんと、陽の魔力を感じるし……しかも、手土産付きみたいだ」
呪術師に魔力感知を使って、件の戻ってきた仲間たちを確認させる。
すると、どうやら戻ってきたその仲間たちは、まだ人間ではあったようだ。
彼らとしては、死霊術師につかまったがゆえに、ゾンビやグールにでもなって自分たちを襲いに来たのかと思ったが、それはなさそうだ。
「ハンドサイン……OK!
あいつら、どうやら偽物ってわけじゃないみたいです!」
「なら、普通にアイツらは脱出できた可能性が?
しかも、その手には赤子まで捕まえてきたみたいだぜ!
これは、さっさと迎え入れてやんなきゃ!」
「馬鹿野郎、サブリーダーが周りに敵がいるって言ってただろ!
どう考えてもあれは罠だ!
矢で射って殺しておくぞ!」
「ばかやろう!仲間を殺すあほがいるか!
あいつらが、村の奴らの隙をついて、なんとか戻ってきた可能性もあるだろ!」
謎に戻ってきた仲間に対して、もめにもめる盗賊達。
仲間思いな盗賊は、素直に戻ってきた彼らを引き入れて、さっさと治療や情報共有をしてやりたい。
しかし、冷徹な盗賊は、このような怪しい状況で戻ってきた元仲間など、さっさと殺すべきだと主張する。
かくして、元女騎士は呪術師へと視線を向けるが、彼は渋顔をして首を横に振る。
「……残念ながら、周囲に満ちる魔石による呪術妨害のせいで、あいつらの詳しい状態は、魔力感知でもわからんぞ。
……一応、陰の魔力を帯びてはいるが、陽の魔力も感じるから、死んでいないのはわかるけどな」
かくして、その元女騎士は考える。
状況的には100%今戻ってきている仲間は、罠に違いない。
しかしながら、すでにこの戻ってきている仲間の存在はほかの仲間に気付かれてしまったし、呪術師も彼らを黒と断定できない。
むしろこのように悩ませること自体が罠なのでは?
時間稼ぎをして、その隙に何かをする。
そういう作戦の可能性もなくもないのだ。
「……よし、それじゃぁ、おい。
おい、おまえ。
今からアイツに接触してこい。
ついで、キスの1つでもしてやれ」
「……はい」
かくして、彼女がとった作戦は、人質を使う事。
自分たちが捕まえたギャレン村からの人質に迎えさせ、その安全性を確かめるというものだ。
これでもし、件の仲間がゾンビ的な何かであったら、その人質を襲うだろうし、もしそうでないなら、普通の出迎えになるというものだ。
「……よくお戻りになられました」
「……ひひっ」
そうして、もし何かあったときに両方無理なく処分できるように弓兵に狙いを定めさせておいたが、何も問題は起きず。
仲間を迎えに行った、元人妻現未亡人の捕虜がその仲間に性的接触含む出迎えをさせるが、暴れたり、呪いで苦しむ様子もない。
「……おい!もういいだろう?
さっさと中に入れてやってくれよ!」
「いやいやまだわからんぞ!
奴らはもしかしたら、捕虜ごと俺達を殺す作戦かもしれねぇじゃねぇか!
やっぱり、アジトに入れる前に全員射殺しておくべきだって!」
さらには、安全確認したせいで、出迎えないという選択肢も取りにくくなり、内部の亀裂が広まっていく。
流石に、こんな状況で内部分裂している訳にもいかず、仕方なくその問題ないと思われる解放された仲間を迎え入れる。
「……はぁ、はぁ」
「お、おい!本当に大丈夫か?
な、なにか、やっぱり問題あるんじゃねぇか?」
しかし、その戻ってきた仲間は、明らかに問題があった。
彼らは一様に、額にひどい量の汗をかき、手足は震え、息は荒く、眼はぎらぎらと輝いている。
ここに戻ってくるまでに、全身に怪我をしているため、その影響かとも思ったが、どうやらそれだけではなさそうだ。
「も、もしや悪性の呪いか!?
お、おい!本当に大丈夫か!?」
「病や疾病の呪い?ま、まさか、ここには無数の捕虜がいるんだぞ?
まさか、人質もろともか!?」
焦る盗賊達に、頭を悩ませる頭領。
残念ながら、彼女ではこの状況が只の時間稼ぎの策なのかどうかもわからず、かといって切り捨てることもできず。
捕虜に世話をさせて様子見?
しかし、もしこいつらが単純に裏切り者であった場合、それはそれでめんどくさいのが本音。
やはり殺しておくべきだったと、後悔はするが中に入れてしまった以上、後悔はすでに遅い。
「仕方ありません、ここは私が直接見て、彼らの身の安全を確認しましょう」
「お、おい!」
「安心してください。
もし彼らが何かしらの呪術による伝染性の呪いを持っていても、私なら多少は抵抗ができますので」
そうして、最終的に頼るのは、この盗賊団唯一の魔術師でもある呪術師。
彼に件の様子のおかしい、戻ってきた仲間を見てもらうことになる。
「……やはり、こいつは普通に生きてはいるな。
陽の魔力があり、陰の魔力もある」
そうして、呪術師の彼はゆっくりと、その容疑者である仲間に近づいていく。
「しかし、それでも……魔力による感知がしにくい。
これは、呪術による感知妨害?
直接触れなければ、詳しい様子は探れない、か」
「……よし、この距離なら、大丈夫だ、それじゃぁさっそくコイツの魂の状態を探って……!!!」
そして、それが
「……これは罠だ!!!
みんな、逃げ……っが!!!」
呪術師が近づいた瞬間、突然駆け出す、元仲間。
獣よりも早く、呪術師へと突撃し、彼を押し倒す!
「っち!!……っな!!!」
もちろん、元女騎士はその可能性も考えており、素早く呪術師へととびかかったその元仲間の腕を切り落とす。
が、なぜか切り落としたはずの腕は物理法則に反して繋がったままであり、追撃の斬撃を加えるが、その体からほとんど血はもれず。
超常的な力が、彼の身に起こっているのは明らかであった。
「ぐ、ぐあああぁああああ!!!」
「……!!」
そして、その元仲間はそのまま呪術師を押し倒し、まるで獣のように呪術師の肩を嚙み千切る。
その様子に猛烈にいやな予感がし、元女騎士は元仲間の首を切り落とす。
「……はぁ、はぁ」
「お、おい、だ、大丈夫か!?」
そして、元女騎士は目の前の血飛沫すら目にくれず、急いで呪術師に話しかける。
が、呪術師の様子は明らかにおかしく、息が荒く、眼が血走り、ひどい汗をかいている。
「くそ、くそぉ!
やられた、やられた!
この呪術は……いや、この死霊術は!?」
「お、おい!だ、だいじょうぶなのか!?
お、お前まで死んだら、私は、私は」
元女騎士は、すがるようにその呪術師へと話しかける。
しかし、残念ながら彼女にとっての希望はすぐに打ち砕かれることになる。
「俺には呪術抵抗力があるから大丈夫だが、お前はそうはいかない!
だから、だからこそ、お前だけは絶対に
いいか!これはもう殺しても無意味だ、すでに
「お、おい、それはどういう意味だ?」
「……あぶない!うしろぉ!」
その言葉と共に、強力な衝撃が彼女の背後から襲い掛かる。
するとそこには、先ほど彼女が首を落としたはずの死体がいた。
「こ、これはまさか、グール!?
こんなすぐに!?お、おい、いったいどういうことで……」
つい先ほど殺したばかりの部下が、グール化して襲ってくる。
この異常事態に、困惑し、彼女は自分の頼れる参謀へと視線を向ける。
「……ひぎっ!?
はがっ、おごぉおおおぉぉ!?!?」
……しかし、彼女はそちらの方に視線を向けたことを後悔した。
そこにいたのは、まるで陸に打ち上げられた魚のように床でのたうち、跳ねまわる呪術師の姿であり。
その顔は苦悶にみち、歯を食いしばり、全身から汁という汁を漏らしている。
「う、うわぁあああ!!!こっちに来た!!」
「きゃぁあああ!!!!……って、あれ?」
そして、この悲劇が起きているのはこの場だけではなかった。
今しがた自分が斬った元仲間だけではなく、他の元仲間も、まるで獣のように他の仲間へと襲い掛かる。
しかし、それはなぜか、捕虜には襲い掛からず、野盗にだけ襲い掛かり。
まるで恨みを晴らすかのように、残虐に相手をかみちぎる。
「……うぐ、あ、ああああああ!!!!」
そして、その悲劇はこれだけで止まらず。
なぜかその野獣と化した元仲間に噛まれたものは、同じように暴走し。
その狂人に襲われた仲間はさらなる狂人へと変貌する。
「なんで、なんで死なねぇんだよぉぉぉ!!!」
そして、その狂人に弓矢や毒は通用せず。
「に、にげ、ロ……いま……う、ぢ……」
人質や肉盾を理解するだけの頭はあり、肉盾のみを避けてこちらに攻撃してくる。
「いったい、いったい何が起きているんだ……?」
かくして、その元女騎士は混乱し、呆然とする。
周囲に蔓延する狂気、逃げ惑う人質、仲間が仲間に襲い掛かる地獄のような光景が目の前で繰り広げられる。
魔術を理解しない彼女に唯一残された手段として、その長年の相棒でもある呪術師へと一途の望みをかけて、視線を向けるが……。
「……げひっ!」
そこにいたのは、他の元仲間同様に、完全に狂気に飲み込まれてしまった