――ともすれば、それはフラグであったのだろう。
司祭になったから。
村の英雄になったから。
強大な吸血鬼に認められたから。
ダンジョンで成果を上げたから。
産業が上手くいったから。
弟子をいい感じに誘導できたから。
魔王軍の大幹部を倒せたから。
神からのクエストを完遂したから。
自分の要塞となる教会や工房の確保に成功したから。
そういう立て続けの無数の成功体験により、最近の私は調子に乗っていたことは認めよう。
強大な敵も準備すれば突破できるものであり、あるいは
慎重さは大事だが、
そんな、死霊術師として、いや、学術系魔術師としては最低の思考を持ってしまったが故の悲劇だ。
『むぅ?その依頼か?
確かに手頃といえば手ごろだが……。
詳細があまりわかっていないからな。
受ける奴がほとんどいないんだ』
シルグレットの酒場にて、ちょうどいい腕試しの依頼としてもらったのは少し遠出の探索依頼であった。
最近はギャレン村周辺も安全になったため、さらなる開拓を進めたいが、未だに未開な土地がある。
そのために、そんな未開の地で下見と地図作成をするという内容であった。
『まぁ、俺としては受けてくれる方がありがたいが……。
本当にいいのか?今回はほぼお前ひとりなんだろう?
それに本当に腕試しなら、例のダンジョンにでも行けばいいじゃないか』
もちろん、周りの人々もやんわりとは警告はしてくれた。
今回は日が悪いから、いつもの仲間がいないから。
行かない理由も受けない理由も多くあっただろう。
『いやぁ、今ダンジョンは新人がいっぱい挑戦しているんでしょう?
なら私みたいなのが行って、狩場を荒らすみたいなマネをするのはね。
それに、アリスちゃんもついていくのなら、ダンジョン以外の場所がいいって言っているし』
しかし、それでも私はその依頼を受けることにしてまった。
あくまで、軽い依頼だから、最近調子がいいから。
そんなあやふやな自信で、あまり準備もせずにその任務へと挑戦してしまったのであった。
★☆★☆
その任務は初めは実に順調であった。
その場所は一山超えた先にはあるものの、そこまで遠い場所でもなく。
地形の関係で入りにくいし、脱出もしにくい。
ロープを使わなければ移動しにくく、移動には難儀する、そんな場所であった。
「おおっ、こんなところに集落……いや、廃村か」
「おそらく、自分たちが来る前にあった開拓村か隠れ里的な何かでしょう。
あ!いくつか鉄製の鍋やらが残ってます!持って帰りましょう」
そして、私達はそんな場所で、未発見の廃村を見つけたり……。
「うおっ、これは……ダンジョン?
入口は小さいけど……足跡からは多分森蟻あたりかな?
まぁ、見張りもいないから、後回しでもいいか」
「いやいやいや、そんな雑にスルーしてもいいんですか?」
「今はアリスちゃんと自分の2人だけだからね。
安全性を取って、仕方なし」
ちょっとした将来の脅威も発見したりした。
「あ!これは、森豆ですよ!
無事に実ってるなんて珍しい!」
「それにあれはアケビですね!
甘くておいしいので、鹿やら猪がすぐに食べちゃうんですが……こんなにたくさんあるなんて!」
そして、豊かな森の実りもみつかった。
移動こそ困難であったが、それでも地図は確実に埋まっていき、目印となる地形やその地の特徴を書きんでいく。
「ふぅ、ふぅ!移動やらは大変ですが、それでも収穫があるっていいですね!
それに、予備の鉄鍋が手に入ったので、これで調合の自主練もできるはず!」
初めての本格的な冒険と、その成果にややテンションの高いアリス。
しかし、残念ながらこちらはそれどころではなかった。
「……土地のわりに陰の魔力があまりに少なすぎる。
しかも、廃村なのに死体がなく、この辺に亡霊がほとんどいなさすぎる。
あれは単に、村から無事に脱出したからだと思ったけど……。
これはもしかしてまずいか?」
地面にそっと手を降ろし、第六感を広げる。
できるだけ、周囲を刺激しないように広げたそのわずかな感覚でさえ、この地が不自然であることをこちらに告げてきた。
『……大型の肉食哺乳類の跡はなく、それなのにシカやイノシシの気配はない……。
イオ殿、もしかしたらこれはまずいかもしれん』
今回もアリスについてきている、アリスパパ入りの藁人形がこちらの意見に同意してくれる。
『……』
「そういえば、お前は昔からこの辺に住んでいるんだよな?
ならこの元凶について何か知っているか?」
『……ふん、心当たりならいくつかある。
が、不確定なことを言うわけにはいかん。
それにできるならお前らには情報を与えたくは……んぴぃ♡』
そして、今回のクエストにつれてきたクッコロにも、何か心当たり自体はあるようだ。
もっとも、今は少しでも魔力が惜しい上に、もしも自分の予想が正しければ、彼女を死霊術で尋問すること自体、よろしくないことになるかもしれないと思い、その場では深く探りを入れなかった。
「アリス、どうやらここはやばい場所かもしれないから。
早く逃げるよ」
「え?」
此方の真剣な表情に気が付いたのか、アリスは不思議そうな顔でこちらの表情をうかがう。
そんなアリスをよそに、手早く地図をしまい、騎乗用の死霊を呼び出す。
イラダ地方に来てから久々の、陰の魔力の不足と素材となる土がほとんど骨組みとして役に立たないことにいら立ちを感じながら、その中身がスカスカの屍馬に跨る。
が、どうやら、これは悪手であり、これが最悪の事態を引き起こしてしまったと気が付いてしまった。
「……!!」
突如、周囲から発せられる無数の獣の叫び。
それは、やや甲高くもあるが、鳥とも獣とも違う叫び声であり。
がさがさと音と共に、周囲の木々をかき分けながら、こちらに急接近しているのが分かる。
『……いかん!これは、思ったよりも……』
「……っちぃ!やっぱりそうか!」
「え、え?い、一体なにが、どうしたんですか師匠!?
何が起きているのパパ!?」
アリスがこちらの腰に抱き着きながらも、不安げにそう声をかけてくる。
しかし、すでに今は返事をする余裕すらなく、逃走のための最短経路を探ろうとする。
……が、それでも、不幸とは重なるものだ。
「……っが!」
「え、えぇ!み、道が崩れてます!
で、でも、ここは迂回すれば問題なくて……」
なんと、今まで来た道の1つが崩れていたのだ。
それもつい数分前に通ったばかりの、平時なら問題ないような、この道が通れずとも少し前に戻って小さな回り道をすれば問題ない、そんな程度の小道。
『……残念ながら、追いつかれるぞ』
「そうだね、今ようやく魔力感知でも察知できたよ。
……くっそ、まさか感知範囲でこっちが負けるとは……」
その猛烈な速度で近づいてきたのは、巨大な物影。
巨大な牙に、鋭い爪。
鋭くも無機質な眼光と、恐ろしいうなり声。
前世では何回もその姿を見たことがあるはずなのに、この世界に来てから初めて見たその生き物は、大きな叫び声と共にその存在をあらわにしたのであった。
「恐竜……いや、こっちの世界風に言えば亜竜か。
まったく、とんでもない野生動物がいたもんだよ」
そうして、その前世では太古の神秘であったその古代生物は、その口から涎を垂らしながらこちらに大口を開けて突っ込んできたのであった。