旧ストロング村のダンジョン【月女神の恩寵】。
そこは、この大陸でもかなり珍しい超大型の善神によるダンジョンである。
構造としては石造りの塔であり、内装もそれに伴ったもの。
もっともそれはあくまで第1層だけであり、第2層や3層ともなると、その内装はより神聖な神殿の様になっていたり、なんなら草原の様になっていたり、天井に月が浮かんでいるなんて話も流れてきた。
――もっとも、そんな話は彼らには関係なく、まだまだ新人冒険者に過ぎない【新緑の聖牙】は、今日も第1層で探索をしていた。
「でりゃあぁあああ!!!」
年齢不詳ながらも、暫定【新緑の聖牙】のリーダーであるクロが前線で剣を振るう。
まだまだ剣速はおそく、大きな剣を振り回せるような力もない。
それゆえに、鋭い斬撃とはとても言えないが、それでも剣先が大きくぶれない程度には振りなれた一撃であった。
「ぐごごごご……」
相対するは、ゾンビ。
とはいっても、その体はぼろぼろであり、さらには陰の魔力が薄いダンジョンで発生したがゆえに、動きは遅い。
そのため、クロの剣による一撃であっさりと両断とまではいかないものの、その姿勢を崩すことぐらいは成功していた。
「……ん」
そして、そこに、シロによるさらなる一撃が加えられ、そのゾンビの動きは完全に停止し、ゾンビの行動が攻撃から再生へと移行する。
「いまだ!やれ、アヤ!!」
「はい!チャージ終わりました!
それじゃぁ……いけぇえええ!!!」
しかし、そんな再生の隙をついて、アヤは彼女の手に持つ杖に込めた力を開放する。
解き放たれた『魔力の矢』は、狙い過たずゾンビに直撃。
物理攻撃には強い耐性を持つゾンビも、この魔力の一撃により、体内の魔力の流れが乱れて暴走。
音もなくその場に崩れ落ち、その身のほとんどを塵へと変換させていくのだった。
「あら~、どうやら私の出番はなかったみたいですね~。
みんな強くなったようで何よりです~」
「それよりドロップは……よっしゃぁ!魔石ゲット!!
これで依頼達成だな!」
塵になったゾンビがいた場所に転がり落ちたその魔石を拾い、クロはそれを鞄に詰めた。
「にしても、アヤも魔法使いとしての行動が、すっかり板についてきたじゃないか!」
「……ん、隙が多いけど、最近は発動も早くなったし、威力も十分。
すっかり、立派な魔法使い」
「そんなぁ!私なんて、まだまだですよ!
あくまで私が、魔法使いのまねごとが出来ているのは、この杖のおかげだから……」
シロとクロの誉め言葉に対して、アヤは恥ずかし気に杖を握りつつ、そう答える。
一見謙遜のように聞こえるこの言葉は残念ながら、ある意味では事実だ。
なぜなら、アヤが魔法を使えるのは、あくまでこの杖に『魔法の矢』の呪文が込められているからだ。
他に実戦で使える域にある魔法は無く、杖に込められた魔法に頼り切っていると言われれば否定できない。
「でも、アヤは最近努力しているし、ミサも頻繁に参加してるんだろ?
ならきっと覚えられるはずだ!」
「……アヤ、修業、すごく頑張ってる。
魔術のミサも、遠足のミサも、全部参加してる。
修行も夜遅くまでやっている、真面目」
しかし、そんな気落ち気味のアヤを、クロとシロは全力で褒めた。
「ほら、ヨークさんからも言ってあげて」
そして、ヨークも2人に促されて口を開いた。
「ね~、アヤちゃん?今のアヤちゃんって、かな~り強いから、そんなに焦らなくていいと思うわよ~」
「でも……」
「たとえ杖の力でも~、何回でも魔法を使えるって、すご~く貴重だからね~。
今だって、お化けみたいな、実体のない敵が来ても安心なのはアヤちゃんのおかげよ~?
だから、そんなに焦らないで、ね?」
「……はい!」
パーティの最年長であるヨークに励まされたことにより、ある程度アヤは落ち着きを取り戻した。
しかし、ヨーク個人としては、別の意味でこの状況に思うところがないわけではない。
というのも、アヤがこの魔法の杖をもらってからまだ半年もたっていないのに、すでに戦力となる程度には育っているからだ。
かつてヨークは傭兵団に努めており、そこには少数ながら魔法使いも在籍していたが、少なくともアヤは、あの攻撃魔法の威力や精度だけで見れば、すでにかつて仲間であった魔法使いの腕を超えていた。
「(……おそらくは……あの杖が原因なのでしょうねぇ)」
ヨークはアヤの持つ杖をじっと見つめる。
実はアヤの持つ杖は、アヤがシルグレットから、親の遺産を叩いて買う際に、事情を聴いたイオがアヤのために調節してからその杖を渡したという経緯があるのだ。
だからこそなのだろう、(事前に彼女がある程度修行していたとはいえ)彼女がその杖をもらってから、『魔法の矢』の呪文は、一度たりとも失敗していないし、使えば使うほどその精度はどんどん上がっていた。
それが、杖だけの力なのか、彼女と杖の相性の良さか、またはアヤの才能ゆえかはわからない。
が、それでもおそらく、彼女と杖の関係を知れば、よくないことを考える層が一定以上いるだろうことは確実だ。
それこそ単純に杖を盗まれるだけならまだしも、その出所を聞かれたり、あるいは彼女ごと誘拐されたり。
さらには、つい先日あったカルト襲撃の時の様に、アヤを人質に取って、イオ相手に無茶な要求を突きつけるなんて事態に発展する可能性もあるのだ。
「とりあえず、アヤちゃんは、もう少し自分に自信をもって!
杖のおかげじゃなくて、アヤちゃん自身の努力の成果!
それに悩むくらいなら、ちゃんと毎日魔法の修業もすること、いいわね?」
「……はい!」
だからこそ、せめて、アヤ経由で厄介ごとが起きないように、日頃からきっちり魔法使いとして努力させよう。
だからせめて、厄介ごとは……と思いつつも、指輪にはめられた冒険者の証を見て、まぁ、無駄だろうなぁと苦笑をするのでした。
なお、ダンジョンの帰り道。
「指輪をよこせぇええええ!!!」
「うわぁあああああ!」
当然のように、どでかい聖痕の刻まれた不審者に襲われかけ、それを撃退するはめになるのであった。
☆★☆★
「というわけで、あの不審者さんは、無事に守衛に届けたので、後日ルドー様から懸賞金が届くと思いますよ~」
「わ、わ~い?」
さて、ダンジョンの採取依頼だけではなく、ダンジョンに逃げ込んでいたカルトの残党を討伐し終えた【新緑の聖牙】。
なお、旦那の仇と関連のある盗賊団関係者であり恩人の敵でもある賞金首を倒せ、さらには金も手に入れられてほくほくなヨーク。
しかし、それとは対照的に、悪人とはいえ人間相手にハルバートで切り付け、あるいは殴りつけもし、それでもギリギリのところで殺さない調整をしたヨークに、若年層は少し引き気味であった。
「と、とりあえず、ヨークさんもあの悪い人と戦って、疲れたでしょう?
いったん教会で回復しようよ!」
「え~?問題ないですよ?
むしろ、いいこととうれしいことをしたから、今日はおいしいご飯が食べられそうで……」
「そ、そうだぞ!
それにもしかしたら、あいつらが怪しい術とかで呪いとか使ってるかもしれないじゃないか!」
「ん~、そういえばそうですね~!
それじゃぁ、教会にでもお邪魔しますか~!」
かくして、血濡れなのに笑顔なヨークを落ち着かせるために、教会へと行くことを決めた【新緑の聖牙】。
もっとも今日は兄弟神の方の教会はイオもデンツもいないらしく、何人かの新任兄弟神の見習い聖職者たちがわちゃわちゃと頑張っているが忙しそうなため、今回はいくのを取りやめ。
代わりというとあれだが、今回は太陽神の教会のほうに向かうことにした。
「っく!!!!この不道徳者め!!!!
この件は、大司祭様にきっちりと報告するからな!」
「ええ、ええ。勝手に伝えられても構いません。
なんなら、破門にでもしますか?
それとも、聖罰の奇跡をなされても、私としては一向にかまいませんよ」
「……っち!!!この汚れた聖痕持ちのくせに!
せいぜい、天罰を受けるがいいわ!」
しかし、どうやら太陽神教会も何事かあったようだ。
何人かの厳かな格好をした聖職者が、ぞろぞろと太陽神教会から出ていく。
恰好や聖印からしておそらく太陽神の聖職者なのだろうが、それが悪態を吐きながら太陽神の教会から出ていっていた。
「……ったく!わざわざあんなことのために来るなんて……って、あぁ。
【新緑の聖牙】の皆さんですね、祈りですか寄付ですか?
まぁ、どちらにしてもようこそいらっしゃいました」
そうして、教会の中から顔を出してきたのは、当然このギャレン村の太陽神教会担当の司祭、オッタビィアであった。
「オッタビィアさん、こんにちわ」
「ん」
「強欲司祭おっす。
今日は、安い方の浄化をお願い」
「強欲とは何ですか!
これはちゃんと、王都の教会により決められた適正な値段です!
それにあなた達はきちんと儲けてるんだから、ちゃんと高い方にしなさいよ、まったく」
こうして、太陽神教会にて簡単な呪いや怪我の有無の鑑定後、問題ないとはわかったが、それでも浄化と回復の奇跡を受ける。
体の汚れとだるさが取れ、魔障も払われて、体に力が戻ってくるのを感じた。
「はい、これが今回の寄付金です」
「うんうん!ちゃんと信心が深いようで何よりです。
なんなら、お茶菓子でも食べていきますか?
安物ですが」
「いや、今日はこの後『レギュラー』に行くからいいかな?
それより、さっきの人たちは何者なの?何か言い合っていたみたいだけど……」
「あ~、あれですか」
クロからの質問に、頬をポリポリとかきながら、オッタビィアは気まずそうに答える。
「実はあの人は、自称地方都市にある太陽神神殿からの使いだったんですよ。
その人たちが、私にちょっといろいろと融通を利かせろと言ってきて」
身内の恥になりますが、とオッタビィアは前置きをしてから、今回の騒動についてある程度ボカシながら事の次第を話した。
内容としては、今回新しく教会を建てる際に聖職者を王都から誘致するわけだが、それを何とか遅延しろという願いだったそうだ。
それだけならまだしも、ダンジョンに入るため兄弟神教会からポータルを奪い去ることができないかやら、ルドー村長を説得して兄弟神教会を太陽神の教会へと改築できないかなんて、様々な無茶ぶりを押し付けてきたそうだ。
「まぁ、確かにもし本当に彼らがイラダ地方の首都の教会からの使いなら、色々とお世話になりましたし、力になりたいのは真実ですが……。
それでも、今回の話はどれも私の権限を超えたものばかりです」
「それはそう」
「だからまぁ、はじめは穏便に断ろうと思ったのですが、議論が進むにつれて互いにヒートアップしてしまい。
さらにはこの聖痕やイオさんについて、盛大に侮辱されてましたので、おもわずこう、ねぇ?」
苦笑するオッタビィアに対して、【新緑の聖牙】のメンバーの顔もまた微妙なものになる。
たしかに、首都からの聖職者とくればそれなりに偉い人だろうし、そんな偉い人の頼みというのはある程度融通すべきだというのは何となくわかる。
が、それでもその内容については、ほぼ新人冒険者に過ぎない彼らから聞いてもあまりにも無茶なものだとわかってしまう。
なんなら、これが見ず知らずの人が言ったものならば、罵倒すらしてしまうような内容であっただろう。
「……それに、ここだけの話、彼らの要求の中には、先日のカルトにかけられた懸賞金の解除なんかもありましてね。
あんまり考えたくないですけど……あんなカルトと首都の太陽神教会が関わっているなんてことがあるかもなんて……」
「つまりは、私の旦那の真の仇は、首都の教会にいた。
そう言う話なんですね~♪」
「いやいやいや、流石にそこまでは断定できない……。
ちょ、待ってくださいヨークさん、武器を持ってじりじり近づかないでください。
まって!」
かくして、せっかくヨークの頭を冷やすために教会にやってきたのに、この話により、彼女の頭は再び沸騰。
彼女の猛りはなかなか静まらなかったそうな。