「グギガガガガガガ!!!!」
とある森に隣接した街道にて。
巨大な獣が、拳を振るう。
怒りと激情、何よりも無数の呪いを込めながら爪を走らせる。
「ぐぅうううううう!!!」
それに相対するは、元導きの巻貝兵士団、現エイダの見張り役の騎士ラウラ。
彼女はその手に持つ巨大な鉄の盾を前面に構え、受け止める。
幸い、その爪の威力は鉄を突破するほどではない。
が、それでもその威力と衝撃までは完全に防げるわけではなく、鉄の具足をつけてなお、足が地面にめり込み、体が後ろに押し込まれ、体幹がブレる。
「ぬぅうううう!!」
本来ならば、相手の大ぶりの攻撃の隙をついて、反撃するのが盾使いの戦い方の基礎だ。
しかし今は、相手の攻撃の激しさに、体勢を崩さないようにするだけで精いっぱい。
攻撃はおろか、防御すら満足にできているとは言い難かった。
「た、隊長!
今援護をしま……」
「バカ者!!私は問題ない!
お前らは自分の身を全力で守れ!!」
しかしそれでも、彼女は自分の最後のプライドを持って、他の部下の援護提案を取りやめさせる。
なぜなら、自分たちに襲いかかる獣人は一匹ではない。
人の姿を失った邪悪な獣の姿、邪獣人が5匹。
しかもどれもが強力で強靭、我が身かわいさに人手を割かせるわけにはいかないのだ。
「はぁ、はぁ……」
「くくくく、いいのかぁ?防いでばかりで?
邪獣人の恐怖は、その強さではないのだぞ?」
襲撃者の頭領である、怪しげなローブを着た男が挑発の言葉を放ってくる。
苛立ちがつのり、殺意がわく。
しかしながら、そいつのセリフは嘘ではなく、彼女は邪獣人の恐ろしさを身をもって体感していた。
(……喉が……渇く!!
怒りが、衝動が、血を求める……!!)
そう、邪獣人の脅威の本質。
それは、『獣化の呪いの伝播』。
ラウラは、自身の謎の渇きと、全てを投げ捨てて思うままに動きたい、理性を捨てたい葛藤にさいなまれる。
理性と本能の境界に、思考と直感がぶつかり合う。
そんな状態では当然、指揮も抗戦もまともにできるわけもなく。
「う、うわぁあああああ!!!」
「な!だ、大丈夫か……ぐあっ!!」
部下の一人が、邪獣人にかみつかれ、それに意識を持っていかれた瞬間に、彼女自身も相対する邪獣人からの爪の一撃を受けてしまう。
「う、うぐ、あぐ、がぁああああ!!!!」
そして、その一撃を受けたことにより、邪獣人の呪いは一気に深刻なものになる。
脳内に火花が走り、魂が暴走を始める。
文字通り血肉が暴れ、肺や胃から血が漏れ、口や鼻から血と胃液が漏れ出てくる。
(あ、これはまずい、わたし、死……)
当然そんな隙を、目の前の相手が見逃してくれるわけもなく。
恐るべき邪獣人の騎馬と爪の双撃が、彼女の目の前に迫り……。
「【
「ぐるぎぎぎぎ!!!!」
――そして、その攻撃はあっさりと防がれた。
「ん、よし、どっちも生きてるね。
はやく、体勢を立て直して」
「あ、ああ」
それをなしたのは本来は護衛対象であるべき、イオ。
ギャレン村の聖女、恐るべき魔導の征服者、イラダの聖なる導き手。
数多くの異名がつけられており、彼女自身もその偉業を目の当たりにしたことはあった。
が、それでもなお、その光景は驚嘆すべきものであった。
「ぎ……きゅぅぅぅ……」
そう、イオが天に向かってその右手を掲げ、そこから強い光が放たれる。
その光に当てられた邪獣人は怯み、眼は焼け、鼻を押さえて悶えている。
その逆にこちらは、視界がはっきりし、体にまとわりついていた倦怠感は抜け、思考を乱していた霞が晴れていくのを感じた。
「……聖女の名は伊達ではないというわけか」
奇跡とは神聖魔術のくくりに過ぎないと考えていた彼女だが、それでも今自分の身に起きていること、そして彼女の行いは奇跡と呼ぶにふさわしいのだろうと確信した。
「おお!流石我が親友!!
それじゃぁ私も負けてられない、というわけで【
そして、その奇跡に重ねるかのように、彼女の本来の警護兼見張り対象であるエイダが、月の女神へと祈りを捧げる。
すると、彼女の体の傷が癒え、活力が戻ってくる。
先のイオの浄化と合わせて、ラウラとその部下の体力と体調はすっかり元通りであった。
「……今なら、おとなしく降伏するなら、命までは取らない。
おとなしく、己が信じる神に懺悔し、行動を改めてほしい」
「………っつううう!!
えぇぇい! 神の威光を以て横暴をなす悪女共め!
正しき行いと正義を、そして貴様らの不正を、我が軍勢をもって示してやる!!」
もっとも、これほどの偉業を見せられても、なお相手方の気力は折れず。
それでも、ラウラは後ろにいる存在の頼もしさを確信し、勇気をもって、その邪獣人と相対するのでした。
☆★☆★
なお、同時期、件のイオ他護衛対象達。
「う~ん、これは、殺さないで終わらせるのは難しそうかな~」
「それって、どちらの意味で?」
「それは当然、邪獣人とカルト」
「ですよね~」
獣人と護衛が必死に戦っている中、私はエイダとこの騒動をどう収めるべきか話していた。
「というかさぁ、今私の右手に宿った聖痕の影響が強すぎてさぁ。
呪術や死霊術でアイツらを無力化するには、陰の魔力の調節がむずかしいし。
かといって、聖痕の浄化の奇跡を本気で放つと、あそこにいる邪獣人の何人か大変な目に遭いそうだからなぁ」
「別にそれくらいならいいんじゃない?
呪術はまだしも、聖痕の浄化ぐらいで死んだら自己責任よ。
それにあくまで襲ってきたのは向こうなんだから、襲うのは襲われる覚悟があるやつだけってやつよ」
「でも、今の私が本気を出したら、吸血鬼であるエイダも巻き込まれて成仏しそうだけど、それでもいい?」
「……うん!やっぱり手加減って大事よね!」
そうなのだ、一応今回のカルト襲撃は予想よりは厄介だが、割とやろうと思えば何とかなる程度の襲撃でしかないのだ。
強力ではあるが、それでもマートに比べれば、ぼちぼち程度の強さの邪獣人5人、それに向けて指揮というよりはヤジを飛ばしている先日の聖痕付きのカルトが1人。
カルトのおっさんに関しては、おそらく戦闘力はないし、邪獣人に関しても呪術耐性や強力な再生力こそ面倒くさいが、邪属性のおかげで、聖痕の浄化で一発退場させることができる。
「でもまぁ、あの襲ってきているモフモフ、いや邪獣人たちって、どう見ても無理やり戦わされてる感じでしょう?
ならまぁ、せめて助けてあげたいなぁって」
しかし、それでも相手が無理やり戦わされているのなら、せめて救いたいと思うのが本音だ。
特に、件の暴走している邪獣人たちには隷属の聖痕がついており、行動するごとにそれがピカピカと魔力光を発している。
そして、邪獣人の獣化は高い再生力こそ持っているが、その痛覚は健在であるため、おそらくは相当の激痛と苦痛を感じながら、無理やり戦わされているのだろう。
これを不憫と言わずしてなんというのか?
「でも獣人なんて、どうせ邪獣人ほどでもないけど、ろくでもない子ばかりよ?
それでも助けたいの?」
「ろくでもないやつだったら、助けた後に殺す。
その方が、すっきりするし、あとくされない」
「ふふっ!実に傲慢で強欲!
さすがは死霊術師ね!」
自分の返事が気に入ったのか、エイダが満面の笑みをこちらに向けてくる。
「いいわよ、今回はあなたの提案に乗ってあげる!」
「……!!」
「でも、その代わり、すこ~しだけ、協力してほしいことがあるんだけど……いいわよね?」
協力を申し出ながら、明らかに何かを期待した眼でこちらを見やるエイダ。
一瞬、本当に彼女の要望に乗っていいかと思い悩んだが、それでも人の命よりは安いかと考え、左前腕を彼女のほうに差し出すのであった。
「……っは!」
そして、その瞬間、戦場の空気が変わった。
突如湧き上がる、膨大な魔力。
邪獣人など比べ物にならないほどの邪悪な気配に、乱れ狂う精霊たち。
攻め手であるはずの邪獣人も思わずその動きを止め、相手が隙をさらしたにもかかわらず、思わずラウラたちも後ろを振り返る。
「ふひ、はひ、ひひひひひひ!!!!!
あ~~~!!!!いい~~~!!!馴染む、馴染むぞぉおおお!!!!!
前よりも、聖痕がついても……なお旨い!!
極上、至高、最高、究極の血の味よおおおぉおおおお!!!!」
するとそこには、気力と魔力にあふれ、眼が光り、口端からわずかに血を漏らすエイダ。
そして、左腕を押さえるイオの姿が。
「な!ま、まさか、あいつは吸血鬼だったのか!?
はは、ははははは!やはり貴様は邪悪だったのだなぁ!!!
正義は我にあり!!いけ、罪人ども!!あいつらを喰い散らせぇ!!!」
カルトの男が、そんなエイダの様子を見て、恐れるどころか意気揚々と配下の邪獣人に命令を下す。
「きゅ、きゅ、きゅぅぅうぅ……」
「……ちぃ!!!邪獣人の癖に、怖気付きやがって!
行け、さっさとやれ、あいつらを殺せぇ!!!」
強大な気配と魔力に、尻尾と耳を丸め、縮こまる邪獣人。
それに強く命令を下す、カルトの男。
はじめこそ、邪獣人はまともに行動できなかったが、命令を重ねるごとに邪獣人にかけられた隷属の聖痕は強く輝き、苦しめ、そして行動を強制する。
そして、泣きながら、あるいは嘆きながらも、その獣は無理やりこちらを襲おうとした。
「……哀れだな、そして惨めだ。
だからこそ、せめて、優しく捕らえてやろう。
【
そんな強制的に操られている獣人に、憐みの視線を向けつつ、エイダは一つの呪文を発動。
すると、彼女の指先から一滴の血がこぼれ、地面に落ちるとともに、放射状にはじけ飛ぶ。
それらは獣人の体にまとわりつき、そして小さな穴をあける。
「……ぎびっ!!!」
「内側と外側、さらには霊的な、三重の拘束だ。
知性のない獣ごときに、この拘束は破れんよ」
魔力で強化した血と、血管内部に侵入した血、さらには呪術による三重束縛を受けた獣人はあっさりとその動きを止め、無力化されてしまった。
「……ちぃい!!!役に立たない獣どもめぇ!
せめて、死ぬまで暴れ続けて……!!」
「それもさせない。
……【
それに合わせるかのように放たれるイオの右手の聖痕による【浄化】。
「っく! 躱すことができない隙に、処分するつもりか!?」
「まさか、それなら、もっと早くやってるよ。
でも、動けないなら、こういうこともできるから、ね」
その【
「……ふぅぅ!!壊れろぉ!!!」
「んなぁ!?」
そして、その【
「ぎゅ、グ……ふぅぅ……」
すると、隷属の聖痕と邪獣人の呪いのどちらも祓われ、獣化が解けた、ただの獣人、あるいは人の姿に戻り、気を失う。
しかし、その体の傷は最低限であり、息もしている。
どうやら無事に無力化に成功したようだ。
「ほい、ほい……ほい!
うん!これで全員に成功したな!」
そして、一人目を成功したことを確認して、二人目、三人目と無力化と浄化を繰り返し、あっさりと邪獣人全ての無力化に成功した。
「そ、そんなバカな……
神により、大司祭様により与えられた、罪人奴隷が。
か、神の威光が、そんな、こんなことで……」
そして、自分の手駒をすべて失ったカルトの男は、ただただ、呆然とし、立ち尽くす。
まるで、目の前で起きたことが信じられぬことの様に、あり得ぬものを見たかのように。
「……で、どうする?
まだ、抵抗するかい?」
かくして、私達は無事にカルトとその配下の無力化に成功。
もっとも、教会建設の下見のための移動中だったがゆえに、色々と予定が狂ってしまったが、それでもその下見自体は滞りなく行われたのでした。