「というわけで、この子はマートだということがわかりました」
「ふ、ふえぇぇ……」
あの小さなリスっぽい生き物に、霊視による鑑定を行いながらやさしく撫でまわしながらそう言う。
すると小さい生き物特有の温かさと命の鼓動が伝わり。
更にはふわふわした感触が手のひらに伝わり、こしょこしょと動く感覚がこそばゆく感じた。
「ところで、やっぱり邪獣人の獣人化って、こういうことできるの?」
「い、いえ、邪獣人の獣化はあくまで呪いの一種なので、そういうことが起こりうるのは間違いないですが……。
さすがに、そんな見た目になるのは……」
ふむ、どうやらベネちゃんから見て、これはイレギュラーなことなようだ。
「マートちゃんはどう思う?」
両手で子リス状態のマートを掬い上げ、子供をあやすかのように尋ねてみるが返事は得られず。
しかしながら、それでもある程度の自我はあるようで、こちらが首をかしげると同時に、子リス状態のマートも首をかしげてくれる。
なにこれ、どちゃくちゃ可愛いじゃん。
「いいこいいこ~♪
ほら、ドライフルーツいる?」
「……♪」
差し出した乾燥山ブドウを、もきゅもきゅとほお袋に溜める子リスマート。
体格差を考慮して、腫物を触るかのように優しく触ってみると、眼を細めて気持ちよさそうにしてくれる。
「……」
「ん?ベネちゃんも気になる?
触ってみる?」
「……いえ、別に」
なぜか、視線が厳しいベネちゃん。
一瞬なぜと思ったが、まぁ流石に子リス姿とはいえ、血を分けた妹がペット扱いはさすがに文句の一つも言いたくなるか。
でも、なんかこの状態のマートは知能が下がっているのか、獣の本能なのか、めちゃくちゃこちらに懐いてくるんだよなぁ。
此方が手をさし伸ばすだけで、めちゃくちゃ体を擦り付けてくるし。
「まぁ、でも安心してよ。
マートちゃんがこうなった原因は何となくわかったから」
此方に全身を預けてくる子リスのマートをそっと体を持ち上げて、その額を見せてもらう。
するとそこには小さくも、くっきりと感じられる強い邪悪な気配。
それはただの陰の魔力を超えた、より強い魔力。
「……邪神の聖痕、いや、いうなれば【邪痕】の影響だろうねこれは」
浄化の力を使うも、そもそもが嫌がるように手元から逃げるマート。
まぁ、流石に子リス状態の今はなぜか、聖の魔力にある程度の耐性はあるようだが、それでも浄化の奇跡まで大丈夫とはいかないようだ。
嫌がるように手元から逃げ出し、首筋に、そして胸元まで移動してきた。
「あ~、ごめんね?
これ以上むやみに浄化しないから、ほら、機嫌直して?」
左手で、陰の魔力でありながらも、体を侵食しない、むしろバフになるように魔力を込めて、胸元にいるマートを優しく撫でる。
すると機嫌を直したのか、くるくると喉を鳴らしながらこちらの陰の魔力のマッサージを受け入れてくれる。
「おそらくは、マートちゃんが何らかの邪神の怒りを買ってしまったんだろうね。
そのせいで、邪神からの罰として、【邪痕】をもらい、この姿に、って流れだろうね」
「……マートが、自分からそんな罰を受けてしまった可能性は?」
「いやいや、流石にこんな小さい体だといろいろ不便だし危ないでしょ?
それに力にこだわっていたみたいだし、ねぇ~?」
子リス状態のマートをジト目で見つめるベネちゃんに、いくつかの仮説をもとに説明する。
おそらく自分の意見が正しいのか、子リス状態のマートもうんうんとうなずいてくれる。
邪神から罰を受けてショックなはずなのに、それでも明るくふるまってくれているマートちゃんは意外と健気なのかもしれない。
もっとも、ベネちゃん的には自分の仮説には納得いってないようで、なぜか不服顔である。
ま~、ベネちゃんと自分だとどちらがマートについて詳しいかと聞かれると、おそらくベネちゃんの方だから、自分の仮説が間違っている可能性もあるんだが。
「なら、まぁ、どっちの仮説が正しいかどうかは、本人に説明してもらえばいいでしょ!
というわけで、さっそくマートの掛けられた【邪痕】を解くことにしますか!」
「え?」
「ちゅ?」
☆★☆★
そして、冥府神の教会にて。
「と、いうわけで、はい、これがお洋服ですよ~
それと、解呪したとはいえ、邪神に掛けられたかなり高位な呪いだったからね。
なにか、後遺症とかそう言うのは?」
「え~、あ~……」
「あ、あとさっきまでの子リス状態だと、やけに懐いていたけど……。
あの時の記憶、ちゃんと残ってる?
自分の状態は理解できている?」
「……!!あ、あ~あ~!!
う、うん!後遺症あるぞあるぞ!
小さくなってるときに、ぺたぺたしたのとか、全然覚えていないから!
全然私はお前に懐いていないんだから!」
どうみても、子リス状態のときの記憶があるんだろうなと分かりつつ、それでも流石に恥ずかしがる思春期少女の恥を掘り下げる気もなく。
前世男としての、優しい紳士魂で、彼女の嘘をさらっとスルーしてあげることにした。
さて、早朝にマートが子リス状態になり、家内でそれなりに騒動にはなったが、それでもその日の昼までには無事、彼女の状態を元に戻すことができた。
「え、えっと、その……邪神の邪痕って、そんなに簡単に解呪できるものなの?」
「いや?そんなことはないよ。
でも、流石にこの右手の聖痕の力と、教会の聖なる魔力、そして、冥府神の奇跡の力が、解呪に向いているからね!
それなりの用意さえできれば、このぐらい訳ないよ」
心配そうに、マートや自分を見るベネちゃんに無理をしてないと伝える。
もっとも、それでも今回の邪痕の解除は、浄化の力としては余裕ではあるが、そもそものマートが邪神の眷属である邪獣人であるため、それなりに解呪が困難であったのは事実だ。
具体的には、雑に解呪すれば浄化の力で、解呪とともにマートの存在自体が黒ずみになってしまうかもしれない程度には。
「それで、結局なんでマートちゃんはあんなことになったの?
教えてくれるかな?」
「え、あ、うん……はい」
かくして、顔をトマトの様に真っ赤にしているマートに改めて今回のような事態がなぜ起こったかを尋ねた。
「えっと、その、イオやお姉ちゃんに、私のせいで迷惑をかけているのって、結局私が邪教の信徒だからっていうのが大きいだろ?」
「まぁ、そうだね」
「だから、情動神様には悪いけど、その、イオやお姉を守るためなら……。
信仰を捨てて、別の神様の信者になって良いかって、お願いしたんだ。
そしたら、あんなことになって……」
マートはおどおどと、自分の身に起きたことを話した。
が、実際その内容はかなり危ういものであった。
というのも基本的に、邪神とは苛烈であり危険な存在だ。
彼らが獣人に力を貸すのはあくまで、人類を滅ぼしたり、あるいは彼ら自身の目的のためであり、彼らが獣人に対して必ずしも友好的という訳ではない。
話を聞くに、マートの信仰している情動神はどちらかといえば優しい邪神の様だが、それでも、いくらこちらを気遣ってのものとは言えやり過ぎである。
「まったく、マートちゃんはいい娘だってわかってるから。
もちろん、こちらのために邪神信仰をやめようとしてくれたのはうれしいけど……。
だからと言ってそのために、無茶はしないで」
「でも……」
「まぁ、あの子リス状態のマートが可愛かったのは事実だけど。
邪神の怒りを買うのは危ないからね!
マートがひどい目にあったら、私も悲しいからさ」
「……うん!」
もじもじとしているマートを、左手で優しく抱きしめる。
邪神の信仰を捨てるほどに、こちらを思いやってくれていることにうれしく思いつつも、それでも想像以上に彼女が危険な状態であったことに、冷や汗をかく。
そして、子リス状態の時を思い出して、優しくその耳をなでようと……。
「……ん!んんぅ!!」
「っと、ごめんごめん。
さすがにべたべたしすぎだったね。
ごめんね?」
「い、いや、べ別にそこまで構わな……ん!!
な、なんでもない!」
もっとも、自分のモフモフタイムは、ベネちゃんの咳払いによって休止に。
それでも、マートが奴隷として購入した当時とは、比較にならないほどこちらに懐いてくれ、またこの家に親しんでくれたこと。
その事実に、ほんのりと胸の奥のぬくもりを感じながら、その日は彼女たちと家へと戻るのであった。
★☆★☆
……もっとも、この話はここでは終わらなかった。
翌日。
「きゅ?」
なぜか、またマートが子リス状態に。
解除したはずの邪痕も、再び子リス状態のマートの額に浮かんでいた。
「きゅ~♪♪」
かくして、子リス状態になったマートをワシワシと撫でまわしながら、邪神の呪いがいまだに終わっていないことを、はっきりと理解させられるのでした。