第77話 地母神ダンジョン
ともすれば、再びダンジョンである。
地母神により試練として渡された空間の裂け目にして、呪われた土地であるダンジョン。
それゆえに、今回のダンジョンは、ストロング村の物とは色々と違うダンジョンであった。
「ベネちゃん!!先に後ろにいる奴の結界起点を!
マブラス殿は、もう少し耐えてください」
「了解です!」
「ぬ、ぬぅうううううう!!
気安く言ってくれる!!」
現在私たちがいるのは、地母神により課せられたダンジョンの内部。
そこの浅層の大部屋にて、戦闘中であった。
「グルリオオオォォオオオ!!!!」
「ぐ、ぬぅうううううう!!!!」
地母神の司祭であり、男エルフのマブラスが、このダンジョンの敵である巨大な獣化した邪獣人の一撃を受け止める。
もちろん、このマブラス司祭は自分とは違う正統派パラディンである。
王都の大神殿から大司祭からのお墨付きで派遣されたが故、その実力は確かであり、聖別された鎧と聖なる盾を持つ。
それゆえに、大岩すら砕くはずの邪獣人の爪の一撃を受け止め、聖なる加護をもっていなすことができていた。
「ぐぎぎぎぎぎぎ!!」
……しかし、それでも相手もそれだけでは終わらなかった。
「ぐおおおぉぉお!!!」
「……づああぁぁあああ!!!」
この獣化した邪獣人は、以前のカルトが連れてきたような奴隷であり半端者の邪獣人とはちがう、呪いもその身に秘められた陰の魔力も桁違いだ。
それこそ、以前の奴隷の邪獣人ならば、マブラス司祭の聖なるバッシュ(盾の一撃)であっさり反撃し、浄化し返す事ができていただろうが、それすら許さず。
むしろ、防御してなお、その体重差でパラディンであるマブラス司祭をあっさりと吹き飛ばすほどのパワーを有していた。
「……ぎぎ!」
「……助かった!
感謝する、聖霊殿!」
しかし、それでも今回の前線は一人ではない。
マブラスが吹き飛ばされて、戦線が崩壊しそうになった直前に、鎧霊であるトガちゃんが無理やり吹き飛ばされる彼を掴み、転倒するのを防いだ。
「ぐるぎぎぎ!!」
「……み!」
そして、今度はトガちゃんのほうに邪獣人の一撃が飛ぶが、こちらは基本的に無問題だ。
そもそもこのダンジョンは陰の魔力にあふれているし、耐久力という意味ではアンデッドであるトガちゃんは基本的に無限に近い状態だ。
その上で吹き飛ばし攻撃も、こちらの魔力による遠隔操作及び魔力によるつなぎ止めをすれば、体の一部が吹き飛ばされることはあっても、全身が吹き飛び前線が崩壊することはない。
「壊せました!
そして、はぁああああ!!!」
一方、ベネちゃんは相手の後衛の結界の起点を破壊し、さらにはその後衛にいる術師のほうへと矢の雨を浴びせる。
「……ぐ!!!なかなかやるではないか!
だが、我が神の加護がある我に、そのような攻撃など効かん!!」
もっとも、相手もさるもので。
相手の後衛にいた、ヤギ頭の邪獣人の術者はその獣人特有のタフネスとダンジョンにあふれる陰の魔力、さらにはいくつかの魔力装置を使い、矢の攻撃を受けてなお立ち続けていた。
「……なればこそ、今こそ呼び出そう!!
混沌の口蓋、地獄の剣山、闇の蠢き! 光を飲み込み、悪徳をまき散らせ!」
「……!!」
ヤギ頭の邪獣人の詠唱に、危機感を感じたベネちゃんは素早く、その矢筒から聖別された矢を使い、束ね撃ちで術者の喉首を狙う。
「ぐぎ、がががが……い、いでよ!!
魔の従者、【レッサーデーモン】よ!」
が、そのヤギ頭は、喉を貫かれてなおその詠唱を唱えることに成功する。
そして、彼の横に現れたのは4体の異形の集団。
頭部に角をはやし、牛ともヤギとも獅子とも人ともとれる顔をしており、狂気の瞳と鋭い牙。
背中からは翼が生え、吸血鬼よりもなお異形、何よりその荒々しい陰の魔力は生物のそれとは大きく違っていた。
「……ちぃ、数は4体だけか。
邪魔が入ったが故仕方ない、しかしこの数なら……!!」
「……ふぅぅぅ、善なる神々よ、冥府の主よ!
御身の力を示し、この邪悪なる者どもに正義の鉄槌を!!【大浄化】!!!」
だが、当然そんなものの召喚を野放しにするほどこちらも甘くはない。
右手に込められた、聖痕の浄化の力をいつも以上に解放し、その悪魔どもに向かって放つ。
すると、陰の魔力のみで構成されたレッサーデーモン達が叫び声や呪いを放つ前に、無事に浄化が完了した。
「……ちぃ!やはり、時間稼ぎにしかならんか。
が、それでも結界を張りなおすことには成功したぞ?」
もっとも、召喚したレッサーデーモンを浄化した隙をついて、再びヤギ頭の術者は結界を形成。
更に彼の全身に空けられたはずの矢の傷もすっかり癒えてしまっていた。
「くはははは!甘い甘い!!
この涜牙様の砦において、我ら邪獣人は無敵だ!!
邪神様の加護と涜牙様の叡智が合わされば、貴様ら程度相手にすらならんわ!!」
ヤギ頭は、戦闘により徐々に疲弊していくこちらに向かってそう言い放つ。
確かに彼の言う事は一理ある。
どうやら、目の前にいる邪獣人の敵たちは、このダンジョンにおいて無数の結界や仕掛けにより常時無数の陰の魔力の恩恵を得ることができるようだ。
それにより体の多くを陰の魔力で構成されている彼らは、このダンジョンにおいては無限に補給を受けているに等しく、その再生力も魔力も無尽蔵。
対してこちらは、鎧霊のトガちゃんは別として、半獣人のベネちゃんやエルフであるマブラス、それにただの人間に過ぎない私では、長期戦は困難。
呼吸するだけで体がむしばまれていくのに、そこに戦闘を繰り返すとなれば、疲労は倍というわけだ。
「くくくくく、安心しろ、貴様らが力尽きた果てには、お主も邪獣人として受け入れてやろうぞ。
そこの鳥ガラと耳長はいらんが、そこの肉質のいい貴様は我の肉壺にしてやるからなぁ!」
うちのベネちゃんを鳥ガラとか、こいつ殺されたいのか?
それに、こいつは確かに強力ではあるが、頭が悪いのだろう。
まさか自分たちが本当に只正面から、ここに攻めてくるなんてことがあるわけがないのに、だ。
「くくく、ははははは!それでは追加の召喚を……、って、あ?」
そしてその時はついに来た。
ヤギ頭が高笑いと共に、追加の魔法を行使しようとしたその瞬間、部屋の魔力が一気に減ってゆく。
いや、もちろんここは呪われたダンジョン故に、陰の魔力こそ多いが、それでも先ほどまでとは大違い。
まるでお風呂の栓が抜けて、お湯が引いていくかのように、この大部屋の陰の魔力がなくなっていく。
「な、なぜだ!いったい何が起きて……」
「どうやら、間に合ったみたいだな!」
慌てるヤギ頭を尻目に、新しく大部屋に一人突入してくる。
その人物は、頭部に耳をはやし、背部には尻尾が。
手には魔力の込められた暗器をもっていた。
「この部屋にかけられた瘴気集中の結界?とやらは破壊させてもらったぜ!」
「……な!なぜ!この部屋にかけられた我が神と涜牙様の結界はそう簡単には干渉できないはずだ!
それこそ、我らと同じ邪獣人でもない限り……がっ!」
ヤギ頭が状況を整理する前に、ベネちゃんの追加の矢の一撃が、彼の喉首を貫く。
そして今回は、すでにこの部屋にかけられた邪神の加護は消えているがゆえに、彼の再生力は大幅に落ちており、その一撃は十分に致命傷へとなりえた。
「残念ながら、俺もお前と同じ邪獣人だからなぁ!!!」
「……ぐ、おのれおのれぇ!!!
裏切り者めがぁあああ!!!!!!」
こうしてパーティの最後の一人である邪獣人のマートが、ヤギ頭に向かって一気に距離を詰めて、暗器によって一閃。
無事にこのダンジョンの中ボスである邪獣人術者とそれを守る護衛を撃破することに成功したのでした。
★☆★☆
「いや、これ、流石に難易度高すぎでは?」
「はぁ、はぁ……」
というわけで場所は変わって、再び地母神教会の建設予定地。
あのヤギ頭を倒したのを一区切りとして、サッサとダンジョンから帰還したところである。
「あれで中ボス、中ボスかぁ……」
聖痕頼りの奇跡を使いすぎた反動で、やや魔力焼けが起きて、じくじくと痛む右手の甲を見ながら思わずため息をつく。
はじめは、試練のダンジョンとはいえ、あくまで善神から与えられたものであり、さらにはガチ装備を持ってきたので、もう少し順調に行けるだろうなんて考えていた。
が、まさかここまで苦戦するとは。
「う~、イオ~イオ~。
俺疲れた~」
「はいはい、マートちゃんもよく頑張りましたね~。
いい娘いい娘」
特に今回のダンジョンは、なぜか邪獣人に関する仕掛けや邪獣人でなければ干渉できない結界などが数多く、そのためにマートは多く働かせることになってしまった。
あ、後このダンジョンに入ると、地母神の恩赦ゆえか、なぜかマートやベネちゃんの獣化の呪いが一時的に解けることが判明した。
まぁ、これはマート用の試練なのでさもありなんといった感じではあるが。
「でもまぁ、マートは本当によく頑張ったよ。
特に、マートちゃんは邪獣人だから回復の奇跡も使えないし、本当によく頑張ってくれてるよ」
「えへへ、えへへへへ♪」
そんな、自分に掛けられてた邪痕の呪いを解くためとはいえ、今回のダンジョン探索ではひときわ頑張ったマートには陰の魔力をもとにした、呪術による疑似回復魔法で頭をなでることにする。
なお、この呪術による回復は、奇跡に比べると回復効率も回復速度もゴミみたいなものではある。
体と体が直接接触してようやく擦り傷が治るかどうかのもの。
が、生来の回復力が高い邪獣人ならこの程度のなんちゃって回復魔法でも十分効果的であろう。
だから、このなでなでは、あくまで自分の趣味や欲求ではなく、あくまで回復効率のため。
邪な思いなんて全くないんだ……!!
「ね、ねぇ!イオちゃん?
私は……」
「ベネちゃんも、一緒に攻略してくれてありがとうね!
はい、【治療《ヒール》】♪」
「……」
だからね、ベネちゃん。
回復魔法を使ったのに、そうやってにらんでくるのはやめてほしいなって。
「……ん!!」
「!!!???」
なんて、思っているとベネちゃんにこちらの右手を掴まれ、無理やり彼女の頭部をなでさせられてしまった。
い、いかん!もしやこれはヤキモチというやつか!?
個人的にはうれしくはあるが、ここは地母神神殿(予定)場所だぞ!?
周囲の視線や自分の評判やらがいろいろとマッハでピンチである。
「いや、邪獣人を匿っている時点で今更だからな?」
「え」
「むしろ、いくらお前が善神公認の司祭であるとはいえ、死霊術師であるのに邪獣人を匿っているのは、色々と外部から後ろ指をさされても仕方がない立場なのを自覚しろ」
「そんな~」
なお、鎧から法衣に着替えなおしたマブラス司祭がやってきて、こちらにそのようなありがたいお言葉を放ってくる。
ま、まさかそんな、善神からクエストを受けているとはいえ、聖痕持ちで死霊術師で邪獣人を匿っているだけでここまで、一部外部の人から怪しい目で見られてしまうだなんて!!
そんなことが!?
「……いや、妥当かな?」
「まぁな。
私だって、大神殿の吸血鬼討伐隊隊長からのお墨付きがなければ、今回の一連の騒動は、お前の悪しき策略か何かだと思ったぞ。
おもわず、お前がここに来る直前に、地母神様の神託がなければ【聖罰】の呪文をお前にかけていただろう程度には」
「HAHAHA、ナイスジョーク」
「……事前にカルトのスパイによる悪評の流布。
死霊術師や邪獣人の悪評、なによりもそれに呼応するかのように地母神神殿の突然の魔力の高まりがあった。
……それに、俺のこの眼が嘘をついているように見えるか」
「……はい」
マブラス司祭のエルフの美貌でこちらを睨まれると、色々と怖いのでやめてください。
いや、顔が整っている分、本気度が桁違いなんじゃ。
「……お前がその邪獣人やその姉を匿い、更生させようとしている理由が、愛情や母性からのものだとわかったからな。
まぁ、もっとももう少し邪な思いもあるようだが、それでも、邪神がらみの邪悪な企みをされるよりははるかにましだ」
「は、はぁ」
「とりあえず、地母神様からの神託もあるから、これからもお前たちのダンジョン攻略はある程度手伝うつもりだから安心しろ。
私なら、あの邪獣化の呪い溢れるダンジョンでも、無理なく探索できるだろうからな」
「は、はぁ」
「……とりあえず、私の部下である地母神の司祭たちには、きちんとお前が無害で善良な変態であると伝えておこう。
邪獣人が好きすぎて、危険な神の試練に挑む、ド変態司祭だが、悪いやつではないと」
「え」
「……なら、邪獣人を連れているが、なにか邪悪な悪巧みをしているかもしれない司祭として認識されるのと、どっちがいい?
前者なら、善人だが変態、後者なら、善悪不明だが評判は守れると思うが」
「……その二つなら、前者でお願いします」
かくして、なぜかこの新開拓村において、しばらく私の評判が、【聖人だけど、モフらせてくれれば、邪獣人でも大好きなド変態】という評判が流れてしまうのでした。
おのれ、イケメンエルフめがぁ!