アリスにとって、イオは非常に優秀な魔術師である。
恐るべき死霊術はもちろん、奇跡や神学についても詳しく。
精霊魔術にも精通し、錬金術もたしなむ。
それに生物学や数学、医療に工作、金勘定に一通りの家事までできるともなれば、もう尊敬を通り越してちょっとだけ、驚愕レベルである。
もっとも、そんなイオ師匠だからこそ、いろんな厄介ごとに巻き込まれ、自分から飛び込んでいく様は、英雄や力ある存在とはこういうものかと思ったりする。
しかし、アリスは同時に自分の師匠が完璧な存在ではないことも十分に理解していた。
無数の厄介ごともそうだが、それ以上にアリスは師匠が実験やら修行中に、それなり以上に呪術で失敗を起こしかけ、そのたびに持ち前の魔力の多さや聖痕の守りで無理やり無効化していく様子をよく見ているからだ。
さらに、その失敗した際のリカバリーを修行と称して、片づけを手伝わせたり、そこから新しい呪物を創り出し、明らかに実験台として自分に使わせることだって多々あった。
もちろん、それにより師匠を軽蔑するわけではないし、むしろ、死霊術ではそのようなものが必要だと理解はしている。
少なくとも、父との二人暮らしの時よりはずっと建設的な生活ができていると理解しているし、実際に師匠の思い付きのおかげで自分は以前よりもかなり強くなれた。
何よりも、村で多くの尊敬と羨望を集めているイオ師匠にもっとも身体的にも心情的にも近い立場にあるのは自分だと確信し、さらには師匠の匂いと柔らかさには思わず妖しい笑みが浮かんでしまうほどだ。
というわけで、アリスとしては師匠の失敗はある程度許容できるし、見慣れている。
むしろ、そういう抜けているところが好きという、ちょっと将来が不安になる思考の持ち主ではあるが、それでも彼女的には、今回の事は見逃せなかった。
「……で、イオ師匠、今回はどんなミスをしたんですか?」
「ねぇ、アリスちゃん?
さすがに、一目見ただけで、勝手に失敗したと決めつけるのはよくないと思うワン」
「え?じゃぁ失敗してないのですか?」
「いや?失敗したけど」
笑顔でそう告げるイオ師匠に、顔と体つきがいい人間は得だなと、認識するアリス。
「いやねぇ、失敗というか、最近やっている対邪獣人装備がちょ~っと満足できる仕上がりにならなくてね。
だからまぁ、どうせだから、ちょっと派手な呪術を使ってその装備を作成しようと思ったんだワン」
「はぁ」
「でもその新しい呪術がすこ~し、派手過ぎたというか……。
いや、被害者は誰も出てないし、誰にも迷惑はかけていないよ?
でも、どうやら、一部の方は、すこ~し、気に食わなかったみたいワン」
「いやぁ、今の師匠に文句を言える立場の人なんて……。
ああ、それって、つまりは件のカルトの方々が原因ですか?」
「いや、人というか、人以上というか……。
うん、まぁ、率直に言うと、善神様と冥府神様だワン」
「……うわぁ……」
「いやいやいや!そんなにドン引きしないでアリスちゃん!
でもまぁ、今回はあくまで警告だけだし、この状態もすぐに治るワン」
「いやまぁ、でもそれならなんで、聖痕に守られている師匠がそんな状態になっているかよくわかりましたよ。
……いやぁ、まさか師匠が獣人化してるなんて、いろんな意味で驚きでしたから」
なんと、そこには茶色の犬の耳と尻尾をはやしたイオ師匠の姿が!
「いや~、獣人化って他人がなるのは、最近はそこそこ見てたけど……。
自分がなると、こんな感じなんだワンね~」
「とりあえず、イオ師匠。
ちょっと毛繕いするので、そこの椅子に座ってください」
「わふっ!?」
かくしてアリスは、獣人化したイオ師匠の毛並みや耳をいの一番に堪能し、まためでることに成功したのでした。
★☆★☆
「見て、アリスちゃ~ん!
部分獣化~!」
「お~!!」
それからしばらく後、イオ師匠の異常をメイドやベネディクトなどのこの家に住む仲間に連絡し、しばらく師匠がもみくちゃに。
存分に今までのうっぷんを晴らすかのように、周りにいる仲間に存分にもみくちゃにされ、それに満足した後に、周りの人たちが今日は休養だと周囲に伝えに行ってくれたのであった。
「というか師匠、神罰で獣人にされていたのに、もうその力を使いこなしてるんですか?」
「まぁ、基本的に獣化の呪いは呪いの一種、つまりは呪術による肉体強化の応用だワン?
だから、こんなことも……できたりするニャン♪」
そのセリフと共に、先ほどまではイヌ科の物であったそのケモミミは、あっという間にネコ科の物に。
更にその毛並みも明らかに別種の動物へとなっていた。
「さらには、必殺、スパーク・スライサー★!!」
その発言と共に、猫の獣人モドキになったイオ師匠の両手が獣の手に変化。
猫の手に生えた獣爪が、まるでナイフの様にギラリと伸び、紫色の電気を放ち、それを素早く振るう。
すると、テーブルの上に置いてあった果実のうちの一つが、ほんのりと香ばしい匂いを上げながら、焼き切り果実へと変化していた。
「す、すごい!すごいです師匠!
エッチで強い!まさに雌豹って感じです!!」
「はっはっは!そうだニャンそうだニャン!
……いや、エッチなのは違くはないかニャ?」
でも実際にそう見えるのだから仕方ない。
アリス的には、ただでさえいつも暴力的に性的な見た目をしているのに、そこに尻尾と着崩れ気味の衣装、さらにはいつもより筋肉が増えたおかげか、当社比1.3倍でムチムチになっているのだ。
これを視界の暴力といわずしてなんというのか?
「……というか、今の師匠ってつまり、呪術や死霊術だけじゃなくて、体術や体力もあがっている最強生物になっているってこと?
な、ならこれからは師匠は、このムチムチケモミミ呪術師聖職者になってしまうんですか?」
見たところ、呪術や魔術も使えているようで、それなのにいつもよりも明らかに身体能力が増しているイオ師匠。
だからこそ、そんな師匠の姿に、思わず戦慄と感動を覚え、同時にこれが永続的に続くのかが気になってしまった。
「いや?今の状態だと、弱体化しているから。
それに、あくまで呪いの影響だから、明日にでも戻っているはずニャン」
「え~~!!そんな~~!!!」
が、残念ながら、この状態の師匠は期間限定らしい。
とても悲しい。
「いやまぁ、そもそもこれって聖痕がついてるのに、ちょ~っと危ないことをしたせいで、神様から【一時的に獣人の呪いを固定されている状態】だからこうなっているだけニャン。
一応神託では、明日には自力で解呪できる程度まで弱めるから、それまで反省しろって言われただけニャ」
「それにこの状態だと、体内の陰の魔力に獣化の呪いが混じってるせいで、いつもよりも呪術や死霊術が使えないし……。
奇跡だって、当然効果減少。
その上、獣化の影響で、喉が変質しているせいで、いつも通りしゃべれない上に、魔術詠唱がいつも通りできなくなるニャ」
「あぁ、そのおもしろい語尾。
ジョークとか、冗談じゃなかったんですね」
「いや、わざわざ私が面白さだけのために、そんなことするような人に見えるかニャ?」
「わりと」
どうやら自分の発言がショックだったのか、尻尾と耳がしょんぼりと垂れ下がるイオ師匠。
そんな見た目で分かる師匠の感情の起伏に、どこか新しい扉が開きつつ、師匠がなぜ獣人の耳や尻尾が好きなのかを理解する。
アリスは、次回のパパの蘇生の際に獣耳と尻尾もつけることを決意するのでした。