ともすれば、それは予定調和であったのだろう。
「そういえば、結局師匠はなんで神様から天罰を受けたのですか?」
それはある意味至極真っ当な質問であったし、むしろなぜそれを一番初めに聞かなかったのが不思議なほどの質問でもあった。
「あ、それ、聞いちゃうニャ?
聞いちゃうかニャ?」
そして、それは恐らく間違いの選択肢であったのだろう。
明らかに師匠の目が細くなり、その口調も少し怪しげなものに。
ゴロゴロと猫のようになる唸る喉と、ゆらゆらと動くその尻尾からアリスは自分の状況を悟った。
――やばい、これは聞くべき質問ではなかったと。
「いやにゃ~、実は対邪獣装備を作るなら、呪いがこもるせいでここだと難しくて……
だからさぁ、せっかくならある程度広い場所で、でも周りの迷惑にならない場所がいいでしょ?」
師匠がそのように話しながらも、ゆっくりとこちらに近づいてくる。
嫌な予感がして、じりじりと後退を試みるが体格の差もあり、その距離はあっという間に縮まっていく。
「というわけでね?
せっかくだし、一応は邪神の眷属の討伐の名目だからこそ、今回は大々的にあの施設を作ったわけで、それは是非アリスちゃんにも……」
「あ!そういえば、そろそろ新しい骨の杖の準備ができていたと思うので、私はいったんここで!」
せめてもの抵抗と、アリスは後ろを向き、逃げ出そうとしたが、今のイオ師匠は獣人形態。
その素早さも、まるで獣並みであるため、あっさり追いつかれ、そのまま抱き着かれて動きを封じられてしまった。
っく、いつもの師匠よりもちょっとだけ固めだけど、それでもむっちり感と何よりもいつも以上の温かさを感じてしまう!
これではアリスでは動けなくなってしまった、二通りの意味で。
「だからアリスちゃんには、ちょ~っと私の新しい実験に協力してほしいにゃ~って?
というわけで、お願いねアリスちゃん♪」
そうして、アリスはイオ師匠によるお願いという名の命令により、抱き着かれた状態のまま、移動することになったのでした。
「せ、せめて、エッチな感じのでお願いします……!!」
「いや、ニャに言ってるんだこの馬鹿弟子は」
★☆★☆
かくしてやってきたのは、ギャレン村を越えて開拓村。
そこよりさらに半日以上歩くはずの距離を、ポータルで一瞬で短縮。
そんな冥府神をはじめとするいくつかの善神の祠が置かれたのは一つの洞窟であった。
「……って、あれ?
ポータルって確か、大事な用事がないと新設できないはずで……」
「それより、大事なのは中身だから!」
色々とイオの行いを疑問に思いつつ、アリスはその洞窟の内部へと一歩足を踏み入れる。
が、その洞窟は、複数の神々の祠が祭られているのに、なお邪悪な物であった。
まず、洞窟に一歩踏み入れた途端、全身を襲う強い悪寒に、吐き気やめまい。
全身に魔力を張り巡らせて、なんとか意識を持っていかれるのは防いだが、それでもなお、洞窟内の雰囲気が最低なのは相も変わらず。
その原因ともなる膨大な陰の魔力はまだしも、この洞窟には様々な人族を害する呪いが張り巡らされているのを感知する。
その呪いの種類は衰弱をはじめ、失明や酩酊、痺れに混乱、何よりも邪獣化や獣化と一通りの呪術を習って、なおアリスが理解していない無数の呪いがその洞窟内には蠢いていた。
「……っつぅうう!!!殺す気ですか!!!!!」
「いやいや、アリスちゃんならこれ位問題ないでしょう?
それにどれも、弱い呪いだから、直撃しても気を失って一時的に肌荒れや髪の毛がボロボロになって下痢と便秘と発熱に苦しむ程度ニャ」
「致命傷ですよ!!!!!」
こんな危険地帯に、軽いノリで連れてきた師匠に、思わず抗議するアリス。
が、残念ながら、こちらを信頼しているのか、あるいは師匠にとっては本当に誤差なのか、相変わらずその身にまとう雰囲気はどこ吹く風だ。
「というか、師匠。
さすがに新開拓村の近くとはいえ、このような危険な場所があるなんて……。
まさかこれ、邪神や魔王の封印を掘り返したとかそう言うのじゃないでしょうね?」
「いやいや、まぁ半分は当たってるけど……。
残念ながら、ここはそこまで強い物じゃにゃいよ?」
「えぇ、どうしてこんなこと分かるんですか?」
「だって、この洞窟を作ったのは私だし」
おもわず、アリスは師匠を驚いた眼で見てしまう。
「いやね?
今回、魔王の幹部クラスの邪獣人の呪いを対抗する装備を作るのって、思ったよりも難しくてね?
だからこそ、それに対抗するためならば、それ以上に大きな場所や下地となる強力な呪いが必要だから、まずはそこを準備することから始めたのにゃ」
「え~っと、つまりはこの大きなゴブリンの洞窟をそのまま対邪獣人装備のための工房にしたんですか?」
「まぁ、一応はそういうわけだね」
イオ師匠曰く、ここは元々はぐれ獣人やら避難してこようとした人々を攫い、繁殖していたゴブリンの巣だったらしい。
最近の開拓村やギャレン村では、冒険者は新人だと、安全な月女神のダンジョンに、中堅以上は護衛任務や大型の魔物討伐に行ってしまうため、危険な割に収入がしょぼいゴブリン退治に行く冒険者がほとんどいないと聞いた覚えがある。
「でも、このゴブリンの洞窟だと、大きさも呪いのための陰の魔力の練り具合も、封印された魔王の幹部レベルに対抗できる装備を作るには、ちょっと足りないって気が付いたんだニャ」
「へ~、……え?でも、ここって見た目よりはずっと大きそうですし。
これほどの陰の魔力なら、結構いい装備が作れそうなもんですけど」
「うん、だから、この洞窟を拡張し、作り替えたんだニャ」
「へ~、それはつまり、デンツさんからまた工兵スケルトンを借りたんですか?」
「いや?折角だから、エイダと協力して、この洞窟をダンジョンにしてみた」
「え?」
「だから、エイダから術式を聞いて、ポータルの空間操作能力を使って。
神様達に、魔王の幹部討伐のためって言い訳作って、ここにダンジョンをつくってもらっちゃった★」
笑顔でそう告げる師匠に、思わず頭が痛くなるアリス。
「え、え?
あ、あの、ダンジョンって、確か天災の中でも一番やばいもので……。
そもそも、人の命で作り出せるものでは……え、え?」
「大丈夫大丈夫。
このダンジョンはダンジョンとしては規模が小さいから、ポータルに少し頑張ってもらって、空間断絶して、被害を抑えられたから。
それに、確かにダンジョン作成には並の生命体の命を、複数犠牲にするほどの代償が必要とされるけど……。
まぁ、死霊術師と司祭の技術を併用すれば、対価は自分じゃなくて、他に押し付けることぐらいできるからね!
それこそ、ここの元宿主とか★」
嬉しそうに、右手の聖痕を見せつけながら、今回このダンジョンを作った経緯の詳細について話してくれる。
つまり、イオ師匠はわざわざ邪獣人用の装備を作るためだけに、この洞窟をダンジョン化。
更に周囲の被害を抑えるために無数の神々の祠とポータルを使用し、払うべき対価として、聖痕を目印にゴブリンたちを代わりの生贄として使用したというわけだそうだ。
「まぁ、それでも少し乱暴なやり方だったから、こんにゃことになっちゃったけどね。
しかも、これ以上勝手にダンジョン増やしたらダメって、釘を刺されちゃった。
それならもっと大きなダンジョンにしておけば……、いだ、いだだだ!
ごめんなさい!!!」
右手に宿った聖痕を押さえながら、転げまわるイオ師匠に、思わず引きずった笑いを浮かべてしまうアリス。
というか、アリスから見れば、あの神からいろいろと贔屓されてしまっているイオ師匠でさえ、天罰を受けているレベルなのに、一般魔導士が同じことをしたら、どれほどの天罰が落ちるかなど考えたくない。
それほどまでに、このダンジョンがやばい場所だということを本能的に悟ってしまう。
「で、では、師匠はすごいということが分かったので……」
「というわけで、さっそく、アリスちゃんに師匠からの命令があります」
「はい」
ざんねん!せいじょからは逃げられない!
「というわけで、まぁ幸か不幸かこの洞窟はダンジョン化してしまったわけだけど……。
まぁ、この中で無数の対邪獣人装備を作ること自体には成功したよ?
でもまぁ、代わりに勝手にその装備が魔獣化したり、魔物が湧き出したりするわけで……。
あ!安心して!ちゃんと中の魔物は制御はできているから、殺されも死にもしないはず……だから!」
「はぁ」
「まぁ、私にゃら、ちゃんとそいつらに無双できるし操作はできるよ?
でも、わざわざこんなダンジョンをいちいち移動するのはめんどくさいし、何よりもその時間がもったいなにゃい!
それに、どうせなら、このダンジョンをダンジョンとして有効活用したいでしょ?」
「あの、師匠、結局私はここで何をすればいいんですか?
猛烈に嫌な予感がするのですが」
「ちょっとこのダンジョンを探索してみて★
あ、一応難易度はちゃんと初心者用にはしているから!」
かくして、アリスはイオ師匠の魔の手により、師匠お手製のダンジョンへと突入することを余儀なくさせられるのでしたとさ。