ヴァルターの治療? から早数日。
あの日以降、私は少しだけ、ヴァルターが弱体化していないか、不安に思っていた。
というのもだ、そもそもヴァルターがあそこまで強かったのは、その肉体のストイックさにあるとも思っていたからだ。
性欲を犠牲に、戦闘力へと回された体内魔力。
禁欲的で他に目をそらさないのに、戦いにはストイックなその精神性。
なのに善性が強く、やるべきことは間違えない鋼の意思を持つ。
健全な精神は健全な意思に宿るとは限らないが、少なくともヴァルターの強さと彼の精神は、彼の肉体が大きくかかわっていたのは間違いないだろう。
だからこそ、今回のダンジョン攻略のスケジュールにおいて、ヴァルターがそのままダンジョン攻略に参加するといわれた時は少しばかり驚いた。
というのもだ、今のヴァルターは酔いながらとはいえ治療したわけで、その上で軽い肉体やら霊体の改造もしてあるからだ。
ともすれば、以前と同じように戦えるかも保証できず、さらには、新しい対邪獣人装備である呪獣の鎧なんかもヴァルターにプレゼントしたばかりだ。
だからこそ、装備の慣らしなんかも言い訳にして、しばらくは休んでもらおうかな、なんてことも考えていたのだが……。
「でりゃあぁああ!!!!!!!」
……どうやら、自分の考えは無用な心配だったようだ。
あの治療をして以降、ヴァルターの戦闘力は飛躍的にアップ。
以前から流れるような武舞であるとは思ったが、今はそれに力強さも大きく加わったわけで。
以前なら、押し負けていたような鍔迫り合いも基本的に力で押し返せるようになり、その上吹き飛ばすほど。
さらには、呪獣の鎧なんて名付けエンチャント済みの鎧もあっさりと使いこなすことに成功し、その鎧の丈夫さとヴァルターの力強さが合わされば、体当たりするだけで、並の魔物は絶命するほどであった。
「う~ん!ヴァルター、流石、かっこいいね!」
「……!
はぁあああああ!!!!」
かくして、新装備と治療によりパワーアップしたヴァルターの無双劇により、地母神の依頼とダンジョン攻略は一気に進むことになるのでしたとさ。
★☆★☆
なお、同日午後、シルグレットの酒場にて。
「というわけで、このままだとイオがエッチすぎて、おかしくなりそうだ!!!
助けて!!!」
ヴァルターは、治療後、初めてシルグレットの酒場に一人で来ており、彼相手に全力で愚痴っていた。
「イオはあんなにエッチなのに、変な所無防備だし……。
そのくせ、僕を仲間だからって信用しすぎなんだよ!
その上優しく褒めてくれるし、なのに治療のためってぺたぺた触ってくるし……。
僕だって男なんだよ!!」
「なんだ、惚気か?」
「違うよ!!!!」
もっとも、ヴァルターは性格上、イオの悪口をまともに言うわけもなし。
そしてシルグレットも、そんなヴァルターの愉快な発言を重く受け止めるわけもなし。
ある種悲しいすれ違いがそこには発生していたのであった。
「でもまぁ、お前の話をまとめると、お前はある意味初の男の子をできたわけじゃないか。
おめでとさん」
「ありがとね!
……でも、肉欲に強く支配されるって、こんな感覚だったなんて……。
知りたかったような、知りたくなかったような……」
頭を抱えてへこむヴァルターに、苦笑するシルグレット。
「ほ~ん、ほとんどなかったはずの性欲を、その年になって急に取り戻したら、そうもなるのか。
なんだ、そんなにつらいなら、イオ……にはきついだろうから、イオの兄弟子さんでもあるデンツさんに言って解決してもらえば?
あの人なら、封印にしろ誤魔化しにしろ、イイ感じにしてくれるだろ」
もっとも、シルグレットも村の英雄の一人の真剣な相談ともくれば、それなりに真面目に解答しようとはした。
「……ねぇ、シルグレット」
「うん」
「君は、好みの女性に嫌われたくないからって、そう簡単にちんちん切り落とせるかい?
しかも、彼女はそんなことしなくていいよって言いながら、エッチな治療までしてくれるのに」
もっとも相談する側のヴァルター自身が、すでにある程度自分の中の肉欲を受け入れているのなら話は別だ。
「……うん!どうやらお前も以前よりは、ずっと男らしくなったみたいだな!
前なら、迷わず切り落とすほうを選んでいただろうに」
「それで男らしさって言われるのは、いろいろとうれしくないよ!」
友人の男がまた少し大人になったというか、童貞が加速したというのか。
どう評価したらいいかわからないが、それでも、成長したことに少しだけ感動を覚えつつ、どうすればいいかの解決法を考えることにする。
「そうだな!そういうときこそ、女を抱くといいぞ!!」
そして、その解決法は別方向から提案された。
個室であるはずの、酒場の個室に現れたのは、この街での娼婦ギルドからの派遣であり、この地の娼婦のまとめ役であるブロンであった。
「え、えっとたしか君はブロンちゃん?
君みたいな幼い娘がそんなこと言っちゃだめだよ」
「あほか!というか、一応は私も娼婦だ!
今だって、客をとっているぞ!」
「え!!??」
ブロン嬢の発言とここに来たタイミングの良さで思わず、シルグレットの顔を見るが、彼は全力で首を横に振っている。
「そんな強く否定しなくても……」
「「ごめんなさい」」
ガチでへこむブロン嬢に、謝る男2人。
しばらくはヴァルターの愚痴からブロン嬢の愚痴を聞く会に変わったが、それでも話はすぐにヴァルターの筆おろしの話へと変わる。
「というわけで、ヴァルターもそんなことを悩むなら、さっさと童貞を卒業したほうがいいと思うぞ?」
「うっ……で、でも、そう簡単に決意していいものか……」
「結局な、確かに男は貞操を守ったほうが強いなんて言う宗派もある。
しかし、それでも私達が相手してきた男の傾向からして、男はちゃんと童貞を卒業したほうが強くなる傾向があるんだぞ?
実際、一度女の味を覚えると、より女の味が欲しくなるからな。
そのためにより金を稼ぎ、強くなり、さらには男としてかっこよくなろうとするのも自然な流れというわけだ」
「それにほれ、よく悪い女に騙されてというのがあるが、少なくともこの村に関しては安心しろ。
私が紹介できる女はちゃんと厳選していて、冒険者の従者としても問題ない女の子も紹介できるし、獣人側の娼館でも最近は悪質なのはだいぶ減ったそうだからな!」
そんな風に、娼婦の良さやこの村における娼婦ギルドの影響の大きさなんかも声を大にして話してくれる。
更に話を聞くと、どうやらこのギャレン村や新開拓村は、一部界隈では娼婦や娼館のクオリティが高いと評判でもあるそうだ。
どうやらそれは真実らしく、シルグレットもうんうんとうなずいている。
「というか、教会やら耐病のお守りのクオリティが高いからな」
「それに、冒険者も聖職者も、なんだかんだそういうの好きだから、お金はたっぷり落としてくれる!
上もここが投資のしどころだって気づいたみたいなのよ。
だから今なら、王都の上級娼婦レベルを……いや、それ以上のサービスも提供できるかもね!」
なかなか景気のいい話ではある。
そしてヴァルターも、最上級のサービスともくれば、少しだけ興味が引かれてしまうというのも本音である。
「……もっとも、イオ嬢が確か魔力の治療とかで、その男にしたとか聞いたんだが……。
それが本当なら、こちらも最上級サービスを準備しなければいけなくなるけどな」
「え?」
「だって、話を聞くに、それは魔力による性感マッサージのやつだろう?
一部娼婦の間では有名で、ごく一部の呪術師や司祭が使えるやつだ」
「治療や呪術で回復しながら、体内から性感を直接魔力でも刺激する。
お上品な学者系魔術師たちは、お上品に治療魔術や家宝の奇跡なんて言ってるが、そんなのは飾りだね。
娼婦や裏業界では、【王族堕とし】や【死者起こし】って言われている魔法に違いないね」
あんまりな名前とやばすぎる技術に、おもわず口をあんぐりと開けるシルグレット。
そして、かなり無茶苦茶な話ではあるが、同時にどこか納得も行ってしまい、治療の時のことを思い出してしまうヴァルター。
「……うん、どうやら君ほどの男がそんなに腰砕けになるなら、間違いなくその技術だろうね。
噂によると、高度な魔力による性感マッサージを受けると、二度と普通の女では満足できなくなるとか聞いた事があるけど、本当に大丈夫か?」
「え、なにそれしらない」
そして、突然の無慈悲な真実と、同時にあれほどの衝撃ならと、どこか納得をしてしまうヴァルター。
これはさすがにまずいかもと、ブロン嬢の娼婦紹介に対して少しだけ前向きになり、ブロン嬢もその隙を逃さず、するすると紹介する嬢の条件を絞っていく。
そして、あと一歩でヴァルターの卒業相手が決まるかもというところで、このセリフが漏れた。
「あ、でもそういえば……。
嫌でもこれは仕方ないかもしれないけど……。
ヴァルター君やイオの家では、全員が全員、娼婦を受け入れてくれるか?」
「え?どうして急に?」
「いやだって、よく考えたら、君たちの家にはあの獣人の奴隷がいるんだろう?
なら、どんなに気を使っても、君が娼婦を抱いたら絶対ばれるだろうからな。
ほら、彼らって鼻がいいから……」
その瞬間思わず固まるヴァルター。
そして彼の脳裏には、かつての妹や姉、弟などの何人かが、長兄を見るときの目を思い出した。
無数の許嫁がいるのに、なお他の女に現を抜かす長男、それを隠さず見せつけることで周囲からの評判が落ちる様子。
たとえそれが善であれ悪であれ、こちらが修行やらダンジョン攻略中なのに、ひとり性欲を発散してきたなんて態度であの女性ばかりの家に戻るという事実!!
「……冷静に考えて、絶対に家からたたき出されると思うので、今回はやめておきます」
「お、おう、そうか」
かくして、ヴァルターは血の涙を流しながらも、大人の男になることは諦め。
その怒りやうっぷん全てを、ダンジョンの敵にたたきつけることにより、以前と同等、それ以上の活躍を成し遂げることになるのでしたとさ。