さて、ヴァルターが覚醒してから早数日。
地母神からの課題ダンジョンを攻略するスピードは飛躍的に加速した。
それに伴い、元々あまり大きくもなかったダンジョンはあっという間に最深部まで進み、数多くのボスもあっさりと撃退して行くことになる。
「あっさりと言うほどあっさりでもないけどね?」
まあ、ヴァルターの言う通り、この場合のあっさりと言うのは、あくまで専用装備や神からの支援、更にはマートやベネちゃんの努力。
更にはどこぞのイケメンエルフが協力してくれたからではあるが、それでもこちらの予想よりははるかに早い速度で攻略が進んだことは間違いなかった。
しかしながら、それでも奥に進めば進むほど難易度が増してくるというのもある種お約束というわけで、特に今回は明確な人類種の敵がその奥で待ち構えているので、容易くいくわけもなく。
「ぎゅぱぱぱぱぱ!奴らめ、今頃は思ったより簡単だとなめ腐っているに違いない!」
ましてや相手は、過去の英雄が、倒すのではなく封印を決意するほどの相手だ。
それは単純な強さというだけではなく、その頭脳や戦略、そういうのを諸々含めて、彼らは封印するしかない。
そういう結論に至ったわけなのだ。
「で、でも、涜牙様、このままでは本当にやられて……。
いや、よく考えれば、ずっと封印されていたんだから、死んだ方がこの地獄から解放され……げはっ!!」
「ふん、この敗北主義者め。
おい、グール共、こいつの死体を処置室へと持っていけ。
こいつは生きた罠として再利用する」
あっさりと死体に変えた部下をグールに運ばせながら、涜牙は静かに思案する。
そうだ、この涜牙はすでに侵入者であるイオ達の情報をかなり詳細に理解していた。
残念ながら神の力で行われる侵入自体を防ぐことはできないが、それでも侵入者である彼彼女らの単純な力量やパーティ構成はすでにきっちりと把握。
さらには、その限界値や有効な戦略など、涜牙は無数の部下という名のひき肉を量産して、すでにばっちり把握していたのであった。
「ぎゅぱぱぱぱぱ、確かにあの対呪の鎧を用意したり、急激に強くなったりなど、評価すべきことは多いが……。
それでも、まだまだ我らは負ける気はない」
かくして、涜牙は静かに笑う。
地下に閉じ込められて、何年か。
おそらくすでに彼の仕える魔王もいなくなり、邪神の加護も薄まっている。
しかしそれでも今なお、人類への敵意は消えず、だからこそ、彼はようやく現れた獲物を確実に仕留めるつもりであった。
「残念ながら、物資や素材は少ないが、それでもあいつら五匹を仕留めるだけの化物は準備できた!
さあ来い、偽神の傀儡どもよ!
我が僕を以て貴様らを、神への贄としてやろう!!」
『と、この様に、例の背教者はあなた達に対して徹底的に対策した化け物と罠を作って待ち構えています。
なので、討伐は十分に気をつけて行うように』
「まじですか」
さもあらん。
★☆★☆
と言うわけで、わざわざ地母神様から神託という名のチクリにより、事前に悲劇を回避。
その翌日は、一旦ダンジョン探索を休止、ここ数日溜め込んでいた日常業務という名の各建築中の教会の点検及び祝福作業へと奔走していたのであった。
「やはり貴様のところにも来たか」
「そういうって事、そちらも?」
「まぁな。
そもそも、正式な司祭でもない貴様に神託が来て、私に来ない方が問題だろう」
そして、今そんな各教会への祝福作業を補佐してくれるのは、マブラス司祭。
まぁ、このエルフに関しては、純粋にこちらの手伝いというよりは、次回のダンジョン攻略のための相談というのが正しいだろうが。
「それにしても、無数の対個人結界に、こちらの魔力や攻撃法に対して抵抗力のあるグール。
そして、対個人の獣化の呪いとは、なかなかに面白い組み合わせで来たねぇ」
「正直、かなりめんどくさい組み合わせだな。
本来なら対策される前に攻略し終わるのがセオリーなんだが……攻略に時間をかけすぎた弊害だな」
マブラス司祭が、溜息を吐きながらそう愚痴を漏らす。
まぁ、マブラス司祭の言う事はわからないでもないし、本来なら対策される前に倒しきるのが定石なのもわかる。
が、こちとら長年殺しきれなかった化け物相手に、向こうの土俵で戦わせられているのだ。
命を大事に戦ってなにが悪い。
「別に悪いとは言っていない。
でもそれで時間がかかってしまうのはどうかと言ってるのだ」
「まぁね。
ある意味時間無制限でもあるから、色々と無視してもいいっちゃいいんだけどねぇ?」
究極的に言えば、相手に対策を取られたのなら、さらにこちらが対策を練ればいいのだ。
向こうがこちらの戦略に合わせたグールや結界を作ったのなら、自分たちはそれらの対策の対策になりうる装備や戦い方を新たに学べばいい。
ある意味では、それが一番、堅実で正しい涜牙討伐への対処法といえるだろう。
「でも、この方法をとると……しばらくはあの地母神の教会建築は放置になっちゃうんだよなぁ」
「……さすがに、地母神の司祭及びこの新開拓村の教会の建築責任者として、その意見は呑めない。
そもそも、これらの新教会に関しては、互いに神によっての優劣をつけないためにも、できるだけ同時期に工期を満了するという取り決めがあるのだ。
ただでさえ遅れ気味の地母神教会の建築をこれ以上遅らせるわけにはいかん」
が、そううまくいかないのが、教会の建築問題なのだ。
というのもだ、そもそも今の地母神の教会予定地には、ダンジョンの入り口が不安定状態で存在し続けている。
それゆえに、そこから発せられる陰の魔力やら邪神の気配のせいで、いつまでたっても地母神の教会予定地では完全な浄化や祝福が終了せず、いつまでたっても建築の最終段階へと移行できないのである。
「それに、ここだけの話、最近はお前がダンジョン攻略などで忙しいせいで、例のカルトがこの村だけではなく、ギャレン村やストロング村周辺でも何か企んでいるという噂がある。
これ以上何か大きな妨害がある前に、教敵の討伐も教会の建築も完了させるべきだ」
マブラス司祭の言う事は実にもっともだ。
しかし、現実として、そのための方法がないから困っているわけで。
そんな思いを込めてこのクソイケメンエルフに向けて視線を向けるが、残念ながら此方の視線はどこ吹く風。
「……それにお前なら、すでにこれをどうにかする方法を思いついているのだろう?
おそらく、私と同じ方法で」
その上、こちらの内心を見通しているときたもんだ。
「ねぇ?その方法って、私の個人の財布がまたすごく薄くなるんだけど。
そこのところ、わかってる?」
せめてもの抵抗と文句と反論を述べるも、当然そんなもの聞くわけもなく。
「っは!貴様がいまさら出費の多さ云々で悩んでいるわけがないだろう。
どうせ、貴様としては周りに迷惑がとか、そういうどうでもいい部分で悩んでいるのだろう?
なら言ってやるが、そんなもの、この村のそばにダンジョンを建てた時点で今更だ」
自分の発言はバッサリと彼に切り捨てられてしまった。
「それに、貴様がもしその策を避けるのならば、私の方で勝手に件の教敵を倒す最善手を打つだけだからな」
「……いや、あんたがそれをやるんなら私が協力しなきゃ効果が半減でしょう。
うううぅぅ、やっぱりやりたくね~。
今から胃が痛くなるわ」
かくして私とマブラスは、件の涜牙の必殺の布陣を崩すためのさらなる布陣を用意することになったのでした。
★☆★☆
そうして、涜牙討伐当日。
地母神の試練のダンジョン最奥階。
「ぎゅぱぱぱぱぱ!!!
来たか!偽神の下僕どもよ!
さっそく、我が部下とトラップで出迎えて……って、え?」
「第1班、ギャレン村防衛隊総勢9名準備完了!!」
「第2班、元導きの巻貝兵団特殊遠征部隊総勢20名見参!!」
「第3班、夜獣の檻兼盗賊ギルド獣人部隊総勢15名到着」
「第4班、各教会建築及び防衛司祭総勢17名集合!」
「その他、各村冒険者及びアルバイター総勢もろもろ!」
「総員事前の作戦通り!
のりこめぇええええええ!!!!!」
「「「「「おおおおおおおおぉぉぉぉぉぉ!!!!」」」」」
こうして、今まで各村で育んできた友情やら人の絆。
さらには、ヴァルターのために無駄に作って余った無数の対邪獣人装備の余りにより、涜牙の仕掛けた罠はあっさりと圧倒。
最終的に、古の魔王の部下とやらは、無数の冒険者や聖職者の数の暴力により、あっさりと叩き潰されることになるのでしたとさ。