時はさかのぼること、涜牙攻略から数日前。
この時、私はまだこの作戦には反対であった。
なぜなら、今回の作戦は基本的に、この村やその周囲のもののためではない、私自身に課せられたダンジョンであったからだ。
いや、これは別に責任感とかそういう話ではない。
神から与えられた試練は自分自身で成し遂げなければなんて、高尚な考えを持っているわけではない。
だが、それでも今回の地母神のダンジョンにおいて、仲間以外の手を借りるのは色々と気が進まないというのが本音であった。
「今回みんなにやってもらう依頼は非常に危険なものだ。
其れこそ、場合によっては死んでしまうかもしれないのだぞ?」
何故なら、今回の涜牙討伐依頼は間違いなく危険であるのに、得るものが少ないからだ。
もちろん、マートの主人である私や自分の仲間、さらには地母神の司祭であるマブラス司祭に限っては別枠だ。
私たちは皆得るものや目的とするものがある。
それこそ、このダンジョンをクリアすることでしか得られないものであるからだ。
しかし、彼らに関しては違う。
此方が提供できるのはせいぜい、金品や装備など。
別にこのような危険な依頼をせずとも得られるものに過ぎない。
だからこそ、この程度の報酬を餌に、古の強敵と相対させようだなんて、あまりにも酷としか言いようがないと考えていたからだ。
「何をおっしゃる!冒険者が冒険を恐れて、なんになるというのか!!」
――しかし、それでもなお、私の考えは間違っていたらしい。
「古の強敵、神話の悪魔。
この話を聞いて、滾らずにいられる冒険者がいるだろうか?
いや、いない!」
ある者は名誉のため。
「俺たちとしては、ようやくまともにイオ様に恩返しができる機会だからな!
ふふふ、いつも世話になってばかりだかが、ようやくって感じだぜ」
ある者は恩義のため。
「ふん、名誉や恩義などどうでもいい。
私は金と装備がもらえるから参加するだけだ。
……俺たち獣人は、聖女様と違って、まともに金を得る機会すら少ないからな。
たとえ聖女様にとっては、はした金であったとしても、な」
また、ある者は自分が軽んじた金銭のため。
皆が皆、自ら望んで、この涜牙の討伐に参加してくれることになった。
「……どうやら、考えが浅かったのは私の方だったみたいだね」
「まったく、いまさら気が付いたか。
冒険者にとって、命の危険など日常茶飯事だ。
きちんと報酬が出るのなら、むしろ積極的に受けたがる。
それこそ、ある意味でお前は今回の騒動で発生するすべての名誉という名の黄金を、独り占めするところだったのだぞ?」
どうやら、ダニエル司祭はあらかじめそのことに気が付いていたのか、こちらや彼らを呆れた視線で見つめてくる。
そんな嫌味ったらしいエルフの横顔を見つつ、自分の視界の狭さに思わず苦笑してしまう。
「……それでも、できるだけ彼らに犠牲になってほしくないと思うのは傲慢かな?」
「別に構うまい。何事も加減次第といった所だろう。
お前がそう願うならば、お前は彼らを死なないようにサポートすればいいだけの話だ」
かくして私は、自らの考えを改め、他の冒険者や関係者の力を借りて、この地母神からの試練を達成することを決意するのであった。
「とりあえず、彼らの実力審査と模擬戦と連携強化のために、私お手製のダンジョンで高速修行を前提依頼として、用意しておきますか。
とりあえず、リミッター緩めたドラゴンゾンビとその下のボスであるレギオン辺りは無理なく突破してもらわないとね」
「だから加減次第だと言ってるだろ。」
★☆★☆
そして、その結果がこれだ。
「ぴゃぁああああ!!!この魔法鎧すごいよぉぉぉ!!!
さすがヴァルター鎧のお兄さん!!」
「放電、放電、目晦まし!
放電、放電、目晦まし!」
「は~い、無限ループ入りました~」
「この程度で、化け物を名乗るとか!
こんなので金と名声どちらも手に入るとか!
ひゃっはっは!思わず笑いが出ちまいそうだぜぇええ!!!」
「おのれおのれおのれおのれぇえええ!!!!」
かくして、思ったよりも準備をし過ぎたせいか、今回雇った涜牙討伐部隊は予想以上に大活躍。
ダンジョン最下層にて、役割や強さに分かれてチームとなり、各々がなすべきことをなしていた。
強きものは、大型のボス級の魔物に複数で挑み、弱きものは獣人や聖職者と組み、隙をついてダンジョン内に仕掛けられた罠や仕掛けを解除する。
中には、逆にダンジョン内で無作為に浄化や聖水をぶちまけることで、間接的な敵の弱体化を図る部隊までいる。
「ぴぎぃぃ!!!」
「う……あぁ………!!」
そして、この作戦はおおむねうまくいっているのか、今のところ大きな被害は出ておらず。
敵が最後まで隠し持っていたと思われるそこそこ強いアンデッドや獣人のキメラも難なく討伐されていった。
「というか、ドラゴンゾンビよりも強いって話は何だったの?」
「幻術系呪いも、イオ様のに比べると、なんかこう……チープだなって」
「ふふふふふ、トラップと称されて、聖職者の身で発情で固定されたゴブリンの亡霊を憑依させられた屈辱に比べればこの程度……!!
邪獣人化の精神汚染?せめてこの100倍は持って来い!!」
どうやら、事前に想定していたよりも涜牙が弱いというか、甘いというか。
そのせいで一部冒険者からこちらに微妙な視線を向けられている気がする。
が、まぁこういう事前の事前訓練は厳しすぎて損はないだろうから、セーフであろう。
「おのれぇ!!!よくもよくもここまで我をコケにしおったな!
こうなれば、もうすでに理性すらいらぬ!!
貴様らを殺せれば、いや、苦しめることができればそれでいい!!」
それに、どうやらまだ隠し玉はあるようで。
一人も欠けることなくダンジョンの最奥地へと到着後、そこで待ち構えていた涜牙バルドレイクは、こちらをにらみつけながら高らかにそう宣言。
そして、その言葉の通りに、自らの首に向かって構えたナイフを突き立てる。
おそらくは、最後のあがきとしてその身を邪神に捧げて、こちらへ何らかの災いを掛けようとしたのだろう。
「……まぁ、だからこそ、私が来たのだがな」
「がっ!!!!!」
その一言と共に、ダニエル司祭は今までほとんど使っていなかった、魔法の矢を放つ。
その矢は、今まで見たことがないほどの高い神聖と魔力が込められているのが分かり、それはまるで吸い込まれるかのように、涜牙の喉を貫く。
その瞬間、涜牙の全身が強く発光し、周囲を光で埋め尽くす。
「こ、これは!?」
「……地母神様の手より直接授かった、【邪獣滅ぼしの矢】だ。
まさか、見抜いていないとでも思ったか?
貴様が、この地を支配する邪獣人の呪いという存在そのものの依り代であることを」
「な、貴様、ぐおおおぉお!!!」
その瞬間、ダンジョンが、いや、世界そのものが大きく震えるような衝撃を受ける。
足元が突然胎動し、異空間でありながら、同時に巨大な地震のような感覚に襲われる。
足元がおぼつかず、五感からも六感からも無数の情報が押し寄せてきて、まともに周囲の状態すら確認できなくなる。
「……消えろ、涜牙バルドレイク。
せめて、その命を以て、新たなる獣人と人族の未来の懸け橋となれ」
「あああぁああ!!!!!我が神よ!
誠に申し訳……あああああぁああ!!!!」
こうして、せっかくの地母神のダンジョン最後の試練は、こちらはあまり状況は理解できずとも、無事に討伐完了。
「よし!これで依頼達成できたな!!
というわけで、イオ司祭!!約束通り今すぐ俺の家族の死病を治してくれ!!
ハーリーハーリーハーリー!!!!」
「はぁ?それよりも先に教会建築最後の仕上げでしょ!!
イオ司祭のダンジョン攻略の日程のおかげで何日工期がずれたか!
もうこれ以上待ってはいられないぞ!」
「うおおおぉぉ!!!え?!?ちょっと浄化の呪文を振りまいていただけなのに、これほどの新しい奇跡を!?
冒険神様、感謝します!!」
もっとも、涜牙討伐と同時に、無数の報酬問題やら建築の仕上げ問題が殺到。
ある意味では、私にとってはここからが地母神の最後の試練となるのでしたとさ。