無惨の忠臣   作:十二茶柱

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忠臣と化け物

 

 身体が動かない。

 

『──なぜ奪う? なぜ命を踏みつけにする?』

 

 …………あぁ、コレは夢か。

 

『何が楽しい? 何が面白い? 命を何だと思っているんだ』

 

 忘れようにも、忘れられない。何度も反芻した、根源的恐怖──『死』の化身が紡いだ、呪詛の言葉。そして、

 

 

『──こちらの台詞だ』

 

『何……?』

 

 

 我が忠臣の声と、困惑するバケモノの声。

 

 

『貴様は何故鬼を殺す? 何故我々を斬る?』

 

『……鬼が奪うからだ。命を踏みつけにするからだ』

 

『違う。命を踏みつけにしているのは貴様らだ。我々は命を繋ぐために食事をしている。命は〝糧〟だ。対し貴様らはどうだ? お前たちは鬼を食うのか? 食わないだろう? 貴様らは、命を斬って捨てて踏みつけて、それだけだ。そして悪びれぬ顔で、家に帰って魚を食う。違うか?』

 

『……人と魚を同列に語るか』

 

『そうさな、それは()()()()()()()()。貴様ら人間は菜食主義を貫いても生きられるが、魚はそうもいかん。我々鬼もな』

 

『──だが、お前は違うだろう』

 

『……ほぅ? 何故そう思った』

 

『お前の身体には、永らく人を食った痕跡が無い。なぜだ』

 

『最後に食事をしたのが大分前だから、だな』

 

『お前はその『大分前』の食事でも、少量しか食っていないな。腕の一本にも満たない量だ』

 

『だったら何だ?』

 

『お前は、温厚な鬼だ。だがお前が背後に庇っているソレは、邪悪だ。なぜ、お前がソレと一緒に居るのか分からない』

 

『貴様は食事の趣味趣向だけで善悪をはかり、共に在るかを決めるのか? 貴様に妾と無惨様の何が分かる?』

 

『……ソレが人食い鬼の大元だ、というのは分かる』

 

『妾も貴様が肉を食って育った人間だ、というのは分かるぞ? 肉の代わりに豆を()んで生きている坊主は、貴様のように生臭くはない』

 

『…………私の妻は、腹の子ごと、鬼に殺されたのだ』

 

『……死因が鬼だと断定しているのは、遺体に残った歯型から、という認識でいいか?』

 

『……そうだ』

 

『分かりました。それが無惨様に殺意を向ける理由だと言うのなら、()()()()()()()()()()()()

 

 

 この時ばかりは、血の気が引いたことを覚えている。後にも先にも、ヤツに『裏切られた』と思ったのはこの時だけだ。

 

 

()()()()、わたしはあなたに『取り引き』を提案します』

 

『取り引き?』

 

『あなたほどの強者が近くに居て、奥様を守れなかったとは到底思えません。()()()()()()()()()()()()()()()。違いますか?』

 

『……仇なら、そこに居る』

 

『無惨様が妊婦を口にすることはありません。何故ならわたくしが、決して敬虔な菜食主義者と幼子(おさなご)、そして妊婦を食さないと心に決めているからです。無惨様は、()()()()()()()お方。わたしの望まぬ行為を、無惨様がする道理がございません』

 

 その通りだ。役立たずな有象無象ならさておき、有能な忠臣の願いを聞いてやらぬほど狭量ではない。

 

『……お前はソレが……心ある存在だ、と?』

 

『はい』

 

『…………お前は嘘を言っていない。それは分かる。そして私は、お前達の関係を……何も知らない。それも事実だ。……故に、『取り引き』とやらの話を……聞こう』

 

 

 そしてバケモノは、刀を納めた。

 

 

『……妻の仇に引き合わせる、か……できるのか?』

 

『全ての鬼の居場所は、わたしが把握しております。そして行動の履歴は、全て記憶していますので……奥様の住居と、亡くなった日付さえお教え頂ければ、特定は可能です』

 

『…………お前は、仇討ちを正当なものと認めながら……鬼狩りを、嫌悪している。なぜだ』

 

『生きるために食らうことも、食われぬために抗うことも、家族を特別なものとみなすのも、自然なことです。故に今から呼び出す鬼と、あなたには、殺し合う理由がある。しかし鬼狩りがやっていることは、ただの虐殺です。坊主憎けりゃ袈裟まで憎いなどと、不自然で訳の分からないことを宣う異常者共を、どうして嫌わずにいられるでしょうか』

 

『……そうか。お前のような鬼も、いるのだな』

 

 

 バケモノはそう呟くと、踵を返した。

 

 

『明日、この時間に、この場所へ来てください。取り引きは、それで成立です』

 

『…………無惨の従者よ、貴様の名は?』

 

(むらさき)。畏れ多くも、十二階の最上位に与えられる色調にございます。高貴なる無惨様から賜った、(ほま)れある名です』

 

『……紫よ、お前は……自分の生まれた意味を考えたことはあるか?』

 

『いいえ。考えるまでもなく、我が生涯は徹頭徹尾無惨様のためにありますので』

 

『……私は、継国(つぎくに)縁壱(よりいち)は、その男を殺すために生まれた。その男を見た瞬間、そう確信した。だが…………お前を斬るのは、()()()()()

 

『わたしが無惨様を守るのはごく自然なことです。それと対峙するあなたが『違う』と思ったのなら、不自然なのはあなたです』

 

『……ならば、私は……一体なんのために、こんな力を持って生まれたのだろうな』

 

『知りません。ただ、一つ言えることがあるとすれば……刀以外のものを握ってみては? きっと、そんなものより手に馴染む何かがありますよ。()()()()()()()()()()()()()()()()

 

『……血鬼術?』

 

『はい』

 

 

 ──〝因果の観測と操作〟

 

 つまり()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 それが我が忠臣、紫の血鬼術だ。

 

 

 

 *

 

 

 

「ん……」

「お目覚めですね、無惨様。ご気分はいかがでしょうか?」

「…………何も食っていないのに腹が膨れている。お前風に言うと、『不自然』でなんとも不快だな」

「フフフ、お分かり頂けましたか」

「こんな感覚に、よくもまぁ耐え続けたものだ」

「わたくしの場合、期間が短かったので」

 

「……フン。太陽を克服するためには断食が必要。そして、断食中に命を繋ぐ方法が睡眠とはな……」

 

 鬼として千年生きてきたが……相変わらず、我ながら謎すぎる生物だ。

 

「私はもう一眠りする。紫、分かっていると思うが……」

「はい。御身の安全は、わたくしにお任せを。けして誰にも、貴方様の眠りを妨げさせはしません」

「頼んだぞ」

 

 

 ────さて、次の夢はどうなることやら。

 

 

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 

 

 精霊が舞っているみたいで、見惚れていました

 

 ……舞? 舞に見えたのか、私の剣技が

 

 あっ、悪い意味ではなくて──ぇ

 

 ククッ、ハハハハハハハ!!! そうか、舞か! 道理で……!

 

 お侍さん……あんな風に笑えたのね

 

 なぁ、二人に頼みがあるんだが

 

 あっ、ハイ!  なんでしょう!?

 

 

 ──神楽鈴と、扇子を用意してくれないか?

 

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