無惨の忠臣 作:十二茶柱
平安時代。まだ鬼舞辻が人間だった頃。
彼には、五人の妻が居た。この時代において、貴族階級の男性が複数の妻を
しかし無惨には、子がいない。子を作る前に、妻達が全員自害したからだ。彼の毒舌により、精神を病んだ結果である。
──そして後に『紫』と呼ばれる鬼と化す少女は、無惨にとって『六人目の妻』として引き合わされた存在である。
もっとも……
『私は貴様を、妻として扱う気はない』
『是非もありません』
二人は互いを、
というのも、貴族の『妻』に求められる役割は、後継ぎを残すことが筆頭になるワケだが……『彼女』は無惨と同じく、病弱だった。とてもではないが、
妻を五人も殺した男と、役割が果たせない女。
──端的に言って、二人は家族から見捨てられていたのだ。
『子を成すこともできず、身の回りの世話もできず、家の名を喧伝することもできぬ。今までの妻も何かしらの欠落を抱えていたが、貴様は論外だ』
無惨は、聡明だった。優れた観察眼を有していた。だが、思いやりの心は無かった。
彼は別に、五人の妻に殺意があったワケではない。彼はただ、事実を陳列しているだけ。それで相手を追い込む意図は、無い。無自覚な毒。
──故に、
『はい。ですのでせめて、
『……いや、頼んでないが?』
無惨と非常に近い価値観を有していた彼女は、ちっともへこたれなかった。『事実は事実』として受け入れ、彼女は彼女にできることをやった。
『──今宵は、ここまで。
いかがでしたでしょうか?』
『…………存外に楽しめた』
無惨はほぼ年中
しかし彼女が来て、それが変わった。
『無惨様、お花を用意して貰ったのです』
『……変わり映えしない室内に退屈していたところではあるが、そんなものがあってもな』
『では、また何か考えておきますね。花は駄目だった、というのを確かめられただけ、今回は良しとしましょう』
『……待て。わざわざ片付ける必要もあるまい』
『──花が枯れてしまったので、紙を切り折りしてそれらしく作ってみました。これならずっと華やかなままです!』
『……フン。酷い出来だが──不変の絶頂を目指すのは悪くない』
『──無惨様、将棋をしましょう』
『また新しい娯楽か。…………貴様と居ると、飽きぬな』
彼女は、聡明だった。優れた観察眼を有していた。そして、思いやりの心を持っていた。
彼女は常に先回りして、無惨の望みを叶えた。叱責、
彼女は無惨の苦しみを理解していたし、非人間的なまでに冷徹で高速な思考に追随できた。そして常に、本心から彼を第一に立て続けた。
だからだろうか──
『…………前言を、撤回しよう』
『……? 大変申し訳ありません。何のことでしょうか?』
『……お前が望むなら、私はお前が『鬼舞辻家の妻』に相応しい待遇を受けられるよう……行動する』
あの無惨が、『私は何も間違えない』と本気で信じている、傲慢不遜の化身が──
『──っ!? そ、そんな! わたくしなぞのためにそのような、畏れ多い……!』
『何故そこまで、己を卑下する?』
『……卑下するくらいでちょうどよいのです。何故ならわたしは……
『──紫』
『……え?』
『名なぞ気にする必要もあるまい。私とて酷い名だが、別に大層な名前の者が成り上がる訳でもない。験担ぎなぞ無意味だ。
……が、お前が気にするのなら……これからは『紫』と名乗れ。冠位十二階の最上位に与えられた、高貴とされる色調だ』
『…………』
『チッ、咄嗟に考えたものだ。気に入らなければ別に──』
『いえっ、いいえ! これがいいです! 『紫』がいいです!!』
『……フン』
──無惨はいつしか、自然に笑えるようになった自分に気付いた。
彼は『死にたくない』だけではなく、『生きたい』と思えるようになっていた。
だから……
『──オイ、医者。私と紫は、治るんだろうな』
『……断言はできませんが、最善は尽くしています。もう少しお待ち頂ければ──』
『──ッ、いつもいつもそればかり! もうよい、自分で確かめる!!』
『なっ、無惨様……!?』
彼は
『次の薬は…………青い……彼岸、花……!?』
彼岸花、リコリス属には──強い毒性があることで有名だ。
『キッ、キサマァァアアアアアッッ!!!
私と紫にっ、毒を盛るつもりだったなァアアア!?』
無惨は怒りで目の前が真っ赤になり、
気が付けば、鮮血で周囲が赤黒く染まっていた。
『フゥゥゥ、フゥゥゥゥ…………これは、一体』
『……むざん、さま……?』
『──ァ』
ヒトの声に反応し、無惨の口から唾液が溢れる。爪が鋭く伸び、筋肉がメキメキと盛り上がっていく。
──既に彼は、鬼になっていた。
『グッ……! ガアアアアア!!!』
彼は食人衝動に従って、紫の肩に喰らいついた。
この時、無惨は僅かに残った理性で急所──頸動脈には傷を付けなかった。そして、自らの唇を噛んでいた。
そして、そして。彼女も無惨より期間は短いが──鬼と化す改造を施されていた。
──故に、
『…………きさ、ま。何を、している』
『いかないで、ください。食べるなら、わたしを』
一口で正気が少し回復した無惨は、すぐさま立ち去ろうとした。
だが紫は、その背に抱きつき彼を止めたのだ。
『ひとりは、イヤです。ひとの多いところは、もっとイヤです。みんなみんな、わたしを見てくれない。見ても、顔をしかめるんです……いらない娘だから、穀潰しの芥だから……わたしに価値をくれたのは、あなただけなんです……!!』
『…………』
『どうせもう、病で長くは生きられません……それなら、ここであなたに食べられて終わりたい』
『紫……いいんだな?』
『はい。──あなたと過ごした日々は、幸せでした』
そうして彼は、我を忘れるほど彼女を喰って、噛んで、飲み込んで。
彼女は激痛により何度も失神と強制的な覚醒を繰り返して。
『…………』
『う……あ、あれ……? 意外とわたし、頑丈ですね……?
──ッ!? 無惨様、
『……フン。どこぞの
『は、はぁ……?』
無惨に理性が戻ったところで、紫が完全に鬼化。飢餓により無惨へ喰らい付き……彼は、噛み付かれたまま医者の亡骸がある場所まで移動。亡骸を喰わせることで、彼女を大人しくさせた。
『──とりあえず、ここを出るぞ。
『──え、でも』
『いいから来い。
『…………はい。貴方様が望むなら、お供いたします。この身が果てるまで』
これが、二人が謳歌する一生の──本当の始まり。