無惨の忠臣   作:十二茶柱

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狛治と忠臣

 

 ──無限城。某室。

 

「……来たか。わざわざすまないな、黒死牟」

「どうした、狛治……お前が私に、『至急相談がある』とは……まさか鍛錬のことでは、あるまい……?」

 

 十二鬼月、上弦の壱と参。鬼の最上位にして最高位の『武闘家』である二人は、あまり血鬼術に頼らない鬼同士として深く密な交流と親睦があったが……このように流血を伴わない形式での立ち合いは、非常に珍しかった。

 

「あぁ。今日は本当に、ただの相談だ」

「だが至急……最重要案件なのだろう……?」

「そうだ。何せコレは、紫様個人の依頼だからな」

「ほぅ……あのお方の私用とは……珍しい、な……」

 

 紫。無惨の指示を受けて十二鬼月や更に下位の鬼を指揮する、実質的な彼らの最高管理者。

 無惨の忠臣として知られる彼女が『無惨様のお言葉』以外で十二鬼月を使うのは、十年に一度あるかないかといった大事だ。

 

「して……彼女がお前に……何を依頼した……?」

「…………その、だな。どうしたら、男が悦ぶのかと聞かれた」

「……? 歯切れが悪いな……貴様らしくもない……もう一度、ハッキリと言え……」

 

「…………」

 

 狛治は、上弦の参は、眉間に皺を寄せてイヤそうな顔をしつつも──今度は言われた通りハッキリとそれを言葉にした。

 

「男はどうしたら悦ぶのかと聞かれた」

 

「…………それは、まさか……閨の話か……?」

 

「そうだ」

 

 ……黒死牟は、真ん中の目頭を揉んだ。

 主に無惨の代理、代弁者として鬼達の前に姿を現す(彼女)だが……その正体が『無惨の妻』であることを知る者は少ない。具体的に言うと上弦と珠世、塁、鳴女だけだ。

 黒死牟は溜め息を吐いた。正直イヤな予感しかしないが、自分と狛治()以外適任はいない──と、すぐに理解したからだ。何せこの面子、男性陣の既婚者がこの二鬼(ふたり)しかいない。

 

「正直……我々より、梅に聞くのが……一番だと、思うが……」

「それはそれとして男性の意見も直接聞いてみたいとのことだ」

「……お前は……どう答えたのだ……?」

「『次回までに考えておきます』と」

「何故、先延ばしにした……?」

「俺が恋雪にされて嬉しいことを伝えても、紫様の相手は無惨様だぞ……? それに俺は童貞だ。閨のことは知らん」*1

「む……? お前たち……鬼になる前からの、夫婦(めおと)では……なかったか……?」

「まぁ、それはそうなんだが……」

 

 狛治は、己が鬼となった時のことを語り始めた。

 

 

 

 *

 

 

 

 ──結局、口先ばかりで何一つ成し遂げられなかった。

 

 『きっと治す』『助ける』『守る』

 

 全て、くだらない妄言に終わった。

 病気の父は、俺が薬を手に入れるために繰り返した盗みを気に病み自殺。

 罪人の刺青を持つ俺を受け入れ、生まれ変わらせてくれた恩人は、一生守ると決めた妻は、毒殺された。

 

 アレは、全て一日の内に起こった。

 俺と恋雪の祝言が決まって、それを報告しに、父の墓参りへ行って。

 

 ──家に、道場に帰ったら……妻と恩人が死んでいた。毒殺だった。

 

 俺は、道着に着替えて。下手人の、隣の道場に向かって。

 

 

 ────殺した。

 

 

 六十七人。門下生を全員、この手で殺した。

 

 

 その後のことは、よく覚えていない。何もかも、どうでもよかったから。

 

 覚えている、僅かなことは

 

 

『鬼を配置した覚えのない場所に、鬼が出たとの大騒ぎ。すわ妾の管理不行き届きかと思い来てみれば……これはこれは、掘り出し物よな?』

 

 

 そこが、橋だったこと。

 

 

『どけ……』

 

『凄まじい生命の因果だ。因果の強さだけなら黒死牟以上か?』

 

『殺す、ぞ……』

 

 

 宣言通り容赦なく振るった拳は、軽く掌で止められた。師範ですら正面から受けようとはしなかった、俺の拳が。

 産まれて初めて、俺は自分の攻撃を受けて怯みもしない存在に出会った。

 

 

『良い拳だ。なるほど確かにこれならば、ヒトがオニと見紛うこともあろう。将来が楽しみだ』

 

『……将来なんて、いらない……どうでもいい……』

 

『ほう?』

 

『やっと、やり直せるところだったのに……真っ当に、生きられると思ったのに……』

 

『何があった?』

 

『…………殺せ……話したところで、どうなることでもない……』

 

『つべこべ言わず、話してみよ』

 

『殺して、くれ……』

 

『妾が〝話せ〟と、そう言った』

 

 

 そして俺は、夢現な心持ちになり……包み隠さず身の上話をした。

 後から知ったが、彼女はこの時血鬼術を使っていたらしい。

 

 そうして俺は、全てを曝け出し。それを聞いた彼女は、

 

 

『────分からない分からない分からない分からない分からない。

 は? なんですか、それ。不自然にも程があるでしょう。

 何故、愛した人を殺すんです? それも、幸福の絶頂を前にしていると知ったのが、理由? 好きな人が、好きな人と、結ばれる。喜ばしいこと、でしょう? それが、殺意? 何故? 道理に合わない。因果が繋がらない。不自然です……。

 

 あああああああ理解不能理解不能理解不能理解不能──認めませんよ、そんな結末』

 

 

 彼女は……俺の手を引き、血の跡を辿り、道場の中へ入って。

 

 

〝血鬼術──因果掌握・唯我〟

 

 

 ──彼女はその術で、()()()()()()()()()

 

 

『……ん……』

 

『──ッッッ!!! こっ、恋雪……!』

 

 

『悪いが感動の再会をさせてやる気は無い。それは貴様が因果の精算を済ませた後にしろ。──ま、()()()()()()()()()()()()()?』

 

 

 彼女の血鬼術は、恋雪を蘇生させるだけでは終わらなかった。妻が息を吹き返した直後──彼女の身体にあった毒が、()()()()()()()()()()()()()

 

 

『ガッ、ァ……!?』

 

『──お前は『毒』を『卑怯』と言ったが、それは違う。

 貧乏人の父がただ死ぬしかなかったことを嘆いた貴様なら、解るだろう? 弱者にだって生きる権利はある。戦って勝てぬのなら、毒を使うのは自然なことだ。

 ──故に。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 彼女は、悪ではない。

 しかし彼女は、善でもない。

 

 彼女は、『情があるだけの自然そのもの(災害)』だった。

 

 

『では、次に向かうぞ』

 

 

 のたうち回る俺を引き摺り、彼女は隣の道場へ移動した。

 そして──剣道道場の人間も、彼女は生き返らせた。

 

 

『毒を盛った件とは因果関係の無い者だけを蘇生した』

 

 

 六十三人。それが、俺の殺した無関係な門下生の人数だったらしい。

 

 

『そら、散れ散れ。何を見ておる? 疾く失せよ有象無象共。貴様らに用は無い。立ち去らぬなら喰い殺すぞ?』

 

 

 過去の改変。死の拒絶。そんな鬼をして『反則』と言える能力を連続行使しても、彼女はケロリとしていた。

 

 

『──さて、これでようやく気分良く話ができる。

 そこに転がっている四つの骸は、道場と土地を奪うため慶蔵と貴様に毒を盛り、慶蔵は死去。しかし毒を受けても生き残った貴様に逆襲を受け殺された。

 しかし貴様も半死半生。それだけ強い生命の因果を持っていれば、完治することもあるやもしれぬが……確証はない。そこで、だ』

 

 

 彼女は壮絶に笑って──選択を迫った。

 

 

『選べ。ここで人として死ぬか、本物の鬼となり──妾の下僕として生きるか』

 

 

 ────俺は、『恋雪と共に生きていたい』と答えた。

 

 

 

 *

 

 

 

「……つまり、お前と恋雪は……鬼になった時点では、厳密に言うと婚約者で……共に清い身だった、と」

「あぁ」

「話が……長い……」

「スマンな。あの頃の話はどうしてもつい熱が入る」

 

「…………しかし、太陽の克服や食性の拡張が、少しずつ可能となった今……子を為すことも、できるようになるかもしれぬ……か」

「そして紫様は、それを望んでいる。……恋雪も、可能であるならと、言ってくれている」

「そうか……」

「だから頼む。マトモに話のできる妻子持ちの鬼なぞお前くらいしかいないんだ」

 

 …………黒死牟はイヤそうな顔で、溜め息を吐いた。

 

 

 

 *

 

 

 

『──ん。その気になれば過去なんて勝手に見れるのに、どうして言の葉に拘るのか……ですか?』

 

『だって、味気ないじゃないですか。わたしは話すのが好きなんです。無惨様も、わたしの語り口を褒めてくれましたし』

 

『ふふ、えぇ。あなたと話すのも楽しいですよ──恋雪』

 

*1
この時代における『童貞』は現代と違い、好意的な印象を持つ単語。

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