無惨の忠臣 作:十二茶柱
蝶屋敷。某室。
「…………ごめん姉さん、もう一回言って??」
「何度聞いても同じよしのぶ。姉さんね、
「〜〜〜〜っっ。イミわかんないんだけど……」
しのぶは頭を抱えた。
目の前のカナエは、本物だ。日光を浴びても平気で、花の呼吸を常中で使っている。吐息の音も、口調や仕草の癖も、しのぶが知るカナエそのものなので間違いない。
昨日しのぶは、そのカナエを反射で外に投げ飛ばし、池に落ちたため風呂場に連行し、泥酔していたので着替えやら何やらの世話を焼き、寝かしつけたワケだが……。
(酔っ払いの妄言じゃ、なかった?)
昨日と今日で、カナエの証言に違いがほとんど見られない。
無論しのぶとて、
何故ならしのぶ自身が、
──しかし攫われる直前、カナエが血を吐いていたのもまた事実だ。
「じゃあ上弦の弍は、どうして姉さんに攻撃したの?」
カナエは常々、『鬼と仲良くしたい』と言っていた。互いに友好関係を築く気概があったなら、何故殺し合っていたのか。
「あー……それは、なんというか……」
『──やぁやぁ、いい夜だね』
『キミだろ? 鬼と仲良くしたいっていう鬼狩りは』
『俺もお喋りが好きでね。鬼とは勿論、人──鬼狩りともよく話すんだ』
『うん、俺も嬉しいよ! 俺は普段から人助けをしているんだけど、他の鬼狩り達は俺の善行を理解してくれなくてねぇ』
『でもキミなら。キミなら理解してくれるんじゃって思ったんだ──』
『ねぇ、俺に喰われた人は皆……幸せだった筈だよね?』
「……あの時は、姉さんから攻撃をしかけたの。彼は反撃しただけよ」
「姉さんは理由もなく先制攻撃なんてしないでしょ。上弦の弍はその時、何をしていたの?」
「…………ごめんね。それはちょっと、言いたくないかな」
「〜〜っ。どうして鬼を庇うの。それに、姉さんと上弦の弍が交戦したってことはもう、鎹鴉がお館様に報告してる。
近い内に間違いなく、
「あーー……『上弦だったので流石に問答無用で斬りかかりました』ってことで通るかしら? 通るわよね??」
「まぁ通ると思うわよ? 割とすんなり。でも、
「え?」
「悲鳴嶼さん、きっと喜ぶだろうなー。『安心した』『やっと分かってくれたか』って。流石の
「そんなのやってみないと分からないじゃないっ!!」
「ほら噛みついた」
「ぐぅ……!」
しのぶは溜め息を吐いて、思考を巡らせた。
このままではせっかく生きて帰ってきてくれた姉が、味方からの粛正で命を落としかねない。会議の前に、自分がなんとかしなければ──と、彼女は使命感に燃えていた。
「じゃあ、上弦の弍についてはもう聞かない。あの時、琵琶の音と一緒に現れた方の鬼……彼女については、話せる?」
「──! えぇ。彼女──紫さんについてなら、いくらでも」
「よかった。じゃあ、紫サンとは何を話したの?」
「──具体的に、『どうやって人と鬼が手を取り合うか』について」
「……向こうもその話に応じた……と」
「えぇ」
中々に信じ難いことではあるが、カナエは吐血するほど傷付いていた内臓が、完璧に治療された状態で帰還している。明らかに既存の医学薬学を超えた処置──血鬼術が使われていると見て間違いない。
つまり、対話を望んだ鬼が実在しなければおかしいのだ。しのぶもそこは理解している。
(なら、紫と名乗った鬼の方は……本当に友好的な鬼である可能性が、僅かにだけど存在する)
「まず最初に言っておかないといけないのは、鬼殺隊の目的と紫さんの目的は両立できるってこと」
「……その『目的』っていうのは?」
「鬼が太陽を克服できるようにすること」
「んーー??? あれ、おっかしいわね……最近外国語ばっかり読みすぎて日本語の読解力落ちたのかしら私……姉さんが言外の部分で何を言おうとしてるのか全っ然読み取れないわ……」
「もうそういう反応いいから、続けるわよ?」
「どうしよう、いま凄く姉さんを殴りたいわ」
「もーそんなカッカしないの。しのぶは笑顔の方が似合うのに」
「誰のせいで
そして拳を固く握って青筋を立て、プルプルと震えている妹を……いよいよ本当にスルーし、カナエは補足を始めた。
「──紫さんは、
「…………鬼が人肉以外を口にした?」
鬼は、人しか喰えない。正確には生の血肉であれば人以外も喰える*1が、味も栄養の吸収効率も頗る悪いので、食べようとする個体はまずいない。茶と酒に関しては論外だ。
「……でも、後から吐けば」
「血が混じった飲みかけのお茶。大量に常備されてる茶葉。細かい傷と茶渋が付いてた西洋湯呑み。……たかが柱一人騙すためにここまでする? だとしたら流石に手が込み過ぎだと、私は思ったんだけど」
「…………そうね。じゃあ『紫さんは人を食べない無害な鬼』って認識でいいのかしら」
「そう! そうなのよ」
「でも、それは鬼殺隊が鬼の太陽克服を見逃す理由にはなってない」
「いいえ。いいえ。違うのよしのぶ。鬼殺隊の目的は何?」
「……鬼の殲滅」
「そうね。でもより正確には、
「それは……そうかもだけど」
「そこに納得してもらえたら、次が一番大事なところ。よく聞いてね?」
「……既に頭が茹ってて正直お腹いっぱいだけど、聞くわ」
「私ね、紫さんから『鬼舞辻無惨が鬼を増やしている理由』を教えて貰ったの」
「はぁっ!?」
「鬼を増やせるのは鬼舞辻だけ。なら鬼舞辻を説得できれば、人喰い鬼はもう増えない。そうでしょ?」
「いやっ、え。それはそうだけど……!! 何、まさか鬼舞辻が話の通じる相手だと──いや待って。もしかして、
しのぶは『話の着地点』を察し、戦慄した。
「…………ねぇ、姉さん。一つ聞きたいんだけど……もしかして、あり得ないとは思うんだけど……」
「この世に『あり得ない』はあり得ない。海外を知ってるしのぶなら、分かるでしょ?」
「────じゃあ、鬼舞辻無惨は……
カナエは静かに、首肯した。
「…………大体、予想はついたわ。
鬼舞辻が求めていたのは『太陽を克服する血鬼術』で、
「……そうね。ほとんど合ってるわ」
「──なにそれ。許せない……!! 人の命を何だと思ってるの……!? しかもそんなことをしておいて『自分は人を食べてないので見逃してください』なんてッ、あまりにも、虫のいい……!」
「しのぶ」
「駄目よ姉さんッ、考え直して! その紫って鬼が鬼殺隊にどうやって太陽克服の手伝いをさせる気か知らないけど、鬼舞辻に付き従ってるならソイツも下衆よッ! 絶対何か裏がある!!」
「じゃあ
「──え?」
『──カナエさん。アナタは鬼殺隊のために、鬼殺隊を裏切る覚悟はありますか?』
『わたしは、無惨様のために無惨様を裏切る覚悟があります』
「茶会に参加していた鬼は四名。内一人は薬師で、
「え、はっ? どういうこと……?」
『わたし達が協力するためには、互いに〝嘘〟が必要になると思ってください』
『カナエさん、アナタに吐いてもらう嘘は──』
「紫さんは十二鬼月よりさらに上、鬼の最高幹部だけど──
『そして、わたしが無惨様に吐く嘘は……』
「しのぶ、彼女はあなたの協力を欲しているわ。鬼舞辻を殺し得る毒使いの、あなたを。
『はい、聞き間違いではありません。妹さんには
「しのぶ、お願い──お姉ちゃんを、お姉ちゃんが信じた彼女を信じて」
『────ではこれより、わたし達は敵も味方も欺く〝共犯者〟です』
明治コソコソ噂話
紫がしのぶに『本気の毒』を求めたのは、その先に『太陽の克服』があると信じているから。
ただしそれは、通常の毒だけでは一生かけても無惨を殺せないと気付いたしのぶが『人間化薬』を取り入れるため。人間になれば日光で死にはしないので、間違いではないが……彼女の血鬼術が渾身のアンジャッシュを起こした結果だったりする。