ご賞味あれ。
夜の
地元に古くからある
金髪にチョビ髭、サングラスという
男の名は斎藤
こう見えて、芸能事務所『苺プロダクション』の社長である。
「予約していた斎藤です」
店に入ってすぐに、
話しかけられた店員は予約客の書かれたボードを確認すると、手慣れた様子で案内を始める。
その店員の後を追いながら、
場所取りされていた
完全に遮断できるわけではないが、周りを気にせず、少人数で静かに飲みたい時にはうってつけの部屋だった。
「とりあえず
案内をしてくれた店員に注文を頼んでから、個室へと足を踏み入れる。
それから、備えつけられた
ふぅ、とひと息ついて、
探し物はなかったものの、その代わりに、座卓の端に『禁煙席』と書かれたプレートが貼りついていることに気がついた。
どうやら、予約の際に指定するのを忘れていたらしい。
しまったな、と一瞬考えるも、彼自身は
むしろ、同業者や業界人から
相席予定の人物も、煙草を吸っているわけではない。
なので、別にいいか、と諦めた。
「ビールをお持ちしました」
ハッとして顔をあげると、先ほどの店員がお盆を片手に戻ってきていた。
見るからに冷えきったコップと瓶が座卓に並ぶ。
その
小皿に入った『柿ピー』は、ビールを頼めば必ず付いてくるものらしい。
漬け物と酢の物が入った小皿は『お通し』のようだ。
ビールの栓を開けようとする店員に「自分でやるよ」と声をかけ、栓抜きを渡してもらう。
店員はお盆の上に残っていた おしぼり を置くと、「ごゆっくり」と一言添えてから
閉め切った個室には、外からの音はほとんど入らない。
静けさが増したところで、袋に包まれた おしぼり を手に取ってみる。
どうやら、先ほどまで温められていたらしい。
ほどよい温度を保っている。
袋を破って取り出すと、ふわっと湯気が上がった。
それを使って汗ばんだ顔や首筋を
そのあとは、いよいよビールの開栓だ。
慣れた手つきで栓抜きを操り、瓶の
──しゅぽん。
静かになった室内に小気味よい音が響いた。
(いい音だ)
そんなことを考えながら、冷えたコップに中身を注ぐ。
すると、琥珀色の液体と白い泡が、あっという間にコップを
「おっとっと」
中身の落ち着いたコップから
開いたメニュー表の欄は一品物のコーナーだったらしく、定番の唐揚げや枝豆、冷ややっこなどの写真が掲載されている。
ふむ、と
今日、会う予定にしている人物は、時間をきっちりと守る
だが、勤め先の都合上、約束の時間に来れない可能性があるくらいには多忙な人物でもある。
今のところ、遅れるというような連絡は来ていない。
だが、念のために確認を取ってみるべきだろうか。
そんなことを考えていると、閉めていた
どうやら、時間通りに待ち人が来たらしい。
「待たせたか……?」
開いた
その身を包む仕立ての良い黒のスーツと、視線を隠す黒いサングラス。
極めつけは、服の上からでもわかるほどに鍛えられた肉体が醸し出す、強者の風格。
斎藤の脳裏に、某国産のSF映画に登場する
ちなみに、店の裏側では店員たちが同じような話題で盛り上がっていたりするのだが、完全に余談である。
「いいや、時間通りだよ。急に呼び出して悪かったな、ミッチー」
「久しいな……
気安い
「仕事上がりか?」
「所用があると……一時的に抜けて来ただけだ……また事務所に戻らねばならん……」
店員に何かしらの注文を伝えながら、来たばかりの友人は事も無げに言う。
思わず、
「おいおい、残業か?」
「残業だ……いつものことではあるのだがな……」
それを聞いて
「噂に聞く以上に
「うむ……自他ともに認める……悪徳政治家だな……」
なんともないように笑っているが、そんな場所に勤めていると知った側としては気が気でない。
「前から思ってたんだがよ。なんで悪徳議員の所なんだ? お前、元々は
「……まあ……色々とあったのだ……」
誤魔化すように友人は笑う。
少しだけ、
それが気になった
そのかわりに、努めて軽く話を振った。
「なぁ、うちに転職しねぇか?」
「ふっ……断る」
あまりにも早い決断に、
だが、わざわざ呼び出した自身の目的を考えると笑える話ではない。
(これは手強そうだ)
どう話をしたものかと考えながら、空いたコップにビールを注いだ。
「お待たせしましたー」
そこに店員が料理を持ってやってきた。
先ほど友人が頼んでいたものだろう。
湯豆腐。
ざる豆腐。
揚げ出し豆腐。
豆腐の野菜
やわらか豆腐のお好み焼き。
「──って、相変わらず豆腐が好きだな、オイ!」
頼んだ料理の
「焼き鳥とか唐揚げとか頼めよ! 俺は飲んでるんだぜ?」
「それらを食べれば……酒が欲しくなるに決まっているだろう……」
「そりゃご
「お姉さん。焼き鳥のおまかせセットと唐揚げ、あと
「は〜い」
これぞ見よがしに酒に合う料理を頼む。
友人は
「……焼き鳥と唐揚げを……
苦々しい顔をした友人はポツリと
☆★☆★☆★
お互いの近状を話しながら料理をつまみ、昔話に花を咲かせる。
「お前、同窓会にもなかなか顔を出さないからなぁ。仕事の内容が内容なだけに、時間が取れないのは理解できるけどよ。みんな寂しがってたぞ? ──とくにお前の弟とか」
「む……」
家族の話題に触れたからか、友人は
家族関係は改善していると思っていたが、案外そうでもなかったようだ。
「なんだ。またアイツ関係で
「吐き出させて……スッキリさせただと……? 大人数で無理やり酒飲みに付き合わせ……
「酔って
「
友人は
「あの
あまり家族関係の話をしたくないらしく、友人は話を切り替えにかかる。
とは言え、これ以上に
「俺が芸能事務所の社長をやってるのはさっき話したと思うが──じつはな、少し前に『B
「ふむ……」
「メンバーは10代前半の子たちでな。しばらくは事務所でダンスやら歌やらのレッスンを重ねて面倒を見てたんだ。──んで、なかなか見れるようになったからユニット組ませて、歌とダンスの振り付けも仕込んで、
「そうか……」
「その初ライブをやるときに、虫除けっつぅか、番犬っつぅか。まあ、とりあえず、そんな感じでミッチーに付いてきて欲しいんだわ」
「──断る」
バッサリと切り捨てた友人に対し、
だが、それで諦めるわけにはいかない。
説得するべく、
「だけどよ、そこを曲げて頼む。ファンとの交流会*6の時だけでもいいからさ」
「そもそも……私は議員の秘書官として既に雇われている身……そこまで自由に動けるわけではない……他を当たるといい……例えば──」
先ほど話題に上がった『弟』とか。
そう言いかける友人より先に、
「いや、言いたいことはわかる。あいつに頼めば付いてきてもらえるとは思うぞ? こう言ったら気を悪くするだろうが、あいつはミッチーより腕が立つし、あくまでも一般人だから、仕事の都合もつけやすいだろうさ。──ただなぁ……」
それから少し間をおいて、深刻そうな表情をしながらハッキリと言った。
「──
その言いように、友人は思わず
この友人の弟は、とても物静かな人物である。
あまりにも静かすぎる雰囲気からして植物に例えられることもあり、感情の起伏も少ない人柄も手伝ってか、放っておくと犬や猫が集まるだけでなく、小鳥がとまることすらあった。
そういった姿を見知った者からすると、警備のためとは言え、他者を威嚇する様子など想像しがたいものがある。
「だから、な? 頼むよ、ミッチー!」
「頼れるヤツがミッチーしかいないんだ! この通りだ、頼む!」
後頭部が見えるほどに頭を下げた
「──で、本音は……?」
なんだかんだと長い付き合いのある二人である。
「いやぁ、大手から独立して事務所を立ち上げたばっかで資金が足りなくってさぁ! ミッチーだったら能力的に間違いないし、
思わず、といったような反応。
それを見た友人は、さっと席を立つ。
「──よし、帰る」
そして、そのまま
「待って! 待ってミッチー!」
「待たん」
個室をあとにする友人の足に、
「待って待って! 今のは俺が悪かった! だから待って! 待ってくれ!」
「帰ると言った」
足に
そんな状態で店の奥から出てきたものだから、カウンターやテーブル席にいた客たちからは『
だが、帰ろうとする友人はともかく、引きずられている
この友人は面倒見が良く、責任感もある。
ついでに言うなら
一度でも関われば、なんだかんだ言いながら付き合ってくれるだろうし、余程のことがなければ見捨てられはしないという信頼があった。
だからこそ、ここで逃すわけにはいかない。
「舞台に上がるのは10代の
「む……」
その訴えが届いたのか、友人の歩みが少しだけ
それを
「あの子らが安心して舞台に上がってファンとの交流もこなせるように、信頼できる
「ぬ……」
もう一息だ、とばかりに
「だからさぁ、頼むよ! ミッチーだけが頼りなんだって! ──この通りだ……!」
歩みを止めた友人の前に回り込み、
その様子が面白かったのだろう。
一部始終を見ていた客の数名が、二人のやり取りを写真や動画に撮っている。
だが、
この友人を、なんとしてでも味方につけること。
それが、
ややあって、頭上からため息が降ってくる。
帰ろうとしていた友人が、根負けしたのだ。
「……その初ライブとやらは……
「ミッチー!」
呆れを
そして、再びのため息。
「運が良かったな……その日……議員のスケジュールに予定はない……何事も起きなければ……私的に観に行くくらいのことは……出来るだろう……」
「ありがてぇ……! 助かるぜ、ミッチー!」
友人からは見えないその顔には、とてもいい笑顔*7が浮かんでいた。
「ひとつ貸しだ……覚えておけ……」
そんな笑顔を浮かべているとは知らない友人は、ため息を
その後ろを、
「わかってる、わかってる! ──あ、どうせ来るなら物販も買ってってくれよ!
(商魂たくましいとは……こういうことを言うのだろうか……?)
友人は早くも後悔し始めているが、一度
こうして、斎藤
【平成?令和?コソコソ噂話】
斎藤
芸能事務所『苺プロダクション』の社長。
詳しくは原作を読もう。
原作で実年齢が不明なので、本作ではたぶん若返っている。
ミッチーこと
学生時代、とある漫画*8の影響で
将来、とある事件*9が原因で、今回の土下座動画や写真がSNS上でバズることになる──が、まだ先の話。
ついでに『芸能界きってのチョコラテ社長』と呼ばれるようになるが、まだ知る
仕事しながら書いてるから、前みたいな早さでは書けないので悪しからずー。