“苺”と“月”と“一番星”   作:【豆腐の角】

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“月”と“苺”と“初ライブ”

 

 友人である壱護(いちご)との食事会から数日。

 

 ほぼ泣き落とし同然にさせられた約束を果たすべく、巌勝(みちかつ)は教えられていた場所に足を運んでいた。

 

(ここがライブの会場か……)

 

 視線の先には、白い箱型の外観をしたライブハウスがある。

 

 ライブが始まるまで、まだまだ時間があるからだろう。

 

 会場の入口付近に人の姿は(まば)らにしかない。

 

 あったとしても施設の職員か、ライブに参加する出演者と関係者くらいなものか。

 

 待ち合わせ場所に到着したことを友人に伝えるべく、ポケットに入れた携帯端末(スマートフォン)へと手を伸ばす。

 

 だが、連絡を入れる前に、見知った顔が建物内から出てきたのを見て動きを止めた。

 

「お! ミッチー! こっちだ、こっち!」

 

 向こうも巌勝(みちかつ)が来ていることに気づいたようで、その存在を主張するように大きく手を振る。

 

 約束通りに来てくれたのが、よほど嬉しかったのだろう。

 

 まるで大型犬が尻尾を振っているかのようだ。

 

「いやぁ、待ってたぜ。来てくれてありがとうな、ミッチー」

 

「そう言う……話だったからな……」

 

「とりあえず、こっちに来てくれ。みんなに紹介するわ。──あ、それと、これがスタッフ用の腕章と名札(タグ)な」

 

 そう言われて渡された腕章には、大きく『警備』の文字が刻印されていた。

 

 本人確認のための名札(タグ)には『苺プロダクション・スタッフ』の文字と──いつの間に撮ったのだろうか──顔写真まで貼ってあるから驚きである。

 

 この時点でようやく気づいたが、この友人は巌勝(みちかつ)護衛(ボディーガード)だけでなく、会場内の警備をしてもらう気満々だったようだ。

 

 巌勝(みちかつ)(あき)れた。

 

 先日、確かに「プライベートで観に行くことは出来るだろう」とは言ったが、要求されていた護衛(ボディーガード)の件はともかく、会場警備の仕事を手伝うとは一言も言っていない。

 

 彼自身も、今日はライブ後にある交流会で睨みを効かせていればいい、くらいの考えで来ていたのだ。

 

 しかし、友人は腕章に名札(タグ)まで用意していた。

 

 つまり、主催者側や会場の警備を依頼された警備会社にも話が通っている可能性がある。

 

 いや、ここまで用意されているのなら、話を通していないほうがおかしい。

 

 おそらくは、先日の食事会が終わった時点で話を進めていたのだろう。

 

 もしかしたら、もっと前から計画していたのかも知れないが、流石にそこまではわからない。

 

 ともかく、巌勝(みちかつ)(あき)れてしまうのも無理はなかった。

 

「あ、それとミッチー」

 

「なんだ……」

 

「ちょっとだけ、話を合わせてくれよな」

 

 (あき)れ顔を浮かべる巌勝(みちかつ)に対し、友人は(わる)びれた様子もなく、そんなことを言った。

 

 

 ★☆★☆★☆

 

 

「──というわけで、護衛(ボディーガード)のミッチーだ!」

 

『よろしくお願いしまぁす!』

 

 友人の簡素に過ぎる紹介に、四人の女子中学生が頭を下げて挨拶をする。

 

 どうやら、この子供たちが壱護(いちご)が集めたアイドルグループ──『B小町(こまち)』のメンバーらしい。

 

「えっと、ミッチーさん……で、いいんですか?」

 

 ()()ず、と言った様子で一人の子供が話しかけてきた。

 

 流石に渾名(ミッチー)呼びは勘弁してもらいたい。

 

 そう思って訂正を求めようとしたのだが──、

 

「私のことは(こく)し──」

 

「ミッチーだ!」

 

「いや……私の名は──」

 

「ミッチーだ!」

 

「…………壱護(いちご)

 

 二度も名乗りを(さえぎ)られた巌勝(みちかつ)は、友人にジト目を向ける。

 

 そんな視線に対して、壱護(いちご)は呆れたように言った。

 

「んな目で見るなよ。──いや、ほら、身内には親しんでもらわねぇと悪いだろうが。……そもそも、黒死牟(あの名前)は本名でもなんでもない、所謂(いわゆる)芸名みたいなもんだろ? しかも、相手側を威圧するような感じの」

 

「それは……そうだが……」

 

「じゃあ、身内への紹介はミッチーのほうがいいだろ。間違いなく親しみやすいし」

 

「……むぅ」

 

 壱護(いちご)の言う通り、10代の、それも守護するべき対象を威圧する必要はない。

 

 巌勝(みちかつ)不承不承(ふしょうぶしょう)ながら(うなず)いた。

 

 その様子を見ていた友人が内心で『チョロい』とか思っていたりするが、そんなことは知る(よし)もない。

 

「ねぇねぇ、ミッチーさん。腕とか触っていいですか?」

 

 二人のやり取りを見て緊張が(ほぐ)れたのか、子供の一人がそんなことを言い出した。

 

 巌勝(みちかつ)ほどに引き締まった身体(からど)をした人間に出会ったことがないからだろうか。

 

 興味津々といった様子である。

 

「それは……」

 

「わっ! スゴい筋肉!」

 

「お〜、カッチカチだ〜!」

 

「手も大きいね~。ほら、私の手がすっぽり!」

 

(……なんだ……この状況は……?)

 

 触ってもいい。

 

 そう許可を出す前からベタベタと触り始める女子中学生たち。

 

 彼女たちの渾 名(ミッチー呼び)への順応と行動力の高さに、内心で「若者の距離の詰め方……こわっ……」なんて若干引きつつも好きにさせていると、保護者たちと友人の会話が聞こえてきた。

 

「まさか本当に護衛(ボディーガード)を……しかも、あの産屋敷(うぶやしき)グループに勤めていた方を付けていただけるなんて……」

 

()()()()()()聞いていましたが、本当だったとは……これなら、安心して娘を預けられます!」

 

 保護者たちは、何やら感激した様子で話し込んでいる。

 

 対する友人は「うちは真っ白(ホワイト)な事務所ですから」などと言って、謙遜しながら高笑いをしていた。

 

 そのやり取りに、巌勝(みちかつ)は引っかかるものを覚える。

 

 巌勝(みちかつ)がライブの話を聞かされたのは、先日あった食事会の時が初めてだ。

 

 その話が決まってからでも、腕章と名札(タグ)は用意できるだろう。

 

 だが、保護者たちは事務所と契約する時に護衛(ボディーガード)を雇うことを聞いていたらしい。

 

 どういうことかと(いぶか)しんでいた巌勝(みちかつ)の脳裏に、とある考えが(ひらめ)いた。 

 

(もしや……護衛(ボディーガード)を雇うことを前提に、保護者からの了承を得ていたのではあるまいな……?)

 

 ジト目*1を向ければ、それに気づいた友人は左手を後頭部にやり、右手は親指を立てて、片目を(つむ)り、そのうえ舌まで出してきた。*2

 

 どうやら、彼の推測は当たっているらしい。

 

 しかも、だ。

 

 この場にいる護衛(ボディーガード)役は巌勝(みちかつ)一人だけである。

 

 他にも雇っているものだと思っていたのだが、そうではないらしい。

 

 もしも、巌勝(みちかつ)が仕事の都合で来れなくなった場合、壱護(いちご)はどうするつもりだったのだろうか? 

 

 妙なところで綱渡りをしている友人に、忠告のひとつでも言ってやろう。

 

 そう思っていたのだが、それを(くち)にする前に保護者たちが頭を下げにやってきた。

 

「改めて、娘をよろしくお願いします」

 

「あなた(がた)になら、安心して預けられます!」

 

「は……」

 

 巌勝(みちかつ)は思わず頭を下げ返していた。

 

 壱護(いちご)に話しかける機会(タイミング)を外されたお陰か、「保護者や子供たちのいる場所でやるような話でもないか」と思い直す。

 

 それから間もなくして、保護者は会場へと、子供たちはライブの準備のために舞台裏へと向かっていった。

 

 ようやく二人きりになったところで、巌勝(みちかつ)は友人に(あき)れ顔を向ける。

 

壱護(いちご)……」

 

「いやぁ、悪い悪い。話を合わせてくれて、ありがとな!」

 

 本っ当(ほんっとう)に悪びれる様子もなく、友人はハハッと笑った。

 

 リスク管理の意識やら危機感の無さそうな姿に、一度、きっちりと話をしておくべきだろうか? と頭に(よぎ)る。

 

 だが、まだライブが始まる前である。

 

 ここで変に気落ちさせたり、不和を生むようなことは避けるべきだ。

 

 話をするならライブが無事に終わってからにするべきだろう。

 

 なお、そういった理性的な部分がこの友人を付け上がらせているのだが、その事実に巌勝(みちかつ)は気づいていない。

 

「それと、もう一つだけお願いがあってよ」

 

「今度は何だ……」

 

 (なか)()()になりつつある巌勝(みちかつ)は、苛立(いらだ)ちを(おさ)えながら用件を聞く。

 

「いや、今日のライブは『対バン』*3だからな。うちのグループだけじゃなくて、ほかの出演者たちの時も(にら)みを効かせて欲しいんだよ」

 

「それは……構わんが……」

 

 頼まれた内容に、巌勝(みちかつ)は平常心を取り戻した。

 

 いいように使われているが、今日のライブに来た理由は護衛(ボディーガード)と──不本意ながら──警備のためだからである。

 

 主催者側が雇っているはずの警備会社と連携・協力してことに当たる必要もあるだろう。

 

 ついでに言えば、巌勝(みちかつ)はアイドルのライブなど一度も足を運んだことがない。

 

 つまり、今日の警備は経験したことのない未知の世界なのである。

 

 本番とも言える『B小町(こまち)』の出番が来るまでの予行演習だと思えば、やらない理由はなかった。

 

「サンキュー、ミッチー! ──じゃあ、頼んだぜ?」

 

 そう言って、壱護(いちご)はその場を後にする。

 

 場に残された巌勝(みちかつ)はため息を()くと、警備会社の人間と話し合いをするべく事務所へと足を向けた。

 

 

 

 ちなみに、地下アイドルのライブで行われる警備の質は、かつて所属していた産屋敷(うぶやしき)グループで経験したものとは()()()()()()()()()*4であったことを記しておく。

 

 

 ★☆★☆★☆

 

 

 会場に熱気が満ち、興奮した観客たちの歓声が響き渡る。

 

 人気のあるアイドルグループがステージ上で歌と踊り(ライブパフォーマンス)を繰り広げれば、観客たちも掛け声やヲタ芸を打って盛り上がっていた。

 

 そんななか、最前列に近い位置で倒れてしまった観客がいる。

 

 ライブの熱気と観客同士の圧力で、酸欠になってしまったのだ。

 

 周りの観客はライブに夢中で気づいた様子はなく、このままでは踏みつけられることもあるだろう。

 

(これはマズい……!)

 

 苦しさから(うずくま)っていた観客は、()うようにして退避しようとした。

 

 だが、体調の悪さと人の壁が厚すぎて思うようには進めない。

 

 そんな時である。

 

「ご無事ですか……?」

 

 落ち着いた低い声が耳に届いた。

 

 床に向けていた視線を上げると、そこにいたのは見知らぬ男性。

 

 いつの間にやってきたのだろうか。

 

 黒服にサングラスという()()ちで『警備』の腕章をした男性──警備員が、周りの観客を押し退けて空間(スペース)を確保しながら手を差し伸べている。

 

 ふらつきながら手を取ると、肩を抱かれるような形で支えられ、壁際まで安全に退避することが出来た。

 

「あ、ありがとうございます……」

 

「仕事ですので……」

 

 ホッとした様子で息を整える観客からの礼に、警備員はゆるゆると首を振る。

 

「気をつけて……ライブを楽しんでください……」

 

 そう言い残し、警備員は(かすみ)のように*5去っていった。

 

 

 ★☆★☆★☆

 

 

 また、ある場所では観客同士の喧嘩(けんか)が勃発しようとしていた。

 

 きっかけは些細(ささい)なことだ。

 

 肩がぶつかっただの、押されただの、ステージを見るための位置取りがどうだのと、互いに頭に血が上り、一触即発の事態である。

 

 だが、両者の振り上げた拳が落ちることはなかった。

 

 がしり、と両者の肩に手が置かれる。

 

 揉め事を起こしかけていた二人は、喧嘩腰(けんかごし)の勢いのまま肩を掴んだ相手を(にら)みつけた。

 

 普通の警備員だったならば、このまま()(どもえ)の騒動に発展していただろう。

 

 血を見るような殴り合いにまで発展したかも知れない。

 

 だが、今回は違った。

 

 喧嘩(けんか)を売った相手が悪かったのだ。

 

「お前たちは少々……度が過ぎる……」

 

 振り返った先にいたのは普通の警備員ではない。

 

 そこにいたのは()だ。

 

 鬼がいた。

 

 話しかけられただけなのだが、空気が重く感じられ、呼吸をしようにも息が詰まる。

 

 相手から感じる威圧感が尋常(じんじょう)ではなかった。

 

 あまりのことに、血の気が引く。

 

 その様子を見て取ったのか、鬼──のように見えていた警備員から感じる威圧感は緩まった。

 

「周りの観客にも……迷惑だが……お前たちの姿は……舞台(ステージ)からもよく見える……」

 

 そう言われ、騒動を起こしかけていた観客二人はハッとする。

 

 自分たちの醜態を()()が見ていると言われ、恥ずかしくなり、周りを見る目が戻ったのだ。

 

「私の……言いたいことは……わかったか……」

 

「……すみませんでした」

 

 聞き分けの良くなった観客が素直に謝ると、警備員はふっと(くち)もとを(ゆる)める。

 

「せっかく……見に来たのだ……最後まで……楽しんでいくといい……」

 

 そう言って、鬼のような警備員は去っていった。

 

 

 ★☆★☆★☆

 

 

 またまた、ある時には不埒(ふらち)(やから)が現れていた。

 

 写真(チェキ)の撮影会で偶然を装い、女性アイドルに対して体を密着させようとした男がいたのだ。

 

 しかも、この男は常習犯である。

 

 出演者たちのなかでも噂になる程度には有名な男でもあった。

 

 普通なら通報や出禁にされていてもおかしくない人物ではある。

 

 だが、どのアイドルグループにも分け隔てなく接するうえに金払いが良く、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という規則性もあって(なか)ば見逃される形になっていたのだ。

 

 女性アイドルの肩を抱くような形で、さらには()()()()()()()()に伸びようとしていた手が、突如として(ひね)り上げられる。

 

 男は痛みを訴えるが、腕を掴んだ護衛(ボディーガード)は動じることなく冷たい視線を向けるだけだ。

 

「金を払い……()()()()()を支えようとする……その心意気は見事なものだ……だが……お前のそれは……守るべき一線を超えている……」

 

 護衛(ボディーガード)の手を外そうとして、男は藻掻(もが)く。

 

 だが、万力(まんりき)のような(ちから)で握られた手は外れない。

 

 むしろ、さらなる(ちから)で締め上げられた。

 

 痛みに耐えかねた男は軽い悲鳴を上げる。

 

 それと同時に、女性アイドルから引きはがされた。

 

 男が抗議しようと護衛(ボディーガード)(にら)みつけようとしたが、すぐに後悔することになる。

 

「もし……お前の(おこな)いが原因(もと)で……彼女らがアイドルを辞めるようなことがあれば──」

 

 その時、腕を掴まれていた男は見た。

 

「──お前の首と胴は泣き別れだ」

 

 この世にいるはずのない、六つ目の鬼の姿を確かに見たのだ。

 

 

 ★☆★☆★☆

 

 

「いやぁ、お疲れさま! みんな輝いていたぞ!」

 

 今日のライブは成功だな、と壱護(いちご)は上機嫌に笑う。

 

 何事でもそうだが、初めての経験は今後を左右するほど重要だ。

 

 彼女たちのようなアイドルの場合、ライブやファンとの交流に苦手意識を持ってしまうと活動自体が危うくなる。

 

 そのため、なんとしてでも『良い感想』を持ってもらわなくてはならなかった。

 

 友人に無理矢理にでも協力を要請したのにも、そういった側面が存在していたのだ。

 

 その結果はご覧の通り、大成功。

 

 観覧に来ていた保護者たちも、興奮した様子で子供たちを褒めている。

 

 ある程度の人気を獲得しているグループが集まっていた対バンライブ(ゆえ)に観客の人数自体は多く、ライブ中はそれなりの賑わい*6を見せていた。

 

 物販と写真(チェキ)は奮わなかった*7が、それは仕方がない。

 

 少ないながらも交流を持ってくれた観客のなかに、変な人物や危なそうな人間がいなかったことで、彼女たちがファンとの交流に苦手意識を持たなかったことを喜ぶべきだ。

 

 今回のライブで壱護(いちご)が狙っていたのは、あくまでもメンバー四人が今後もアイドルとしてやっていく自信を持ってくれることである。

 

 アイドルとしての知名度やファンの獲得は、今回に限っては()()()でしかない。

 

「今日のライブは運営に許可をもらったうえで撮影してありますので、あとで焼き増しして各家庭にお配りしますね」

 

 壱護(いちご)の妻であるミヤコの言葉に、保護者たちからは感謝の声が上がる。

 

 子供たちは喜んだり恥ずかしがったりと反応は様々だが、そこには確かに『幸せな空間』が存在していた。

 

 

 ★☆★☆★☆

 

 

 そんな和気藹々(あいあい)とした光景を、少し離れた場所から見守る者がいた。

 

 今日、護衛(ボディーガード)として来ていた巌勝(みちかつ)だ。

 

 友人にいいように使われた時間ではあった。

 

 初めての現場。

 

 見知らぬ環境。

 

 事前知識無しで予測のつかない、出演者と観客たちの流れ。

 

 初めて尽くしで苦労はしたが、その結果がこの光景ならば悪くはない。

 

 そんなことを考えながら、飲料水に(くち)をつける。

 

「……む?」

 

 ホッと息を()いていると、その視界の(はし)に一人の子供が(うつ)り込んだ。

 

 確か、『B小町(こまち)』のセンターを務めていた少女だったろうか。

 

 少女は仲間たちと保護者の輪に加わらず、少し離れた位置で俯向(うつむ)きながら携帯端末(スマートフォン)(いじ)っている。

 

 SNSの更新でもしているのだろうか? 

 

 そう思ったのだが、少女の視線がチラチラと()()()()()()()に向けられていたのを見て、考えを改める。

 

 その行動を見るに、親に()められている仲間たちが(うらや)ましいのかも知れない。

 

 ちなみに、少女の近くに保護者らしき大人の姿は見えなかった。

 

 少女の両親は、仕事か何かで来れなかったのだろうか? 

 

「ふむ……」

 

 巌勝(みちかつ)は思案した。

 

 こういった時に率先して動くべきなのは社長である友人なのだろうが、保護者たちとの話が続いているために今は無理だろう。

 

 友人の妻もそこに加わってしまっているため、少女を褒めてくれる存在は現状ではいないようだ。

 

(これは……私が動くべきだろうか……?)

 

 せっかく初のライブが成功したのだから、最後まで良い気分で家に帰り着き、明日への活力としてもらいたい。

 

 そう思うのが人情だろう。

 

 巌勝(みちかつ)はゆっくりと近づくと、少女に声をかけた。

 

「ご家族は……来れなかったのか……?」

 

「えっと……ミッチーさん*8、だったっけ……?」

 

 突然話しかけられたことに驚いたのだろう。

 

 少女はハッとした様子で振り向くと、愛嬌のある笑顔を浮かべた。

 

 まるでスイッチが切り替わったかのような表情の変化に、巌勝(みちかつ)瞠目(どうもく)する。

 

「いやぁ、私は施設育ちで親はいないんだよねぇ。今は()()社長が身元引受け人? になってくれててさぁ」

 

 そう言って、少女は笑った。

 

 社長の名前を間違っているが、それは些細(ささい)な問題だろう。

 

「それは……すまない……いらぬことを聞いた……」

 

 想像していなかった重たい事実*9*10が出てきたことに驚きつつも、巌勝(みちかつ)は直ぐに謝罪する。

 

「大丈夫! 別に気にしてないし!」

 

 そう言って、少女はコロコロと笑う。

 

 一応(いちおう)の許しを得た巌勝(みちかつ)だが、その内心は複雑だ。

 

 話しかける直前まで浮かべていた表情と、今、少女が浮かべている表情。

 

 そのあまりの落差から推測できる、施設育ちだという少女の境遇と心理状況。

 

 周囲に溶け込めるように気を配り、状況に応じて言葉を選び、なんでもないように振る舞っている。

 

 それが、少女を見て得た感想(もの)だった。

 

 何にせよ、ほぼ初対面の人間が気軽に踏み込んでいい話題ではないだろう。

 

 初手をしくじってしまい、会話が途切れ、両者の間に沈黙が降りる。

 

 どうしたものかと考えながら、友人の様子を(うかが)い見れば、いまだに保護者と話をしているようで、少女に構っている暇はなさそうだ。

 

 先程までは保護者との会話に参加していた友人の妻も、今は撤収作業に取りかかっている。

 

 少女に再び視線を向ければ、ぼんやりとした様子で携帯端末(スマートフォン)の画面を見つめていた。

 

(これは……不味いか……?)

 

 巌勝(みちかつ)の素直な感想である。

 

 良い気分で帰ってもらいたかっただけなのだが、逆に悪化したのではないだろうか? 

 

 そう考えると、巌勝(みちかつ)の背筋に嫌な汗が流れた。

 

 本来ならば身元引受け人になった友人の仕事なのだが、この場は仕方がない──と、そう思って行動し、悪化させたのでは申し訳がなさすぎる。

 

 どうにかして、この失態を挽回しなくてはならない。

 

 少しだけ悩んだ巌勝(みちかつ)は、ちょっとした道化(どうけ)を演じることにした。

 

 普段ならば絶対にやらないが、背に腹は代えられない。

 

 巌勝(みちかつ)は覚悟を決めた。

 

素人(しろうと)目線ではあるが……今日のライブは……とても良かったと思う……」

 

「あれ? 見てたんだ?」

 

 ポツリとした呟きに、少女はゆっくりと顔を上げた。

 

「警備を……(おろそ)かにせぬ程度にはだが……」

 

「ふぅん……」

 

 気のない返事だが、それも仕方のない話だろう。

 

 少女からすれば、社長の知り合いとはいえ、今日、初めて出会った見知らぬ他人なのだ。

 

 対応に困るのも無理はないと、そう思っていたのだが──、

 

「ねぇねぇ、ミッチー*11から見て私はどうだった? 可愛く踊れてたかなぁ?」

 

 意外にも、少女のほうから会話を繋げてきた。

 

 思わぬ反応(リアクション)に少々驚いた巌勝(みちかつ)だったが、これ幸いと流れに乗る。

 

舞台(ステージ)で……最も輝いていた……私はそう思っている……」

 

「そう、かな……?」

 

「うむ……壱護(いちご)が自信をもって推すのも……(うなず)ける内容だった……」

 

「──そっかぁ……!」

 

 少しだけ、少女の顔が(ほころ)んだ。

 

 ここだ、とばかりに巌勝(みちかつ)は用意していた手札を切った。

 

「つい……物販も買ってしまった……」

 

 そう言って取り出したのは、少女の顔写真と名前の書かれた団扇(うちわ)と装飾された赤いペンライトだ。

 

 よく見れば、足元には手さげの紙袋が置いてある。

 

 物販があった際に、すべての商品を一通り買っておいたのだ。*12

 

 さらに、巌勝(みちかつ)は持っていたペンライトを点灯させて振り回し始める。

 

 ライブ中に見かけた()()()なるものを打っているのだ。*13

 

 黒いスーツにサングラスという出立(いでだ)ちをした男が、澄ました顔をしてヲタ芸を打つ。

 

 ペンライトを一振りするたびに、たくさんの三日月がクルクルと回っているようにも見えて幻想的に見える*14が、やっているのはヲタ芸である。

 

 それは、見過ごすには(いささ)か強すぎる光景だ。

 

 その様子が面白かったのか、少女は「ぶふっ!」と吹き出すと、(くち)もとを抑えて(うつむ)き、ぷるぷると震えた。*15

 

 ギャップにやられた少女が笑いを(こら)えているのを見て、巌勝(みちかつ)は安心する。

 

 少なくとも、気分を上向かせることは出来たようだ。

 

 そこに壱護(いちご)がやってきた。

 

 保護者たちとの話は一段落したらしい。

 

「なんだよ、楽しそうじゃねぇか? ──つか、ミッチー。お前、ヲタ芸打てたんだな」

 

「いや……今日のライブ中に覚えた……」

 

 それを聞いた友人は「マジか」と笑う。

 

 ひとしきり笑ったあと、友人は「今日はもう解散だ」と言い、巌勝(みちかつ)と少女を(ねぎら)った。

 

「なあ、ミッチー。悪いんだけど、アイを送ってやってくれねぇか?」

 

「なに……?」

 

 アイ、とはこの少女のことだろう。

 

 どういうことかと話を促せば、友人は「いや、本当(ほんっとう)にすまん」と言って軽く頭を下げる。

 

「アイ以外のメンバーは保護者同伴だから、そのまま直帰。──んで、俺はちっと主催者側と話すことがあってな。まだ帰れねぇ。──ミヤコはスタッフと一緒に事務所に戻って機材やら売れ残ったグッズやらの片付けだ。それに付き合わせるのも悪いしな。……それに、アイは初めてのライブで疲れてるはずだ。だから、アイだけでも先に返そうと思ってよ」

 

「まあ……そういうことならば……」

 

 構わない、と言いかけて、ふと思った。

 

 少女本人に了承を得ていないが、大丈夫なのだろうか? 

 

 巌勝(みちかつ)は、(かたわ)らに(たたず)む少女を(うかが)い見る。

 

 すると、アイと呼ばれた少女もこちらを見上げていた。

 

「そういう話になったが……大丈夫か……?」

 

「なにが?」

 

 キョトンとした様子で少女は聞き返してくる。

 

 巌勝(みちかつ)は思った。

 

 この少女の危機管理能力は大丈夫*16なのだろうか? 

 

 そんなことを考えながら、巌勝(みちかつ)は「いや……なんでもない……」と返事をして上着のポケットを(あさ)る。

 

 そうしていると、指先に触れるものがあった。

 

 車の鍵ではない。

 

 携帯端末(スマートフォン)に二本のアンテナを付けたような()()である。

 

「なにそれ?」

 

 少女が巌勝(みちかつ)の手元をのぞき込んできた。

 

 ほぼ密着するような距離の近さに「若者の距離感……」と思いはしたが、今更(いまさら)でもあるので気にしないことにする。

 

 持っていた物の説明しようとして、巌勝(みちかつ)()()()()を思い出した。

 

「……壱護(いちご)

 

「おん?」

 

「そういえば……今日一日*17……振り回された礼を……していなかったな……」

 

「え゛」

 

 嫌な予感がしたのだろう。

 

 壱護(いちご)は一歩だけ後退(あとずさ)りした。

 

 だが、巌勝(みちかつ)に逃がすつもりはない。

 

 無言で持っていた物の電源を入れる。

 

 壱護(いちご)(きびす)を返して逃げようとしたが、その足はすぐに止まることになった。

 

 どこから出てきたのか、無機質な(アーム)壱護(いちご)の襟首を掴んでいたのだ。

 

 (アーム)根元(ねもと)辿(たど)ってみれば、そこには大きめの旅行(かばん)2個分くらいの大きさをした箱型の機械が置かれている。

 

 いったいどこから出てきたのやら。

 

「な、ななな、なんじゃこりゃあ!?」

 

鬼舞辻(きぶつじ)事務所の()物……『おしおきガジェット』だ……存分に……堪能(たんのう)しながら……今日のことを反省するといい……」

 

 そう言って、巌勝(みちかつ)は手に持っていた端末(リモコン)を操作した。

 

 すると、壱護(いちご)の襟首を掴んでいる(アーム)の先端が緩やかに回転を始める。

 

 壱護(いちご)は猛烈に嫌な予感がした。

 

「おい、ちょっと待てよ、これってそういう……ああああああ!!!?」

 

 機械の(アーム)に振り回され、壱護(いちご)はプロペラのように大回転を始める。

 

 それを後目(しりめ)に、巌勝(みちかつ)は「さて……帰るか……」と少女に(うなが)した。

 

「このまま放っといて帰るの……!?」

 

 嘘でしょう!? と少女はぎょっとした様子で視線を向けてくるが、巌勝(みちかつ)は「三分ほどで勝手に止まる……」と言って取り合わない。

 

「あああはぁああ!? お許しくださいお許しくださいお許しくださいミッチー様ァァァあぁぁ!!」

 

「まだ……余裕があるようだな……」

 

 巌勝(みちかつ)端末(リモコン)を操作して回転速度を上げる。

 

「いやまてどこをみてよゆうとかおまえあああああああああ!!!?」

 

 星の輝く夜空に壱護(いちご)の悲鳴が木霊(こだま)した。

 

 近くにいた人々は「なんだアレ」と見ながら通り過ぎ、たまに携帯端末(スマートフォン)を掲げて写真や動画を撮影している者もいる。

 

 結局、巌勝(みちかつ)と少女は機械が止まるまでは待つことになり、壱護(いちご)への仕置きはこれにて終了となるのであった。

 

 

 

 

【平成? 令和? コソコソ噂話】

 

 黒死牟(こくしぼう)(本名 継国(つぎくに)巌勝(みちかつ)

 

 お労しい兄上(キメツ学園版)

 

 詳しくは原作を読もう。

 

 斎藤壱護(いちご)とは小学校からの腐れ縁。

 

 ミッチー呼びは昔からで、現在も壱護(いちご)には振り回されてばかりいる。

 

 元々は産屋敷(うぶやしき)グループに勤めていたが、()()()()()が起こった際に辞職した。

 

 その後、鬼舞辻(きぶつじ)無惨(むざん)からの勧誘を受けて秘書官*18となり、現在に至る。

 

 のちに起こる事件から周囲に認知され、『B小町』のファンからも『ミッチー』と呼ばれるようになるのだが、まだ知る(よし)もない。

*1
サングラスをしているため、傍目(はため)にはわからない。

*2
いわゆるテヘペロ顔。なお、需要……。

*3
ひとつのライブに複数のアイドルグループが出演すること。

*4
良いのか悪いのかって? そりゃあ、ねぇ? 

*5
(かすみ)の呼吸……? 

*6
もちろん、ほかの人気グループとは比べるまでもない人数ではあったが、新規グループを応援してくれる層が見てくれていた。

*7
どこかの誰かが厳しく規制した影響もある。

*8
珍しく間違えてないが単なる偶然。

*9
巌勝(みちかつ)「子供を引き取ったなど……壱護(いちご)からは聞かされていないが……?」

*10
壱護(いちご)(わり)ぃ、ミッチー。言うのを忘れてたわ!」

*11
巌勝(みちかつ)「すでに……敬称が外れている……これが……若者たちの距離感……」

*12
壱護(いちご)から「地下アイドルの収入の大半は物販と写真(チェキ)」だと聞かされ、実際にその流れを見て、初回(ゆえ)にあまり売れてなさそうだからと買っておいたのが真相。

*13
初見だったが見て覚えた。

*14
月の呼吸を使用している。

*15
少女A(何アレ何アレ何アレ何アレ!? なんか三日月がたくさん見えるんだけど?! ものっすごい綺麗だけど、どこから出てるの?? ペンライトを改造するにしても凄すぎない!? というかミッチーってば堅苦しそうに見えて意外とお茶目な──以下略)

*16
初対面の壱護(いちご)に「ス○バで抹茶ラテを(おご)るよ」と言われてついて行く程度には大丈夫。……大丈夫……? 

*17
実際には数時間程度。

*18
秘書官なのだが、周囲からは護衛(ボディーガード)の人だと思われている。

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