友人である
ほぼ泣き落とし同然にさせられた約束を果たすべく、
(ここがライブの会場か……)
視線の先には、白い箱型の外観をしたライブハウスがある。
ライブが始まるまで、まだまだ時間があるからだろう。
会場の入口付近に人の姿は
あったとしても施設の職員か、ライブに参加する出演者と関係者くらいなものか。
待ち合わせ場所に到着したことを友人に伝えるべく、ポケットに入れた
だが、連絡を入れる前に、見知った顔が建物内から出てきたのを見て動きを止めた。
「お! ミッチー! こっちだ、こっち!」
向こうも
約束通りに来てくれたのが、よほど嬉しかったのだろう。
まるで大型犬が尻尾を振っているかのようだ。
「いやぁ、待ってたぜ。来てくれてありがとうな、ミッチー」
「そう言う……話だったからな……」
「とりあえず、こっちに来てくれ。みんなに紹介するわ。──あ、それと、これがスタッフ用の腕章と
そう言われて渡された腕章には、大きく『警備』の文字が刻印されていた。
本人確認のための
この時点でようやく気づいたが、この友人は
先日、確かに「プライベートで観に行くことは出来るだろう」とは言ったが、要求されていた
彼自身も、今日はライブ後にある交流会で睨みを効かせていればいい、くらいの考えで来ていたのだ。
しかし、友人は腕章に
つまり、主催者側や会場の警備を依頼された警備会社にも話が通っている可能性がある。
いや、ここまで用意されているのなら、話を通していないほうがおかしい。
おそらくは、先日の食事会が終わった時点で話を進めていたのだろう。
もしかしたら、もっと前から計画していたのかも知れないが、流石にそこまではわからない。
ともかく、
「あ、それとミッチー」
「なんだ……」
「ちょっとだけ、話を合わせてくれよな」
★☆★☆★☆
「──というわけで、
『よろしくお願いしまぁす!』
友人の簡素に過ぎる紹介に、四人の女子中学生が頭を下げて挨拶をする。
どうやら、この子供たちが
「えっと、ミッチーさん……で、いいんですか?」
流石に
そう思って訂正を求めようとしたのだが──、
「私のことは
「ミッチーだ!」
「いや……私の名は──」
「ミッチーだ!」
「…………
二度も名乗りを
そんな視線に対して、
「んな目で見るなよ。──いや、ほら、身内には親しんでもらわねぇと悪いだろうが。……そもそも、
「それは……そうだが……」
「じゃあ、身内への紹介はミッチーのほうがいいだろ。間違いなく親しみやすいし」
「……むぅ」
その様子を見ていた友人が内心で『チョロい』とか思っていたりするが、そんなことは知る
「ねぇねぇ、ミッチーさん。腕とか触っていいですか?」
二人のやり取りを見て緊張が
興味津々といった様子である。
「それは……」
「わっ! スゴい筋肉!」
「お〜、カッチカチだ〜!」
「手も大きいね~。ほら、私の手がすっぽり!」
(……なんだ……この状況は……?)
触ってもいい。
そう許可を出す前からベタベタと触り始める女子中学生たち。
彼女たちの
「まさか本当に
「
保護者たちは、何やら感激した様子で話し込んでいる。
対する友人は「うちは
そのやり取りに、
その話が決まってからでも、腕章と
だが、保護者たちは事務所と契約する時に
どういうことかと
(もしや……
ジト目*1を向ければ、それに気づいた友人は左手を後頭部にやり、右手は親指を立てて、片目を
どうやら、彼の推測は当たっているらしい。
しかも、だ。
この場にいる
他にも雇っているものだと思っていたのだが、そうではないらしい。
もしも、
妙なところで綱渡りをしている友人に、忠告のひとつでも言ってやろう。
そう思っていたのだが、それを
「改めて、娘をよろしくお願いします」
「あなた
「は……」
それから間もなくして、保護者は会場へと、子供たちはライブの準備のために舞台裏へと向かっていった。
ようやく二人きりになったところで、
「
「いやぁ、悪い悪い。話を合わせてくれて、ありがとな!」
リスク管理の意識やら危機感の無さそうな姿に、一度、きっちりと話をしておくべきだろうか? と頭に
だが、まだライブが始まる前である。
ここで変に気落ちさせたり、不和を生むようなことは避けるべきだ。
話をするならライブが無事に終わってからにするべきだろう。
なお、そういった理性的な部分がこの友人を付け上がらせているのだが、その事実に
「それと、もう一つだけお願いがあってよ」
「今度は何だ……」
「いや、今日のライブは『対バン』*3だからな。うちのグループだけじゃなくて、ほかの出演者たちの時も
「それは……構わんが……」
頼まれた内容に、
いいように使われているが、今日のライブに来た理由は
主催者側が雇っているはずの警備会社と連携・協力してことに当たる必要もあるだろう。
ついでに言えば、
つまり、今日の警備は経験したことのない未知の世界なのである。
本番とも言える『B
「サンキュー、ミッチー! ──じゃあ、頼んだぜ?」
そう言って、
場に残された
ちなみに、地下アイドルのライブで行われる警備の質は、かつて所属していた
★☆★☆★☆
会場に熱気が満ち、興奮した観客たちの歓声が響き渡る。
人気のあるアイドルグループがステージ上で
そんななか、最前列に近い位置で倒れてしまった観客がいる。
ライブの熱気と観客同士の圧力で、酸欠になってしまったのだ。
周りの観客はライブに夢中で気づいた様子はなく、このままでは踏みつけられることもあるだろう。
(これはマズい……!)
苦しさから
だが、体調の悪さと人の壁が厚すぎて思うようには進めない。
そんな時である。
「ご無事ですか……?」
落ち着いた低い声が耳に届いた。
床に向けていた視線を上げると、そこにいたのは見知らぬ男性。
いつの間にやってきたのだろうか。
黒服にサングラスという
ふらつきながら手を取ると、肩を抱かれるような形で支えられ、壁際まで安全に退避することが出来た。
「あ、ありがとうございます……」
「仕事ですので……」
ホッとした様子で息を整える観客からの礼に、警備員はゆるゆると首を振る。
「気をつけて……ライブを楽しんでください……」
そう言い残し、警備員は
★☆★☆★☆
また、ある場所では観客同士の
きっかけは
肩がぶつかっただの、押されただの、ステージを見るための位置取りがどうだのと、互いに頭に血が上り、一触即発の事態である。
だが、両者の振り上げた拳が落ちることはなかった。
がしり、と両者の肩に手が置かれる。
揉め事を起こしかけていた二人は、
普通の警備員だったならば、このまま
血を見るような殴り合いにまで発展したかも知れない。
だが、今回は違った。
「お前たちは少々……度が過ぎる……」
振り返った先にいたのは普通の警備員ではない。
そこにいたのは
鬼がいた。
話しかけられただけなのだが、空気が重く感じられ、呼吸をしようにも息が詰まる。
相手から感じる威圧感が
あまりのことに、血の気が引く。
その様子を見て取ったのか、鬼──のように見えていた警備員から感じる威圧感は緩まった。
「周りの観客にも……迷惑だが……お前たちの姿は……
そう言われ、騒動を起こしかけていた観客二人はハッとする。
自分たちの醜態を
「私の……言いたいことは……わかったか……」
「……すみませんでした」
聞き分けの良くなった観客が素直に謝ると、警備員はふっと
「せっかく……見に来たのだ……最後まで……楽しんでいくといい……」
そう言って、鬼のような警備員は去っていった。
★☆★☆★☆
またまた、ある時には
しかも、この男は常習犯である。
出演者たちのなかでも噂になる程度には有名な男でもあった。
普通なら通報や出禁にされていてもおかしくない人物ではある。
だが、どのアイドルグループにも分け隔てなく接するうえに金払いが良く、
女性アイドルの肩を抱くような形で、さらには
男は痛みを訴えるが、腕を掴んだ
「金を払い……
だが、
むしろ、さらなる
痛みに耐えかねた男は軽い悲鳴を上げる。
それと同時に、女性アイドルから引きはがされた。
男が抗議しようと
「もし……お前の
その時、腕を掴まれていた男は見た。
「──お前の首と胴は泣き別れだ」
この世にいるはずのない、六つ目の鬼の姿を確かに見たのだ。
★☆★☆★☆
「いやぁ、お疲れさま! みんな輝いていたぞ!」
今日のライブは成功だな、と
何事でもそうだが、初めての経験は今後を左右するほど重要だ。
彼女たちのようなアイドルの場合、ライブやファンとの交流に苦手意識を持ってしまうと活動自体が危うくなる。
そのため、なんとしてでも『良い感想』を持ってもらわなくてはならなかった。
友人に無理矢理にでも協力を要請したのにも、そういった側面が存在していたのだ。
その結果はご覧の通り、大成功。
観覧に来ていた保護者たちも、興奮した様子で子供たちを褒めている。
ある程度の人気を獲得しているグループが集まっていた対バンライブ
物販と
少ないながらも交流を持ってくれた観客のなかに、変な人物や危なそうな人間がいなかったことで、彼女たちがファンとの交流に苦手意識を持たなかったことを喜ぶべきだ。
今回のライブで
アイドルとしての知名度やファンの獲得は、今回に限っては
「今日のライブは運営に許可をもらったうえで撮影してありますので、あとで焼き増しして各家庭にお配りしますね」
子供たちは喜んだり恥ずかしがったりと反応は様々だが、そこには確かに『幸せな空間』が存在していた。
★☆★☆★☆
そんな和気
今日、
友人にいいように使われた時間ではあった。
初めての現場。
見知らぬ環境。
事前知識無しで予測のつかない、出演者と観客たちの流れ。
初めて尽くしで苦労はしたが、その結果がこの光景ならば悪くはない。
そんなことを考えながら、飲料水に
「……む?」
ホッと息を
確か、『B
少女は仲間たちと保護者の輪に加わらず、少し離れた位置で
SNSの更新でもしているのだろうか?
そう思ったのだが、少女の視線がチラチラと
その行動を見るに、親に
ちなみに、少女の近くに保護者らしき大人の姿は見えなかった。
少女の両親は、仕事か何かで来れなかったのだろうか?
「ふむ……」
こういった時に率先して動くべきなのは社長である友人なのだろうが、保護者たちとの話が続いているために今は無理だろう。
友人の妻もそこに加わってしまっているため、少女を褒めてくれる存在は現状ではいないようだ。
(これは……私が動くべきだろうか……?)
せっかく初のライブが成功したのだから、最後まで良い気分で家に帰り着き、明日への活力としてもらいたい。
そう思うのが人情だろう。
「ご家族は……来れなかったのか……?」
「えっと……ミッチーさん*8、だったっけ……?」
突然話しかけられたことに驚いたのだろう。
少女はハッとした様子で振り向くと、愛嬌のある笑顔を浮かべた。
まるでスイッチが切り替わったかのような表情の変化に、
「いやぁ、私は施設育ちで親はいないんだよねぇ。今は
そう言って、少女は笑った。
社長の名前を間違っているが、それは
「それは……すまない……いらぬことを聞いた……」
想像していなかった重たい事実*9*10が出てきたことに驚きつつも、
「大丈夫! 別に気にしてないし!」
そう言って、少女はコロコロと笑う。
話しかける直前まで浮かべていた表情と、今、少女が浮かべている表情。
そのあまりの落差から推測できる、施設育ちだという少女の境遇と心理状況。
周囲に溶け込めるように気を配り、状況に応じて言葉を選び、なんでもないように振る舞っている。
それが、少女を見て得た
何にせよ、ほぼ初対面の人間が気軽に踏み込んでいい話題ではないだろう。
初手をしくじってしまい、会話が途切れ、両者の間に沈黙が降りる。
どうしたものかと考えながら、友人の様子を
先程までは保護者との会話に参加していた友人の妻も、今は撤収作業に取りかかっている。
少女に再び視線を向ければ、ぼんやりとした様子で
(これは……不味いか……?)
良い気分で帰ってもらいたかっただけなのだが、逆に悪化したのではないだろうか?
そう考えると、
本来ならば身元引受け人になった友人の仕事なのだが、この場は仕方がない──と、そう思って行動し、悪化させたのでは申し訳がなさすぎる。
どうにかして、この失態を挽回しなくてはならない。
少しだけ悩んだ
普段ならば絶対にやらないが、背に腹は代えられない。
「
「あれ? 見てたんだ?」
ポツリとした呟きに、少女はゆっくりと顔を上げた。
「警備を……
「ふぅん……」
気のない返事だが、それも仕方のない話だろう。
少女からすれば、社長の知り合いとはいえ、今日、初めて出会った見知らぬ他人なのだ。
対応に困るのも無理はないと、そう思っていたのだが──、
「ねぇねぇ、ミッチー*11から見て私はどうだった? 可愛く踊れてたかなぁ?」
意外にも、少女のほうから会話を繋げてきた。
思わぬ
「
「そう、かな……?」
「うむ……
「──そっかぁ……!」
少しだけ、少女の顔が
ここだ、とばかりに
「つい……物販も買ってしまった……」
そう言って取り出したのは、少女の顔写真と名前の書かれた
よく見れば、足元には手さげの紙袋が置いてある。
物販があった際に、すべての商品を一通り買っておいたのだ。*12
さらに、
ライブ中に見かけた
黒いスーツにサングラスという
ペンライトを一振りするたびに、たくさんの三日月がクルクルと回っているようにも見えて幻想的に見える*14が、やっているのはヲタ芸である。
それは、見過ごすには
その様子が面白かったのか、少女は「ぶふっ!」と吹き出すと、
ギャップにやられた少女が笑いを
少なくとも、気分を上向かせることは出来たようだ。
そこに
保護者たちとの話は一段落したらしい。
「なんだよ、楽しそうじゃねぇか? ──つか、ミッチー。お前、ヲタ芸打てたんだな」
「いや……今日のライブ中に覚えた……」
それを聞いた友人は「マジか」と笑う。
ひとしきり笑ったあと、友人は「今日はもう解散だ」と言い、
「なあ、ミッチー。悪いんだけど、アイを送ってやってくれねぇか?」
「なに……?」
アイ、とはこの少女のことだろう。
どういうことかと話を促せば、友人は「いや、
「アイ以外のメンバーは保護者同伴だから、そのまま直帰。──んで、俺はちっと主催者側と話すことがあってな。まだ帰れねぇ。──ミヤコはスタッフと一緒に事務所に戻って機材やら売れ残ったグッズやらの片付けだ。それに付き合わせるのも悪いしな。……それに、アイは初めてのライブで疲れてるはずだ。だから、アイだけでも先に返そうと思ってよ」
「まあ……そういうことならば……」
構わない、と言いかけて、ふと思った。
少女本人に了承を得ていないが、大丈夫なのだろうか?
すると、アイと呼ばれた少女もこちらを見上げていた。
「そういう話になったが……大丈夫か……?」
「なにが?」
キョトンとした様子で少女は聞き返してくる。
この少女の危機管理能力は大丈夫*16なのだろうか?
そんなことを考えながら、
そうしていると、指先に触れるものがあった。
車の鍵ではない。
「なにそれ?」
少女が
ほぼ密着するような距離の近さに「若者の距離感……」と思いはしたが、
持っていた物の説明しようとして、
「……
「おん?」
「そういえば……今日一日*17……振り回された礼を……していなかったな……」
「え゛」
嫌な予感がしたのだろう。
だが、
無言で持っていた物の電源を入れる。
どこから出てきたのか、無機質な
いったいどこから出てきたのやら。
「な、ななな、なんじゃこりゃあ!?」
「
そう言って、
すると、
「おい、ちょっと待てよ、これってそういう……ああああああ!!!?」
機械の
それを
「このまま放っといて帰るの……!?」
嘘でしょう!? と少女はぎょっとした様子で視線を向けてくるが、
「あああはぁああ!? お許しくださいお許しくださいお許しくださいミッチー様ァァァあぁぁ!!」
「まだ……余裕があるようだな……」
「いやまてどこをみてよゆうとかおまえあああああああああ!!!?」
星の輝く夜空に
近くにいた人々は「なんだアレ」と見ながら通り過ぎ、たまに
結局、
【平成? 令和? コソコソ噂話】
お労しい兄上(キメツ学園版)
詳しくは原作を読もう。
斎藤
ミッチー呼びは昔からで、現在も
元々は
その後、
のちに起こる事件から周囲に認知され、『B小町』のファンからも『ミッチー』と呼ばれるようになるのだが、まだ知る