“苺”と“月”と“一番星”   作:【豆腐の角】

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“苺”と“議員”と“売り込み騒動”

 

(こうべ)()れて(つくば)え。平伏(へいふく)せよ」

 

「ははぁぁぁ!」

 

 どこかの時代劇でありそうな光景。

 

 それが、とある悪徳政治家の事務所で起きていた。

 

 軽く波打つ髪に紅梅色(こうばいしょく)の瞳が特徴的な男が、高級感(あふ)れる革張りの椅子に座り、頬杖(ほおづえ)をつきながら偉そうに()()り返っている。

 

 彼こそが、自他ともに認める悪徳政治家──鬼舞辻(きぶつじ)無惨(むざん)、その人である。

 

 そんな態度の議員に対して平伏(へいふく)しているのは『苺プロダクション』の社長である斎藤壱護(いちご)だ。

 

 何がどうしてこうなっているのか? と問われれば、斎藤壱護(いちご)鬼舞辻(きぶつじ)議員に対して売り込みに来た、といえばわかるだろうか? 

 

 ちなみに、今回の訪問は事前に連絡をして予定を組んでもらっている。

 

 突拍子(とっぴょうし)もない電撃訪問などではない。

 

 では、なぜ平伏(へいふく)するような話になっているのか? と問われれば、それが鬼舞辻事務所(ここ)での()()()()()だからだ、としか言いようがなかった。

 

「本日は議員の貴重な時間を──」

 

「誰が、(しゃべ)って良いと言った?」

 

 不機嫌そうな議員の声に、ご機嫌取りをしようとしていた壱護(いちご)は慌てて(くち)を閉じる。

 

 業界でも有名な話として『(あたま)無惨(むざん)』という新しい単語? が生まれる程、鬼舞辻(きぶつじ)議員の性格には難があった。

 

 もちろん、壱護(いちご)もその話は知っている。

 

 議員の事務所に勤める友人からも話を聞いていたし、機嫌を損ねないようにと忠告されてもいた。

 

 だが、本当に挨拶(あいさつ)すらまともにさせてもらえないとは思わなかった。

 

 天上天下(てんじょうてんが)唯我独尊(ゆいがどくそん)()で行く難物(なんぶつ)

 

 それが鬼舞辻(きぶつじ)無惨(むざん)という議員である。

 

「──それで、貴様は何用で私を訪ねてきた? この私に貴重な時間を割かせたのだ。それなりに有用な話なのだろうな?」

 

 凄むように、そして見下すように。

 

 議員は壱護(いちご)に問いかける。

 

 その問いかけをもって、ようやく(くち)を開いても良くなったらしいことを理解した壱護(いちご)は、勢い込んで返答した。

 

「もちろんです! 鬼舞辻(きぶつじ)議員のお役に立てる話であると自負しております!」

 

「──ほぅ? 面白い。言ってみろ」

 

 壱護(いちご)平伏(へいふく)したまま自信満々に即答すると、少しだけ興味を引けたらしい。

 

 聞いてやる、と言わんばかりの尊大な態度だが、議員は耳を傾けた。

 

「はい! それでは説明させていただきます!」

 

 ここからだ、と壱護(いちご)は気合を入れる。

 

 平伏(へいふく)したまま、議員へ売り込みを始めた。

 

鬼舞辻(きぶつじ)議員はもちろん感じておられると思われますが、昨今(さっこん)、若者たちの政治離れは由々(ゆゆ)しき事態(もの)があると思います」

 

「ふむ……」

 

「現状、選挙権を持つ若者たちの票は浮いていると言っても過言ではない状態だと考えます。──もしも、それらが鬼舞辻(きぶつじ)議員の得票として繋がれば、長い期間、得票数が安定するのではないか? と、そう愚考いたしました」

 

「ほう……?」

 

「じつは(わたくし)、斎藤壱護(いちご)は小さいながらもアイドル事務所を経営しておりまして、今はまだ無名もいいところですが、将来を期待できる有望株が所属しております。──そこで、SNSや動画を利用し投票に行くよう呼びかけつつ、さらには鬼舞辻(きぶつじ)議員を推すよう、議員の所属する政党を推すように宣伝(マーケティング)を仕掛ける──というのが大凡(おおよそ)の計画です」

 

「──なるほど?」

 

「芸能人などの著名人が政治・経済に(くち)を出すのはどうなのか? という風潮も一部にはありますので、直接的な発言は()けるために密かな宣伝(ステルスマーケティング)になりますが……若者たちの興味を引く一助にはなるかと」

 

 そう言って、壱護(いちご)は話を締めくくる。

 

 あとは相手の出方(でかた)次第(しだい)だが、当の議員は(しぶ)い顔をしていた。

 

「……迂遠(うえん)に過ぎるな。しかも、貴様は先ほど無名の事務所だと言ったな? その現状から推測するに、宣伝の効果は極めて小規模なものに留まるだろう。──ならば、貴様の提案は考慮するに値しない。大手の芸能事務所を使えばいいだけの話だからな」

 

 相手からの反応は悪い。

 

 だが、想定内の反応だ。

 

「はい。……確かに、大手の事務所には有力な人材(タレント)が数多く所属し、情報拡散力は凄まじいものがあるでしょう。それだけの人材(タレント)を育ててきた信頼と実績の歴史もある。──ですが、その分だけ(しがらみ)も多い」

 

 ここで壱護(いちご)は手札を一枚切った。

 

「現存する大手の事務所は、大体()()()()か反社会的勢力と繋がっている*1のです」

 

産屋敷(うぶやしき)め……!」*2

 

 ギリィッと音がするほど、議員の奥歯が噛み締められる。

 

 鬼舞辻(きぶつじ)議員と産屋敷(うぶやしき)グループ*3の当主──産屋敷(うぶやしき)耀哉(かがや)(なか)が悪いことは、業界関係なく有名だ。

 

 詳しい話は省略するが、この議員に対して直接的な名前を出さずとも、四大財閥という(くく)りで話を出すだけでも()()()()である。

 

 実際の(なか)を察するに余りあるものがあった。

 

 壱護(いちご)は説明を続ける。

 

「その点、私の事務所は業界的には新参者で、各財閥や反社会的勢力とも縁がありません」*4

 

「貴様……この私に青田買いをしろ、というのか? それだけの価値が貴様の事務所にあると?」

 

 ギロリ、と強い視線が平伏(へいふく)する壱護(いちご)の後頭部に刺さる。

 

 議員の顔色が見えない状態であることが、この時だけは壱護(いちご)に味方した。

 

 見えていれば、壱護(いちご)は言葉を発することが出来る状態ではなくなっていただろう。

 

 議員の部下たちが真っ青な顔色をしているなか、壱護(いちご)はさらなる手札を切った。

 

「それを判断していただくために、先日、黒死牟殿(こくしぼうどの)*5にライブにお越しいただき、実際に視察していただきました」

 

「!!!?」

 

 まさかの話題振り(キラーパス)である。

 

 議員だけでなく、話を振られた秘書官本人すら驚いていた。*6*7 

 

黒死牟(こくしぼう)……?」

 

 (いぶか)しげな視線が(おのれ)の秘書官へと向けられる。

 

 その視線には「アイドルのライブ? お前が?」という困惑がありありと浮かんでいた。

 

「は……先日……無惨(むざん)さまがお休みの日に……」

 

「………………そうか。──で、貴様にはどう見えた?」

 

 困惑顔をそのままに、議員は秘書官へと問いかける。

 

 問いかけられた秘書官は、チラリと平伏(へいふく)する壱護(いちご)を見やったあとに*8*9(くち)を開いた。

 

「──人の目を引く才が傑出(けっしゅつ)している……そう見えました……今はまだ荒削りの原石……しかし……その状態でも他者を圧倒している……磨きをかければ……どこまで輝くようになるやら……」

 

「やがて名を()せる、と?」

 

「間違いなく……」

 

「ふむ……」

 

 思案する顔になった議員は、まぶたを閉じて思考の海に沈む。

 

 ややあって、再び壱護(いちご)に問いかけた。

 

「……斎藤とやら。貴様が『どのように役に立つのか』は聞かせてもらった。──ならば、次は『どの程度の猶予があれば役に立てるようになるか』を聞かせてもらおう」

 

「……五年……いえ、四年で──」

 

「長いな」*10

 

 ピシャリとした物言いに、壱護(いちご)()(あせ)をかく。

 

 少しでも機嫌を損ねると爆発しかねない爆弾。

 

 それが鬼舞辻(きぶつじ)議員だ。

 

 爆発を回避しようと、壱護(いちご)は慌てて(くち)を開く。

 

「で、でしたら黒死牟殿(こくしぼうどの)をお借りしたい!」

 

「……なんだと?」

 

 思ってもみなかった要求に、議員は(いぶか)しげな視線を向けた。

 

黒死牟殿(こくしぼうどの)をお借りできるのなら! 二年で一定の成果──いや、一年で放送局の電波に乗ってみせます!」

 

 議員が()()姿()()を維持している間に状況を挽回(ばんかい)しよう。

 

 そういう意図もあっての提案だったが、逆効果だったらしい。

 

 議員は額に青筋を立てて壱護(いちご)(にら)みつけた。

 

「ほざくな。なぜ一年もの間、貴様に黒死牟(こくしぼう)を預けねばならん? ──まさかとは思うが貴様、産屋敷(うぶやしき)からの(まわ)(もの)ではないだろうな?」

 

「ち、違います! 違います! 私は──」

 

「何が違う? ──言ってみろ」

 

 声から感じる強い怒気に、壱護(いちご)の顔や背中にぶわりと汗が浮かぶ。

 

 心底、恐ろしい。

 

 だが、弁明しなければすべてが終わる。

 

 壱護(いちご)は伏せていた顔をあげて必死に訴えた。

 

「こ、黒死牟殿(こくしぼうどの)をお借りしたいのはライブの時のみでございます!」

 

「──なに?」

 

 壱護(いちご)の必死さが届いたのか、議員の癇癪(かんしゃく)じみた追求が止まる。

 

 その機を逃さず、壱護(いちご)は続けた。

 

「私どもの事務所は()()()()()()という触れ込みで売り出しておりまして! その関係でライブへの参加を週に一度、それも土日のみに限定して活動しているのです!」

 

「……つまり?」

 

黒死牟殿(こくしぼうどの)をお借りするのは土日の(いず)れか! それも、ライブの準備時間を含めましても数時間程度になります!」

 

 議員は再び思案するように(あご)に手を添える。

 

「……それで? 黒死牟(こくしぼう)を借りた貴様はどうするつもりなのだ?」

 

「私が黒死牟殿(こくしぼうどの)に求めているのは“武力”! 武勇にございます! ──実のところ、地下アイドル業界の治安はお世辞にも“良い”とは言えません。先日あったライブの時も、不埒(ふらち)(やから)が多数*11おりました! それらを黒死牟殿(こくしぼう)(ちから)をもって威圧、鎮圧していただきたいのです!」

 

「観客など所詮は一般人。わざわざ黒死牟(こくしぼう)が必要になるとは思えんが……?」

 

 議員は懐疑的な様子だが、壱護(いちご)は首を振る。

 

「確かに、過剰戦力であることは理解しております。──ですが、地下アイドルの警備に来るのは素人(しろうと)に毛が生えた程度のアルバイトが大半で、本職の警備員や警察官のOBなどほとんど居ないのが現状なのです」

 

「……なるほど。黒死牟(こくしぼう)の武力をもって、主催者と共演者に『安心と安全』*12を売り込むつもりか」

 

 議員の言葉に壱護(いちご)は「ご慧眼(けいがん)、恐れ入ります」と頭を下げた。

 

 大まかな計画を理解した議員は、確認する意味を込めて問いかける。

 

「土日のみのライブ。それを一年間。……それで放送局の電波に乗るほどの知名度に上げてみせる、と?」

 

何卒(なにとぞ)! 何卒(なにとぞ)一考(いっこう)(たま)わりたく!」

 

 壱護(いちご)は再び平伏(へいふく)し、事務所に沈黙が降りた。

 

 

★☆★☆★☆

 

 無惨(むざん)は思考する。

 

 正直な話、目の前で平伏する()()()()()()()からの提案に魅力はそこまで感じない。

 

 それが、無惨(むざん)の偽らざる本音だった。

 

 とは言え、斎藤壱護(いちご)という人物に見所はないか? と問われれば、そうではない。

 

 無惨(むざん)(ふところ)に飛び込んで営業をかけてくる度胸*13は見所と言えなくもない。

 

 きちんとした計画*14が立てられる点も加点要素だろう。

 

 それよりも気になったのは「一年以内に地上波」という発言だ。

 

 はっきり言って、普通は無理だろう。

 

 芸能界などに興味がない無惨ですら、そう感じるのだ。

 

 その業界にいるチンピラもどきが理解していないはずはない。

 

 それでも言い切ったからには、このチンピラもどきには何かしらの勝算があるのだ。

 

 おそらくは、伝手(つて)

 

 聞けば、このチンピラもどきは大手の芸能事務所で働いていたらしい。

 

 ならば、その時分に作った伝手(つて)だろう。

 

 どれほどの伝手(つて)を作って独立したかは知らないが、その部分は無惨(むざん)の活動に活かせる可能性*15があった。

 

 さらに言えば、チンピラもどきの事務所が大きくなれば、その伝手(つて)も強くなり、数も()していくことになる。

 

 そうなれば、今以上に新聞などの情報媒体(マスメディア)を使った工作が使えるようになるだろう。

 

 チンピラもどきが言ったような宣伝だけでなく、情報操作に炎上対策なども強化できる可能性がある。

 

 場合によっては、(にっく)産屋敷(うぶやしき)にも一泡(ひとあわ)吹かせることが出来るやも知れない。

 

 目の前で平伏する男に価値を見出し、来るであろう未来を夢想*16し、人知れず笑みを浮かべた。

 

 

 

★☆★☆★☆

 

 

 

 

 壱護(いちご)にとって、自身の心臓が奏でる音が嫌に大きく聞こえる時間だった。

 

 頭の中での計算が終わったのだろう。

 

 それまで沈黙を保っていた議員が(くち)を開き、沙汰(さた)を告げる。

 

「──いいだろう。貴様の望み通り、黒死牟(こくしぼう)を貸してやる。ついでに、活動に必要な資金もふんだんにくれてやろう」

 

 思わず、壱護(いちご)は顔をあげていた。

 

「あ、ありがとうございます!」

 

 壱護(いちご)喜色満面(きしょうまんめん)の笑みを浮かべる。

 

 人を貸してくれるだけでなく、資金まで用意してくれるとなれば、自転車操業で火の車状態の『苺プロダクション』としては大助(おおだす)かりだ。

 

 だが、そう上手くは事が運ばないのが()(つね)である。

 

 うまい話には裏がある。

 

 今回も、その例に漏れなかった。

 

「ただ、私の任期満了も近いのでな。一年など待ってはやれん。──半年で何かしらの()()()()()()()()をあげてみせろ」

 

「え゛」

 

 さらりと突きつけられた難題に、壱護(いちご)は変な声を上げる。

 

 血の気が引いて顔色が悪くなっているが、そんなことは議員の知ったことではない。

 

「目標を達成できたなら、さらなる資金を援助してやろう。──そして私の役に立て」

 

 (むち)で叩いたあとに適当な(あめ)を見せた議員は、ふと腕につけた時計を見やる。

 

「……そろそろ時間だな。──黒死牟(こくしぼう)、今後について話を詰めておけ」

 

「は……」

 

 次の予定が差し迫っていた議員はそう言い残し、そのまま運転手役の部下を連れて部屋を出て行った。

 

 

 ★☆★☆★☆

 

 

「や、やりきりやがった……!」

 

「スゲェ……! あんたスゲェよ!」

 

()()鬼舞辻(きぶつじ)さまから了承(OK)をもらえるなんて……!」

 

「明日は槍が降るかもしれねぇ……」

 

 事務所に残っていた議員の部下たちから称賛の声が上がる。

 

 (まさ)しく偉業。

 

 近年(きんねん)(まれ)に見る快挙であった。

 

 議員の部下たちは知っている。

 

 たったひとつの了承を得るために、どれだけの苦労があるのかを。

 

 問いかけや無茶振りに対して戸惑(とまど)っていれば「そんなことを言われても? ──なんだ? 言ってみろ」と威圧(パワハラ)されたあとに『おしおきガジェット』で振り回され、

 

 何かしら意見を述べようとすれば「黙れ。貴様どものくだらぬ意思で物を言うな」と威圧(パワハラ)されては『おしおきガジェット』で振り回され、

 

 反論や間違いを指摘しようものなら「私は決して間違えない」と突っぱねられた挙げ句に「私が正しいと言ったことが正しいのだ」と威圧(パワハラ)されて『おしおきガジェット』で振り回される。

 

 それが鬼舞辻(この)事務所の日常風景なのだ。

 

 おしおきを受けることなく要望を通しきった壱護(いちご)を、勇者か英雄のように見てしまうのも無理はない。 

 

 だが、(はや)し立てる周囲とは裏腹に、やりきったはずの壱護(本人)は静かなものであった。

 

 なぜなら、それどころではなかったからだ。

 

「……半年以内に()()()()()()()()……? わかりやすい成果……わかりやすい……わかりやすい……? ──わかりやすい成果ってなんだよぉぉぉ!!!?」

 

 突然の発狂に、周りにいた者たちは「あー」やら「ですよねー」などと同情する声を上げる。

 

 議員の言う『わかりやすい成果』に具体的な内容は言及されていない。

 

 つまり、議員の匙加減(さじかげん)ひとつで可否(かひ)が決まるのだ。

 

 ただでさえ気難(きむずか)しい性格の議員である。

 

 どんなに素晴らしい成果を上げたとしても、その時の気分次第(しだい)で『(いな)』と言われてしまう可能性が高い。

 

 頭を抱える壱護(いちご)の肩に、ポンッと手が置かれた。

 

 手を置いたのは、友人である秘書官だ。

 

「だから……言っただろう……議員を頼るのは……止めておけと……」

 

 ため息混じりにそんなことを言う友人に、壱護(いちご)は半泣きで噛みついた。

 

「うるせぇ! だいたいミッチーが産屋敷(うぶやしき)グループを辞めてるのが悪いんじゃねぇか! 俺だって鬼舞辻(きぶつじ)議員となんか関わりたくはなかったわ!」

 

「それは知ったことではない……」

 

 逆ギレしながら(わめ)壱護(いちご)に対し、友人である秘書官は冷たくあしらう。

 

 唐突な渾名(ミッチー呼び)に、議員の部下たちは目を白黒させる。

 

 だが、すぐに「あー、知り合いだったんスねぇ」と納得の表情を浮かべていた。

 

 周囲のアレコレを余所(よそ)に、呆れ顔をした秘書官は壱護(いちご)に問う。

 

「それで……どうするつもりだ……」

 

「どうするもこうするも……我武者羅(がむしゃら)に営業かけて知名度を上げるしかねぇよ……」

 

 がっくりと肩を落とし、壱護(いちご)は頭を抱える。

 

「四年か五年くらいあれば、世間一般に認知される程度の知名度にはなれるとは考えてたさ。一年で地上波ってそれも、(かね)とコネを使って内容を問わなければ、地方の局で一回くらいはなんとかなったろうさ……! ──だけど、半年でなんとかなるわけないだろ! こちとら弱小事務所と駆け出しの地下アイドルだぞ!? 地上波以前の問題だっつうの!!」

 

「だからって反論しようものなら『おしおきガジェット』っすからねぇ」

 

「いや、そのまえに話を切り上げられて、事務所からつまみ出されたんじゃないか?」

 

 壱護(いちご)の叫びに、議員の部下たちが各々(おのおの)の予想を(くち)にした。

 

 実際、その通りになっていそうだから笑えない。

 

「何はともあれ……資金援助を受けられるだけでも……良いではないか……」

 

 友人たる秘書官はそう言うが、壱護(いちご)は目尻に涙を浮かべて(にら)みつける。

 

「……半年以内、達成できなかったらどうなると思う?」

 

 その問いかけに、秘書官を含めた議員の部下たちは黙ってしまった。

 

 しばらくして、ようやく絞り出した一言(ひとこと)は──、

 

「──簀巻(すま)きで東京湾?」

 

「イヤだぁぁぁアアアぁぁぁ!!!?」

 

 壱護(いちご)の叫び声が事務所に響き渡った。

 

 

 ★☆★☆★☆

 

 

 鬼舞辻(きぶつじ)無惨(むざん)が『苺プロダクション』に支援を始めて(はや)数ヶ月。

 

 徐々にではあるが、『B小町(こまち)』はその人気を伸ばしつつあった。

 

 しかし、それは階段を一段一段、ゆっくりと登るようなもの。

 

 地下アイドルのライブを観覧しに行く人々はともかくとして、世間一般への認知度はないに等しい状態である。

 

 無惨(むざん)の提示した『半年』の期限まであと僅か。

 

 このまま何も出来ずに約束の日を迎えたなら、苺プロダクションの社長は無能の烙印を押され、相応の罰を受けることになるだろう。

 

 与えられた資金の回収のために海外の鉱山に入れられる可能性もあるし、無惨(むざん)の知人である()()()()()()()()()*17に預けられてしまうかもしれない。

 

 社長自身は最悪の未来を回避すべく奔走しているが、それが(みの)るか(いな)かは神のみぞ知る、という状況である。

 

 

 

 そんな、ある日のこと。

 

 鬼舞辻(きぶつじ)事務所のいつもと変わらぬ日常は、突如(とつじょ)として破られることになった。

 

「大変です無惨(むざん)さま! 一大事です!」

 

「なんだ、騒々しい」

 

 慌てた様子で事務所に飛び込んできたのは、無惨(むざん)の部下の一人である零余子(むかご)だ。

 

 その手には新聞が握り締められていて、彼女の言う『一大事』とはそれに関することらしい。

 

「こちらをご覧ください!」

 

 差し出された新聞を受け取り、目を通す。

 

 その新聞の見出しには、こう書かれていた。

 

 

 

 ──大病院に捜査のメス! 

 

 ──議員と院長の黒い繋がり!! 

 

 ──医療機器の導入を斡旋か!? 

 

 

 

「なん……だと……?」

 

 あまりのことに、新聞を握る手がワナワナと震える。

 

「何だこの記事は!」

 

「ひぃいいいィィィ!!!?」

 

 カッとなって怒鳴ると、事務所内にいた部下たちが慌てて平伏した。

 

「何故こんな記事が出回っている! どこから情報が漏れた? 新聞社からの情報提供(リーク)はなかったのか!?」

 

「も、申し訳ありません! 情報は病院側から漏れた*18ものかと思われます!」

 

「新聞社にいる内通者(スパイ)からも情報が回って来ませんでした! かなり慎重に動いていたようです!」

 

 部下たちの弁明に、無惨(むざん)は盛大な舌打ちを漏らす。

 

 だが、グズグズしている時間はない。

 

 すぐにでも動かなければ、マスコミが事務所を取り囲んでしまうだろう。

 

()()()を持って来い!」

 

「はっ! ただいま!」

 

 部下の一人が慌てて立ち上がり、(とな)りの部屋へと消える。

 

 そしてすぐに、ガラガラと車輪(キャスター)の音を立てながら、(たたみ)一枚分ほどの黒板(ブラックボード)を運んできた。

 

 ゴム製らしい表面には、日本地図が貼りつけられている。

 

 それに向かって、無惨(むざん)は机の上に置いてあった物を投げつけた。

 

 ダーツだ。

 

 ダンッという音とともに、日本地図の左下側にダーツが突き刺さる。

 

「どこだ」

 

 無惨(むざん)の端的な問いに、部下たちは地図帳を片手に答えた。

 

「えっと、宮崎県の……高千穂ですね」*19

 

「良さげな病院はあるか?」

 

「高千穂には……あ、宮崎総合病院があります!」*20

 

「地図上では結構な山奥ですね」

 

 矢継(やつ)(ばや)(もたら)される部下からの報告に、無惨(むざん)は「山奥か……」と(つぶや)きながら思案する。

 

「……マスコミを巻くにはうってつけ*21だな」

 

 そう言って、無惨(むざん)はニヤリと笑った。

 

「──よし、私は今から病気になる。静養が必要なくらいの重篤(じゅうとく)(やまい)だ。……不本意*22だがな」

 

 そう言うと、上着を片手にツカツカと裏口へと向かう。

 

 事務所を出る直前、無惨(むざん)は居残り組の部下に向かって言った。

 

黒死牟(こくしぼう)に伝えておけ。『後処理を終えたら宮崎に来い』とな」*23

 

「わかりました!」

 

 部下の返事を聞くや(いな)や、普段は使わない隠密行動用の車*24に乗り込み事務所を(あと)にする。

 

 こうして、鬼舞辻(きぶつじ)無惨(むざん)は東京から消えた。*25

 

 

 ★☆★☆★☆

 

 

 

 

【平成? 令和? コソコソ噂話】

 

 鬼舞辻(きぶつじ)無惨(むざん)(キメツ学園版)

 

 日本征服を(たくら)(わる〜)い政治家。

 

 本筋である【鬼滅の刃】と同様に産屋敷(うぶやしき)耀哉(かがや)(なか)が悪い。

 

 本作でも()()()()から()()()を探している。

 

 相変わらず脊髄反射(せきづいはんしゃ)物事(ものごと)を判断・処理するため、部下たちの心労は絶えない。

 

 産屋敷(うぶやしき)の家系が持つ特有の直感*26により、よく悪事を(あば)かれては阻止(そし)されている。

 

 今回の暴露も耀哉(かがや)所為(せい)

 

 悪事を暴かれては入院してやり過ごす*27ため、世間の一部や政敵からは(あざけ)りを込めて『病弱』という付箋(レッテル)を貼られている。

 

 ただ、本作の無惨(むざん)も生き(ぎたな)いので、過去に何度も世間的に炎上していながら、すぐに復帰・復権してきた。

 

 色々な悪事に手を出しているはずなのだが、不思議なことに逮捕歴がない。

 

 一年間に平均二回は炎上するので、ネットの一部ではネタや玩具(おもちゃ)扱いされている。

 

*1
議員を説得するために、かなり大袈裟(おおげさ)に言っている。

*2
産屋敷(うぶやしき)以外の大財閥はout of 眼中(アウト オブ がんちゅう)無惨(むざん)さま。

*3
四大財閥のひとつ。

*4
逆に言えば、後楯(うしろだて)がないと言える。このままだと厄介事に巻き込まれた際に弱いので、後援者が欲しいというのが壱護(いちご)の本音。

*5
流石に渾名(ミッチー呼び)はマズいと思った。

*6
巌勝(みちかつ)「まさか……この状況を作るために……私をライブに呼んだのか……!?」

*7
壱護(いちご)「『(しょう)()んと(ほっ)すれば()ず馬を()よ』って言うだろ?」

*8
壱護(いちご)口添(くちぞ)え頼む、ミッチー!」

*9
巌勝(みちかつ)「いや……見たまま……ありのまましか言わぬからな……?」

*10
議員の任期は四年〜六年。壱護(いちご)の話を鵜呑(うの)みにすると、任期が一回分終わってしまう。

*11
じつは初ライブの対バン相手に、問題を起こしやすい厄介ファンを多数抱えたグループを含めてもらうように主催者にお願いしていた。これは『苺プロダクション専属の警備員(ということになっている黒死牟(こくしぼう))がどれだけ有能か』を宣伝のためにわざとそうしている。厄介ファンを抱えるグループは問題が起きやすくて警備が必要になるが、そんな問題児が生まれるほどに観客動員数が大きいので、主催者側から見ると『呼びたいけど面倒事が増える』という収益的に悩ましい相手だったりする。

*12
主催者には『B小町(こまち)を呼ぶと警備員がついてくる』という『お得感』を、共演者には『B小町(こまち)と共演すると警備員がついてくるので、安心してライブや物販、ファンとの交流が出来る』という『安心感』を売り込む、という計画。もちろん、治安が良くなった理由に気付ける人は気付けるので、結果的にも観客に名が売れる可能性がある。

*13
比較対象が下弦の肆。

*14
比較対象が下弦の弐。

*15
そもそも、無惨(むざん)に芸能界方面の伝手(つて)がない。

*16
取らぬ狸のなんとやら……。

*17
四大財閥のひとつ。昔馴染(むかしなじ)みなだけで、(なか)が良いわけではない。ざわ……ざわ……。

*18
鬼舞辻(きぶつじ)事務所側から漏れていたなら命がない。そんな度胸のある部下はいない。

*19
某少女「え……?」

*20
某少女「いやいやいや、ちょっと待って!」

*21
都内の病院だと足がつくのが早くて厄介(やっかい)無惨(むざん)()()()()()()ので記者側が慣れただけとも言える。なので、最近は地方の病院に逃げ込むようにしている。ダーツで場所を決めるのは、部下側からの提案&ノリ。避難場所を即決できるので了承(OK)した。

*22
病弱扱いされるとキレるのは相変わらず。

*23
某少女「お前も(ふく)めてこっちに来んな!」

*24
とか言いながら高級車。

*25
某少女「嘘でしょ……!?」

*26
耀哉(かがや)「サイドエフェ……? なんのことかな?」

*27
人の噂も七十五日。なので、きっちりと七十五日後に退院している。

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