お盆前、仕事が忙しくて時間が……。
ところで、9月に【PSO2 NGS】と【推しの子】がコラボするらしいですね。
楽しみです。
白くて綺麗で小さな病室。
それが、
彼女の
その
その時点で、彼女は「十年後に生きている可能性は1割以下である」と医者から宣告されていた。
忘れられるはずがない。
幸せに包まれていたはずの日常が一瞬にして崩れ去り、人生の終着点である『死』を意識しながら生き続ける地獄と化してしまったのだから。
自由に動かせていたはずの身体は、日を重ねるたびに動かしにくくなっていく。
脳に出来た
手すりを使って動こうとしても、低下した筋力では長時間の移動は出来ず、体勢を崩して倒れてしまう。
それが悔しくて、必死になって
いつしか、彼女の身体には
見舞いに来ていた彼女の母親の姿は、もう長いこと見ていない。
だんだんと弱っていく娘の姿を見続けることに、心が耐えられなかったのだろう。
たまに来ていた連絡も、今では途切れてしまっている。
もはや、見放されていると言っても過言ではない状況だった。
そんな入院生活を続けること八年。
彼女は十二歳になっていた。
この身体は、いつまで動いてくれるだろうか?
いつまで生きていられるだろうか?
本当に、明日を迎えることが出来るのだろうか?
医師に告げられていた余命を一日一日消費するたびに、彼女の心は擦り減り、生きる活力も失われていく。
本来であれば支えとなってくれるはずの家族は、
少女の心は、いつ壊れても不思議ではなかった。
そんな彼女に転機が訪れたのは、
「さりなちゃん」
自身の名を呼ばれ、
病室の
この病院に勤める研修医だ。
「なんだ、せんせか」
「悪かったな。俺だよ」
がっかりしたと言わんばかりに出てきた
「せんせ、またサボり? いーけないんだぁ」
「別にいいだろ?
「
「ありがたや、ありがたや」
冗談交じりに
彼女──
彼が言うには『サボり』とのことだが、それが嘘であり、実は
ただ、それを
「──で、今日は何を見るの?」
「もちろん『B
そう言って取り出したDVDの
「さりなちゃんも飽きないなぁ……」
「飽きるわけないじゃん! 私の推しだよ? 無限
吾郎の呆れた様子が
だが、吾郎は慣れた様子で「はいはい」と受け流している。
その態度が火に油を
「むぅぅぅっ! 絶対にせんせを沼に沈めてやる……! ドルオタ*2の沼に……!」
「ドルオタの沼って……」
可愛らしく怒る少女の姿に目を細めながら、吾郎は苦笑する。
なお、この
「ほらほら、再生するよ」
吾郎がDVDプレーヤーを起動させると、さりな はハッとした様子で
興奮を抑えきれない様子で画面に見入り、今か今かと映像が始まるのを待ち構える。
そして、ライブ映像が始まった瞬間、彼女の興奮は爆発した。
ついでに
DVDを視聴しながら、さりな は赤く発光するペンライトを振る。
そんな姿を吾郎が
苦しくないと言えば嘘になる──が、ただそれだけではない穏やかな日常がそこにはあった。
そんな日常に異物が入り込むのは、数日後の話である。
★☆★☆★☆
「ただいま戻りましたぁ……って……」
全員が頭を抱えて
「み、
「
「先輩。何かあったんですか?」
吾郎は再び問いかけてみたものの、先輩医師の顔色は悪いままで答えらしい答えは返ってこない。
だが、その隣りにいた別の先輩医師が青い顔をしたままポツリと
「………………ギインが来る」
「は……?」
吾郎の頭上に疑問符が浮かぶ。
ギイン、というのは何のことだろうか?
「
「えぇ……??
吾郎の疑問に同調するように、周りにいた者たちも
それに対する先輩医師の答えは、理解するのに時間を要するものだった。
「ダーツで決めたんだと」
「………………なんて?」
思わぬ言葉に、脳が理解するのをやめる。
いやいやいや。
まさかそんな。
たぶん、何かの聞き間違いだろう。
そんな思考で頭の
「……あーっと、すみません。よく聞こえませんでした」
現実を受け入れられない吾郎は、聞き間違いという
だが、現実は無情である。
「そうか。……じゃあ、よく聞け。──ダーツで決めたんだとよ」
「聞き間違えじゃなかった!!!!」
あまりにも
「どこの世界に入院先の病院をダーツで決める議員がいるってんだよ! ダーツの旅じゃあないんだぞ!? ──いや、いたから騒いでるんだけどなっ!
「ああ、俺たちと同じ反応……」
「……だよなぁ。
先輩医師たちも同意するように何度も
しかし、だ。
ただ議員が入院しにくるだけならば、ここまで変な空気にはならないだろう。
そのことに吾郎も気づいたようで、再び疑問符を浮かべながら先輩医師に
「
「ん? ……ああ、お前は知らないのか」
吾郎の疑問を聞いた先輩医師は、重苦しい雰囲気をさせたまま胸元で腕を組んだ。
そして、深刻さを増した表情でゆっくりと
「
「え゛」
吾郎の表情が引き
まさか、そんな前例があるとは知らなかった吾郎は、思わず院長のいるであろう部屋へと目を向ける。
固く閉ざされた院長室の扉からは、何やら悲壮感溢れる気配が漏れ出ているような気がした。*4
「他にもだな、その……病院内の機材が古臭いから替えさせたり*5、内装が汚いやらで業者を入れさせて補修させたり*6、やりたい放題するらしい」
「うっわぁ……マジですか」
「マジの話だ」
心底、関わりたくない。
それは吾郎だけでなく、この病院に勤める者たち全員が思っていることだろう。
だが、一応は正式な手続きを踏んで入院してくる患者*7である。
対応しないわけにはいかなかった。
「ところで
長期入院。
病棟。
吾郎は先輩医師の言いたいことを察する。
「さりなちゃんには、絶対に会わせないようにします」
「本来なら産婦人科の、それも研修医に言うことじゃないんだが……あの子が一番懐いているのはお前だし、よく見に行ってくれるのもお前だからな。──まあ、こっちでも気をつけて病室自体を離れた場所にする予定ではある。
そう言って、先輩医師は椅子から立ち上がると伸びをする。
「さ! いつまでもこうしてはおれん。仕事だ、仕事!」
先輩医師の一声を皮切りに、それぞれが各々の仕事に取りかかっていく。
事務所内に活気が戻っていくなか、吾郎は先程の話を脳内で
兎にも角にも、
吾郎は気を入れ直し、自らの職務に向き直るのだった。
★☆★☆★☆
人生とは、ままならぬものである。
人生とは、何が起こるのかわからぬものである。
どんなに対策を考えようとも、防げる時は防げるし、無理な時は無理なのだ。
時には流れに身を任せ、どこか安全な場所に漂着するのを待つしかない。
そんな時に個人に出来ることは、ただただ祈ることだけである。
受け入れたくない現実を前に、吾郎はただ
「──で、こっちの子が ありぴゃん で、こっちの子が きゅんぱん。二人とも歌がいいの」
「ふむ……」
その
だが、今日の訪問者は彼だけではなかった。
「ダンスは めいめい のがいいんだけど……やっぱり、私の一番の推しは
「ほぅ……そこまで言うほどの女なのか?」
「もっちろん!」
胸の前で握り拳を作り、自信満々といった様子で さりな は“推し”を推す。
そんな熱弁を正面から受け止め聞き入っているのは、先日、
どこに地雷が埋まっているか わからない人物に、アイドルを布教する少女。
どうして こうなってしまったのか。
吾郎は
二人の出会いは、数日前にまで
繰り返すまでもないが、吾郎を含めた医師や看護師たちは、二人を出会わせるつもりはなかった。
なにしろ、相手は『日本征服』を公然と
どう考えても悪い影響しか与えそうにない。
だが、いくら病室を離したとは言え、入院している病棟は同じである。
だから、絶対に遭遇しない、させないということは不可能だった。
ちなみに、さりな と議員が出会ってしまった原因は、廊下まで漏れ聞こえるライブDVDの音と、少女の歓声である。
たまたま議員が近くを通りかかった際に歓声が上がり、気になって病室を覗き込んだのが始まりだった。
本当に議員に会わせたくなかったのなら、少女にDVDを見るのを控えてもらうべきだったのだろう。
しかし、だ。
病気で入院している
その結果として、二人は出会ってしまったわけだ。
気難しいことで有名な議員である。
DVDを見て騒ぐ
少なくとも、吾郎はそう考えていたし、それは先輩医師や看護師たちも同じだろう。
だが、意外なことに
尊大な言葉を使いながらも、
これは本当に意外だった。
先輩医師たちも「議員にも人の心があったんだな」と
それからというもの、議員は
ただ、一人で通うつもりはないのだろう。
議員が
これには吾郎も頭を抱えた。
自分の仕事が出来ない、ということもあるが、気難しい性格の
しかし、
吾郎が先輩医師たちに対して
こうして
「おい。そこの研修医」
これである。
議員は毎回、このように呼びかけていた。
変に覚えられても困るのだが、あまり気分のいいものでもない。
「なんでしょう、
複雑な感情が顔に出ないように気をつけながら、吾郎は笑顔を浮かべて返事をした。
「さりな の所に行く。ついて来い」
「──わかりました」
内心で「さりなちゃんの名前を呼び捨てにするな」などと考えながら、吾郎は議員に付き従う。
議員と さりな ──
それでも
目的の病室に向かうまでの
少なくとも、ここ数日はそうだった。
だが、今日は違うらしい。
ふと、
思わず、
何か
そう考えたのだが、議員の雰囲気は静かなものである。
どうやら、怒っているわけではないらしい。
理由がわからず、吾郎が頭上に疑問符を浮かべていると、議員側から
「……研修医。貴様は、さりな の病気がどういったものか、知っているか?」
思っても見なかった質問に、吾郎は目を
「は、はい。あの子の転院手続きを受けたのは俺──いや、私なので……」
「そうか。……ならば、いつ頃から発症したのか。それは知っているか?」
「はい。四歳の頃に発覚した、と……」
吾郎の答えを聞いた議員は軽く目を見開くと「そうか」とだけ呟いて再び歩き始めた。
さりな の闘病生活の期間が、想像以上に長いことに驚いているのかも知れない。
今の関係がそのまま続いてくれることを、吾郎は願わずにはいられなかった。
そうこうしているうちに201号室に
「さりなちゃん、入るよ」
扉を開いて室内を覗き込む。
すると、いつものように
「あ、せんせ──と、おじさん。いらっしゃい」
少女は来訪者二人を歓迎すると、ふと、思いついたことを
「最近、二人はいつも一緒だね。仲良いの?」
その問いかけに「いやぁ、どうかな……」と歯切れ悪く返事をしながら、吾郎はいつものように椅子に腰掛けた。
ちなみに議員は「単なる小間使いだな」と返事をしている。
議員に対してちょっとだけイラッとしたが、顔には出さずに
──と、ここまでが現在に至るまでの話である。
そこから三人は『B
いつものように熱を込めて、早口になりながらも推しを推す少女の姿に、吾郎は生暖かい目を向ける。
(慣れって怖いな……)
初回の布教を思い出して身震いしながら雑談に興じていると、いつもならば
「そのアイドルのライブを見に行ったことはあるのか?」
「え……」
さりなの表情が固まる。
だが、それも一瞬のことで、すぐに「一回だけ
「実際のライブ会場ってね、人がいっぱいいてさ! 入り口でも人がたくさんで、物販に寄りたかったんだけどなかなか進めなくて、でもガチャガチャは引けたんだ! その時に出てきたのがこのキーホルダーで、欲しかったアイのキーホルダーが出てきた時には思わず声が出ちゃったよ! それからさ、『B
早口で
気づいた時には、
「さりなちゃん……?」
もしや、体調が悪化したのだろうか?
そんな悪い想像が
だが、何かをこらえるように
それを見た吾郎はハッとした。
先程までしていたライブの話と合わせて、もしや、と察してしまう。
もし、そうならば、どれほど無念だったろうか。
「なんだ。会場には行けたが、ライブ自体は見れなかったのか?」
議員の無遠慮な言葉が、静かになっていた病室内に響く。
思わず、吾郎は
しかし、議員が気にした様子はない。
椅子に座り、いつものように
「………………そう、だよ。始まる前に体調が悪くなっちゃって……救急車で……」
さりな の目から、こらえきれなかった
「さりなちゃん……」
吾郎は慰めるように、少女の背中を
静かに泣く少女にどんな言葉をかけていいのか、わからなかった。
彼女をライブに連れていってあげたい。
大好きな『B
そんな気持ちはある。
だが、ここは宮崎県だ。
東京を拠点に活動する『B
だが、転院してきた頃よりも病状が悪化している
いや、そもそも外出許可が取れるかすら怪しい。
現状では絶望的と言ってもいい。
吾郎は無力感に
暗く沈んでしまった二人の姿。
それを
「ライブが見たいのなら、見ればいいではないか」
「
吾郎は声を荒げた。
それが出来れば、どれほど彼女の救いになるだろうか。
それが出来ないとわかっているから、少女は泣いているのだ。
「さりなちゃんの病状は
「馬鹿か、貴様は?」
議員はピシャリと吾郎の言葉を
あまりのこと*10に、吾郎は陸に揚げられた魚のように
そんな状態の吾郎を無視して、議員は言った。
「なぜ、お前は見に行くことを前提に話をしているのだ? ──見に行けないのならば、
「……は……?」
当然だろう? と言わんばかりの意見に、間の抜けた声が漏れる。
見に行くのではなく、呼ぶ?
誰を?
まさか『B
宮崎県のライブハウスに?
いや、それだと外出許可の壁がある。
まさか、この病院に?
それは可能、なのか?
いや、学園祭などに地下アイドルを呼べるくらいだ。
料金
だが、病院に呼ぶというのはどうなのだろう??
グルグルと、吾郎の思考が加速する。
正直な話、
いや、
「ライブ……見れるの……?」
少女の小さな呟きが、静かな病室に響いた。
「見たいのだろう?」
なんの気負いもない様子の議員が、確認するように少女に問いかける。
その問いに対して、少女は食い気味に「見たい!」と叫んでいた。
「──その言葉が聞きたかった」
議員が
「──私だ。む……?
電話先の相手にそれだけ伝えると、議員は通話の終了ボタンを押した。
そして、
どうやら、今の会話だけで『B
「嘘だろ……政治家ってこんなことまでやれるのか……?」*12
吾郎は政治家が持つ権力の大きさ*13に
だが、これは吾郎の──いや、この宮崎総合病院に勤める者たちの受難、その始まりに過ぎない。
折り返しでかかって来た一本の電話。
それが