“苺”と“月”と“一番星”   作:【豆腐の角】

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お盆前、仕事が忙しくて時間が……。

ところで、9月に【PSO2 NGS】と【推しの子】がコラボするらしいですね。

楽しみです。



“私”と“せんせ”と“足長おじさん”

 

 白くて綺麗で小さな病室。

 

 それが、()()彼女が住む世界のすべてだ。

 

 退形成性(たいけいせいせい)星細胞腫(せいさいぼうしゅ)

 

 彼女の身体(からだ)(むしば)(やまい)の名である。

 

 その(やまい)によって、彼女は白くて小さな箱庭に閉じ込められてしまった。

 

 (やまい)が発覚したのは四歳の頃。

 

 その時点で、彼女は「十年後に生きている可能性は1割以下である」と医者から宣告されていた。

 

 (やまい)だと告げられた日のことは忘れない。

 

 忘れられるはずがない。

 

 幸せに包まれていたはずの日常が一瞬にして崩れ去り、人生の終着点である『死』を意識しながら生き続ける地獄と化してしまったのだから。

 

 (やまい)を得てからは、慢性的な頭痛と吐き気に襲われ続けた。

 

 自由に動かせていたはずの身体は、日を重ねるたびに動かしにくくなっていく。

 

 脳に出来た腫瘍(しゅよう)の影響だろうか?

 

 平衡感覚(へいこうかんかく)が狂い、“歩く”という誰にでも出来ることが出来なくなった。

 

 手すりを使って動こうとしても、低下した筋力では長時間の移動は出来ず、体勢を崩して倒れてしまう。

 

 それが悔しくて、必死になって藻掻(もが)いても身体は言うことを聞いてはくれない。

 

 いつしか、彼女の身体には(あざ)生傷(なまきず)が絶えなくなっていた。

 

 見舞いに来ていた彼女の母親の姿は、もう長いこと見ていない。

 

 だんだんと弱っていく娘の姿を見続けることに、心が耐えられなかったのだろう。

 

 たまに来ていた連絡も、今では途切れてしまっている。

 

 もはや、見放されていると言っても過言ではない状況だった。

 

 そんな入院生活を続けること八年。

 

 彼女は十二歳になっていた。

 

 この身体は、いつまで動いてくれるだろうか?

 

 いつまで生きていられるだろうか?

 

 本当に、明日を迎えることが出来るのだろうか?

 

 医師に告げられていた余命を一日一日消費するたびに、彼女の心は擦り減り、生きる活力も失われていく。

 

 本来であれば支えとなってくれるはずの家族は、(そば)にいてはくれない。

 

 少女の心は、いつ壊れても不思議ではなかった。

 

 そんな彼女に転機が訪れたのは、(やまい)の症状が末期的になり、祖父母の住まう宮崎の病院へと転院*1してからである。

 

「さりなちゃん」

 

 自身の名を呼ばれ、寝台(ベッド)に横たえていた身体を起こす。

 

 病室の入口(いりぐち)に視線を向けると、そこには一人の男性が立っていた。

 

 この病院に勤める研修医だ。

 

「なんだ、せんせか」

 

「悪かったな。俺だよ」

 

 がっかりしたと言わんばかりに出てきた軽口(かるくち)に、研修医も軽く返すと寝台(ベッド)(そば)にあった椅子へと腰をかけた。

 

「せんせ、またサボり? いーけないんだぁ」

 

「別にいいだろ? (かくま)ってくれよぉ」

 

仕様(しよう)がないなぁ。不良なせんせを(かくま)ってしんぜよう」

 

「ありがたや、ありがたや」

 

 冗談交じりに(からか)うと、研修医もわかった様子で返してくる。

 

 彼女──天童寺(てんどうじ)さりな は、この研修医──雨宮(あまみや)吾郎(ごろう)と過ごす時間が好きだった。

 

 彼が言うには『サボり』とのことだが、それが嘘であり、実は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、ということを彼女は知っている。

 

 ただ、それを(くち)にしない優しさが好ましく、頻繁(ひんぱん)に会いに来てくれることが嬉しかった。

 

「──で、今日は何を見るの?」

 

「もちろん『B小町(こまち)』のDVDだよ。これは届いたばかりで、まだ見てないんだよね」

 

 そう言って取り出したDVDの(ケース)には、グループのセンターを務める少女──アイの顔が大きく写っている。

 

「さりなちゃんも飽きないなぁ……」

 

「飽きるわけないじゃん! 私の推しだよ? 無限恒久(こうきゅう)永遠推しなんだよ!?」

 

 吾郎の呆れた様子が(かん)(さわ)ったのか、 さりな は圧を込めて反論した。

 

 だが、吾郎は慣れた様子で「はいはい」と受け流している。

 

 その態度が火に油を(そそ)いだらしく、少女は(ほほ)(ふく)らませた。

 

「むぅぅぅっ! 絶対にせんせを沼に沈めてやる……! ドルオタ*2の沼に……!」

 

「ドルオタの沼って……」

 

 可愛らしく怒る少女の姿に目を細めながら、吾郎は苦笑する。

 

 なお、この(のち)、本当にドルオタの沼に肩までどっぷりと浸かることになるのは知る(よし)もない。

 

「ほらほら、再生するよ」

 

 吾郎がDVDプレーヤーを起動させると、さりな はハッとした様子で枕元(まくらもと)からペンライトを持ち出した。

 

 興奮を抑えきれない様子で画面に見入り、今か今かと映像が始まるのを待ち構える。

 

 そして、ライブ映像が始まった瞬間、彼女の興奮は爆発した。

 

 ついでに(そば)にいた吾郎の鼓膜は負傷した(ないなった)*3

 

 DVDを視聴しながら、さりな は赤く発光するペンライトを振る。

 

 そんな姿を吾郎が微笑(ほほえ)ましそうに見ているのだが、少女はライブの映像に夢中で気づいていない。

 

 苦しくないと言えば嘘になる──が、ただそれだけではない穏やかな日常がそこにはあった。

 

 

 

 そんな日常に異物が入り込むのは、数日後の話である。

 

 

 

 ★☆★☆★☆

 

 

 

「ただいま戻りましたぁ……って……」

 

 201号室(さりな の病室)から吾郎が戻ってきた時、医師や看護師が待機している事務所(スタッフルーム)内は異様な雰囲気に包まれていた。

 

 全員が頭を抱えて(うつむ)いていて、まるでこの世の終わりでも迎えたかのような空気である。

 

「み、(みな)さんどうしたんですか?」

 

 (おそ)(おそ)(たず)ねてみると、声をかけられた先輩医師はゆっくりと顔を上げた。

 

雨宮(あまみや)か……」

 

「先輩。何かあったんですか?」

 

 吾郎は再び問いかけてみたものの、先輩医師の顔色は悪いままで答えらしい答えは返ってこない。

 

 だが、その隣りにいた別の先輩医師が青い顔をしたままポツリと(つぶや)いた。

 

「………………ギインが来る」

 

「は……?」

 

 吾郎の頭上に疑問符が浮かぶ。

 

 ギイン、というのは何のことだろうか?

 

 今一(いまいち)事態が飲み込めずにいる吾郎に対し、沈黙を保っていた先輩医師が深々とした ため息 を()いた。

 

鬼舞辻(きぶつじ)議員がこの病院に入院しにくるんだよ。……お前も、テレビとかで見たり聞いたりしたことがあるだろう? あの()()()()()鬼舞辻(きぶつじ)議員だよ」

 

「えぇ……?? 鬼舞辻(きぶつじ)議員って宮崎県(ここらへん)の人じゃないでしょう? なんでまた宮崎総合病院(うち)に入院なんて……?」

 

 吾郎の疑問に同調するように、周りにいた者たちも(うなず)いている。

 

 それに対する先輩医師の答えは、理解するのに時間を要するものだった。

 

「ダーツで決めたんだと」

 

「………………なんて?」

 

 思わぬ言葉に、脳が理解するのをやめる。

 

 いやいやいや。

 

 まさかそんな。

 

 たぶん、何かの聞き間違いだろう。

 

 そんな思考で頭の(なか)か埋め尽くされる。

 

「……あーっと、すみません。よく聞こえませんでした」

 

 現実を受け入れられない吾郎は、聞き間違いという一縷(いちる)の望みをかけて聞き返した。

 

 だが、現実は無情である。

 

「そうか。……じゃあ、よく聞け。──ダーツで決めたんだとよ」

 

「聞き間違えじゃなかった!!!!」

 

 あまりにも(ひど)すぎる決定理由に、吾郎は頭を抱えて絶叫した。

 

「どこの世界に入院先の病院をダーツで決める議員がいるってんだよ! ダーツの旅じゃあないんだぞ!? ──いや、いたから騒いでるんだけどなっ! 畜生(ちくしょう)めっ!!」

 

「ああ、俺たちと同じ反応……」

 

「……だよなぁ。(みんな)そう思うよなぁ……」

 

 先輩医師たちも同意するように何度も(うなず)いている。

 

 しかし、だ。

 

 ただ議員が入院しにくるだけならば、ここまで変な空気にはならないだろう。

 

 そのことに吾郎も気づいたようで、再び疑問符を浮かべながら先輩医師に(たず)ねた。

 

鬼舞辻(きぶつじ)議員が気難しい性格の人ってのは有名ですけど……そこまで深刻な話なんですか?」

 

「ん? ……ああ、お前は知らないのか」

 

 吾郎の疑問を聞いた先輩医師は、重苦しい雰囲気をさせたまま胸元で腕を組んだ。

 

 そして、深刻さを増した表情でゆっくりと(くち)を開く。

 

鬼舞辻(きぶつじ)議員が過去に入院した病院だがな。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()らしい」

 

「え゛」

 

 吾郎の表情が引き()った。

 

 まさか、そんな前例があるとは知らなかった吾郎は、思わず院長のいるであろう部屋へと目を向ける。

 

 固く閉ざされた院長室の扉からは、何やら悲壮感溢れる気配が漏れ出ているような気がした。*4

 

「他にもだな、その……病院内の機材が古臭いから替えさせたり*5、内装が汚いやらで業者を入れさせて補修させたり*6、やりたい放題するらしい」

 

「うっわぁ……マジですか」

 

「マジの話だ」

 

 心底、関わりたくない。

 

 それは吾郎だけでなく、この病院に勤める者たち全員が思っていることだろう。

 

 だが、一応は正式な手続きを踏んで入院してくる患者*7である。

 

 対応しないわけにはいかなかった。

 

「ところで雨宮(あまみや)一応(いちおう)、議員は長期入院患者になる。だから、病棟がな……」

 

 長期入院。

 

 病棟。

 

 吾郎は先輩医師の言いたいことを察する。

 

「さりなちゃんには、絶対に会わせないようにします」

 

 (ちから)強く断言する吾郎の姿に、先輩医師は満足気に(うなず)いたあとに苦笑した。

 

「本来なら産婦人科の、それも研修医に言うことじゃないんだが……あの子が一番懐いているのはお前だし、よく見に行ってくれるのもお前だからな。──まあ、こっちでも気をつけて病室自体を離れた場所にする予定ではある。一応(いちおう)だ。一応(いちおう)

 

 そう言って、先輩医師は椅子から立ち上がると伸びをする。

 

「さ! いつまでもこうしてはおれん。仕事だ、仕事!」

 

 先輩医師の一声を皮切りに、それぞれが各々の仕事に取りかかっていく。

 

 事務所内に活気が戻っていくなか、吾郎は先程の話を脳内で反芻(はんすう)した。

 

 兎にも角にも、あの少女(さりな)が目をつけられないように気をつけなければならない。

 

 吾郎は気を入れ直し、自らの職務に向き直るのだった。

 

 

 

★☆★☆★☆

 

 

 

 人生とは、ままならぬものである。

 

 人生とは、何が起こるのかわからぬものである。

 

 どんなに対策を考えようとも、防げる時は防げるし、無理な時は無理なのだ。

 

 時には流れに身を任せ、どこか安全な場所に漂着するのを待つしかない。

 

 そんな時に個人に出来ることは、ただただ祈ることだけである。

 

 受け入れたくない現実を前に、吾郎はただ傍観(ぼうかん)するしかなかった。

 

「──で、こっちの子が ありぴゃん で、こっちの子が きゅんぱん。二人とも歌がいいの」

 

「ふむ……」

 

 (くだん)201号室(さりな の病室)で、少女はいつものように熱弁を振るう。

 

 その(かたわ)らには、いつものように吾郎が座っている。

 

 だが、今日の訪問者は彼だけではなかった。

 

「ダンスは めいめい のがいいんだけど……やっぱり、私の一番の推しは()()1択でしょ!」

 

「ほぅ……そこまで言うほどの女なのか?」

 

「もっちろん!」

 

 胸の前で握り拳を作り、自信満々といった様子で さりな は“推し”を推す。

 

 そんな熱弁を正面から受け止め聞き入っているのは、先日、()()で緊急入院してきた鬼舞辻(きぶつじ)議員だ。

 

 どこに地雷が埋まっているか わからない人物に、アイドルを布教する少女。

 

 (はた)から見ている吾郎からすれば、冷や冷やものの光景である。

 

 どうして こうなってしまったのか。

 

 吾郎は白目(しろめ)()きながら、数日前のことを思い返していた。

 

 

 

 二人の出会いは、数日前にまで(さかのぼ)る。

 

 繰り返すまでもないが、吾郎を含めた医師や看護師たちは、二人を出会わせるつもりはなかった。

 

 なにしろ、相手は『日本征服』を公然と(かか)げる(わる〜)い政治家である。

 

 どう考えても悪い影響しか与えそうにない。

 

 だが、いくら病室を離したとは言え、入院している病棟は同じである。

 

 だから、絶対に遭遇しない、させないということは不可能だった。

 

 ちなみに、さりな と議員が出会ってしまった原因は、廊下まで漏れ聞こえるライブDVDの音と、少女の歓声である。

 

 たまたま議員が近くを通りかかった際に歓声が上がり、気になって病室を覗き込んだのが始まりだった。

 

 本当に議員に会わせたくなかったのなら、少女にDVDを見るのを控えてもらうべきだったのだろう。

 

 しかし、だ。

 

 病気で入院している少女(さりな)の唯一の楽しみを奪うようなことは、吾郎たちには出来なかったのである。

 

 その結果として、二人は出会ってしまったわけだ。

 

 気難しいことで有名な議員である。

 

 DVDを見て騒ぐ少女(さりな)の声がうるさいやら何やらと、苦情や嫌味の一言でも言いそうなものだ。

 

 少なくとも、吾郎はそう考えていたし、それは先輩医師や看護師たちも同じだろう。

 

 だが、意外なことに鬼舞辻(きぶつじ)議員は さりな に対して寛容(かんよう)だった。

 

 尊大な言葉を使いながらも、(おだ)やかな態度で接している。

 

 これは本当に意外だった。

 

 先輩医師たちも「議員にも人の心があったんだな」と(つぶや)いてしまうほどである。

 

 それからというもの、議員は201号室(さりな の病室)に通うようになった。

 

 ただ、一人で通うつもりはないのだろう。

 

 議員が201号室(さりな の病室)に通う時は、わざわざ吾郎を名指しで呼び出し、付き従えてから向かう*8のである。

 

 これには吾郎も頭を抱えた。

 

 自分の仕事が出来ない、ということもあるが、気難しい性格の鬼舞辻(きぶつじ)議員と一緒にいたくない、というのが理由として大きい。

 

 しかし、少女(さりな)に議員の面倒を見てもらうわけにもいかないため、断るという選択肢は存在せず、先輩医師たちからも人身御供(ひとみごぐう)といった感じで『仕事は代わりにやってやるから()ってこい』と送り出される始末である。

 

 吾郎が先輩医師たちに対して呪詛(じゅそ)を唱えたのも仕方のない話だった。

 

 こうして鬼舞辻(きぶつじ)議員との交流が始まったわけだが──、

 

「おい。そこの研修医」

 

 これである。

 

 吾郎(ひと)を名指しで呼び出しておきながら、名前を呼ぶつもりがないのだろうか?

 

 議員は毎回、このように呼びかけていた。

 

 変に覚えられても困るのだが、あまり気分のいいものでもない。

 

「なんでしょう、鬼舞辻(きぶつじ)議員」

 

 複雑な感情が顔に出ないように気をつけながら、吾郎は笑顔を浮かべて返事をした。

 

「さりな の所に行く。ついて来い」

 

「──わかりました」

 

 内心で「さりなちゃんの名前を呼び捨てにするな」などと考えながら、吾郎は議員に付き従う。

 

 議員と さりな ──二人(ふたり)の病室を離れた場所にしただけあって、その距離はそれなりにあった。

 

 それでも足繁(あししげ)く通うのだから、彼女がどれだけ気に入られているのか、それが理解出来るだろう。

 

 目的の病室に向かうまでの(あいだ)に、吾郎と議員の(あいだ)に会話はない。

 

 少なくとも、ここ数日はそうだった。

 

 だが、今日は違うらしい。

 

 ふと、鬼舞辻(きぶつじ)議員が立ち止まり、吾郎に視線を向けてきたのだ。

 

 思わず、身体(からだ)が硬直する。

 

 何か粗相(そそう)でもしてしまったのだろうか?

 

 そう考えたのだが、議員の雰囲気は静かなものである。

 

 どうやら、怒っているわけではないらしい。

 

 理由がわからず、吾郎が頭上に疑問符を浮かべていると、議員側から(くち)を開いた。

 

「……研修医。貴様は、さりな の病気がどういったものか、知っているか?」

 

 思っても見なかった質問に、吾郎は目を(またた)かせる。

 

「は、はい。あの子の転院手続きを受けたのは俺──いや、私なので……」

 

「そうか。……ならば、いつ頃から発症したのか。それは知っているか?」

 

「はい。四歳の頃に発覚した、と……」

 

 吾郎の答えを聞いた議員は軽く目を見開くと「そうか」とだけ呟いて再び歩き始めた。

 

 さりな の闘病生活の期間が、想像以上に長いことに驚いているのかも知れない。

 

 鬼舞辻(きぶつじ)議員は今でも さりな に対して優しく接している。

 

 今の関係がそのまま続いてくれることを、吾郎は願わずにはいられなかった。

 

 そうこうしているうちに201号室に辿(たど)り着くと、二人は入り口の扉を3度ほど叩いて声をかける。

 

「さりなちゃん、入るよ」

 

 扉を開いて室内を覗き込む。

 

 すると、いつものように寝台(ベッド)の上で横になった少女の姿が見えた。

 

「あ、せんせ──と、おじさん。いらっしゃい」

 

 少女は来訪者二人を歓迎すると、ふと、思いついたことを(くち)にする。

 

「最近、二人はいつも一緒だね。仲良いの?」

 

 その問いかけに「いやぁ、どうかな……」と歯切れ悪く返事をしながら、吾郎はいつものように椅子に腰掛けた。

 

 ちなみに議員は「単なる小間使いだな」と返事をしている。

 

 議員に対してちょっとだけイラッとしたが、顔には出さずに(こら)えることが出来た。

 

 

 

 ──と、ここまでが現在に至るまでの話である。

 

 そこから三人は『B小町(こまち)』のライブDVDを見ては少女(さりな)の話*9に耳を傾けていた。

 

 いつものように熱を込めて、早口になりながらも推しを推す少女の姿に、吾郎は生暖かい目を向ける。

 

 鬼舞辻(きぶつじ)議員に対して布教を始めた時は冷や冷やしたものの、今では見慣れた風景になりつつあった。

 

(慣れって怖いな……)

 

 初回の布教を思い出して身震いしながら雑談に興じていると、いつもならば相槌(あいづち)を打つだけだった議員が珍しく(くち)を開いた。

 

「そのアイドルのライブを見に行ったことはあるのか?」

 

「え……」

 

 さりなの表情が固まる。

 

 だが、それも一瞬のことで、すぐに「一回だけ()()()()()()()()よ」と笑顔を浮かべた。

 

「実際のライブ会場ってね、人がいっぱいいてさ! 入り口でも人がたくさんで、物販に寄りたかったんだけどなかなか進めなくて、でもガチャガチャは引けたんだ! その時に出てきたのがこのキーホルダーで、欲しかったアイのキーホルダーが出てきた時には思わず声が出ちゃったよ! それからさ、『B小町(こまち )』が来るライブでは行儀(ぎょうぎ)良くしてないと駄目なんだよ? ファンの間でも有名なんだけど、周りに迷惑をかけるようなことをしてると『鬼が出るぞ』って(みんな)言っててさ。それからね、それとね……それから……」

 

 早口で(まく)し立てるように語っていた少女から、徐々に勢いが失われていく。

 

 気づいた時には、(うつむ)いたまま黙ってしまった。

 

「さりなちゃん……?」

 

 もしや、体調が悪化したのだろうか?

 

 そんな悪い想像が脳裏(のうり)をよぎった吾郎は、心配しながら少女の顔を(のぞ)き込む。

 

 顔色(かおいろ)自体は……悪くはない。

 

 だが、何かをこらえるように(くちびる)をきつく結び、目尻に涙を浮かべている。

 

 それを見た吾郎はハッとした。

 

 先程までしていたライブの話と合わせて、もしや、と察してしまう。

 

 もし、そうならば、どれほど無念だったろうか。

 

 (うつむ)く少女の姿に、吾郎は言葉を失った。

 

「なんだ。会場には行けたが、ライブ自体は見れなかったのか?」

 

 議員の無遠慮な言葉が、静かになっていた病室内に響く。

 

 思わず、吾郎は(とが)めるような視線を議員に向けた。

 

 しかし、議員が気にした様子はない。

 

 椅子に座り、いつものように頬杖(ほおづえ)をついて少女を見ている。

 

「………………そう、だよ。始まる前に体調が悪くなっちゃって……救急車で……」

 

 余程(よほど)悔しかったのだろう。

 

 さりな の目から、こらえきれなかった(しずく)が流れ落ちて白いシーツを濡らした。

 

「さりなちゃん……」

 

 吾郎は慰めるように、少女の背中を(さす)る。

 

 静かに泣く少女にどんな言葉をかけていいのか、わからなかった。

 

 彼女をライブに連れていってあげたい。

 

 大好きな『B小町(こまち)』を(じか)に見せてあげたい。

 

 そんな気持ちはある。

 

 だが、ここは宮崎県だ。

 

 東京を拠点に活動する『B小町(こまち)』の行動範囲内であるはずもなく、ライブを見るには都心のライブハウスに行くしかない。

 

 だが、転院してきた頃よりも病状が悪化している少女(さりな)身体(からだ)が長距離の移動に耐えられるかが問題になる。

 

 いや、そもそも外出許可が取れるかすら怪しい。

 

 七夕(たなばた)短冊(たんざく)に願い事として書くくらいには、外出許可が降りたことがないのだ。

 

 現状では絶望的と言ってもいい。

 

 吾郎は無力感に(さいな)まれた。

 

 暗く沈んでしまった二人の姿。

 

 それを嘲笑(あざわら)うかのように、議員が呆れた様子で声をかける。

 

「ライブが見たいのなら、見ればいいではないか」

 

鬼舞辻(きぶつじ)議員っ!」

 

 吾郎は声を荒げた。

 

 それが出来れば、どれほど彼女の救いになるだろうか。

 

 それが出来ないとわかっているから、少女は泣いているのだ。

 

「さりなちゃんの病状は貴方(あなた)知っているでしょう!? ここから東京になんて──」

 

「馬鹿か、貴様は?」

 

 議員はピシャリと吾郎の言葉を(さえぎ)った。

 

 あまりのこと*10に、吾郎は陸に揚げられた魚のように(くち)をパクパクと開閉させる。

 

 そんな状態の吾郎を無視して、議員は言った。

 

「なぜ、お前は見に行くことを前提に話をしているのだ? ──見に行けないのならば、()()()()()()()()()()()()()だけの話ではないか」

 

「……は……?」

 

 当然だろう? と言わんばかりの意見に、間の抜けた声が漏れる。

 

 見に行くのではなく、呼ぶ?

 

 誰を?

 

 まさか『B小町(こまち)』を?

 

 宮崎県のライブハウスに?

 

 いや、それだと外出許可の壁がある。

 

 まさか、この病院に?

 

 それは可能、なのか?

 

 いや、学園祭などに地下アイドルを呼べるくらいだ。

 

 料金次第(しだい)かもしれないが、可能性がなくはない。

 

 だが、病院に呼ぶというのはどうなのだろう??

 

 グルグルと、吾郎の思考が加速する。

 

 正直な話、鬼舞辻(きぶつじ)議員に言われるまで選択肢にすら浮かばなかった手段だ。

 

 いや、他人(ひと)を使う側の人間だからこそ、考えつく選択肢なのだろう。 

 

 一介(いっかい)の医師が患者にライブを見せたいからと、催し物(イベント)を企画してアイドルを呼ぶなど考えつくはずもない。

 

「ライブ……見れるの……?」

 

 少女の小さな呟きが、静かな病室に響いた。

 

「見たいのだろう?」

 

 なんの気負いもない様子の議員が、確認するように少女に問いかける。

 

 その問いに対して、少女は食い気味に「見たい!」と叫んでいた。

 

「──その言葉が聞きたかった」

 

 議員が何処(どこ)かで聞いたような台詞(せりふ)*11を言うと、携帯端末(スマートフォン)を取り出して何処(どこ)かへと電話をかける。

 

「──私だ。む……? 騒動(スキャンダル)の後処理? そんなことはどうでもいい。それより、『B小町(こまち)』とかいうアイドルだが……何? ……なんだ、あのチンピラもどきの……そうか、ならば都合がいい。私のいる病院でライブをさせろ。仔細(しさい)は任せる」

 

 電話先の相手にそれだけ伝えると、議員は通話の終了ボタンを押した。

 

 そして、渾身(こんしん)のドヤ顔を披露(ひろう)する。

 

 どうやら、今の会話だけで『B小町(こまち)』が宮崎総合病院(ここ)に来ることが決まってしまったらしい。

 

「嘘だろ……政治家ってこんなことまでやれるのか……?」*12

 

 吾郎は政治家が持つ権力の大きさ*13(おのの)いた。

 

 だが、これは吾郎の──いや、この宮崎総合病院に勤める者たちの受難、その始まりに過ぎない。

 

 折り返しでかかって来た一本の電話。

 

 それが(さら)なる騒動の始まりになることに、まだ吾郎は気づけなかったのである。

 

*1
原作のネタバレ&独自解釈&捏造設定になるが、原作によると天童寺家の自宅は東京にある模様(もよう)。作中でも星野瑠美衣(ルビー)足繁(あししげ)く通える程度の距離にあるようだ。──なので、本作の独自設定として『さりな が入院した“地元の病院”は東京の病院』ということにさせてもらった。ついでに『父親が娘と母親を引き離した』という原作中の一文を独自解釈して『十二歳になった頃に症状が末期的になり、母親と引き離すために祖父母の住まう宮崎県の宮崎総合病院に転院させた』という設定に捏造させてもらっている。これなら『B小町(こまち)』のことを結成初期から知っていたり、ライブを見に来たはいいが体調を崩して()()()()()()救急搬送された話に違和感が少なくなる──が、雨宮(あまみや)吾郎との交流期間は1年程度となってしまう。……とは言え、雨宮(あまみや)吾郎=星野愛久愛海(アクアマリン)である。あのスケコマシ三太夫(さんだゆう)なら半年もあれば さりな からの親愛を勝ち取れるという謎の安心感がある。

*2
アイドルオタクの略。

*3
誇張表現。

*4
過去の事例を見ると、無惨(むざん)の怒りに触れないで退院までこぎ着けた病院自体が少ない。そのため、院長は自分の首もすげ替えられる可能性が大きいという悲壮な未来を見て(なげ)いている。ちなみに、無惨(むざん)の怒りに触れた院長たちの特徴は、なんの努力もせずに赤字の医療部門((おも)に小児科)を廃止しようとしていたから。

*5
ちなみに、機材の代金は無惨(むざん)他所(よそ)で受け取った賄賂(わいろ)裏金(うらがね)が使われている。その事実は関わりのあった人間にしか知られていない──が、無惨(むざん)を支持する一部の人々には何故か知られている。

*6
ちなみに、工事の代金は無惨(むざん)他所(よそ)で受け取った賄賂(わいろ)裏金(うらがね)が使われている。その事実は関わりのあった人間にしか知られていない──が、無惨(むざん)を支持する一部の人々には何故か知られている。

*7
ただし、病名は仮病である。

*8
無惨(むざん)が初めて201号室(さりな の病室)を訪れた際に、さりな と一緒にいた人物として目をつけられていた。

*9
いかに『B小町(こまち)』が、一推しのアイが素晴らしいアイドルなのかを布教している。

*10
雨宮吾郎の偏差値は70(公式設定)。それに対して無惨(むざん)は『頭無惨(あたまむざん)』である。そんな無惨(むざん)に馬鹿呼ばわりされた吾郎の気持ちを求めよ。(配点5)

*11
某闇医者の台詞。ちなみに病院の待合室にある本棚に単行本が置いてある。それを無惨(むざん)が暇つぶしに読んでいて、なんとなく使いたくなったようだ。

*12
注意・鬼舞辻(きぶつじ)無惨(むざん)が特殊なだけです。

*13
注意・鬼舞辻(きぶつじ)無惨(むざん)が特殊なだけです。

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