“苺”と“月”と“一番星”   作:【豆腐の角】

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“苺”と“主従”と“(そで)(した)

 

 その日、斎藤壱護(いちご)はいつものように齷齪(あくせく)*1と仕事に没頭(ぼっとう)していた。

 

 何せ、鬼舞辻(きぶつじ)議員と約束した期日まで1ヶ月程度しか残されていないのだ。

 

 必死やら、鬼気(きき)(せま)るやら、そういった表現が相応(ふさわ)しい様子になるのも当然だろう。

 

 一応(いちおう)、社長である壱護(いちご)以外のスタッフたちの勤務時間は、起業当時から現在に至るまでホワイト企業と呼べる範疇(はんちゅう)に保ってている。

 

 だが、肝心要(かんじんかなめ)である『B小町(こまち)』の知名度を上げるための売り出し(かた)が、観客の注目を集める(ちから)を持つアイを中心に(かたよ)ってしまっていた。

 

 この点に関してグループのメンバーからは「不公平では?」と不満が出始めているのだが、現状では事情*2を話せば抑えきれる程度の話である。

 

 ただし、この状況が長く続けば続くほど、売り出し方に修正が効かなくなってくるのは間違いない。

 

 ミヤコからも苦言を(てい)されていて、早急な対処が求められていた。

 

「わかっちゃいるんだがな……」

 

 痛む頭を押さえながら、壱護(いちご)は誰とにもなく(つぶや)く。

 

 そして、盛大な ため息を吐き出した。

 

 携帯端末(スマートフォン)が着信を訴えたのは、そんな時である。

 

 画面には、政治家の秘書官である友人の名が表示されていた。

 

 約束の期日は まだ先の話だが、何用だろうか? 

 

 面倒事(めんどうごと)じゃあなければいいなぁ。

 

 そんなことを考えながら、壱護(いちご)は着信に応答する。

 

「もしもし、ミッチー。どしたん?」

 

壱護(いちご)……無惨(むざん)様からの……ご依頼だ……』

 

「議員からの依頼……?」

 

 壱護(いちご)は首を(かし)げた。

 

 仕事を依頼されるのは ありがたいが、政治家が壱護(いちご)に望む内容(もの)が想像出来ない。

 

 困惑する壱護(いちご)をよそに、友人は話を続ける。

 

(いま)……無惨(むざん)様は……宮崎県の病院に……身を隠している……その病院で……B小町(こまち)にライブをしてもらいたい……とのことだ……』

 

「宮崎ぃ〜?」

 

 思いもしなかった場所の指定に、壱護(いちご)は軽く驚いた。

 

 しかも、病院でのライブである。

 

 一瞬、病院のなかにある多目的室(レクリエーション・ルーム)で、お遊戯会のようなことをしている光景を幻視した。

 

 だが、すぐに首を振って妄想を振り払う。

 

 議員が求めている水準が、その程度な訳がないからだ。

 

 もしも、その程度のライブをやろうものなら、本気で見限られるだろう。*3

 

 少なくとも、壱護(いちご)はそう判断した。

 

 ならば、壱護(いちご)に出来る最大限のことをやらねばならない。

 

『無論……旅費はこちらが持とう……』

 

「ああ、そりゃあ ありがたいが……なぁ、ミッチー。病院の敷地で広い場所──例えば、病院の正面広場とか駐車場とか、とにかく広い空間を貸し切れたり出来ないか?」

 

 壱護(いちご)の問いかけが意表を突くものだったのか、電話(ぐち)の向こう側で友人が短く(うな)る。

 

 ややあって、友人から返答があった。

 

『それが必要なことならば……無惨(むざん)様のことだ……無理矢理にでも貸し切るだろう……』

 

 友人はそう言うと、(いぶか)しげな声で『何を考えている?』と問い返す。

 

()()鬼舞辻(きぶつじ)議員だぞ? いくら身を隠しているとは言え、身内だけでやるような、内容の薄っぺらい小さなライブで満足するとは思えねぇ。話題として見栄(みえ)を張れるだけの内容を要求してくるはずだ。──それなら、人を集めて盛大にやるべきだろう?」

 

 壱護(いちご)の意見に、友人は『確かに……』と納得の声をあげた。

 

 とは言え、問題はある。

 

 それは友人も思いついたようで、壱護(いちご)に問いかけてきた。

 

『規模を大きくするのは……良いのだが……どうやって……人を集めるつもりだ……』

 

 議員のいる場所を調べてみると、山のなかにある病院らしい。

 

 いつものようにSNSや公式ホームページで告知をしたところで、人が集まるような場所には思えなかった。

 

 それを踏まえた(うえ)で、壱護(いちご)は思いつくままに手段を語る。

 

「場所は病院だろ? だったら、献血(けんけつ)バスも呼んで献血(けんけつ)のイベントにしちまえばいい。──その(うえ)で行政も巻き込もう。()(まち)の運営する ご当地アイドルと対バンする形にして……そうだな。告知にテレビ局も巻き込んじまうか? 朝の情報番組(あた)りなら使ってくれるだろ。──そうすれば『B小町(こまち)』の宣伝にもなるし、議員に言った『1年で地上波』ってアレも満たせる。……あと、地元の自治体とも話をする必要があるな。上手く行けば、色々と世話をしてくれるだろ。──そうだ。バス会社に直通(ちょくつう)のシャトルバスを準備してもらうか? 山のなかだし、なるべくなら駐車場みたいな広い場所はイベントに使いてぇ。──あ、そうだ。的屋(てきや)を呼べねぇか? 出店(でみせ)があれば、ライブと献血(けんけつ)以外にも立ち寄る目的が出来て、親子連れも釣れそうだし……地元の的屋(てきや)に話を持っていけば、細かい部分は差配(さはい)してくれるだろ」

 

 ここまでを一息(ひといき)で言い切った壱護(いちご)は、ぼんやりと内容が浮かんだことで やる気が増していた。

 

「これは忙しくなりそうだな!」

 

『やる気が出たようで……何よりだ……』

 

 嬉々とした壱護(いちご)の声に、電話(ぐち)の向こう側にいる友人は苦笑する。

 

「やる気が出ないわけないだろ? 議員の納得する成果をあげようと必死こいてた所に、()って()いた良いチャンスだ。絶対に成功させて、議員に認めてもらわなくっちゃなぁ!」

 

 興奮して意識が前のめり気味になっているのだろう。

 

 壱護(いちご)は手帳を取り出すと、今後の予定を確認し始めた。

 

「色々と交渉しなくちゃいけねぇだろうから、早めに宮崎には行きたいが……今週は無理だとしても……いや、ミヤコに相談して……」

 

 あーでもない こーでもない と、(いま)ある予定を()ねくり回して悩み始める。

 

 あまりにも熱中し過ぎて、電話をしている最中(さいちゅう)であることすら忘れていそうな雰囲気(ふんいき)だ。

 

『ライブの予定は……いつ頃になる……?』

 

 少し放置し過ぎたのだろう。

 

 電話(ぐち)の向こう側にいる友人から催促(さいそく)するように問いかけられ、壱護(いちご)はハッとした。

 

「ああ、(わり)(わり)ぃ! えぇっと、ライブの予定だよな? あー、全体の準備と告知に時間が欲しいから、3ヶ月後ってのは……議員が待てそうにねぇかな?」*4

 

『そう、だな……』

 

 壱護(いちご)の提案に対し、友人からの返答は歯切れが悪い。

 

()()鬼舞辻(きぶつじ)議員が、そう長々と待ってくれるとも思えないからだ。

 

 毎年のように行われている祭りなどのイベントであれば、3ヶ月という準備期間は適正なほうだろう。

 

 しかし、今回の話は急なものである(うえ)に、行政やテレビ局も絡める予定である。

 

 さらに、イベントに参加してほしい者たちに話もしていないため、机上(きじょう)空論(くうろん)、絵に描いた餅の状態だ。

 

 むしろ、3ヶ月でも時間は足りないと考えたほうが良いだろう。

 

 だが、それでは駄目だと壱護(いちご)の直感が告げていた。

 

 なんとなくだが、悠長(ゆうちょう)にやっていてはいけない気がしたのだ。

 

 その直感を信じて、壱護(いちご)は決断する。

 

「どんなに短くできたとしても、イベントを周知させるのに3週間は時間が欲しい。──チラシもポスターもない状態だからな。さすがに、これ以下にはならねぇ。……イケると思うか?」

 

 難しい顔をした壱護(いちご)が問うと、電話(ぐち)の向こうからも悩むような(うな)り声が聞こえてきた。

 

『………………やるしかなかろうな……』

 

 友人も壱護(いちご)と似たような結論に(いた)ったようで、(なか)(あきら)めにも似た空気を感じる。

 

 だが、やると決めたら迅速に動き出さねばならない。

 

 そうでなければ、本当に間に合わなくなるからだ。

 

「まずは献血バスと的屋(てきや)、あとは ご当地アイドルだな」

 

『地元の自治体と行政に関しては……こちらからも話をしておこう……テレビ局は……後回しだな……まずは催し物(イベント)の形が出来ねば……話にならん……』

 

 取り急ぎ、イベントへの参加を依頼しなければならないものを()げていく。

 

 それから、あえて触れなかった話題について言及した。

 

「会場になる病院に関しては?」

 

『議員に……計画の全容を話せば……貸し切ってもらえるだろう……』

 

「議員への連絡は……あーっと……任せていいか?」

 

 鬼舞辻(きぶつじ)議員の事務所での顛末(てんまつ)から、少しだけ苦手意識が芽生えていた壱護(いちご)は、議員との会話を最小限にしたいという思惑を悟られないように話を振る。

 

 だが、そうは問屋(とんや)がおろさない。

 

 電話(ぐち)の向こうから返ってきたのは、やんわりとした拒否の言葉だった。

 

『いや……これは壱護(いちご)から……話をすべき案件……(もと)無惨(むざん)様からの依頼だとしても……壱護(いちご)が内容を考えたのだと伝えねば……(おのれ)の成果だと胸を張れぬだろう……』

 

 そう友人に指摘され、壱護(いちご)は『やっぱりダメか』と肩を落とす。

 

 だが、(かぶり)を振って気を入れ直すと、覚悟を決めて議員に連絡することを了承した。

 

 

 

 なお、議員に『ちょっとした お祭りのようにするので時間がかかる』と伝えた結果、何やら上機嫌で快諾(かいだく)されたため、壱護(いちご)は狐につままれた*5ような顔になったそうな。

 

 

 

 ★☆★☆★☆

 

 

 

「さりなは縁日(えんにち)……祭りの出店(でみせ)を見て回ったことはあるか?」

 

「え? う〜ん……たぶん、ない、かな? 4歳の頃から病院生活してるし、外出許可なんて ほとんど取れなかったから、お祭りなんてテレビで見かけるくらいだよ。入院する前ってなると3歳くらいの話でしょ? 覚えてなくても仕方なくない?」

 

「………………それもそうか。──ならば、楽しみにしておくといい」

 

「え、なになに? お祭りやるの?」

 

「秘密だ」

 

「えー? ──でも、それって ほぼ答えじゃん! 楽しみー!」

 

(ああ、さりなちゃんがあんなに楽しそうに……!)*6

 

「当日は そこの研修医に連れて回ってもらえ。私は行かん」

 

「えー!? おじさんも行こうよー!」

 

「私は身を隠すために入院しているのだ。何故(なぜ)、わざわざ人前(ひとまえ)に姿を現さねばならん?」

 

「えー……」

 

(これだけ派手に動いておいて、身を隠しているつもりなのは無理があると思いますよ? 鬼舞辻(きぶつじ)議員……!)*7

 

「……まあ、なんだ。研修医との逢引(デート)だとでも思って楽しんで来るといい」*8

 

「デート……!!」*9

 

鬼舞辻(きぶつじ)議員っ!!!?」*10

 

 

 

 ★☆★☆★☆

 

 

 

 院長室。

 

 そこは、特定の個人だけが自由に使える空間にして、院長にとって唯一(ゆいいつ)(やす)らげる最後の(とりで)である。

 

 ここ数日、とある入院患者の所為(せい)で胃に痛みを感じることが多くなった院長であるが、自分専用の部屋である院長室に閉じ籠もっている間だけは()(なか)理不尽(りふじん)*11不条理(ふじょうり)*12を忘れる事ができていた。

 

 ──昨日までは。

 

 そう、過去形である。

 

 現在の院長室は違う。

 

 まるで、罪人に裁きを下す裁判所、いや、死刑を執行する処刑場のような雰囲気が漂っていた。

 

 部屋の中央では入院患者*13である鬼舞辻(きぶつじ)議員が、院長を見下ろすように立っている。

 

 その(かたわ)らには、最早(もはや)お馴染みとなった人物──雨宮(あまみや)吾郎(ごろう)の姿があった。

 

 ちなみに、何とも言えない光景を見せられている吾郎は、顔を引きつらせながら白目を()いている。

 

「──さて、もう一度だけ()おう」

 

 (おごそ)かさ*14すら感じさせる声で、鬼舞辻(きぶつじ)議員は院長*15(にら)みつけた。

 

「貴様は私の問いに『はい』か『Yes(イエス)』でのみ答えよ。──この病院の敷地内で催し物(イベント)をやることにした。(ゆえ)に、貴様は許可を出せ」

 

「わ──へぶしっ!?」

 

 何かを言いかけた次の瞬間、議員の右手が(ひらめ)くと、院長の顔が(はじ)けるように横へと振られる。

 

 議員が院長の頬を叩いたのだ。

 

 一文字目しか(しゃべ)っていないが、望む答えではなかったのだろう。

 

 なお、このやり取りは(好きな数字を入れてね)回目である。

 

 呆然(ぼうぜん)とする院長をよそに、議員は(はた)いた側の手に持っていた物を院長の膝元(ひざもと)へと捨てた。

 

 床に落ちた()()の正体は、帯封(おびふう)(たば)ねられた紙幣(しへい)*16である。

 

 つまり、先程から院長は札束(さつたば)で頬をペシペシと(たた)くどころか、なかなかの勢いで殴られているわけだ。

 

 (カネ)の暴力(物理)である。

 

 ちなみに、院長は『わかりました』と言いたかったのだが、初回に『私は医者です! 賄賂(そんなモノ)は受け取れません!』と言ってしまっていた。

 

 そして、鬼舞辻(きぶつじ)無惨(むざん)という人物は脊髄反射(せきづいはんしゃ)物事(ものごと)を処理する(くせ)がある。

 

 なので、院長が『わかりました』と言おうとしても、その前に言っていた『私は医者です!』という言葉が議員の脳裏(のうり)(よぎ)ってしまうのだ。

 

 その結果、院長が『わ』と発言した瞬間、議員の右手*17(ひらめ)くという循環(サイクル)が出来上がっていた。

 

 もちろん、そのことに吾郎(ごろう)は気づいている。*18

 

 だが、下手(へた)口出(くちだ)しすると議員の機嫌を損ねかねないので、手で顔を(おお)ったり、天を(あお)いだりと反応(リアクション)はしても、あえて黙っていた。

 

「なかなか(ねば)るではないか。──この、業突(ごうつ)()りの守銭奴(しゅせんど)めっ!」

 

 院長の医者としての矜持(きょうじ)を評価したのか、はたまた、賄賂(わいろ)の増額が目当ての俗物(ぞくぶつ)と見えたのか。

 

 再び議員の右手が(ひらめ)いて、何事かを伝えようとする院長の頬が(はた)かれる。

 

 最早(もはや)、議員は聞く耳を持っていなかった。

 

 院長は泣いていい。

 

 それから数度、似たような光景が繰り返され、院長室に乾いた音が鳴り響く。

 

 その(かん)、吾郎はただ見ていることしか出来なかった。

 

 事が落ち着くまでに要した時間は30分くらいだろうか? 

 

 ようやく正しい返事の仕方*19に気づいた院長が『はい、わかりました』と言ったことで終わりを告げる。

 

 その頃には院長の頬は赤く腫れ上がり、話すのも辛そうな状態になっていた。

 

 いや、本当に院長は泣いていい。

 

「──まったく。最初から大人しく(うなず)いていれば良かったものを……」

 

 一仕事(ひとしごと)を終えた議員が、ヤレヤレとばかりに吐き捨てる。

 

 院長は言い返す気力もないのか、ぐったりとした様子で項垂(うなだ)れていた。

 

(いやいやいや。院長は割りと最初から許可を出すつもりでしたよ? 賄賂(わいろ)が駄目だっただけで……)

 

 吾郎(ごろう)理不尽(りふじん)(きわ)まりないことを言っている議員に対し、心のなかで抗議する。

 

 もちろん、(くち)に出さないのは議員の不興を買わないためだ。

 

 雨宮(あまみや)吾郎(ごろう)は空気の読める男なのである。

 

「ここにもう用はない。──戻るぞ」

 

「お、おまひくらはい!」*20

 

 議員が(きびす)を返して立ち去ろうとすると、院長が慌てた様子で呼び止めた。

 

「ほ、ほのおはへのははは──」*21

 

 呼び止められた議員は、床に散らばった札束を見遣(みや)る。

 

 そして、不愉快そうに顔を(しか)めた。

 

「貴様の汗に(まみ)れた紙くずなど要らん。煮るなり焼くなり好きにしろ」

 

 そう言い残して、議員は院長室を出ていく。

 

 大量の札束を放置していくという光景に唖然(あぜん)としていた吾郎(ごろう)も、慌てて議員の(あと)を追った。

 

 先程まで騒がしかった院長室に静寂(せいじゃく)が戻る。

 

 院長は(なか)呆然(ぼうぜん)としながら、床に落ちた札束に目を向けた。

 

 札束の総数など知りたくもないが、両手の指で数え切れるものではないだろう。*22

 

 ふと、紙幣に刻印(こくいん)された過去の偉人と目が合ったような気がした。

 

 その目は、まるで院長を責めているようにも感じられる。

 

(あれ……? これって(わし)賄賂(わいろ)を受け取った? 受け取ったことになる、のか……?)

 

 そう内心で考えた(あと)、院長は白目を()き、泡を吹いて気を失うのだった。*23

 

 

 

 ★☆★☆★☆

 

 

 

 宮崎県の某所にある、とある邸宅(ていたく)

 

 そこは、古い時代から地元に根ざす的屋(てきや)の元締めが住む屋敷(やしき)である。

 

 この日、黒死牟(こくしぼう)こと継国(つぎくに)巌勝(みちかつ)は、的屋(てきや)催し物(イベント)への参加を依頼しに来ていた。

 

 巌勝(みちかつ)が直接 出向いたのは、明らかに無理のある日程(スケジュール)での参加をお願いするための誠意を見せるためである。

 

 的屋(てきや)の元締めである初老の男性に目通り出来た巌勝(みちかつ)は、話の取っ掛かりとして手土産(てみやげ)を渡すことにした。

 

「まずはこちらを……お納めいただきたく……」

 

 スッと差し出したのは菓子折りの箱。*24

 

 それを受け取って中身を(あらた)めた屋敷の(あるじ)である初老の男性は、ふむ、と(うなず)いて目を細める。

 

 箱のなかに入っている菓子からは想像できないほどの重さを感じて、何かを悟ったのだ。

 

山吹色(やまぶきいろ)の菓子、か……」

 

 ただの菓子折りがそれほど重たいはずがない。

 

 その理由に思い至った老人は、苦笑しながら巌勝(みちかつ)へと視線を向けた。

 

「アンタ、例の議員さんとこの子飼いだね?」

 

 例の、とは、鬼舞辻(きぶつじ)議員のことだろう。

 

 巌勝(みちかつ)は、短く『はい』とだけ返事をする。

 

 相手側に無茶を承知で仕事を依頼するのだ。

 

 少しでも機嫌を損ねるような真似を避けるため、返答には慎重にならざるを得ない。

 

 そんな巌勝(みちかつ)の様子を観察していた老人は、フッと笑みを浮かべると、菓子折りの箱を(かたわ)らに同席させていた若い男に渡した。

 

 とりあえず、受け取ってはもらえたらしい。

 

 最初の関門を突破することが出来た巌勝(みちかつ)は、ホッと息を吐く。

 

 だが、交渉はこれからである。

 

 気を引き締め直して老人に向き直った巌勝(みちかつ)だったが、その意気込みは良い意味で裏切られた。

 

「この(たび)は──」

 

 まずは初手(しょて)土下座(どけざ)

 

 無理なお願いを聞いてもらうために、巌勝(みちかつ)個人が出来る せめてもの誠意の見せ方である。

 

 だが、巌勝(みちかつ)が頭を下げきる前に、老人は片手でその動きを制してきた。

 

「話は聞かせてもらっているよ。──あの病院には、ウチの(もん)もお世話になっているからね」

 

 そう言って、老人は笑みを浮かべる。

 

「確かに無茶なお願いではあるね。普通なら断るか、準備に時間のかからないモノだけ(そろ)えた内容にするところさ。──だが、天童寺さん()のお孫さんのためってんなら話は別だ」

 

 宮崎総合病院で無惨(むざん)が出会った少女(さりな)の祖父母は、地元(じもと)で名を知らない人がいないほどの名士*25だ。

 

 過去、天童寺家に お世話になった者は数多く、そのうちのひとつが、偶然にも今回の話を持ちかけた的屋(てきや)だったのである。

 

「今回の依頼、確かに(うけたまわ)った。──あと、この()()()()()()()は有り難くいただこうかね。出店(でみせ)用の資材やら食材費に使わせてもらうよ」*26

 

 そう言って、老人は人好きのする笑顔を浮かべた。

 

 予想もしていなかった即決に、巌勝(みちかつ)は目を白黒させる。

 

 とは言え、巌勝(みちかつ)にとって老人の決定は喜ぶべきことだ。

 

 戸惑いながらも頭を下げて感謝を伝え、屋敷を(あと)にした。

 

 

 

 その後も、行く先々(さきざき)でも(おおむ)ね似たような反応と色良(いろよ)い返事をもらい、巌勝(みちかつ)は困惑することになる。

 

 それは別行動で関係各所を回っている壱護(いちご)も同じようで、恐ろしいほど順調に準備が整っていっていた。

 

 あまりにも順調すぎて、壱護(いちご)などは『後々になって、何かしらの悪い事が起きるんじゃないか?』と警戒してしまうほどである。

 

「これもすべては……天童寺家の影響力……そのお(かげ)……()いては……天童寺家と(えにし)(つな)いだ……無惨(むざん)様のお(かげ)か……」

 

 そう(ひと)()ち、(おの)が上司の影響力を改めて認識するのだった。

 

 

 

 

★☆★☆★☆

 

 

 

 

 201号室(さりなの病室)には毎度お馴染(なじ)みの面子(めんつ)*27(そろ)い、いつものように雑談に花を咲かせていた。

 

 雑談の内容は日によって色々と変わるが、時には吾郎(ごろう)の勤務時間ギリギリまで続けられることすらある雑談である。*28

 

 さすがに食事のときくらいは自分の病室に戻ると思いきや、議員の気分によっては『201号室(ここ)に持ってこさせろ』と言われることもあった。

 

 それに巻き込まれるような形で吾郎(ごろう)も食事をともにする事もあり、なかなか気の休まる時間が取れないのが最近の彼の悩みである。*29 

 

 閑話休題。

 

 今日も今日とて面会時間ギリギリまで話し込んでいると、とても珍しいことに201号室(さりなの病室)に来客があった。

 

 鬼舞辻(きぶつじ)議員の秘書官である黒死牟(こくしぼう)である。

 

 議員に(まつ)わる騒動(スキャンダル)の後始末についての報告と、予定している催し物(イベント)の進捗状況を伝えるための来訪だった。

 

「──なるほど。すべては順調だということだな」

 

 報告を受けた鬼舞辻(きぶつじ)議員は満足気(まんぞくげ)な笑みを浮かべる。

 

 ついでに吾郎(ごろう)と さりな に『どうだ、私は凄いだろう?』と言わんばかりにドヤ顔を披露した。

 

 それを見た さりな は『おじさん、すご~い!』と純粋に()(たた)え、吾郎(ごろう)はそれに便乗しながら苦笑する。

 

「それにしても、本当に『B小町(こまち)』を呼んじゃうだけじゃなくて、お祭りまで開催しちゃうとは……」

 

 恐るべきは鬼舞辻(きぶつじ)議員の伝手(つて)というべきか、悪徳政治家の権力と言うべきか。

 

 (なか)ば呆れるように吾郎(ごろう)(つぶや)いた。

 

 それを耳にした議員は、上機嫌かつ尊大な態度で鼻を鳴らす。

 

「私の都合は何よりも優先されるべきこと。当然の結果だ」

 

「…………………………ソウデスネ」

 

 あまりの言いように、吾郎(ごろう)(かろ)うじて一言(ひとこと)返すのが精一杯だった。

 

 さすがは天上天下(てんじょうてんが)唯我独尊(ゆいがどくそん)()で行く悪徳政治家である。

 

 これには さりな も苦笑(にがわら)いを浮かべる(ほか)なく、ドン引きしているのを悟られないように誤魔化(ごまか)すのが やっとという有り様だった。

 

 ちなみに、実際に凄いのは さりな の祖父母が持つ地元(じもと)への影響力である。

 

 それがなければ、ここまで順調に準備を進めることは出来なかっただろう。

 

 とは言え、気分良くドヤ顔をしているのだ。

 

 下手(へた)に指摘して機嫌を損ねる必要はない。

 

 所謂(いわゆる)、言わぬが花、というヤツである。

 

無惨(むざん)様は……『B小町(こまち)』が所属する事務所の……支援者(スポンサー)でもある……それに……『(いちご)プロダクション』の社長と私は……同級生だ……そういった(えにし)もあって……色々と融通が利く……」

 

「そうなんですか!?」

 

 秘書官からもたらされた補足情報に二人は驚いた。

 

 とくに吾郎(ごろう)は、悪徳政治家のもつ(カネ)と権力で『B小町(こまち)』を呼びつけたものとばかり思っていたからだ。

 

「証拠……というわけではないが……こんなモノも……持っている……」

 

 そう言って、秘書官は(ふところ)から1枚のカードを取り出すと、二人に見せた。

 

 カードを見せられた吾郎(ごろう)は首を(かし)げる。

 

「なんですか、それ?」

 

 吾郎(ごろう)の反応はイマイチなものだったが、さりな のほうは劇的だった。

 

「B小町(こまち)ファンクラブの会員証(メンバーズカード)!」

 

 まるで食いつくように勢いよく前のめりになって、さりな はキラキラとした(ひとみ)会員証(メンバーズカード)熱視線(ねっしせん)を送る。

 

 あまりにも熱心に見ているので、秘書官は苦笑しながらカードを手渡した。

 

「うわぁ~! いいなぁ~! ホンモノだぁ〜!」

 

 表を見て、裏を見て、角度を変えて──と、さりな は1枚のカードを鑑定するかのように(なが)める。

 

 そして、会員証(メンバーズカード)に印字されていた数字を見てピシリと固まった。

 

か、会員番号1(じ、上弦ノ壱)……!?」*30

 

 明らかに身内にしか配られないであろう数字を前に、さりな は(くち)を大きく開けたまま秘書官に羨望(せんぼう)眼差(まなざ)しを送る。

 

 それを見ていた議員は、ふと気になったことを(たず)ねた。

 

「さりな は持っていないのか?」

 

「持ってないよ? 公式ファンクラブが出来たのは最近の話だもん!」

 

「……そうか」

 

 さりな の話を聞いた議員は、一瞬だけ秘書官に視線を向ける。

 

 それが何を意味するのか。

 

 議員の意図(いと)を察した秘書官は、小さく(うなず)いたあとに素知(そし)らぬ顔をして会話に戻っていった。

 

 ちなみに、吾郎(ごろう)と さりな はファンクラブの会員特典について話していたためか、議員と秘書官のやり取りには気づかなかったようである。

 

「……当日が楽しみだな」

 

 議員は誰にともなく(つぶや)くと、夢中になって話し続ける さりな と吾郎(ごろう)微笑(ほほえ)ましげに(なが)めるのだった。

 

*1
心にゆとりがなく、視野が狭くなり、(せわ)しなく動いている様子のこと。

*2
スポンサーである無惨(むざん)に『半年で何かしらの結果を出せ』と言われた件。

*3
なお、当の議員は『B小町(こまち)』を呼ぶことだけを考えていたので、ライブの規模などは考えていなかったりする。

*4
鬼舞辻(きぶつじ)議員は毎回75日で退院している。

*5
意外で呆気にとられるさま。

*6
後方保護者面の雨宮(あまみや)吾郎(ごろう)

*7
(くち)に出すと(すご)い目で(にら)まれるので言わない。無惨(むざん)(あつか)い方が(わか)ってきた雨宮(あまみや)吾郎(ごろう)

*8
さりな の視線に耐えられなくなったので、吾郎(ごろう)を盾にした。

*9
ものすごくキラキラした瞳で吾郎(ごろう)を見ている。

*10
突然の流れ弾に動揺を隠せない。

*11
道理に合わないこと。鬼舞辻(きぶつじ)議員からの無茶振(むちゃぶ)りや無理難題(むりなんだい)な要求が(まさ)にそれ。

*12
事柄の筋道が立たないこと。院長に言わせれば、鬼舞辻(きぶつじ)議員が入院しにきた事。

*13
何で入院患者が院長より偉そうにしてるんだろう……? 

*14
気持ちが引き締まるほどに重々(おもおも)しい様子(ようす)

*15
何故か床に正座させられている。……不憫(ふびん)だ。

*16
百万円。

*17
ある意味、黄金の右。

*18
日常的に関わりすぎて、鬼舞辻(きぶつじ)議員の取り扱いが身に()みて理解できた男。鬼舞辻無惨(危険物)取り扱い検定が存在するなら準2級は取れるだろう。

*19
正しい返事の仕方ってなんだ……?

*20
訳「お、お待ちください!」

*21
訳「こ、このお金の山は──」

*22
つまり、少なくとも1000万円以上の札束が散乱している。

*23
後日、病院にやってきた議員の秘書官に泣きつくことで、大量の札束は病院への寄付金として処理されました。

*24
忘れがちだが、黒死牟(こくしぼう)こと巌勝(みちかつ)は悪徳政治家の手先である。当然、菓子折りの箱には……?

*25
あくまでも地元(じもと)で慕われているのは()()()。東京に出ていった さりな の両親に対する評価は別。ちなみに、さりな に対する扱いが知れ渡るにつれて宮崎での評判に(かげ)りが出てきているのだが、東京にいる当人たちは知らない。

*26
渡し方が賄賂(わいろ)のそれなだけで、使い道は()(とう)なもの。出店(でみせ)をやるにも現金(先立つ物)は必要不可欠。会計処理さえキチンとしておけば法的にもセーフ……なはず。

*27
さりな、吾郎(ごろう)無惨(むざん)の三人。

*28
先輩医師「雨宮(あまみや)の仕事ぉ? そりゃあ……鬼舞辻(きぶつじ)議員の お世話がアイツの仕事だろ」(目逸らし)

*29
とは言え、誰かと一緒に食事をすることがなかった さりな が楽しそうにしているので『まあ、いいか』と諦めに近い形で受け入れている。

*30
壱護(いちご)「なんとなく、ミッチーは会員番号1(上弦ノ壱)って感じがすんのよ」

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