その日、斎藤壱護はいつものように齷齪と仕事に没頭していた。
何せ、鬼舞辻議員と約束した期日まで1ヶ月程度しか残されていないのだ。
必死やら、鬼気迫るやら、そういった表現が相応しい様子になるのも当然だろう。
一応、社長である壱護以外のスタッフたちの勤務時間は、起業当時から現在に至るまでホワイト企業と呼べる範疇に保ってている。
だが、肝心要である『B小町』の知名度を上げるための売り出し方が、観客の注目を集める力を持つアイを中心に偏ってしまっていた。
この点に関してグループのメンバーからは「不公平では?」と不満が出始めているのだが、現状では事情を話せば抑えきれる程度の話である。
ただし、この状況が長く続けば続くほど、売り出し方に修正が効かなくなってくるのは間違いない。
ミヤコからも苦言を呈されていて、早急な対処が求められていた。
「わかっちゃいるんだがな……」
痛む頭を押さえながら、壱護は誰とにもなく呟く。
そして、盛大な ため息を吐き出した。
携帯端末が着信を訴えたのは、そんな時である。
画面には、政治家の秘書官である友人の名が表示されていた。
約束の期日は まだ先の話だが、何用だろうか?
面倒事じゃあなければいいなぁ。
そんなことを考えながら、壱護は着信に応答する。
「もしもし、ミッチー。どしたん?」
『壱護……無惨様からの……ご依頼だ……』
「議員からの依頼……?」
壱護は首を傾げた。
仕事を依頼されるのは ありがたいが、政治家が壱護に望む内容が想像出来ない。
困惑する壱護をよそに、友人は話を続ける。
『今……無惨様は……宮崎県の病院に……身を隠している……その病院で……B小町にライブをしてもらいたい……とのことだ……』
「宮崎ぃ〜?」
思いもしなかった場所の指定に、壱護は軽く驚いた。
しかも、病院でのライブである。
一瞬、病院のなかにある多目的室で、お遊戯会のようなことをしている光景を幻視した。
だが、すぐに首を振って妄想を振り払う。
議員が求めている水準が、その程度な訳がないからだ。
もしも、その程度のライブをやろうものなら、本気で見限られるだろう。
少なくとも、壱護はそう判断した。
ならば、壱護に出来る最大限のことをやらねばならない。
『無論……旅費はこちらが持とう……』
「ああ、そりゃあ ありがたいが……なぁ、ミッチー。病院の敷地で広い場所──例えば、病院の正面広場とか駐車場とか、とにかく広い空間を貸し切れたり出来ないか?」
壱護の問いかけが意表を突くものだったのか、電話口の向こう側で友人が短く唸る。
ややあって、友人から返答があった。
『それが必要なことならば……無惨様のことだ……無理矢理にでも貸し切るだろう……』
友人はそう言うと、訝しげな声で『何を考えている?』と問い返す。
「あの鬼舞辻議員だぞ? いくら身を隠しているとは言え、身内だけでやるような、内容の薄っぺらい小さなライブで満足するとは思えねぇ。話題として見栄を張れるだけの内容を要求してくるはずだ。──それなら、人を集めて盛大にやるべきだろう?」
壱護の意見に、友人は『確かに……』と納得の声をあげた。
とは言え、問題はある。
それは友人も思いついたようで、壱護に問いかけてきた。
『規模を大きくするのは……良いのだが……どうやって……人を集めるつもりだ……』
議員のいる場所を調べてみると、山のなかにある病院らしい。
いつものようにSNSや公式ホームページで告知をしたところで、人が集まるような場所には思えなかった。
それを踏まえた上で、壱護は思いつくままに手段を語る。
「場所は病院だろ? だったら、献血バスも呼んで献血のイベントにしちまえばいい。──その上で行政も巻き込もう。市か町の運営する ご当地アイドルと対バンする形にして……そうだな。告知にテレビ局も巻き込んじまうか? 朝の情報番組辺りなら使ってくれるだろ。──そうすれば『B小町』の宣伝にもなるし、議員に言った『1年で地上波』ってアレも満たせる。……あと、地元の自治体とも話をする必要があるな。上手く行けば、色々と世話をしてくれるだろ。──そうだ。バス会社に直通のシャトルバスを準備してもらうか? 山のなかだし、なるべくなら駐車場みたいな広い場所はイベントに使いてぇ。──あ、そうだ。的屋を呼べねぇか? 出店があれば、ライブと献血以外にも立ち寄る目的が出来て、親子連れも釣れそうだし……地元の的屋に話を持っていけば、細かい部分は差配してくれるだろ」
ここまでを一息で言い切った壱護は、ぼんやりと内容が浮かんだことで やる気が増していた。
「これは忙しくなりそうだな!」
『やる気が出たようで……何よりだ……』
嬉々とした壱護の声に、電話口の向こう側にいる友人は苦笑する。
「やる気が出ないわけないだろ? 議員の納得する成果をあげようと必死こいてた所に、降って湧いた良いチャンスだ。絶対に成功させて、議員に認めてもらわなくっちゃなぁ!」
興奮して意識が前のめり気味になっているのだろう。
壱護は手帳を取り出すと、今後の予定を確認し始めた。
「色々と交渉しなくちゃいけねぇだろうから、早めに宮崎には行きたいが……今週は無理だとしても……いや、ミヤコに相談して……」
あーでもない こーでもない と、今ある予定を捏ねくり回して悩み始める。
あまりにも熱中し過ぎて、電話をしている最中であることすら忘れていそうな雰囲気だ。
『ライブの予定は……いつ頃になる……?』
少し放置し過ぎたのだろう。
電話口の向こう側にいる友人から催促するように問いかけられ、壱護はハッとした。
「ああ、悪ぃ悪ぃ! えぇっと、ライブの予定だよな? あー、全体の準備と告知に時間が欲しいから、3ヶ月後ってのは……議員が待てそうにねぇかな?」
『そう、だな……』
壱護の提案に対し、友人からの返答は歯切れが悪い。
あの鬼舞辻議員が、そう長々と待ってくれるとも思えないからだ。
毎年のように行われている祭りなどのイベントであれば、3ヶ月という準備期間は適正なほうだろう。
しかし、今回の話は急なものである上に、行政やテレビ局も絡める予定である。
さらに、イベントに参加してほしい者たちに話もしていないため、机上の空論、絵に描いた餅の状態だ。
むしろ、3ヶ月でも時間は足りないと考えたほうが良いだろう。
だが、それでは駄目だと壱護の直感が告げていた。
なんとなくだが、悠長にやっていてはいけない気がしたのだ。
その直感を信じて、壱護は決断する。
「どんなに短くできたとしても、イベントを周知させるのに3週間は時間が欲しい。──チラシもポスターもない状態だからな。さすがに、これ以下にはならねぇ。……イケると思うか?」
難しい顔をした壱護が問うと、電話口の向こうからも悩むような唸り声が聞こえてきた。
『………………やるしかなかろうな……』
友人も壱護と似たような結論に至ったようで、半ば諦めにも似た空気を感じる。
だが、やると決めたら迅速に動き出さねばならない。
そうでなければ、本当に間に合わなくなるからだ。
「まずは献血バスと的屋、あとは ご当地アイドルだな」
『地元の自治体と行政に関しては……こちらからも話をしておこう……テレビ局は……後回しだな……まずは催し物の形が出来ねば……話にならん……』
取り急ぎ、イベントへの参加を依頼しなければならないものを挙げていく。
それから、あえて触れなかった話題について言及した。
「会場になる病院に関しては?」
『議員に……計画の全容を話せば……貸し切ってもらえるだろう……』
「議員への連絡は……あーっと……任せていいか?」
鬼舞辻議員の事務所での顛末から、少しだけ苦手意識が芽生えていた壱護は、議員との会話を最小限にしたいという思惑を悟られないように話を振る。
だが、そうは問屋がおろさない。
電話口の向こうから返ってきたのは、やんわりとした拒否の言葉だった。
『いや……これは壱護から……話をすべき案件……元は無惨様からの依頼だとしても……壱護が内容を考えたのだと伝えねば……己の成果だと胸を張れぬだろう……』
そう友人に指摘され、壱護は『やっぱりダメか』と肩を落とす。
だが、頭を振って気を入れ直すと、覚悟を決めて議員に連絡することを了承した。
なお、議員に『ちょっとした お祭りのようにするので時間がかかる』と伝えた結果、何やら上機嫌で快諾されたため、壱護は狐につままれたような顔になったそうな。
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「さりなは縁日……祭りの出店を見て回ったことはあるか?」
「え? う〜ん……たぶん、ない、かな? 4歳の頃から病院生活してるし、外出許可なんて ほとんど取れなかったから、お祭りなんてテレビで見かけるくらいだよ。入院する前ってなると3歳くらいの話でしょ? 覚えてなくても仕方なくない?」
「………………それもそうか。──ならば、楽しみにしておくといい」
「え、なになに? お祭りやるの?」
「秘密だ」
「えー? ──でも、それって ほぼ答えじゃん! 楽しみー!」
(ああ、さりなちゃんがあんなに楽しそうに……!)
「当日は そこの研修医に連れて回ってもらえ。私は行かん」
「えー!? おじさんも行こうよー!」
「私は身を隠すために入院しているのだ。何故、わざわざ人前に姿を現さねばならん?」
「えー……」
(これだけ派手に動いておいて、身を隠しているつもりなのは無理があると思いますよ? 鬼舞辻議員……!)
「……まあ、なんだ。研修医との逢引だとでも思って楽しんで来るといい」
「デート……!!」
「鬼舞辻議員っ!!!?」
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院長室。
そこは、特定の個人だけが自由に使える空間にして、院長にとって唯一安らげる最後の砦である。
ここ数日、とある入院患者の所為で胃に痛みを感じることが多くなった院長であるが、自分専用の部屋である院長室に閉じ籠もっている間だけは世の中の理不尽や不条理を忘れる事ができていた。
──昨日までは。
そう、過去形である。
現在の院長室は違う。
まるで、罪人に裁きを下す裁判所、いや、死刑を執行する処刑場のような雰囲気が漂っていた。
部屋の中央では入院患者である鬼舞辻議員が、院長を見下ろすように立っている。
その傍らには、最早お馴染みとなった人物──雨宮吾郎の姿があった。
ちなみに、何とも言えない光景を見せられている吾郎は、顔を引きつらせながら白目を剥いている。
「──さて、もう一度だけ問おう」
厳かさすら感じさせる声で、鬼舞辻議員は院長を睨みつけた。
「貴様は私の問いに『はい』か『Yes』でのみ答えよ。──この病院の敷地内で催し物をやることにした。故に、貴様は許可を出せ」
「わ──へぶしっ!?」
何かを言いかけた次の瞬間、議員の右手が閃くと、院長の顔が弾けるように横へと振られる。
議員が院長の頬を叩いたのだ。
一文字目しか喋っていないが、望む答えではなかったのだろう。
なお、このやり取りは○回目である。
呆然とする院長をよそに、議員は叩いた側の手に持っていた物を院長の膝元へと捨てた。
床に落ちたそれの正体は、帯封で束ねられた紙幣である。
つまり、先程から院長は札束で頬をペシペシと叩くどころか、なかなかの勢いで殴られているわけだ。
金の暴力(物理)である。
ちなみに、院長は『わかりました』と言いたかったのだが、初回に『私は医者です! 賄賂は受け取れません!』と言ってしまっていた。
そして、鬼舞辻無惨という人物は脊髄反射で物事を処理する癖がある。
なので、院長が『わかりました』と言おうとしても、その前に言っていた『私は医者です!』という言葉が議員の脳裏を過ってしまうのだ。
その結果、院長が『わ』と発言した瞬間、議員の右手が閃くという循環が出来上がっていた。
もちろん、そのことに吾郎は気づいている。
だが、下手に口出しすると議員の機嫌を損ねかねないので、手で顔を覆ったり、天を仰いだりと反応はしても、あえて黙っていた。
「なかなか粘るではないか。──この、業突く張りの守銭奴めっ!」
院長の医者としての矜持を評価したのか、はたまた、賄賂の増額が目当ての俗物と見えたのか。
再び議員の右手が閃いて、何事かを伝えようとする院長の頬が叩かれる。
最早、議員は聞く耳を持っていなかった。
院長は泣いていい。
それから数度、似たような光景が繰り返され、院長室に乾いた音が鳴り響く。
その間、吾郎はただ見ていることしか出来なかった。
事が落ち着くまでに要した時間は30分くらいだろうか?
ようやく正しい返事の仕方に気づいた院長が『はい、わかりました』と言ったことで終わりを告げる。
その頃には院長の頬は赤く腫れ上がり、話すのも辛そうな状態になっていた。
いや、本当に院長は泣いていい。
「──まったく。最初から大人しく頷いていれば良かったものを……」
一仕事を終えた議員が、ヤレヤレとばかりに吐き捨てる。
院長は言い返す気力もないのか、ぐったりとした様子で項垂れていた。
(いやいやいや。院長は割りと最初から許可を出すつもりでしたよ? 賄賂が駄目だっただけで……)
吾郎は理不尽極まりないことを言っている議員に対し、心のなかで抗議する。
もちろん、口に出さないのは議員の不興を買わないためだ。
雨宮吾郎は空気の読める男なのである。
「ここにもう用はない。──戻るぞ」
「お、おまひくらはい!」
議員が踵を返して立ち去ろうとすると、院長が慌てた様子で呼び止めた。
「ほ、ほのおはへのははは──」
呼び止められた議員は、床に散らばった札束を見遣る。
そして、不愉快そうに顔を顰めた。
「貴様の汗に塗れた紙くずなど要らん。煮るなり焼くなり好きにしろ」
そう言い残して、議員は院長室を出ていく。
大量の札束を放置していくという光景に唖然としていた吾郎も、慌てて議員の後を追った。
先程まで騒がしかった院長室に静寂が戻る。
院長は半ば呆然としながら、床に落ちた札束に目を向けた。
札束の総数など知りたくもないが、両手の指で数え切れるものではないだろう。
ふと、紙幣に刻印された過去の偉人と目が合ったような気がした。
その目は、まるで院長を責めているようにも感じられる。
(あれ……? これって儂、賄賂を受け取った? 受け取ったことになる、のか……?)
そう内心で考えた後、院長は白目を剥き、泡を吹いて気を失うのだった。
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宮崎県の某所にある、とある邸宅。
そこは、古い時代から地元に根ざす的屋の元締めが住む屋敷である。
この日、黒死牟こと継国巌勝は、的屋に催し物への参加を依頼しに来ていた。
巌勝が直接 出向いたのは、明らかに無理のある日程での参加をお願いするための誠意を見せるためである。
的屋の元締めである初老の男性に目通り出来た巌勝は、話の取っ掛かりとして手土産を渡すことにした。
「まずはこちらを……お納めいただきたく……」
スッと差し出したのは菓子折りの箱。
それを受け取って中身を検めた屋敷の主である初老の男性は、ふむ、と頷いて目を細める。
箱のなかに入っている菓子からは想像できないほどの重さを感じて、何かを悟ったのだ。
「山吹色の菓子、か……」
ただの菓子折りがそれほど重たいはずがない。
その理由に思い至った老人は、苦笑しながら巌勝へと視線を向けた。
「アンタ、例の議員さんとこの子飼いだね?」
例の、とは、鬼舞辻議員のことだろう。
巌勝は、短く『はい』とだけ返事をする。
相手側に無茶を承知で仕事を依頼するのだ。
少しでも機嫌を損ねるような真似を避けるため、返答には慎重にならざるを得ない。
そんな巌勝の様子を観察していた老人は、フッと笑みを浮かべると、菓子折りの箱を傍らに同席させていた若い男に渡した。
とりあえず、受け取ってはもらえたらしい。
最初の関門を突破することが出来た巌勝は、ホッと息を吐く。
だが、交渉はこれからである。
気を引き締め直して老人に向き直った巌勝だったが、その意気込みは良い意味で裏切られた。
「この度は──」
まずは初手、土下座。
無理なお願いを聞いてもらうために、巌勝個人が出来る せめてもの誠意の見せ方である。
だが、巌勝が頭を下げきる前に、老人は片手でその動きを制してきた。
「話は聞かせてもらっているよ。──あの病院には、ウチの者もお世話になっているからね」
そう言って、老人は笑みを浮かべる。
「確かに無茶なお願いではあるね。普通なら断るか、準備に時間のかからないモノだけ揃えた内容にするところさ。──だが、天童寺さん家のお孫さんのためってんなら話は別だ」
宮崎総合病院で無惨が出会った少女の祖父母は、地元で名を知らない人がいないほどの名士だ。
過去、天童寺家に お世話になった者は数多く、そのうちのひとつが、偶然にも今回の話を持ちかけた的屋だったのである。
「今回の依頼、確かに承った。──あと、この菓子折りの中身は有り難くいただこうかね。出店用の資材やら食材費に使わせてもらうよ」
そう言って、老人は人好きのする笑顔を浮かべた。
予想もしていなかった即決に、巌勝は目を白黒させる。
とは言え、巌勝にとって老人の決定は喜ぶべきことだ。
戸惑いながらも頭を下げて感謝を伝え、屋敷を後にした。
その後も、行く先々でも概ね似たような反応と色良い返事をもらい、巌勝は困惑することになる。
それは別行動で関係各所を回っている壱護も同じようで、恐ろしいほど順調に準備が整っていっていた。
あまりにも順調すぎて、壱護などは『後々になって、何かしらの悪い事が起きるんじゃないか?』と警戒してしまうほどである。
「これもすべては……天童寺家の影響力……そのお陰……延いては……天童寺家と縁を繋いだ……無惨様のお陰か……」
そう独り言ち、己が上司の影響力を改めて認識するのだった。
★☆★☆★☆
201号室には毎度お馴染みの面子が揃い、いつものように雑談に花を咲かせていた。
雑談の内容は日によって色々と変わるが、時には吾郎の勤務時間ギリギリまで続けられることすらある雑談である。
さすがに食事のときくらいは自分の病室に戻ると思いきや、議員の気分によっては『201号室に持ってこさせろ』と言われることもあった。
それに巻き込まれるような形で吾郎も食事をともにする事もあり、なかなか気の休まる時間が取れないのが最近の彼の悩みである。
閑話休題。
今日も今日とて面会時間ギリギリまで話し込んでいると、とても珍しいことに201号室に来客があった。
鬼舞辻議員の秘書官である黒死牟である。
議員に纏わる騒動の後始末についての報告と、予定している催し物の進捗状況を伝えるための来訪だった。
「──なるほど。すべては順調だということだな」
報告を受けた鬼舞辻議員は満足気な笑みを浮かべる。
ついでに吾郎と さりな に『どうだ、私は凄いだろう?』と言わんばかりにドヤ顔を披露した。
それを見た さりな は『おじさん、すご~い!』と純粋に誉め讃え、吾郎はそれに便乗しながら苦笑する。
「それにしても、本当に『B小町』を呼んじゃうだけじゃなくて、お祭りまで開催しちゃうとは……」
恐るべきは鬼舞辻議員の伝手というべきか、悪徳政治家の権力と言うべきか。
半ば呆れるように吾郎が呟いた。
それを耳にした議員は、上機嫌かつ尊大な態度で鼻を鳴らす。
「私の都合は何よりも優先されるべきこと。当然の結果だ」
「…………………………ソウデスネ」
あまりの言いように、吾郎は辛うじて一言返すのが精一杯だった。
さすがは天上天下唯我独尊を地で行く悪徳政治家である。
これには さりな も苦笑いを浮かべる他なく、ドン引きしているのを悟られないように誤魔化すのが やっとという有り様だった。
ちなみに、実際に凄いのは さりな の祖父母が持つ地元への影響力である。
それがなければ、ここまで順調に準備を進めることは出来なかっただろう。
とは言え、気分良くドヤ顔をしているのだ。
下手に指摘して機嫌を損ねる必要はない。
所謂、言わぬが花、というヤツである。
「無惨様は……『B小町』が所属する事務所の……支援者でもある……それに……『苺プロダクション』の社長と私は……同級生だ……そういった縁もあって……色々と融通が利く……」
「そうなんですか!?」
秘書官からもたらされた補足情報に二人は驚いた。
とくに吾郎は、悪徳政治家のもつ金と権力で『B小町』を呼びつけたものとばかり思っていたからだ。
「証拠……というわけではないが……こんなモノも……持っている……」
そう言って、秘書官は懐から1枚のカードを取り出すと、二人に見せた。
カードを見せられた吾郎は首を傾げる。
「なんですか、それ?」
吾郎の反応はイマイチなものだったが、さりな のほうは劇的だった。
「B小町ファンクラブの会員証!」
まるで食いつくように勢いよく前のめりになって、さりな はキラキラとした瞳で会員証に熱視線を送る。
あまりにも熱心に見ているので、秘書官は苦笑しながらカードを手渡した。
「うわぁ~! いいなぁ~! ホンモノだぁ〜!」
表を見て、裏を見て、角度を変えて──と、さりな は1枚のカードを鑑定するかのように眺める。
そして、会員証に印字されていた数字を見てピシリと固まった。
「か、会員番号1……!?」
明らかに身内にしか配られないであろう数字を前に、さりな は口を大きく開けたまま秘書官に羨望の眼差しを送る。
それを見ていた議員は、ふと気になったことを訊ねた。
「さりな は持っていないのか?」
「持ってないよ? 公式ファンクラブが出来たのは最近の話だもん!」
「……そうか」
さりな の話を聞いた議員は、一瞬だけ秘書官に視線を向ける。
それが何を意味するのか。
議員の意図を察した秘書官は、小さく頷いたあとに素知らぬ顔をして会話に戻っていった。
ちなみに、吾郎と さりな はファンクラブの会員特典について話していたためか、議員と秘書官のやり取りには気づかなかったようである。
「……当日が楽しみだな」
議員は誰にともなく呟くと、夢中になって話し続ける さりな と吾郎を微笑ましげに眺めるのだった。