【本編完結】諏訪子様になった、負け戦を回避したい 作:洩矢廻戦
逆さの正義、圧倒的な強者。
宣戦布告を受け入れた、彼女に対峙する道を選んだのが運の尽き。
数千年先に来るはずだった破滅への末路、それがこうして訪れた。
「……」
無慈悲にも残酷に、死という不平等を平等に。
天に顕在する巨大な正義、偽りの意志が牙を剥いた。
「不可解」
人が溶けていく。
悲鳴など間に合わず、その前兆である息を吸う音。それすらも、降り注ぐ威光の前に消えてなくなる。
既に、勝負は成立していない。
「不快」
築き上げた全て、国と信仰が消えていく。
その様子を、彼はただ眺めることしかできなかった。
「…極まれり」
風が、吹いている。
「建武よ」
砂塵が舞い上がり、視界の全てを黒のベールで染めあげる。
しかし、砂塵の向こうでは相変わらず、彼女は光のない瞳をこちらへ向けていた。
そして、彼はその視線の正体を知っていた。
「大和の使いよ」
力を付け、国を育て。
あらゆる敵を討ち果たし、そして己の糧としてきた。
――いつからだろう。
いつから、勝負は国のための
己の命すら駒にして、全力で力を振るったあの頃はとうの昔。
競い、勝利し、強者として君臨した時から、あの視線を忘れていた。
「参る」
国を作り、王として統治したあの時から、自然と自分も向けていたもの。
好敵手は挑戦者へ、同じ立場の存在ではなく、虫や花のように価値観が変化していった。
あの時の自分と同じで、目の前の彼女はそうだった。
その目は、自分のことなど見ていなかった。
――嗚呼、なんて贅沢なことか。
「私を見ろ」
これは戦争、高天原からの制裁。
かつて自分が忘れ、そしていつしか自分が弱者へと向けていた、退屈の視線。
――皮肉なことだ、まさかそれが自分にこうして帰ってくるなど。
「…不甲斐ない」
国を落とす巨岩すら、敵を焼く神力すら。
「無ね――」
――バシュッ
水が飛び散る音と、地面を赤く染める腐臭と臓物。
しかしすぐに、それらが煙を出しながら薄れ、消えていく。
「………」
見事
だが、欲していた国と信仰、それらを奪い、命を奪い敵に勝っても、彼女の瞳は暗いまま。
「…」
――退屈。
生まれてより彼女は強者であった。
常に勝ち続けた、常に敵を討ち果たし、そして強く、更に強く。
たった一度の敗北も、経験したことはない。
「…人間、私に従え」
彼女がそう言えば、唯一生き残っていたこの国の人間たち全てが頭を垂れる。
反逆の意志も不満もなく、ただ圧倒的な存在に怯え、そして無条件の降伏を示すのみ。
絶対的な強者、それ故の孤独。
夜の帳が下りた時刻。
息を呑む音、風が耳を撫でる音、そして身体を走る血液の音。
それらが鮮明に、ハッキリと知覚できるほどに静かな、そんな静寂の世界がここにある。
夜。それは妖が昼間以上に活性化し、血と肉を求めて荒れ狂う時。
この"村"もそれなりに対策はしているものの、油断できるほど豊かではない。
唯一、この暗闇の世界を照らすのは、この村の入り口に配置された、2つの灯篭のみである。
「暇だな」
「そうだな」
横で欠伸を漏らす彼の問いに、適当にそう返す。
男は手に持つ槍を今一度強く握って、襲い掛かる睡魔に抗い、目を見開いた。
相も変わらず、暗闇の中には何もない。
「暇でいいな」
「そうだな」
同意。しかし今度は適当ではなく、心の底からの答えを返す。
人間の数はおよそ30ほど、近くの山に住む天狗の支配下から外れた、妖怪や神といった上位者のいない小さな村だ。
それを見下す黒い空、炎の明かり、そしてそれを揺らす、不気味な黒い風。
風、不吉な風が吹いている。
「最近、また山の雄叫びが大きくなった」
「天狗たちも騒がしい…何もないのが一番だが、そんなこと…」
「あぁ、あるわけない。必ず近いうちに、何かが起こる」
「だな、あぁ今も…」
――ごうごう、ごう…
地鳴りとはまた違う、自然に耳に入る謎の音。
ずっとだ、この村で生まれ落ちたその瞬間から、ずっとこれを聞いている。
空を飛び回る天狗たち、管理地区に立ち入った人間に牙を剝き、上から見下す態度で対面する彼ら。
そんな妖怪でさえ、この音が聞こえる時だけは、まるで自分たち人間と同じように、何かに怯えて姿を消す。
「せめて、いつでも逃げられるように荷物をまとめるか」
「なんだ今更か、俺はもうとっくに終わらせてる」
「ははっ、流石だな」
風が、吹いている。
「天狗の支配下に…ってのも一考かな」
「おいおい勘弁してくれよ、そんなの願い下げに決まってる」
「だよなぁ…そうなるとやっぱり神…」
「こんばんは」
風が止んだ。
「…えっ」
「こんばんは、今日はいい天気ですね…なーんてね」
目の前に、暗く闇に包まれた前方に、少女が立っている。
いつから?足音すらも聞こえなかった。気配の予兆も、空気が揺らぎすらもしなかった。
震える声で、男は問う。
「き、みは…」
「夜分遅くに失礼します、実はさっきまで道に迷っておりまして…ここに、泊めて欲しいのです」
こちらの顔を、下からのぞくようにして言う少女。
舌をぺろりと出して、あざとい仕草で首をかしげるその姿。しかし何故か、本来子供相手に感じる筈の庇護欲の一切を感じない。
数多の違和感。
「君は何時から…」
「道に迷った、ただの可愛い少女です」
有無を言わせない気配、そして言葉と態度でそう〆る少女。
怪しい、だが敵意は感じず、それ以上に感じるのは。
違和感、それと――
「入れてちょーだい?」
「………」
得体のしれない、恐怖――
「おい」
「あ。ぁ…ああ」
「…もう危ない時間だ、入るなら早く入れ」
「…っ!?おい!」
「どうも~」
動揺するもう一人の門番を後目に、少女は鼻歌を歌いながら、村の入り口を通ろうとする。
あまりにも不自然で、そして不気味な違和感を纏った少女に対して、男たちは固まったまま動けずにいた。
ふと、視線が合う。
「……?」
「っ…!」
まるで、蛇に睨まれた蛙。
目が合ったのはほんの数秒、それなのにまるで、数時間は過ぎたかのように錯覚する。
その、吸い込まれるような蛇の目と、一瞬黄金に輝いた光が、まるで妖刀のように彼らを虜にする。
「…最後に、いいか」
「なんです?」
靄がかかった脳、鮮明な思考を失って
ただその最後の足掻きとして、男は少女に問いかける。
「君、一人だけか」
それに少女は、人差し指をピンと立ててから。
「はい、
ニコニコと、笑いながらそう言った。
「よっしゃあっ!侵入成功ッ!」
「っいぇーい!」
ドプンと彼女の影が蠢き、そこから氷の羽と、そして小さな身体が現れる。
それがくるくると彼女の周りを回転し、そして手をつないで、彼女も一緒にくるくると回る。
飛び出した妖精、チルノはやっと自由になれたからか、気分も高揚しているらしい。
「どうよ!私の編み出した格納術っ!」
「おう!キモイ以外に何も文句はないぞ!」
『ちゅーるちゅーる…ちゅる!?』
機嫌よく鳴いていた祟り神が、チルノの言葉を聞いて動きを止める。
カエルのような三本の指で構成された足と、そこから木のようにまっすぐ伸びる身体と無数の目。
じわりと、それらが涙目になって。
『ちゅ…ちゅーる…』
「ああああっ!大丈夫大丈夫!君も可愛いから!ねっ?ねっ!?」
『ちゅ…る…』
再び、彼女の影が形を変える。
ドプ…ドプと粘性の音を奏でて、その影は複数の人影に変化した。
「うへぇ…やっと終わったよ…」
「大丈夫ですか?マエリベリーさん」
「え、えぇなんとか…」
そうして現れたのは、残る旅仲間のてゐ、大妖精とマエリベリーたち。
それから少し遅れて、彼女たちの背に隠れる形で、招かれざるもう一人の姿も現れる。
ばさりと、黒い翼が音を立てた。
「クソッ…何故こんなことを私が…」
「おっ元気そうでなにより」
「…おかげさまでな」
飯綱丸龍。彼女が山を登る際、偶然出会った少女もまた、こうして連れてこられていた。
「…っまただ」
ごう、ごうと家が揺れる。
不快な空気、だがそれに反して、元凶である
今もこうして山を包み込む瘴気すら、あの存在にとっては無意識のもの。
「おーっ初めて見るぞ!」
「さて、じゃあ作戦会議といこうか」
相変わらずの天真爛漫、ワクワクを隠さず外へ飛び出すチルノを横目に、
龍は少しだけ緊張の様子を見せてから聞く。
「お前、ここで何をするつもりだ」
「ふふん…そんなの決まってるでしょ?」
軽快に指を鳴らし、ニマリと笑いながら彼女は返す。
「いきなり私が正体を現して"これから私を信仰しなさい"って言ったところで意味はない…なら答えは一つでしょ」
「…なんだ」
「勿論!かっこよーく人間たちの脅威を取り除き…神のプレゼン・ラッシュよ!」
「はぁ…(ぷれぜん…?)」
ただ信仰のみを目的とするなら、ただ力を誇示して怯えさせればいい。
恐れ、そして畏敬こそ祟り神に相応しい…と、彼女は目を覚まして少し考えていた。
だが違う、それでは間違いなく"国として"勝てない。
「少しずつ…まずはこの村に豊穣を、そうして土台ができてから君主として降臨するわけよ」
「…?意味が分からん。どうせ実りをもたらすなら隠れてやるより、お前が神だと自白してからの方が信仰も集まるだろう」
「…フフフ」
龍の疑問に対し、彼女は口角を上げて不敵に笑う。
そう、龍の言う通り。どうせ国を作るために超常の力を振るうなら、先に自身の正体を披露してからの方がいい筈だった。
では、何故そうしないのかというと――
「畑の作り方とか何も知らないし、失敗したら嫌だし」
「…そうか」
いくら
細かな天候の予知、土の素材に食物の知識といった、この時代で生きていくために必須のそれはない。
故に、彼女にも時間が必要だった。
(猶予はどれほどか…とにかく急がないとね)
数年、数百年?
遠くない未来に訪れるであろう、宿敵とその戦。
ただ一つの思いつき、そしてやけくそ染みた決心を胸にして。
彼女は今ここにいない、将来敵対するあの神へ宣告する。
(絶対勝ってやる、だから…それまで待ってなよ?)
軍神 武神 戦神、八坂刀売神 タケミナカタ。
彼女を表す言葉は無数にあり。
――絶対的な強者、それ故の孤独。
そして、それら全てに付随する一つの言葉、天下無双。
今この瞬間も、彼女は常に飢えている――
(…八坂神奈子)
間章は短めに、次からいつもの始まります。
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