【本編完結】諏訪子様になった、負け戦を回避したい   作:洩矢廻戦

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 誤字報告いつも助かってます。


97話.蓮と焔④あの場所で

 決着がついた。

 

「はぁッ………うう"ェ………!」

 

 『原頭喫水染』の崩壊。そして続けて、呼び寄せた舟の顕在持続時間の限界。

 脳が焼き切れそうな。…いや、実際にはもう、人間であれば、もう既に焼き切れている程の負荷が、村紗の演算領域を圧迫していた。

 それが終わり。ようやく訪れた平穏、村紗は己の外聞を度外視し、楽になる為に。

 それに抗うことなく――

 

「ぅッ…ぉおおお"お"え"っ"!」

 

 ビチャビチャッ!と、滝のように胃液を吐き。

 同時に、鼻と口、耳からも血を垂れ流しながら、蹲る。

 

「ゲホッ…ガハッ…………ぅぷっ…ォっ……」

 

 あまりにも多すぎる血液。

 それが喉元に引っかかり、しばらく咳き込むと、粘性の高い、ゼリーのような塊の血が排出され、それが地面に吐き捨てられる。

 そして、嘔吐の奔流を遮っていた障害物が排除され、また。

 

「ぉおおお"お"えええ"っ"!!」

 

 もう一度、嘔吐した。

 胃液ではなく、今度は正真正銘の血液そのもの。

 戦いの最中、数多の負傷で失った肉片や骨、そして血を新しく一から生成し、逆に古いものを排出しているからだ。

 その姿は、あまりにも痛々しくて、見ていられない。

 

(クソ…『領域展開』…なんて妖力の消費量…!意識を持たせないと、下手すれば消えるかも…!) 

 

 それほどまでに、村紗は限界だった。

 領域展開。それは正に切り札と呼ぶべき強力な効果だ。

 これを極めれば、それこそ()()()()()()()展開すれば、誇張ではなく、本当に敵なしになれるかもしれない。

 だが…とてもではないが、扱いやすいなどとは口が裂けても言えない。

 死ぬ気で振り絞り、節約し、回復した微量な妖力を追加しても、これだ。

 弱体化したとはいえ、一人の船幽霊の妖力をほとんど、それも村紗の命を削る程の消費だ。

 何度も使い、鍛え、効率を高めればその限りでもないのだろうが…今はそんな余裕など、ない。

 ふと、視線を向ける。

 

「あいつは…………」

 

 舟が消え、目の前の地面にあるのは、巨大な血と肉の染み。

 一片の内臓や肉、そして骨すら残っていない、木端微塵の状態で。

 それはあの少女――藤原妹紅の死亡が、確定した何よりの証明でもあった。

 

「…」

 

 殺した。

 船幽霊としての生を受け、白蓮に救われて。

 彼女を救う為という、大義名分を掲げて――殺した。

 二度と、それはしないと誓った筈なのに。

 「約束」と、そう言って笑い、自分を受け入れてくれた白蓮の、優しい笑顔が脳裏を過ぎる。

 

「………ごめん」

 

 所詮、自分は人でなしの存在だ。

 ただ存在が変容しただけで、今も基本(ベース)は人間のままの一輪や。

 毘沙門天の英知、加護を引き受け、人の心を得た星とも違う。

 自分所詮。こうやって簡単に、人との誓いを無下にできるのだと。

 ズキリと、胸が痛む音がした。

 

「ッそうだ、聖…!」

 

 だが、罪悪感に苦しむより先に、村紗にはやらねばならない事がある。

 思考を切り替え、すぐに彼女は、視線を先ほどの惨状、屋敷に広がる赤の染みから逸らし、白蓮の気配がする場所に向け。

 ――違和感。

 

「ッ――!?」

 

 ――焦燥。

 ――悪寒。

 村紗は凄まじい勢いで、視線をもう一度、先ほどの場所に。

 そう、妹紅を圧殺し、その残骸が床に染み込んでいた、あの場所に向けて――

 

「な」

 

 絶句した。

 ――そこには、何もない。

 

「なに――」

 

 あの、おびただしい量の血が。

 天井にまでへばりついていた、飛び散った内臓だったもの。

 肉と骨が、互いに判別が付かなくなる程に崩壊し、混ざり合ったモノが。

 

 全て、消えていた。

 

 幻覚?違う。

 あれは本物の"死"だ、本物の死体だ。

 目の前で絶命し、人間だったものに成り下がった、哀れな骸だった筈だ。

 赤を見た。

 匂いを嗅いだ。

 直接、殺した感触もした。

 なのに、いない。

 村紗は驚愕し、そして息を吞む。

 

「が」

 

 ――言葉は、それ以上続かなかった。

 

 

 

 

「デスパレートクロー」

 

 

 

 

 胸から突き出す、熱い炎。

 御伽話の龍のような、鋭く尖った、その鉤爪を、村紗は知っている。

 視線を背後に向ければ、数秒ぶりに見た、あの白髪――

 ――藤原妹紅が、そこにいた。

 

 ――何故、いつの間に背後に。

 ――何故、殺した筈だ。

 ――お前は、さっき間違いなく死んだだろう。

 

 浮かび上がるあらゆる驚愕の言葉。

 だが、そのどれもが、口から出ることは叶わず。

 そのまま、村紗は腹を裂かれ、意識を――

 

 

 

 


 

 

 

 

 口内に染みる、鉄の味がずっと止まらない。

 白蓮は先ほどからずっと、防戦一方とも呼べぬ、戦い未満の醜態を晒していた。

 妹紅が動き、その拳を振り抜く。

 それを、白蓮は腕を挟んで衝撃を緩和することすらせず、黙って受け入れ。

 無抵抗の、償いになんてならない、ただの嬲りを受けていた。

 

「ふざけるな」

 

 蹴りが炸裂する。

 倒れ込む白蓮に追い打ちをかける、鳩尾を正確に狙った全力の蹴り。

 白蓮の身体が浮き、音にならぬ悲鳴が、彼女の口から零れた。

 その次に、妹紅がもう片方の足で、その身体を穿つように蹴る。

 右足で相手を浮かせる蹴りとは違う。左足で放たれたそれは、壁に穴を開けるかのように、鋭く重い、一点に己の体重を乗せた一撃。

 最悪は内臓が破裂し、運が良くても、骨にヒビが入ってしまう程の威力。

 今度は真横に、白蓮の身体が吹き飛ばされ。

 瓦礫の山と衝突し、バウンド。

 

「――何をしてる」

 

 その身体を、再び穿つ蹴り。

 空中で一回転を加え、加速することによって威力を倍化させたかかと落とし。

 それが地面とぶつかり、直線に上へ跳ね上がった白蓮の身体を、再び真下に叩き落す。

 今度は、喉が潰れたかのような、弱弱しい悲鳴が一瞬、耳に入って終わり。

 ぐしゃり。と、瓦礫にぶつかった際の轟音とは正反対の、不気味な程に静かな音が一つ、響くのみ。

 地上には、まるで上空から果実を落としたかのように、円形の血潮が模様を描いており。

 その中心に、半身を文字通りぐちゃぐちゃに潰し、それでも生きている彼女が、白蓮がいた。

 

「…そうやって」

 

 妹紅はゆっくりと下降し、白蓮を見る。

 その侮蔑の視線の先では、ゆっくりとではあるものの、確かに潰れた筈の肉体が、元の形に戻ろうとしているのが見える。

 折れた腕は、骨と骨。そして肉の繊維同士が、まるで映像を逆再生しているかのように、元へ。

 欠損し、補えない部分は、新しく血液を、そして肉から骨を、無から作り出し、接合。

 反転術式による、肉体の再生。

 

「充分傷ついたでしょ」

 

 見下ろす視線とは別に、その声色には、憐みがあった。

 全くの無傷。傷の一つも未だに負っていない妹紅と違って、白蓮の傷は、深い。

 見たところ、傷を塞ぐどころか欠損を治せる程度には出力が高いらしいが、それでも、反転術式による再生にも限度はある。

 

「さっさと楽になればいいのに」

 

 次第に、傷ついた肉体は全て、最盛の頃の…つまり傷を負う前の状態に戻り。

 そしてもう一度、妹紅は足を振り下ろした。

 

「あぁ、言い方を変えようか?」

 

 ゴシャッ!と、人体から発してはいけないような音が鳴り響く。

 倒れる白蓮の頭を踏みつけ、蔑む。

 

「――なんで楽になるのを諦めるの?」

 

 ずっと。

 ずっとさっきから。

 妹紅は白蓮が、一度傷を負うたびに、それをすぐに治すことをせず、まるで、己の身に付いた傷を噛み締めるかのような、意味のない空白の時間を作っていることを、見抜いていた。

 再生速度を上げることも、治していざ立ち向かうようなこともない、全てが中途半端な、惨めに、生にしがみつく愚者の姿。

 妹紅は見抜いていた。

 見抜いたうえで、憤る。

 

()()、いつまで続けるつもり?」

 

 反転術式は、使えば使う程出力が落ち、再生力が衰える。

 白蓮の持つ、魔力の残り総量は膨大で、燃料切れによる再生の不可能は起こらないだろう。

 が、過度な使用による出力の低下であるならば、話は別。

 もう一度、妹紅は足を上に――

 

「ぐっ……………」

「何回続ける気?って聞いてるんだけど」

 

 もう一度、思いっ切り踏みつける。

 霊力の強化。それによる身体能力の向上で、踏みつけた白蓮の肩は、ゴキリと痛々しい音が鳴り。

 まるで空気の抜けた風船のように、肩の一部が陥没し、新しく鮮血が零れ出る。

 

「いつまで続けられると思ってんの?それを」

 

 妹紅の問い掛けは、白蓮のこれまでの行動を指していた。

 

「痛くて苦しくて、治せる癖に、何故かしばらく傷を放っておいて」

「………」

「そのまま野垂れ死ぬ訳でもなく、結局は傷を治して、こうやって元通り」

「……」

「本当に。――馬鹿だよ、あんた」

 

 苛立ちの表情に、もう一つ。

 何かの焦燥を交えたかのような、そんな顔で。

 

「…妹、紅――」

「お前がッ!」

 

 再び、妹紅は思いっ切り、白蓮の顔を蹴り飛ばす。

 鼻が折れ、血と同時に唾液が散る。

 

「ッ…!お前が!お前だけでも!」

 

 蹴り飛ばされ、仰向きになった白蓮の首元を、妹紅は強く握る。

 それを引っ張り、虚ろな目で、血をたらりと流す白蓮を、もう一度殴る。

 今度は、歯が折れて飛んだのが見えた。

 

「お前だけでも!せめてっ…!お前が否定するなよ…!」

 

 殴る。

 衝撃で、折れた白蓮の歯が拳に突き刺さり、妹紅も痛みに襲われる。

 その痛みに気づくことなく、もう一度、妹紅は殴る。

 もう一度。

 

「お前のその動機も…!」

 

 何度も。

 

「理由も、不幸も!それでも…止まるなよ――!そうじゃなきゃ…」

 

 何度も殴って。

 叫んだ。

 

「村の!あそこにいた人たちも皆!そして――」

 

 ――決して、良い親とは呼べなかった。

 愛情はなかったし、会話も数える程しか交わしたことがなく、その絆は薄く、細い。

 一般の家庭のような。温かい空気などなかった。

 それこそ、血の繋がりこそなくとも、養子という関係でありながらも、誠実な愛を注いだ讃岐造と、かぐや姫のような例だってある。

 羨ましいと言えば、それはきっと本心だ。

 それでも、妹紅は父親の存在を、そう簡単に割り切ることなど、どうしてもできなかった。

 嫌な奴だった。あまり会話を交わしたことがない。

 そんな理由で捨て切れる程、血の繋がりというものは、決して弱いものではない。

 だからこそ、妹紅はただ、それに縋るしか道が残されていなかった。

 唯一自分にある価値である――

 

「あの人も!…私の父も」

 

 ――父という、娘という立場。

 

「――人の心に、呪われたって言うのか」 

 

 泣いて。言った。

 

 

 

 

「わ、たしは………」

 

 絞り出すように、白蓮が言葉を紡ぐ。

 血塗れの顔は、最低限の反転術式による治療もあって、喋れる程度には回復していて。

 それでも尚、今になって主張するのは。

 

「私は、もう………戦えないんです」

 

 まるで胎児のように、白蓮は蹲ったまま。

 丸まり、みっともなく、そう言う。

 

「死んだんです。私のせいで」

 

 救いたいだけだった。

 子供のように漠然とした、くだらない夢物語を実現しようと、自分ならできるだろうと、高を括った結果。

 

「みんな、私の、せいで………」

 

 優しい彼女たちを、せめて。

 ナズーリン、星、村紗や一輪。

 こんな自分を肯定し、一緒に罪を背負ってくれようとしてくれた、優しい子を。

 今の自分のような、惨めな存在と同格にはしたくなかった。

 

「――私は誰かを救いたかった」

 

 死んだ。

 自分が治療した妖怪によって、妹紅の父も、そして村にいた人間たちも、自分のせいで死んだ。

 それを否定することはできないし、白蓮はそれを肯定する以外に、道は残されていないのだ。

 だが、()()()()はいけない。

 人と妖怪が、手を取り合って生きていける世界。

 その実現の為に行った治療が、結果として大量殺人を引き起こした。

 誰の解釈も、己の懺悔を込めようとも関係がない、その事実のみが今、この場にはある。

 

「弟の、命蓮の、あの子が短い生で見た夢を――無駄なものにはしたくなかった」

 

 唯一、血を分け合い、傍にいた自分だからこそ。

 命蓮の願い、皆に救われる機会があるべきだという思想を、理解できた。

 だからこそ、それを忘れることの罪深さ。彼の命に、無価値という箔を付けたくないという、身内だからこそ覚える感情がある。

 ――だからこそ、白蓮は妹紅の怒りには答えられなかった。

 

 仕方がなかった。

 彼だけが悪い、救った相手が檮杌だったから。

 そうやって、死んでしまった者たちの命に価値を付けるのは、命の冒涜と呼ばずして何と呼ぶ?

 

 そうして、自分が再び妖怪との共存を謳い、死んだ彼らの命に意味を付けてしまったら。

 その時点で、命蓮が真に夢見た救いの願いに、他ならぬ自分が、泥を塗ることになるから。

 だから、白蓮はこれ以上、進めない。

 

「だからたくさん、もっとたくさんの人を、妖怪を、皆…………」

 

 爪をめり込ませ、血が滲む程に。

 白蓮は、己の身体を抱きかかえ、そして。

 

「でも、できなかった!」

 

 みっともなく。

 恥も外聞もかなぐり捨てて。

 まるで子供のように、丸まったまま、泣いた。

 

「私が信念だと、使命だと思い込んでいたものは!――弟の命を使った、ただの言い訳だった!」

 

 白蓮は、もうこれ以上は動けない。

 否。もう動く気力も、逃げる為の行動に移す意味も失ったのだろう。

 涙を絶え間なく流し続け、それでも尚、彼女は自分を許せず、自分に対する戒めの怒りを、抑えることができない。

 

「私は。…私は、もう………」

 

 聖人とまで呼ばれた筈の、高貴な存在だった彼女は、今。

 

「――自分を許せない」

 

 もう、ただの――

 

 

 

 

 妹紅は、それを静かに聞いた。

 いや、正確には聞いて、その上で、「()()ならばどう答えるか」と考え、思考を回転させていた。

 

「哀れなもんだね」

 

 今、この場にいる妹紅は所詮、本体が作り出した分身に過ぎない。

 いつ生まれ、どのような人生を経験し、そしてどんな関係を今までに築き上げたか。

 そういった、『藤原妹紅そのもの』を作り上げる経験の記憶。つまり人格を構成する為の最低限の記憶領域は全て、妹紅の本体(オリジナル)と同じなのだ。

 その上で違う点。

 それは、「自分は偽物でしかない」という事と、「本体と同じ記憶を共有している」という二つの点。

 生まれてからずっとある記憶。それを瓜二つコピーし、式神の身体に注いだとしても、上記の記憶が混じるだけで、その人格は大きく変化する。

 神の視点とも呼べるだろうか。ある一定の深層までは、模倣ではなく、虚飾のない本人そのものの反応を、感情を理解し、扱える。

 だからだろうか。

 

「………いや、そっか」

 

 すぅ…と、不思議と感情が落ち着いていく。

 先ほど、白蓮に対して向けていた、妹紅としての怒りや恨みは、あっという間に消えて。

 今まで以上に冷静に、贋作だからこそできる、持てる視点の違いから。

 妹紅は、言う。

 

「人の命っていうのは特別じゃないんだよ」

 

 白蓮の価値観。

 妹紅の価値観。

 両方を知り、そして片方を文字通り全て、己の魂に刻んだからこそ。

 こちらの妹紅は、白蓮に説く。

 処刑の意思で染まり切った、本体の妹紅とは違うからこそ。

 こうして、彼女と言葉を交わすことができた。

 

「命自体に、価値や重さなんてない」

「………っ!」

 

 ――命に価値や重さなどない。

 あの日に助け、弱っていた頃の檮杌が使った言葉。

 妹紅が放った言葉。それを聞いた途端、いつしかの記憶が脳裏を過ぎり、白蓮は思わず息を吞む。

 檮杌は言った。天地にとっての水のように、人の命も、価値がないと。

 そして自分たちを、「俺たち」を妖怪(呪い)に当てはめて。

 皆、無意味で無価値なものに過ぎないと断言していた。

 全てが無価値であり、白蓮の思想を、一度はくだらないと切り捨てたあの時の。

 

「でも、それを決めるのは人間だ。――お前たちだ」

 

 白蓮は、死んだ彼らの命に、価値を付けてしまう事を恐れた。

 共存など叶わないと、あの努力は無意味で、その死にも「意味がない」という意味を付けてしまったら。

 だから、彼女は死んだ人間の命を背負うことも、切り捨てることも叶わずに、こうして停滞しているのだ。

 それを妹紅は、贋作としての意識は思う。

 それは間違ってはいない。だが同時に、それ以上に正しくない選択であるということを。

 

「人が生きる限り、人が生き続ける限り。――死んでいった者たちの命、その価値が失われることは絶対にない」

 

 既に、()()()()()からこそ言える言葉だった。

 そして、白蓮はその言葉を、地面に蹲ったまま、聞いた。

 

「罪と罰の話じゃない。あんたがそうやって、死んだ人間の命から目を逸らし続ける限り、その価値すらも曖昧になる」

「………」

「父は死んだ。あの人が死んだという事実に、何の意味もなかったなんて思いたくない」

 

 この世界に産まれ落ち。

 そうして生きて、人々と関わり続ける限り、その因果は常に大きく膨らみ続けるのだ。

 死んでいった者たちが、殺されてしまった者が。

 理想を追い、この世界で生きることを選んだ時点で、彼らの命も、罪と罰も、決して因果応報に収まり切らないものなのだ。

 全は一、一は全。

 白蓮の介入などなくても、世の中には意味もなく、それどころか存在を残すことすらできず、無意味に死んだ者など数え切れない程存在するのだ。

 その上で、これらは散りばめられた命だと。

 それに意味を見出すという事は、時に、死者への冒涜となる。

 

「自分のせいで、その罪悪感に苦しむならまだしも。理想を肯定する為に、犠牲者の死を利用することもできない」

「………」

「それでも。――あんたは一度でも、夢に見たんでしょ」

 

 ――だから、本体(オリジナル)はこれほどの、強い怒りを抱いていたのだ。

 中途半端に、命に価値を付けることも、それから目を逸らせる程の、意志の強さがない彼女を。

 そうやって、父の命の価値からも、目を逸らしたことを。

 

「――私は」

 

 白蓮の目に、光が戻る。

 今までの、虚ろに罰を求めるような、壊れた機械のような目ではない。

 そこにあったのは、僅かな希望。

 救いを求めるような、明るい希望とは違う、戒めの希望。

 罪ではなく、罰を背負い、そして清算する事を思う、未来ある光の―― 

 

「………あーあ」

 

 だが。

 そう言って、妹紅は、白蓮の顔を見ることなく。

 ゆっくりと、顔を上にして。

 

「………本体が死んだ」

 

 ――限界だ。

 そう呟いた途端、彼女の足が消えた。

 腰から上、上半身の肉体はそのまま、空中に浮いていて、最初の立ったままの姿勢から、一度も形を変えていない。

 まるで透明になっているかのようで、手を伸ばせば、身体の感触があるのではないか、とすら思える程。

 だが、現実はそう甘くはなかった。

 

「………どうして」

 

 思わず、聞く。

 白蓮は、目の前でどんどん消えていく、死にゆく分身に対し。

 困惑の表情のまま、聞いた。

 

「どうして、私を殺さなかったの」

 

 ――分身だ。

 妹紅の記憶を複製され、使命を与えられ。

 そして、一度は激昂し、実際に殺そうと、本気の殺意を向ける程に。

 彼女は、間違いなく――

 

「…どういうつもりなの」

「随分な物言いだなぁ、今際の際の善行だよ」

 

 それは、確かに本心ではあった。

 

「…どうせ、使命が終わればすぐ消える命。()()()()()()、限られた間しか生きられないなら、せめて自分を、誰かに刻みたい」

「………」

「意地悪な本体に対する嫌がらせだよ。どう?上手くいったでしょ」

 

 ――あぁ、本当に。

 本当に上手すぎるとしか言えない。

 たった数分、相対し、逆に説かれたというだけであるのに。

 もう、白蓮の心に、人生の中に、彼女がいた。

 

「………そう、ですね」

 

 消える。

 妹紅の、分身の身体が、首以外の全てを失い。

 最後。炎の消失反応によって、首が光で包まれる瞬間。

 

「それに、予感があった。こうした方が面白くなる…そういう勘」

 

 最後の、彼女が残す。

 白蓮に刻み込む、今際の言葉。

 

「先に逝く。――せいぜい頑張れ」

 

 その言葉を最後に。

 今度こそ本当に、妹紅は消えた。

 骨も残らない、正真正銘の消滅である。

 所詮は式神術の延長線にある、ただの作り物でしかない存在。

 そう切り捨てられれば良かった。

 だが、どうやら彼女の思い通りに、白蓮はまんまと。

 彼女の言葉を、呪いを引き継いで生きていくことが決定してしまったのだ。

 呆れ、そして同時に沸き立つ感謝。

 両手を合わせて、白蓮は先ほどまで、彼女が立っていた場所を見て。

 目を瞑り、言う。

 

「………ありがとう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「辛そうだね、白蓮」

 

 その背後。

 分身が消えた次の瞬間に聞こえた、その声の主は。

 瀕死の村紗を引き摺る――藤原妹紅()()は、白蓮に冷たい視線を向けていた。




【予告】
 ⬛︎ ⬛︎ ⬛︎ ⬛︎まで後3話。

【挿絵表示】

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