【本編完結】諏訪子様になった、負け戦を回避したい   作:洩矢廻戦

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98話.蓮と焔⑤百折不撓

「お前に教えることはない」

「………」

 

 時を遡ること、数日前。

 まだ昼の稽古を続けようと、新しく着替えと、陰陽師が扱う札を用意した妹紅は、投げかけられたその言葉に、戸惑った。

 実際、昼休憩を挟む前は、以前と変わらず、この師匠は不愛想に「これをやれ」やら、「あれができるようになれ」とだけ言って、それだけだった。

 だというのに、昼食をとってから稽古場に戻って来てみれば、これである。

 理由も、説明もない。

 妹紅は首を傾げた。

 

「なんで?」

「………ハッキリ言ってやる。今のお前にもう教えは必要ない、知識は全て教えた。…残りは実戦のみよ」

「ふぅん」

 

 妹紅は、都が壊滅したあの日から、新たな住居を探し求めていた。

 その時に、候補として選んだ当ては二人で、その片方こそ、今目の前で、白昼堂々春画を眺めている老人であり――

 

「お前の才能は恐ろしい。東風谷もそうだったが、お前みたいに何でもできる奴は、何の面白味もなく『できない』を克服するからくだらん」

「嫉妬?」

「歳故の余裕と呼べ」

 

 ――物部崔爾。

 都では以前から、東風谷と並んで最強の陰陽師であることを噂され、かの『帝』からのお墨付きも貰ったとさえ言われている、そんな存在。

 口数も少なく、纏う気配の鋭さから、その本性はどのようなものか、妹紅は今まで知らなかった。

 が、世の中にはどうやら、知らなくても良いものがあるらしい。

 妹紅は呆れ。

 

「というか、昼間に堂々そういうの見るのやめた方がいいと思うよ」

「フン。これでも立場は弁えている、お前みたいな小娘しかいないからこそよ」

「キッショ」

 

 割と本気の嫌悪だった。

 というより、むしろ妹紅だからこそ、この反応で済んでいる節もあるだろう。

 生まれがそもそも、側室との間に生まれ、嫡女と偽り、迎えられた経歴があり。

 貴族といえば、権力者との繋がりをより強く結び付ける為に、政略結婚やら跡取りやらの話題は尽きることがない。

 というか、家の作りからして、防音機能がそこまで高くないのもあり、夜中にそういう音が聞こえてくることもある。

 貴族故の、色への知識がある程度あるからこそ、この程度の反応で、崔爾と会話を交わせるのだろう。

 たった12日。関係性はそれなりに、こうして力を吸収し続けている。

 

「お前が俺の所に押しかけてきた時は、こんなつもりはなかった」

「…?」

「力とは資源。知識も縛られるものではなく、誰がどう使おうと許される偏在的なものだ。それは分かるか?」

「………そういうの言わないと思ってた」

 

 それは暗に、力を自分本位に振るっても別にいい、と言っているに近い。

 陰陽師の仕事は、巫女や神宮のものとは違い、己の手で直接、妖や亡霊を祓う機会が多いため、力に溺れる者の割合が多いことは、聞いていた。

 その上で、その職業の頂点に立つからこそ、そのような事例や思想はぼかすか、軽く注意喚起するくらいはあると思っていたが………

 

「所詮。陰陽師も暴力が第一、力のない者に仕事は来ん。弱ければ死ぬ、だから鍛える、相手を騙す」

「………」

「俺はお前に技術だけを教えたが、この辺りのことは話していなかったな」

「いや、私は…」

「あぁ知ってる。お前には必要ない」

 

 遠慮する妹紅とは正反対に。

 崔爾の反応は淡々としていて、そしてその言葉通り、フンッと息を吐いてから。

 

「お前のことだ、決して誤った道に進むことはなかろう。大義と私怨を分けられるようだし、何より無駄な欲がない」

「………」

「地位もいらない、細々と小銭を稼いで生きて行く…と言ったところか」

 

 言葉通り、崔爾は妹紅の内心を見抜いていた。

 普段の態度。それこそ外では決して見せない、こういうだらしない姿は論外として、話の通じる所は嫌いではない。

 無駄な弁明の時間を消費することなく、だが、妹紅は余計に疑問を浮かべ。

 

「それで、何を言いたいの?」

「…俺の教えた技は、捨ててもいい」

「…はぁ?」

 

 思わず、そう聞き返してしまった。

 何だかんだで、あれだけ丁寧に陰陽師の技やら、知識やらを伝授し、時間を消費したのにだ。

 炎を使った分身、簡易的な結界に、彌虚葛籠を含めた簡易領域も、全て彼から学んだもの。

 困惑する妹紅とは別に、崔爾の視線は、虚空に向けられていて。

 

「シン陰も、彌虚葛籠も所詮は木端。…東風谷もそうだが、あの『浄界』を張った女も、()()()()は強い」

「…」

「お前ほどの天才でも、習得できなかっただろう。あれは凄まじく力を消費するが、それだけに利点もある」

 

 その言葉を、妹紅は静かに聞く。

 妹紅でも終ぞ、習得できなかったもの、それは十中八九、領域展開のことだろう。

 己の実力に自信を持ち、この歳まで戦い抜いてきた、崔爾だからこそ分かってしまった。

 

「一つは環境要因による全能力上昇、ある種の『儀式』みたいなものだ」

 

 ――もう一つ。

 その、絶対の延長線にある――

 

「領域内で発動した付与された術式は。――絶対当たる」

「…」

「あれを使えるようになるなら、俺はこんな技術、全部今すぐにでも捨ててやるつもりだ」

 

 老いて、脆くなってしまった心の壁。

 そこから漏れ出た弱音が。

 妹紅の耳から、消えることはなかった。

 

 

 

 


 

 

 

 

 死人のような有り様だった。

 少なくとも、妹紅は最初、虚ろな目をしていた白蓮を見て、そう思った。

 覇気がない。生への渇望がない、流されるがままに、相手の憎悪を受け入れるだけの、どこまでの自己中心的な受け身の姿勢。

 最初、彼女の姿を見つけた時に、妹紅は仕方がないことだと、そう納得する気持ちが湧くと同時に、失望した。

 その程度の覚悟だったのか。

 自分の理想を貫く為、死んだ人間の命を利用する覚悟もないのか。

 少なくとも、自分は()()()()()()()の為、あの薬を飲んだというのに――

 

「…くだらない」

 

 ――本体と違って、限られた間しか生きられないなら。

 目の前で朽ち、消えていった己の半身が零した言葉を、本体である妹紅はしっかりと聞いていた。

 今際の際、記憶を分かち、ほとんど同一であった自分が零した、呪いの言葉。

 

『先に逝く。――せいぜい頑張れ』

「…それだけで」

 

 それだけで、簡単に生き方を変えられるものか――

 

「…妹紅」

 

 白蓮が動く。

 最初、妹紅が彼女を見た時に感じた、虚ろな目や気配はもうない。

 あの時、初めて出会い、夢を語っていた時に見せていた、あの輝きがあった。

 そこに、覚悟が秘められている。

 前にも後ろにも行けず、己の罪悪感に苦しみ、停滞していた筈の有り様など、もはやどこにも見えなかった。

 そこにいたのは、己の夢を愚直に追いかけ、咎を背負うことを決めた、覚悟の姿。

 駆け引きも、無駄な問答も必要ない。

 そこにあるのは、ただ――透明な殺意。

 

「私は、もう何もしたくなかった」

 

 白蓮の視線が、妹紅の右手にあるものを射抜く。

 まるで物を引き摺るかのように、意識を失った村紗の服の襟を掴んでいる、その右手。

 怒りはある。だがそれが、噴出して行動に移る訳でも、ましてや非難し、その過程を否定するような事もなく。

 ただ、今までの自分への、情けない姿に対する戒めの言葉を紡ぐ。

 

「死に切ることも、死を肯定することもできなかった。…すみません。確かにこれでは、私はどうしようもない半端者です」

「………」

「罪悪感を減らしたくて、逃げたくて。私は自分で、自分の夢を壊そうとした。村紗が助けに来てくれなかったら、きっと私は…どうしようもないモノに成り下がっていたでしょう」

 

 白蓮は語る。

 

「私は、妖怪との共存を望みながら、彼らによって、傷つけられた人間がいることを知っておきながら。結局のところ、覚悟ができていなかった」

「で、今更何をするって?」

「夢を見続けます」

 

 少し、苛立ちを込めた言葉だった。

 妹紅の、その今更何をという疑惑の色とは正反対に、白蓮の目には、全く別の光が宿っている。

 今にして思えば、本当に愚かだった。

 こうして、過去の自分を客観的に思い返してみて、ようやく白蓮は、星やナズーリンたちに別れを告げたあの時。

 どれほど自分が惨めで、そしてそれを見た妹紅が、何故憤るのかも、今になってようやく理解できた。

 夢を放棄する決断力もなく。夢の実現を、漠然と否定する醜態の二つ。

 ならば、せめて停滞するのではなく、前へ。

 滅びだろうと、ただの気休めでしかない、自分への言い訳でしかないのだとしても。

 それでも、自分は弟の、彼らの意思を継ぐのだと。

 

「実現するのか、しないのかは些末なこと。…私は、私の夢を肯定し、そして隣に立つことを願った者たちの為に、夢を追い続けます」

「…それが、決して叶わない夢物語だったとしても?」

「私は不老です。この命ある限り、――永遠に夢に溺れてみせましょう」

 

 白蓮の肉体。そこに刻まれた無数の傷。

 それらがあっという間に、煙を生じさせながら元に、全快の状態に戻っていく。

 今まで、心の迷いから存分に効果を発揮できていなかった反転術式。その治癒速度と、効力の制限解除。

 顔に一つの線が刻まれたような、痛々しい切り傷も全て、痕すら残さずに回復し。

 同時に、その肉体に魔力が満ちる。

 反転術式と並列した、通常の魔力操作による、身体能力の向上。

 白蓮の気配が変わる。

 それは、対峙する妹紅からしても、目に見えて明らかであり――

 

「…あっそ」

 

 妹紅が最初に使い、そして白蓮をある程度追い詰めたもの。

 それは妹紅の持つ炎、記憶から経験といった、人格形成の情報のみを抽出し、"核"として練り上げたもの。

 それを、陰陽の技術を組み合わせ、出来上がった炎の人形に埋め込めば、後は勝手に動き出す。

 唯一のデメリット。――それは妹紅が()()()に、その人形に込められた情報がリセットされ、消えてしまう事だろう。

 そして、それが何とも奇妙なことに、()()()終わりを与えてしまった。

 

 ――藤原妹紅が持つ、不死の自意識と贋作の自己認識の融合が、白蓮に復活の機会を与えてしまったのだ。

 

 くだらない事をしてくれた。

 よりによって、自分自身に、自分の意思で選んだこの力の不幸を嘲笑われ、そして一足先に、彼女は無へと還ったのだ。

 綺麗な死に方を選べたそれに、羨む気持ちなどない。

 あるのはただ、自分自身に対する失望や憤りという、常人が一生経験できないであろう、そんな奇妙な感情だった。

 最後の最後による裏切り。そうとも受け取れる末路だったが、それでも。

 妹紅の行動は変わらない。

 

「なら、来てみなよ」

 

 挑発する。

 だが、白蓮はまだ動かない。

 拳を握りしめ、僧にあるまじき、肉弾戦に特化したバトルスタイルである。

 彼女は右拳を強く、しかしそれ以外の部位、肩から前腕にかけて、素早く攻撃に移れるよう、程よく脱力をしているのが分かる。

 白蓮は決して、戦いに慣れていない訳ではない。

 あくまでも、自身の強すぎる魔力の出力、倍化した身体能力による二次被害。そして相手となる存在に対する、思いやりも含めた力加減だ。

 もし、白蓮が後先考えずに、己に全力の身体強化を施し、そして対象を殴りさえすれば、人間は言わずもがな、妖怪も、木端微塵に消し飛んでしまうだろう。

 妹紅なら、彼女の本気の打撃を喰らったとしても、生死の詳細は定かではないが、それでも間違いなく、最後には『生』に傾くであろう。

 もんぺに付いたポケットに手を突っ込み、わざと無防備を晒すことで、妹紅はカウンターを誘う。

 

(さてどう来る…)

 

 警戒し、時間が過ぎるならばそれでよし。

 これを好機と見て、馬鹿正直に突っ込んで来るならば、それも良し。

 どちらに転んでも損はない、だからなのだろう、妹紅の表情は戦いの最中、常にポーカーフェイスを維持しているのだが、今回はいつもの表情より、僅かに硬くなっている。

 油断はしない。

 瞬きすら忘れて、妹紅は白蓮の身体を、特に初速を司る重要部位である足に、視線を集中させていた。

 予備動作の一つ、空気の揺らぎすら見逃す気はない。

 力を込め、足が放つ躍動の予兆と、筋肉の収縮。

 じっと、その視線が集中する間に。

 ――妹紅は、殴られた。

 

「グッ…!?」

 

 あまりにも速すぎる――!

 いや、驚いたのはその速さもだが、一番は先程の動き。即ち予備動作の有無。

 全くなかった。

 動く気配、攻撃の意思の察知など、夢のまた夢の話だった。

 油断も、思考の刹那を掻い潜られるような、そんな甘えはどこにもなかった。

 だというのに、自分は今こうして殴られ、吹き飛んだまま、視線を――

 

 ――()()()

 

 あまりにも大きすぎる衝撃に、混濁した痛覚がようやく適応する。

 漠然と、ただ『痛い』だけであった痛覚の概要が、時間が過ぎる度、

 鮮明な形でハッキリと、本当の衝撃を肉体に伝えられ、妹紅はより一層、それが信じられなかった。

 

(あの状態から――蹴りだと!?)

 

 刹那の思考。

 首が捥げそうに思える程の衝撃を、意志の力のみで抑え込み。

 妹紅が衝撃の形を、霞む視界で捉えた白蓮の足を見て、思わず、恨み辛みのない、純粋な賞賛の笑みを浮かべた。

 横に薙ぎ払うような蹴りではない。相手の身体の中心を捉え、内臓を衝撃で破壊するような、貫く様に真っすぐな蹴り。

 そして、その効果は絶大で。

 

「ォエッ…!」

 

 尾を引くような痛覚――その発生源である腹部。

 そこから波紋のように広がる痛みが、第二波が襲い掛かるよりも先。

 再び、白蓮の蹴りが炸裂する。

 妹紅は、それを避ける為の意識がまだ完成していなかった。

 妹紅の腹を穿ち、そして一度距離を離してから、再び同じ場所を、蹴りが穿つ。

 迎撃の姿勢が崩れ、痛みに喘ぎながら、妹紅は白蓮を睨み。

 

「このっ…!」

 

 再び、ズガンッ!と鈍い音が響く。

 その発生源は、――三度目の正直と言わんばかりに、白蓮がまた、右足で妹紅の腹を蹴る。

 先ほどの二回は、穿つように肉体の中心を狙った攻撃だったが、今回の蹴りは違う。

 空中で態勢を変え、腹部にめり込んだ足に更に力を込める。

 身体が地面と垂直になるような体勢で、更に真上へ突き飛ばすように、突き飛ばすような蹴りを放つ。

 それを喰らった妹紅の顔に、今まで以上の苦悶の色が浮かぶ。

 妹紅にとって、肉体の破壊だけならばそう警戒する程ではない。

 だが、今回のように、肉体に直接傷をつけるようなものではない、衝撃と痛みに特化したものなら――

 

「でも残念…!」

 

 しかし、ここは空中。

 白蓮は今、己の身体能力に身を任せ、ただ全力で()()()だけ。

 妹紅のように、空中を浮遊できる、もしくは軌道を変更、もしくは修正できるような能力を持っている訳ではない。

 こうして、空中で追撃を行えるのにも限度があり、実際に今、白蓮は妹紅をしっかりと蹴り飛ばしてしまった為、距離を大きく離してしまっている。

 遠距離での攻撃手段を持っている妹紅であれば、もうこの時点でどちらが有利かなど、目に見えて明らかだった。

 

 その上で、遠距離の弾幕は使わない。

 

 弾幕攻撃は、その使い勝手の良さや連発できる上限数の多さから、牽制やトドメ、あらゆる用途に引っ張りだこの技であるが、何より威力がお粗末だ。

 熟練者程、この単純明快なエネルギーの放出でしかない、弾幕と呼ばれる技に、様々な工夫を…"縛り"を結ぶ。

 生まれついての出力や、種族による力の差、これらを合算しても、必殺技と称される程の弾幕になれるのは、ごく僅か(神の御威光)なのだ。

 ならば。

 

「デスパレートクロー!」

 

 より使い慣れた武器で。

 より鋭利な、確実にダメージを与えることができる手段で。

 本能的な力とは違う、理性で身に着けた技を使って、彼女に立ち向かう。

 左手の武装を解除し、その分右手に炎を集める即席の"縛り"で、より貫通力を高め。

 妹紅は落下の勢いと共に、空中を揺蕩う白蓮の、その心臓を狙った一撃を狙い、見据えた。

 しかし――

 妹紅が見たのは、白蓮が鉤爪で胸を貫かれ、血を吐く姿ではなかった。

 空中で、その場で勢いよく回転し、鉤爪による攻撃を受け流している光景。

 魔力による身体能力の強化は、単純な強化された者同士、打ち付け合う拳のような直接攻撃と違って、熱や電気、冷気のような自然現象は、防ぎにくい。

 だからこそ、おおよそ人体から発生してはいけないレベルの炎を、()()()()を自在に扱える妹紅の力は、対人戦では大きな効果を発揮する。

 だが、それを無視できる。

 僅かに傷ついた体表が、反転術式で修復される。

 身体で滑らせている。

 空中という、制御の覚束ないであろう場所で、スリッピングアウェーの要領で。

 人体を焼き殺す、妹紅の炎を、全て。

 

「あ…」

 

 妹紅は、白蓮に接近し、攻撃を放った。

 それ即ち、わざわざこれほどの、格闘センスを持った人間を相手に、まんまと近づき、無防備を晒したという事。

 ただでさえ、意識外からの攻撃であった蹴りが、あの威力なのだ。

 防御も、身体に力を込める事による、最低限の『堪え』すら許されない、今の状態なら…

 白蓮は、既に動きを決めていた。

 拳を握る。

 魔力の光が、法の光が満ちる。

 そこに籠められた、莫大な出力の恩恵である、身体強化の上限値。

 それが、全ての動きがスローモーションに見える、妹紅の視界の先で――

 

 炸裂した。

 

 メキャ…と、小さな音が。

 命を刈り取る程ではなくとも、決して軽傷ではない、もはや立ち上がることなど不可能。

 そんな音が、再び、自分の腹部から発生していて。

 

「ごッ………」

 

 ――勝てない。

 

 そう、嫌でも理解させられるような、重すぎる一撃。

 

 ――同じ位強い人間は多くいた。

 

 その度に、妹紅は技術を吸収し、強くなった。

 

 ――最初は弱かった妖怪が、いきなり強くなる事だってある。

 

 死の間際、最後の命が輝く時に、人も妖怪も、例外なく変わる時がある。

 知っていた。だからこそ、最初から慢心を持たないよう、相手をしっかりと倒してから、勝利の余韻を味わえと。

 だが、これは――

 

 ――初めて喰らった、明確な…

 

 それらとは違う、明確な格上の一撃。

 妹紅は空中で、消えかけた意識を何とか、己への怒りで押し留める。

 距離にしておよそ10m。着地する気力も、衝撃を受け流す余裕もなく、落ちる。

 運よく、頭からではなく背中から落ちたのもあって、更に襲い掛かる痛みと衝撃で、顔を歪める程度で済んでいる。

 これがもし、霊力で強化していない状態であれば、今頃身体はバラバラとまでは行かずとも、それなりの重傷を負っていただろう。

 

「ぐっ…」

 

 ぐわんぐわんと、言葉で表すならば、きっとこれが最適だろう。

 揺れ動く視界と、胃液が逆流し、喉が解ける淡い痛みと、胃液自身の甘みと酸味が、口内いっぱいに広がる。

 焦燥はある。

 だがそれ以上に、妹紅が抱くのは。

 白蓮に――

 

「……なんで」

 

 それはただの――

 

「……なんで今なんだ」

 

 ――何故。

 今になって、どうしてそうやって、すぐに立ち直れる。

 そう問うた妹紅に、白蓮は背を向けたままで。

 無言のまま歩き、気絶し、地面に転がっていた、村紗の身体を抱きかかえた。

 

「………呪いですよ」

 

 ――先に逝く。

 妹紅も、その言葉は聞いた。

 目の前で、己から離反した、もう一人の自分自身が言った、あの言葉の真意。

 トドメを刺すことなく、式神としての命令すらも無視し、消えた作り物。

 

「もう一人のあなたが、私に残した…」

「………」

「最後の、呪いです」

 

 ――せいぜい頑張れ。

 あの時、分身体は間違いなく、こちらを見た。

 白蓮にではなく、本体である、本物である妹紅に向けて、その捨て台詞を残したのだ。

 もう、死ねない妹紅に対して、死ねるもう一人の自分がだ。

 あまりにも、あまりにも上手く行き過ぎている。

 本体から分身。その記憶の共有はまだしも、分身から本体への記憶は、共有されることはない。

 だが、強さは同じなのだ。

 自分と同じ強さを持ち、そして最初の方こそは、一方的に甚振り、傷を付けることができていた。

 

 なのに、結果はこうだ。

 

 もはや、今の白蓮の力は以前とはひと味も、ふた味も違う。

 精神の差。それが答えであることは、疑う余地もないだろう。

 技術を習い。

 経験を積み重ね。

 最強とは言わない、己惚れる程ではなくとも、決して、過剰評価をしたつもりはなくても。

 心の中には、疑いようのない、否定できない妬みがあった。

 

「私は………」

 

 何のために、あの薬に手を出したのか――

 そう弱音を零すよりも先に、――地面が揺れ動く。

 同時に、身体が震えそうになる程の、恐怖心を刺激する、おどろおどろしい力の波長が。

 

「ッ!これは………」

「………………」

 

 ――遂に来たか…!

 痛みも和らぎ、ようやく立ち上がれるようになった妹紅の視線の先。

 白蓮も、まるで静かに、何かを憐れむような、温かくとも無機質な、今までにない表情を見せていて。

 二人が見る先。――虚空に刻まれた、真っ黒な亀裂が、一気に広がって。

 

 体毛だけでも二尺に及ぶ、巨大な虎の体躯。

 人間の顔。そして猪に近い形の、豚の歯が融合した、生理的嫌悪感を刺激する、その風貌。

 

 永琳が張った『浄界』が、とうとう限界を迎えたのだろう。

 そこから、這い出るように出てきた彼は。

 

【久しいなァ、白蓮】

「………」

 

 心底嬉しいと。

 隠し切れない喜びと悪意の笑みを見せて、笑った。




【予告】
 ⬛︎ ⬛︎ ⬛︎ ⬛︎まで後2話。

【挿絵表示】

 
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