【本編完結】諏訪子様になった、負け戦を回避したい   作:洩矢廻戦

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 誤字報告いつも助かってます。
 少女フラクタルの歌声は神。


99話.聖人の調律※

 死後、その者の呪いが強まることがあるという。

 恨み、妬み、怒りといった負の感情は、人間は勿論。妖怪であろうとも変わらない。

 人間であれば、死後に冥界にではなく現世に魂が残留し、恨みをばらまく怨霊に変化し。

 妖怪なら、瘴気を扱う忌み嫌われ、孤立するであろう邪悪側の存在へ堕ちる。

 それ程、生命のもたらす負の感情は、強く恐ろしいものなのだ。

 

 妹紅が村紗を、あえて瀕死の状態にした理由もそこにある。

 

 人間が自然災害や陰謀に巻き込まれ、無念と共にこの世を去った場合、怨霊に魂の構造が変換される…ここまではいい。

 だが、問題は一度死に、怨霊になった後に更に、死んだ場合には何が起こるか…だ。

 その恨みが、現世への執着ではなく、ただ尽きるまで、暴力そのものと化した、これまでに溜め込んだ恨みが、周りに悪影響を与える可能性はゼロではない。

 だから今回、妹紅は村紗を攻撃する際に、しっかりと霊力を込めて、死後の転生を封じ。

 更に、鉤爪の殺傷能力を高めて体力を奪いつつも、命は奪わないように、炎の温度を調整する。

 

 妹紅の推測。それはある意味では正しく、そして決定的に違っている箇所があった。

 

 村紗は、今でも『怨霊ムラサ』であった頃の知識と記憶を持っていた。

 たとえ種族が変わろうとも、怨霊としての基本(ベース)である、恨みを溜め込んでいる事実は変わらない。それが死後に放たれ、周りが汚染されるのを避けた。

 だが、今の村紗は、怨霊ではなく船幽霊の、『村紗水蜜』でしかないのだ。

 『原頭喫水染』展開時にのみ、変化する村紗の種族。それが彼女の、命の明暗を分けた。

 

 

 

 

 重ねて言おう。

 人間も妖怪も、その本質は変わらない。

 呪いが強まる。何かを恨み、怒り、自我を汚染する程の強い力。

 それが、感情なのだ。

 

 

 

 

【久しいなァ、白蓮】

 

 彼は、檮杌は笑う。

 その笑みは、最後に見た時の、一週間以上前のと変わらない。

 黄ばんだ歯と、黒く変色した血がこびりつく牙と、人間の顔。

 そこには変わらず、下衆の色が浮かんでいた。

 

【見ろ。お前のおかげで俺は復活した。全盛の肉体、新たに吸収した恐怖、何よりお前のもたらした知識!陰陽の絡繰!】

「………」

【お前には純粋な感謝しかない。誇ればいい、お前は以前言っていた通り、一匹の妖怪を救ったのだから】

 

 檮杌の言葉が、文字通りの意味ではないことぐらい、妹紅にも分かる。

 本当にただ、純粋に救命への感謝のみの感情ならば、あんなに汚れた笑顔はできないだろう。

 白蓮の善意を踏みにじり、利用し、その上で、最後の最後に、彼女の未来を断つ負け惜しみの言葉。

 それがどれだけ、白蓮の心を傷つけたのか。

 それは今この場にいる者の中で、村紗しか知らないことだ。

 だが彼女は今、幸運にも気絶している為、檮杌の言葉を聞いていない。

 ――本当に…

 

【お前のくだらん戯言が、俺の命を救ったのだ】

 

 ――これを、彼女が聞いていなくて良かった。

 自分でも不気味に感じてしまう程に、冷静に、檮杌の言葉を白蓮は聞く。

 すれ違いや、因果による不幸を僅かに期待し、抱いた和解への希望。

 他ならぬ彼が、檮杌自身が、それに泥を塗り、唾を吐き。

 巨悪頑迷に相応しい。どうしようもなく救えない、その腐った性根を、露にするのを見て――

 

【…どうした】

 

 白蓮は動かない。

 ずっと、――どうしようもなく凍てついた、冷たい瞳を。

 以前のとは違う、無機質で、洞窟の空洞のような、"虚"を思わせる。そんな視線を。

 檮杌に向けて、じっと向けていた。

 困惑。

 

【苛立っているのか?】

 

 そして、嘲笑。

 それは、自分が想像していたのとは違う光景が、目の前に映っていた事によるもの。

 檮杌は、ずっと『浄界』に閉じ込められている間も、外の事を考えていた。

 所詮は人間一人が生み出した結界術の一つ、外からの定期的な補修(メンテナンス)がなくとも、最低ひと月はあれば破ることができる。

 そうなれば必然的に、檮杌の思考は、待てば勝手に壊れてくれる壁そのものから、壁が壊れた後の、つまり外の世界での目的に集中するのだ。

 

 その目的を、今更説明する必要はないだろう。

 

 檮杌。それは巨悪頑迷そのもの。

 善言を弁えていない、決して分かり合えぬ、情けなどかけてはならぬ、そんな存在だ。

 あまりに強く、邪悪で、救いようがなく、故に邪神。

 妖怪の身でありながら、真の意味で『神』に成りかける程の、潜在能力を秘めた巨大な存在。

 今でこそ、二つ名の意味でしか『邪神』とは呼ばれていないが、それももはや、時間の問題。

 都を襲い、村を襲撃し、数多の命を奪った。

 その『情報』が、彼の血となり肉となり、より濃密で、見た者に吐き気を覚えさせる程に、おどろおどろしいものに。

 全て、あの日に手にしたものだ。

 白蓮が助けてくれたおかげで、自分は死に屈することなく、現世に留まれた。

 吸収した恐れは大きく、そして今の彼が持つ力は、間違いなく白蓮に出会う前の、万全の状態のそれより遥か上。 

 

【お前が俺を救い、死から逃れることに成功した俺は、こうして新たな力を手にした】

「………」

【重ねて言うが、これでも感謝しているんだぞ、白蓮。お前のおかげで俺は、最高の狩りができた】

 

 狩り。

 込められた感情は、頭で理解するよりも早く、檮杌が魅せた、恍惚とした笑みによって理解する。

 視覚から直接、脳髄に叩きこまれるような、吐き気を催す悪の気配。

 その言葉を聞き、妹紅と白蓮の空気が、軋む。

 特に妹紅は、視線だけでもはや、人を殺せるのではないかと思える程で。

 歯を食いしばって、今すぐにでも飛び掛かり、その顔をズタズタにしてやりたいという、目に入れたくない『悪』に対する忌避感。

 陰陽師として、戦いの基本である勇気と無謀の履き違え。それが起こらぬよう、必死に理性を押し留めている。

 どこまで。

 どこまで神経を逆撫ですれば、この妖怪は気が済むのだろう。

 

「お前は…!」

 

 妹紅は嫌悪する。

 確かに、彼の正体を知らなかったとはいえ、こんな救いようのない外道を救った白蓮に、呆れと怒りが半々に入り交じった感情はある。

 だがそれ以上に、己の悪行を、そして善意を踏み躙ったという事実を、こうも恥ずかしげもなく堂々と自慢できる、その稚拙な言動に。

 

【命に価値や重さなどない】

 

 あの時と同じ。

 かつて白蓮に対して説いた、その言葉を再び紡ぐ。

 

【天地にとっての水のように、人の命も、そして俺たち妖怪(呪い)も、無意味で無価値なものに過ぎない】

 

 あの時、白蓮は違うと反論した。

 檮杌もまた、その主張そのものを否定する事はなく、ただ白蓮の心の弱さ、弟の死という、触れられたくないであろう過去の記憶に踏み込んだ。

 

【お前は俺だ】

 

 檮杌は言う。

 

【ただ寝たいから寝る、犯したいから犯す、食べたいから食べる。人間も妖怪も、ただそうしたいからそうする、夢や理想など、理性と本能の融合でしかない】

「………」

【お前も知っていた筈だろう。その上で、お前は俺を助け、そして無様にも、救ってきた人間に石を投げられている】

 

 もはや、白蓮には後がない。

 妹紅が来なくとも、檮杌がこうして今この瞬間に復活せずとも。

 都にいた人間の、ほとんどの者が白蓮のことを、人でありながら、妖怪の復讐に加担した者としか見ない。

 今までに築き上げた、歩んできた道の全てが、もう意味の無いものになった。

 

【お前は俺だ。お前は自分の夢物語を追いたいがために、現実の有様を見ようとしなかった】

 

 救えない者もいる。

 救う価値がない者だっている。

 だが、それを他ならぬ白蓮が肯定し、一度でも例外を作ってしまえば、それこそ全てが茶番になる。

 

【俺と同じだ。俺も『人間』だけを見て生きてきた。男も女も、幼子も老人も、全てを無価値な命だと、痛めつけ、殺すだけの玩具であると】

 

 お前もそうだ。

 檮杌は変わらず、相手の返事を聞くこともなく、自分だけ喋り続ける。

 

【俺のような者も、それ以外の有象無象も、それらから目を逸らし、『妖怪』と一括りにして、それを救いたいだのほざいている】

「…」

【どう違う?俺は人間を、どれもくだらないと思っていて、お前は妖怪を、全て救われるべき者だと主張している】

「よく……」

 

 その時だった。

 ずっと、静かに檮杌の言葉を聞き続けていた白蓮が、初めて。

 腹の底から、絞り出すような低い声で。

 

「さっきからずっと、…よく喋る。遺言ですか?」

【…ククックハハハハ!!】

 

 笑った。

 白蓮に対して感謝した、打算も含めた笑顔。

 彼女に向ける、同族意識による親愛の笑み。

 それらとは違う、まるで悪戯に成功したような、子供のように笑う顔。

 だが人間の子供と違って、その顔には、愛嬌などどこにも無い。

 邪神、四凶の一柱として相応しい、下衆の色しか感じられない。

 檮杌は笑う。

 妖怪として、邪神としての本能である、相手を苛立たせる事に成功し、見下す事による絶頂感。

 甘美な経験、満たされる嗜虐性。

 だが。

 

【それを認めん限り、お前は俺には一生勝てんぞ】

「…どうやら、勘違いしているみたいですが」

 

 檮杌は変わらず、自信満々な態度を崩さない。

 白蓮の顔は、抱えていた村紗を地面に寝かせる為に、膝を曲げて俯いている為、よく見えない。

 だが、分かる。

 声が違う、そこに込められた、意思の力が。

 肩に重石を乗せられたが如く、身体が硬直し、金縛りの如く、大気中に固定される感覚。

 

「…私は」

 

 ――檮杌の誤算。

 彼は、最初から一貫して、白蓮の心は折れていると、そう思い込んでいた。

 自分の正体を知らず、治療し、助けた事で起こった悲劇。決して少なくはない、人間が犠牲となって、臓物を散らして死んだ。

 すぐに封印され、外との連絡は途絶えてしまったが、それでも彼は、確信していた。最後に己が叫び、告白した、白蓮が自分を助けたという事実。

 人間は愚かで、少し不安を煽ってやれば、勝手に同士討ちを始める。

 白蓮の場合は、元より人間と敵対し、恨み合う妖怪なのだから尚更だ。

 だから信じた。

 思い込んでしまった。

 既に彼女は、自分が殺したあの村の、少女を含む住民の惨状と、仲間だった者からの迫害があっただろうと。

 人を苦しめ、貶め、傷つけて笑ってきたからこそ、それは疑いようのない真実なのだと。

 

 だが、真実は少し異なる。

 白蓮は確かに、自分が引き起こした悲劇を見た。

 ――だが、同時に呪われたのだ。

 

 考えれば考える程、皮肉なものだ。

 仮に檮杌が、いずれ破れるからと慢心せず、全力で内側から抗っていれば、事態は彼の思うがままになっただろう。

 妹紅の作り出した式神。最後の最後に、真の意味で自我を持ち、そして消えた彼女が、今際の際に残した、白蓮への呪い。

 檮杌がもっと早く目覚めていれば、白蓮はその呪いによって、壊れた心を持ち直す暇もなく、檮杌の望み通り、哀れな最後を迎えていたに違いない。

 だが、それは所詮もしもの話。

 

「それでも」

 

 もう、遅い。

 全てが遅い。全てが手遅れだった。

 白蓮の身体を、魔力による発光現象が包み込み。

 そして、ギチリと音が鳴るほどに、彼女は拳を強く握り締めて。

 彼女はもう、以前までの弱々しい態度ではなく、確固たる信念を抱いている。

 

「――私は、夢を見続けると決めたんです」

 

 ――その瞬間、岩と見間違う拳が飛来した。

 檮杌の顔面、鼻の中心を寸分の狂いなく、真っ直ぐに打ち抜くストレート。

 小細工など要らない。ただ全力で足を踏み込み、跳び。

 肩、腕、拳をまるで、鞭のようにしならせ、放つ。

 牙が無事だったのは、不幸中の幸いだろう。

 下顎が揺らぐ感覚と共に、体毛だけで二尺もある筈の巨体が、まるで風に吹かれた木の葉のように、飛ぶ。

 

「妹紅。――あなたは手を出さないで」

 

 吹き飛ぶ檮杌を追いかける直前。

 白蓮はそう言ってから、加速。

 地面を蹴り、粉砕された地表の残骸が、背後で竜巻のようにうねっている。

 対する檮杌は、白蓮がこちらに到達するまでの刹那で、既に思考を切り替えていた。

 

【この…】

 

 怒りだ。

 痛みに対する、肉体の反射よりも先に、檮杌が見せたのは怒り。

 身体が痛みに震えるよりも、肺から空気が押し出され、悲鳴という名の音となるよりも先に。

 ビキビキッと、顔面に血管が浮き立ち、叫ぶ。

 

【舐めるなァ!!】

 

 檮杌の動きは速い。

 むしろ、復活したばかりとはいえ、今の彼は存分に身体を、精神を癒し、活力に満たされた状態なのだ。

 都の恐怖を取り込んでいる事を度外視しても、この時点でもはや、白蓮では本来、手に負えるような存在ではない。

 月光を反射し、キラリと、爪が視界の隅で輝くのを察知してから一秒も経たず。

 突如、檮杌の視界の半分が黒で染まった。

 

【グアッ…!?】

 

 再び、肉が潰れ、骨がひしゃげたような音が、自分の身体の内側から聞こえたような気がした。

 実際、それは檮杌の幻聴等ではなかった。

 左目を中心に、まるでクレーターが発生したかのような、打撃による陥没が生成されている。

 檮杌は、それが他ならぬ、自分の身体に起こった変化だということも。

 ましてや、それが目の前の…あの見下していた人間によって刻まれたものだということも、とっさには理解できなかった。

 邪神とさえ謳われた自分が、ただの小娘に――!

 

【粋がるなよ――!】

 

 妖怪と人間。その肉体の違いは決して、戦いでは無視できない要素の一つだ。

 檮杌の身体は、全長で約二尺。人の手足ほど、精密な動きができないものの、虎の肉体は、その見た目通りの破壊力を秘めている。

 拳を振り抜き、失速する白蓮の隙を狙い撃ち、殴る。

 たったそれだけで、メキャ…と、檮杌が先ほど喰らった打撃の音よりも、大きく、重い音が響き渡った。

 白蓮は吹き飛び、地面に頭から衝突し、そのまま地面を抉りながら、滑り続ける。

 

 長い年月を生きた檮杌は、知っている。

 人間と妖怪、その間にある、種族による絶対的な力の差を。

 

 そして、それに追いつく為、彼らがするべき行為も――

 

【ッ!甘いわ!】

 

 白蓮が動きを止めたのは、時間にしておよそ2秒。

 皮膚を削り、肉を抉られながら地面を滑っている途中、ぐぐ…と身体がバネのように収縮したのを、檮杌は見た。

 その次の瞬間、再び檮杌の顔面を狙って、傷を癒した白蓮が、先ほどよりも速度を上げて、突進する。

 反転術式。――純粋な人間を辞め、魔法使いとなった白蓮だから使える、その禁じ手。

 それは、人間が人外と戦う際に、最も役に立つとさえ言われている程には、強い。

 人間の弱さとは多く存在するが、その中でも統括して、『弱い』という特徴が目立つ。

 文字通り、弱い。持てる重さも、寿命も、そしてそれらの全盛期を保てる期間、その短さも。

 紡がれた知識と技術で、その弱さを補い、戦ってきた彼らに。

 失った手足を再生することもできない。そんな弱い彼らに、再生能力による長時間の戦闘を可能とする力を与えたら…果たしてどうなるのだろうか?

 その答えこそ、檮杌の目前に迫る、彼女の拳が織りなす閃光だった。

 

 力を込めているのにも関わらず、打撃の軌道はどれも柔らかく、そして鋭い。

 肝心の拳は、岩に匹敵するどころか、岩すら砕く、正に鋼そのものと呼べる程の、重い一撃。

 

 檮杌は身体を捻り、そして虎の前足を上手く使い、それらを受け止め、反撃を着実に刻み込む。

 格闘技の知識など、ましてや人体の欠点、弱点といった医学的知識など皆無だ。

 だがこれでいい。これでずっと戦ってきた。

 檮杌の身体に染み付いた、虐殺の記憶と経験が、白蓮の身体に傷を刻み、そして苦悶の表情と共に、その拮抗が変わっていく。

 白蓮の動きは、所詮魔力で増強した身体を、ただがむしゃらに動かしているだけに過ぎない。

 つまり動きが『人間』の枠組みから外れていない。突然空を飛び、低空で連続して蹴りを放ったり、ましてや大気中の"面"に触れ、空を()()事も叶わない。

 もはや一度、目が慣れてしまえば、後は消化試合だ。

 

「うう"っ…」

 

 ドガンッ!という地面が破裂した音に紛れて、肉が潰れた音がする。

 檮杌が振り上げ、そして下ろした右の前足が、白蓮の左足を、上から叩き潰し、地面に埋め込んだのだ。

 ただ、骨と肉が粉砕されただけならば良かった。

 だが今回は、檮杌によって、足を地面に()()()()()()()()――

 

【クハッ…】

 

 檮杌が、残る左前足に力を込め。

 ギラリと、爪が光り輝いたのも束の間――

 

【クハハハハハハハハハ――ッ!!】

 

 殴る。

 否、それは殴るではなく、穿つ。

 檮杌が、動きを封じられた白蓮の顔を、身体を、爪を交えた打撃によって、何度も何度も殴り続ける。

 その度に、白蓮の幼い顔に、見ていられない程に深い傷が刻まれ、反転術式によって治ると共に、また傷が刻まれる。

 足は、地面に埋め込まれているのもあって、反転術式がロクに機能しない。

 しっかりと今も、足の骨を粉砕したまま、檮杌の足によって、再生が阻害されているせいで、脱出はほぼ不可能。

 肩を貫き、決して傷ついてはいけない、神経が切断される。

 反転術式による治癒も、何度も何度も傷を治し、致命傷による死を遠ざけ続けると、その効力はどんどんと低下していく。

 白蓮の身体に、癒し切れない傷跡が刻まれる。

 殴られ、身体が吹き飛ぶことで、衝撃をいくらかは逃せる筈なのに、それすら許されない。

 

【調子に乗った罰だ…!】

「ッ…ぐ」

 

 今度は、腹。

 爪を、より鋭利に作り替え、打撃による衝撃を全て、貫通力と殺傷能力の向上に費やした技。

 だが、基本的な肉体の変化。

 つまりは『程度の能力』が関与しない、それとは別の力であるという事で。

 その爪が、白蓮の腹、胃を貫通し、背中から飛び出した瞬間。

 檮杌は、大きく口を開き――

 

【――ッッッッ!!!!!】

 

 極まった音響兵器は、部外者からすれば、無音と同義。

 実際、それを遠目で見ていた筈の妹紅には、何かしらの音、そして己の耳や頭に対して、何の異常もきたしていない。

 だが、当人は違った。

 至近距離で、耳を塞ぐこともできず、更には反転術式に集中していた事で、耳から脳にかけてを、魔力で強化し、保護することも叶わず。

 100%の、その攻撃を、全身で味わうように喰らってしまった。

 ――檮杌の奥義である、『荒を乱す程度の能力』を。

 

「ご、ァ…ぉ…」

 

 攻撃を受ける度、肉体が軋み、血を噴き出した。

 その度に、傷を癒し、傷跡を塞ぎ、疲労が抜け落ちるのを待った。

 だが、これは駄目だ。

 白蓮の顔に、血管が文字通り燃えたことによる、火傷のような跡が刻まれる。

 出力が落ちた、今の反転術式の練度では、これを治すことも、ましてや傷跡を消すことも叶わないだろう。

 

「ぅ………ぅ」

 

 内臓を直接茹でられたような、骨が折れるのではなく、一斉に粉砕されたような。

 気絶する事すら許さない、地獄のような痛覚の嵐の中。

 それでも、白蓮はしっかりと、拳を握っていて。

 まだ、動く。

 

「――――ッ!!」

 

 軋む身体に鞭を打ち。

 反転術式を中断し、その分浮いた魔力を、全て右拳に纏う。

 鳴り響く、あの火花の存在を信じ。

 白蓮はただ、一心不乱に、全力で拳を振り抜く――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 死の間際。

 人間はいつも、覚醒し、最後の足掻きとして、消えない傷を刻み込む。

 そうして、同胞がいくつもやられたのを見た。

 油断も、慢心もあった。あった上で、これだけは、彼も避けるべきだと読んでいた。

 

【馬ァ鹿】

 

 檮杌は、()()()()()

 地面を踏み込み、慣性で宙に浮かんでいるのとは違う、正真正銘の浮遊。

 その正体は、彼の足元にあった、透明な風の渦。

 

【死の間際。人間がよく()()を決めるのは知っている】

 

 檮杌は、起死回生の一撃を外した白蓮を見て。

 クプ…と、唾液が混じった、気味の悪い笑顔で、ゲラゲラと。

 彼女の苦労を、努力を嘲笑い、哂う。

 

【当たらなければ、どうという事はない…!】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――あれは凄まじく力を消費するが、それだけに利点もある。

 刹那。妹紅はふと、かつて崔爾が言っていた、あの言葉を思い出した。

 

【作戦に夢と希望を詰め込むな。…気の毒過ぎて表情に困るだろう?】

 

 ――一つは環境要因による全能力上昇。

 妹紅は、拳を振り切った姿勢のまま、微動だにしない白蓮の背中を、静かに見た。

 その一瞬。彼女が見せた、菩薩と見間違うような、優しい笑みを――。

 

【他に小細工はあったのかもしれんが、それだけだ。当たらなければどうという事はない】

 

 ――領域内で発動した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【これで、もうお終…】

 

 ――付与された術式は。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「領域展開」

 

【挿絵表示】

 

 ――絶対当たる。




【予告】
 領域展開まで後1話。

【挿絵表示】


 今回の挿絵もよわよわ先生でお馴染みvivo様に描いていただきました。
 続きは明日の七時か八時に出します。

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