【本編完結】諏訪子様になった、負け戦を回避したい   作:洩矢廻戦

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 記念すべき100話。そのトリを飾るのは白蓮さんです。
 前回に続き、今回の挿絵もvivo様に描いていただきました。


100話.感情の摩天楼 ~ Cosmic Mind※

【なんだ………これは】

 

 妖しげな花が、宙を舞っていた。

 紫に輝く、桜の花びらのようなそれは、ゆっくりと下降し、地面に触れると共に、消える。

 木々はない。花びらだけが、遥か遠い空の上、向こう側から落ちてきているかのように、不自然に、漂う。

 

【何なのだ………】

 

 どれだけ気を張っても、人の気配も、妖怪の気配も、生きる者の放つ主張を何一つ感じられない。

 人の住処も、何も。

 今の時代、たとえどんな僻地であろうとも、そこには必ず人の手が加えられている。

 だが、ここには何もない。

 人の手が加えられるより前、ずっと昔にあったのであろう、桃源郷とも呼ぶべき光景。

 それが、檮杌の前に広がっていた。

 

「私にも分かりません」

 

 声が聞こえる。

 檮杌は、その声の主に覚えがある。と言うより、彼女以外には考えられなかった。

 記憶の末端。最後に己が聞いた、見たもの。

 掌印、詠唱。それがもたらす、構築するものと言えば、一つしかない。

 

「ただ、がむしゃらでしたから」

【…それだけで、こうも簡単に至れるのか】

 

 いつの間にか、背後にいた白蓮。

 だが、彼女の方へ振り返ることなく、檮杌は続けた。

 

【…霊力や妖力。そして呪力や魔力といった、この世の全ての力は、皆その者の感情から抽出されるものだ】

 

 領域展開とは、自分自身の人生を表す鏡のようなもの。

 己が持つ、築き上げた生得領域、心象風景が変わる。もしくはそれを相手と共有することは、滅多なことがないと起こらない。

 だが、目の前に広がるこの光景はなんだ?

 結界術の頂点。それがもたらす恩恵にしては、あまりにも無害で、それでいて気色が悪い。

 湧き上がる嫌悪感を必死に抑え、続ける。

 

【俺はこの現象を、その副作用のようなものだと考えている。だが妙だな、ならば何故俺は死んでいない?】

「私が、まだ戦う気がないからですよ」

【――なに?】

 

 死の寸前に見る妄想か。

 それとも、はたまた別の、自分でも知らない未知の世界の技術なのか。

 檮杌の疑惑が、白蓮に対して向けられると共に。

 白蓮もまた、静かに是とした。

 

「私だって必死だったから。これが本当に成功したものなのか、後どれくらいこの世界が続くのか。…分からないから、今の内に話したかった」

【何を】

「あなたを知る時間が欲しかった。………少し、付き合ってくれませんか」

【………】

 

 正に、野原一面としか呼べぬ程の、何もない世界。

 だがあくまでも、ここが領域の中であることに変わりはない。

 結界の強度は?搭載された能力、術式の詳細は?どこまでが『必中』なのか?

 不思議と、檮杌は冷静に考えることができた。

 馬鹿正直に、白蓮の言葉を信じ、それに乗るつもりはない。

 が、もしもそれを否めば、自分にどのような不利益が訪れるか――

 メリットとデメリット。その天秤を必死に頭の中で使い、数秒かけて、ようやく檮杌は動いた。

 答えは、是。

 

【………いいだろう】

 

 元より、自分は既に領域の中。

 簡易領域など使える筈もなく、既に能力のほとんどが封じられ、圧倒的不利な立場な事に変わりはない。

 ならば、相手の策に乗ってでも、その手の内を暴くことが最優先。

 決して、相手の言葉を信じる訳ではない。

 この期に及んで。「知る時間が欲しい」などと、どこまでも救えない、愚かな善人の言葉を、信じるつもりはない。

 ただ、あくまでも。

 相手の策を暴いてやるから。――それだけの理由だ。

 その時だった。

 

 檮杌の姿が変わる。

 

 白蓮の言葉を受け入れる姿勢をとった途端、これまで自分の身体に纏わりついていた、恐怖の鎧が剥がれていくのを感じた。

 そして、鎧が剥がれるという表現は、ある意味では正しいものだった。

 二尺の体毛が、光の粒子と共に消える。

 人間を貶める、見下す為に変化させていた肉体が、素のものへ――

 

「………そうか」

 

 声が変わった。

 以前の、男とも女とも受け取れる、中性的な質の声は、女の方に寄って。

 老人のようにしわがれた、エコーのかかった声も、人間のと変わらないくらいに、透き通っている。

 僰文(ほくぶん)が幾何学模様の形となった、赤く鮮やかなワンピース。

 変わったのは、檮杌だけではなかった。

 視線の先には、先ほどまであった、虚しい程に延々と広がる、野原の姿はどこにもなく。

 あったのは、その野原にも負けない、虚しい荒野だった。

 

「俺の世界は砂漠そのものだった」

 

 地面に、手を伸ばす。

 肉を裂き、骨を砕く虎の肉体ではなく、人間の。

 光沢を放つ、滑らかな肌。

 白蓮とそう変わらない、年頃の少女の肉体が、熱く重い砂と戯れる。

 

「日が昇り、月が昇ることもない、まるで切り抜かれた時間の中を、俺は生きていた」

 

 ――まるで絹のよう。

 そう、白蓮は思う。

 太陽はどこにもないのに、まるで肌を焼くような、光が当たる時の感触がする。

 そんな、太陽光を反射して、キラキラと輝く、絹のような白色の、セミロングの髪をした少女。

 意外そうに、少し微笑んで、言う。

 

「意外と、可愛いんですね」

「だからだ。この姿では、人を充分には恐れさせることができん」

 

 青い瞳と、赤いリボン。

 なるほど。確かにこの姿では、人間たちが一目見て、「怖い」という感情を抱き難いだろう。白蓮は確かに、内心でそう思った。

 

「ここにあるものは、全て虚像だ」

 

 檮杌の手、指と指の隙間から、砂の粒子が零れ落ちる。

 それが、空中で散らばり、握ったことで形成された、塊の一部がなくなり、再び地面に還っていく。

 指の間、爪の隙間といった、本来であれば、細かい砂の粒子が侵入し、少なくない不快感を与える筈のそれが、消えていく。

 文字通り、何も残らずに消えていく。

 

「風も吹かなかった。死も命も。俺以外には、ここには何もなかった」

 

 檮杌の誕生。

 それは、ある一人の商人が、外にある国から持ち込んできた書物。そこに記された怪物の伝承。

 当時は、知る者の数も限られていて、そのせいで、檮杌は意思こそ芽生えたものの、身体を実体化させることも、彼にとっての、卵の殻でもある書物の世界。つまりこの砂漠から、抜け出すことができなかった。

 

 ただ、待つだけの人生だった。

 

 人の恨みも足りず、形を作る為の、恐れる為の知識の量も足りず。

 ずっと、中途半端にこの空間で、時間が過ぎるのを待っていたのだと。

 そう語る。

 

「俺が、檮杌になる前の話は終わりだ」

 

 不思議と、檮杌は歩いていた。

 立ったまま、白蓮の望み通りに話をするだけでいい。動かない理由はないが、逆にそれは、動く理由がないとも言える。

 だというのに、まるで自分がこの世界の主かのように、不思議な心地がずっと続いていた。

 

「外からの伝承。人は見たこともないものを勝手に恐れ、想像を膨らませる」

 

 次に、檮杌の目の前に広がっていたのは、懐かしい光景だった。

 『檮杌』として個を会得するよりも前、有象無象の、特定の種族名を持たぬ、ただの『妖怪』であった頃の、日常の一コマ。

 そこに、まるで影のような何かが、走って動いているのが見える。

 それは幻覚ではなく、その証明として、白蓮が問う。

 

「今のは?」

「昔の俺と、知らない仲間だったものだ」

 

 小さな虎たちだ。

 牙も満足に生え揃っていない、子犬と見間違う程に、とても小さな、か弱い存在。

 否定したいが、できないだろう。

 この時の檮杌は、白蓮が説いていた救済の対象。――そう、正に争いを好まない、弱き存在だったのだ。

 

「友達だったんですか?」

「………さぁな、少なくとも、悪い気はしなかった」

「他の四凶とは?」

「知らん。面識などない」

 

 ――懐かしい。

 だが同時に、力を身に着けた今、こうして過去の情景を眺めると、どうしようもなく苛立つ気持ちもある。

 自分のような、格上がこのような場所で、一時期とはいえ――

 そんな、慢心の醜さを自覚しながらも、檮杌は不思議と、目を逸らすことができなかった。

 二つの影は、まるで疲れなど知らないかのように、ずっと走り続けている。

 時に岩の上に、そしてそこから飛び降り、もう一度かけっこを初めて、加速する。

 焼き直しの勝負を続けて、三回目ぐらいだろうか。

 ようやく、一回り小さな影が、自分よりも大きな影を、上から覆いかぶさるかのように、捉えた。

 そして、笑った。

 影だけだ。

 目の前にあるのは、声帯も持たぬ、体重もない虚像の一つに過ぎないもの。

 しかし、何故か聞こえてくるのだ。

 耳障りに思う程、心底楽しそうな、幼い獣の笑い声。

 まだ、弱かった頃の、ある意味■せだった――

 

「だが、それは長くは続かない」

 

 景色が変わる。

 長閑な野原、楽しそうに駆け回る獣の影は、その全てが死んでいた。

 影だけで、そこに声も、色も、視覚だけで得られる情報は限られている。

 それでも、死んでいると、そう理解できてしまったのは、影の形だった。

 喉を斬られ、歪な凹凸を残して転がる影。

 首と胴体が別れ、更には四肢すらも捥がれている、異形の影。

 それらの中の、先ほど、楽しそうにかけっこをしていた、一回り小さな影に、二人の視線が集中する。

 

「理由は知らん。楽しそうに野原を駆ける、畜生を過剰に恐れたのか、それともただ、金になるからやったのか」

 

 その時、目の前に広がるものの正体を見て、白蓮が唾を呑むのを、檮杌は聞いた。

 だが、檮杌は冷たく、目の前の光景をじっと見つめて。呟く。

 

「……どうでもいいな」

 

 それは、比喩表現でも何でもない。

 檮杌からすれば、本当に心底どうでもいいのだ。

 かつての同族、脅かされた安寧の地。それらはもう過去のこと。

 それよりも、ただ彼は、今更こんなどうでもいい光景を、いちいち抽出して見てしまう、己の中の甘い記憶に、吐き気すら覚えていた。

 

「それから、俺はただ、本能に従って生きてきた」

 

 それ以外の生き方など、考えたこともなかった。

 人間を殺し、恨まれ、それを殺して、更に別の人間から恐怖される。

 幸せだった。それは今も変わっていない。

 今でこそ、まだ肩書だけでの『邪神』だが、これを続けていけば、自分は本当に、人から()()られる神になれる。

 その直感と、淡い夢を目指して、彼は生き続ける――

 

 

 

 

「で、お前は何がしたかったんだ」

 

 

 

 

 映像は消えた。

 再び、広がるのは野原であり、檮杌の記憶から抽出された、あの荒野はない。

 あるのは、まるで鏡が割れるかのように、次々と亀裂が走っていく、野原の姿。

 言葉にせずとも、それが意味する事は理解した。

 

「俺の身の上話を聞いて、それで何を見つけた」

「変わっていませんよ、最初から」

「頑固だな」

 

 互いの心が通じ合い、情景を共有したからこそ、分かる。

 ただ話を、言葉を交わし合うのではなく、目で見る、感じるからこそ。理解させられる。

 答えは、最初から変わっていないのだ。

 檮杌は、ただ人間を殺したいから、殺す。

 白蓮もまた、人も妖怪も、救いたいから救う。

 己の理性と本能を融合させ、時に本心を曝け出し、時に嘘を吐くことで、生きている者同士。

 そして、同時にどれだけ足掻いても――決して共にはいられない事も。

 

「私は夢を見たんです。人も妖怪も、恐れるという過程を必要とせずに。……本当の意味で、同じ場所で生きていけるような世界を」

「ならば俺も同じだ。俺は人間が弱く、醜くて見ていられない。――殺したいから殺す。お前も」

「えぇ、知っています」

【あの村の餓鬼のように、お前のことを殺してやる】

 

 姿が変わる。

 白蓮にとっては忌まわしい、そして、檮杌にとっては、ある意味で誇らしい。

 虎の身体と、人の顔と豚の歯が融合した、醜悪な、獣の姿。

 互いに、意志は変わらない。

 檮杌は、あの日村の人間を虐殺したことに、悔いなど覚える筈がない。

 白蓮は、それの罪を背負ってでも、妖怪と生きることを諦めない。

 

【俺の生き方は俺のもの】

「私は、私の夢の為に」

【俺の生き方に、お前は邪魔だ】

「同感です。だからこそ、私は――」

 

 最後。

 共有された生得領域が消え去る、その寸前。

 発露された、白蓮の真意。

 

「裏切られた怒りや恨み。これを理由には決してしません。――私は、私の夢の為に。そして、この夢を一緒に見てくれると言った、仲間たちの為に」

 

 裏切られた憎悪。

 強大な敵に対する恐怖。

 あの日、助けたことの後悔。

 それら全てを、呑み込み、受け入れた上で告げる。

 

恨まず(呪わず)。あなたを止める為に戦います」

【やってみろ】

 

 聖人としての、戦いの宣言。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「領域展開」

 

 中指だけを伸ばし、それ以外の指を、交互に絡める掌印。

 大地が全ての命を育む力を蔵するように、苦悩の人々を、慈悲の心で包み込み、救う所から名付けられたとされる。――それは地蔵菩薩印。

 そして、世界が書き換えられる。

 村紗のとは違う、建築物を領域の外殻に転用し、何とか形にしたのとは別次元。

 

 結界術の極致。

 現実世界そのものを侵食し、己の思うがままに書き換える、"結界を閉じない領域"である。

 

 まるで氷のように、波紋の一つもない水面が、辺りを染める。

 村紗の『原頭喫水染』とは違う、どこまでも澄んだ、蒼く冷たい水面だった。

 その奥から、幾つもの影が黒く、濃く存在を主張し、そして水面を突き破って、顕在化する。

 領域の偶像(オブジェクト)として、白蓮の背後に、巨大な錫杖が出現。

 その次に、それを中心にして、更に数十もの、塔婆が生えてくるように、水面を突き破ってそびえ立つ。

 結界術の頂点。それを使える者は、数える程しか存在しない。

 だが、彼女はその世界に足を踏み入れた。

 異能を鍛え上げ、そして至ったが故の――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

対岸(たいがん)()(ぜい)

 

【挿絵表示】

 

 真なる世界が、現実世界を上書きした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【ッgGッギャァ"アアア"ア"ア"アア"アア"ア"ッ"ッ"ッ"!!!???】

 

 ――領域に付与した能力は、絶対に当たる。

 白蓮が結界に付与した弾幕は『アーンギラサヴェーダ』。その実態は単純明快、魔に特化したレーザー状の弾幕。

 それが、空中を漂っていた、檮杌の背中を焼き尽くすと共に、『程度の能力』の使用権が放棄される。

 これにより、空中で旋回していた風の刃は、影も形もなく消え失せる事となり――

 

【貴様ァ…!】

 

 墜落し、全身に走る激痛で顔を歪めた檮杌に向かって、白蓮は跳ぶ。

 領域内での、術者に与えられる基礎能力・その出力向上。

 これにより、手負いの状態であったのにも関わらず、白蓮の速度は、傷を負う前のよりも遥かに速い。

 加速し切るよりも前に、拳が檮杌の身体に炸裂したことで、トップスピードの力を味方に付けることはできなかったが。

 

【ぐあっ…!?】

 

 効果は絶大。

 小細工などいらない、むしろ今は必要がないとでも言うように、白蓮は、領域に搭載された能力以外、魔法の力を基礎能力の向上以外では使っていない。

 それはある種の"縛り"でもあり、同時にそれが、無意識のうちに最適な答えであったことを、白蓮は知らない。

 だが、それはすぐ、目に見える結果として理解させられた。

 効果が薄い。

 最初だけではない。『対岸弘誓』は今も展開されている、それはつまり、こうしている間にも、ずっと檮杌の身体には領域の必中命令が、『アーンギラサヴェーダ』が炸裂し続けているのだ。

 だというのに、魔を祓う筈の光は、檮杌の骨どころか、肉にすら届いていない。

 その理由は、彼の体毛だった。

 二尺近くもある体毛、その繊維一本一本に妖力を流し込み、基礎的な防御力を向上させ、更にそれと並列して、妖力を体内で練り上げ、背中に集中させている。

 領域展開は、結界術で作る一種のプログラムだ。

 たとえ結界を閉じずに展開ができたとしても、その基本性能に目を向けなければ、本来の機能を存分に発揮することができず、宝の持ち腐れとなってしまう。

 勿論、白蓮の才能は素晴らしい。それを否定できる者など、この世には存在しないだろう。

 

 ――故に、惜しい。

 もしも彼女が、"結界を閉じない領域"が特殊で、本来は外殻が存在する領域こそが、基本中の基本だと知っていれば。

 外殻のある領域の、必中命令の対象が「神秘(妖力)の有無」であり。結界を閉じずに展開した場合は、必中命令の対象が「生物と無生物」に変わると知っていれば。

 『対岸弘誓』は、檮杌の妖力が最も濃い場所にマーキングし、必中効果を炸裂させることなく。

 その基本構造を改良し、完全にランダムな位置へ…つまり体毛による防御が叶わない、顔や首に向かって効果が炸裂するよう、そう設定できた筈なのだ。

 

 だが今は――

 

「…これでいい」

 

 付け焼刃の力だ。

 練度も、精度もまだまだで、檮杌が簡易領域の知識を持っていない事が、何よりの幸運だ。

 それでも、白蓮の顔は、どこか爽やかなものであり。

 

「………これで」

 

 そして、殴る。

 檮杌の顔面に、再び豪速の拳が突き刺さり、破裂。

 そして、遅れて響き渡る轟音。

 それは空気の悲鳴だった。

 あまりにも速く、そして巧みに放つ、それだけの右ストレートが、大気を文字通りに裂き、空間を叩く音。

 故に、打撃音が遅れて聞こえる程だったのだ。

 檮杌の身体が、まるで地面にぶつかったゴムボールのように、空中で跳ねあがる。

 天高く、領域の必中効果範囲から飛び出るかと思う程だ。

 だが、白蓮ならば問題ない。

 領域内で、自分の世界を引き出したからこそ、ようやく知覚するに至ったのだろう。

 今の彼女の目、そして視界の隅から隅には、まるで靄がかかったかのように、景色が一部、歪んで見える場所があった。

 そこからは早かった。

 不思議と、自分が今、何ができて、何を今するべきなのか、本能で理解し、行動に移す。

 

 魔力を纏い、全力で肉体を強化させ――空気を()()

 

 ただ浮遊するのとは違い、直線的な動きを何度も繰り返す、限られた進路を進むだけの技。

 だが、そこに白蓮は工夫を重ねた。

 空気を蹴ると同時に、足元で魔力を爆発させ、その推進力を味方にすることで、更に速度を上げる。

 それどころか、空気を蹴れば蹴る程、爆発の威力は加算され続け、スピードは上がり続ける。

 かつて、人外魔境諏訪決戦において、洩矢神が使った技術であることを、白蓮はまだ知らない。

 檮杌が白蓮の姿を捉えられたのは、1秒にも満たない。

 瞬きすら許さない、文字通り刹那の間に、白蓮は十から二十程、空気を蹴り、魔力を爆発させることで、空を跳ぶ。

 その結果、『対岸弘誓』の必中効果範囲から、檮杌の身体が飛び出る寸前。

 再び、白蓮の振るう腕が、弧を刻んで炸裂する。

 そして、直撃。

 

【ぐぎゃッ…】

 

 ――したまま、白蓮は再び空気を蹴る。

 檮杌の顔面にめり込んだ拳が、更に奥へ、空中という不安定な場所であるのにも関わらず、全体重を込めて炸裂した。

 身体が吹き飛び、衝撃を逃がすよりも、更に速く、もっと重く。

 ギリギリ…と依然変わらずめり込み続ける拳に、紫の光が宿る。

 

「――ッ!」

 

 ドガンッ!と、打撃音が炸裂するのよりも更に大きい、空気が壊れた音がする。

 それと共に、檮杌の身体は、もはや抵抗する余裕もないのか、白蓮の拳に対し、肉体の反射運動である『力む』という行為すらできていないようだった。

 白蓮とて、もう戦いを長引かせる余裕などない。

 何十回も、反転術式で肉体を修復し、更には土壇場で決めた、完成された領域展開を披露。

 魔力の総量は、残り一割といったところだろう。

 現に、白蓮は致命傷でも何でもない、身体の表面に付いただけの、数多の傷すら治せていない。

 だが、焦りはなかった。

 

 領域という、自分だけの世界だからこそ感じられる、全能感。

 身体の節々が訴える、数多の火傷や裂傷の痛み。

 それらが、より深く意識を鮮明に、集中によって冴えていく――

 

 勝負は、もうこれで決まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…もう」

 

 地面と衝突し、浮き上がる檮杌の肉体。

 それを見据え、右拳に力を集中させる。

 

 領域による、莫大な魔力消費。

 そして、慣れない空中を蹴るという離れ業を連発した消耗。

 

 己の中に残る、全ての魔力を集中させた、後を考えぬ打撃。

 これが最後の一撃であることを、白蓮から放たれる威圧感(プレッシャー)が証明する。

 

「………………檮杌」

 

 憎しみ、怒り。

 数多の雑念を捨て、ただ目の前の敵を「倒す」という、一つの思いを拳に乗せる。

 ――"誠心"。聖白蓮の本領。

 

「決着をつけましょう」

 

 ――藤原妹紅を凌ぐ身体能力、格闘センス。

 そこに与えられた、――魔法(呪い)の力。

 彼女は。

 

(めぐ)る呪いに……!」

 

 ――黒い火花に愛されている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(こく)   (せん)

 

 長き(呪い合)いに、終止符を――




 領域解説
対岸弘誓
①対岸→ 川や湾などの向こう側の岸(対岸の火事から)。
②弘誓→ 仏菩薩のひろく衆生を済度して仏果を得させようとする広大な誓願(仏語)。
人と妖怪の共存という、絶対に叶わない白蓮の夢に対する人々の反応(対岸の火事)と、白蓮自身を表す言葉と、船を作って村紗を救った話に合わせた話(弘誓の船)を掛け合わせて命名。
ここまで説明して思ったんですが、もしやこれ歴代最高の命名なのでは…?

 日間ランキング一位を今も狙ってるので、よろしければ評価の方もお願いします。

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