【本編完結】諏訪子様になった、負け戦を回避したい 作:洩矢廻戦
黒い火花が微笑んだ。
想像を絶する痛みの中、彼はそれに喘ぐよりも先に。
失われていく、自分の誇りに対する苦悶の声を上げた。
【ア"ァ…ッ】
消えていく――
自分の身体が、崩れていく。
鍛え上げた力が――
【ッあァア"ア"ア"ア"っ…!】
失われていく――
恐怖を取り込み、大きく、恐ろしく。
成長を続けていた自分自身の、存在を保っていた誇りそのものが――
【ッ――はぁっはぁ…ッぐ――】
――消えてしまった。
今まで培い、鍛え上げてきた、鋼にも勝る筈の肉体。
防御は間に合わない。故にせめてもの抵抗で、妖力で身体を守り、衝撃を少しでも和らげるつもりだった。
だというのに――
(何だ今の、黒い光は…!?)
檮杌は、それを知らない。
"誠心"の先で爆ぜる、0.000001秒の火花。
勝負の瀬戸際を決定づける、打撃が辿り着く究極のステージである黒閃という、地獄の女神にすら、滅多に微笑まない覚醒の道を。
肩から腰、身体の約半分が、文字通り肉片の一つも残らずに消し飛ばされ、檮杌は力なく、地面に倒れ込む。
もはや、生存の望みはない。
空気に触れ、黒く変色した血液と、胃の中の固形物が、ドロドロと地面に流れ続けた。
【ハァッ…ハァッ…!】
「………」
互いに、ボロ布のような有り様だった。
檮杌のように、目立った欠損こそないものの、白蓮は見た目以上に、身体の内側である臓器に、致命的なダメージを負ってしまっている。
立ち続けるどころか、呼吸するだけでも地獄のような痛みが発生し続けているだろう。痛みという分野だけでなら、両者が味わっている苦しみは、ほとんど同じ。
それでも、両者はまだ生きている。
どう見ても致命傷だ。檮杌に関しては、妖怪でなければ今頃、とっくに死んでいる筈の出血量。
これでも気絶どころか、意識が混濁すらしていないのは、檮杌自身の『四凶』という、存在の格の高さが理由だろう。
妖怪は倒れ、血を今も吹きだして苦しんでいる。
それを見つめる、両足を地に付けた少女。
立っているのは白蓮だ。
そして誰が言ったか、勝負とは、最後まで立っていた者の勝利であると。
では、今この場において、一体誰が勝者であるのかは、目に見えて明らかだろう。
文字通り、敗者を見下ろす白蓮は、言う。
「…どうする」
冷たい声だった。
息を切らし、血が喉に溜まっているのもあって、発声の際、僅かだが血が、ゴロゴロと空気を取り込む音がする。
それでも尚。
「――檮杌」
【ッ…!?】
――恐ろしい。
初めて、この日、この瞬間に檮杌は、己の生殺与奪を握られる、底なしの恐怖を学んだ。
相手の力は、魔力は既に空っぽで、ここからトドメを刺せるのか?という疑問など、頭には出てこない。
既に、心が折れている。
どれだけ抵抗しようと、必死に心を奮い立たせようとも、魂が既に負けを認めてしまっている。
彼女には、どう足掻いても敵わないと、そう確信しているのだ。
檮杌の歯が震え、ガチガチと音を鳴らす。
黒閃の余波による、空間の歪みによって、かつてあった猪のような、立派な二本の牙はポッキリと折れており、無事だった、残りの数本の奥歯で、恐怖を体現するしかない。
白蓮の目は、とても人間のものとは思えない程、無機質なものだった。
恨みも、憐憫も、怒りも感じさせない、正に無。
歯車とも呼ぶべき、人として何かが欠落したかのような、そんな視線を注ぎ――
「私は、お前だ」
冷たい、底冷えするような、重い声。
普段の口調とは違う、白蓮が滅多に見せない一面が、表に出る。
重なる疲労。
動かすのも一苦労な程、瀕死の身体の筈だ。
だというのに、この時、檮杌に悪寒が走った。
まるで虫を見るような、冷たく無機質な瞳は、最初だけ。
白蓮は、痛む身体の震えを、意思の力のみで抑え込み。
「……私は」
冷たい声ではなく。
今度は、普段通りの、優しい声を投げかけながら――
「私は、知らない内にたくさんの人を傷つけて、殺して、呪いを背負って生きてきた」
白蓮もまた、化け物になる可能性があった。
自分の理想を叶える為、人外に歩み寄るその姿勢は、正に狂人と言えるだろう。
味方の数より、敵の数が多かった。
こうしている間にも、その比率はどんどんと、片方に偏っていき、白蓮にはもう、生きる場所が残らないことも。
他ならぬ、自分自身が理解していた。
だからこそ、自分はここで、命を捨ててまで戦う決意をしたのだ。
「私には、弟がいた」
彼がいたから、白蓮は人の弱さに寄り添った。
その弱さに対し、"醜さ"を感じるだけの、意味のない、灰色の人生がその時、どうしようもなく愛おしい、大切なものだと気づけた。
彼がいたから、白蓮は檮杌のように、誰かを傷つける道には進まなかった。
あの時…そんな『もしも』の話だ。
だからだろう、白蓮は檮杌を、本当の意味で見捨てることなどできなかった。
「私はあなたを否定したかった。自分は違うと、無意味に人を傷つけるあなたより、誰かを救う為に生きている私が。…私の方が偉いのだと」
醜い心の本音だった。
人、妖怪の救済を謳い、血と汗を流して戦ってきた自分が、あろうことか、救いそのものを、自分で自分の功績と思ってしまっていたのだから。
酷く落胆した。勿論、自分に対して。
――そして、肯定した。
「私は、あなたです」
同じだ。
二人はまるで、鏡に映った虚像と、対になる実像のような在り方だった。
どこまでも、本質は自分の為に生きる者。妖怪は本能という行動指針で、人間は夢というだけ。
恨まれ、呪詛を吐かれ、それでも自分の思うがままに、一日を生きるという共通点。
「私の夢で、決して少なくない人が死んで、傷ついた」
脳裏によぎる、あの光景。
蹂躙され、肉片となった村の人々。――自分が殺したも同然の、彼らの惨い姿。
それだけではない。
もっといた筈なのだ。自分が掲げる理想の陰に、徒花と散ってしまった者がいた。
何かのために、何かを捨てる。
その覚悟も、そんなつもりが無かったのだとしても、犠牲者を出してしまった現実を、否定して見ない振りする事など、できるわけが無い。
その上で、夢を見ることを決めたからこそ。
白蓮は、檮杌を――
「私たちは同じ。…人の犠牲の上に立ち、自己を肯定し、他者を否定し、無下にする」
だからこそ、白蓮はそれでも。
それを今になって、ようやく理解し、呑み込めたからこそ、この言葉を投げかけられたのだ。
否定したかった。
認めたくなかった。
お前の使った言葉の全てを、「知ったことか」と、切り捨てたかった。
「今は違う。――ただ、止める」
檮杌の、最後にして最大の誤算。
白蓮は確かに、覚悟を決めて、救いたいと謳った対象である妖怪、自分と戦う事を選んだ。
だが、結局それは、自分にとって都合が悪い、人間と妖怪の共存という、夢物語を阻む障害を取り除く…そういうものだと思い込んだ。
違った。
そんな簡単な話ではなかったのだ。
どこまでも愚かで、現実を知らぬ幼子のような夢でありながら。
誰よりも、辛い現実を知った筈の彼女が、それを、今も尚――
「あなたが誰かを傷つけるより――先に止める。何度でも、何回でもいくらでも、私はずっとあなたを止め続ける」
白蓮は、尚――
「意味も理由も、それだけでいい」
【き…】
「何百年か、何千年か。私のこの行動が、意味を生んでくれるのは何百年も後の話かもしれない。…でも、これが」
【きさ……】
「私の役割だから。――私は、あなたを殺さない」
【貴様ァアアアアアアッッッ!!!!!】
叫んだ。
己の傷が開く、死が、近づいてくるのを感じる。
それでも、檮杌はその怒りを吐き出すのを、止めることができなかった。
ボキ!と、奥歯が砕ける音がする。
屈辱、怒り。それらを綯い交ぜにした、激しい憎悪を文字通りに体現し、檮杌は睨む。
【この俺を……この俺をそこまで侮辱するか……ッ!】
人間と妖怪が共存する世界、それを自分は作りたい。
だから、それを邪魔するならば止める。――だが、殺さない。
何度でも止めて、自分の夢が叶うまで、殺すことなく見届けさせるという、宣言。
それは、妖怪としての誇り、強者に敗れ、死ぬという誉と。
自分の死によって、妖怪との共存を夢見る彼女の記憶に、自分の死を刻み込むという、邪神としての悪意。
その全てに突き刺さる、白蓮のもたらす
――それは、檮杌の存在そのものを否定する言葉であった。
生まれついて、人を弄び、傷つけることのみを至上とする彼に。
白蓮は悪しき妖怪として、その命を終わらせるのではなく、檮杌すらも、受け入れるのだと――
【誰が……誰が貴様なん、ぞ……に】
檮杌は、怒りに震える身体を引き摺った。
その先は何処かは、本人にも分からない。
ただ、この愚かな人間の、憐憫の視線が、どうしようもなく憎く、妬ましく。
その視線から、今すぐにでも逃げたかった。
檮杌の肉体と精神。その両方は、とっくに負けを認めていた。
【ぉぉ"お"ろ……ぅう"ぁあ……ッ"】
「…………」
臓物を置き去りに。
血を口と、裂けた身体の断面から垂れ流しながら、彼は這いずっていた。
白蓮はそれを追わず、ただ静かに、憐憫を込めた視線を向けるだけ。
いや、正確にはそれしかできないのだ。
檮杌の血によって、地面に巨大な真っ赤な線が刻まれていく。
しばらくして、白蓮の膝、そして肩がまるで、病人のように震えた。
――バタン。
「ッは……はっ……」
そして、倒れる。
当たり前だ、限界は既に超えた。
むしろ、こうして相手と話す間、倒れていない方が奇跡というもの。
まずは精神の限界。
己の罪悪感と、使命に挟まれた極限の状態で、白蓮は何度も、痛みに喘ぎ、苦しみ。
次にやって来たのは、肉体の限界。
過度な反転術式の運用による、肉体の修復と打撃の数々。
更には、空気の面を蹴るという離れ業を、慣れない内に何度も使った代償として、肉体が後から、その代償である疲労を溜め込んだのもある。
だが一番は、命の限界。
体力や精神、魔力といったあらゆる要素の力を酷使し、その結果として、白蓮は今、まだ生きているのが奇跡な状態であった。
もはや、
そのことを察してか、彼女は、倒れた白蓮の、すぐ傍に立っていて。
倒れるその姿を、静かに見つめていた。
「……ごめんなさい」
白蓮は、小さな声で謝る。
その謝罪の先は、今ここに居ない、置いてきてしまった家族に対してだろうか。
ナズーリン、星、一輪と、彼女らの顔が、脳裏を走馬灯のように過ぎった。
謝罪の言葉は、そんな彼女らに対してもそうだが、傍にいる、もう一人の少女に対して、言ったものでもある。
「私は、どうしても諦められなかった」
あれだけ、良くあれと謳いながら。
極楽浄土の存在を説き、人々の悩みを聞き、安寧の場を与えてきた立場でありながら。
今、白蓮の心を占めているのは、諦観と、死への恐怖。
「この期に及んで、どうしても……」
――嗚呼、本当に自分はどうしようもない。
重ねて、白蓮は今の自分に、失望と呆れを混ぜ合わせた、自嘲する感情を覚えていた。
あれだけ、戦っている間はどうでもよかったというのに、だ。
気持ちが落ち着き、戦闘の高揚感が無くなると、呆気なく理性は、生への渇望を思い出す。
今の自分に、抗う力はないというのに。
思ってしまう――
「私ってば、本当に……」
――死にたくない。
――まだ生きたい。
「――白蓮」
ずっと、静かに戦いを見守っていた。
この場にいる、もう一人の少女は。
妹紅は、息も絶え絶えな白蓮と目を合わせ、そして、問う。
「あれだけ腑を晒したんだ、何もしなくても檮杌は死ぬ」
「……」
「私が、代わりにやろうか?」
――それはつまり、トドメ。
妹紅が視線を向けた先では、檮杌が今も、身体を引き摺って逃げている姿が見えた。
ゆっくりと、人間の子供でも追いつけるくらい、その移動速度はゆっくりで。
致命傷もあり、放っておいても死ぬくらいなら、確実に。
せめて自分たちの手で……と、そう聞いた。
――だが。
白蓮はその姿を見て、不思議にも、漠然とした、何かの予兆を感じた。
奇跡が起きて、彼が傷を癒し、再び人間に牙を剥く――
「……いえ、大丈夫です」
そんな不吉な未来を。
どういう訳か、白蓮は想像できなかった。
次に視線を向けた時、とっくに絶命しているだろうとすら思える程、今の彼が瀕死だから?
――違う。
きっと、この確信は――
「あのまま、放っておいてください……」
「……でも」
「大丈夫。……きっと、だからお願い。これは…私の最後の我儘」
「…………」
そう言われると、妹紅は強く出られなかった。
元より、これは彼女の因縁。不始末の尻拭いだ。
腑に落ちない面もある、仕事人として、陰陽師の端くれとして、このままおめおめと逃げる彼を、放っておく事による悪影響は、嫌でも想像できた。
最後の我儘。息も絶え絶えで、そう訴えられてしまえば、僅かに情が湧くというもの。
だが――
「…………私は、あんたを殺さないといけない」
彼女は、重罪人。
永久封鎖された都。その全ての原因である檮杌、それの虐殺を引き起こした張本人でもある。
たとえ彼女の意思を尊重しようとも、妹紅は既に、自己ではなく他者との間に"縛り"を結んでしまっている。
自己への縛りは、あくまでも向上した分の能力、その恩恵が消え、次に縛りを結ぶ為のインターバルが発生する。
だが、他者との縛りは違う。
どんな代償が…
過去はこうだったから、今回もこう…そんな甘い推測で、簡単に放棄できる程、これは甘くない。
最悪の場合、命を脅かされるか、一生取り返すことができない、もっと別の代償が――
白蓮は、諦めを半分混ぜた笑みを浮かべ。
「…………そうですか」
「"縛り"だからね、これだけはどうしようもない」
「…………はい」
「あんたの夢も、今じゃ絶対に無理だ」
妹紅は右手をかざす。
右手を中心に、空中に霊力の光によって、幾何学模様が刻まれる。
結界術、その技の中の一つであることは、明らかだ。
自嘲するような、困った顔を浮かべて、妹紅は――
「だから。――もっと先で」
次の瞬間、白蓮の身体が。
そして、遠くで今も横たわっている、村紗の身体にそれぞれ、透明な結界が張られた。
白蓮を包む結界と、村紗を包む結界はよく見ると、細かい模様や色が違い、別仕様のものなのだろうと推測する。
起き上がる力もない白蓮は、首だけを動かし、妹紅を見る。
「な、にを…………」
「ホント。自分でも嫌になっちゃうなぁ」
妹紅は、笑っていた。
檮杌が、都を襲う前に見せていた、あの子供らしい、ただ純粋な――
「あんたが、そこの船幽霊やらに好かれてたのも分かるよ」
「…………」
「あれだけ、最初はどうでもよかったのに、死んでもいいって、殺しても何とも思わないって、そう思ってたのに。……今になって、やっぱり死んで欲しくないって思うんだ」
それは、賭けだった。
他ならぬ、自分自身で結んだ、他者との間に築き上げた"縛り"の放棄。
代償は、命か、それとも――
「それじゃ…あなたの命は…!」
「大丈夫。どうせ私はさ、――死なないんだよ」
混濁する意識。
そして、発光が強まり、視界のほとんどを、霊力による白色が包み込む寸前。
「おやすみ、聖白蓮」
――新しい世界でまた会おう。
それが、白蓮が聞いた、最後の言葉だった。
【ァ""ア"アア"アア"アッ…!】
檮杌は、山道を行く。
もう半分死んだ、早くも壊死が始まっている、己の朽ちかけている身体を引き摺り、進む。
領域展開による基礎能力の向上。そして黒閃。
何より、白蓮に向けられた、憐憫の視線。
肉体と精神、その両方が完膚なきまでに敗北を認めたせいで、妖怪としての『個』が、崩れているのだ。
妹紅の推測は正しい。が、ある意味では間違っている。
彼は放っておけば死ぬのではない。――今から死ぬのだ。
【こんなッ…!こんなところで…ッ!】
"死"が進む。
身体の半分だった筈の崩壊は、今や腕どころか、両足にまで伝染し、肉をバラバラにしていた。
骨が見え、空気に触れた瞬間、それが溶けた氷のように、地面に液状となって落ちる。
その後には、消失反応と共に、液体になった骨すら残らない。
文字通りの消失――それが、もうすぐそこに。
【まだだッ…まだ………】
まだ、望みはある。
檮杌が山道を選び、こうして這いずっている目的、それが今、残された唯一の希望の正体。
霞む意識と、震える肉体を何とか、命への執着で現世に留まらせ。
額を上げて、笑った。
【い、た………!】
人間。
それも少女。今の自分でも殺せる程、か弱い存在。
妖怪としての、嗜虐の本能。
そして、ようやく見つけた生存の希望と、高揚感で檮杌は、ゴクリと唾を呑み込んだ。
――彼が、冷静であったなら。
こんな山道で、そう都合よく、人間がこちらに向かってくる事を。
目の前の少女から、霊力を感じられない事を。
そして、その背後にいる――もう一人の、別の存在に気づけただろう。
檮杌がその失敗を悟ったのは、目の前に立つ少女が叫んだ。
その言葉の意味を、理解してからであった。
「せいがー!いたー!」
まるで赤子のように、舌足らずな印象を与える声だった。
だが、その声に宿る感情は、赤子のように、森羅万象に対して向ける、純情の好奇心ではなく、空虚。
ただ、「そういう風にできている」と思ってしまう程、冷たく平坦な――
「あら、随分弱ってるのねぇ」
――鳥肌が立った。
両腕を前に、関節を曲げることなく伸ばす少女の、その背後。
隠れて見えなかった、もう一人の声を聞いた途端。
檮杌の顔に浮かんだのは――
【こ、んな………】
怒り。
違う、怒ってはいない、確かに僅かだが、その感情は入り混じっている。
しかし、この感情。檮杌の顔に浮かんだ
怯え?
これも違う、彼は怯えて等いない。
いや、正確には怯えているのだろう。
だがそれは…今この場において、自分の死に対して向ける、その怯えだ。
では、今のこの感情の正体は…何か。
【こんな時にィィイイイ…!!】
屈辱。
そして…後悔。
見れば分かる。――
ずっと探していた。ずっと殺したかった。
かつて、白蓮が自分を癒す前、更にその前に、檮杌があの村で、少女によって追い払われるよりも前。
そうだ、普段の自分であれば、初見とはいえ、あの程度の道具に負ける筈がなかった。
――全てはこの女だ。
こいつに負わされた傷さえなければ。
こいつによって、与えられた屈辱、そして致命傷。
――それさえなければ!自分は…!
【今になって…!今になってェエエッ…!!!】
――どうして、今になって。
誓ったのだ。必ず殺すと、必ず復讐し、失ったプライドを取り戻すと。
だというのに、あんまりではないか。
自分はまた、こうやって歯牙にもかけないモノとして。
何も、刻むことができないまま、また――
【霍、青娥ァ"ア"ア"ア"ア"ア"ア"――ッ"!!!!!】
「
――
「やっと、これで全て揃いましたね」
領域の掌印である、背中合わせに指を組み合わせる、反叉合掌を解いた青娥。
彼女の目の前にあったのは、かつての異形の身体ではなく、一つの書物。
魂を打ち砕かれ、存在を保つための、妖力が文字通り、この世から完全に消えてしまったことで、恐れがなくなった。
正確には、今も彼を恐れている者はいる。
だが、人間の恐怖が、妖怪の身体を構成する『水』であるなら、妖怪の核である魂、それは『器』だ。
どれだけ恐怖を向けられようと、忘れられることがなくても。
どれだけ、水を注ぎ続けようとも、それを保存する為の器がなければ…水はそのまま、行き場を失う。
器である魂。それが完全に砕かれた檮杌はつまり。かつての――自分が恐怖を傍受していた、あの頃の姿に退化したのだ。
そこに、かつての感情や意思はない。
仮に、億分の一で奇跡が起こり、檮杌が再び、この世に君臨したとしても、それは以前の彼ではない。
全てが消えて、リセットされて、ゼロからやり直す。
妖怪の死。完全な意思の消失とは、そういう事だ。
それを拾って、青娥は満足そうに笑う。
「せいがー?それが落とし物ー?」
「いやぁうっかりうっかり…まさか傷を癒して、ここまで強くなっていたとは…」
「せいがー?」
「何でもないわ、芳香ちゃん」
だが、むしろ好都合とも言えるだろう。
幾度のイレギュラーがあったものの、結果的に、こうして自分の手元に、探し物が戻ってきたのだ。
何故なら、自分ですら手を焼くであろう、『四凶』がこうして、簡単に倒せる程に弱くなっていた。
正に幸運だ。
それを噛み締め、青娥は新たな好奇心の種に、心を躍らせた。
「次からは落とさないようにしなきゃ…ね」
都を恐怖に包んだ邪神。
その最後は、華も誇りもない。
一人の、膨大な好奇心の持ち主による、呆気ない処刑による終わり。
誰にも讃えられない。
誰にも気づかれない。
…そんな哀れなものであった。
――■■■報告書――
『竹取の都』の事件後、解除された大型の『帳』内にて、聖白蓮の残穢を確認。
同時に、かつて多数の犠牲者を出した『怨霊ムラサ』の残穢も確認、即捜索が行われた。
捜索から約47日。今も、彼女らは見つかっていない。
〜〜〜
二日後、聖白蓮との結託の疑いが出た、『雲居一輪』の所在を特定。
彼女を確保した2日後、陰陽界からの永久追放が確定。
死後呪いに転ずる事を防ぐ為、封印を決定。
〜〜〜
『雲居一輪』の封印に成功。
〜〜〜
聖白蓮の死刑執行役に抜擢された、藤原家当主、藤原妹紅の行方が不明となる。
崔爾の証言により、彼女が縛りを放棄した可能性が高いと推測。
凍結しかけていた『聖白蓮の捜索』と共に、彼女を裏切者として、同じく捜索と処刑の対象とした。
だが残穢もなく、更には他者との"縛り"を放棄したというのもあり、藤原妹紅の末路は、罰による死亡の疑いが強くなり。この捜索も凍結となる。
〜〜〜
――これは、今から約700年前の記録である――
領域解説
摩耶胎動
①摩耶→
②胎動→ 母胎内で胎児が動くこと。
何処ぞの変な前髪(キショいママ)に肖った命名、性格的にも多分いい感じに合ってるでしょう(適当)。
「タッカーさん、『四凶』檮杌の出自ってどこだったっけ」
「ええと…中国神話だね」
「それが持ち込まれたのは?」
「………『ある商人』によってだね」
「タッカーさん、霍青娥の出身ってどこだったっけ」
「ええと…多分中国だね」
「霍青娥が白蓮と出会った時の特徴は?」
「………『青髪の商人』だったね」
「もひとつ質問いいかな。――『商人時代。紛失した書物』どこに行った?」
「!」
「……君のような勘のいいガキは嫌いだよ」
Q.つまりどういう事だってばよ?
A.檮杌を日本に持ち込んだのは青娥さんですよ(ニッコリ
投稿時間は何時がいいか
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7:00~9:00
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10:00~12:00
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13:00~15:00
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19:00~21:00
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