【本編完結】諏訪子様になった、負け戦を回避したい 作:洩矢廻戦
そしていよいよ、月面戦争が近づいてきました。
2部もクライマックスが近いです。
102話.放棄の代償
「不死の人間が、縛りの代償で死ぬとどうなる」
「…ほう?」
崔爾の言葉に、東風谷はそう返す。
時の流れは早いもので、あれほど世間を騒がせた、檮杌による襲撃の話題は、あっという間に消え去った。
あるいは、もうどうでもいいのか。
これがもし、都に居た人間の内誰か一人でも犠牲になっていれば、ここまで早く、話題が沈静化しなかっただろう。
残酷な話だが、あの村にいた人間の多くは、都とは直接的な関係が薄い、他人に近い者たちだった。
思う所はある。
だが、それに介入するべきは、自分たちの立場であってはいけないのだ。
崔爾は続ける。
「妹紅は生きている」
「…不死の人間がーってことは…もしや妹紅が不老不死?」
「そうだ。お前になら言ってもいいだろう」
――そこまで、彼は自分を信用しているのか。
最初に出会った頃の事を思うと、色々と感慨深い事だが、東風谷は首を振って、意識を切り替えた。
何より、今回の話題は一人の陰陽師としても、かなり興味深いからだ。
「お前の意見を聞きたい。どうだ」
「…ま、間違いなく死ぬことは確かだね」
「不死でもか?」
「いいや?その後十中八九間違いなく、生き返りはすると思うよ?生き返りは…ね」
崔爾の懸念はこうだ。
縛りを放棄し、その結果死ぬとして、不死の力を手にしていれば、その代償を踏み倒せるのか?
東風谷の、何か意味を含ませたような言い方に、彼は困惑する様子を見せず。
むしろ、その含ませた意味も、既に最初から推測していたのか、虚空を見つめ、言う。
「…そんな甘い話がある筈もない……か」
「心配?」
「まぁな」
からかい半分で問うた東風谷の言葉を、意外にも崔爾は、間髪入れずにそう返した。
意外そうに、東風谷は言う。
「にしても意外だね。あんたがそういうの気にするんだ?てっきり『どうでもいいからさっさと生き返ってこい』とか、そう言うと思ってたよ」
「…………」
「この照れ屋さんめ」
ケラケラと笑う東風谷の言葉を無視し、崔爾は目を瞑る。
彼とて、決して不死の力と、縛りの関連性を楽観視している訳ではない。
むしろ、ただ死ねるだけ、常人の方が、まだマシとさえ考えていたのだ。
死という絶対で釣り合いがとれる、契約の破棄という代償。
だが、死が絶対ではない、不老不死からすれば、その天秤のバランスは崩れ、それ以上の『何か』が、代償になるのではないか?そう考えたのだ。
実際、その考えは正しく。
今になっても、不老不死である筈の妹紅は、一切の消息を絶ち、崔爾の感知にも引っかからない。
この現象には覚えがある。――死亡中。一度死に、魂を起点に肉体を蘇らせる前の、空白の時間。
――それが、今も続いている。
「…馬鹿娘が」
もう聞こえていないし、伝えることもできない。
そんな、初めてできた弟子に対して、崔爾は一言、東風谷にも聞こえない声量で、そう呟いた。
一つの時代が、終わりを迎えようとしていた。
変わっていく世代の数、王の数が一つ二つと移ろい行くと共に、人々の記憶は変わっていく。
噂は風化し、伝説は摘まれ、かつては両手でも数え切れない程あった、数多の逸話が、厳選されて減っていく。
人の知識、思い出の欠片にもある、世代と呼ぶべきそれは、あっという間にほとんどが、旧時代のものが消えた。
都をかつて騒がせた。伝説の"かぐや姫"はもはや、誰もそれを本気にはしていない。
その背後にあった、救済を謳った一人の聖人、その犠牲と後悔の逸話も、今や影も形もなかった。
それほどまでに、時の流れというものは残酷だった。
もはや今の時代において、妖怪との共存を謳う者はいない。
仮にそれを掲げようとも、かつてそれの為に人生を費やした、かつて聖人と呼ばれた僧の名を、想起する者はもういない。
完全に忘れられ、消えていく。
――だが、忘れてはいけない。
そうして、何かが忘れられ、消えていくと同時に。
新たに、変化をもたらす時代の価値観が、この世に生まれ落ちるのだと――
月が昇り、日が昇り。
それを何百、何千回と繰り返し――700年。
この時、新たな都を包む、新たな恐怖が一つ、あった。
「あぁ、ああぁぁぁぁぁあぁぁあああッ!」
「二条様!」
恐ろしい、恐ろしい。
まるで壊れた機械のように、それ以外の語彙力を失った、哀れな男。
今日も今日とて、都中に響き渡る、あの
それはまるで、成人男性の立派な姿とは程遠い、幼子のようなものであった。
男は、大の臆病者であった。
王家の血を継ぐ者であるが故、産まれた時からずっと、己の周りには敵しかいない。
王の座を手にする為、身内ですら、血の繋がった兄弟ですら、真の意味で分かり合う事ができない、政敵でしかないのだ。
飲み水の一つや、食事の際の具材一つ一つに、毒が盛られている可能性を考え、気を張り詰め続ける人生。
男は、王は既に限界であった。
「やめろやめろっ来るなっ!来るなァアアアアアアッ!!」
――ヒョー、ヒョー。
男の発狂でもかき消せない、不気味な声が夜に響く。
音の発生源。それはどれだけ耳を澄ませようとも、その位置を特定することが叶わない。
空の上、それこそ雲の中から聞こえてくるようでもあれば、それはまるで、自身の隣から、透明な何かが囁いているかのような。
遠近感が狂う、不気味な鳴き声がずっと、都を恐怖に陥れていた。
民は恐れ、夜だけでなく、昼の時間でさえ、あの鳴き声の余韻に恐怖し、外を出られなくなった。
人々の恐怖が集まり、妖怪にとって、最も重要な恐れという、感情のエネルギーが煮詰まり、純化する。
力を増す度に、鳴き声はより大きく、より恐ろしく。
そして更に恐れる者が増え、そして力が加算されていく、負のスパイラル。
四六時中。
朝から晩、鳴き声が響いていないのにも関わらず、男は怯え、布団にくるまり、食事もまともにできない状態であり。
とうとう夜になった時、鳴き声が一つ響くと、男は発狂死寸前の状態になり、暴れ出す。
完全に、精神に異常をきたしていた。
鳴き声が響く度、それをかき消すように、男は喉が裂ける勢いで発狂。
何度も何度も、夜が来るたびにそれを続けていた筈だったが、それにある種の終わりが来る。
それは、男の発狂が、朝と昼にも始まった時。
とうとう限界を迎えて、発狂する時間が、一日のほとんどを占めた時であった。
――男は、病の身となった。
選りすぐりの巫女や薬剤師を集め、必死の治療が始まった。
祈祷による邪気払い、当時では貴重な、それこそ金塊にも並ぶ価値のある漢方薬を使い、王の治療という、都の存続をかけた戦いが始まった。
が、結果は残念なものだった。
まず巫女の邪気払い。これはある意味、今回の治療で最も意味のないものであった。
何故なら、男の発狂の原因は、妖怪の妖力でも、ましてや瘴気による影響でもないからだ。
それは恐怖心。男が元来から持つ、過剰に周りに怯え、敵に恐怖する弱い心。
それをどうにかしなければ、これをどうにかすることは叶わない。
王家の者は疲弊し、民は終わりのない、恐怖の原因であるそれに、今も怯え続けている。
だが、それが彼女に、"肉と骨"を与えるに至る。
始まりは、ただの鳥だった。
それこそ、全長は約30センチもないヒヨドリ並の、何の悪影響を及ぼすことのない、ただの小鳥だった。
黄褐色の羽毛の中に、黒い斑点が密にある、虎を思わせるような容姿であるトラツグミ。
だが、その一番の特徴は、鳴き声だった。
「ヒョー、ヒョー」
鶯のような、心を落ち着かせるような鳴き声ではない。
その鳴き声は、まるで冥界を思わせるような、まるでこことは違う場所から響いてくるような、そんな気味の悪さがあった。
人々を不安にさせる鳴き声を持つそれは、凶鳥とされ、忌み嫌われていた。
黒煙と共に、夜に響く謎の鳴き声。
恐怖感情のみが先走り、人々は詳細を知るよりもまず、正体不明を恐れた。
その恐れを取り込み、――彼女は成長する。
【ヒョー、ヒョー】
怪物の声は、今も尚響く。
この時に、謎の鳴き声はトラツグミのものではなく。
鵺。そう呼ばれる妖怪のものに、意識が移り変わったのだ。
日が昇る。
あれから何十、何千の年月が過ぎたのだろうか。
かつて見た、瓦礫の海だったあの場所は、もうその面影を残しておらず、植物が生い茂り、再生の兆しを見せていた。
『竹取の都』。そう呼ばれ、時代の栄華を独り占めにしていた、あの場所は、既に滅びた。
瓦礫は風化し、木は腐敗し、土に還っている。
人の影などもっての外。あれから、結界が解除され、一般人も出入りできるようになった筈だが、案の定とも言うべきか、誰もそこに住もうとはしなかった。
何故なら、もういないからだ。
時代の象徴。時の帝すらも魅了し、五大貴族が顔を揃えて、求愛の言葉を囁いた美女、かぐや姫。
彼女という力がなければ、誰もここを好んで訪れることはない。
結果として、諏訪大国の次に栄えていたとさえ言われていた、あの竹取の都は、どこにあったのか、どれ程人が住んでいたのか、そのレベルの情報すら、歴史からも忘れられてしまった。
だからこそ、この火種に気づく者はいない。
一つ、野原の上に、小さな炎が存在していた。
それはまるで、人魂のように揺らいでいて、そして血のように赤く、空にある太陽にも負けぬ程、さんさんと輝いていた。
目を焼かれてしまいそうになる程の、凄まじい発光。
改めて、ここに人がいなくて良かった。そう――彼女は後に実感する。
変化が訪れる。
ギラギラと、網膜を焼き尽くす勢いで、光を強く、真っ白な光を放つ炎。
人魂のような形だったそれは、次第にどんどんと大きく、そして姿を変えて、ある形に整った。
それは、人間の身体であった。
腕、足。そして胴体が形成され、そしてすぐに、地面に届く程の、長い髪が再生される。
光が収まり、完全な復活を遂げた彼女は、目を開く。
「………ここは…?」
――
永い眠りについていた彼女は、目を開けた途端に入って来た、一面の野原に困惑し、そして身体をほぐす。
腕を伸ばし、膝を曲げて、身体の節々の感覚を確認して、異常がないかを探っているのだ。
その理由は、眠る前に行った、自身の――
「身体の
――"縛り"の放棄。
妹紅は眠る前に行った、自身の蛮行の代償が、一体どのように作用したのかを探っていたのだ。
"他者間との縛り"は、"自らに課す縛り"とは訳が違う。
そもそもの話。陰陽師に限らず、常識として縛りを放棄するメリットは、ないに等しいのだ。
自分にだけ科した縛り…例えば全力を出せる時間を制限し、限定時にのみ、自身の全力以上の力の恩恵を得る縛り。
そのような縛りの中では、例え全力の制限という枷を放棄し、常に全力を出したとしても、縛りの恩恵ありで120の力だったものが、放棄すれば101となる。
それは実質、何もないのと同義だ。何より、一度縛りを放棄してしまった場合、縛ってきた時間に比例した、クールタイムと呼ぶべき空白の時間が発生する。
戦術的にも、縛りの放棄とは論外であり、それの裏をかき、実際に縛りを放棄するといった、逆張りの戦術に価値はない。
何故なら、その程度で勝てる勝負ならば、もっと簡単な、別の方法を使えば勝てるからだ。
得たもの、向上した能力を失うだけ。
言葉にすれば簡単だが、実際はもっと複雑な要因が絡まり合った、面倒な仕様…それが"縛り"。
だが、"他者間との縛り"は違う。
その違いの一つに、
その代償を示す言葉に、「いつ、どんな災いが降りかかるか分からない」というものがある。
だから警戒した。
こうしている間にも、自分の身体に、これ以上の不幸が訪れるのではないか…と。
だが、身構えてその場に留まること…数時間。
日が傾き始め、正午をとっくに過ぎた頃。
「………何も起きない」
変化はなかった。
万が一の場合を考え、周りに人がいないことを確認してから、上着を脱いで、自身の身体をじっくりと確認してみたりもしたが、変化はない。
身体に不調もなければ、違和感もない。
暫く疑問を浮かべながらも、何か腑に落ちない感覚のまま、妹紅は寝そべって、空を見る。
「………やっぱ不老不死だからかなぁ」
蓬莱の薬。
かつて妹紅は、そう称される月の置き土産を、自ら口にしたのだ。
かぐや姫が月に帰る前、最後に、帝の為に現世に残したとされる月の宝。だが妹紅は、彼女が月になど帰っておらず、今も……この世界のどこかに居ることを知っている。
彼女を追い掛け、死んだ父がそれを証明した。
恨み、妬み、妹紅は五臓六腑に渡る、誘惑という名の、一瞬の呪いに負けた。
今更。ただ己の仕事を真っ当にこなそうとしていただけの、岩笠という男に対する申し訳なさが湧いてくる。
彼から薬を奪い、山を下り、人目を忍んで薬を服用した。
それから数日後だった。
――岩笠は任務を遂行できなかったからと、処刑されたという話を聞いたのは。
最後まで、彼は口を割らなかったという。
一体あの夜、山で何が起こったのか、薬はどこにいったのか。
……妹紅に奪われたと、その一言すらも言わずに、彼は死んだらしい。
「………クソッ――」
――今更。
今になって、ようやくだ。
何故今になって、一丁前に罪悪感と後悔が、波のように押し寄せてくるのだろう。
不老不死の化け物になっても、それをまだ感じられる、己の中の善性に呆れると共に、どうしようもなく、情けなく、みっともないとさえ思った。
こんな様で、よくあの人を――白蓮に対して怒りを向けられたものだ。
最後の時まで、自分の気持ちを偽ることなく、死にたくないと弱音を吐いた、あの姿が今も記憶に残っている。
あの一幕は、妹紅に少なくない影響を与えた。
妹紅は思う。白蓮のあれは、確かにあの言葉は弱音だった。死にたくない、今この瞬間にも、自分は夢を捨てられない。…そう零した白蓮の姿。
だがその姿を見て、あれはただ弱さを見せただけ…と、妹紅にはそう思えなかった。
あれこそ、人間の儚さであり、強さだ。
死から完全に脱却し、人でも、完全な化け物でもない、中途半端な自分にはできない、美しい生き方だった。
――だから、終わらせたくなかった。
"縛り"を放棄してでも、彼女を殺したくないと、そう思い留まれた、自分の善意を信じたのだ。
その結果が、あの封印術。
封印先は、現世でも冥界でもない――全く別の場所。
陰陽道を極めた者の中には、冥界への行き方は勿論、あの世にある魂の残穢、それを探知できる者も少なくない。
実際、かの物部崔爾ですらできたのだ。それ以外にも、できる者がいてもおかしくない。
だからこそ、それ以外の場所へ、白蓮を一時的に隠す必要があったのだ。
目覚める時期、そして残された、彼女の仲間たちがあれからどうなっているのか、それは妹紅にも分からない。
白蓮と村紗を封じたその直後に、妹紅は意識が飛び、その間の記憶は一切なく、そして今に至るのだ。
寺に居た…毘沙門天代理は大丈夫だろう、仮にもあれは神の化身。それに手を出すとはそれ即ち、神そのものに反逆する事を表すのだ。
――いや、それよりも。
「時間、そうだ時間――」
あの瞬間。
"他者間との縛り"を放棄し、白蓮を生かしたあの瞬間、おそらく、妹紅は一度
最初の、身体を再構成する時の光、その感覚は何度か経験した覚えがある為、それは間違いない。
だが解せないのは、
村紗との戦いで、妹紅は船による重量に負け、身体が潰されて絶命した。
だがあの間も、妹紅の魂は現世に留まっており、再生し、身体を再構成する際の座標を変更し、村紗を背後から襲った。
そう、――変えられるのだ、再生の開始地点は。
あの時、村紗に限界が訪れず、舟がそのまま顕在化を続けていた場合。
妹紅はそのまま、死んだその場所で再生を開始しようとしても、舟が邪魔をして完全に生き返れない。
不老不死の力。それは工夫次第で、疑似的な転移能力のような使い方ができる。
実際、妹紅はまだ死に慣れていないものの、復活地点の座標をズラし、村紗に奇襲を仕掛けられた。
――だがそれは、逆に言えば、座標をズラさなければ、復活地点は死んだ場所がデフォルトに固定されているのだ。
「………
――妹紅は、今も『竹取の都』にいる筈だ。
だというのに、この変わり果てた景色はなんだ?
あれだけあった、山のように積もっていた瓦礫が、どれも綺麗さっぱり消失している。
地面に突起を作る訳でもなく、全てが平らになって、その上から植物が生い茂っているのだ。
何年、何十年というレベルの話ではない。
何百年。時が経てばこのような姿になるというのだろうか。
漠然とした不安が、いよいよ確信に変わる。
「………これが代償か」
――不老不死だろうと、"縛り"を放棄すれば
代償である死。それも不老不死である蓬莱人であれば踏み倒せる。――そんな甘い話はない。
結果として、妹紅はたった一人。誰も自分を覚えていない、唯一の居場所であった、陰陽師の世界すらなくし。
こうして、孤立して復活した。――それが、
「………仕方ないか」
いつかは一人になる。…それは分かっていた事だった。
不老不死とは、文字通り永遠。輪廻の枷から外れ、自分という『個』だけが、延々と続いていく生き地獄。
その不安や、恐怖すらを消し飛ばす程の、一瞬の誘惑。それに負けた時点で、妹紅の人生は終わっていた。
いや、これからも続いていくのだろう。だがそれは決して、常人が歩む優しい道ではなく、茨の道。
…とりあえず、今やるべきことは情報収集だ。
そう考えた妹紅は、己の指先に炎を集中させ、式神の具現化の予備動作を開始する。
今の時間は昼。太陽の光に紛れる形でなら、一般人の目には式神は映らない。
それなら、無駄ないざこざを引き起こすことなく、安全に情報を収集できるだろう…そう考えた。
――が。
「飛んで」
反応がない。
指先から炎が噴き出て、そこから炎が、鳥の形になる――予兆がない。
そのまま、炎はあるがままに、形をゆらゆらと変えるだけで、陰陽術の反応も、霊力による炎の成形による"起こり"もない。
以前、偵察機として呼び出していたあの式神たちは、妹紅の前に現れることなく。
「………え」
長い間眠っていたせいだろうか。
どれだけの間死んでいたかは分からない…が、おそらくはそれによる感覚の鈍りだろうと、妹紅は気持ちを切り替え、集中。
もう一度、指先から大量に炎を放出し、霊力を込めて陰陽術を――
「なんで…」
――何も起こらなかった。
何も、だ。
霊力はただ、肉体を強化する時のと同じ、流れるようにそこに在るのみ。
化学変化のように、炎に作用し、姿形を自在に変える、かつて手にした陰陽の知恵。そして技術の数々が、ない。
どれだけ力を込めようと。
どれほど意識を集中させようと。
――かつてのように、人が築き上げた知識と技術の結晶である。陰陽の力は微笑んでくれなかった。
産まれた時から持っていた、特別とは違う。
自分で学び、自分で手にした、他には代えられぬ経験という名の宝。
藤原家としてでも、能力持ちとしてでもない。
たった一人の、『藤原妹紅』という人間が身に着けた、技術の数々が、全て――
「――なんで」
これが、真の代償。
自身に科した縛りとは違う、他者との間に結んだ縛りの、その代償。
あまりにも、あまりにも残酷な
自分の力で築き上げた、何かが崩れるような音がした。
「…はは」
指先の炎を消し、妹紅は力なく、地面に寝転がる。
背中から伝わる、草と土の温かさが、最後に見た都の、荒れ果てた大地とは正反対で、余計に哀愁を感じる。
それほどまでに、残酷な時の流れだった。
「――今の自分、何もないや」
藤原家当主。そんな栄光は既に、歴史の陰に消えているだろう。
崔爾は…既に死んでいるか。仮に生きていれば、それはつまり、人間を辞めてしまったということであり、妹紅はそれを嫌だと思う。
東風谷も、彼女はまだ若い…が、この草木の成長具合を見る限り、今の時代は、あれから何百年後だろう。
何十年かであれば、彼女との再会も叶ったのだろうが…もはやその希望も薄い。
「…私の馬鹿」
妹紅は、一人。
新たな時代に、置き去りにされてしまったのだ。
投稿時間は何時がいいか
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