【本編完結】諏訪子様になった、負け戦を回避したい   作:洩矢廻戦

105 / 147
 誤字報告いつも感謝します。
 そしていよいよ、月面戦争が近づいてきました。
 2部もクライマックスが近いです。


6章:新生
102話.放棄の代償


「不死の人間が、縛りの代償で死ぬとどうなる」

「…ほう?」

 

 崔爾の言葉に、東風谷はそう返す。

 時の流れは早いもので、あれほど世間を騒がせた、檮杌による襲撃の話題は、あっという間に消え去った。

 あるいは、もうどうでもいいのか。

 これがもし、都に居た人間の内誰か一人でも犠牲になっていれば、ここまで早く、話題が沈静化しなかっただろう。

 残酷な話だが、あの村にいた人間の多くは、都とは直接的な関係が薄い、他人に近い者たちだった。

 思う所はある。

 だが、それに介入するべきは、自分たちの立場であってはいけないのだ。

 崔爾は続ける。

 

「妹紅は生きている」

「…不死の人間がーってことは…もしや妹紅が不老不死?」

「そうだ。お前になら言ってもいいだろう」

 

 ――そこまで、彼は自分を信用しているのか。

 最初に出会った頃の事を思うと、色々と感慨深い事だが、東風谷は首を振って、意識を切り替えた。

 何より、今回の話題は一人の陰陽師としても、かなり興味深いからだ。

 

「お前の意見を聞きたい。どうだ」

「…ま、間違いなく死ぬことは確かだね」

「不死でもか?」

「いいや?その後十中八九間違いなく、生き返りはすると思うよ?生き返りは…ね」

 

 崔爾の懸念はこうだ。

 縛りを放棄し、その結果死ぬとして、不死の力を手にしていれば、その代償を踏み倒せるのか?

 東風谷の、何か意味を含ませたような言い方に、彼は困惑する様子を見せず。

 むしろ、その含ませた意味も、既に最初から推測していたのか、虚空を見つめ、言う。

 

「…そんな甘い話がある筈もない……か」

「心配?」

「まぁな」

 

 からかい半分で問うた東風谷の言葉を、意外にも崔爾は、間髪入れずにそう返した。

 意外そうに、東風谷は言う。

 

「にしても意外だね。あんたがそういうの気にするんだ?てっきり『どうでもいいからさっさと生き返ってこい』とか、そう言うと思ってたよ」

「…………」

「この照れ屋さんめ」

 

 ケラケラと笑う東風谷の言葉を無視し、崔爾は目を瞑る。

 彼とて、決して不死の力と、縛りの関連性を楽観視している訳ではない。

 むしろ、ただ死ねるだけ、常人の方が、まだマシとさえ考えていたのだ。

 死という絶対で釣り合いがとれる、契約の破棄という代償。

 だが、死が絶対ではない、不老不死からすれば、その天秤のバランスは崩れ、それ以上の『何か』が、代償になるのではないか?そう考えたのだ。

 実際、その考えは正しく。

 今になっても、不老不死である筈の妹紅は、一切の消息を絶ち、崔爾の感知にも引っかからない。

 この現象には覚えがある。――死亡中。一度死に、魂を起点に肉体を蘇らせる前の、空白の時間。

 ――それが、今も続いている。

 

「…馬鹿娘が」

 

 もう聞こえていないし、伝えることもできない。

 そんな、初めてできた弟子に対して、崔爾は一言、東風谷にも聞こえない声量で、そう呟いた。

 

 

 

 


 

 

 

 

 一つの時代が、終わりを迎えようとしていた。

 変わっていく世代の数、王の数が一つ二つと移ろい行くと共に、人々の記憶は変わっていく。

 噂は風化し、伝説は摘まれ、かつては両手でも数え切れない程あった、数多の逸話が、厳選されて減っていく。

 人の知識、思い出の欠片にもある、世代と呼ぶべきそれは、あっという間にほとんどが、旧時代のものが消えた。

 

 都をかつて騒がせた。伝説の"かぐや姫"はもはや、誰もそれを本気にはしていない。

 その背後にあった、救済を謳った一人の聖人、その犠牲と後悔の逸話も、今や影も形もなかった。

 

 それほどまでに、時の流れというものは残酷だった。

 もはや今の時代において、妖怪との共存を謳う者はいない。

 仮にそれを掲げようとも、かつてそれの為に人生を費やした、かつて聖人と呼ばれた僧の名を、想起する者はもういない。

 完全に忘れられ、消えていく。

 ――だが、忘れてはいけない。

 そうして、何かが忘れられ、消えていくと同時に。

 新たに、変化をもたらす時代の価値観が、この世に生まれ落ちるのだと――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 月が昇り、日が昇り。

 それを何百、何千回と繰り返し――700年。

 この時、新たな都を包む、新たな恐怖が一つ、あった。

 

「あぁ、ああぁぁぁぁぁあぁぁあああッ!」

「二条様!」

 

 恐ろしい、恐ろしい。

 まるで壊れた機械のように、それ以外の語彙力を失った、哀れな男。

 今日も今日とて、都中に響き渡る、あの()()()。それに過剰反応を見せて、ジタバタと暴れる姿。

 それはまるで、成人男性の立派な姿とは程遠い、幼子のようなものであった。

 男は、大の臆病者であった。

 王家の血を継ぐ者であるが故、産まれた時からずっと、己の周りには敵しかいない。

 王の座を手にする為、身内ですら、血の繋がった兄弟ですら、真の意味で分かり合う事ができない、政敵でしかないのだ。

 飲み水の一つや、食事の際の具材一つ一つに、毒が盛られている可能性を考え、気を張り詰め続ける人生。

 男は、王は既に限界であった。

 

「やめろやめろっ来るなっ!来るなァアアアアアアッ!!」

 

 ――ヒョー、ヒョー。

 男の発狂でもかき消せない、不気味な声が夜に響く。

 音の発生源。それはどれだけ耳を澄ませようとも、その位置を特定することが叶わない。

 空の上、それこそ雲の中から聞こえてくるようでもあれば、それはまるで、自身の隣から、透明な何かが囁いているかのような。

 遠近感が狂う、不気味な鳴き声がずっと、都を恐怖に陥れていた。

 民は恐れ、夜だけでなく、昼の時間でさえ、あの鳴き声の余韻に恐怖し、外を出られなくなった。

 人々の恐怖が集まり、妖怪にとって、最も重要な恐れという、感情のエネルギーが煮詰まり、純化する。

 力を増す度に、鳴き声はより大きく、より恐ろしく。

 そして更に恐れる者が増え、そして力が加算されていく、負のスパイラル。

 四六時中。

 朝から晩、鳴き声が響いていないのにも関わらず、男は怯え、布団にくるまり、食事もまともにできない状態であり。

 とうとう夜になった時、鳴き声が一つ響くと、男は発狂死寸前の状態になり、暴れ出す。

 完全に、精神に異常をきたしていた。

 鳴き声が響く度、それをかき消すように、男は喉が裂ける勢いで発狂。

 何度も何度も、夜が来るたびにそれを続けていた筈だったが、それにある種の終わりが来る。

 

 それは、男の発狂が、朝と昼にも始まった時。

 とうとう限界を迎えて、発狂する時間が、一日のほとんどを占めた時であった。

 ――男は、病の身となった。

 

 選りすぐりの巫女や薬剤師を集め、必死の治療が始まった。

 祈祷による邪気払い、当時では貴重な、それこそ金塊にも並ぶ価値のある漢方薬を使い、王の治療という、都の存続をかけた戦いが始まった。

 が、結果は残念なものだった。

 まず巫女の邪気払い。これはある意味、今回の治療で最も意味のないものであった。

 何故なら、男の発狂の原因は、妖怪の妖力でも、ましてや瘴気による影響でもないからだ。

 それは恐怖心。男が元来から持つ、過剰に周りに怯え、敵に恐怖する弱い心。

 それをどうにかしなければ、これをどうにかすることは叶わない。

 王家の者は疲弊し、民は終わりのない、恐怖の原因であるそれに、今も怯え続けている。

 

 だが、それが彼女に、"肉と骨"を与えるに至る。

 

 始まりは、ただの鳥だった。

 それこそ、全長は約30センチもないヒヨドリ並の、何の悪影響を及ぼすことのない、ただの小鳥だった。

 黄褐色の羽毛の中に、黒い斑点が密にある、虎を思わせるような容姿であるトラツグミ。

 だが、その一番の特徴は、鳴き声だった。

 

「ヒョー、ヒョー」

 

 鶯のような、心を落ち着かせるような鳴き声ではない。

 その鳴き声は、まるで冥界を思わせるような、まるでこことは違う場所から響いてくるような、そんな気味の悪さがあった。

 人々を不安にさせる鳴き声を持つそれは、凶鳥とされ、忌み嫌われていた。

 黒煙と共に、夜に響く謎の鳴き声。

 恐怖感情のみが先走り、人々は詳細を知るよりもまず、正体不明を恐れた。

 その恐れを取り込み、――彼女は成長する。

 

【ヒョー、ヒョー】

 

 怪物の声は、今も尚響く。

 この時に、謎の鳴き声はトラツグミのものではなく。

 鵺。そう呼ばれる妖怪のものに、意識が移り変わったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 日が昇る。

 あれから何十、何千の年月が過ぎたのだろうか。

 かつて見た、瓦礫の海だったあの場所は、もうその面影を残しておらず、植物が生い茂り、再生の兆しを見せていた。

 『竹取の都』。そう呼ばれ、時代の栄華を独り占めにしていた、あの場所は、既に滅びた。

 瓦礫は風化し、木は腐敗し、土に還っている。

 人の影などもっての外。あれから、結界が解除され、一般人も出入りできるようになった筈だが、案の定とも言うべきか、誰もそこに住もうとはしなかった。

 何故なら、もういないからだ。

 時代の象徴。時の帝すらも魅了し、五大貴族が顔を揃えて、求愛の言葉を囁いた美女、かぐや姫。

 彼女という力がなければ、誰もここを好んで訪れることはない。

 結果として、諏訪大国の次に栄えていたとさえ言われていた、あの竹取の都は、どこにあったのか、どれ程人が住んでいたのか、そのレベルの情報すら、歴史からも忘れられてしまった。

 

 だからこそ、この火種に気づく者はいない。

 

 一つ、野原の上に、小さな炎が存在していた。

 それはまるで、人魂のように揺らいでいて、そして血のように赤く、空にある太陽にも負けぬ程、さんさんと輝いていた。

 目を焼かれてしまいそうになる程の、凄まじい発光。

 改めて、ここに人がいなくて良かった。そう――彼女は後に実感する。

 

 変化が訪れる。

 ギラギラと、網膜を焼き尽くす勢いで、光を強く、真っ白な光を放つ炎。

 人魂のような形だったそれは、次第にどんどんと大きく、そして姿を変えて、ある形に整った。

 

 それは、人間の身体であった。

 腕、足。そして胴体が形成され、そしてすぐに、地面に届く程の、長い髪が再生される。

 光が収まり、完全な復活を遂げた彼女は、目を開く。

 

「………ここは…?」

 

 ――()()()、藤原妹紅。

 永い眠りについていた彼女は、目を開けた途端に入って来た、一面の野原に困惑し、そして身体をほぐす。

 腕を伸ばし、膝を曲げて、身体の節々の感覚を確認して、異常がないかを探っているのだ。

 その理由は、眠る前に行った、自身の――

 

「身体の(ペナルティ)はなし……いや、まだ分からないか」

 

 ――"縛り"の放棄。

 妹紅は眠る前に行った、自身の蛮行の代償が、一体どのように作用したのかを探っていたのだ。

 

 "他者間との縛り"は、"自らに課す縛り"とは訳が違う。

 

 そもそもの話。陰陽師に限らず、常識として縛りを放棄するメリットは、ないに等しいのだ。

 自分にだけ科した縛り…例えば全力を出せる時間を制限し、限定時にのみ、自身の全力以上の力の恩恵を得る縛り。

 そのような縛りの中では、例え全力の制限という枷を放棄し、常に全力を出したとしても、縛りの恩恵ありで120の力だったものが、放棄すれば101となる。

 それは実質、何もないのと同義だ。何より、一度縛りを放棄してしまった場合、縛ってきた時間に比例した、クールタイムと呼ぶべき空白の時間が発生する。

 戦術的にも、縛りの放棄とは論外であり、それの裏をかき、実際に縛りを放棄するといった、逆張りの戦術に価値はない。

 何故なら、その程度で勝てる勝負ならば、もっと簡単な、別の方法を使えば勝てるからだ。

 得たもの、向上した能力を失うだけ。

 言葉にすれば簡単だが、実際はもっと複雑な要因が絡まり合った、面倒な仕様…それが"縛り"。

 

 だが、"他者間との縛り"は違う。

 その違いの一つに、(ペナルティ)の不確定さがあるからだ。

 

 その代償を示す言葉に、「いつ、どんな災いが降りかかるか分からない」というものがある。

 だから警戒した。

 こうしている間にも、自分の身体に、これ以上の不幸が訪れるのではないか…と。

 だが、身構えてその場に留まること…数時間。

 日が傾き始め、正午をとっくに過ぎた頃。

 

「………何も起きない」

 

 変化はなかった。

 万が一の場合を考え、周りに人がいないことを確認してから、上着を脱いで、自身の身体をじっくりと確認してみたりもしたが、変化はない。

 身体に不調もなければ、違和感もない。

 暫く疑問を浮かべながらも、何か腑に落ちない感覚のまま、妹紅は寝そべって、空を見る。

 

「………やっぱ不老不死だからかなぁ」

 

 蓬莱の薬。

 かつて妹紅は、そう称される月の置き土産を、自ら口にしたのだ。

 かぐや姫が月に帰る前、最後に、帝の為に現世に残したとされる月の宝。だが妹紅は、彼女が月になど帰っておらず、今も……この世界のどこかに居ることを知っている。

 彼女を追い掛け、死んだ父がそれを証明した。

 恨み、妬み、妹紅は五臓六腑に渡る、誘惑という名の、一瞬の呪いに負けた。

 今更。ただ己の仕事を真っ当にこなそうとしていただけの、岩笠という男に対する申し訳なさが湧いてくる。

 

 彼から薬を奪い、山を下り、人目を忍んで薬を服用した。

 それから数日後だった。

 ――岩笠は任務を遂行できなかったからと、処刑されたという話を聞いたのは。

 

 最後まで、彼は口を割らなかったという。

 一体あの夜、山で何が起こったのか、薬はどこにいったのか。

 ……妹紅に奪われたと、その一言すらも言わずに、彼は死んだらしい。

 

「………クソッ――」

 

 ――今更。

 今になって、ようやくだ。

 何故今になって、一丁前に罪悪感と後悔が、波のように押し寄せてくるのだろう。

 不老不死の化け物になっても、それをまだ感じられる、己の中の善性に呆れると共に、どうしようもなく、情けなく、みっともないとさえ思った。

 こんな様で、よくあの人を――白蓮に対して怒りを向けられたものだ。

 最後の時まで、自分の気持ちを偽ることなく、死にたくないと弱音を吐いた、あの姿が今も記憶に残っている。

 あの一幕は、妹紅に少なくない影響を与えた。

 妹紅は思う。白蓮のあれは、確かにあの言葉は弱音だった。死にたくない、今この瞬間にも、自分は夢を捨てられない。…そう零した白蓮の姿。

 だがその姿を見て、あれはただ弱さを見せただけ…と、妹紅にはそう思えなかった。

 あれこそ、人間の儚さであり、強さだ。

 死から完全に脱却し、人でも、完全な化け物でもない、中途半端な自分にはできない、美しい生き方だった。

 

 ――だから、終わらせたくなかった。

 "縛り"を放棄してでも、彼女を殺したくないと、そう思い留まれた、自分の善意を信じたのだ。

 

 その結果が、あの封印術。

 封印先は、現世でも冥界でもない――全く別の場所。

 陰陽道を極めた者の中には、冥界への行き方は勿論、あの世にある魂の残穢、それを探知できる者も少なくない。

 実際、かの物部崔爾ですらできたのだ。それ以外にも、できる者がいてもおかしくない。

 だからこそ、それ以外の場所へ、白蓮を一時的に隠す必要があったのだ。

 目覚める時期、そして残された、彼女の仲間たちがあれからどうなっているのか、それは妹紅にも分からない。

 白蓮と村紗を封じたその直後に、妹紅は意識が飛び、その間の記憶は一切なく、そして今に至るのだ。

 寺に居た…毘沙門天代理は大丈夫だろう、仮にもあれは神の化身。それに手を出すとはそれ即ち、神そのものに反逆する事を表すのだ。

 ――いや、それよりも。

 

「時間、そうだ時間――」

 

 あの瞬間。

 "他者間との縛り"を放棄し、白蓮を生かしたあの瞬間、おそらく、妹紅は一度()()()のだろう。

 最初の、身体を再構成する時の光、その感覚は何度か経験した覚えがある為、それは間違いない。

 だが解せないのは、()()()()

 村紗との戦いで、妹紅は船による重量に負け、身体が潰されて絶命した。

 だがあの間も、妹紅の魂は現世に留まっており、再生し、身体を再構成する際の座標を変更し、村紗を背後から襲った。

 

 そう、――変えられるのだ、再生の開始地点は。

 

 あの時、村紗に限界が訪れず、舟がそのまま顕在化を続けていた場合。

 妹紅はそのまま、死んだその場所で再生を開始しようとしても、舟が邪魔をして完全に生き返れない。

 不老不死の力。それは工夫次第で、疑似的な転移能力のような使い方ができる。

 実際、妹紅はまだ死に慣れていないものの、復活地点の座標をズラし、村紗に奇襲を仕掛けられた。

 ――だがそれは、逆に言えば、座標をズラさなければ、復活地点は死んだ場所がデフォルトに固定されているのだ。

 

「………()()()()()()経った?」

 

 ――妹紅は、今も『竹取の都』にいる筈だ。

 だというのに、この変わり果てた景色はなんだ?

 あれだけあった、山のように積もっていた瓦礫が、どれも綺麗さっぱり消失している。

 地面に突起を作る訳でもなく、全てが平らになって、その上から植物が生い茂っているのだ。

 何年、何十年というレベルの話ではない。

 何百年。時が経てばこのような姿になるというのだろうか。

 漠然とした不安が、いよいよ確信に変わる。

 

「………これが代償か」

 

 ――不老不死だろうと、"縛り"を放棄すれば(ペナルティ)が下される。

 代償である死。それも不老不死である蓬莱人であれば踏み倒せる。――そんな甘い話はない。

 結果として、妹紅はたった一人。誰も自分を覚えていない、唯一の居場所であった、陰陽師の世界すらなくし。

 こうして、孤立して復活した。――それが、(ペナルティ)

 

「………仕方ないか」

 

 いつかは一人になる。…それは分かっていた事だった。

 不老不死とは、文字通り永遠。輪廻の枷から外れ、自分という『個』だけが、延々と続いていく生き地獄。

 その不安や、恐怖すらを消し飛ばす程の、一瞬の誘惑。それに負けた時点で、妹紅の人生は終わっていた。

 いや、これからも続いていくのだろう。だがそれは決して、常人が歩む優しい道ではなく、茨の道。

 …とりあえず、今やるべきことは情報収集だ。

 そう考えた妹紅は、己の指先に炎を集中させ、式神の具現化の予備動作を開始する。

 今の時間は昼。太陽の光に紛れる形でなら、一般人の目には式神は映らない。

 それなら、無駄ないざこざを引き起こすことなく、安全に情報を収集できるだろう…そう考えた。

 ――が。

 

「飛んで」

 

 反応がない。

 指先から炎が噴き出て、そこから炎が、鳥の形になる――予兆がない。

 そのまま、炎はあるがままに、形をゆらゆらと変えるだけで、陰陽術の反応も、霊力による炎の成形による"起こり"もない。

 以前、偵察機として呼び出していたあの式神たちは、妹紅の前に現れることなく。

 

「………え」

 

 長い間眠っていたせいだろうか。

 どれだけの間死んでいたかは分からない…が、おそらくはそれによる感覚の鈍りだろうと、妹紅は気持ちを切り替え、集中。

 もう一度、指先から大量に炎を放出し、霊力を込めて陰陽術を――

 

「なんで…」

 

 ――何も起こらなかった。

 何も、だ。

 霊力はただ、肉体を強化する時のと同じ、流れるようにそこに在るのみ。

 化学変化のように、炎に作用し、姿形を自在に変える、かつて手にした陰陽の知恵。そして技術の数々が、ない。

 どれだけ力を込めようと。

 どれほど意識を集中させようと。

 ――かつてのように、人が築き上げた知識と技術の結晶である。陰陽の力は微笑んでくれなかった。

 産まれた時から持っていた、特別とは違う。

 自分で学び、自分で手にした、他には代えられぬ経験という名の宝。

 藤原家としてでも、能力持ちとしてでもない。

 たった一人の、『藤原妹紅』という人間が身に着けた、技術の数々が、全て――

 

「――なんで」

 

 これが、真の代償。

 自身に科した縛りとは違う、他者との間に結んだ縛りの、その代償。

 あまりにも、あまりにも残酷な(ペナルティ)としか言えない。

 自分の力で築き上げた、何かが崩れるような音がした。

 

「…はは」

 

 指先の炎を消し、妹紅は力なく、地面に寝転がる。

 背中から伝わる、草と土の温かさが、最後に見た都の、荒れ果てた大地とは正反対で、余計に哀愁を感じる。

 それほどまでに、残酷な時の流れだった。

 

「――今の自分、何もないや」

 

 藤原家当主。そんな栄光は既に、歴史の陰に消えているだろう。

 崔爾は…既に死んでいるか。仮に生きていれば、それはつまり、人間を辞めてしまったということであり、妹紅はそれを嫌だと思う。

 東風谷も、彼女はまだ若い…が、この草木の成長具合を見る限り、今の時代は、あれから何百年後だろう。

 何十年かであれば、彼女との再会も叶ったのだろうが…もはやその希望も薄い。

 

「…私の馬鹿」

 

 妹紅は、一人。

 新たな時代に、置き去りにされてしまったのだ。




 日車さん並の才能の持ち主が、その才能の全てを失う。…と言えば、どれだけ今回の代償が重いか分かるかと思います。

 評価とお気に入り登録の方もよろぴく。

投稿時間は何時がいいか

  • 7:00~9:00
  • 10:00~12:00
  • 13:00~15:00
  • 16:00~18:00
  • 19:00~21:00
  • 22:00~0:00
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。