【本編完結】諏訪子様になった、負け戦を回避したい   作:洩矢廻戦

106 / 147
 古代スタートといえば妹紅みたいなとこある(偏見)
 誤字報告いつも感謝します。


103話.アン・プレインエイジア

 あれから、ずっと妹紅は寝そべっていた。

 一見すると、太陽の光をいっぱいに浴びて、気持ちよく昼寝をしているように見える。

 両腕を広げて、ぐてー…と、脱力しているとだけ書くと、微笑ましい幼子のそれに思えるだろう。

 …………が、客観的に見れば、その詳細は、かなり危ない人間のそれであった。

 瞬きすら忘れて、虚空を必死に凝視するその様は、病人のようでもあった。

 口を半開きにし、ボーっと意識が混濁しているような、廃人とも受け取れる程の、見ていられない姿。

 その様子は、仮にここへ人間が訪れ、今の妹紅を見れば、あからさまに顔を顰めて、そそくさと距離を離してしまうだろう。

 

 ――…実際妹紅は、ただボーっとしているだけなのだが。

 

 理由は簡単。やれることが何もないからだ。

 あれから色々試してみたが、"縛り"の代償…陰陽師としての才能の廃棄は、かなり重い。

 基礎的な炎の形成…『デスパレートクロー』のような、鉤爪や飛行の際の炎翼は問題ない。

 だがそれ以上…炎の弓や、炎の刀といった、霊力を通して作用する技術の場合に、『陰陽術』の概念に該当してしまい、効力を失ってしまうのだ。

 これからは、戦い方を変えなければいけない。

 いや、そもそも今の時代にも、陰陽師は残っているのだろうか?

 最低でも百数年。それだけの時間が過ぎれば、もしかしたら……

 

「あるだろうなぁ……」

 

 故に、惜しい。

 今はどうか知らないが、少なくとも妹紅が生きていた時代では、陰陽師とは、この世界を生きる上で、ほぼ必須とも言っていい程の有効性を秘めていた。

 陰陽術の才覚を調べる為に、簡易的な試験を受ける必要こそあれど、それさえ突破できれば、後はほとんど問題なし。

 諏訪大国は勿論、それ以外の町村でも、陰陽師という組織の影響力は凄まじい。実際何度か、妹紅はそれに助けられた。

 

「どうしよっかなぁ……」

 

 逆に、それの合格基準に達しなかった場合。

 極論、どれほど腕っぷしが強くても、一般人を妖怪から守る為の、結界術の才能も問われる以上、ただ『妖怪を倒せる程強い』だけでは、陰陽師の資格は得られない。

 だが、今の妹紅には、『陰陽術』の全てがない。

 結界術…それこそ彌虚葛籠やシン・陰流のような、簡易領域はまだいい、これらは基本、霊力という生まれつきの力の操作の延長線上にあるものであって、陰陽術に限ったモノではないからだ。

 領域展開は…どうだろう。妹紅は終ぞ、それを会得するには至らなかったし、"縛り"の(ペナルティ)による影響を考えれば、一生それが使えなくなっていてもおかしくない。

 自惚れにはなるが、これでも妹紅は、陰陽師としての才能は正に、千年に一度生まれるかどうかの…それ程の規模だったのだ。

 そんな自分がどれだけ頑張ろうとも、結局は会得できなかった。

 その時点で、今の弱くなった自分では一生、その一端に触れることも叶わないか。…そう、諦める気持ちもあった。

 

「…………暇だなぁ」

 

 やることがない。

 いや、できることがない。

 自分のアイデンティティの一つでもあった、誰からも貰わず、譲り受けることもなく、努力で手にした力と才覚。

 間違いなく、それは妹紅の心に豊かさをもたらした。

 近い内に訪れるであろう、二つの復讐…それへの布石。

 動機はお世辞にも、綺麗なものとは言えないだろう。だが一つ、できることが増えていく度に、やるせない怒りで満ちた心が、少し晴れたような気がしたのだ。

 だが、もう過去の話だ。

 鍛え上げた武器は失われ、技術は忘却された。

 普通の戦い方…陰陽師になる前の、一人で隠れて行っていた訓練のと同じ、愚直な肉弾戦は残っている。

 が、どうにも気が乗らない。

 

「かぐや姫…………か」

 

 妹紅は、最初に二人へ復讐しようとした。

 一人目は勿論、かの『竹取の都』の全てでもあり、時の帝にすら求愛された、月の落とし子。

 最初から、妹紅は決して無償の愛情を注いでもらえるような、"普通の産まれ"ではなかった。

 それでも、例え良く思われていなくとも、この世でたった一人の、血が繋がった唯一の家族だったのだ。

 そんな父親は、あの檮杌の襲撃に紛れ、都から脱出したかぐや姫を追って、都を出て離れにある村へ足を踏み入れた。

 結果、そこに残っていた妖怪に襲われ、絶命。…呆気ない、情けない終わり方だったと、その言葉を否定することはできない。

 だが、同時に思うのだ。――かぐや姫さえいなければ。

 その考えに至るのも無理はない。どれだけ客観的に、冷静になって考え直そうとも、結局はその考えに戻ってしまう。

 都で、あの檮杌すらも抑え込める程の『浄界』を張ったのは、かぐや姫を迎えに来た使者の一人だと、そう聞いた。

 それほどまでに、優れた力を持っているというのに、自分たちを追ってきた、父には何もしなかったのか。

 

 ――だったら何故、父を見殺しにしたのか。

 ――何故、見て見ぬ振りをした。

 

 もしかしたら、真実は違うのかもしれない。

 父は、かぐや姫を追いつつも、彼女たちに追いつくことはなく、運悪く、妖怪に襲われてしまったのかもしれない。

 だが万が一。…万が一、かぐや姫たちが、『月人』が、地上の人間の一人程度…と、見殺しにしていたのだとしたら。

 この怒りは、やるせない思いは、どうぶつけてやればいいのか――

 

「……復讐、か」

 

 ――そこまで考えて、一気に冷める。

 ここまで自問自答を繰り返しておいて、ここから一向に、妹紅は思考を進めることができない。

 かぐや姫は今、どこにいるのか?とか。

 今すぐに行動を開始して、今の時代に慣れておかないと…とか。

 思考の端で、今やるべきことがたくさん湧いて出てくるというのに、身体が動かない。動きたくない。

 それどころか、あれだけ身体中に迸っていた、怒りや憎しみといった感情が、綺麗さっぱりなくなっているのだ。

 その理由は、たった一つ。

 

「…………どうしよっかなぁ、ホント」

 

 ――聖白蓮。

 彼女が、今の妹紅を変えてしまった。

 時間にして、合計で一日あるかどうか。…そんな短い出会いでありながら、彼女の生き様、その輝きは今も尚、目に焼き付いて堪らない。

 自分には、決してできない選択だった。

 その場の怒りに、欲望に負けて、不死の力に手を伸ばし、ただやるせなさを吐露する為だけに、力を振るう自分とは違う。

 最後まで、自分を肯定してくれた仲間の為に、己の怒りや憎しみを――呪いという名の感情を捨て、己を滅して力を振るう。

 全部。自分なんかとは逆だった。

 あれだけ胸中にあった復讐心が、彼女の生き様を見届けた後だと、全てがどうでも良いものに思えてしまう。

 いや、もう思っている。

 だからこうして、妹紅はずっと寝そべったまま、何時間も、虚空を見つめて動かない。

 

「……あ~…」

 

 もう、今はどうでもいい。

 どうせ自分ができることなど、この時代では限られているのだ。

 そう考えると、余計に何か行動を起こさないと……なんて思っていた、先ほどまでの決意が消えてしまう。

 それに、もう自分を覚えている者も、この時代にはおそらくいない。そもそもの話、あの時代では元から、妹紅は知人の数が限りなくゼロだった。

 友達なんてもってのほかで、そのような概念は、書物の中でしか見たことがない、夢物語の存在だったのだ。

 何もしたくない、動きたくない。

 燃え尽き症候群とは少し違う、しかし事の深刻さだけなら、それに匹敵する程の、心の病。

 

「…………寝よ」

 

 妹紅は目を瞑る。

 太陽光が瞼を照らし、内側の血色を網膜に薄っすらと見せつけてくる感覚に、身を任せて。

 ゆっくりと、妹紅は夢の世界に身体を――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい、聞こえているか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい、起きろ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「起きろっ!」

「うぷっ…」

 

 口に何かを入れられた。

 丁度、口を半開きにして息を吸うタイミングを狙った、違和感。

 口の中に広がる、乾燥した舌の感覚と、そこに差し込まれる、土と草の香り。

 吐き気を感じる程ではなかったものの、いくら小さいとはいえ、土の香りを口に突っ込まれれば、いい気分はしない。

 ――一体何を。そう思って目を開いた時、そこに在ったのは、自分の唾液で濡れる、小さな葉っぱ。

 おそらくだが、これは近くの場所から摘んできたばかりのものなのだろう、その緑の光沢は新鮮なもので、時間による劣化は少ない。

 訝しげな、妹紅の動く視線に合わせ、じーっと、声の主は妹紅を睨み返す。

 寝ている妹紅の口に、葉っぱを入れてきた元凶。それは小さな子供だった。

 その子供は、傲慢不遜に言う。

 

「お前、ここで何をしてるんだ」

 

 ドンッ!と、そんな音が出てきそうな程に、無い胸を立派に反らして、妹紅を見下ろした。

 幸い、その子供の体重は軽く、妹紅の腹の上に乗っかっているにも関わらず、圧迫感は皆無だった。

 裏のない、見た目通りの少女といった感じだ。

 

「…別にいいだろ、何をしても」

「…ふーん………」

 

 寝起きなのもあって、返事をするのが面倒臭くて、妹紅は素っ気なく、そう返す。

 だが、少女はそれを気にする訳でもなく、妹紅の言葉を聞き流し、頬をペタペタと触り出した。

 最初は軽く手を払って、それを止めたものの、三回目くらいで、もう反応するのも面倒臭くなって、妹紅は身を任せる事にした。

 瞼を閉じ、定期的にやってくる手の感触に顔を顰めながら、妹紅は思考を続ける。

 

(大分寝ちゃってたか…もう夕方近くだし)

 

 体感では一瞬だったが。昇っている日の位置が、最初に見ていた頃のより、かなり傾いているのが確認できる。

 おそらくだが、あの時、目を瞑った刹那。

 あのまま、一瞬で意識を放り投げ、自分は夢の世界に旅立ったのだろう。…そう妹紅は考える。

 妹紅の視線にも負けない、訝しげな視線を、ずっと向け続けている少女は、妹紅に向かって指を差し。

 覗き込むように、少女は妹紅の顔に急接近した。

 その気配に反応して、妹紅は瞼を開く。

 至近距離で、二人の視線が交差する。

 

「うん。…見ない顔だな」

「…あっそ」

 

 妹紅の顔を覗き込む姿と、言動の節々から感じる幼さ。

 最初に抱いていた、僅かな警戒心はあっという間に解けてなくなり。妹紅は視線を横に、少女から離す。

 今、腹の上に乗っているのは、齢7~9程の、人間の子供だった。

 ただの子供。…案の定そうではなく、間違いなく、ある程度常識から逸脱した側の存在であることは確か。

 その理由として、先程一瞬、妹紅の目を引いたのは、その特徴的な髪色だからだ。

 蓬莱人の自分が持つ、雪のような白色ではなく、銀色。

 そこに青のメッシュが入っていて、彼女がただの人間ではなく、かつての自分のような、特別な才覚を持って産まれた者であることが分かる。

 ――道理で、堂々としているのか。

 例え、恐れ知らずの子供とはいえ、見知らぬ他人に対し、ここまで距離が近いのは色々といけない。

 だが、彼女が妹紅が炎を操れるように、何かしらの異能を携え、それなりのレベルで腕っぷしに自信があるのだとしたら、その警戒心の薄さも頷ける。

 妹紅は視線を戻して、問う。

 

「あんた、いつもこんな事してるの?」

「こんな事?」

「知らない人に話しかけて、顔を触ったり押し倒したり」

「…?お前は悪い人間なのか?」

「………………………………えーと」

 

 きょとんとした顔で、妹紅はそう返されて、どんな顔をすればいいのか分からなくなった。

 悪い…のだろうか?確かに蓬莱の薬を手にする過程で、自分は実質一人を殺したし…

 いやいや、それはこの子供には関係ないだろう。それ以外の悪事なんて覚えもないし、多分大丈夫…

 …そもそも、これは冗談なのだろうか?それとも本気で、今、この子は自分を悪人か否か、それを見定めようとしているのか?

 ――妹紅は不老不死。蓬莱人だ、しかしそれはそれとして、自分よりも更に幼い、本物の子供を相手にした経験など、皆無に等しい。

 結果として、妹紅は実に数十秒。少女が零した言葉。その対応に…大いに悩む事となった。

 思案。

 

(真面目に考えすぎか?いやでも…これで仮に、この子に本気で悪い人間と思われたら色々面倒だし…)

 

 ――「そうだ、私は悪い人なんだぞー」とでも返そうか。

 一瞬浮かんだその案を、妹紅はすぐに頭から消し去って、あくまでも誠実に、少女の言葉に答える道を選んだ。

 

 いつの時代も、子供を侮ってはいけない。

 子供とは、大人が思っている以上に賢くはないが、逆に愚かでもないのだ。

 

 その教訓を思い出し、妹紅は侮る事も、たかが子供の言葉だと、そう解釈する事もなく。

 あくまでも真面目に、彼女なりに、少女に向き合った回答を導き出した。

 

「悪い人じゃないよ。私良い人」

「…本当か?」

「うん」

「……………………」

「…ウン、私すっごく良い人だヨー」

 

 しばらく、少女は妹紅の顔をじっと見つめ続けた。

 妹紅は思わず、付け足さなくても良い一言を付け足して、視線をまた横に逸らして、口笛を吹く。

 少女はそうして、十数秒は妹紅の顔を見つめて、一言。

 

「そっか」

 

 まるで花が咲いたような。

 子供らしい、純粋無垢な笑顔を見せた。

 燃え尽き、もはや"熱"を失った今の自分では触れてはいけないような。そんな…綺麗な笑顔だった。

 思わず、妹紅はそれに見惚れてしまった。

 視界いっぱいに広がる、銀色の髪が揺らめく事で生じる光沢。

 それを纏って、少女は妹紅の胸に飛び込んだ。

 咄嗟に、妹紅はそれを受け止め。

 

「っおっと…!」

 

 ――一体何だと言うのか。

 揺れ動いた心を制し、平常心に戻してから内心で、妹紅は困惑する。

 さっきとは打って変わって、警戒心がなくなり、口調を崩した少女を思わず、受け止めたはいい。

 密着してより鮮明に伝わる、子供が持つ温かさが、今の自分には何か、眩しくて、触れてはいけないようなものにすら思えてしまう。

 汚れて、大人になってしまった自分とは違う、純粋無垢な輝きだ。

 それに触れ続けて、この小さな宝を、自分の手が、触れたところから汚れてしまうんじゃないか。…そう考える。

 だが、それは時に美点であり、弱点だ。

 

 ――子供とは、こうも単純なのものなのか…?

 

 妹紅は思う。

 確かにあの時、自分は「悪い人じゃない」とは言ったが、それを簡単に呑み込んでしまえる…この子供らしい純粋さが、とても心配になるのだ。

 それに、自分は彼女が思っている程、優しい人間ではない。

 今回の問答も、ただ子供の面倒な癇癪や思い違いによるトラブルを、事前に防ぐというれっきとした目的があってこその話だった。

 例え相手が子供でも、極論はただの、赤の他人に過ぎないのだから。

 …だからこそ、余計にこの、彼女が向けてくる好意に対して、妹紅は言葉にできない、悶々とした疑惑を抱えていたのだった。

 

 子供は、決して愚かではない。

 理屈ではなく、感情で相手の善悪を知る事すらあると言う。

 

 無邪気故に、他人の汚い本質を見分ける力があると、かつて聞いた言葉を想起して、妹紅は行き場を無くした両手の指を、わきわきと動かし続けて、硬直していた。

 だが、どうしてこう、自分にこうも馴れ馴れしく――

 その時。

 

「全く何が…」

 

 妹紅は。――少女の手が、震えていることに気づいた。

 本当に小さく、意識しないと気づけない程に小さな震え。

 

「――…」

 

 ――考えれば、簡単に分かることだった。

 

「…なぁ、あんた親は」

「………いない」

「……いつから?」

「…今日」

 

 ――自分でさえ、決して好意的には見られなかったのだ。

 貴族という家柄。周りからの風評もあって、ようやく妹紅でさえあの扱いだった。それが子供の――風評を恐れぬ一般家庭の人間ならば、想像に難くない。

 ――生まれつき能力を持った者は、人間性を保つ為、己の中で膨らむ異能を抱え続け、孤独を恐れる。

 正に、今妹紅の腕の中で震える少女は、その孤独そのものだ。

 

 これは『もしも』の自分だ。

 

 愛情を失い、恐れていた孤独に陥り。

 それでも、繋がりを求めて、奔走する幼気な姿。

 その全てが、赤の他人だからと、切り捨てることなど到底できない、憐憫のような感情を湧き上がらせる。

 

「朝起きたら、みんな居なくなってた」

「…そっか」

「髪…こうなる前は、いつもと変わらなかったんだ」

「……そっか」

 

 少女の身体を、妹紅は優しく抱きしめた。

 顔を胸に埋めさせ、背中を優しく摩ると同時に、少女の声に、嗚咽が混じり始める。

 やはり、あの強気な態度は、この弱さを隠す為だったのだろう。

 少しだけ感じた、大人のような気配はあっという間に消え失せていて。

 取り繕う素振りなく。少女は子供特有の、歯止めの効かぬ感情の吐露に身を任せていた。

 それに気づかない振りをして、妹紅は静かに、考察を続ける。

 

(こうなる前…となると後天的な能力の目覚めか…?とにかく今は……)

 

 自らの腕に抱かれる少女の、子供らしく高い体温を感じると共に、思う。

 少女の身体は、当たり前だが今の時点で成長が止まってしまった、妹紅のそれよりも小さく、弱い。

 少し力を入れてしまえば、簡単に崩れてしまいそうな程、肉体も精神も、脆い。

 嗚咽が少し収まったのを確認してから、妹紅は少女の身体を起こした。

 下から覗き込むように、視線を交えて。

 

「あんたの名前は?」

「………………」

 

 大粒の涙を顔に残し。

 今も尚、嗚咽で喉と身体を震わせる少女は、静かに答えを待つ妹紅に、応えるかのように。

 ゆっくりと、身体を震わせる頻度を少なく、呼吸を落ち着かせてから。

 じっと、視線を返して言った。

 

「……慧音」

「じゃあ慧音。私と一緒にどこか行こうか」

「…どこに」

「どこか。ここじゃない、もっと別の所」

 

 新しい時代に置き去りにされ。

 己を構成する一つ、かけがえのない経験と技術を失い。

 ただ。――途方に暮れて、死んだように生きるだけだった人生に。

 この時、その真っ白な時間の中に、まるで滴るインクのように。

 己の空白に、新しい意味が生まれ落ちたのを、妹紅は自覚した。

 

「私も、父上も母上もいない。独りぼっちだ」

「……」

「ならさ、一緒に行こうよ。何があるかとか、何を目的にするか……とか、そういうのじゃなくて…」

「行く」

 

 当てのない、目標も何もない、ただ時間を無駄に消費しない為にするだけの旅。

 目新しさなど皆無だろう。出会ったばかりの、こんな自分と一緒にいても、楽しい会話など期待できないだろう。

 そう思いつつも、妹紅はしかし、この少女を見捨てることなど、ましてや見ない振りなどできなかった。

 仮に断られたとしても、その時はその時で、彼女の新たな居場所を見つけるまで、身体を張って四方八方へ駆けるつもりでもあった。

 が、その予想とは裏腹に。

 慧音は、妹紅の手を、両手で包むように握りしめて、言ったのだ。

 

「私、あなたと一緒がいい」

「……そっかぁ」

 

 性に合わない、だらしない笑みが零れるのが分かる。

 先ほど、自分は何故この子供は、自分にこうも懐いているのだろう。…なんて考えていたのが、今では馬鹿馬鹿しい。

 逆だ。どうやら自分の方が、――この子供に惹かれてしまったらしい。

 

「藤原妹紅。妹紅って呼んで」

「妹紅」

「そう、妹紅。髪もほら、似た者同士の妹紅」

「妹紅っ」

 

 妹紅の声に連動して、慧音はその小さな身体で、精一杯喜びを表す。

 助走をつけ、妹紅の胸に向かって、二回目の突撃を開始すると共に、今度は先ほどまでのとは違う、正真正銘、本物の笑顔を見せた。

 妹紅も、その突撃を避ける筈もなく、両腕を広げて、もう一度強く抱きしめて、そして勢いよく立ち上がる。

 

「じゃ、行こうか」

「――うんっ」

 

 復讐も。後悔も。

 全てが燃え尽き、生きる意味を探すこともなく、死人のように生きる運命は、変わる。

 新たに目標を見据え、一歩足を踏み出すと同時に、妹紅の胸中には、先ほどまであった、漠然とした不安は綺麗さっぱり消えていた。

 

 ――自分は、かの聖白蓮のように、全てを救いたい欲を持っている訳でもない。

 ――あの人のような、立派な生き様を貫けるとは思えない。

 

 だが、それでいい。

 

「生まれ、生まれ…」

 

 ――生まれ生まれ生まれ生まれて生のはじめに暗く。

 ――死に死に死に死んで死の終わりに冥し。

 長い永い人生の、果てのない旅路の一つであろうとも。

 これも、いつしか過去の自分のように、誰の記憶にも残らない、寂しいものであろうとも。

 今は、これでいい。

 そう、妹紅は確信をもって言えた。




 もこけーね最高!もこけーね最高!オマエももこけーね最高と叫びなさい!!
 強くなれ妹紅…!お前は愛を知り強くなるんだ!!

 評価とお気に入り登録の方もよろしくお願いします。

投稿時間は何時がいいか

  • 7:00~9:00
  • 10:00~12:00
  • 13:00~15:00
  • 16:00~18:00
  • 19:00~21:00
  • 22:00~0:00
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。