【本編完結】諏訪子様になった、負け戦を回避したい   作:洩矢廻戦

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 大学の行事もかなり落ち着いたので連載再開。


104話.想いが歴史に変わる時

 ――上白沢慧音は博識である。

 天から与えられた才能。そう呼べる数々の異能が跋扈する世の中で、慧音のものは更に異端であった。

 生まれつきの肉体の欠損。それに比例するように増大する霊力。

 逆に霊力を犠牲に、基礎的な身体能力を向上させる…といった特徴。

 これら『天与』の祝福、もとい呪いは人それぞれで、しかし共通して、どれもが天秤によって代償と対価が成立している。

 等価交換。そして慧音に与えられたモノ、それは『祝福』ではなく、――『呪い』であった。

 

 齢5にして、家にある書物を全て読み終える程の知識欲。

 それを可能にする知能。両親は祝福し、喜んで彼女の為に働いた。

 

 一冊本を読み終えれば、また新たに本を用意し。

 字を書く様子を見れば、彼女の為に、惜しみなく高品質の筆や墨を買い与え。

 まだ、『呪い』が顕在化するまでは、どこにでもいる、普通の家族そのものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こっち?」

「うん」

 

 日が沈みだした夕方。

 二つの影が、人気(ひとけ)のない山道に跡を刻む。

 妹紅は慧音を両手で抱き、彼女が指を差す方向に向かって、足を運んでいた。

 あれから途方もない年月が過ぎ、人々は更に数を増やしたというのに、このような自然は相も変わらず。

 それに少し、落胆を覚えると同時に、腹の底から滲むような、懐かしい思いすら感じる。

 未だ開拓の進んでいない山。夜が近づくにつれて、更に人の気配がなくなっていく。

 妹紅は陰陽師としての才能を失ったが、それ以外における才能…即ち『気配』や『殺気』のような、戦いの基礎である第六感は健在であり。

 つまり、こうして道を歩いている間。ここから数十、数百メートルは離れているであろう、人々の集落も感知できる。

 かつての師、崔爾のとは違い、より細かく人間の身体的特徴や年齢、強さを測ることは叶わないが、一般人が持つ最低限の霊力といった、基本の気配ならば容易いことだ。

 

 たとえ弱体化しようとも、それなりの自衛はできる。

 何より――死なない。

 

 不老不死。永遠の個。

 かつて時代の王が望み、そして最後まで求めた究極の命。それを何の因果か、こうして自分が体現するに至っている。

 痛みはある程度慣れたし、死なないのであれば、食料や衛生管理といった問題も、最悪死んでやり直し(リセット)すればいい。

 ――だが、今回ばかりは違う。

 

「妹紅」

「どうした?」

「…お腹すいた」

 

 少し顔を赤くして、俯きながら言う慧音に、思わず苦笑いを零す。

 偶然の出会いと、思いつきで提案した目的のない旅だが、悪くないと思えた。

 産まれた時。ずっと目の前で繰り広げられてきた、貴族社会特有の汚れた価値観や、大人たちの醜い欲望。

 特に父の、かぐや姫に向けた愛着がいい例だろう。人は何かへの、特に愛や性欲といった欲望だと特筆して、その醜さを増大させる。

 ()()()()場面を、妹紅は何度も見たことがある。

 だからなのだろうか。こうして己の腕に抱かれる、幼気な少女から、どうしても目が離せない。

 触れたいと思う。だがそれは、決して庇護欲が唆るだとか、純白の代名詞である幼子を、己の手で汚したいという、反発心が産む嗜虐心でもない。

 自分にはないからこそ、自分がもう捨ててしまったものを、まだ捨てていない彼女を。

 せめて、自分の手にあるうちは守りたい。それだけだった。

 

「分かった、ちょっと待ってて」

 

 妹紅は慧音を地面に降ろし。近くにあった木々に視線を向けた。

 同時に、地面に溢れかえる程ある蔓も見つめ、丁度いいと言わんばかりに、腕をくるりと回して、懐かしい感覚に身を任せた。

 

 既に、日は沈み、夜の帳が下り始めた頃。

 

 感覚としては、ただほんの少し歩いただけなのだが、どうやら自分が想像しているよりも、時間の流れは早いらしい。

 妹紅はその気になれば、死んで肉体の状態をリセットできる。そうすれば実質不眠で歩き続けることもできるし、食料も必要ない。

 ――が、何度もそれを思い浮かべては、他ならぬ妹紅が、その選択肢を切り捨てた。

 自分はいい。自分はどのような"怪物"になってもいい。

 だが、この子だけは駄目だ。

 こちらを見上げて、行儀よく待つ慧音に視線を一つ向けてから、一番近い位置にあった木に向かって歩く。

 そして、右手に纏うように炎を形成し。振る。

 

「よっ」

 

 デスパレート・クロー。

 それは昔、妹紅が愛用していた近接戦でよく使っていた技の一つでもあり。

 "縛り"の代償である、陰陽師の技術には該当しない、彼女元来の、オリジナルとも呼ぶべき技。

 現実世界に顕在化する、己の異能が鉤爪となり、それが厚く硬い木の表面を、いとも簡単に断絶し、刃が滑り込む。

 炎の温度調整も完璧で、最初こそ何度か、火加減を失敗して対象を焦がすことがほとんどだった。

 しかしその程度、既に克服した弱点だ。

 精密に調整された表面温度と、刃の内側のみを高温で保つことで、切れ味を落とすことなく、二次被害を抑える技術。

 これは、初めて自分の異能(程度の能力)を自覚した日から、積み重ねてきた努力の結晶。

 木が倒れるのを防ぐ為に、面積の三分の一程度を削り、地面に転がる木片を拾う。

 そして一本一本に、再び炎を吹きかけていく。

 

 妹紅がこれからしようとしているのは火起こしだが、これはその為の事前準備のようなものだ。

 きりもみ式。ひもぎり式といった風に、人間は木のみ、もしくは木と用意した紐や道具を使って火を起こす。

 しかし妹紅からすれば、火は簡単に起こせるし、何なら今すぐに、こうして用意した木材を燃やせばいい。

 だから、これはそれ以外の目的。単純に火を起こすのではない、別の利点を求めた行為だ。

 

 原子レベルで調整された炎。それが木片を炙り、焼く。

 だがその時、不思議なことに、木片には焦げ目の一つも付いていない。

 それを見て、慧音の目がキラキラと輝くのを見て、妹紅は少しいい気分になった。

 

「妹紅、それは?」

「んー?ちょっとした工夫、長く燃えるように軽く湿気を飛ばしてるの」

 

 もしも、慧音に尻尾が()()()()()()

 今頃ブンブンと、犬のように背中で、それが存在を主張していただろう。…そう思う程に、彼女は気分を高揚させていた。

 微笑ましいものだと、重ねてそう思う。

 

「ちょっと離れてて」

 

 木片を山のように組み立て、形を整える。

 万が一にも、山火事が起きないように、それを作る場所は砂利の上にすることを忘れない。

 子供の好奇心というのは純粋で、このような面白味のない作業にもずっと、慧音はキラキラとした目を向けて、じっと観察を続けていた。

 形を整えたら、後は簡単。

 指を鳴らして、少し格好つけて炎を飛ばし、着火。

 ぼうっ…と、低い音が一瞬空気を揺らし、次に新鮮な熱波が、妹紅たちの顔に向かう。

 

「わっ」

 

 咄嗟に瞬きをして、目が乾燥しないようにしながら、可愛らしい声を漏らした慧音と。

 もはや何十何百と、慣れた作業であると共に、飽きすらしている生理反応であるが故に、無表情を貫く妹紅。

 二者の反応は対極であった。

 クス…と、優しい微笑が零れた。

 

「…うぅぅ」

「ごめんごめん、こっち向いてよ」

「……」

「可愛い声だったからつ…いてっ!」

 

 ごちんっ!と、思いっ切り頭突きを喰らわされた。

 

「……ごめんってばぁ」

「フンッ!」

 

 少し揶揄いすぎたらしい。

 鼻を真っ赤に染めて、そっぽを向く慧音に対し、妹紅は苦笑いをしながら謝罪する。

 まだ子供だというのに、妙に大人ぶった雰囲気と、いかにもな「私怒ってます」という態度を見て、可愛いものだと思う。

 それを慧音は理解しているのであろう。妹紅の謝罪を聞いた途端、更に機嫌を悪くして、ぷいっと顔を更に横に向けた。

 もはや妹紅からは、今の彼女は横顔どころか、うなじだけしか見えていない。

 

「……」

「……」

 

 沈黙。

 

「……」

「……」

「……フフッ」

「フンッ!」

 

 また、頭突き。

 

 

 

 


 

 

 

 

 パチ……パチ…………

 篝火が出すその音が、鼓膜を心地よく震わせる。

 もはや、日は完全に沈み、暗雲が空を大きく占める程の時間。

 月が完全に隠れ、星空も満足に見れない程の純粋な黒。

 妹紅はそれを見上げながら、胡坐の上で丸まって眠っている慧音を、優しく抱いた。

 

「…………」

 

 時代は変わった。

 今更確認するまでもない、その事実。

 しかしどうにも、拭いきれない違和感を感じる。

 

「……おかしい」

 

 じゅわっ!と、一層大きな音が鳴る。

 それは、目の前で油が熱で弾けた音。

 その音を合図に、妹紅は篝火によって熱された、その音の発生源である、熱で殺菌した木を突き刺した魚を手に取る。

 口に持ってきてから、気休め程度に、妹紅は香りを堪能してから、一思いに齧り付く。

 細かい骨が口内、そして喉を魚の肉が通り抜ける度に、喉の奥に突き刺さるが、すぐに蓬莱人の特性である、再生能力で元に戻る。

 

 不老不死は悲劇の象徴だが、こういう時にはかなり役に立つ。

 我ながら呑気なものだと、妹紅は思わず、自分に対する嘲笑を浮かべた。

 

 骨が突き刺さったことで、口内とはいえ『怪我』が発生し、それを再生する為に、新たに細胞が構築されることで、骨が抜け落ち、そして燃える。

 月人ではなく、人間が蓬莱の薬を飲んだからか、それとも単に、妹紅が炎を操る能力を持った上で、蓬莱の薬を飲んだからか。

 妹紅が身体を治す度に、炎が小さく噴出する仕様が、こうして魚の骨を処理する時には、大いに役に立つ。

 空を見上げ、妹紅は呟く。

 

「…………おかしい」

 

 火の音以外、誰の音も声も聞こえない。

 闇と無音。神経が過敏になる程の、警戒心を覚える程の静けさ。

 自分たち以外の気配は感じない。これといって、目に見えるような違和感もない。

 だが、肌が感じる。

 妹紅が築き上げてきた経験が、空に向かって警戒態勢を敷いている。

 空――

 

「…………」

 

 空は、もはや星空の一つも見せてくれない程の、暗雲によって隠されていた。

 月の光が透けることも、雲と雲の間の、自然現象ならば必ず発生する筈の隙間すら、今の空にはない。

 文字通り、全てが真っ黒。

 火の音のみが、鼓膜を震わす。

 意識せずとも、思考が回転し、嫌な想像を掻き立てる。

 

「どう考えても、普通の雲じゃないよね」

 

 妹紅の推測。

 それはこうして、今も空に蔓延る暗雲が、自然現象ではない、別の何かによるものではないか?というものだ。

 その予想に辿り着いた要因としては、やはり月の光の有無が大きな割合を占めていた。

 月とは、魔力や妖力といった、人外にとっての生命力の象徴であり、それを大きく向上させる天の恵み。

 それが、こうして一切の光を通さないのであれば、弱体化はせずとも、彼らの気力を大きく削ぐには充分だ。

 

 道理で。そう妹紅は思う。

 夜の山。そして篝火という分かりやすい存在感を示す、今の妹紅たちに向かって、襲い掛かる妖怪が一匹もいないわけだ。

 

 勿論、ここが元から妖怪の数が少ない、たまたま恵まれていた場所だった可能性はある。

 しかし今の時代…いや、正確には元の時代でも、だが。

 妖怪とは、文字通りあらゆる場所に存在するのだ。たまたま今、ここが例外だった。…とは考えにくい。

 そうなると、推測はより悪化した方向に走るものだ。

 膝の上で眠る、慧音の頭を撫でながら、妹紅は考える。

 

「もし…………」

 

 もしも。

 この頭上に広がる暗雲…否、()が全て、一人の誰かによるものであったとするなら?

 妖怪にとっての、力を増幅させる月の光。それを文字通り、一人で独占できる状態なら。

 これほどの広範囲に膜を張ることができる実力もそうだが、大胆でありながらも、非常に効率的な強化方法。

 並大抵の者では、それこそ山にいるような、野犬擬きの妖怪では絶対に不可能だ。

 そうなると、考えられる選択肢は――

 

【ヒョー、ヒョー】

 

 刹那、妹紅の思考を切り裂く様に、不気味な鳴き声がこだました。

 

「――ッ!?」

【ヒョー、ヒョー】

 

 空だ。

 胸元で、謎の鳴き声に反応して、くぐもった声を漏らす慧音を、強く抱きしめながら、警戒心を空に向ける。

 妹紅の視力では、空一帯を覆いつくす黒霧を確認するのが精いっぱいで、それ以外は何も見えない。

 透明か、それとも鳴き声の主は、黒霧の向こう側に存在するのか。

 いや、妹紅の推測が正しければ、これの元凶はきっと、自分一人で月の光を独占し、浴び続けているのだろう。

 だがしかし。

 耳障りな、不快感を与える鳴き声を聞いて、妹紅が思い浮かべたのは、ある動物の名だった。

 

「…トラツグミか?でも…」

 

 鳴き声の波長は似ている。だが決定的に何かが違う。

 音域?それとも…再び思考の渦に身を投じて、妹紅は頭上から響く、その『正体不明』の推測を始める。

 その時だった。

 

「――そこの娘」

 

 バチバチと、火の粉が飛び散る音に紛れて。

 妹紅に向けて、一人の少女が話しかけてきた。

 声の若さ、そして容姿の若さの二つに釣り合わぬ、老人のような喋り方。

 

「隣、いいかの」

「――――」

 

 勿論、ただ「はいどうぞ」なんて返す筈もない。

 咄嗟に起き上がり、未だに夢の世界にいる慧音を、器用に抱きかかえたまま、後退。

 その様子を、少女はケラケラと笑いながら見ていた。

 

「おー若い若い、警戒心があって何よりじゃ」

 

 殺気にも似た敵意を向けられても尚、少女はまるで気にしていないように、そう言って笑い続ける。

 その余裕。何より敵意に対する"慣れ"と、そして言葉の節々から感じる、老獪さ。

 何より、背中にある巨大な尻尾。

 それをゆらりと動かしながら、少女は妹紅を見ながら言う。

 

「ほう……儂の予想通りといった所かの」

「…何?」

「ぬし、人間ではないだろう?霊力は確かにあるが、それ以外が歪じゃ」

「――それは」

「まぁ待て待て、別に深く詮索するつもりはないぞ」

 

 見た目だけなら、妹紅とそう変わらない。

 若い少女だが、その古風な喋り方といい、こぢんまりした洒落た丸眼鏡といい、まるで老婆のような風格を感じさせる。

 だが、蓄積された経験というものは、人外であるならば、それは脅威以外の何物でもない。

 警戒心が弱まることなく、射抜くような視線を向け続ける妹紅。

 少女はそれも、既に慣れたものなのか、特に気にすることなく。

 

「おお、焼き魚か。味は単調だがそれがいい」

 

 と言って、妹紅に許可を貰う訳でも、詫びを入れることもなく。

 流れるように、目の前で焼かれた魚を手に取り、そして器用に骨を避けて、齧り付く。

 しばらく口内で肉を泳がせて、それから。

 

「うん、美味い美味い」

 

 そう、満足そうに笑ってから。

 当然の態度で、再び食事を再開した。

 

「…あんた」

 

 尻尾。

 妹紅は目の前でゆらゆらと動くそれが、少女の正体を示すものであると気づく。

 ()()()とは違って、臙脂と黄土色の二色が、交互に並んだ珍しい模様。

 だが、その特徴的な、ふんわりとしたシルエットから、妹紅はその正体を半ば確信した。

 ――狸。

 それも、かなり長い時間を生きた化け狸だ。

 

「ん、どうした?」

「……いや、何でも」

 

 見れば、目の前の化け狸はもう、丸々一匹の魚を食べきってしまったようだ。

 頭と尾を残し、それ以外の食べられる部分は、見事に消失している。

 途中で取り除いたのであろう骨を、目の前の炎に向かって、ぽいっと投げ込む様子を見て、妹紅はため息を吐く。

 もう食べきってしまったものを、今更返せとは言えないし、言うつもりはない。

 しかし、いくらなんでも言葉の一つも寄越さず、勝手に食べて「美味かった」はないだろう。

 そう、訴えるような視線を向けられていた事に気づいたのか。

 「あぁ」と、手を叩いてから。

 

「悪い悪い、あまりにも久しぶりに焼き魚を見たからのう。つい食欲が抑え切れなんだ」

「…そ」

「勿論タダでとは言わん。代価を払わずに食事を奪う程、儂も落ちぶれておらんよ。…ほれ」

 

 そう言って、懐から何かを取り出し、妹紅に向けて放り投げる。

 片手でそれを器用に受け止め、そして渡されたものの正体を見て、妹紅は少なからず驚く。

 何故なら、それは口が裂けても、簡単に入手できるようなものではなかったから。

 

「これ、干し肉?」

「儂は魚を、ぬしは肉を。これで等価交換じゃ」

「でもこれ…」

「良い良い、好意は素直に受け取るべきじゃぞ?」

 

 肝心の彼女は、「まだまだ若いのう」なんて言っているが、それは無視する。

 何故なら妹紅は、今手に持っている干し肉が、ただの干し肉でないことが分かるからだ。

 干し肉は製造過程の都合上、それなりの時間を要するのだが、その品質には大きなばらつきが生じる。

 その日の気温や湿度、何より材料となる肉に、味を浸け込む際の調味料の質。

 価格もそれなりで、決して安いとは言えないものだが、今渡されたこれは、間違いなくその中でも、最高峰の品質。

 まだ火で炙っていないというのに、この時点で食欲を唆る、強い香りが辺りに漂う。

 その香りに釣られてか、妹紅の腕の中で、もぞもぞと慧音が動き。

 

「……ぅん…」

「っとと…」

 

 干し肉を持ちながら、妹紅は器用に腕を動かして。

 肘を使って、慧音の体重のバランスを調整して、落ちないようにした。

 

「――……ほう」

 

 その時、彼女の丸眼鏡の向こうにある目が、鋭く光ったのを、妹紅は見た。

 まるで何かに気づいたかのような。

 そして、懐かしむように、目を伏せて、小さく呟く。

 

「……そうか。もうそんな時期か」

 

 その視線が向けられたのは――慧音。

 まだまどろみの中にいるのか、うつらうつらしているその姿は、年相応の少女そのもので。

 ――それに、彼女は一体何を見たのか。

 その疑問を胸に仕舞って、妹紅は再び視線を元に戻す。

 

「ぬし、名を何という」

 

 妹紅は、素直に答えた。

 

「……妹紅。藤原妹紅」 

「そうか。儂は二ッ岩マミゾウという、聞いたことは?」

「……ない」

「そうか、やっぱりな」

 

 謎の化け狸、マミゾウはそう言ってから「ふむふむ」と、顎を手で摩りながら、いかにもな態度で思案する。

 それを十数秒続けて、しばらく。

 口を閉じて、じっと視線を向けてから、一言。

 

「まず妹紅。ぬし…この時代の者ではないな?」

「――、それは」

「まぁ待て、少し話を聞いてくれ」

 

 いきなり核心に迫った、マミゾウの推測。

 それを是とするよりも前に、彼女は妹紅の言葉を封じてから、言葉を続けた。

 

「先ほど、ぬしが聞いた謎の鳴き声じゃが。あれの正体を知っておるか?」

「…いや」

「そうじゃろう?まずその時点で疑わしいと思ったのじゃ。しかも今の時代に、"あれ"を聞いて『トラツグミ』を連想するとはのう?」

「ちょ、まさかさっき……」

「ひひっ、中々いい線じゃったぞ?」

 

 にへらと笑うマミゾウの態度に、妹紅は押し黙る。

 続けて。

 

「つまりじゃ、あれの正体は既に、今は知っていて当然の常識なのじゃよ。とは言っても、過剰にあれを恐れたどこかの誰かが、勝手に妄想を膨らませてあぁなったんじゃがな」

「……やっぱり、あれは妖怪?」

「そうじゃ。それもかなり異質な。一種族、一個体の…じゃ」

「――ッ!それって……」

 

 ――考えうる限り、それは最悪のパターンだ。

 妹紅とて、妖怪の発生原因や脅威の序列は知っているし、それへの対処法も知識として、経験として身につけた。

 その中で、異常個体(イレギュラー)と称される、一個体の妖怪の恐ろしさは、最優先で頭に叩き込んだものだ。

 妖怪とは種族であり、そしてその種族の強さに反比例して、群れ全体の数が少なくなる傾向がある。

 鬼や天狗がいい例だろう。あれらはそれぞれ、個の強さも凄まじいが、その分単純な群れとしては、一般妖怪に分類される雑種にも劣る。

 それの頂点。一つの種族を形容しつつも、自分一人が独占するモノは、それらを遥かに凌駕する力を持っている。

 

 花の妖怪、風見幽香。

 スキマ妖怪、八雲紫。

 

 人々の間で、口頭で伝えられた脅威の存在。

 マミゾウの言葉が正しければ、あの恐ろしい鳴き声の主もまた、それに匹敵する程の存在であるということで――

 

「あの雲は全て、その妖怪が作った霧じゃ。おかげで都は大混乱、儂も宿を一つ見つけるのに一苦労じゃ」

「……それで?」

「何、ほんの気まぐれじゃよ。たまたま山で見つけた人間。…一応じゃがな、それに対するお節介じゃ」

「……」

 

 なんてことないように、マミゾウは笑って言う。

 

「人と寄り添って生きるのは、狐の専売特許じゃないのじゃぞ?」

 

 長い間感じなかった、打算のない思いと言葉。

 それが、不覚にも心地良いと、そう感じた。




 このペースだと来年か再来年には完結(ホントの終わり)ですかね。
 智霊奇伝ははよ反獄王の◇悲しき過去…を出してください、ネタがないんです。

投稿時間は何時がいいか

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