【本編完結】諏訪子様になった、負け戦を回避したい   作:洩矢廻戦

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 (カグラバチ本誌)座村サン鬼つええ!このまま逆らう契約者全員ブッ殺していこうぜ!


107話."天の弓"

 ――弓矢。

 それの起源は、旧石器時代にまで遡る。

 より優れた弾力性のある弦、より強靭に、そして長持ちする弓柄の製造方法。

 時代を重ねる事に、着実に進化していくその武器は、もはや陰陽術の水準が下がった今の時代において、それよりも遥かに役に立つものであった。

 単純な式神術はおろか、初歩的な弾幕すら出せる者はほんのひと握りとなってしまった時代。

 仮にその(陰陽)世界に足を踏み入れ、技術を磨こうと努力しても、生まれつき定められた才能が、微笑んでくれるとは限らない。

 

 必然的に、人はかつての手段に回帰する事となる。

 

 人外に対抗する技術ではなく、遥か遠い先祖たちが紡いできた、『狩猟』の技術。

 それでも、出来ることは限られていた。

 ある程度マニュアル化した術式の数々とは違い、武具の扱いは完全に個人に委ねられた鍛錬が意味を成す。

 数年、十数年。もしくは数十年以上の時をかけて、晩成するのが基本。

 

 ――だが、たとえ時代が変わろうと。

 ――"天才"は、いつの時代も現れる。

 

 そして、彼らは運命の出会いを果たす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【ヒョー、ヒョー】

 

 その妖怪、鵺は今宵も不気味な鳴き声を響かせていた。

 身に滾る妖力が表面化し、黒い陽炎のように、空気が揺らめいている。

 人の恐怖、独占する月の魔力。それらが()()に、無限に等しい全能感を与えていた。

 彼女は自分が、かつてはその"鵺"の名の元である、トラツグミと称される鳥だったのか。それとも八百万の神の如く、人々の思念の集合体だったのかを、もう覚えてはいない。

 

 ただ頭にあるのは、愉悦と歓喜。

 怯える人々の顔を、声を聞いて満たされる嗜虐心。

 日に日に力を増す事に、構築されていく自尊心。

 

 並の妖怪とは一線を画す、一種族という限られた存在。

 その価値を、薄らと彼女は感じ取っていたのだろう。

 

【ヒョー、ヒョー…】

 

 人々は、その鳴き声を聞いて気味悪がるが。

 地上にいる妖怪は、その鳴き声に込められた…子供のような喜びの気配を、感じ取っているかもしれない。

 それを、新参だからと笑って許すか、それとも忌まわしい商売敵と見るかは、人それぞれならぬ、妖怪それぞれであろう。

 

 猿の顔。

 狸の胴体。

 前後の肢は虎で、尾は蛇。

 

 もはや、原典であるトラツグミからは大きくかけ離れた姿を手にし。

 実力も、一般妖怪の枠組みから外れた変異種となった鵺。

 文字通り、都にいる全ての人間の恐怖を吸収し、己の糧とした彼女の実力は、桁外れのもの。

 年月に裏付けられた"蓄"がなくとも、純粋な性能差による蹂躙ができる程の妖怪。それこそ『正体不明』。

 そんな彼女は、ふと鳴き声を止めて、下を見る。

 

【ヒョー…?】

 

 己が放出した黒霧。

 それは今も健在で、こうしている間にも月光を防ぎ、地上に一筋も通さないでいる。

 鵺もまた、空から地上の様子を見ることができないのだが、それは特段気にすることではない。

 ――筈だ。

 

【…………?】

 

 妙に。

 ――妙に、何かが気に障る。

 鵺は賢明で、人間の多くは自由に空を飛べず、仮に飛べたとしても、地上から数百m以上は離れたこの場所に辿り着くことはできないし。

 何より、空を自在に駆けることができぬ人間など、()()()()()自分からすれば、あまりにものろ過ぎるものだ。

 安全地帯。その筈だった。

 身体の表面を走る、ムズムズとした違和感を切り捨て、気のせいだと言い聞かせながら、再びいつものように、人間を怖がらせる鳴き声を出そうとした瞬間。

 

 ひゅぅ――

 

 視界の隅、黒霧の向こうから姿を見せた金属の輝き。

 それが(やじり)と呼ばれる、人間の扱う道具の名称であることを、鵺は知らない。

 もし、鵺がこれの正体を知っていれば、この後の展開は少し変わっていたのかもしれない。

 が、残念ながら、あるのは無常な現実。人間と妖怪の知恵比べ、読み合いをただ、人間が制したという事実のみ。

 

【!?】

 

 突然、姿を見せたその物体に驚き、身体を僅かに硬直させてしまった。

 それが鵺の、最初に犯してしまった過ち。

 風の悲鳴が聞こえ。

 矢がうねり、回転しながら到来する。

 そして、それが鵺の背後にある――透明な何かに刺さる。

 

【いッ――づっ…!?】

 

 生まれて初めて味わった"痛み"。

 皮膚を突き破り、肉を貫き、骨を砕く…矢という、人間が生み出した知恵の暴力が、容赦なく鵺に襲い掛かった。

 鵺は痛みに喘ぎながら、ふらつく身体を何とか抑えこみ、滞空を続ける。

 しかし、今まで知識としては知っていても、体感する機会のなかった、肉体の発する危険信号に、従来の勘が鈍る。

 ジジジ…と、鵺の背後にある空間にノイズが走り、薄っすらと何かが姿を現す。

 それは鵺の、狸の胴体から生えていた――()()()()()()

 

 鎌を思わせる、右にある三枚の赤い右翼。

 矢印を思わせる、左にある三枚の青い左翼。

 

 人間が恐れ、そして妄想して作り出した、仮想の幻獣はそこにはいない。

 初めて味わった痛み、そして苦しみに涙目になりながら、段々と『正体不明』が解けていく。

 ――そして、そこにいたのは、一人の少女。

 

「ッこ、の――!」

 

 右の後ろ髪のみが跳ねた、左右非対称の黒髪。

 羽を除いて一見すると、普通の人間とそう変わらない造形ではあるものの、その深紅の瞳に宿る妖しい光が、彼女が人外であると、強く主張しているのが分かる。

 ――封獣ぬえ。

 人々から集めた恐怖の鎧が剥がれ落ち、彼女は屈辱に顔を歪めながら、地上に墜落する。

 矢に込められた霊力が、ぬえに本来の倍以上の苦痛を味わわせ、自然治癒を阻害する。

 たとえ道具の方が発展しようとも、人外に対する人々の対策は、歴史と共に発展してきた。

 陰陽師の系譜は途絶えかけてしまっているものの、こうして彼らの意思を、技術を継ぐ者は今もいる。

 ぬえは、それを知らなかった。

 高度の維持すらままならなくなり。

 数百mの距離を、ゆっくりと落下し続けて、倒れ込むように、地上に足を付ける。

 その時、ぬえの前方から声が聞こえた。

 

「あれか」

 

 平坦な声。

 目の前に墜落した妖怪に対して、勝利を確信するでも、矢を当てたという手ごたえを噛み締める訳でもなく。

 まるでどうでもいいと言わんばかりに、彼は矢を新しく番え、ぬえを静かに見ていた。

 

「ッ――!」

 

 咄嗟に、『正体不明の種』を纏い、姿を隠す。

 先ほどまでの変化とは違い、あくまでも本来の姿を、か弱い少女の姿を知られないようにする為だけの、隠蔽に特化した技。

 相手の表層心理を読み取り、それぞれに合った恐怖を掻き立てる姿とは違う。

 ただ、「分からない」。

 男の背後に控えていた、数十の部下であろう人間たちも、その術中に陥り、全員が困惑したような表情を見せる。

 分からない。

 ただ、相手の顔や特徴、視覚から得られる数多の情報にノイズが走るように、ただただ「分からなく」なるのだ。

 歯軋りをするぬえ。

 対峙する男――源頼政は、やはり顔色を変えず。

 

「では行くぞ」

 

 ギリギリ――

 弦がしなり、番えられた矢に万力の力が込められていく。

 その時、ぬえは直感した。

 目の前の男が今やっていることは、ただ人間が武器に力を、霊力を込めるのとそう変わらない。――筈だ。

 しかし頼政の場合。それが最初から既に終わっていた。

 矢にはもう霊力が込められた後なのだ。

 それが何を意味する事なのか――それに辿り着くよりも前に、矢が放たれる。

 

「――ッ!」

 

 ぬえは必死に横へ()()

 もはや羽はまともに使えず、空へ飛んで避難することはできない。

 それに、そもそも数百mもの距離が離れていて、更に黒霧で姿が完全に見えていなかったというのに、この男は一発で、しかもぬえの羽を見事に狙って当てたのだ。

 ならば、勝利の希望は一つ。

 

「うむ、速い」

 

 男――頼政は呑気にも、追撃する姿勢を見せず、ぬえの動きを賞賛していた。

 

「見事なものだな、感心したぞ」

 

 それが、妖怪としての矜持。――新参者とはいえ、鵺という未来の大妖怪のプライドに傷をつけた。

 

(舐めるんじゃないわよ…!)

 

 ぬえは怒りで顔を歪めつつ、新たに武器を取り出した。

 三又の槍。たとえ人間が時間を掛け、鍛え上げた刀には及ばずとも、純粋な"暴力"ならば引けを取らない。

 それを両手で握り、ぬえは姿勢を低く。そして走る。

 ――その瞬間に、『正体不明の種』の範囲を広げた。

 

「おお…」

 

 部下の人間たちがどよめき、頼政もまた、困惑した声を漏らして動きを止めた。

 とは言っても、矢筒に右手を持ってきて、新たに矢を補充する動きだけは変わらない。

 再び、弓の弦に矢を装填し、次の攻撃に移ろうとした瞬間。

 ――その右手を、ぬえが止める。

 

「ほう…」

(遠距離じゃなく、懐に入れば…!)

 

 背後から羽交い絞めをして、頼政の攻撃を中断させる。

 弓矢の弱点。それは言うまでもなく、中距離と近距離の対策。

 ぬえは人間の道具を知らず、戦い方の知識もない。

 しかし、生まれたてでも、流石は一種族の妖怪とも言うべきか。

 目に映る情報。弓の形状から、先ほどの矢の一撃。それらから計算を働かせて、ぬえは意識せずとも、対弓矢の最適解を掴んでいた。

 だが――

 

(このまま動く前に――!?)

 

 頼政は、ぬえの意識が右手のみに集中した隙を見逃さず。

 その間に、死角となった左手のみを動かし、弓の弦を、自分の身体に向かってではなく、外側に向けて。

 左手の指先のみで、器用に弾いた矢の羽を、右足で掴み。

 そのまま、反対にした弓と弦で番え――

 

(裸足…!?って不味――!)

 

 至近距離、背後にいるぬえの顔面を狙い。

 ――頼政は、()()()()()()()

 

「クソッ――!」

 

 矢が飛来する直前、ぬえは槍を突き刺す挙動を停止し、再び横に跳んで避ける。

 放たれた矢は、ぬえの髪を微かに抉り、そしてそのまま飛翔を続けて、遠くにある木にぶつかり、爆発する。

 それを見て、ぬえは背中に冷たいものが走るのを感じた。

 

(なんて威力…!これが人間…!?)

 

 信じられないことだが、彼は人間。

 矢はともかく、彼が手にしている弓は、その強靭な弦を見れば分かる通り、決して普通の人間には手に取る機会も与えられぬ、職人の魂が込められた一品なのは確か。

 道具の性能。何よりそれを、十二分に活用できる、使い手の技量。

 

 初めて出会った人間。

 初めて、己の前に立ちはだかる人間。

 

 底が知れないその存在に、ぬえは内心で恐――

 

「………………――は?」

 

 そこまで考えてから、ぬえは全身が沸騰するかのような怒りに包まれた。

 

 ――今、自分は何を思った?

 

 怖いと。

 この人間が強いと、強いから恐ろしいと。そう感じたのか?

 人間の根源的恐怖である、『正体不明』を司る自分が――?

 

「…ふざけるんじゃないわよ」

 

 元より、手加減などするつもりはない。

 むしろ最初から、自分はこの人間を殺すつもりだ。それは間違いない。

 しかしこの瞬間、ぬえは『生存』という、妖怪としての、最後の選択肢を完全に捨て去った。

 ――たとえ刺し違えてでも。

 

「――殺す!」

 

 槍を手に、ぬえはただ妖怪としての膂力。

 純粋なフィジカルによる、一直線の暴力に身を任せた。

 妖力による弾幕の雨、更には先ほどのような、『正体不明の種』のような、小細工に頼りはしない。

 いいや、頼ってなるものか。

 仮にそれで勝負がついたとしよう、その瞬間、きっとぬえの内心には「自分は小細工を使わないと勝てなかったのでは?」というしこりが永遠に残り続ける。

 意思。自尊心。それらが身体を作り、存在を保つ全てである妖怪にとって、その『魂の敗北』など、決してあってはならない。

 ぬえは怒りと、己の自尊心の全てを身体に乗せて、加速。

 再び、彼が右手を矢筒に届かせるよりも先に。

 ――ぬえの槍が届く。

 

「シッ――!」

 

 ひらり。

 上半身を捻り、まるで踊るように飛び跳ねながら、頼政は避ける。

 その動きは、先ほどのぬえと似たものであり、まるで意趣返しをされたかのようなその感覚に、ぬえは更に怒りを溜める。

 横薙ぎにした槍。それの持ち手を変えて、軌道を無理矢理転換する。

 槍の矛先が、虚空を貫いたその次に、頼政の顔に向かって再度、狙いが定められる。

 踏み込み、加速。

 

 今度こそ貫ける――!

 

 そう思った次の瞬間、頬に鋭い痛みが走る。

 

「ぐっ――!」

 

 今までのと比べれば、まだ優しい衝撃。

 しかしだからと言って、決して無視できるような程のものでもない。

 結果として、ぬえはちゃんと狙いを定められた筈の、頼政の頭ではなく、そこから少し左にズレた、また別の虚空を貫いていた。

 頼政が行ったのは至極単純。

 

 矢を使わず、弓の本体で思いっ切り殴る。

 

 先ほどのように、足で矢を放つ隙も、余裕もない。

 ならば、その答えに辿り着くのは容易であり、当然とも言えるだろう。

 勿論、彼はただの人間であり、陰陽師でもないため、身体能力を霊力で強化することもできない。

 そう、彼は人間。ただの人間なのだ。

 故に、その威力もたかが知れたもので、ぬえの頬を僅かに、赤く腫らすだけに終わってしまう。

 

(こいつ…"普通の人間"なのに…!)

 

 頼政は、陰陽師やその他の、異能に目覚めた者とは違い。正真正銘の一般人。

 『霊力』で肉体を強化し、地を駆けることもできない。

 『程度の能力』で、常人から逸脱した力を使うこともできない。

 『天与呪縛』による恩恵も、何もない。

 ――文字通り、ただの人間。

 

(なのに…なのに…っ!)

 

 ――なのに、勝てる気がしない。

 その、決して拭いきれぬ敗北感が、ぬえの心に強く突き刺さる。

 屈辱で身体が震える。

 これでもかと、憎悪と怒りが身体に満ちる。

 ――だというのに、足は一歩も動いてくれない。

 

「どうした」

 

 ギリギリ――!

 再び、弦が軋む音と共に、頼政は矢を番える。

 装填された矢の数は――三本。

 先ほどまでのとは違う、本気の攻撃。

 確実に、そして絶対に相手を倒す。――否、殺すという意志そのもの。

 

「ッ――ぐ…!」

 

 バンッ!と、まるで火薬が爆発したような音と共に、矢が加速する。

 空気の壁を貫き、風が悲鳴を上げながら、ぬえの身体を狙って宙を駆ける。

 ぬえは、必死にそれを避ける。

 それを狙い、再び矢が装填され、放たれる。

 矢の一部が、走るぬえの脇腹を抉る。

 痛みで動きが鈍り、その隙を再び狙われる。

 次に刺さったのは、肩。

 

「い…ッ」

 

 思わず漏れる弱音。

 それが聞こえたのか、まるで弾幕のように、止まることなく矢を連発していた頼政の動きが、一瞬止まる。

 この時、ぬえは自覚していなかった。

 動くことに、相手の攻撃を避けることに必死で、身体に纏う『正体不明の種』が、その効力を弱めてしまっていたことを。

 未だ掴めぬ、正体不明の怪物から聞こえた、少女の涙声。

 

 人間は、どれだけ争いの最中だろうと――真の意味で、心を鬼にすることなどできない。

 丁度、全ての矢を使い果たしたタイミングでの、致命的すぎる放心。

 

 だが、ぬえは違う。

 ぬえは、容赦なくその隙を狙う。

 

(動きが止まった――!)

 

 最後の全力。

 ぬえは、自分が保持していた、全ての妖力を槍に注ぎ込む。

 黒と紫。空間が軋む程の圧力を纏ったそれを右手に。

 まだ自由に動く右腕。

 そして、傷ついて激痛が走る残りの身体に鞭をうち、全力の投擲を――

 

「これで死ねッ――!」

 

 ――グォンッ!!

 今までの、頼政が放った矢のそれとは次元が違う。

 ぬえの全て、この後の生存確率、そして自身のプライドを全て乗せた、文字通り最後の一撃。

 仮にこれが炸裂し、頼政を殺せたとしても、きっとぬえは、この後一歩も動くことができなくなるだろう。

 そうなれば、彼が連れてきた部下。実力的には、頼政と比べるまでもない、有象無象の彼らでも、簡単に処せる。

 襲い掛かる疲労と脱力感。

 霞む視界と、興奮による副作用で、スローモーションになっていく視界。

 勝利を確信し、口端を歪めるぬえの真正面。

 

 ギリギリ――!

 

 目の前には。

 頼政が、矢を番わずに()()()()()()姿。

 スローモーションで再生される視界の中。

 そこに映る、あまりにも無情な光景。

 

 ぬえの、全てをかけた一撃である矢。

 そこに向かって、引き絞った弦を向ける頼政。

 

 三又の中心を。

 あの刹那。ミリ単位で正確に狙った、彼が引いた弦がぶつかる瞬間。

 

「――――あ」

 

 矢の代わりに――ぬえの()()()()()使()()

 まるで逆再生のように、物理法則を無視して巻き戻るぬえの槍。

 それが、ぬえの肩にある傷口にぶつかり、彼女の身体を突き飛ばす。

 何十mもの距離。ぬえはそれだけの衝撃、そして苦痛を味わいながらも、朧気な意識の中で、たった一つの事実を噛み締めていた。

 

 ――負けた。

 

 自分は、完膚なきまでに負けたのだ。

 

「……畜生…」

 

 空気の悲鳴。

 木々がなぎ倒される轟音と共に、ぬえは遠くにあった森の中、地面を抉りながら、無惨に転がり、倒れ込む。

 霞む視界は、疲労による意識の混濁か、それとも悔しさ故の涙か。

 

 

 

 

 ――この日、都を恐怖に陥れた妖怪『鵺』は。

 ――呆気なく、退治されることとなる。

 

 

 

 


 

 

 

 

「マミゾウ、少しいい?」

「んー?」

 

 時は少し流れて。

 都を襲った、未曾有の異変である霧も晴れ、しばらく人々の間では、『鵺退治』の話題が持ち切りとなってから三日。

 人の噂も七十五日。なんて言葉があるが、どうやら現実は、その言葉が当てはまらないらしい。

 最初の熱はどこへやら、あれだけ熱心に語っていた『鵺退治』も、退治されたから当然なのだろうが、鵺の音沙汰がなくなってからというもの、もはや偶に思い出し、それを振り返る程度に収まった。

 時間という名の摩耗。それは人々の記憶ではなく、妖怪の噂にも該当するらしい。

 すっかり活気を取り戻した人並みを、宿の部屋から眺めながら、妹紅は聞いた。

 

「鵺ってさ、退治されたんだよね」

「そうじゃな。こうして現に異変は解決したじゃろう?」

「…なんだかなぁ」

「気になるか?」

 

 マミゾウがそう聞くと、妹紅は静かに頷いて肯定した。

 妹紅の疑惑。それは過去の経験から、――かつて、()()()()()()()()からかもしれない。という既視感によるものであった。

 妹紅はずっと、既に終わったという『鵺退治』の真相が、気になって仕方がない。

 異変こそ解決し、こうして平穏を取り戻せたのだから、まずはそれを喜ぶべきなのだろう。

 だが、妖怪とは一匹討ちそびれるだけで、将来とてつもない災害をおびき寄せることがある。

 かつての『四凶』…檮杌がいい例だろう。

 あれがもたらした悲劇。そして虐殺の原因はそもそも、ある邪仙が彼を見失い、そして彼に復讐心を植え付けてしまった事だ。

 マミゾウは妹紅の過去を。そして聖白蓮との間にあったその確執と、詳しい"縛り"の放棄内容を知らない。

 

 だが、妹紅の最初の言葉。

 そして、納得がいかないという表情と声色。

 

 それらを材料にすれば、まだそれほど関わりが深くないマミゾウであろうとも、妹紅がこれから言わんとすることの予想はつく。

 故に、マミゾウは無駄な問答を省き、直球に聞くことにした。

 

「鵺は今もどこかにいる…そう言いたいのじゃな?」

「いやまぁ…こうして霧も晴れたし、そこまで深く考えなくてもいいかも…だけど」

「まぁ確かに、あの頼政がしくじる筈もない。異変そのものはちゃんと解決した…そう見るのが正しいじゃろう」

 

 異変そのもの。

 それを強く強調するように、マミゾウは言った。

 

「異能こそ持っていないが、あの小僧の実力は本物。鵺とやらの実力の詳細は知らぬが…それでも所詮、生まれたての存在なのは確かじゃ。蓄積された経験が足りていない、力だけの木偶の坊など、この世には腐る程同種がいるからのう」

「説得力が違うねぇ、あんたが言うと」

「はてはて…」

 

 マミゾウは笑って言うが、妹紅は本心からそう思っている。

 この妖怪が過ごしてきた年月、それはきっと、たかが十数年と、数百年の眠りを経験しただけに過ぎない自分からすれば、途方もなく永い時間なのだろう。

 自分は不老不死だから。

 いつか、自分も長すぎる命に絶望し、折れる時が来るのだろう。そう、妹紅は他人事のように考える。

 終わりがあるかないかの違いこそあれ、同じ長寿仲間ということもあり。

 変わる時代に適応し、楽しく長く生きるその姿を尊敬し、妹紅はマミゾウに対し、少なからず好感を持っていた。

 

「じゃが、仮にそうだったとして…きっと面白いことになるじゃろう」

「その根拠は?」

 

 マミゾウは、口端のみを器用に歪めて、妖艶に笑いながら。

 

「なぁに、女の勘じゃよ」

 

 なるほど、説得力が違う。

 そう、妹紅は笑って言った。




 史実の偉人はどれだけ盛ってもいい。




 次回予告
『ぬえと頼政』(分かる人には分かる)。

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