【本編完結】諏訪子様になった、負け戦を回避したい   作:洩矢廻戦

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 懐かしいあの作品。誤字報告いつも助かってます。


108話.『ぬえと頼政』

「そういえば……」

「……………?」

 

 マミゾウが視線を動かす。

 その視線が注がれる先、視線の対象となった少女、慧音は一瞬、びくりと身体を震えさせて、そのまま妹紅の背中に走って隠れる。

 本人からすれば、妹紅の背を盾に、自分の姿を完全に隠せているつもりなのだろう。

 なお実際は、妹紅の肩から突き出るように、慧音の立派な角が飛び出してしまっている。

 それを微笑ましく思いながら、マミゾウは続けた。

 

「儂の間違いでなければ、その"ハクタク化"は満月の時だけの筈じゃ。あれから三日経つというのに、未だにその姿なのは不自然じゃ」

「え、そうなの?」

 

 つい大きめの声が零れた。

 背後でじっと固まり、背中にしがみつく慧音の気配と体温を感知しながら、妹紅は聞く。

 

「というか、そもそも"ハクタク化"って…ハクタクってあの『白沢(はくたく)』?外から来た…」

「そうか、ぬしも知っていたか」

「一応は」

 

 白沢(はくたく)、文字では時に、白沢と表記されることもあるそれは、外の国から伝わって来た瑞獣。

 瑞獣とは、神獣・聖獣としての性質の総称であり、彼は人間の言葉を解し、万物の知恵に精通するとされている。

 彼の姿を描いた図画は、魔除けの力を持つとも言われており、時に人面を持った牛、もしくは人面を持った獅子としての姿を持っており。

 枝分かれしたその解釈から、彼が今この国で、どれだけの人間に認知され、信仰されているかが伺えるだろう。

 だがしかし、マミゾウの言い分からして、どうやらそんな彼の祝福を受けた人間も、それの恩恵を充分に活かすことは困難らしい。

 そういえば…と、妹紅は、過去のマミゾウの発言を振り返る。

 

「そういえば何か言ってたっけ、人間の器がどうのこうの………?」

「白沢は基本現世に干渉しない。というより、これは白沢に限った話でもなく、神全体に言えることじゃが………」

「………?」

 

 マミゾウは、一度深く息を吸ってから。

 

「分かりやすく言えば…毘沙門天がいい例じゃろうな。どこぞの豊穣の姉妹神と違い、過剰な武力を持った神は、そう簡単に現世に降りてはいけないのじゃ」

「え、なんで?」

「さぁのう。儂は長生きしているといっても、所詮は一端の妖怪に過ぎん。神の世界の細かな法則は推し量れん。…実際に諏訪大国でも、かの八坂神すら統治や戦争以外では姿を見せんしな。それだけ、『人間の目に映る神』を重要視しているのじゃろう」

「…ふ~ん?」

 

 ………あまりよく分からないが。

 

「じゃあ神ってことを隠せばいいんじゃない?」

「…神が?身分と正体を偽りか?」

「人間に擬態できるやつも中にはいるだろうし、それなら今も、しれっと町で過ごしてる神だっていそうじゃない?」

「ははっ、もしそんな物好きがいるなら、是非会ってみたいものじゃな…………っと、話がだいぶズレてしまったわい。…こほん」

 

 ブンブンと頭を振って、脱線した話を元に戻す為。

 マミゾウは咳を一つしてから。

 

「話を戻すと、白沢は知っている通り聖獣…そして神じゃ。彼には知識を司る聖獣としての仕事がある。――しかし、神は現世に基本干渉せん。そうなると手段が限られる」

「…………えーっと?」

「歴史の整理。修正じゃよ。といっても、過去を変えたりだとか、未来のあるべき姿を捻じ曲げるとか…そんな無茶苦茶は到底できん、あくまでも"整理"じゃ。仮にそれに思い至っても、白沢にそこまでの力はない」

「えっと、祝福…ハクタク化を合わせて考えると。もしかしてさ、本来は自分がやるべき仕事のそれを…力を譲渡した先の人間にやらせるってこと…!?」

「言いたいことは分かる。が、実際これは中々いい策じゃ」

「…そうなの?いやでも…」

 

 正直、ここまで話を聞いた妹紅からの印象は、「仕事を押し付ける自分勝手な奴」であった。

 歴史の整理とやらが、どれだけ大事なことであるかは何も知らないし、それの苦労も想像ができない。

 が、簡単なことではないのは確かで、それを人間相手に、勝手に押し付け、祝福と言う名前だけの、呪いに等しい役割と力を与えているのだから。

 

「妖怪もそうじゃが、人外なんてものはどれも人から忘れられると死ぬ。白沢だろうと、それは例外ではない。だがこうして、力のみでも人間に与えれば…」

 

 慧音の、異形と化した己の姿に対する怯え。

 見ないでと。

 弱弱しく泣いていたあの姿が、瞼の裏で再生される。

 

「…嫌でも忘れられないね。確かに」

「ま、ぬしが良い印象を持てぬのも仕方がないか。じゃが忘れるな。妖怪も神も、…人外とは、所詮はそういうものなのじゃ」

 

 自虐するように、マミゾウは小さく笑って。

 

「どれだけ歩み寄る努力をしようとも、本質は違う。仮に奇跡が起きて、互いに心が通じ合おうとも、決して同じ生を共有することはできん」

「…………」

「不老不死のぬしにも言っておく。――ゆめ怠るな、決して忘れるな、儂らは決して、同じ場所には立てぬ」

 

 今まで。

 妹紅はマミゾウの言葉に裏付けられた、彼女の長い命の重さを感じた。

 だが、今までに聞いた声、その抑揚とは打って変わった。

 冷たく、切り捨てるような声。

 鉄を思わせる、決して譲れない意志を感じる、その言葉に――

 

「…()()()()()()人がいたの?」

「あぁ、いた」

「どんな人?」

 

 瞼を閉じて、黙り込むこと数秒。

 注意して聞かないと、思わず聞き逃してしまいそうなくらい、小さな声で。

 憐れむような声色で、言う。

 

「儂の()()()()()()の相手じゃよ。…殺されてしまったが」

 

 

 

 


 

 

 

 

 時は遡ること、三日前。

 最初、ぬえが感じたのは痛みではなく、痒みであった。

 未だに朧気な意識の中。薄らと感じることが出来る謎の痒みに対し、不明瞭な思考のまま、ぬえは疑問に思う。

 

(なんで…身体……)

 

 負けた。

 自分はあの時、人間に負けた筈だ。

 それも、言い訳など絶対にできない、完膚なきまでの敗北を、魂に叩き込まれる程の。

 思い返す必要もなく、ただその事実一つのみで、身体がグツグツと煮えたぎるような、行き場を失った怒りが沸き上がる。

 何より、そうやって怒りをまともに発散できぬ程、理性と本能の両方が、こうして負けた事実に苛立つ、自分そのものの醜態に対し、苛立つ。

 

(最後…あの弓は………)

 

 想起される、ぬえが意識を失う直前に見た絶技。

 矢を失った弓使いなど、その辺の一般人とそう変わらない筈だ。そんな甘い考えを切り捨てる、常識破りの実力。

 空を飛ぶ鳥を、百発百中で当てられるのとは訳が違う。

 

 あれこそ、純粋な人間が辿り着ける、技術の境地。

 …本当に、本当に癪に障るが……それだけは認めてやろう。そうぬえは思う。

 

 後にも先にも。…いや、きっとぬえは生涯で、あれ程の腕前を持った弓使いを見る機会はない。むしろそうであって欲しいと、そう考える。

 まだ未熟とはいえ、自分は大妖怪の『鵺』なのだ。

 それを一方的に打ち負かし、そして名誉を手にしたお前は、絶対に負けてはいけないのだと。

 私に勝ったお前は、これから先も永遠に勝ち続けろと。

 妖怪らしく、そして身勝手で我儘な、一方的な要望であった。

 だが、それはあくまでも内心に留める場合。

 

「……凄かったな………」

 

 小さく、思わず溢れ出た本音。

 疲労の消えない身体。痛みこそないが、倦怠感はある微睡みの中で、ぬえは思わず"それ"を口にしてしまった。

 

「そうか、それは嬉しいな」

「…――はッ!?」

 

 今までの倦怠感が一気に吹き飛ぶ衝撃。

 その声が聞こえた途端、ぬえは両目を開き、そして思いっきり身体を起こす。

 目の前では、あの男がじっとこちらを見ていた。

 

「な…な……っ!」

「声を聞いてもしやと思ったが、やはり女子か」

 

 身長は、ぬえより頭二つ分は上だろうか。

 片手に携えられた、あの漆のように真っ黒に染められた弓と、それとは正反対の、純白の袴。

 一見動きにくそうに見えるその服だが、ぬえは既に、彼が近距離でも充分過ぎる程に戦える位の、高水準の体術を会得している事を知っている。

 体調はまだ万全ではなく、妖力も完全には戻っていない。

 仮にここで、先手必勝で襲いかかったとしても、勝てる可能性は限りなくゼロだろう。

 いや、それよりも今は……

 

「……なんで」

 

 負けたのだ。

 悔しいが、自分は『妖怪退治』に赴いた人間に、完全敗北したのだ。

 あの時、最後の攻撃を跳ね返され、それが直撃して、意識を失った時は死を覚悟したし、むしろあれで、自分はとっくに死んだものだと思っていた。

 だが、自分は今生きている。

 何故かは知らないが、自分はこの男に生かされているのだ。

 

「なんで……」

 

 自分を生かす理由。

 一体それは何なのか、ぬえは非常に気になるものの、それを正直に、相手に問う勇気はなかった。

 相手は強い。自分ではどう足掻いても敵わない実力の持ち主で、単純な力比べでも、策による翻弄も叶わないだろう。

 つまり、この男からすれば、ぬえとはその程度の存在。

 

 仮に。…万が一だが。

 本当にありえない事だが。やはり殺すのは可哀想だ、だから気が進まないから殺さないでおいてやろう。……なんて思ったとしよう。

 

 わざわざ生かす価値があるとは思えないし、何より彼は『妖怪退治』の名目上、数多の部下を連れていたのだ。

 そんな彼らの期待を裏切り、人間たちからも爪弾きにされる可能性を加味しても、やはり自分を助ける意味は無いように思える。

 一体何なのか…そう思いながら、身体を動かした時。

 するりと、肩にかけられていた布が落ちる。

 そして、そこが意識を失う直前に、自分の放った槍の投擲が跳ね返され、ぶつかった跡だということに気づく。

 

 年頃の少女らしい、柔らかい肌色が、破れた服の隙間から主張する。

 

「――あ」

 

 ――わざわざ生かす価値。

 ボロボロになった衣服と、そこから見える肌。何より…自分より強い、抵抗できない男。

 サァ……と、背中に冷たい何かが走るのを感じた。

 

「あんた…まさか…」

 

 妖怪とは、人々の純粋な恐れの集合体でありながら、時には欲望の化身とも受け取れる存在である。

 ぬえの容姿は、たとえどの時代だろうと容易に受け入れられる程の、正に絶世のものであり。

 身体的な性別が女で生まれたぬえは、その『最悪の予想』に、比較的早めに辿り着き、ゴクリと唾を飲み込んだ。

 先程までは、ただ訝しげに待っていただけの空白の間。

 だが今は、ぬえにとっては、それがとても恐ろしいものであるような感触がした。

 じっと、ぬえは膝を曲げて、敵意を滲ませた視線を向ける。

 男、頼政は表情を少しも変えることなく。

 ぬえもまた、一切和らぐことの無い、敵意の眼差しを向け続け。

 互いの視線が交差して、十数秒。

 ようやく、頼政が一言、森に響く声を零す。

 

「お前は、あの鵺なのか?」

 

 ぬえは、険しい表情のまま、言い返す。

 

「…そうよ、私は鵺よ」

「あの、トラツグミとは違う『ヒョーヒョー』と鳴く鵺か」

「そうよ、あの鵺よ」

「そうか、あの鵺か」

 

 目的の分からない問いに、ぬえは苛立つ。

 

「姿が変わったのは、そういう異能か?」

「……………そうよ」

「そうか、俺はそういうのを持っていない。羨ましいものだ」

「――あんた」

 

 埒が明かない。

 ぬえは恐ろしさ半分、怒り半分に、ギロリと睨みつけながら、頼政に聞く。

 

「あんたは、私に何がしたいの?」

「何、とは?」

「だから、私…あんたより弱いし」

「あぁ、弱いな」

 

 「当然だろう」と、言わんばかりの即答。

 ぬえは、今までで一番とも呼べるくらい、凄まじい程に腹が立った。

 

「…………………………そうよ」

 

 再び再燃する怒りを、必死に飲み込んでから、ぬえは続けた。

 

「私、女だし……」

「…?それで?」

「あんたは、私をどうしたいの?」

「いやどうもしないが」

「やっぱり!あんた私をどうもしな…え?」

 

 飛び上がり、そして今すぐ走ってでも逃げようと、そう準備したぬえは、思わずきょとんと放心する。

 何もしない。

 妖怪を倒し、あまつさえ、こうして目が覚めるのを律儀に待っておいて。

 ……何も、しない。

 

「………嘘よ」

「何故そんな意味の無い嘘をつく」

「いや、意味はあるでしょ、そうよ!そうに決まってる…きっと思い通りに背を向けて、走り出した私の背中を狙って…」

「いや、矢はもうないのだが……」

「――ッ!だったら何よ!?」

 

 ぬえは、もう訳が分からなくなってきた。

 警戒心をドブに捨て、ぬえは癇癪を起こしながら、「ムキー!」と叫ばんばかりの勢いのまま、頼政にグングンと近づき。

 未だ座った体勢のままの、頼政の顔を上から覗き込んだ。

 身長は頼政が上だ。しかし今のままなら、宙に浮かばずとも簡単に見下ろせる。

 ぬえの射抜くような視線を浴びながら、頼政は首を傾げて。

 

「何もどうにも…お前は女だろう?」

「…だから?」

「俺は、女は殺さん」

「………は?」

 

 女。

 殺さない。

 オンナ、コロサナイ…

 ……だから自分を殺さない?

 

「はあっ!?あんたばっかじゃないの!?私が妖怪だって分かってるんでしょ!?」

「いや…そんなの見れば分かるだろう?」

「黙れ!」

 

 わざとなのか天然なのか。

 その、いちいち癪に障る言い方に、ぬえがその度苛立ちを感じ、そして叫ぶ。

 頼政は、「何を当たり前のことを…」といった顔を改める気配がなく。

 むしろ、何故ぬえが苛立っているのか、その原因を分かっていないようにも見える。

 

「だから生かしたっての?ありえない!本当は何か裏があるんでしょ!」

「…?お前を生かす事に裏があるのか?」

「だから!その…えっと…私は女だから!」

「…だから?」

「お、男がお、おお…女に対して…その………えっと、え…」

「お前を生かす事と、お前を抱く事のどこに類似点があるんだ?」

「ブッ…!?」

 

 あまりにも隠す気のない直球発言。

 それを喰らい、思わずぬえは顔を真っ赤にした。

 

「だっ…黙れ!いいから黙れ!!」

「いや…お前が勝手に男だの女だの言い出して…」

「黙れったら!この変態!!」

「いやだから、最初に男女のそれを言い出したのはお前で…」

「黙れッ!!!」

 

 ぬえはもうめちゃくちゃだった。

 顔はおろか、全身を羞恥で真っ赤にして、子供のようにギャーギャーと騒いで、頼政の言葉を遮っている。

 頼政もまた、そんなぬえの暴走に対し「一体どうしたのだ…?」としか思っておらず、やはりその原因を分かっていないようだった。

 やはり、そこが苛立つ。

 ぬえは胸を張り、依然見下した体勢のまま。

 

「そもそも!私は妖怪!妖怪を生かして返して、それでどうするってのよ!」

「なんだ、お前はまた悪さをするのか?」

「………えぇ、するわ」

 

 その率直な疑問に、少し時間を置いてから、言う。

 

「私は妖怪。それも大妖怪の『鵺』、途中で止められたけれど、都を一度は恐怖で染め上げたのよ?」

「ふむ」

「次はこの国を…否、大陸の全てを覆い尽くす!こんなちっぽけな町なんかじゃ収まらない!次はかの大国…諏訪の国を恐怖に陥れ、私は神すらも…」

「嘘つけ」

 

 頼政は、そんなぬえの言葉を途中で遮り。

 ため息を交えながら、言う。

 

「お前、もうそんなことをするつもりはないだろう」

「…ッ!何よ!私は本気よ!それにあんたにだって復讐するわ!このままやられっぱなしで…」

「お前が俺に勝てるわけないだろう」

 

 ――ゾアッ…!

 周りにある木々が、一瞬で枯れ果て、死の気配を纏う。

 黒く、目に見える程に濃密な妖力、それがぬえの身体を中心に、まるで台風のように吹き荒れる。

 髪が逆立ち、紅い瞳はより危険な輝きを放ち。

 殺気と共に、――ぬえは絞り出すように、一言だけ発した。

 

「…コロス!」

 

 病み上がりとはいえ、彼女は立派な大妖怪の仲間。

 枯渇した妖力は既に、数十分だけの眠りだけというのに、その八割が回復しており、肉体の不調はほとんどない。

 僅かなパフォーマンスの低下分は、目の前に立つ忌々しい人間に対して向ける憎悪で補う。

 地面を砕き、ぬえは変化し、鋭く尖った己の右手の爪を、頼政の喉に向かって突き立て――

 

「だから無駄だ」

 

 ――るよりも早く、頼政は地面を思いっきり踏みつける。

 足元に転がる、何の変哲もない木の枝が半分に折れ、矢としてちょうど良い大きさとなって宙を舞う。

 頼政は手を使うことなく、変わらず左手で弓を構え、右手で弦を引くのみ。

 空中で回転し、安定感などどこにも無いその木の枝が、まるで弓に吸い込まれるように、落下。

 予め待機していた弓に、ピッタリ重なるように、自然落下と同時に装填される。

 そしてその瞬間、頼政は引っ張っていた右手の弦を離し、撃ち抜く。

 

「ぴゃっ!?」

 

 ガコッ!と、爽快な音が鳴り響き、ぬえの額中央を、見事に木の枝が貫いた。

 とはいっても、霊力の強化も施しておらず、更にはぬえ自身の肉体強度の高さもあって、僅かに額を赤く腫らしたのみであった。

 だが、今のぬえには、それだけで充分で――

 

「ぐ…うぅぅぅぅう〜〜〜…っ!」

 

 屈辱。

 頬をぷっくりと膨らませて、叫ぶ。

 

「矢ないんじゃなかったの!?」

「弓など引ければそれで良い。実際それでお前の槍を跳ね返したろう」

「ぐぐ…」

「まぁ、これも慣れの一つだな」

 

 ――本当に人間なのだろうか。

 あまりにも常識から逸脱した絶技の数々。ぬえはまんまとしてやられた現実もそうだが、何よりこうして目に映る情報…彼の身体から発せられる、一般人と何も変わらない、垂れ流しの霊力を見て、余計に信じられないのだった。

 異能を持たぬ、純粋な人間が、何故ここまで強いのか。

 何度も負け、いいようにやられた弊害か、自然とぬえの思考のフォーカスは、別の場所に向けられる事となった。

 

「…あんた、どうやってそんなのができるようになったの」

「さぁな、俺からすればこれが普通だったからな」

「普通、あれが普通?」

 

 ぬえは信じられない思いだった。

 自在に矢を調達し、相手の技を見切り、それを矢代わりにするのも。

 弓をまるで、棒術のように動かすのも、全てが異端だった。

 だからこそ、それを普通のことだと、そう言い切った頼政に、得体の知れないものを覚える。

 

「産まれた時、母の腕に抱かれた時から既に、俺の周りにはあれがあった。…手に取って、それの重さを初めて知った時から、ずっとそれも共に生きてきた。」

「…………」

「矢を放ち、鳥を、落とし。…時には人を"撃"った」

「人を?」

「そうだ、それが戦だからだ」

 

 その時。

 初めてぬえに、頼政は表情が変わった所を見せた。

 何かを堪えるような、暗い表情だった。

 

「肉が裂ける所を見た。骨が砕ける音を聞いた。…だがそれ以上に、それをかき消す程の、怨嗟の声が、今も耳に残り続けている」

「………」

「死にたくなかった。俺は必死に戦った、相手を一撃で仕留めなければ、逆にこちらがやられる。先に殺さなければ、俺の仲間が代わりに死ぬのだ」

 

 ぬえは、人間の戦を知らない。

 だが、戦を語る頼政の顔を見て、それがとても恐ろしく、何も楽しくない、悲しい出来事なのだということを、薄らと感じていた。

 

「その道中、ある町を通り過ぎる事となった。…そこには既に、敵軍が潜んでいた。奇襲だ」

「仲間が沢山いたの?」

「いや、いなかったよ、たった数人だけだった」

 

 だが。

 そう付け加えて、頼政は続ける。

 

「町の人間は、何も知らなかった。俺たちの軍と、向こうの軍を挟んで、一方的に矢を放ち続けた」

「…仲間割れってこと?」

「いや、もっと酷い。向こうは知っていたのだ。何も関係の無い一般人を巻き込めば、必然的に攻撃が鈍ると」

 

 戦った。

 それでも、頼政は自分たちが生きる為に、死なない為に戦ったのだと。

 ぬえの顔を見ることなく、強く拳を握り締めて、虚空を見つめながら。

 

「…俺は、その時に子供を殺した。何も知らない、戦に関係ない…小さな、小さな女子だ」

「……っ」

「俺たちは生き残った。沢山殺して、殺して殺して……それで、緊張が解けて、血と臓物の上でようやく息を吸って、その腐臭を飲み込んでからだ。……俺は生きているのだと、そう実感できたのが」

 

 生き延びた。

 死ななかった。…だというのに。

 その現実が、血に塗れた醜悪な自分が、頼政は嫌になった。

 

「勿論、私は力を持っている。仮にまた戦が起これば、犠牲を増やさない為に弓を引くだろう。…だが絶対に、もう……」

 

 強く握り締めた拳を、ゆっくりと開く。

 震える手だ。

 自分と対峙していた時、あれだけ強く、恐ろしいと感じていた男が、初めて見せる弱点。

 頼政は、血に濡れた己の手を幻視して、絞り出すように、一言。

 

「もう、絶対に子供は殺さないと、そう決めたのだ」

 

 ぬえの心には、もう、先程までの怒りはなく。

 代わりに、湧いた感情は――




 前回の話をちょっと修正しました(別の下書きを掲載していたのですっぽり最後の方が抜けちゃってた)。
 2000文字程加筆したのでよろしければ。

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