【本編完結】諏訪子様になった、負け戦を回避したい   作:洩矢廻戦

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 新作のエアライダーが本当に楽しみ。


113話.賢者アンノウン―間章―

 呪いは廻り、命は運ばれ、そしてまた運ばれていく。

 

 生あるものが息を吸い、糧を食らい、他者の命を奪う。

 奪われた側は血の塗れた怨嗟を遺し、遺された者がまたその憎悪を拾い上げて刃を研ぎ直す。そんな巡り巡る殺伐とした因果の輪から、生きとし生けるものが逃れられた試しなど一度として存在しなかった。

 

 殺さねば奪われ、奪わねば滅びる。そしていつかは必ず『忘れられる』。

 それはこの世界における絶対の理であり、この地上に生きる人間にとっても、妖怪にとっても、あるいは神々に至るまで抗いようのない、『そういうもの』として諦受されてきた冷酷な現実。

 だが、その残酷な諦念を拒絶し、歪んだ輪から抜け出そうと抗い続ける者がいる。

 

「『巫女』」

 

 豪華絢爛な装飾が施された静謐な室内に、鈴を転がすような、しかしどこか底知れない冷たさを孕んだ声が静かに響いた。

 重厚な紫の衣を纏った大妖怪、八雲紫は美しく象られた扇をゆっくりと開き、己の口元を隠しながら、闇の深みを見つめている。

 

「そして『結界』」

 

 紫の呟きは、夜の冷気に溶け込むようにして部屋の隅々にまで広がっていった。

 妖怪と人間。決して相容れぬ二つの種族を、ひとつの世界に平等に閉じ込め、永遠に等しい平穏を模索するための舞台。

 それを創り上げるためには、一匹の大妖怪がいくら絶大な力と智慧を振るったところで、根本的な基盤を築くことなど不可能であった。

 

 どれほど強大な威厳を誇ろうとも、妖怪も神々も歳月とともに朽ちていく。

 同じく儚くも弱い『人間』という種族の営みと釣り合いを取ることができない。

 

 そして、たとえ大妖怪と称される、境界を操る唯一無二の存在として恐れられる紫であっても、彼女はどこまでも『個』でしかない。

 どこまでいっても、ただの『スキマ妖怪』という一つの妖怪に過ぎないのだ。

 地獄の閻魔でもなければ、天上の理を統べる仙人でもなく、果ては信仰を集める神でもない。全知全照に程遠い一匹の化け物にできることなど、どれほど策を巡らせたところで限られている。

 

 だからこそ、絶対的な中立として間に立つ『人間』の『巫女』が必要不可欠であった。

 

 妖怪を正しく恐れつつも、決して私情で滅ぼし尽くすことなく、人外の圧倒的な暴力から人々を救済する象徴。

 人間たちにとっては縋るべき唯一の『希望』であり、妖怪たちにとっては超えてはならない『秩序の壁』となる存在。

 

 変わる。代わる。

 

 決して永遠を生きることができない、その儚い命を繰り返す人間だからこそ。

 これから生まれ出でる『楽園』に、絶えることのない完璧な『調和』を与える事ができる。

 

「――紫様」

 

 背後から、衣が擦れるかすかな音とともに、透き通った声が差し挟まれた。

 黄金の毛並みを誇る九本の尾を優雅に揺らし、深々と頭を垂れている従者は続ける。

 

「先ほど、例の巫女からの報告が届きました」

「あの子はなんて?」

 

 紫は扇の影から、うっすらと細められた紫水晶の瞳を覗かせた。

 

「『結界の基礎はできた。残りはそっちの仕事でしょ』――とだけ」

「そ、流石ね」

 

 紫の唇が、満足気に吊り上がった。

 懸念していた不確定要素は全て排除され、描いていた計画の幾重もの歯車が狂いなく噛み合って回り始めている。

 その確信が、普段は決して真意を覗かせない大妖怪の美貌に小さな笑みの綻びをもたらしていた。

 

「残るは『箱庭』――」

 

 楽園の完成に必要な、最後の一欠片。

 紫は視線を窓の外、果てしない暗闇が広がる夜空へと向けた。

 

「いいえ、『空白の基盤』とも呼ぶべきかしらね」

 

 呟かれた言葉の裏には、冷徹なまでの現実的な計算が隠されていた。

 

 人間という種族は、本質的に強い。

 個々の人間を見れば、彼らは爪も牙も持たず、戦う術すら知らぬ無力な存在に過ぎない。精々が己の命と明日の糧を守るための最低限の足掻きしかできぬ生き物だ。

 特別な『程度』の力を宿した巫女や陰陽師などは、全体から見ればごく一握りの異端に過ぎない。

 しかし、人間が真に恐ろしいのは『個』としてではなく、『群』としてまとまった時である。

 原初の時代、人間は暗闇の中で火を知り、その熱の使い方を学び、道具を作り、世界を自らの都合の良いように塗り替えていった。

 神秘が地上に満ち溢れ、異能がほんの僅かな選ばれし者にしか与えられなかった古の時代に比べて、世界はどう変化しただろう。

 科学と理性が芽生え始めたこの列島において、神秘を素直に信じ、畏れ敬う者の数がどれほど減少し続けているだろう。

 

「藍」

「はっ」

 

 夜空にぽっかりと開いた大きな孔のように輝く、冷たい月。

 それを見上げながら、紫は従者に静かに問いかけた。

 

「まだ接触していない勢力は?」

刳哭(くれなき)山に潜む、数個の天狗による軍勢。それ以外の主要な天狗の派閥は既にこちらの手中に収め、懐柔済みです」

「なら、彼らが今最も欲しているものは何?」

「銀などの財宝。もしくは、地上では手に入らぬ高価な織物や工芸品でしょう。彼らは天狗の種族の中でも特に、人間のような浅ましい物欲と名誉欲を抱えておりますので」

「なら簡単ね」

 

 紫はフッと鼻で笑った。

 己の真の目的を果たすためならば、月に侵攻させる妖怪の数は多ければ多いほど都合がよかった。

 何より、月人が保有する戦力の異常さは数百年前に起きた『四凶』の動乱の背景から、もう既に紫の頭の中に克明に叩き込まれている。

 地上の人間たちが漸く手にし始めた『科学』という名の知恵。それを遥か古代においてすでに完成させ、神秘を徹底的に否定する絶対的な攻撃力を有しながら、彼ら月人自身は一切の『穢れ』を持たない純粋な存在であるという理不尽。

 地上ではもはや見ることの叶わない最大の神秘の体現者でありながら、科学の尖兵でもあるという歪んだ上位者たち。

 どこまでも腹立たしい話ではあるが、それが『月』という魔境における絶対の常識なのだ。

 紫は扇をゆるやかに振るいながら言葉を続ける。

 

「次の満月の夜、湖のほとりに彼らを集めさせなさい」

「…………いよいよ、ですか」

「えぇ。まったく……ここまでこぎ着けるのに、随分と長い時間を費やしたわねぇ」

 

 『月を攻める』という壮大な大義名分を掲げ、地上の妖怪たちを一致団結させる。

 口で言うのは容易いが、それがどれほど血の滲むような策略と欺瞞の積み重ねであったか。この今日という日まで、地道な裏工作と下準備を続けてきたのは、藍ひとりではない。

 時には紫自身が闇に紛れて妖怪の長たちと直接交渉し、時には言葉巧みに彼らを唆し、手先となった妖怪たちに偽りの野心を植え付けて交渉に赴かせた。

 そうして鼠算式に味方の数は膨れ上がり、最初はたった数匹の野心に満ちた妖怪から始まった企みは、今では数万を超す巨大な軍勢へと膨れ上がっていたのだ。

 

「どうやら、今も月人の一部が地上に潜伏しているようだし……彼らは最高の『餌』になるわね。とことん利用させてもらうわ」

「……しかし、彼らはなぜ未だに地上などに留まっているのでしょうか」

「今も逃げ出した『かぐや姫』を捜索しているのでしょうね。まったく、勤勉で仕事熱心なことだわ」

 

 紫は可笑しそうに肩を揺すった。

 もっとも、その愚直な仕事熱心さのおかげで、地上の妖怪たちを奮い立たせる完璧な『餌』が手に入るのだから、こちらとしては感謝こそすれ文句の付けようもない。

 

「それにどうやら、地上に残っている『玉兎』は戦闘員ではないようですし……まったく、我ながら運がいいわね」

「銃……の存在を危惧してのことですか?」

「えぇ。当然の話だけれど、鬼や大天狗のような格の違う妖怪にとって、そんな近代火器など大した脅威ではないわ。巫女の放つ霊符の方がよほど身体に効くでしょうね。けれど……木端の弱小な妖怪たちからすれば……」

「……なるほど。ひとたまりもない、ということですね」

 

 藍は深く頷いた。

 紫が求めているのは、小賢しい戦術や不安要素を一切排除した、完全に使い潰すための『無知な駒』である。

 大妖怪の甘言に簡単に踊らされる愚かな道化も、紫を警戒しながらも退路を断たれて従うほかなくなった者たちも。彼らは等しく、等価の捨て駒に過ぎない。

 所遣、最終的には全て死に絶える運命にある彼らではあるが、せっかくかき集めた『数の暴力』が、月人の持ち出した未知の兵器によって戦う前に一方的に消し飛ばされてしまっては、作戦の進行上極めて都合が悪いのだ。

 極論を言えば、早い段階で殺されるか、遅い段階で殺されるかの違いでしかない。

 

 要するに、月人や玉兎が扱う兵器はあまりにも足切り性能が高すぎること。それが唯一の懸念材料であった。

 

 どうせ『戦争』が始まってしまえば、彼ら数万の妖怪はことごとく月人の圧倒的な防衛網によって殺戮される。

 地上の妖怪と、月の都が誇る絶対的な戦力差。その残酷なまでの乖離を、八雲紫という賢者が理解していない筈もない。

 

「『餌』は十分に揃ったわ。あとは彼らの浅ましい本能を刺激して、戦場へ叩き込むだけね」

「……………」

 

 美しき『幻想の戦い』――などという響きの良い言葉。

 それがどれほど酷薄な欺瞞と血塗られた嘘の上に成り立っているか。自分たちの本当の狙いを知る者は、この世界において。

 

「全く、お前も昔より悪くなったものだ」

 

 その時、不意に室内の何もない壁の表面から、歪んだ『()()』が滑り出すように出現し、擦れたあざ笑うような声が響いた。

 彼女こそ、紫と藍に続く、この恐ろしい謀略の唯一の理解者であり共犯者。

 紫はその声がした方向へ振り返りもせず、扇を優雅に揺らしながら答えた。

 

「別に。私はただ極めて合理的に物事が運ぶよう整えているだけよ」

「妖怪の賢者などと持て囃されているお前が、この『月面戦争』の裏で本当は何を企んでいるか……それを知ったらあの愚か者どもはどんな顔をするだろうな?ははっ、想像するだけでも傑作だ」

「……」

 

 突如割り込んできた存在は、己が敬愛する主である紫とほぼ同格の威光を放つ絶対者。

 従者としての弁えを熟知している藍は、静かに視線を足元へと落とし、息を殺して自らの気配を限りなく無へと沈めた。

 肯定したくはないものの、藍の胸中にも複雑な思いが渦巻いていた。

 もしも、自分たちが隠し持っている『本当の狙い』が彼らに露呈してしまったら。

 目先の財宝や名誉で釣られた妖怪たちが、自分たちが単なる肉の壁として死地へ送り込まれることに気づいてしまったら。

 

「天狗どもはまだ分かりやすい。何せ天魔に近い高潔な一部を除けば、ほとんどが浅ましく強欲な性根で溢れかえっているからな。言葉で言いくるめるのも造作ないだろう」

 

 後戸の向こうから、秘神の冷ややかな視線が紫を刺す。

 

「……愚かなものだな。自分たちが見下している人間と、まったく同じ哀れな形で同胞が滅び去っていくことに、誰ひとりとして気づけぬとは」

 

 節操もなく、数多の信仰を()()()()()()ことで存在を維持している彼女にとって、民の物欲や顕示欲、そして群れたがる浅ましい欲望など、見飽きた他人の愚行に過ぎないのだろう。

 嘲笑を交えながら、彼女は言葉を続けた。

 

「だが、私が特に驚いたのは鬼だ。――あの高潔で誇り高い山の四天王が、まさか月に喧嘩を売る我らの企みに加担するとはな。一体どんな手を使ってあの頭の固い連中を交わした?」

「隠岐奈」

 

 紫の低い声が、その声の主――摩多羅隠岐奈の軽薄な口調を遮った。

 

「……分かっているとも。あいつらは無駄に勘が鋭いからな。それに、元より直接顔を合わせる機会など皆無に近かった。それは今も変わらんよ。余計な勘ぐりをされないよう、これからも最低限の距離は保ち続けるさ」

「ならいいわ」

「ふむ。では私はこれで引き上げるとしよう……あ、そっちこそ途中でボロを出してしくじるなよ」

 

 捨て台詞のようにそう残すと、隠岐奈は『後戸』と共に跡形もなく姿を消した。

 再び、静まり返った豪華な室内に残されたのは、紫と藍のふたりだけ。

 

「『箱庭』……」

 

 紫の思考は、再び物語の原点へと回帰する。

 

「藍。あなたの精密な予測からして、現在の仮結界の規模で、一体どれほどの人間を維持・許容できるかしら?」

「巫女による結界の基盤維持……その負担を考慮から外し、単純な空間の耐久値だけで見れば、最低でも二百と少しといったところでしょうか」

「じゃあ、そこに妖怪を加えると?妖怪に向けられる人間の『畏怖』の量、そして生命と呪いの循環の歪みまで加算した場合は?」

「……………」

 

 静寂が室内を支配した。時間にして、わずか五秒足らず。

 しかしその一瞬の間に、藍の頭脳の中では数百億段階にも及ぶ超高次な結界術の膨大な計算式が構築され、目まぐるしく処理されていった。

 思考を完結させた藍は静かに、しかし残酷な数値を口にした。

 

「……………人間が百数名。妖怪は、その倍程度が限界です」

「そう。ならやっぱり……私たちの導き出した答えは変わらないわね」

「はい。今のままでは、地上の神秘は()()()()()

 

 バチンッ!

 強い力を込めて、紫は広げていた扇を勢いよく畳んだ。硬質で乾いた音が、静寂を切り裂いて部屋に響き渡る。

 

()()()()()

 

 一瞬の沈黙を置き、紫は静かに、揺るぎない声で宣言した。

 

「私たちの答えも、目指す目的も、最初から何一つ変わっていない」

「はっ」

「『人間の未来のため』……『妖怪たちの生き残りのため』……そんな都合の良い綺麗事で自分を飾るつもりは今更ないけれど。……それでも、私はこの苛酷な道を選択する」

「――――」

「藍。あなたはこの先も、私についてきてくれるかしら?」

「今更な問いですね、紫様。私の命も魂も、とうに紫様のものなのですから」

 

 ――()()()

 近い将来。地上の妖怪はもちろんのこと、信仰を集める神々を含め、この地上に存在するあらゆる『神秘』は人間の科学と理性によって徹底的に否定され、やがて世界は『人間』だけのものへと変貌していくだろう。

 紫が未来予知にも等しい洞察力で導き出したその結論は、今の時代で他人に語れば、ただの狂人の妄言として一蹴されるに違いない。

 今はまだ神秘の全盛期であり、京には高名な陰陽師がのさばり、何より『異能』を宿した人間たちが圧倒的な繁栄を誇る『諏訪大国』が列島の頂点に君臨している。

 世の絶頂そのものを体現する大国が、今なお衰えを知らずに発展し続けているというのに、なぜ近い将来に『妖怪』どころか『神』の存在まで消滅してしまうなどと信じられようか。

 

 ありえない。

 人間が、自分たち『妖怪』の存在を忘れるなど、ありえはしないのだ。

 

 そう高を括り、永遠の繁栄を疑わない愚者たちが大半を占める現代において。

 紫をはじめとする、ごく僅かな最上位の智者たちだけが、冷徹にその先の時代の終わりを見据えていた。

 ――今は、丑三つ時。

 

「繋ぎの時が、来ましたわ」

 

 人間は勿論のこと、夜の蠢きを誇る妖すらも活動を停止する、深い漆黒の帳が世界を覆い尽くした刻限に、再び。

 

「……始めるわ」

 

 八雲紫は、美しくも酷薄な笑みをその唇に浮かべた。

 その紫水晶の瞳が妖しく見据える先は――夜空の深淵に浮かぶ、冷酷なる真白き月。

 

「第一次月面戦争を」

 

 美しき幻想(妖怪)たちの、血塗られた戦いが幕を開けるまで、残された時間はあと僅かだった。




 「なんで紫さんは月面戦争なんかしたんだろう?」に対する答え…
 というより作者の考察は「多分幻想郷に呼ぶ妖怪の選別(間引き)なんじゃね?」です。
 なので月人さんを存分に利用する気の紫さん、尚この世界では超絶強化された依姫さんが待ち受けているので………


 あと、アンケートの希望通りR18verも書きました。時間を確保でき次第、少しずつこっちの続きも書いていきます。
https://syosetu.org/novel/372369/

投稿時間は何時がいいか

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