【本編完結】諏訪子様になった、負け戦を回避したい   作:洩矢廻戦

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 もうすぐで9評価バーが一周しそうなのでがんばるぞい。
 誤字報告いつも助かってます。


117話.記憶の欠片

 時代の変化。

 長くこの地上を歩き、そして見てきたからこそ、それの『予兆』とやらは鋭敏に察知できた。

 時代のうねり、人々の価値観やそれまでの常識が、文字通り一変する機会。

 

 八意永琳は、数え切れない程にそれを見た。

 

 政争、紛争。

 地上の人間が作る数多の荒事は、今も尚『逃走』を続ける自分たちには何の関係もない、心底どうでもいい事だから。

 人の目を掻い潜り、旅をする。

 本来であればかなり目立つであろう、永琳の銀の髪色や服装も、今という、『異能』が受け入れられた時代であれば、人々はほとんど反応を見せない。

 一目見て、「そういうものだ」と自分で納得し、そのまま視線と意識を元に戻す。

 永琳にとっては、それが非常に好都合でありながら、同時に形容し難い、一抹の不安を煽らせる。

 

 ――あくまでも、『常識』に統合されたのは人間の異能。

 

 妖怪。

 かつて永琳を含めた、月人が地上に居を構えていた遥か古代。

 地上を席捲した穢れの象徴。

 恐れ、忌み、嫌われ。

 ある意味で最も、月人が求める『永遠』に近かったモノ。

 それが今や、もはや以前の勢いなど、どこにも――

 

「…………こんな場所があったとは」

 

 永琳は今、竹林にいる。

 夕日が沈み、魔の潜む夜の暗闇、その帳を下ろす時間。

 己の優れた五感が、以前であればすぐに察知した腐臭の数々。

 妖怪の持つ独特の気配が、今では一つも感じ取れず、姿も見当たらない。

 

 ――ここまで。

 

 ここまで妖怪は、人々の興味を失ったというのか。

 

「……………………」

 

 一学者として、妖怪の生態に関する論文は読んだ。

 『月の頭脳』とまで称された、己の学習能力の高さは誇りの一つだが、こういった場合においては、逆にそれが仇ともなり得る。

 今までに見たことのない、完全な異常事態(イレギュラー)

 

 それは、妖怪への畏怖が薄れた今の時代に対するものか?

 それとも、長く、永く生き続けたが故の、『気のせい』によるものか?

 

 ――その答えは、目の前にいた。

 

「こりゃ、珍しいお客が来たもんだ」

 

 垂れ下がった兎耳。

 自分の身長の半分か、もしくはそれ未満の少女。

 

 だが、人外。

 

 その顔には自分と同じ、決して『少女』の枠に囚われることのない。

 老獪さすら宿る、侮れぬ者の瞳がある。

 下手をすれば、食われるのはこちらの方。

 少女の()()()()()()()――()()()()()()()()()()()()()()に、永琳は表情を引き締めた。

 問うのは一つ。

 

「…あなたはここの住民?」

「まぁね、ここはいいとこさ」

 

 警戒心。

 それの探り合いは、最初に目が合った時点でもう終えた。

 互いに、『それなりに』長く生きた存在であることは、一目見た時にもう分かる。

 腹の、それこそ上辺の探り合いなど、若い者同士でやっていればいい。

 ここは率直に、そして『無駄』を挟まずに行くべきだ。

 そう、永琳は察した。

 

「…………………」

 

 住居。

 一瞬、今も尚、終わりを見据えることのできない逃亡生活。

 それを中断させられる、仮の『終わり』を幻視した。

 視線を下に。

 

「ま、私はここの竹林の主だからね」

 

 彼女は、こちらではなく。

 背中に隠した右手を、見据えるように。

 

「…そう警戒しなくてもいいのに」

 

 背後で携えた弓。

 

()()()()のは、あんたの仲間?」

「――――」

 

 それを持つ手が、自然と強く握られた。

 

「…………」

 

 永琳は元々、仮の住居を探している所だった。

 この竹林に入り、そしてしばらく歩いた場所にあった、()()()()()

 この兎耳の少女が言っているのは、間違いなくそこで待機を命じた、自分にとって、この世で最も大切な存在である――輝夜のことを言っているのだろう。

 警戒を解いたつもりはない。

 人のいない家屋とはいえ、普段通り警戒はした。

 あの時周りからは、一切の視線は感じなかった。それは間違いない。

 だが、少女はどういう理由か、自分の気配感知を掻い潜り…自分たちの事を観察していた。

 この少女はそう、暗に告げているのだ。

 警戒。

 

「…――」

 

 それは、すぐにこれを『好機』と見る、己の『賭け』に変わった。

 

「ここに竹林は、特殊な地形をしていると聞いたわ」

「へぇ、今時ここを知ってる人間がいるとはね?」

「今はいないわ。それを私が聞いたのは、最低でも二百年は前だもの」

「…………」

 

 質問はない。

 代わりに、静観を続ける少女に、己の情報を開示する。

 

「詳細は()()言えないけど、私たちはある者から逃げ続けている。…その休憩場所として、ここを選んだの」

「へぇ、じゃあ偶然か」

「えぇ、偶然」

 

 たとえ、蓬莱人としての『再生』があろうとも、精神の疲労は決して無視できぬもの。

 走れば筋肉は疲れるし、胸も苦しくなる。

 蓬莱人の肉体がそれをなかったことにしても――『疲れた』という記憶は魂に刻まれる。

 肉体と精神は別々で、月人だろうが地上人だろうが、そこに違いは存在しない。

 だからこそ永琳は、終わりのない逃亡生活で精神が摩耗しないように。

 自分自身も、そして輝夜も労わって、適度な休息を挟んで生きてきた。

 

 巡り。廻り。回り。

 

 そう、何度も何度も繰り返し続け。

 穢れた地上を、人間と人外が互いに憎み、呪い合う世界を。

 永遠に、月から逃げ続ける為に。

 

「ま、ならこっちも都合がいいか」

 

 深くは聞かない。

 だがあんたからは――間違いのない『得』の香りがする。

 少女は、続けて自分の名が、因幡てゐであると名乗り。

 それに応じて、自分も八意永琳だと、名乗り返した時であった。

 

「まだ仮だけどね、屋敷が一つと()()()()()。…いい加減手入れやら何やらが面倒になってきたんだ、それを代わりにやってくれるってなら。私に異論はない」

「…………外にある家屋とは違うと?」

「あー違う違う、あんなちっこいのと一緒にしないで欲しいね。…立派な一つの『屋敷』さ、掃除も大変でさ」

 

 人間も妖怪も関係なく。

 『術』や『能力』関係なく、純粋な地形の力で迷わせる秘境。

 何より――竹。

 こんなにも、『彼女』に似合う場所はないだろうと、そう永琳は確信した。

 ここなら、きっと自分たちに釣り合うだろう。

 

「でも、それだけじゃ釣り合わないわね」

「へぇ?」

「私たちの方がよ。あなたは私たちに住居を与える。――なら、私たちはあなたに何をすればいい?」

 

 等価交換。

 交渉の基本中の基本である、認識の擦り合わせ。

 "縛り"ほど厳粛で、そしてややこしいものではないものの、それでも、永琳は抜かりなどない。

 だが、てゐの態度は変わらなかった。

 

「いらないっての。生憎、もう私は満たされてるからね」

「……………………」

 

 永琳は『拒否』の沈黙を貫いた。

 当然だろう、甘い話には裏が存在するか、もしくは、後から帳尻を合わせるように悪い『何か』が起こる。

 てゐも、それを分かっているのか。

 

「納得してないって顔だね?」

 

 困ったように、少し笑ってから。

 

「ならしょうがないか、ええと……ちょっと待て考える」

「…………」

「――そうだ。ならうちのイナバたち…部下の兎だけど、そいつらにちょっと『知恵』を与えてやってくれ」

 

 ――それなら、いいだろう。

 今度は『拒否』の沈黙ではなく、『受諾』の意味での沈黙で返す。

 外野からしてみれば、どんな会話かと首をかしげるものだろう。

 しかし、取引を交わす当人同士で、無駄な言葉はいらなかった。

 

「――取引成立。ってことでいいかしら?」

「あんたが言うならそうだろうさ。"縛り"でも結ぶ?」

「……そうね、ならもう一度」

「①屋敷の所有権の委託と、『八意永琳』とそれに属する者の情報秘匿。②その対価として、イナバに教育を施す。――これでいい?」

「えぇ。――契約成立」

 

 互いに合意を示し。

 そうして互いに、互いの手を握ることでようやく、『他者間の"縛り"』が施される。

 決して目で見えない、言葉による"呪縛"が身体にまとわりつく感覚。

 何度経験しても、これは慣れないものだと、永琳は感じて。

 

「それで、あなたとはこれで協力関係になった訳だけど」

「ん?」

 

 永琳の興味は、別にある。

 それは当然、この『弱さ』を微塵も感じさせない兎妖怪の真名。

 そこから推測できる過去。――因幡の白兎伝説、そして与えられた祝福。

 妖怪でありながら、神聖そのものを背負う彼女に不釣り合いな――凄まじい瘴気の気配。

 

 似たようなもので、この大陸に現存する九尾の狐。

 八雲藍が存在する。

 

 彼女は永琳を知らないし、容姿どころか名前も知らないだろう。

 永琳もまた、彼女とそう親しい訳ではないし、会話なんてしたこともない。

 だが一度だけ、長い逃亡生活の中で『それ』を見た。

 

 それは、主と従者という『繋がり』がもたらすもの。

 八雲藍の場合は、八雲紫の持つスキマの気配で。

 

 ――では、因幡てゐの『これ』は一体、何だというのか。

 

「あなた、()()()()()?」

「………………」

 

 永琳の予想に反し。

 てゐはすぐに答えた。

 

「ダイコク様もびっくりな、こわいこわーい神様さ」

 

 まるで、自慢でもするかのような。

 そんな、悪戯な笑みだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ここに来るまでの間に、一体何人と出会っただろう。

 道を尋ね、時には家に泊まらせてもらって。

 そうやってできたいくつもの縁、それは一体、『今』はどれだけ残っているというのか。

 何人が、まだ生きている?

 

 巡り。廻り。回り。

 

 夜明けを待ち。

 朝日を出迎え。

 歩き、逃げて、ずっと繰り返し。

 

 巡り。廻り。回り。

 

 出会い。

 別れ。出会い…別れ。

 得ては失い、失っては得て。

 禍福は糾える縄の如し、そんな言葉の通りに、たくさんの困難と幸福が訪れて。

 

 巡り。廻り。回り。

 

 ――そうして、何人を置いてけぼりにしたのか。

 抗うことなどできない、命の終わり。

 寿命。

 月人が『穢れ』と忌避する概念、地上に生きる全ての者が持つそれ。

 命を育み、次に継承する輪廻は、正に限られた時間しか持たない生命だからこその、美しい輝きと言えるだろう。

 

 なら、自分は?

 

 空を見れば、現在(いま)も変わらず、そこには巨大な月はある。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「………………」

 

 巡り。廻り。回り。

 巡り。廻り。回り。

 巡り巡り巡り巡り。廻り廻り廻り廻り廻り廻り。回り回り回り…

 

 この繰り返しは、いつ終わる?

 

 ()()()()()()()()

 ()()()()()()()()()()には。

 この『退屈』を、埋める術はないというのか――?

 

「………………」

 

 ()()は月を見上げる。

 相変わらず、忌々しく思える程に白く、当たり前に輝く月。

 だが唯一、この地上で不変な個である()()()()

 不老長寿を謳おうが、永久不変を名乗ろうが、真の意味で『不死』ではない自分たち。

 それとは比べるに値しないモノが、この地上には溢れている。

 

 ――退屈。

 

 そう、退屈なのだ。

 この世に蔓延る『有象無象』は所詮、自分という『永遠』には程遠い。

 あまりにも、吐き気すら覚える退屈という名の毒を、中和できる『何か』がない。

 

 永遠に遊べる、都合の良い遊び道具――

 

 彼女は考える。

 自分にとって、唯一の『家族』とも呼べる者とはまた別の。

 退屈させない、自分を永遠に想う『何か』がないものか――

 

「……………………」

 

 寂しくはない。

 辛くはない、家族がいるとはそういうことで、しかしだからこそ、『家族』では埋められない『退屈』の渇き、その苦痛に苛まれる。

 この世界で真に、『永遠』を生きる()()

 いいや、そういえば――と、そこで思考が加速する。

 

「…………まだ、あったわね」

 

 己を地上に落とす要因となった。

 『罪人』の称号を己に擦り付けた、他ならぬあの『禁薬』が。

 そういえば、まだ地上には残っていた筈――

 

あの人()はきっと、あれを飲むことはないでしょう」

 

 ほんの少しの寂しさ――

 それから目を背けて、まだ星々が輝く夜の中。

 静かに、一人。

 蓬莱山輝夜は立ち上がった。

 

「となると、候補者は限られるわね」

 

 新たな好奇。

 己の『永遠』に釣り合う、『退屈』を埋めるモノを求めて。

 月の姫は、妖の蔓延る夜を歩き出す。

 

 

 

 

 それからしばらくして。

 

 

 

 

 家屋には書き置きが一つ。

 当然、家屋の中には、永琳たち以外誰もいない。

 

『ちょっと友達を探してきます』

「姫!!??」

 

 しかもそれは、無駄に文字が綺麗で、かつて昔、時の帝に送ったものと、達筆さはそう変わらない。

 いや、冷静に考えれば。

 それはそうだろう、むしろ誇らしいだろう。そうだそうに決まっている。

 月にいた時から、他ならぬ自分が彼女を教育してきたのだから――

 

「おい、しっかりしろ」

 

 思考が脱線した永琳の腰を、てゐが軽く叩く。

 家屋で「ここにいて」と言っておいたのに、いざ帰ってみれば誰もいない。

 ――まさか、あの子にも反抗期が…!?

 

「おい、だからしっかりしなさいってば」

 

 再び、てゐが腰を叩いた。

 そんなやり取りが三回ほど繰り返され、てゐの顔に苛立ちが浮かび始めた頃。

 ようやく正気を取り戻した永琳が、馬もかくやと疾走し、夜の闇を切り裂いていく。

 輝夜が『散歩』をして、十分が過ぎた頃である。

 

 

 

 


 

 

 

 

 この時代に至るまで、一体何人と出会っただろう。

 道を尋ね、時には家に泊まらせてもらって。

 そうやってできたいくつもの縁、それは一体、『今』はどれだけ残っているというのか。

 ――どうだったか。

 何人が、まだ生きている?

 

 巡り。廻り。回り。

 

 夜明けを彼女と共に待ち。

 朝日を出迎え、彼女の顔を見る。

 彼女と歩き、彼女と共に、それをずっと繰り返し。

 

 巡り。廻り。回り。

 

 誰かと出会い。

 別れ。出会い…別れ。

 得ては失い、失っては得て。

 彼女と共に、たくさんの困難と幸福を経験して。

 

 巡り。廻り。回り。

 

 ――そうして、縁を築いた何人が。

 

「慧音」

「…?うん」

 

 小さな彼女の手を握る。

 『死』の気配なんてない、若々しく柔らかい、少女の肌。

 ――だが、忘れるな。

 抗うことなどできない、命の終わりは、彼女にも等しく訪れる。

 

「………なんでもない」

「……………?」

 

 寿命。

 『禁薬』を口にして、あさましく今も生き続ける自分とは違い。

 彼女を含めた、地上に生きる全ての者が持つ『終わり』の権利。

 命を育み、次に継承する輪廻は、正に限られた時間しか持たない生命だからこその、美しい輝きと言えるだろう。

 

 なら、自分は?

 

 空を見れば、現在(いま)も変わらず、そこには巨大な月はある。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()――

 

「………………」

 

 ()()()()()

 過去にあった確執や執着。

 『終わり』を失った蓬莱人だからこそ、次に見据えた『終わりなき目的』のそれ。

 即ち、かつての『かぐや姫』――だった。

 

 巡り。廻り。回り。

 巡り。廻り。回り。

 巡り巡り巡り巡り。廻り廻り廻り廻り廻り廻り。回り回り回り…

 

 この繰り返しは、いつ終わる?

 その答えを、もう藤原妹紅は見つけていた。

 

「今日は星が綺麗だね」

「…うん」

 

 ――生きた者。

 今も尚、妹紅の脳内に焼き付いて消えない、意志を貫く人の強さ。

 それを魅せた――聖白蓮の姿。

 かつて、都を襲った未曾有の災害も、『四凶』ももう、誰も深く考えない。

 妖怪と人間の関係も、それを変えようとした聖人、それの名前や生涯も、現在を生きる人間は、誰も。

 

 ――そう、妹紅以外。

 

 自分だけが知っている。

 死なない自分だけが、これからも()()()()()()()自分だからこそ、彼女の意思を覚えていられる。

 物が風化し、草木が枯れ。

 人々がその土地からいなくなろうとも、そこにあった『記憶』を、妹紅は継いでいける。

 ――いつまで?

 ――それも結局、時の摩耗で忘れてしまうのではないか?

 

「妹紅」

「…ん?」

 

 最初に出会ってから、もう三十年以上は経った。

 普通なら、彼女はもう『少女』ではなく、『大人』になっているのだろう。

 だが、彼女の身体に流れる血、それの半分は妖怪。

 肉体の成長の遅さ。それに比例せず、彼女は聡明だ。

 もしかしたら、自分よりもう頭がいいかもしれない、そんな子煩悩な親みたいなことを考え。

 

「…どうしたの?」

「……………」

 

 両手で包み込むように、慧音は妹紅の右手を握る。

 子供の体温は、大人と比べて高い方だと、昔聞いたことはあったが、どうやら後天性の半妖でも、それは変わらないらしい。

 

「寂しくないか?」

「…………そりゃあまた、どうして?」

「妹紅が意味もなく宙を見る時は、毎回そういう時だ」

 

 あぁ…感嘆するような息を吐き、妹紅は笑う。

 

 ――本当に、この子は想像を超えて賢いな。

 

 苦しさを感じる程ではないが、さっきから強く、ぎゅうっと自分の右手を握る慧音。

 彼女と視線が合うように、しゃがみ込んでから。

 

「私が、マミゾウについて行かなかったこと?」

「…」

「自分の面倒を見る為に、同じ長寿仲間といられなかったんじゃ…とか思ってる?」

「…うん」

「そっか」

 

 妹紅は優しく、慧音の頭を撫でた。

 

「私のせいで、妹紅の生き方を制限してるなら…って思ったから」

「うん」

「……もしそうなら、嫌だなって」

 

 確かに、妹紅はマミゾウと別れたし、向こうからも、旅を一緒にするか?と提案もされた。

 だが、それを拒んだのは確かに、慧音のことを思ってもあるが、それだけではないのも事実。

 

「もう、私がそんなこと思う訳ないでしょ」

 

 慧音は"天与呪縛"によって、後天的にワーハクタクとなった。

 それが理由で、実の両親からも忌み嫌われ、そして捨てられた。

 満月の時いつだって、慧音は両親から否定された姿に、半獣に変化する度に泣いている。

 それほどまでに、幼少期に刻まれた心の傷は大きく、深い。

 それでも。

 

「だって、私()()好きだし」

「……………………」

 

 妹紅は断言できる。――彼女は、立派な人間なのだと。

 そうして、彼女が満月の度に過去を思い出し、泣く度にそう言って聞かせてやるのだ。

 

「私はさ、元とはいえただの人間だし。色んな事を覚えては忘れちゃう」

「……………」

「慧音みたいに頭が良かったらなー…もっと色んな人の事、覚えていられた」

 

 蓬莱人になった自分、それを恐れる者はいた。

 妬む者も、吐き気のする悪意を孕んだ人間は、それはもうたくさん存在した。

 慧音に魔の手が及びそうになって、なんとか守り、時には逃げて。

 波乱万丈な人生だと、自分でも思う。

 

 それでも、助けてくれる人はいた。

 

 食事を分けてくれる人も、宿を貸してくれる人も。

 自分たちの境遇を聞いて…心の底から悲しんでくれた者もいた。

 時には、たとえお前にとっての刹那でもと――友人になってくれる者も。

 

「鎗田、神崎、あやめに六郎…それに甚さん。…………たっくさんいたね」

 

 誰かと出会っては、別れ。

 別れ。出会い…別れ。――そうして時の摩耗により、記憶は錆びつき、消えていく。

 得ては失い、失っては得て。

 彼女と共に、たくさんの困難と幸福を経験して。

 

「たとえ置いて行かれても、私たちだけが生きることになっても」

 

 人と人の出会い、その繰り返し。

 

 巡り。廻り。回り。

 巡り。廻り。回り。

 巡り巡り巡り巡り。廻り廻り廻り廻り廻り廻り。回り回り回り… 

 

 『死』のない自分は。

 蓬莱人にとってのこれは。

 この繰り返しは、いつ終わる?

 その答えを、妹紅はもう決めている。

 

「――それでも、そこにあった『思い出』は無価値じゃない」

 

 巡り。廻り。回り。

 たとえ忘却の苦しみが待っていようとも、妹紅はずっと『生き続ける』道を選ぶ。

 

 かつて考えた、そこにあった『記憶』を、不死の自分は継いでいけるが。――それも結局、時の摩耗で忘れてしまうのではないか?

 そんな不安は、今も胸の奥で燻り続けている。

 

 何より、今こうして人生を共にしている、上白沢慧音という少女。

 彼女も、いつかは自分の前からいなくなり、そうしていつかは忘れられる。

 その時、自分は耐えられるのだろうか?と。

 

 だが、妹紅は思うのだ。

 ――それでも、いいんだと。

 たとえ忘れられたとしても、忘れられたそのものに――()()()()()()()()()()()()()

 

 価値がないものはない。

 この世に生まれ落ちたモノ、それは役割だとか目的だとか、そんなものに囚われず。

 忘れられようが、永遠にこの世に抑留しようが。

 この世を生きた、小さな記憶の欠片。――それが漂っているだけでいい。

 それだけで、等しく命に価値はある。

 

「私は多分、これからもずっと『生き続ける』よ」

 

 ――永遠に。

 

()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう人間じゃあない癖に」

 

 ――月の輝く、夜の下。

 ――『月の姫』は、嘲笑を隠さずに言う。

 

「随分と、腑抜けた物の考え方じゃない?」

 

 ――意図しない邂逅が、両者に訪れた。




 竹林の屋敷
後の『永遠亭』だが、この世界では屋敷の近くに『洩矢神社』の分社が設置されており、極論諏訪子はいつでもここにワープできるようになっている。
偶に暇な時、ここから一気にてゐの下へ駆けつけて、ウザ絡みをするまでが古代迷いの竹林の一興。


Normal End(妹紅は史実通り輝夜を恨み、殺し合いによる退屈の埋め合わせを選ぶ)
Hard End(白蓮の生き様を見たことで、記憶の欠片を重視する道を選び、『生き続ける』道を選ぶ)

今ここ

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