【本編完結】諏訪子様になった、負け戦を回避したい   作:洩矢廻戦

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 もうすぐ連載二年目…思えばこれ書き始めたの18歳の時だったんですね私(しみじみ)
 あとやっぱり、バトル書くのが一番楽しい。


119話.至る者

 涙が、輝夜の頬を伝った。

 

(むかし)(おとこ)ありけり。』

「?」

 

 その次の瞬間に、何かの一節を口ずさみながら、彼女はこちらに向かって突撃した。

 妹紅は難なくそれを避けて、後方に跳ぶ。

 

(おんな)のえ()まじかりけるを、(とし)()てよばひわたりけるを、かろうじて(ぬすみ)()でて、いと(くら)きに()けり。』

「…??」

 

 輝夜の猛攻は止まらない。

 ただ乱雑に拳を振るい、感情のままに肉体を動かすだけの、あまりにも予測が容易なそれ。

 右へ左へ、まるで風に揺蕩う草木のように。

 妹紅は一度も当たることなく、輝夜の攻撃をいなし続けていた。

 

芥川(あくたがわ)といふ(かわ)()()きければ、(くさ)(うえ)()きたりける(つゆ)を、「かれは(なに)ぞ。」となむ(おとこ)()ひける。』

「何よ?それ」

「私のお気に入り、伊勢物語*1の『芥川』よ」

「…あ~~~そういえばそ…」

 

 ――そういえばそんなのあったけ。

 そう口にするよりも前に、輝夜の拳が、自分の顔面を穿った。

 後退りし、姿勢を正す。

 

「…いって」

 

 痛みはあるが、既に慣れた。

 幸い歯も無事なので、妹紅はそのまま戦闘を続行する。

 その間も、輝夜の語りと猛攻は止まらない。

 

「長い年月をかけて、ずっと欲しかった女をようやく盗み出した彼」

「だから何の話よ」

「女もただで攫われた訳じゃないのでしょう。だって考えてみて?自分を攫った男に対する疑惑より先に、草の上に降りた露に対して『あれは何?』と、気楽に聞ける関係じゃない?」

「いや、そこは解釈の余地ありだけどね」

「私の解釈はこうなのよ!」

 

 技も何もない、武術の「ぶ」の字もなく(つたな)い攻撃。

 本当に少しとはいえ、戦闘経験のある妹紅にとっては、赤子の癇癪にも等しかった。

 それでも、彼女は止まらないし、自分も止めるつもりはない。

 実際、一つ二つと腕が振るわれる度に、速度は上がり続けている。

 ――普通なら、体力の限界が訪れる。

 だがどうやら、今の輝夜は興奮状態、即ち大量のアドレナリンが分泌されていることで、疲労を忘れているようだった。

 その原因は――

 

「『魅力的な女』とは、その一つの答えがこの作品には込められている。特別な何かでもなし、ただの露。それに疑問を抱ける幼子のような無垢な感性」

「…えーっと?」

「魅力って何?学者顔負けの博識な女?それとも太陽のように活発な女?…いいえ違うわ、答えは庇護欲を唆られるか否か、それこそが『芥川』に込められた理想の『女』の一面!」

「………………」

 

 妹紅は意味が分からなくなってきた。

 

「………で?」

「女の魅力はねぇ!博識だとか!無知とかそういうのじゃないのよ!決して!決ッッして!!」

「………………えーと」

 

 なんとなく。

 なんとなく次に来るであろう言葉を、妹紅は察してしまった。

 先ほどからずっと、興奮状態に陥っている原因。

 何より、開戦のきっかけとなった、自分が彼女に向けた言葉は――

 

「言うに事欠いて!私を()()ですって?()()()ですって!?『姫』である私を!?許せなかった…!この私をよくも……!!」

「………………………」

 

 どうやら、あの煽り文句は想像以上に効いていたらしい。

 

「…なんかごめん?」

「言い訳無用ッ!」

 

 殴り、また殴り。

 当然だが、妹紅は輝夜のそれら動きを全て、動体視力と実戦経験からの勘でさばき続けながら、一定の距離を離しながら観察を続けていた。

 人間の肉体の中で、最も筋力が発達しているのは下半身で、足技による相手へのダメージは、当然ながら拳のそれより大きい。

 輝夜も、喧嘩の知識や人体の仕組みには疎いものの、それを本能的に分かっていたのだろう。

 

「ッ――!」

「っとと…」

 

 時折、蹴りを混ぜてくるようになってきた。

 妹紅の不意を突き、腹を狙って炸裂する、右足の蹴り。

 しかし。

 しかしだ。

 

 ――蹴りとは、そう簡単なものではない。

 

 ある意味、拳よりも頭と経験で成り立つ、そんな立派な『戦い方』の一つだ。

 

「危ないなぁ」

 

 妹紅は衝撃こそ受けたが、それだけだ。

 最初に喰らった頬への打撃、今腹に喰らった蹴りは、それよりも威力が小さいし、響かない。

 きっと妹紅の腹には、痣の一つもないだろう。

 それ程に、『重み』のない軽い技。

 

「はぁ…はぁ……」

 

 何より輝夜自身、慣れない体勢の攻撃によって、先ほどまでの勢いを失ってしまうという、本末転倒な在り方だ。

 輝夜は肩で息をしていて、完全に体力を消失させている。

 先ほどまでの、妹紅に息を吸う隙も与えなかった連続攻撃。あれの方が、妹紅からすれば非常に厄介だったというのに。

 

 かつて『陰陽師』として、短いとはいえ活躍した妹紅。

 蓬莱の薬を服用するよりも前、本当に基礎中の基礎とはいえ、身体を作った差。

 

 それが、何度も何度も、殴り続ける輝夜の拳、それが赤黒く変色し、次第に力が弱まっていく事で、ようやく露わになっていった。

 

「………やめよ」

 

 未だ、荒れたままの息遣い。

 輝夜は先ほどまでの、濁流のような感情の吐露を抑えていた。

 

「つい頭がカッとなっちゃった。私らしくないわ」

「…まだ続けんの?」

「ははっ…()()が、まだ間違いだって気づけない?」

 

 妹紅は一瞬だけ、訝し気な表情をした。

 ――その一瞬で済んだのは。

 

「『続ける』ですって?――何の意味があるのよ、私たちに」

 

 輝夜は、妹紅が声をかけるよりも前に。

 まるで花でも摘むかのような動作で、己の喉を右手で掴み。

 

 そして、握力で握り潰した。

 

 肉が抉れて、血が噴き出す間。

 その間も輝夜は、右手を止めることなく、そのまま抉った喉の更に奥に侵入し、もう一度『何か』を掴む。

 その直後に、()()()()()()()

 

 ――頸椎。

 己の首の骨、それを輝夜は()()()()()()()、ねじ切った。

 

 輝夜は、喉に走る激痛と、逆流する大量の出血は当然。

 肺に血が溜まっていく、そんな不快感の数々に、何の反応も示さず。

 無表情に、自分の首を潰し、自分を殺す。

 ――凄惨な、()()()自殺だった。

 

「………………………」

 

 輝夜はそのまま倒れる。

 地面を血が汚し、抉った肉の破片が、辺りに散乱する。

 だが。

 

「………………――あ~すっきり」

 

 輝夜が『死体』であったのは一瞬。

 たった数秒で、月光のような淡い光を纏うと同時に、輝夜の喉が再生する。

 喉のほとんどの肉、そして頸椎の損傷によって、()げかけた頭も、以前と全く変わらない。

 

 呼吸も落ち着き。

 体力も全快。

 

 文字通りの、最初からのやり直し。

 

「頭も冷えたし。ふりだしに戻る、ってね」

 

 新しい肉体。

 そこには当然、先ほどまでの戦闘、それによる疲労や損傷はどこにもない。

 妹紅の身体を殴る度、逆に痛めていた柔らかい拳も。

 慣れない蹴りで、僅かに関節を痛めた足も。

 全部、なかったことに。

 

「………………………」

 

 妹紅は不思議と、何も感じなかった。

 驚くことも、悲しむこともない。あれが『蓬莱人』、自分と同じ『永遠』の体現者。

 

「そう、あなたにもできるわ」

 

 輝夜は妹紅の言わんとする事を、見事に当ててみせる。

 

「私はまだ無理だけどね、そのうち何もしなくても、自分の意思で心臓を止めたりできる。()()()()()なんて事もね」

「………………」

()()()()()()()。同じ『蓬莱人』同士、仲良くしましょう?」

 

 ――化け物。

 そう言われた回数は、両手の指じゃ足りないだろう。

 自分とは違う何か。それを恐れた時の人々の反応は、分かりやすいくらいに単純で。

 否定し、距離を置くか、距離を離す為に力を振るう。

 もしくは、自分(化け物)に魅入られ、それを欲して近づくか――

 

「ねぇ、この勝負の終わりはどう決める?」

「……………」

「死んだ数?それともまさか、『降参します』って相手に言わせる?」

 

 わざとらしく。

 今、思いついたと言わんばかりに、輝夜は笑顔で尋ねた。

 

「………そうだね」

 

 この勝負が、終わることはあるのか?

 妹紅はその答えを、もう充分に分かっていた。

 

 ――ああそうだ。この勝負は、その気になれば永遠に終わらない。

 

 それが『永遠』だと、分かっていた。

 この世で最も意味のない茶番、それがこの喧嘩だろう。

 分かっている。

 なればこそ。

 ――この戦いの『終わり』を決めるモノは、()()()()()

 

「『一日一時間"あること"をするだけで、(ひえ)が主食の生活から逸脱できる』って言われてさ、あんたは信じる?」

「――は?」

 

 今まで以上に、脈略のない会話。

 ふざけてるのか?そう輝夜が思うのも当然で、実際その声には、憤りの色が乗っていた。

 

「いきなり何を言ってるのかしら」

「まぁ聞けって」

 

 妹紅はわざとらしく、両腕を広げて。

 

「こっちはさぁ、あんたのダラダラとした長い話聞いてあげたんだし、今度はこっちの番でしょ?」

「………………」

「深いことは考えずにさ、早く答えてみてって」

 

 ――何が言いたい?

 そう、視線で訴える輝夜に、変わらず妹紅は笑って待つのみ。

 目的は分からない。――なら、それにあえて乗ってみるか。

 しばらくして。

 

「それは"あること"次第、そうでしょう?」

「まぁそうだよね。でもさ、その"あること"を知る為には、『米を一斗*2』先払いしないといけない。…どうする?」

「はっ、そんなの信じるに値しないわね」

 

 現在(いま)はどうかしらないが――

 輝夜の知る限り、米は()()貴族はともかく平民にとっては、まだまだ貴重なものであったと記憶している。

 そんな米を一合集めるだけでも、途方もない苦労をするのは、火を見るよりも明らか。

 それを捧げて、それで聞けるのが"あること"だけ――

 いくら世論(よろん)に疎い輝夜だろうと、それに感じたことは――

 

「そうだよ輝夜。――あんたのそれは正しい、これは典型的な嘘つきの例」

 

 騙す側は、金を持っていない癖に、金持ちを装って騙す。

 米もそう。食事という分かりやすい『餌』を吊り下げて、それに目がくらんだ人間を、いいように弄ぶ。

 何度も、妹紅がまだ人間だった頃に見た光景。

 

「普通に考えれば分かることだよ。どう考えてもおかしい、間違ってる。…でもそれに騙される阿呆は、文字通り阿呆みたいにいる」

 

 ――それは、何故か?

 

「輝夜、あんたに分かる?」

「………………知らないわよ」

「答えは簡単。――"熱"」

 

 ――それこそ正に。

 ――人間が、人間であるが所以。

 そう、妹紅は語る。

 

「騙す側も騙される側も、継承する者もされる者も、時代に名を残さない、ただの一般人にも平等に。…全員が持ってる『思い』がそれだ」

 

 何かに成ろうとした者。

 違和感を抱くことなく、平穏な人生を歩んだ者だろうと関係ない。

 須く、彼らが一度は経験した人生の転機、その時に宿るもの。

 

 誰かと生きたい。

 もっと裕福に。

 愛したあの人と――

 

 そんな『思い』によって、人間は道を誤る。

 だが同時に、それがなければ、『生き続ける』ことなどできない。

 故に、妹紅は揺らがない。

 

「私は"熱"を愛している」

 

 根本から違うのだ。

 輝夜にとって、永遠の終わりなき『生』に必要なのは『かすかに吹いては止む、ささやかな微風』に過ぎない。

 だが妹紅にとって、己の終わりなき『生』を彩るのは『延々と繰り返す、刹那的な嵐』なのだ。

 

 ――同じ『蓬莱人』でありながら、その魂の輝きは違う。

 

 妹紅は輝夜を理解しない、理解したいとも思わない。

 だが輝夜にとって、――妹紅の在り方はどこまでも、自分を見ない苛立ちそのもの。

 輝夜は憤り、そして叫んだ。

 

「だからその戯言を――ッ!」

 

 だが、叫びはまだしも、言葉は続かない。

 妹紅の、輝夜に対する意趣返しのように、しっかりと『重み』の乗った蹴り上げ。

 

「ガッ――!?」

「蹴りってのはこうやるんだよ!」

 

 輝夜の顎、その中心をしっかりと狙った攻撃は、見た目以上に輝夜に響く。

 脳を揺らされるという、人体におけるどうしようもない欠陥。

 同時に、今までの対話によって、必要以上に突き付けられた『相容れぬ』意思もまた、輝夜の精神にダメージを与えた。

 

 唯一の『理解者』候補。

 永遠の退屈しのぎになると思っていた――『蓬莱人』と会えたという喜びは、もうとっくに失望に変わった。

 

 何故、自分を見ない。

 どうしてそうやって、意味のない『人間』の在り方を選ぶ――!?

 

「ッこの――!」

 

 自分の意思に反し、力を失う下半身。

 膝が折れ曲がり、そのまま地面に崩れ落ちながらも、輝夜は憤怒の表情を維持する。

 憎悪の力で無理やり、妹紅の髪を掴み、そして思いっ切り頭突きをする。

 互いに、額を僅かに赤くするに留まる。

 

「いい加減に分かりなさい――!」

 

 憎悪と戦意。

 互いに互いへ向ける意思のベクトルは正反対で、だからこそ、二人のボルテージは上限知らず。

 再生による疲労のリセット。

 その判断材料を含めても尚、この場は妹紅が有利であった。

 未だ、脳が揺れた影響が消えない輝夜の顔面、そこに妹紅の拳が炸裂する。

 

「ぎっ――!?」

 

 殴る、蹴る。

 関節技ともまた違う、シンプルが故に奥が深い格闘の術。

 どれだけ、長い永い年月を生きてきた輝夜だろうと。

 人が作り、継承し、紡いでいったそれらの技術は、()()()身に宿すには、まだ早かった。

 そう。

 

「これでいいのかしら?」

 

 ――まだ、()()()宿すには。

 腰を落とし、腕を、身体を引き絞る。

 僅かに空気を含むように、拳の握り方を変えて。

 妹紅が動くよりも前に。

 

「――殴り方って?」

 

 ――輝夜は、既に反撃の姿勢に入っていた。

 確かに、輝夜は長く生きただけで、戦闘経験は皆無だ。

 だがそれとは別に。――それに見合う、()()()()()()()()を理解し尽くしている。

 思い通りのままに、身体を自由に動かせる。

 妹紅の身体、それの基本は『人間』だ。

 だからこそ輝夜より、脳を揺らす、人体の急所を突いたり、有利に戦いを続けていた。

 

 ――だが、輝夜は?

 輝夜は『月人』。肉体の基本性能はあくまでも――()()()()『人間』と同じに過ぎない。

 

 脳を揺らされた影響。

 それは妹紅の予想より、遥かに早い速度で解除された。

 輝夜の拳が、加速する。

 

(――このまま、妹紅の心臓を貫く!)

 

 その次の瞬間。

 

(…は?)

 

 輝夜の視界から、妹紅が消える。

 

 

 

 

「お前みたいなやつはさ」

 

 妹紅の姿は、今輝夜の足元に。

 ――『膝抜き』。それは古武術において、予備動作を消す技術。

 

「軽くシメてもまた理屈をこねて、自分の為に他人を攻撃する」

 

 肉体的成長が見込めない蓬莱人だろうと。

 蓄積された知識、技術は決して無駄にはならない。

 輝夜の足元に移動した妹紅は、そのまま両手を地面につけて。

 

「――だから、()()

 

 ――蓬莱人同士の決着。

 それはあまりにも単純な答え。――意地の張り合い、どちらの意思が先に、折れた方が負けるかの戦い。

 

 ――姿勢は低く。

 ――力の流れを殺さず(めぐ)らせ、繰り出されるは。

 

 後に、『躰道』と名付けられるモノ。

 

 

 

 

「ア"ぁ"――ッ!」

 

 妹紅の『(まんじ)』を軌道で描く蹴り。

 それが輝夜の顔面に炸裂し、そのまま更に、力の流れを留まらせることなく。

 その衝撃で鼻が折れ、口内を切ったことで。

 未だ無傷の妹紅とは正反対に、輝夜の顔の下半分が、また新しく血に濡れる。

 

 

 

 

 ――()()()()()()()

 

「あっぶないわねぇ」

「――は?」

 

 次の瞬間、妹紅は地面に組み伏せられていた。

 錯覚――。間違いなく先ほど、相手の顔面を穿った筈の感触は、幻だったかのように消えていた。

 

 ()()()()()()――!

 

 妹紅が感じた違和感。

 それはたった数分前、慧音と自分の前に()()()()()()()()()のものと、全く同じだった。

 

「最初は使う気がなかったんだけどね」

 

 ギチリ…!

 華奢な身体に全く見合わない万力の握力。

 それが一切の躊躇なく、妹紅の細い喉に襲い掛かった。

 

「ガッ…ぎ……!」

「いい加減。あなたの目を覚ましてあげるにはこれしかないと思ったの」

 

 ――異能。

 術の気配なら、元陰陽師の妹紅がそれの『残穢』を見逃す筈がない。

 「使う気がなかった」という発言からも、おそらく自分の推測は当たっている。

 

 じゃあ問題は、この能力は一体何なのか?

 

 その答えを求め、妹紅は必死に思考を回転させた。

 だが。

 

「ッ――!~~~ッ――…!」

 

 酸素を求めて、心臓が激しく脈打つのが分かる。

 意識せずとも、身体が勝手に空気を求めて、惨めに口が開閉を繰り返す。

 今までの、まるで防戦一方のように見えた輝夜。

 甘かった。このままいけば…そんな甘い幻想に、まんまとハメられた。

 ――今までの彼女は、決して『本気』ではなかったのだ。

 

「一度強く力を込めてしまえば、後はそれを『永遠』に固定するだけ」

 

 違和感はあった。

 先ほどから、自分より非力で、持久力もない筈の輝夜。

 彼女が、この数秒間ずっと、自分の首を絞める力を弱めていないこと。

 何より先ほどの、()()()()()()()()()()()()()()も。

 

「さっきの()()()()()もそう。私という『須臾』を、私以外は誰も感知できないし、干渉もできない」

「――――、――。――――――…」

「ねぇ、私がさっきまで何で、律義に殴り合いなんてしてたと思う?」

 

 ――『永遠と須臾を操る程度の能力』――

 蓬莱山輝夜に宿る『程度の能力』。それはかの、『蓬莱の薬』を作る際の材料ともなった規格外の力。

 『永遠』と『須臾』の二つ、相反する時間の概念を自在に扱える輝夜からすれば、殴り合いなど児戯に等しい。

 

 こうして、一度でも組み伏せてしまえば、後は『永遠』の力で押さえつけるだけ。

 そもそも『須臾』の力があれば、相手は抵抗もできずに組み伏せられる。

 

 輝夜はその気になれば、簡単に妹紅に勝てたのだ。

 

「ねぇ、本気で勝てると思った?」

 

 ――()()()()()()()()()()()

 勝敗の決まった、しかも一瞬で終わってしまう勝負、これに勝る『退屈』などこの世にはない。

 自分より遥か格下。それを虐めて、満たされるのは一瞬だけ。

 刹那的な快楽。戦いという名の愉悦、それを無限に引き延ばす為に、輝夜は実力を縛ってきた。

 

「だって、そうしないとあなたは、()()()()()()()()()でしょう?だから使わなかったの。でも、もういいわよね?」

「――――」

「『だから折る』…ね、確かにいい言葉だわ。で、私も思ったの、あなたが私を見てくれるようになるまで…」

「――」

「徹底的に嬲り殺しにしてあげるって」

 

 妹紅は反応を見せない。

 もうとっくに、呻き声の一つもあげられなくなり、既に脳に酸素が行き届かず、脳細胞が破壊されている。

 死んだ。

 そして、輝夜の期待通りに、妹紅は炎を身体に纏い、復活を――

 

「――ッ!妹紅あなた…」

 

 ――嵐。

 妹紅の身体を中心とした、まるで自分自身を燃料にしているかに思える程。

 天井知らずに。

 文字通り天を貫く程、その()()は止まらない。

 

 そうして、妹紅の身体は炭化し、消える。

 ――()()()()()()()()()――

 

 次に、輝夜を襲ったのは息苦しさ。

 言わずとも原因は、炎の過剰生成による酸素の欠乏。

 

「ッ――不味」

 

 その刹那の隙を掻い潜るように。

 『死』から戻ってきた妹紅が、輝夜の顔を殴り付ける。

 

 絶対的な力、覆しようのない力関係。

 輝夜の、妹紅の心を折る言葉や行動。

 

 ――それらを前にしても尚、彼女の顔は『生きて』いた。

 

「この――!」

 

 ――気に食わない。

 ――気に食わない!

 ――どうして未だに、自分(蓬莱人)を見ない!!

 

「能力自慢は終わりか?()()!!」

「黙れ()()…!」

 

 もはや、形だけの笑みすらも維持できない。

 先ほどまでの、絶対的な強者の仮面が剥がれる。

 蓬莱山輝夜という、未だ『孤独』な少女の一面がまろび出る。

 

「黙れと、言っているのよっ!」

「やだね!()()ちまったからさぁ!!」

 

 輝夜は不老不死で、更には時間の概念、その一端を操る者。

 対する妹紅も不老不死。ただし()()()()()()以外は、全て『蓬莱の薬』による後付けの力。

 

 勝てる筈も、勝負の土台に上がる資格すらない。

 

 だというのに、今の両者の表情はどうか。

 輝夜の方が有利で、間違いなく強く、絶対的だというのに。

 ――まるで、輝夜の方が追い詰められているようではないか。

 

「あなた程度が!私に勝てる訳ないでしょう――!!」

 

 他者間との"縛り"の放棄。

 その罰則(ペナルティ)による、陰陽師としての才能の消失。

 輝夜の言葉は、ある意味で正しい。

 

「心が器だというのなら、私のはとっくに粉々だわ…!」

 

 ――まだ、『至った者』を知らない頃の妹紅であれば。

 たとえ陰陽師の才能が残っていたとしても、今のように、『生き続ける』道を選んでいたとしても。

 最後は、きっと輝夜が勝っていた。

 

「今の私は…!ただそこから零れ落ちる感情の濁流よ――!」 

 

 ――『俺の教えた技は、捨ててもいい』。

 かつて、妹紅の師となった(崔爾)の言った言葉。

 図らずも、妹紅は本当に、陰陽の技を捨て、『それ』を得た。

 ――故に。

 

「……何よその構えは!!?」

 

 彼女は、『至る』――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「領域展開」

 

 ――『六道(りくどう)(かむ)()』。

*1
平安時代の歌物語、平安初期に実在した貴族、在原業平を思わせる男を主役とした和歌にまつわる短編歌物語集である。

*2
今で言う米100合




 領域解説は次回に、名前の由来は読者で勝手に想像しろ…(超ベジータ並感)
 さてさて、『老いる事も死ぬ事も無い程度の能力』で領域展開をすると、果たしてどうなるでしょうか…?

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