【本編完結】諏訪子様になった、負け戦を回避したい   作:洩矢廻戦

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 ゴールデンウィークは家族で映画鑑賞をしながら鍋をつついてました。


120話.月まで届け、不死の煙

 妹紅が結ぶは釈迦如来印。

 

 釈迦如来。それは歴史に実在した仏陀であり。

 仏教の開祖である釈迦。――シッダールタの如来としての名。

 

 両手の中指と親指で丸を作り、それ以外の指を伸ばした印を、身体の前に持ってくる動き。

 ――次の"起こり"は、結界術の反応。

 

六道(りくどう)(かむ)()

 

 ――あれは、不味い!

 

「ッ――」

 

 輝夜の反応は早かった。

 

「そんなの…」

 

 より疾走(はや)く、それより前に。

 得体の知れない『何か』が自分を襲うよりも前に、最善の一手を打ちに出る。

 

 輝夜の領域から身を守る術。

 八意永琳直伝、簡易領域の展開。

 

 腰を落とし、姿勢を低く。

 基本中の基本である結界術と、自身の魂を構築する『呪力』の輪転。

 妹紅と同じく、純粋な人間ではない故に、『霊力』を扱う資格のない輝夜の、最速の最善。

 

 が、それよりも一瞬(はや)く。

 妹紅の領域、『六道神去』の心象風景が現実世界を歪曲した。

 

 無限に続く三具足(みつぐそく)が、両者の周りに展開された。

 結界に頼らず、己の圧倒的な自我による心象風景の具現化。

 頒布(キャンバス)を用いず、空に絵を描くに等しい神業の発動。

 『異能(程度の能力)』の頂点にたどり着くその刹那、妹紅は半ば本能的に、己の領域展開に必要な『要素』の添削を施した。

 必中効果、領域の押し合いから"縛り"による損得の勘定。

 これにより、輝夜が『簡易領域』の発動を諦めるよりも瞬間(はや)く。

 

「――馬鹿な…!」

 

 『六道神去』の仕様(ルール)を理解させられた――。

 

 

 

 

 藤原妹紅に宿る力は『老いる事も死ぬ事も無い程度の能力』。

 蓬莱の薬で後付けされた力ではあるが、妹紅の基本である『程度の能力』はこれであり。

 彼女が普段扱う炎は、あくまでも妹紅という『生物』に宿る生粋の機能。

 

 そして領域展開とはあくまで、『()()()()()()()()()()()()()()()()

 その上で、『六道神去』の必中効果は、相手に『自分の領域の仕様を理解させる』という、どこまでも自分を不利にするものであり。

 

 領域の押し合いの強さから、循環定義を含めた『世界』の構築に至るまでのスピードだけに目を向けるなら。

 ――『六道神去』は、洩矢諏訪子の『瓔珞黄泉路』すらも上回る。

 

 

 

 

「――どこまでッ!?」

 

 言葉が続く筈もない。

 『簡易領域』が不発に終わる。それに途中で気づいたとはいえ、無防備を晒したのは事実。

 輝夜が身体を動かすよりも前。

 妹紅の、渾身の右ストレートが炸裂した。

 

「が、ぐ…!?」

 

 ――蓬莱人の身体。

 たとえ四肢を捥がれようが、内臓が半壊しようが不滅。

 失った血液も、肉から骨、皮に至る全ての部位が、蓬莱の薬を飲んだ状態に戻る。

 魂を起点とする仕様上、殺し続けてその場に固定する。なんて手段も通用せず。

 輝夜も妹紅も、そして永琳も例外なく、一度心肺機能が停止し、脳細胞の一部が死滅してからようやく、肉体の再生が開始される。

 

 そう、あくまでも蓬莱人の肉体とは。

 ――『死』をトリガーにした再生能力に過ぎず。

 ――逆に言えば、()()()()()()()()()()()()()()

 

 『六道神去』は、妹紅の死なない能力を底上げする。

 たったそれだけ、それ以外は何もない、必中命令による攻撃も、領域の持つ環境効果による相手への妨害も。

 全て捨て去った()()()()()

 

「ハッ――!」

 

 妹紅の、()()()()()()()()()()()()

 炎が立ち昇り、妹紅の身体を熱く、その"熱"を掴んで離さない。

 駆ける。

 

「ッラァ!」

「…!」

 

 荒々しく腕を振るい、反撃する輝夜。

 だが、それは先ほど飽き程に見た、武術の嗜みなどどこにもない、子供の癇癪に等しい動き。

 妹紅は左手でそれを掴み、そして思いっ切り下に向かって引っ張った。

 いつもの癖で、輝夜は転びそうになる瞬間、『須臾』の力を使おうとして――

 

「不味…」

 

 そのまま、崩れ落ちた。

 今までの自分を強者たらしめる要因が――

 

(クソ…クソッ……!)

 

 ――能力が使えない。

 言うまでもなく、今輝夜がいる世界は、現実でありながら現実ではない。

 塗り替えられた心象風景。妹紅が主となる『六道神去』であり、輝夜の居場所はどこにもない。

 輝夜がこの窮地をどうにかするには。それこそ領域から脱出するか、この領域を剥がしでもしないといけない。

 それまで、自分の『永遠』と『須臾』は焼き切れた(圧迫された)まま。

 

 世界が『程度の能力』という名の神秘を受け止める為の容量。

 リソースを全て、『六道神去』が独占しているせいで。

 

 ――何より、輝夜は領域を展開する技術など持っておらず。

 ――結果として、彼女は先ほどまでの、絶対的優位性を失ってしまった。

 

「くっ……この……」

 

 人体の関節、その可動域と躍動は日々の行動によって広く、滑らかになっていくものだ。

 蓬莱人は一度、死んでしまえば薬を飲んだ時に戻ってしまう欠点こそあるが、逆に言えば、薬を飲む前の身体次第とも言える。

 その点からしても、輝夜の肉体は『喧嘩』の側面から見れば、やはりお粗末なものとしか言えない。

 

 現に、輝夜の素の肉体の性能(スペック)は、人間の平均の遥か下。

 軽く力を込めた『技』一つを相手に、まるで成す術がない。

 

 だが、それは仕方のない事だろう。

 輝夜は元はとはいえ月の姫であり、そんな彼女に一体誰が、喧嘩の為の鍛錬など許容できようか。

 

「んーと、形勢逆転?あーいや…こういう時は……」

 

 妹紅は笑う。

 先ほどまで、輝夜の理不尽以外の言葉では表せない、一方的な能力を相手に。

 至り、洗練された、ほんの一握りの強者にしか辿り着けない『能力世界』で、圧倒しているのだから。

 そして紡ぐのは、つい先ほど輝夜が零したのと、一字一句同じもの。

 

「『ふりだしに戻る、ってね』…かな?」

 

 ――強者。

 その、『至った者』が等しく見せる瞳。

 それに射られていると、そう理解できた瞬間、輝夜の頭は沸騰した。

 

「が、ア……ッ――!」

 

 自分には到底敵わない弱者でありながら。

 永遠に続く、自分に向けるべき復讐心を、欠片も抱かない有り様も含めて。

 

 ――何より。

 ――何よりそのような()()を相手に、何もできていない有り様。

 

 自尊心だとか、失望だとか。

 頭のどこかでもっと冷静になれと、そう叫ぶ別の自分自身だとか。

 もう、輝夜は今の自分を突き動かすものが、何かが分からなかった。

 

 だが、()()()()()()()()()()()()()()。というのが分かる。

 

 理屈とか、理論だとか。

 そんな堅苦しい言葉では表せない、もっと原始的な何か。

 ――正に、感情の濁流そのもの。

 

「嗚"ァ呼"ッ"――!」

 

 輝夜は、己の腕が痛む感覚など既に忘れた。

 足が痛い、血が出ると落ち着かない。そんな生物としての当たり前が、とっくの昔に麻痺している。

 死して蘇る度、肉体を治す『蓬莱人』として見れば、それは百点満点の仕様だろう。

 

 だが『生物』として見れば、これ程悲しいものはない。

 

 痛い。苦しい。そんな当たり前の感覚すらも忘れて、ただ刹那的に、感情のままに生きる。

 腹が減れば食べる、寝たいから寝る。

 不老不死という『個』になったせいで、番いを得る必要もなければ、子を宿すこともないし、それらを求める欲もない。

 代わりに、野生動物がよく見せる闘争を、同じ『蓬莱人』に向けて、失った欲の代わりとして埋め立てる。

 

 それは最早、人の形をした何かに過ぎないのではないか?

 

 ――これ程に、哀れな生き物はいないのではないか?

 

「もう充分見下したでしょう…!?」

 

 『技』をかけられている事などどうでもいいと。

 輝夜は自分の身体、妹紅に掴まれている左腕を、文字通り()()()()()をした。

 次に行ったのは、腕を捨てる為の自傷行為。

 

 無理な力のかけ方により、血管が千切れる音がする。

 骨が軋み、肉が限界以上に伸ばされる感覚すら、今の輝夜にとっては愛おしい。

 

 むしろ、怒りで消えてしまいそうな理性を、これらの痛みでようやく留まらせている程だ。

 

「お返しよ…!」

 

 ピシリ。

 骨と肉を繋ぐ、その『線』のような何かに合わせ、折るように輝夜は身体を横転させた。

 鮮血が飛び散り、肉の断面が地面の砂利で汚れる感覚すらも、同じく輝夜は愛おしい。

 それまでかけ続けていた力の行き先を失ったことで、妹紅の体勢が崩れる瞬間。

 

 輝夜は、残った右手で拳を作り、そのまま駆け出した。

 

 完全に極まった状態で、無理やり身体を動かした代償。

 輝夜の身体は現在、左腕の欠損は当然として、肋骨にも軽く亀裂が走っている。

 

 痛み、欠損。

 身体の一部を失うどころか、骨に一つ亀裂が走るのも。

 普通なら、大の大人でも苦しみ、動きが鈍るものだというのに。

 

 痛みを我慢して、戦うことができるのは創作物(フィクション)だけ。

 欠損は当然として、人間とは、骨が一本折れるか、少し傷つくだけでも、万全の時に比べて半分か、もしくは三割程度に動きが鈍るなんて話もある。

 そして、輝夜は現在、まだ『死』による肉体の再生もしていない。

 痛みに慣れ。

 腕を欠損しても、身体の平衡感覚を失うことすらなく、ただ喜々()として相手に殴りかかる。

 

 これが、蓬莱人。

 

 極小の輪廻、完結した個体。

 その、永劫に終わらない『退屈』の――

 

「妹紅ゥ――!!」

「ははっ、少し痩せたか!?輝夜!!」

 

 衝動を前に、震えて笑う。

 妹紅は両腕を広げて、これでもかと相手を挑発してみせる。

 どうして、それを選んだのかは自分でも分からない。

 もしかしたら、口では輝夜の思想を否定して、その癖に、自分も『蓬莱人』の考えに染まったか。

 ――いや、きっと。

 自分もまた、この『喧嘩』という名の"熱"に、浮かれてしまったのだ。

 

「――ッ!」

 

 輝夜は殴る。

 妹紅はそれをいなし、同時にカウンターを叩きこむ。

 左腕を失っているというのに、輝夜の力はむしろ、先ほどよりも増しているような気がした。

 怒りによる肉体強化の出力のブレ。

 華奢な身体に見合わぬ膂力。

 互いに一致する条件による殴り合いは、やはり妹紅が有利。

 

 ――そう思われた。

 

 まず最初、輝夜は拳を下に、上へ向けて放つ予備動作を。

 アッパーカット。そんな見え見えの動きは、もう飽きる程見てきた。

 妹紅は疑問など抱かず、輝夜のそんな隙を狙って、左腕を振るった。

 

 その次の瞬間である。

 

 輝夜はまるで、それを予知していたかのように、妹紅の左腕を、右手で掴み。

 ――()()()、手刀の構えをしていた。

 

「は?」

 

 妹紅の呆けた声が一つ。

 その後の光景の、己の左腕の肘から先が、輝夜によって切り落とされるのも。

 スローモーションになる視界と思考で、妹紅は不思議と他人事のように、必然的なものだろうと納得すらしていた。

 

 妹紅は拳に力を集中させた代償に、それ以外の強化が行き届かせていなかった。

 

 ならば、強化を一点に集中させた輝夜の小さな手が、刃物のように肉体を切断するのも、疑問はない。

 そこへの疑問は、ない。

 では妹紅の抱いた疑問とは?

 その先は一つだった。

 

「本ッ当にあなたは癪に障るわね…!」

 

 輝夜はそう言って、肩で息をしていた。

 だがよく見れば。

 輝夜の左腕は当然として、殴られたことで赤黒く変色していた、頬の色も元に戻っていて。

 

 ――蓬莱人の『復活(リザレクション)』とは違う技術。

 ――身体を激しく動かしたのとは別の、謎の息切れ。

 ――何より、目の前の輝夜から感じられる『圧』が、小さくなっているのも含めて。

 

 そのもう一つの可能性は、『あれ』しかない。

 ――妹紅が真相にたどり着くのは、早かった。

 

「反転術式か!!」

「正っ解っ!!」

 

 『死』に頼らぬ肉体の再生。

 輝夜も妹紅も、あくまでも人の形を捨てていないから、自己補完の範疇で霊力が残っているだけ。

 霊力は純粋な人間にのみ宿る力であり、人外ではどんな例外もなく、絶対に得ることができない力。

 そして当然の話で。人間の身体が脆弱と呼ばれる原因とは、霊力同士をぶつけ合わせ、過剰に錬成しようとも、決して身体を治す力である反転術式が使えないこと。

 

 ならば、反対に簡単な話で。――身体を治す為に、別の力を使えばいい。

 

 完全に人の枠組みから外れた存在、それは妖怪だが、輝夜たちは違う。

 同じく人を基本とし、そこから天上に至ったものは神で、勿論これも輝夜たちは違う。

 妖力も神力も、扱う資格を得られないなら。

 ならば、辿り着く答えは――呪力。

 

 何かを憎む、怒るという純粋な感情。

 

 ヒトでも無し、アヤカシでもなし。

 ただし、人間の形を捨てていない人外でも扱える、そんな力。

 輝夜はこの土壇場で、それによる肉体の再生に、成功してみせた。

 ――勝機、輝夜の頬が吊り上がる。

 

(()った!畳み掛け――)

 

 勝機を見据えた一瞬の油断。

 まるでそれを戒めるように。

 妹紅は既に、使えない左腕の代わりに右足で、輝夜の顔面を蹴っていた。

 

 ここに来てまだ、自分が藤原妹紅という存在を侮っていたことを実感する。

 

 輝夜は隙を突けなかった後悔と、痛みへの苛立ちを交えて叫んだ。

 

「ッ!そこから反撃できるとはね…!」

 

 腰が入っていない、本当に一時的に距離を離すに留まる威力。

 だが、間違いなく顔に喰らったのは確かで、輝夜は小さくないダメージを噛み締めながら笑う。

 

 同じ蓬莱人とはいえ。

 これまでに受けてきた『痛み』の経験値や慣れは、圧倒的にこちらが有利だと思い込んでいた。

 

 目玉を抉り、腕を千切り。

 内臓をぐちゃぐちゃに破壊するような痛みを、彼女はそれ程経験したことがない。――そう、思っていた。

 だが実際はどうか、妹紅は己の腕がなくなる痛み。

 そして何より、片腕がない状態であるにも関わらず、平衡感覚を失うことなく、的確な反撃を叩きこんで来た。

 

 ――妹紅の経験値は喧嘩ではなく、戦いの経験値。

 

 殴る、蹴るという行動一つ一つにある、自分とは違う『何か』の正体。

 武術に疎い輝夜でも、それは理解できた。

 

「でももう」

 

 腕は――!

 そう続けようとした輝夜は、止まる。

 

 その原因は目前の拳。

 

 輝夜の前に映るのは、妹紅の振るう腕。

 だがそれは。――つい先ほど切り落とした筈の、()()だった。

 その拳が、輝夜に飛来する。

 

「なっ――!?」

 

 ――蓬莱人の肉体は『死』をトリガーにした再生能力。

 ――逆に言えば、()()()()()()()()()()()()()()

 

(反転術式!?いや違う、これは――!)

 

 自分と同じ、『蘇生(リザレクション)』に頼らぬ超速再生。

 輝夜は最初。もしや彼女も自分と同じく、それ(反転術式)に目覚めたのかと疑ったが、すぐに切り捨てる。

 

 ――何故なら、既に答えは相手が教えていたから。

 ――最初に喰らった、領域の必中効果である、領域の仕様の開示。

 

 『六道神去』の展開中、妹紅の『老いる事も死ぬ事も無い程度の能力』はより強化される。

 領域内では対象の、――妹紅の肉体における『程度の能力』が()()()()()変化し。

 心肺機能の停止や脳の破壊に限られず。

 妹紅の身体。その細胞の一つ一つに至るまで、全てが『老いる事も死ぬ事も無い程度の能力』の発動権限を得るのだと。

 それの真価が、今になってようやく分かった。

 

「ぐっ…!?」

 

 咄嗟に輝夜は、妹紅の拳を受け止める。

 だがその防御は、最初の頃と比べて弱い。

 いくら肉体をやり直せる『蓬莱人』とはいえ、己の再生の核は『魂』だ。

 

 つまりそれを起点とした力――呪力は()()()()()()()()()()()()

 

 反転術式で腕を治したのは、輝夜にとっても愚策だとは分かっていた。

 だが、それでも早く決着をつける為には、それしか方法がなかったのだ。

 永遠に終わらない喧嘩で、相手よりも早く消耗する愚策。

 相手もせめて――せめてそれが同じであれば、と、そんな泣き言を飲み込んだ。

 

(私と違って、消耗のない肉体の再生…!!)

 

 そして、その理不尽に顔を顰めた。

 輝夜の推測通り、妹紅は反転術式を取得していない。

 しかし、細胞単位で発動する『蓬莱人』としての力が、ただの切り傷から四肢の欠損に至る、全ての傷を癒す。

 平常時とは違う、妹紅に自死を強制させない、究極の再生能力の恩恵を与えるのだ。

 

 ――つまり妹紅は、領域展開時に限り。

 ――この世界で唯一、蓬莱山輝夜と八意永琳を凌駕する、真の『()()()』となる。

 

 再生による勢いと、妹紅自身の膂力も含めて、輝夜の身体は数メートル後退し。

 再び、両者は()()()()()()()

 だが、それ即ち――

 

「さて…」

 

 ピシリ――!

 妹紅の心象風景である三具足に、亀裂が走る。

 同時に、輝夜に走る悪寒――

 

(…!圧がなくなった…――いいや違う!)

 

 再び、妹紅は両手で印を結ぶ。

 ――『六道神去』の"縛り"は、相手に領域の仕様を強制的に開示すること、だから押し合いに強い。

 輝夜はそう推測していたが、正確には違う。『六道神去』の押し合いの強さはあくまで、無害故の『損得』の関係でしかなく、『相手に領域の仕様を理解させる』"縛り"による恩恵は、『六道神去』のもう一つの強さを引き上げる為に使われた。

 それ即ち。妹紅の内側に眠る『人間』の力。

 

 普段はただ蓄え、自然と消費するだけの無駄なそれを、戦いの場において有効活用する。

 ――その為に、普段の徒手空拳には呪力を基本とし。

 

 "縛り"による恩恵は、領域を展開する際の、必要な燃料(コスト)の削減に充てる。

 ――それによって、自分の中で無駄になっていたものを利用する為に。

 

 自己補完の範疇で宿る。――自身の霊力で領域を展開できるように。

 

 

 

 

「領域展開」

 

 ――六道(りくどう)(かむ)()』。

 

 

 

 

「……………………………………」

 

 動きを見せない輝夜の前で。

 妹紅は再び、釈迦如来印を結び、そして領域を再展開した。

 

 『六道神去』の最大持続時間は1分のみ。

 

 ただし、これは『領域の仕様を相手に理解させる』の一点だけでは、領域展開に必要な霊力の削減。それの"縛り"が足りない。

 そう判断した妹紅による、制限時間という名の改良であった。

 本来はより長く、展開を続けられる領域の効果を、ごく限られた間に限定することで、妹紅は少ない霊力で、領域を展開できるようにした。

 そして更に、この1分という制限時間も含めて、妹紅が合理的に考えて作られたもの――

 

「……………………………………………………」

 

 『六道神去』の制限時間である1分が過ぎた頃にはもう。

 妹紅の霊力は既に、自然回復によって領域を展開する前の状態に戻っている。

 正に、『ふりだしに戻る』状態であった。

 それが意味することを、理解できない輝夜ではない。

 

「…………………………………………………………そんなの、ないわよ」

 

 その後を悟った、あまりにも弱弱しい声である。

 最初にあった、苛立ちの感情も、否定と失望の意思も、見る影もない。

 それ程まで、目前に立つ『理不尽』そのものが、輝夜の心を抉った。

 

 『六道神去』の展開中、展開時に消費した霊力と、消耗した魂の演算領域。

 

 その両方が、全て1分で回復するため――

 

「輝夜」

 

 妹紅が諦めるまで(相手の心が折れるまで)

 ――何度でも。

 何度でも、何度でも領域(終わらぬ戦い)を展開できる。

 

「私には、あんたの言うことが正直分からん」

「………………」

 

 戦意を消失した輝夜。

 それとは反対に、妹紅は未だに"熱"の冷めない瞳のまま。

 

「でも、あんたの言い分は多分間違ってもいない、私も今は口先だけで、いつかは心が限界を迎えるかもしれないしね」

「…………………」

「その時、寂しくてどうしようもない時に、自分と同じ不老不死のあんたに、親近感を抱くのかもって、そんな気持ちが否定しきれないんだ」

「……………………」

 

 輝夜は反応を見せない。

 妹紅は、ため息をしてから。

 

「まぁこれは『もしも』の話で、実際ちゃんと大丈夫な可能性もあるけど」

「……」

「だからさ、今は()()いいって話がしたい。えーとだ…」

 

 妹紅は一転し、まるで言葉を選ぶように。

 しどろもどろになりながら、うんうんと頭を何度も動かして、黙る。

 そうして、数秒。

 

「もし、私が腑抜けたらその時はさ、あんたと友達になってあげてもいいってこと」

「………――」

「あ、最初にお前となんかって言ったのは…あれよ、私を怒らせる為とはいえ、流石にちょっと言いすぎだろ?って意趣返しもあって…」

「――――」

「い、言い過ぎたなら謝る。ごめん…」

「――はははは!」

 

 輝夜は、笑った。

 つい先ほど、まるで死人のように暗い顔だったのが、演技だったかのようにも思える程の――

 

「なら、あなたの心がさっさと折れるのを祈っておくわ」

 

 涙交じりの、花が咲いたような笑顔。

 

「ハッ…全く…」

 

 妹紅は、再び駆ける。

 輝夜はそれを、目で追うに留めて、その後にやって来るものは、許容した。

 これは、終わりのない自分たちを定める、区切りだから。

 

 飛来する右足。

 

 自分の顔面に向けて放たれる蹴りを、輝夜は笑って受け入れた。

 

「精々、早く限界を迎えなさいな」

「だから言ったでしょ、輝夜――」

 

 

 

 

(こく)   (せん)

 

 

 

 

 満足そうに倒れる輝夜に、妹紅は言った。

 

()()()()()()()()。…ってね」




 領域解説
六道神去
①六道→衆生がその業によっておもむく六種の世界。生死を繰り返す迷いの世界(仏語)。
②神去→高貴な人が死去する意味の「神避る(神去る)」から抜粋。
決して「死ねない」妹紅に輪廻転生を表す「六道」と、死を意味する&藤原家という元高貴な立場の妹紅に「神避る(神去る)」という皮肉と、釈迦の悟りに至るエピソードも踏まえて命名。


 妹紅の領域は当たり確定の金ちゃんにヤコブの術式無効足したみたいなもんです(尚押し合いも最強とする)。
 次は木曜の四時です。

投稿時間は何時がいいか

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