【本編完結】諏訪子様になった、負け戦を回避したい   作:洩矢廻戦

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 最終章突入です、妖怪たちは月の勢力に勝てるのか(無理)。


最終章:指月回游
122話.雷神グ


 ――地上に取り残された者。

 少なくとも、決して自分たちが優れた存在であると、思いあがれる程の自尊心は残っていない。

 自分たちの事を、()()の為に命を張れる貴重な存在だと上司は言うが、それが嘘なことぐらいは分かる。

 武器も支給品のみ、メンテナンスも最低限で、本当にただ『余ってたから渡した』だけというのが、ひしひしと伝わってくる。

 もう、この地上に降り立って何百年が過ぎただろうか?

 その答えを知る者は、もういない。

 

 ――彼女たちは玉兎。

 それはこの世界で初めて、『蓬莱の薬』を服用した重罪人の代わりに、奉仕行動を強制させられた種族。

 

 今も尚、月の都で幽閉され続けている重罪人、嫦娥は()()()()で、まともに身体も動かせない。

 その代わり、玉兎たちに白羽の矢が立ったまではいい。

 しかし、例えそうだとしても、今回の『任務』とやらは、どうしても納得がいかないのだ。

 ため息。

 

「はぁ………」

 

 玉兎に『名』はない。

 妖怪や人間、神に至るまで、『名』とは存在を確固とする為に必要不可欠なもの。

 だが、彼らにそれは必要ない。とでも言うかのように、長い訓練を経たもの、生まれたばかりで常識を知らぬもの。

 それら全てに、月の人間のほとんどは、名前を与えたりはしない。

 

 所詮、使い捨ての奴隷なのだから――。

 

 そんな考えは今も、上層部のほとんどに蔓延っていて。

 昔よりマシにはなったものの、未だに差別的な視線や発言を、取り繕えるような良心が残った者は、少ない。

 唯一の例外は八意思兼(永琳)とその弟子、綿月姉妹だけだろうが、あれこそ正に文字通りの例外。

 月でも他に見ない程、優しさと常識を持ち合わせた方々だと、そう称賛する玉兎は少なくない。

 

「……………………」

 

 だが、()()()()()()()()()()

 所詮は、月を裏切った罪人と、その教えを受け継いだ、同じ罪人――。

 同族の前では決して言えない、腹で蠢いた呪詛を、()()()は内心にため込んだ。

 そして。

 

「や、やめ――」

 

 パァンッ――!

 目の前で命乞いをする、村の人間とやらを殺す。

 

「信じられない、よくもまぁこんなに"穢れ"を溜め込んで生きていられますね、ん?」

「――――」

「ま、もう死んだけど」

 

 決して、裕福とは言えない生活だったのだろう。

 今殺した男は、身に纏う服の質は当然として、肌や髪も、自分の知っている範囲の、平均的な人間のそれより遥かに下。

 小さな村、そこに一つ耳は足を運んでいた。

 男の死体を足蹴に、そのまま門を通り抜ける。

 当然、目的は部下に命じた『かぐや姫の捜索』の、進展状況を確認する為。

 一つ耳は歩を進めた。

 

「さてと………」

 

 ――地上に残る玉兎たちに、"穢れ"を恐れる心はない。

 正確には、それを忌避する感情こそはあれ、今も月に残っている月人とは違って、拒絶反応を起こすことがないのだ。

 月にいる玉兎を凌駕する。既に何十何百の殺しを経験した事による"穢れ"は、地上の玉兎たちに、月の玉兎のより更に短い、『寿命』の概念を与えてしまっている。

 既に短い命。そして何度も経験し、浴びて飲むが如く、大量の返り血を身体に付着させてきた。

 もう穢れてしまったのなら、これ以上何を恐れるのか?

 月の遊び半分な訓練と違って、本物の命のやり取りをしてきたからこそ、一つ耳は、月の玉兎より何倍も残酷になれる。

 彼女の存在を示す『一つ耳』も、地上で殺し合った妖怪から、最後の最後で一撃を喰らってしまったもの。

 皮肉にも、あれだけ嫌いだった筈の地上で、自分の『名』の代わりになる要素を得た。

 だからこそ今日も、終わりのない捜索を続ける。

 続けられる、それが『一つ耳』としての、この地上での在り方だから。

 

「あいつら、ちゃんと仕事してるかな」

 

 命令は『かぐや姫の捜索』だが、それ以外で何か指定がある訳でもない。

 "穢れ"が存在しない月ならまだしも、既に穢れてしまった地上でなら、誰が死のうが関係ない。

 

 地上は穢らわしい。妖怪や人間は自分たちより下。

 そんな、月の植え付けられた価値観もあって、地上の玉兎たちのほとんどが、相手を生かす選択肢など持っていない。

 

 月にとって、『八意』という名の天才を制御する為だけに、『蓬莱山輝夜』が欲しいだけ。

 地上に眠る宝物も、生命も、『蓬莱山輝夜』以外に興味はない。

 その輝夜もまた、確かに貴重な蓬莱人ではあるものの、蓬莱人のサンプルなどを求めるならば、幽閉されている嫦娥を使えばいいだけであり。

 月人たちにとって、蓬莱人に研究価値などありはしない。

 

 月人に"穢れ"はなく。

 永遠を体現した者ではあるが、それでも『不滅』は恐ろしい。

 

 もう、決して戻れぬ故郷。

 そう表すと何だか、まるであの場所が恋しいようにも思えてきそうになるが、そんなことは一切ない。

 一つ耳にとってはある意味、地上の方が性に合っている。

 自分よりも遥かに弱い妖怪。

 人間、それらを殺すと確かに、心のどこかがすっきりする。

 『かぐや姫の捜索』など建前に過ぎず、自分はただ、こうして虫を潰すように、人間たちを殺すことに快感を覚えているのだと。

 そう、今一度己の悦楽を噛み締めながら、歩く。

 

「全く、上司様も仕事が雑なんだから…」

 

 一つ耳が所属する、かぐや姫の捜索隊は現在、二つに分かれて行動していた。

 一つは山へ。

 蓬莱人の"残穢"に近い、全く新しい別の"残穢"を察知し、それの正体を掴む為のグループ。

 噂によると、そこにはかつて、天狗と呼ばれる妖怪が住んでいた。…なんて話もあったらしく、万が一の戦闘も考えて、主な戦力はそちらに集中させている。

 仮にも、月でも上から数えた方が早い特殊部隊が出身の者がほとんどなのだ。相手が天狗だろうが鬼だろうが、支給品とはいえ月の科学兵器、それの相手になるとは思えない。

 ――そう、とっくに天与の暴君(比那名居天子)によって壊滅させられた彼らに、一つ耳は思いを馳せた。

 

 そしてもう一つは、その山の麓。

 ()()()()()()()()()()"残穢"、それの解明の為に残ったグループである。

 

 ――新たな蓬莱人(藤原妹紅)の"残穢"。

 当たりか外れか。当人がその場にいないにしろ、"残穢"を解明できるのなら間違いなく、次に生かせる『何か』はある。

 そんな、自分とは違って未だに、真面目に月からの仕事を成そうとする上司たちに、一つ耳は感動が止まらない。

 

「さて何を………」

 

 村の境界を踏み越え。

 やがて、数歩を進んで村の中心に近い場所に立った時。

 チリ――。鼻腔に強く突き刺さる、異臭。

 

「――ッ、これは…」

 

 ――血の匂い。

 それだけなら、一つ耳は特に気に留めることはないだろう。

 何故なら、この村には自分たちの上司、それと自分以外の玉兎が数名足を運んだのだ。

 それ即ち、ここでの血の匂いとはこの村にいた、取るに足らない人間たちに過ぎない。

 彼らが死のうと生きようが、直接的な被害はこちらにはやって来ない。

 が、月の価値観からすれば、彼ら人間は視界に映るのも不愉快な虫に過ぎない。

 だからどうせ、自分の上司たちも、ここで人間たちを軽く殺しただけ…

 と、()()()()()()()()

 

(なんて濃い血の匂い…!三人や四人なんてレベルじゃない!それこそ十数人…!)

 

 この小さな村に、十人以上も人間はいない筈だ。

 軽く見渡しただけでも、人が住んでいるであろう建築物は三つ程度で、そこから血の匂いは流れてこない。

 血の匂いがする場所。

 それの答えは、前方にあった。

 

「――ッ…!?」

 

 ――破壊された人体。

 ――まるで内部から破裂したかのような、兎耳の破片。

 それなりに言葉を交わした、友達でも何でもない、どうでもいい彼ら。

 

 それの、哀れな死体。

 生きているかどうかなど、いちいち聞くまでもない。

 ――即死だ。

 

「ッ、糞…!」

 

 臓物が飛び散り、地面を汚すその風景。

 人数こそ少ないものの、それが村に穏やかさという名の、特徴的な癒しを与えていたそれまでの、固定概念を破壊し尽くしていた。

 一つ耳は、すぐに己の周りに意識を向け、懐から道具を取り出し、操作する。

 しかし。

 

(レーダーに人間の反応はない…それにこの感覚…となると犯人は妖怪…?でも、()()を作った妖怪の妖力は微弱…!)

 

 人間にとっての呼吸を止める。息を潜めるという行動とは訳が違う。

 妖怪にとって、妖力は自身を形作る器であり、そして心臓でもあり、立場を証明する誇りでもあるそれは。

 ただ意識しただけで、小さくできる程甘い話ではない。それ即ち、自身の存在感を限界まで下げられる程の強者。

 正に、自分よりも遥かに、修羅場を経験したことのある手練れなのだ。

 

(血の匂いで鼻も利かない、それに周りの妖力が微弱過ぎて、相手の正確な位置が把握できない…!)

 

 明らかな異変。

 ここに、自分の想像を超える『敵』がいることは確か。

 となると、次に自分がするべき事は限られる。

 

(ここを離れるべき…?いや、移動するにしても、一体()()…?)

 

 命が惜しければ、早くここを離れるべきだ。

 しかし今、ここで無謀に動きだした所で、向こうに勘付かれないという保証はない。

 そうなると、答えは一つ。

 

(とにかく、見晴らしの良い外にいるのは危険!なら――!)

 

 一つ耳は、すぐに行動を開始した。

 視線を左に、そして目の前にある建築物、その扉に手を伸ばし――

 

(家の中で、周りから妖力が消えるまで隠れ続ける!)

 

 扉を開いた。

 誰のものか知らない家、その中に。

 

 

 

 

「あ」

 

 ――周りから感じる妖力、それの生みの親。

 それが、家の中で青のメッシュが入った、眠る銀髪の少女(上白沢慧音)を見ていて。

 開いた扉の方。それ即ち彼女はぐるりと、一つ耳の方へ振り向いた。

 

「あら?」

(あ"――――!!!)

 

 完全な詰みである。

 

 

 

 

 宙に浮く羽衣を纏った、明らかに人間ではない存在。

 黒でも茶でもない、紫色の髪を見れば、間違いなく彼女も、『異能』を持っている側なのが理解できた。

 

 扉を開き、未だ硬直したままの一つ耳。

 謎の気配に反応し、視線を注ぎ続ける彼女。

 

 互いに、どうしたものか。

 反応のきっかけもなく、このまま沈黙が続くと思われた時。

 彼女は、首をかしげて。

 

「兎?ふむ、因幡国(いなばのくに)から脱走でもしましたか?」

 

 ――はいそうです。なんて言える訳がない。

 一つ耳は無反応を貫いた。

 むしろ、相手が相手なのもあって、反応をする事自体が、恐怖でしかない。

 

 あの、凄惨な光景を作り出した張本人。

 それがまさか、()()()()()()()思ってもみなかったから。

 

 その特徴的な羽衣から、その正体はもうほとんど限られていた。

 地上の"穢れ"とは無縁な『竜の世界』に住む、妖怪でありながら神聖な存在。

 

「…ふむ、その服装は」

 

 ――竜宮の使い。

 永江衣玖(ながえいく)はスッと、その赤い眼を細くした。

 敵意。否、これは――!

 

 一つ耳が、()()を頭の中で具現化するよりも早く、衣玖は動く。

 ――殺意…!一つ耳がようやく、それの正体を頭で反芻した時にはもう、胴を穿つ鋼鉄の感触を味わった。

 

 音はない。

 寝静まる子供に配慮した、無音の殺意が、一つ耳の身体、その内臓までを衝撃で破壊する。

 彼女の周りを漂う羽衣、それがまるで螺旋を描くように、槍の形に変化したのを、一つ耳はようやく理解した。

 その次に、喉からせり上がる粘性の高い血液の味を。身体がようやく受け止める。

 

「ぐ、ぇ…!」

「ほう、まだ生きていましたか」

 

 骨が何本か砕けた痛み。

 それもあり、まともに息も吸えない一つ耳の前で、衣玖はそう言葉を投げかける。

 丁寧な物腰ではあるが、親しみは感じない。

 事務的でもあるが、しかしそこには、感心も誠意も何もない。

 

 ――まるで虫でも見るような。

 

 どこまでも、自分を『下』に見た態度。

 一つ耳は返す。

 

「ご、の…っ!し、所詮はけ、"穢れ"に囚われる妖怪風情、が…!」

「…あー、なるほど。そういう」

 

 今時、"穢れ"なんて言葉と概念を振りかざすもの。

 衣玖はすぐに、一つ耳が一体どのような立場で、そしてどんな価値観を持ってここにいるのかを、理解したのだろう。

 無関心から、絶対零度の冷たい視線。

 つい先ほどまでの、敵意や殺意は鳴りを潜めた。

 

「となると、あなた達は月人の…いえ、その耳を見る限り…玉兎か」

 

 逆に、今向けるそれは。

 一つ耳が先ほどまで、村の入り口で殺した人間に向けていたのと同じもの。

 

 『嫌悪感』。

 

 それこそ虫に向けるべき、決して同じ、人の形をしたものに向けてはいけないもの。

 

「この……っ!」

 

 一つ耳は怒りのまま、懐から手榴弾を取り出し、それを放り投げた。

 衣玖との近すぎる距離、そして何より、()()()()()()の構造上。それはあまりにも、無謀としか言えないだろう。

 だが、一つ耳に限らず、地上の月人が持っているものには全て、()()()()が施されている。

 率直に言えば、月で作られたそれら爆弾は、常識では計り知れない力が込められているということ。

 閃光。

 収束と、発散。

 それが一つ耳の前で、衣玖に向かって襲い掛かろうと準備を――。

 

「悪くはないですね」

 

 四つ。

 痛みと緊張感で、霞む一つ耳の視界の端。

 そこに見えた、帯としては決してありえない形。

 ――残像。

 あまりにも単純な、その違和感の答え。

 速く、より疾走く、一瞬で動いた衣玖の羽衣、その二つの端が、あまりにも高速で動いたことで。

 一つ耳の視界に、四つあるように見えただけ。

 

「ですが――」

 

 手榴弾が爆発する寸前。

 まず縦に二つ、その後左右から挟むように、硬化した羽衣が更に二つ、野菜でも切るかのように、簡単に月の武器を解体した。

 衝撃。

 

「お"ごッ――」

「…良くもない」

 

 再び、一つ耳は胸を穿たれた。

 一度目の衝撃では、数本の骨と内臓を損傷。

 それと全く同じ場所に、再び最初以上の、より重さと速度を乗せた一撃。

 答えは、火を見るよりも明らかだった。

 

「ガ、ぐ……」

「私がこの村に降り立った時、既に二人の人間が死亡していました」

 

 口からはまるで、滝のように血が流れ落ちている。

 見た目以上に、身体の内側はボロボロで、適切な治療を施さなければ、後遺症すらも残るだろう。

 だが。

 

「一人は老人、そしてもう一人は子供。……あなたからは、それらとは別の人間の血の匂いがします」

 

 だが、ここにそんな慈悲を残した者はいない。

 衣玖は自分の腕が汚れることなど気にせず、倒れ込んだ一つ耳、その襟を掴んで、持ち上げた。

 

「……殺したのは、あなた達月人ですね?」

 

 一つ耳は答えない。

 喰らったダメージが大きすぎるのもそうだが、一番の問題は、衣玖が一つ耳の身体を持ち上げている事だった。

 ただでさえ、気絶できない程の激痛が走っている首を、襟を掴んで引っ張ることで、更に圧力をかけて痛みを増す。

 衣玖は狙ってやってはいない。ただ、偶然がもたらす効率的な甚振りである。

 

「このっ……!」

「弱い、弱すぎる。…その癖、弱者を甚振る性根だけはしっかりと残っている」

「ご、ぅ……あ」

「馬鹿馬鹿しい。こんな現状でよく、彼ら地上人を見下せたものです、総領娘様の方が万倍マシですね」

「こ、の黙……!」

 

 怒りのまま、一つ耳が左拳を振るう。

 それを、衣玖は冷めた視線のまま、同じく左腕を動かし、止める。

 当然、死に体の一つ耳と、未だ傷の一つもない衣玖。

 その力の差は、一瞬で理解させられた。

 バキッ!

 衣玖が強く手を握れば、一つ耳の拳が一瞬で壊れた音がする。

 

「ぐ……ぅ…!この、妖怪如きが…!」

「…………」

 

 それでも尚、変わらぬ反骨精神。

 衣玖は、もうため息すら吐かなかった。

 

「……あなた達は、本当に」

 

 ()()――。

 最初、一つ耳が聞いたその音が再び、目前の衣玖から発せられた。

 

 ――雷。

 

 閃光、稲妻…その時、一つ耳の脳内では、『光』に関する数多の単語が、まるで洪水のように一気に溢れ出した。

 走馬灯。

 一説によると、その時の危機を脱する為に、脳が今まで経験した出来事の中から、危機に対する答えを見つけようとする反応。

 だが、もう――

 

「――度し難い」

 

 ヂィイイ――!!

 ――遅い。

 

 

 

 

 衣玖は電気と同質の自らの妖力を電荷分解する。

 本来であれば、打撃が触れる度、もしくは羽衣が相手に接触する度に、相手にプラス電荷を移動させ続け。

 そうして、必要量相手の身体にプラス電荷が蓄積された時、ようやく自身に蓄えたマイナス電荷を、対象に誘導させる。

 

 だが衣玖は、打撃と羽衣による電荷移動を"縛り"で発動していない。

 その分、自身に宿る異能の『空気を読む程度の能力』、それの効力を向上させているのだ。

 

 直接的な接触による電荷移動という、近接戦における圧倒的有利。

 それを縛り、更には蓄えたマイナス電荷を無駄にしてしまう、地面方向への誘導のキャンセルは、『空気を読む程度の能力』ではなく、自分自身の妖力操作、即ち技術でカバーする。

 

 ――こうすることで、相手は衣玖を中心とした半径20mの円に入ったその瞬間から、強化された『空気を読む程度の能力』によって自動的にプラス電荷が付与され続け。

 ――衣玖の意思一つで、いつでも雷撃を喰らう立場に追い込まれるのだ。

 この一撃は。

 

「ア――」

 

 領域を展開するまでもなく必中の。

 ――大気を裂く稲妻である。

 

 

 

 

「……もう死んだのか?」

「…………」

 

 背後に、男が立っている。

 衣玖はその声を既に、以前に聞いていたのもあって、男の正体は分かっていた。

 故に、振り返らず。

 

「えぇ、当然。頭を物理的に焼きましたから」

 

 しれっと恐ろしい事を口にしながら、事務的な返事をした。

 男は感心した様子で。

 

「………恐ろしいな、確かに体内は一種の領域だが、()()()()関係なしか」

「…………」

 

 結界術、『簡易領域』を含めた領域から『程度の能力』に至るまで。

 それらが干渉できるのはあくまで、体外の細かい場所に限られる。

 妖怪も人間も、体内は一種の領域。

 特殊な例を除き、体内の細かな場所に能力をピンポイントで発動させるのは、本来であれば不可能な筈。

 それを踏まえ、男は饒舌に、衣玖の素晴らしさを語っていた。

 

「なるほどな、領域の必中命令や能力の効果とは違い、お前の稲妻はあくまでも()()()()。相手がいくら優れた反転術式使いだろうと、決まりさえすれば……」

「話が長いです、一体何の用ですか?」

「…………もう少し語らせてくれてもいいだろうに」

 

 ようやく、ここで衣玖は振り返った。

 

「どれもこれも貧弱すぎる。地上に残った月人とやらも、四百年前の方が幾分マシでした」

「……仕方ない、そもそも強者に分類される月人は、もう『四凶』によって殺された筈だ」

「何故、こうも」

 

 衣玖は再三、度し難いと言って。

 

「何故、彼らはこうも醜く在れるのでしょう?」

「……」

「過程こそ違えど、人間も月人も、その起源は同一の筈です。何より私は、彼らのように、虫のように相手を殺せる精神が納得できません」

「それは私も同意だ」

 

 男は腰に携えた、二本の刀に手を伸ばす。

 僅かに燃え上がった、戦闘意欲を『読んだ』衣玖は、困り顔で。

 

「……戦りませんよ」

「しかし…」

「嫌ですよ。あの、だからそんな顔しないでください、誰も得しません」

「しかし……」

「くどい。いい加減にしないと頭焼きますよ?」

 

 ビリリッ!と空気が僅かに震える。

 そうしてようやく、男は刀から手を離した。

 

「勘弁してくれ、流石に()()()()とはいえ脳を焼かれるのは耐えられん」

「大体、そんなに相手に飢えているなら諏訪にでも行けばいいでしょう。あそこの鬼……星熊童子でしたか、確か歴代の鬼の中でも、最高出力の異能を携えているとか」

「残念ながら断られたよ。相手が『人間』ならまだしも、こっちは『半人半霊』だからな」

「……もう行ってたんですね」

 

 何というか、彼らしい。

 そう言葉にするまでもなく、衣玖の目の前で、()()は笑った。

 

「応、まだまだ斬り足りないのでな」

「……呆れました。明鏡止水とは程遠いですね、あなたは」

「何、これが私の生き方なのでな」

 

 半人半霊の、若き剣士。

 彼は腰に携えた長刀『楼観剣』と、短刀『白楼剣』に視線を向ける。

 そんな様子を見て、衣玖の脳内にある考えが浮かんだのだ。

 

 『斬れば分かる』と、普段から豪語する彼になら、もしかしたら――。

 

 衣玖は最近、より一層手がかかるようになった『総領娘様』から聞いた、ある話を提案する。

 

「これに見合う男にならねば、まともに色も知れぬのだ」

「………それならいい話がありますよ。どうやら最近、スキマ妖怪の八雲紫が……」

「ほう、詳しく……」

 

 着実に。

 月と地上、その因縁が爆発する機会。

 それが、確実に訪れようとしていた。




月人「蓬莱人の残穢はっけーん!二手に分かれて行くゾ!(人間は殺す)」
天子「殺す」
衣玖「殺す」


 クズモブを雑にぶっ殺す程気持ちの良いものはない、そう古事記とカグラバチにも書かれている。
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