【本編完結】諏訪子様になった、負け戦を回避したい   作:洩矢廻戦

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 オリジナル領域展開のストックがあと一個しかありません、最終章でこれ披露したらもう暫く配給はなしです(そのうち領域人気投票でもしますかね)。
 最近少しずつ10評価が増えてきて嬉しい。


123話.泳者たち

 姫海棠はたては、目前の侵入者の様子に困惑していた。

 

「だーっしくった!お前のせいでしくった!」

「はぁあああああ――!?私は悪くないでーす!想像力足りてないんじゃない!?どう考えてもそっちが悪いでしょ!!」

「うるせーバーカ!」

「そっちこそがバーカ!」

「……」

 

 手と足を縄で縛られ、身動きの取れない侵入者が二人。

 一見すると、異能持ちを相手にするには拘束が弱いと思えるだろうが、実際にはそんな事はない。

 仮に、この侵入者たちが何らかの力で、縄を無理やり解いたとしても、彼女たちを囲う形で待機している、何十もの天狗たちによって粛清が執行される。

 と、いうのに。

 はたての前ではこうして数十分以上。

 侵入者の二人は互いに睨み合い、互いを煽り続けていた。

 

「………」

 

 この場を取り仕切る筈の大天狗。

 彼は終始無言だった。

 

「…あの、大天狗様……?」

「…………」

 

 彼は何も言わなかった。

 というより先ほどからずっと、眉の一つも動かさず、目の前でギャーギャーと言い争っている二人を見るだけ。

 会話を止めることもなく、ため息で場を濁すこともなく、ただ無言。

 見習い天狗のはたてにとって、彼のそんな一面は、今まで見たこともないものであった。

 背後のコソコソ話に耳を傾けてれば、どうやら自分以外の天狗たちも同じような感じらしく。

 「あれどうする?」だの「気狂いか…?」と、酷い言い様であった。

 侵入者たちはまだ騒ぐ。

 

「先にずっこけたのはそっちでしょうが!あと道連れついでに私の足も掴みやがってこの馬鹿!」

「はーっ!?馬鹿じゃないもん!馬鹿じゃないもん!!これでも地頭がいいって永琳に褒められたんだから!」

「あれ愚図あんた知らなかったの?『地頭がいい』ってのは基本馬鹿を励ます言葉なのよ」

「ムキィイイイッ!!!」

 

 ――何なんだろう、この人間たち。

 

「何なんだろう、この人間たち」

「「うむ……」」

 

 はたてはもう何十回は思ったことを、改めてそう口にした。

 背後に立っていた同僚たちも、うんうんと首を縦に振ったのを見るに、やはり自分の感性は間違っていなかったらしい。

 こうしている間にも、侵入者の言い争いはヒートアップを続けており。

 そしてやはり、上司たる大天狗は今も、何も反応を見せていなかった。

 

「大体あの時――」

「そもそも私は――」

「大天狗様…どうしますか……?」

「……――――」

 

 大天狗はじっと、侵入者を睨んだまま動かない。

 そう書くとまるで、状況は依然として変わっておらず、この侵入者の処罰に悩んでいるかのように思えるだろう。

 だが、違う。

 まだ動揺を露わにし、このある意味得体の知れない()()()()に、他の天狗たちはどう当たるべきかの答えを見いだせていないが。

 大天狗だけは、目の前で繰り広げられる言い争いの、その裏で進行している()()を――。

 

「お前たち、二人共人でなし、妖でもなければ……」

 

 大天狗は静かに、言葉を紡ぐ。

 

「我らが問うのは一つのみ。お前たちは異邦のものか、それとも我らの山を荒らす、台風の目か」

「だーかーらー!私が絶対…」

「何よそっちこそ…」

「――その三文芝居。いつまで続けるつもりか」

 

 ピタリ。

 今までの盛り上がりが嘘のように、耳を痛くする程の静寂が訪れた。

 

「先ほどから三度、お前たちは不自然に視線を合わせたな?白髪の方、お前は特に褒めてやる。視線の動かし方、喉の向きを含めて見事に我らを騙してみせた」

「「…………」」

「だが黒髪の、お前はまだ素人だな。腹の探り合いはまだしも、時折視線が不自然に動いていた。それでは違和感がまだ残る。誰かに『教えてもらったばかり』なのか?その芸を」

「「――――」」

 

 ――分かっていたんだ。

 はたてにとっては数多くいる、未だ名前も覚えていない一人の上司。

 人間でいう初老に近い風貌のその姿は、他の上司のように分かりやすい、単純明快な『強さ』が伝わりにくい。

 己の体躯、それの数倍は大きい翼を作るわけでも、鬼にも負けず劣らずな、相手に恐怖を植え付ける顔の造形でもなく。

 さほど印象に残らない、そんな上司天狗の一人の背中が、今はとても大きく見えた。

 だが、はたてがそんな事を思えたのは、一瞬で。

 次に。大天狗の発言によって、突然騒がなくなった侵入者たちに、はたてが疑問に思って、ふと顔を向けた時。

 ゾゾゾ!と、背筋に冷たい何かが走った。

 

 侵入者たちが、こちらをじっと無言で見ているのだ。

 

 互いに睨み合い、罵り合っていたのが夢だったように、余韻も何も残さずに。

 大天狗に負けぬ、人形のように不気味な無表情のまま。

 じっと、じっとこちらを見つめ続けていた。

 

「ひっ…!?」

 

 はたては悲鳴を上げた。

 当然、それは妖怪の上位種たる天狗には相応しくない、情けない反応であろう。

 だがこの時、この場において、はたての恐怖心を戒められる者は、誰一人としていない。

 見習い天狗に留まらず、大天狗以外、全ての天狗が彼女たち侵入者の持つ、暗闇のような気配に、怖気づいてしまったのは事実なのだ。

 

 人間の形でこそあれ。

 妖怪とも言えず、亡霊でもなく。

 血と肉で作られた、その器から零れ出る威圧感。

 

 一瞬、恐怖で足がすくんだ天狗たちを鼓舞する為に。

 大天狗が声を荒げたのと、全く同じ瞬間であった。

 

「捕らえ――!」

「二回戦開始だ輝夜!」

「待ってたわ!」

 

 駆ける。

 たった一言、大天狗の命令で天狗たちが総出で動き出す寸前。

 侵入者。――妹紅と輝夜は互いにそれぞれ、互いの得意な方法で窮地を脱する為に働いていた。

 

 妹紅は相手に悟られぬよう、極小の炎で少しずつ縄を焼き。

 輝夜は単純明快に、フィジカルに全てを任せたゴリ押しの突破を。

 

 縄が解かれ、肉体が自由を手にする。

 その時、風が。

 翼が。

 室内で揺らぐよりも先、更に先。

 輝夜が、地面に手を突き刺した。

 

「ふんぬらばっ!」

 

 メキィッ!と畳が軋む音がした。

 それだけならまだ、可愛げのある精一杯の抵抗にしか過ぎなかっただろう。

 実際、はたてにとって輝夜の容姿はただの『人間』にしか見えず、たとえ肉体強化ができたとしても、それでできる事はたかが知れていると無意識に決めつけていた。

 畳を捲り、視界を遮る。

 如何にも人間のしそうなことで、同時にそれは、悪手だろうとはたては思う。

 人間同士ならまだしも、ここにいる相手は天狗なのだ。

 畳の壁に隠れるよりも先、こちらが速度で潰――。

 

「即興『天狗屋敷の一枚床』ァ!!」

「はたて!!」

 

 トンッ、と衝撃。

 大天狗が、はたての身体を突き放す。

 飛翔の為、膝を曲げた身体がくの字に折れた。

 だが、衝撃の強さ自体はそれ程でもなかった。

 

「え……」

 

 ほんの少しの、身体の側面に走る僅かな痛みは。

 強者の妖怪たる大天狗による、絶妙な力加減によるもの。

 彼がはたての、まだ幼い身体への影響を気遣ったからだろう。

 

「だい――」

 

 はたてが手を伸ばす。

 理性と思考は、まだ突然の異変に追いついていないというのに、極限の集中による視界のスローモーションはきちんと機能していた。

 妖怪としての本能、肉体だけが反射的に追いつき、発動した刹那を見切る力。

 それが、投げつけられた()()によって吹き飛ぶ、自分を庇った大天狗を残像として記録した。

 彼女たちの抵抗手段は、畳ではなかった。

 鋭く、早く抉りこんだ両手が畳を貫通し、その下にある板を、地面を文字通り掴み、投げつける。

 『畳』ではなく『地面』を裏返し、()()()()た。

 焦燥。

 ここに来て、はたてを含めた天狗たちは、己の思い込みによる勘違いを、酷く後悔した。

 この者たちは――。

 

「シャオラァ!私の勝ちィ!技の『美しさ』ならこっちの圧勝ゥ!!」

「抜かせや!次こそどっちが『速い』か決着つけるわよ!」

「ハン!望むとこよォ――!」

「『須臾』はなし!先に山を出た方が勝ち!ハイ復唱!!」

「須臾はな…ってボケコラ!抜け駆けすんじゃないわよ!!あとそっちこそ空飛ぶんじゃないわよ!?おい!!」

 

 駆け出す。

 ただの人間には絶対に出せない、風の如き速度。

 呆気に取られている他の天狗たちを尻目に、二人はあっという間に消えていった。

 混乱。

 それを一瞬で頭から消し去り、はたては飛び立つ。

 

「ま、待ちなさい!?」

 

 段々と遠くへ走り去っていく彼女らに、焦りを隠せない大声で警告する。

 当然、それで彼女たちが止まる筈もなく。

 はたての全力の飛行など知ったことかと、彼女たちはスタコラサッサと走り続けた。

 時々、輝夜が前に。その後すぐに妹紅が追い抜き。

 そうしてすぐ、輝夜が巻き返す競走のデッドヒート。

 はたて自身、自分の実力など、見習い天狗の中でも下位に位置する程度と自覚しているし、自惚れを覚える程に身の丈を弁えない性格はしていない。

 が、それでも。

 

 ――速い!!

 

 前方を走り続ける二人に追いつけない。

 それどころか、まだ空の『踏み方』も知らない自分ならまだしも、自分の倍の時を生きている他の天狗でさえ、彼女たちに追いつくことができていない。

 大天狗はまだ、先程頭に喰らった衝撃が抜け切っておらず、戦線復帰にはまだ遠い。

 このままでは…はたての未熟な焦りが周りに伝染する。

 駄目だ。

 まだ純粋な、心の底からの心配。

 まるで人間と同じ、天狗の縦社会の思想に染まっていない、無垢なままのはたては、喉から声にならない音を零す。

 駄目。そう今度こそ、言葉になる寸前――。

 

「待…待ちなさ…!?」

「――『光龍の吐息』」

 

 雷光が、降り注ぐ。

 

 

 

 


 

 

 

 

 はたての目前に、突如として降ってきた、具現化した殺傷能力。

 誰かの声が聞こえたと同時に、それが侵入者二人を一気に飲み込み、そして炸裂した。

 それは、決して自然のものではなかった。

 白色に迸る稲妻。それらが一切の制御を失うことなく、大雑把な『球体』として固定されているのだ。

 異能を絡めた、強者の技である。

 地面は当然として、侵入者たち以外へ、近くにいたはたてに、稲妻は放電されることもなく。

 正確に、狙いを定めた者たちにのみ、矛先を向けていた。

 ビリビリ…と、片手に先程放った稲妻の残滓を纏いながら。

 その少女は、はたての隣に降り立った。

 

「すみません、邪魔でしたか?」

 

 その特徴的な羽衣を見て。

 はたては一気に、ぶわっと涙を両目に溢れさせた。

 理由は当然、安堵と感謝である。

 

「だ、助"か"り"ま"し"た"ぁ"…!」

「なら良かったです」

 

 変わらず、衣玖は事務的に返す。

 

「あ"り"か"と"ぉ"お"お"お"!!」

 

 感謝の涙でびしょびしょに顔を濡らしたはたてが、感極まって抱き着こうとする。

 

「離れてて下さい」

 

 ぐいっと、衣玖は片手ではたての身体を押した。

 その時、彼女がはたての身体を無意識の内に、強く押し退けたのは決して、決して涙やら鼻水やらが服に付着するのが嫌だったから…ではないと思いたい。

 そう…きっと気のせいだ。

 だがはたては泣いた。

 

「う"わ"ぁ"あ"冷"た"い"ぃ"…」

「離れてて下さいね」

「は"い"ぃ"ぃ"…」

 

 ――調子が狂う………

 その言葉をしっかり、衣玖は胸にしまった。

 だがまぁ、普段自分が相手にしている総領娘(天子)の我儘っぷりと不快さに比べれば、この程度可愛いものである。

 絶賛号泣中のはたてもまさか、この一連の会話と行動だけで、衣玖に内心、あの天界きっての問題児、もとい()()()である天子と『面倒臭さ』で比べられているとは思わないだろう。

 衣玖はため息を一つ。

 

「さて」

 

 そして、目前に広がる巨大なクレーターを見据えた。

 人体を焼く。そんな甘い規模で収まる程、先程放った技は優しくない。

 血液を沸騰させ、脳を物理的に焼き焦がし、骨は炭化して残らない。

 雷とは、熱とは、生物全てが持つ弱点とは、そういうものなのだ。

 だが――。

 

「――ちょっとピリッてしたか?」

 

 ――妹紅はそこにいた。

 地面が陥没し、稲妻による破壊の証明である、クレーターの中心。

 そこで彼女は、避雷針の代わりに、彼女は自身の右手を突き出して、全ての稲妻を受け止めていた。

 効いていない?

 否、ただ『何か』をして、身体を守ったのだ。

 自分の技が効いていないのではないか?そんな刹那の不安は間違いであると、衣玖はすぐに思考を切り替えた。

 正体は依然として不明。

 未だ全容が掴めない相手の情報。それらを頭の片隅に置き、確定した事実のみを捉え、解析。

 

 ――自分の妖力特性をほぼ無視している。

 

 決して、効いていない訳では無い。

 ただ()()()()()だけ、そして喰らったとしても尚、『何か』によって元に戻るのが彼女の力。

 そう、今も妹紅の右手に走る、自身の稲妻の残滓が確信させた。

 

(特性や能力、特に私のような『雷』だと、単純な肉体強化では防ぎづらい筈…)

 

 つまりは最低限、それらを無視できる程の強化幅。

 もしくは、それらを超えるより無法な『異能』のどれか――。

 

「あなた、名前は?」

 

 衣玖の問い。それへの反応は早く。

 

「私?藤原妹紅」

 

 次に、その背後。

 

「もこたんって呼んでいいわよ」

「いいわけないでしょ」

 

 ひょっこり、妹紅の背中に隠れていた輝夜が顔を出した。

 その出てきた頭を、妹紅は軽く叩いて。

 

「あてっ」

「で、そっちこそ何の用?こっちはこいつとの勝負で忙しいんだけど?」

「いやいや!そっちから侵入しておいて何言ってんの!?」

 

 横から思わず、といった形ではたてが叫ぶが、妹紅は無視した。

 続いて、衣玖が言葉を返す。

 

「勝負ですか、それは今じゃないと駄目ですか?」

「え、あの…」

 

 勿論。はたての言葉への反応はない。

 

「うーん…できれば今がいいかなぁ、ついでにちょっと寄りたいとこがあってね、近くにある村に…――」

「妹紅?それに村?…もしや、慧音という少女はあなたの連れだったのですか?」

「え、知ってたの?なら話は早いね…――」

 

 輝夜も当然無視し、衣玖もまた、結果として無視を決め込んだ。

 はたて、一人。

 

「あ、あの……………………」

 

 説明を挟むなら。

 衣玖の場合は、妹紅たちとは違って、ただ思考の海にどっぷりと浸かっていた結果としてであって、決して故意で無視を決め込んだ訳ではない。

 あくまで、妹紅という名を聞いてから、ここに来る前に出会った、少女、慧音の話を思い出していただけであり、はたての言葉を聞く余裕がなかったのだ。

 が、ここに『覚妖怪』はいないし、はたても相手の心を読める能力など持っていない、ただの天狗でしかない。

 当然。そんな彼女たちの内心、過程を知れる筈もなく。

 結果として、自分の存在が無視されたという、結果しか知れないのであった。

 

「…………ぐすん」

 

 ずびっと、再び涙声に戻り。

 しくしくと肩を竦めて。

 流石に申し訳なく思ったのか、衣玖は自分の身長の半分少ししかない、はたての頭を優しく撫でた。

 一転。

 

「なら、こちらからしても話が早いですね。その慧音?さんのことで少し聞いて欲しいことが」

「…………もしかして、あの村で何かあった?」

「彼女は無事です、ご安心を。あと、彼女があなたの連れというのを抜きにしても…()()()()()()()、これらの話は無視できない筈です」

「……――そう、なら礼を言わないとね」

 

 まるで、思考でも読んだかのように。

 慧音の名前。

 そして本当に僅かだが、衣玖がそれについて触れる時、言い淀む気配を見せたこと。

 これらを加味し、視線が鋭くなった妹紅に、衣玖は感心しつつ。

 

「天狗の皆さまにも、これから関係があることです」

 

 ぐるりと、周りを見渡した。

 一つ、二つと黒い影が降り立ち、今になってやっと追いついた天狗たち。

 彼らは今度こそ、これ以上侵入者を逃がさないよう、妹紅たちを囲う形で、過剰に人数を揃え、敵意を向けている。

 だが、衣玖の話相手は、彼らではなく。

 

「八雲紫。――かの、妖怪の賢者から、持ち掛けられた話があるでしょう?」

 

 虚空に向かって、そう声をかける。

 その声が一体、『誰に』向けられたものなのかは、その場に居た全員が察した。

 フッ――。と、影が静かに降り立つ。

 

「…………当然、そちらも知っておるか」

 

 大天狗である。 

 他の者たちとは違い、翼で空を切る音もなく、衣玖の目の前に降り立つ姿。

 老獪さ、実力の高さ。

 目視では分かりづらい、妖怪の『格』の高さ。

 それらの要素が、今のやり取りと動きだけで、単純明快に理解できた。

 

「となると、そっちの侵入者も…」

 

 大天狗の頬は、僅かに赤く腫れていた。

 最初に輝夜から喰らった攻撃は、間違いなく頬の皮を突き抜け、肉を抉った筈なのだが。どうやらその傷は、とっくに反転術式で完治させたらしい。

 一瞬だけ、彼は今まで自分が動けなかった原因でもある輝夜に、意味深な視線を一つ向けた。

 当然、向こうに心当たりがないなんて筈もなく。

 何か言いたげな視線。それに晒された輝夜は、両手をバタバタと振ってから。

 ぶきっちょに、口先をすぼめ。

 

「ひゅ、ひゅ~~…」

「………………………………」

 

 下手くそな口笛を一つ。

 それを見て、馬鹿馬鹿しくなったのだろうか、大天狗はすぐに興味を失い、衣玖に視線を戻した。

 

「…まぁいいか、あれは置いておこう」

「ちょっと!」

 

 輝夜の抗議の声は、誰も拾わない。

 代わりに、大天狗と衣玖のみが、高位の立場同士で会話を交わす。

 

「『竜宮の使い』であるそなたに聞こう。彼女たちは一体何者か」

「地上に残る月の人間…月人でしたかね、彼らが今も追っているものの正体ですよ」

「何?それはどういう…」

「八雲紫が来たのなら、知ってるでしょう?『月』の人間たちの一部は今も、地上に降り立ち…あるものを探している」

「……」

「彼らが今も尚、欲しくて仕方がない()()の正体が、彼女たち。――『蓬莱人』なのです」

「――――」

 

 ――月。

 その言葉を聞いた途端。

 ぎろりと、その場にいた何十もの天狗たちが、一斉に妹紅たちに視線を向けた。

 

 そう、月だ。

 かの八雲紫が持ちかけた戦争。――『月面戦争』を仕掛ける相手が住むとされる世界の名。

 

 それと関係がある所か、彼らが欲しくて仕方がない、それ()()()()であると来た。

 敵か、それともこちらに、情報をもたらす何かなのか?

 ここで、手を伸ばす価値があるものか?

 これまでの、得体の知れない侵入者という評価が一転し、妹紅たちは天狗たちにとって、別の可能性に変化する。

 富か敵か。そのどちらなのか。

 それの真意をはかる、天狗たちの欲望の色が乗った視線。

 

 それら大量の視線が集い、輝夜は不愉快そうに。

 妹紅は緊張などなく、どうでもよさげに耳を小指でほじっていた。

 

 当然、彼らの総大将である大天狗の反応も決まっていて。

 衣玖とこれから交わすのは、目先の利益ではなく、更に先の――。

 

「ここで焦り、手を伸ばすのは愚行。だが逆に、ここで何もせずに帰すのもまた愚行…か」

「では、どうしますか?」

「話せ。その侵入者たちを含め、そちらが知る限りの事全てを」

「"縛り"は?」

「当然。内容は…そうだな、こちら側もまた、現在知る情報をそちらに開示しよう。当然、知っていること全てを話す」

「では、その対価は?」

「そうだな、その『月面戦争』に…………」

 

 

 

 

「……勝負はお預けかなぁ」

「面倒臭いわねぇ」

 

 その"縛り"に、まさか自分たちが巻き込まれているとはつゆ知らず。

 輝夜、()()()()()面倒臭そうにそう言った。

 

 

 

 


 

 

 

 

 大陸全土にある妖怪の集落。

 八雲紫が持ちかけた話は、どれも共通した内容の『月面戦争』。 

 ――『月に攻め入り、彼らの恐怖と富を手にする』…という建前の、真の目的は生き残るべき妖怪の選別。

 当然、それへの反応は、集落ごとに様々であった。

 

 ①そんな賢者の真意を察し、繋がりを求めてあえて策に乗った者。

 ②得体の知れぬ勢力に手を出すべきではないという、待ちの判断を下す者。

 ③目先の利益に囚われて、彼女の思い通りに滅びの道へ進む者。

 

 見事に反応は三つ巴となり、しがどれもが見事に妖怪らしいもの。

 残念ながら、ここ以外の集落…特に他の天狗勢力も含めて、ほとんどの妖怪が選ぶ道が③なのを見るに。

 以前「近年の妖怪は落ちぶれっぷりが酷いのではないか?」と、そう零した老いぼれ上司は、ある意味間違っていないのであろう。

 

 だが、同時にあることを考えるのだ。

 

 自分たちがこうして、八雲紫の提案を受け入れるか、受け入れないか。

 そもそも、八雲紫の持ちかけた話は『建前』だと分かってはいても、妖怪の賢者たる彼女との繋がりを求めて、結局首を縦に振っている事も。

 …否、そもそも彼女が自分たちと接触を図ってきた時点で。

 全ては、彼女の思い通りなのではないか…?と。

 射命丸文の懸念は、今も――。

 

 

 

 

「改めて、本当にやってらんないのよ」

「で、それを私に言ってどうすんのさ?」

 

 ――また始まった。

 ネチネチと不満を垂れ流す文の様子を見て、ため息。

 もはや恒例行事なので、文句を省く代わりに。

 

「まぁちゃんと聞いてあげるけどさ」

 

 そう付け加えて、少女は微笑した。

 文の隣に座るのは。河童、河城(かわしろ)にとり。

 彼女は河童の中でも特に珍しい、天狗という山の上司的種族に偏見を持たない、『異端』な立ち位置にいる少女であり。

 それは天狗の中でも、見習いながらしっかりと『異端』側に位置する文にとって、他種族でありながらも唯一、気の置けない関係の友人の一人であった。

 にとりは続ける。

 

「言っとくけど、私にゃ天狗の話なんてこれっぽっちも理解できないよ」

 

 文は笑って。

 

「いいのよいいのよ。こうやってあんたに愚痴を聞かせるだけで、私がスッキリするんだから、私が」

「……私に得がないじゃん」

「え?私『に』得があるのよ?なら問題ないじゃない」

 

 絶句。

 にとりのその顔があまりにも可笑しくて、文はつい吹き出してしまった。

 

「ま、これからもずっと聞かせ続けてあげるから感謝しなさい」

「こいつ…ホント……」

 

 にとりは頬をひくつかせる。

 彼女は言葉にこそしていないが、文は彼女が内心で思っている事を、その表情から何となく察した。

 

 ――上司とやらに比べれば数百倍はマシ。とはいえこれは酷い。

 

 …なんて思っているのだろう、きっと。

 彼女のこういう所は本当に分かりやすい。

 文はもう一度笑った。

 

「プッ…顔に出すぎよ」

「出てるんじゃない、出してるんだっての」

「あらそう?天狗相手にいい度胸ね」

「はいはい悪ぅございました」

「ならいいわ」

 

 口先だけののほほんとした謝罪。

 だがそのやり取りで、文はにとりが決して、こちらにへりくだる訳でも、謙遜する訳でもなく、ただ気が置けないが故にこの態度である事を知っている。

 それもまた、文の好感度の高さに一役買っていた。

 

 穏やかな時間だ。

 

 川の流れを目で追って、日が沈むのを尻目に、一日を怠惰そのもので終わらせる。

 恒久的、不変すら思わせるこの自然風景。

 文はここで過ごす時間と空気が好きだった。

 

 平和。そう、平和そのものである。

 河童と天狗。それも自分たち以外、ここには自分たちを縛るものは何もいない。

 

 組織のしがらみから解放された、穏やかな暇である。

 

「ここはいいわね」

「だろ?」

 

 その言葉を、にとりは肯定した。

 そして、次に出てくる話題は、当然件のものであり。

 

「月だの戦争だの、みんな馬鹿らしくて仕方ないね。きゅうりを片手に物見遊山…これがなんとまぁ幸せなことか」

「流石に三食きゅうりは飽きるわよ。物見遊山は否定しないけどね」

「あんまり遠くに行き過ぎると白狼天狗がうるさいんだよねぇ」

「あんなの無視すりゃいいのよ、あいつらなんてただ馬鹿真面目なだけなんだし」

「あんた本当に白狼天狗の事嫌いだよね。…あと……」

 

 にとりはくつくつと笑いながら、前方を指さした。

 

「それにさ、最近はもっと退屈しないよ」

「ふーん?」

「ほら、あそこ見てみ?」

 

 文は目を凝らし、にとりが指さす方を見下ろし――。

 

「一体何…が………って、あぁ」

 

 前方の光景を見て、文は苦笑した。

 川の近く、そこでにとりとは別の河童たちが、何やらワイワイガヤガヤと盛り上がっている、そこまではいい。

 問題は。

 そこに、天狗なら絶対に許さないであろう存在がいる。

 河童たちに囲まれているのは、一人の人間。

 人間の青年と河童が、妖怪の山という魔境にて、まるで子供のように、無邪気に戯れている事だった。

 名も無き青年は叫ぶ。

 

「さあ!!相撲しようぜ!!」

「「いいぞー!」」

「マジでぇ〜〜〜!??」

 

 戦争や種族間のわだかまりなど何のその。

 戦争に向けて働く者だけでなく、こうして牧歌的な平和を呆然と生きる。そんな者だって居るという。

 そんな事実を目の前に、文は余計に馬鹿らしくなった。

 

「文、あんたは参加するんだっけ?月面戦争」

「馬鹿言わないでよ。なんであんな、何の得もない()()()を好き好んでやんなきゃいけないのよ」

「そりゃそうか」

 

 妖怪の山、その河童の集落付近は今日も平和だ。

 河童は人間を好み、盟友と呼ぶその姿は、まるで一昔前の『鬼退治』のよう。

 人間と妖怪、例えその関係が『幻想』になりかけていたとしても、まだ彼らの中には、こうして友好の意を向ける者もいる。

 そんな、馬鹿馬鹿しい話が一つ。

 改めて、今日も妖怪の山は平和なのである。




 姫海棠はたて
まだ若い、あと情緒が幼い。
後にちゃんと大人の汚さを知り、ついでにギャル風にエロ可愛く成長する。

 射命丸文
「「「射命丸はさぁ…"優しい"んだよね」」」
後にこうなる、頑張れ。

 比那名居天子
『ある理由』から忌み子扱いされていた。
自尊心(それ)はまだ――

 名も無き青年
馬鹿。どれくらい馬鹿かというと「東?なら右だな」程度の知能しかないスーパー馬鹿。
ただ相撲が大好き。最近は妖怪の山に侵入し、河童と相撲を取りまくる日々。
人間からの認知度も当然皆無なので、多分こいつはその内幻想郷に流れ着くし、当然なんとかやっていけるだろう。

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