【本編完結】諏訪子様になった、負け戦を回避したい 作:洩矢廻戦
最近少しずつ10評価が増えてきて嬉しい。
姫海棠はたては、目前の侵入者の様子に困惑していた。
「だーっしくった!お前のせいでしくった!」
「はぁあああああ――!?私は悪くないでーす!想像力足りてないんじゃない!?どう考えてもそっちが悪いでしょ!!」
「うるせーバーカ!」
「そっちこそがバーカ!」
「……」
手と足を縄で縛られ、身動きの取れない侵入者が二人。
一見すると、異能持ちを相手にするには拘束が弱いと思えるだろうが、実際にはそんな事はない。
仮に、この侵入者たちが何らかの力で、縄を無理やり解いたとしても、彼女たちを囲う形で待機している、何十もの天狗たちによって粛清が執行される。
と、いうのに。
はたての前ではこうして数十分以上。
侵入者の二人は互いに睨み合い、互いを煽り続けていた。
「………」
この場を取り仕切る筈の大天狗。
彼は終始無言だった。
「…あの、大天狗様……?」
「…………」
彼は何も言わなかった。
というより先ほどからずっと、眉の一つも動かさず、目の前でギャーギャーと言い争っている二人を見るだけ。
会話を止めることもなく、ため息で場を濁すこともなく、ただ無言。
見習い天狗のはたてにとって、彼のそんな一面は、今まで見たこともないものであった。
背後のコソコソ話に耳を傾けてれば、どうやら自分以外の天狗たちも同じような感じらしく。
「あれどうする?」だの「気狂いか…?」と、酷い言い様であった。
侵入者たちはまだ騒ぐ。
「先にずっこけたのはそっちでしょうが!あと道連れついでに私の足も掴みやがってこの馬鹿!」
「はーっ!?馬鹿じゃないもん!馬鹿じゃないもん!!これでも地頭がいいって永琳に褒められたんだから!」
「あれ愚図あんた知らなかったの?『地頭がいい』ってのは基本馬鹿を励ます言葉なのよ」
「ムキィイイイッ!!!」
――何なんだろう、この人間たち。
「何なんだろう、この人間たち」
「「うむ……」」
はたてはもう何十回は思ったことを、改めてそう口にした。
背後に立っていた同僚たちも、うんうんと首を縦に振ったのを見るに、やはり自分の感性は間違っていなかったらしい。
こうしている間にも、侵入者の言い争いはヒートアップを続けており。
そしてやはり、上司たる大天狗は今も、何も反応を見せていなかった。
「大体あの時――」
「そもそも私は――」
「大天狗様…どうしますか……?」
「……――――」
大天狗はじっと、侵入者を睨んだまま動かない。
そう書くとまるで、状況は依然として変わっておらず、この侵入者の処罰に悩んでいるかのように思えるだろう。
だが、違う。
まだ動揺を露わにし、このある意味得体の知れない
大天狗だけは、目の前で繰り広げられる言い争いの、その裏で進行している
「お前たち、二人共人でなし、妖でもなければ……」
大天狗は静かに、言葉を紡ぐ。
「我らが問うのは一つのみ。お前たちは異邦のものか、それとも我らの山を荒らす、台風の目か」
「だーかーらー!私が絶対…」
「何よそっちこそ…」
「――その三文芝居。いつまで続けるつもりか」
ピタリ。
今までの盛り上がりが嘘のように、耳を痛くする程の静寂が訪れた。
「先ほどから三度、お前たちは不自然に視線を合わせたな?白髪の方、お前は特に褒めてやる。視線の動かし方、喉の向きを含めて見事に我らを騙してみせた」
「「…………」」
「だが黒髪の、お前はまだ素人だな。腹の探り合いはまだしも、時折視線が不自然に動いていた。それでは違和感がまだ残る。誰かに『教えてもらったばかり』なのか?その芸を」
「「――――」」
――分かっていたんだ。
はたてにとっては数多くいる、未だ名前も覚えていない一人の上司。
人間でいう初老に近い風貌のその姿は、他の上司のように分かりやすい、単純明快な『強さ』が伝わりにくい。
己の体躯、それの数倍は大きい翼を作るわけでも、鬼にも負けず劣らずな、相手に恐怖を植え付ける顔の造形でもなく。
さほど印象に残らない、そんな上司天狗の一人の背中が、今はとても大きく見えた。
だが、はたてがそんな事を思えたのは、一瞬で。
次に。大天狗の発言によって、突然騒がなくなった侵入者たちに、はたてが疑問に思って、ふと顔を向けた時。
ゾゾゾ!と、背筋に冷たい何かが走った。
侵入者たちが、こちらをじっと無言で見ているのだ。
互いに睨み合い、罵り合っていたのが夢だったように、余韻も何も残さずに。
大天狗に負けぬ、人形のように不気味な無表情のまま。
じっと、じっとこちらを見つめ続けていた。
「ひっ…!?」
はたては悲鳴を上げた。
当然、それは妖怪の上位種たる天狗には相応しくない、情けない反応であろう。
だがこの時、この場において、はたての恐怖心を戒められる者は、誰一人としていない。
見習い天狗に留まらず、大天狗以外、全ての天狗が彼女たち侵入者の持つ、暗闇のような気配に、怖気づいてしまったのは事実なのだ。
人間の形でこそあれ。
妖怪とも言えず、亡霊でもなく。
血と肉で作られた、その器から零れ出る威圧感。
一瞬、恐怖で足がすくんだ天狗たちを鼓舞する為に。
大天狗が声を荒げたのと、全く同じ瞬間であった。
「捕らえ――!」
「二回戦開始だ輝夜!」
「待ってたわ!」
駆ける。
たった一言、大天狗の命令で天狗たちが総出で動き出す寸前。
侵入者。――妹紅と輝夜は互いにそれぞれ、互いの得意な方法で窮地を脱する為に働いていた。
妹紅は相手に悟られぬよう、極小の炎で少しずつ縄を焼き。
輝夜は単純明快に、フィジカルに全てを任せたゴリ押しの突破を。
縄が解かれ、肉体が自由を手にする。
その時、風が。
翼が。
室内で揺らぐよりも先、更に先。
輝夜が、地面に手を突き刺した。
「ふんぬらばっ!」
メキィッ!と畳が軋む音がした。
それだけならまだ、可愛げのある精一杯の抵抗にしか過ぎなかっただろう。
実際、はたてにとって輝夜の容姿はただの『人間』にしか見えず、たとえ肉体強化ができたとしても、それでできる事はたかが知れていると無意識に決めつけていた。
畳を捲り、視界を遮る。
如何にも人間のしそうなことで、同時にそれは、悪手だろうとはたては思う。
人間同士ならまだしも、ここにいる相手は天狗なのだ。
畳の壁に隠れるよりも先、こちらが速度で潰――。
「即興『天狗屋敷の一枚床』ァ!!」
「はたて!!」
トンッ、と衝撃。
大天狗が、はたての身体を突き放す。
飛翔の為、膝を曲げた身体がくの字に折れた。
だが、衝撃の強さ自体はそれ程でもなかった。
「え……」
ほんの少しの、身体の側面に走る僅かな痛みは。
強者の妖怪たる大天狗による、絶妙な力加減によるもの。
彼がはたての、まだ幼い身体への影響を気遣ったからだろう。
「だい――」
はたてが手を伸ばす。
理性と思考は、まだ突然の異変に追いついていないというのに、極限の集中による視界のスローモーションはきちんと機能していた。
妖怪としての本能、肉体だけが反射的に追いつき、発動した刹那を見切る力。
それが、投げつけられた
彼女たちの抵抗手段は、畳ではなかった。
鋭く、早く抉りこんだ両手が畳を貫通し、その下にある板を、地面を文字通り掴み、投げつける。
『畳』ではなく『地面』を裏返し、
焦燥。
ここに来て、はたてを含めた天狗たちは、己の思い込みによる勘違いを、酷く後悔した。
この者たちは――。
「シャオラァ!私の勝ちィ!技の『美しさ』ならこっちの圧勝ゥ!!」
「抜かせや!次こそどっちが『速い』か決着つけるわよ!」
「ハン!望むとこよォ――!」
「『須臾』はなし!先に山を出た方が勝ち!ハイ復唱!!」
「須臾はな…ってボケコラ!抜け駆けすんじゃないわよ!!あとそっちこそ空飛ぶんじゃないわよ!?おい!!」
駆け出す。
ただの人間には絶対に出せない、風の如き速度。
呆気に取られている他の天狗たちを尻目に、二人はあっという間に消えていった。
混乱。
それを一瞬で頭から消し去り、はたては飛び立つ。
「ま、待ちなさい!?」
段々と遠くへ走り去っていく彼女らに、焦りを隠せない大声で警告する。
当然、それで彼女たちが止まる筈もなく。
はたての全力の飛行など知ったことかと、彼女たちはスタコラサッサと走り続けた。
時々、輝夜が前に。その後すぐに妹紅が追い抜き。
そうしてすぐ、輝夜が巻き返す競走のデッドヒート。
はたて自身、自分の実力など、見習い天狗の中でも下位に位置する程度と自覚しているし、自惚れを覚える程に身の丈を弁えない性格はしていない。
が、それでも。
――速い!!
前方を走り続ける二人に追いつけない。
それどころか、まだ空の『踏み方』も知らない自分ならまだしも、自分の倍の時を生きている他の天狗でさえ、彼女たちに追いつくことができていない。
大天狗はまだ、先程頭に喰らった衝撃が抜け切っておらず、戦線復帰にはまだ遠い。
このままでは…はたての未熟な焦りが周りに伝染する。
駄目だ。
まだ純粋な、心の底からの心配。
まるで人間と同じ、天狗の縦社会の思想に染まっていない、無垢なままのはたては、喉から声にならない音を零す。
駄目。そう今度こそ、言葉になる寸前――。
「待…待ちなさ…!?」
「――『光龍の吐息』」
雷光が、降り注ぐ。
はたての目前に、突如として降ってきた、具現化した殺傷能力。
誰かの声が聞こえたと同時に、それが侵入者二人を一気に飲み込み、そして炸裂した。
それは、決して自然のものではなかった。
白色に迸る稲妻。それらが一切の制御を失うことなく、大雑把な『球体』として固定されているのだ。
異能を絡めた、強者の技である。
地面は当然として、侵入者たち以外へ、近くにいたはたてに、稲妻は放電されることもなく。
正確に、狙いを定めた者たちにのみ、矛先を向けていた。
ビリビリ…と、片手に先程放った稲妻の残滓を纏いながら。
その少女は、はたての隣に降り立った。
「すみません、邪魔でしたか?」
その特徴的な羽衣を見て。
はたては一気に、ぶわっと涙を両目に溢れさせた。
理由は当然、安堵と感謝である。
「だ、助"か"り"ま"し"た"ぁ"…!」
「なら良かったです」
変わらず、衣玖は事務的に返す。
「あ"り"か"と"ぉ"お"お"お"!!」
感謝の涙でびしょびしょに顔を濡らしたはたてが、感極まって抱き着こうとする。
「離れてて下さい」
ぐいっと、衣玖は片手ではたての身体を押した。
その時、彼女がはたての身体を無意識の内に、強く押し退けたのは決して、決して涙やら鼻水やらが服に付着するのが嫌だったから…ではないと思いたい。
そう…きっと気のせいだ。
だがはたては泣いた。
「う"わ"ぁ"あ"冷"た"い"ぃ"…」
「離れてて下さいね」
「は"い"ぃ"ぃ"…」
――調子が狂う………
その言葉をしっかり、衣玖は胸にしまった。
だがまぁ、普段自分が相手にしている
絶賛号泣中のはたてもまさか、この一連の会話と行動だけで、衣玖に内心、あの天界きっての問題児、もとい
衣玖はため息を一つ。
「さて」
そして、目前に広がる巨大なクレーターを見据えた。
人体を焼く。そんな甘い規模で収まる程、先程放った技は優しくない。
血液を沸騰させ、脳を物理的に焼き焦がし、骨は炭化して残らない。
雷とは、熱とは、生物全てが持つ弱点とは、そういうものなのだ。
だが――。
「――ちょっとピリッてしたか?」
――妹紅はそこにいた。
地面が陥没し、稲妻による破壊の証明である、クレーターの中心。
そこで彼女は、避雷針の代わりに、彼女は自身の右手を突き出して、全ての稲妻を受け止めていた。
効いていない?
否、ただ『何か』をして、身体を守ったのだ。
自分の技が効いていないのではないか?そんな刹那の不安は間違いであると、衣玖はすぐに思考を切り替えた。
正体は依然として不明。
未だ全容が掴めない相手の情報。それらを頭の片隅に置き、確定した事実のみを捉え、解析。
――自分の妖力特性をほぼ無視している。
決して、効いていない訳では無い。
ただ
そう、今も妹紅の右手に走る、自身の稲妻の残滓が確信させた。
(特性や能力、特に私のような『雷』だと、単純な肉体強化では防ぎづらい筈…)
つまりは最低限、それらを無視できる程の強化幅。
もしくは、それらを超えるより無法な『異能』のどれか――。
「あなた、名前は?」
衣玖の問い。それへの反応は早く。
「私?藤原妹紅」
次に、その背後。
「もこたんって呼んでいいわよ」
「いいわけないでしょ」
ひょっこり、妹紅の背中に隠れていた輝夜が顔を出した。
その出てきた頭を、妹紅は軽く叩いて。
「あてっ」
「で、そっちこそ何の用?こっちはこいつとの勝負で忙しいんだけど?」
「いやいや!そっちから侵入しておいて何言ってんの!?」
横から思わず、といった形ではたてが叫ぶが、妹紅は無視した。
続いて、衣玖が言葉を返す。
「勝負ですか、それは今じゃないと駄目ですか?」
「え、あの…」
勿論。はたての言葉への反応はない。
「うーん…できれば今がいいかなぁ、ついでにちょっと寄りたいとこがあってね、近くにある村に…――」
「妹紅?それに村?…もしや、慧音という少女はあなたの連れだったのですか?」
「え、知ってたの?なら話は早いね…――」
輝夜も当然無視し、衣玖もまた、結果として無視を決め込んだ。
はたて、一人。
「あ、あの……………………」
説明を挟むなら。
衣玖の場合は、妹紅たちとは違って、ただ思考の海にどっぷりと浸かっていた結果としてであって、決して故意で無視を決め込んだ訳ではない。
あくまで、妹紅という名を聞いてから、ここに来る前に出会った、少女、慧音の話を思い出していただけであり、はたての言葉を聞く余裕がなかったのだ。
が、ここに『覚妖怪』はいないし、はたても相手の心を読める能力など持っていない、ただの天狗でしかない。
当然。そんな彼女たちの内心、過程を知れる筈もなく。
結果として、自分の存在が無視されたという、結果しか知れないのであった。
「…………ぐすん」
ずびっと、再び涙声に戻り。
しくしくと肩を竦めて。
流石に申し訳なく思ったのか、衣玖は自分の身長の半分少ししかない、はたての頭を優しく撫でた。
一転。
「なら、こちらからしても話が早いですね。その慧音?さんのことで少し聞いて欲しいことが」
「…………もしかして、あの村で何かあった?」
「彼女は無事です、ご安心を。あと、彼女があなたの連れというのを抜きにしても…
「……――そう、なら礼を言わないとね」
まるで、思考でも読んだかのように。
慧音の名前。
そして本当に僅かだが、衣玖がそれについて触れる時、言い淀む気配を見せたこと。
これらを加味し、視線が鋭くなった妹紅に、衣玖は感心しつつ。
「天狗の皆さまにも、これから関係があることです」
ぐるりと、周りを見渡した。
一つ、二つと黒い影が降り立ち、今になってやっと追いついた天狗たち。
彼らは今度こそ、これ以上侵入者を逃がさないよう、妹紅たちを囲う形で、過剰に人数を揃え、敵意を向けている。
だが、衣玖の話相手は、彼らではなく。
「八雲紫。――かの、妖怪の賢者から、持ち掛けられた話があるでしょう?」
虚空に向かって、そう声をかける。
その声が一体、『誰に』向けられたものなのかは、その場に居た全員が察した。
フッ――。と、影が静かに降り立つ。
「…………当然、そちらも知っておるか」
大天狗である。
他の者たちとは違い、翼で空を切る音もなく、衣玖の目の前に降り立つ姿。
老獪さ、実力の高さ。
目視では分かりづらい、妖怪の『格』の高さ。
それらの要素が、今のやり取りと動きだけで、単純明快に理解できた。
「となると、そっちの侵入者も…」
大天狗の頬は、僅かに赤く腫れていた。
最初に輝夜から喰らった攻撃は、間違いなく頬の皮を突き抜け、肉を抉った筈なのだが。どうやらその傷は、とっくに反転術式で完治させたらしい。
一瞬だけ、彼は今まで自分が動けなかった原因でもある輝夜に、意味深な視線を一つ向けた。
当然、向こうに心当たりがないなんて筈もなく。
何か言いたげな視線。それに晒された輝夜は、両手をバタバタと振ってから。
ぶきっちょに、口先をすぼめ。
「ひゅ、ひゅ~~…」
「………………………………」
下手くそな口笛を一つ。
それを見て、馬鹿馬鹿しくなったのだろうか、大天狗はすぐに興味を失い、衣玖に視線を戻した。
「…まぁいいか、あれは置いておこう」
「ちょっと!」
輝夜の抗議の声は、誰も拾わない。
代わりに、大天狗と衣玖のみが、高位の立場同士で会話を交わす。
「『竜宮の使い』であるそなたに聞こう。彼女たちは一体何者か」
「地上に残る月の人間…月人でしたかね、彼らが今も追っているものの正体ですよ」
「何?それはどういう…」
「八雲紫が来たのなら、知ってるでしょう?『月』の人間たちの一部は今も、地上に降り立ち…あるものを探している」
「……」
「彼らが今も尚、欲しくて仕方がない
「――――」
――月。
その言葉を聞いた途端。
ぎろりと、その場にいた何十もの天狗たちが、一斉に妹紅たちに視線を向けた。
そう、月だ。
かの八雲紫が持ちかけた戦争。――『月面戦争』を仕掛ける相手が住むとされる世界の名。
それと関係がある所か、彼らが欲しくて仕方がない、それ
敵か、それともこちらに、情報をもたらす何かなのか?
ここで、手を伸ばす価値があるものか?
これまでの、得体の知れない侵入者という評価が一転し、妹紅たちは天狗たちにとって、別の可能性に変化する。
富か敵か。そのどちらなのか。
それの真意をはかる、天狗たちの欲望の色が乗った視線。
それら大量の視線が集い、輝夜は不愉快そうに。
妹紅は緊張などなく、どうでもよさげに耳を小指でほじっていた。
当然、彼らの総大将である大天狗の反応も決まっていて。
衣玖とこれから交わすのは、目先の利益ではなく、更に先の――。
「ここで焦り、手を伸ばすのは愚行。だが逆に、ここで何もせずに帰すのもまた愚行…か」
「では、どうしますか?」
「話せ。その侵入者たちを含め、そちらが知る限りの事全てを」
「"縛り"は?」
「当然。内容は…そうだな、こちら側もまた、現在知る情報をそちらに開示しよう。当然、知っていること全てを話す」
「では、その対価は?」
「そうだな、その『月面戦争』に…………」
「……勝負はお預けかなぁ」
「面倒臭いわねぇ」
その"縛り"に、まさか自分たちが巻き込まれているとはつゆ知らず。
輝夜、
大陸全土にある妖怪の集落。
八雲紫が持ちかけた話は、どれも共通した内容の『月面戦争』。
――『月に攻め入り、彼らの恐怖と富を手にする』…という建前の、真の目的は生き残るべき妖怪の選別。
当然、それへの反応は、集落ごとに様々であった。
①そんな賢者の真意を察し、繋がりを求めてあえて策に乗った者。
②得体の知れぬ勢力に手を出すべきではないという、待ちの判断を下す者。
③目先の利益に囚われて、彼女の思い通りに滅びの道へ進む者。
見事に反応は三つ巴となり、しがどれもが見事に妖怪らしいもの。
残念ながら、ここ以外の集落…特に他の天狗勢力も含めて、ほとんどの妖怪が選ぶ道が③なのを見るに。
以前「近年の妖怪は落ちぶれっぷりが酷いのではないか?」と、そう零した老いぼれ上司は、ある意味間違っていないのであろう。
だが、同時にあることを考えるのだ。
自分たちがこうして、八雲紫の提案を受け入れるか、受け入れないか。
そもそも、八雲紫の持ちかけた話は『建前』だと分かってはいても、妖怪の賢者たる彼女との繋がりを求めて、結局首を縦に振っている事も。
…否、そもそも彼女が自分たちと接触を図ってきた時点で。
全ては、彼女の思い通りなのではないか…?と。
射命丸文の懸念は、今も――。
「改めて、本当にやってらんないのよ」
「で、それを私に言ってどうすんのさ?」
――また始まった。
ネチネチと不満を垂れ流す文の様子を見て、ため息。
もはや恒例行事なので、文句を省く代わりに。
「まぁちゃんと聞いてあげるけどさ」
そう付け加えて、少女は微笑した。
文の隣に座るのは。河童、
彼女は河童の中でも特に珍しい、天狗という山の上司的種族に偏見を持たない、『異端』な立ち位置にいる少女であり。
それは天狗の中でも、見習いながらしっかりと『異端』側に位置する文にとって、他種族でありながらも唯一、気の置けない関係の友人の一人であった。
にとりは続ける。
「言っとくけど、私にゃ天狗の話なんてこれっぽっちも理解できないよ」
文は笑って。
「いいのよいいのよ。こうやってあんたに愚痴を聞かせるだけで、私がスッキリするんだから、私が」
「……私に得がないじゃん」
「え?私『に』得があるのよ?なら問題ないじゃない」
絶句。
にとりのその顔があまりにも可笑しくて、文はつい吹き出してしまった。
「ま、これからもずっと聞かせ続けてあげるから感謝しなさい」
「こいつ…ホント……」
にとりは頬をひくつかせる。
彼女は言葉にこそしていないが、文は彼女が内心で思っている事を、その表情から何となく察した。
――上司とやらに比べれば数百倍はマシ。とはいえこれは酷い。
…なんて思っているのだろう、きっと。
彼女のこういう所は本当に分かりやすい。
文はもう一度笑った。
「プッ…顔に出すぎよ」
「出てるんじゃない、出してるんだっての」
「あらそう?天狗相手にいい度胸ね」
「はいはい悪ぅございました」
「ならいいわ」
口先だけののほほんとした謝罪。
だがそのやり取りで、文はにとりが決して、こちらにへりくだる訳でも、謙遜する訳でもなく、ただ気が置けないが故にこの態度である事を知っている。
それもまた、文の好感度の高さに一役買っていた。
穏やかな時間だ。
川の流れを目で追って、日が沈むのを尻目に、一日を怠惰そのもので終わらせる。
恒久的、不変すら思わせるこの自然風景。
文はここで過ごす時間と空気が好きだった。
平和。そう、平和そのものである。
河童と天狗。それも自分たち以外、ここには自分たちを縛るものは何もいない。
組織のしがらみから解放された、穏やかな暇である。
「ここはいいわね」
「だろ?」
その言葉を、にとりは肯定した。
そして、次に出てくる話題は、当然件のものであり。
「月だの戦争だの、みんな馬鹿らしくて仕方ないね。きゅうりを片手に物見遊山…これがなんとまぁ幸せなことか」
「流石に三食きゅうりは飽きるわよ。物見遊山は否定しないけどね」
「あんまり遠くに行き過ぎると白狼天狗がうるさいんだよねぇ」
「あんなの無視すりゃいいのよ、あいつらなんてただ馬鹿真面目なだけなんだし」
「あんた本当に白狼天狗の事嫌いだよね。…あと……」
にとりはくつくつと笑いながら、前方を指さした。
「それにさ、最近はもっと退屈しないよ」
「ふーん?」
「ほら、あそこ見てみ?」
文は目を凝らし、にとりが指さす方を見下ろし――。
「一体何…が………って、あぁ」
前方の光景を見て、文は苦笑した。
川の近く、そこでにとりとは別の河童たちが、何やらワイワイガヤガヤと盛り上がっている、そこまではいい。
問題は。
そこに、天狗なら絶対に許さないであろう存在がいる。
河童たちに囲まれているのは、一人の人間。
人間の青年と河童が、妖怪の山という魔境にて、まるで子供のように、無邪気に戯れている事だった。
名も無き青年は叫ぶ。
「さあ!!相撲しようぜ!!」
「「いいぞー!」」
「マジでぇ〜〜〜!??」
戦争や種族間のわだかまりなど何のその。
戦争に向けて働く者だけでなく、こうして牧歌的な平和を呆然と生きる。そんな者だって居るという。
そんな事実を目の前に、文は余計に馬鹿らしくなった。
「文、あんたは参加するんだっけ?月面戦争」
「馬鹿言わないでよ。なんであんな、何の得もない
「そりゃそうか」
妖怪の山、その河童の集落付近は今日も平和だ。
河童は人間を好み、盟友と呼ぶその姿は、まるで一昔前の『鬼退治』のよう。
人間と妖怪、例えその関係が『幻想』になりかけていたとしても、まだ彼らの中には、こうして友好の意を向ける者もいる。
そんな、馬鹿馬鹿しい話が一つ。
改めて、今日も妖怪の山は平和なのである。
姫海棠はたて
まだ若い、あと情緒が幼い。
後にちゃんと大人の汚さを知り、ついでにギャル風にエロ可愛く成長する。
射命丸文
「「「射命丸はさぁ…"優しい"んだよね」」」
後にこうなる、頑張れ。
比那名居天子
『ある理由』から忌み子扱いされていた。
名も無き青年
馬鹿。どれくらい馬鹿かというと「東?なら右だな」程度の知能しかないスーパー馬鹿。
ただ相撲が大好き。最近は妖怪の山に侵入し、河童と相撲を取りまくる日々。
人間からの認知度も当然皆無なので、多分こいつはその内幻想郷に流れ着くし、当然なんとかやっていけるだろう。
投稿時間は何時がいいか
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