【本編完結】諏訪子様になった、負け戦を回避したい 作:洩矢廻戦
あと後書きで軽くアンケートやります。
まるで、夜に出歩いているようだった。
今の時刻は正午過ぎ。本来なら今も、肌を撫でるように
しかし、まるで『夜のよう』と思ったのは、それら太陽の光が、森の木々によって防がれ、視界を暗く染める影のせい。
この感覚も、所詮はそれらによる錯覚に過ぎないのだと、そう頭では理解できても。
やはりこうして実際に体験すると、時間の感覚が狂ってしまいそうになる。
少女、八雲紫はただ歩く。
湿り気を帯びた落ち葉を踏む、ふにゃりとした感触が靴越しに伝わる。
不快。とまでは言わない、だが好感触というわけでもない、そんな感覚に、紫は目を細める。
だが、目を細めた理由はそれだけではない。
紫の周辺、そこに日の光を嫌う、言葉を介する知能も持たない低級の妖怪たちが今も、木陰に隠れてこちらの様子を伺っているのが分かるからだ。
自分の『スキマ』の力を使えば、彼らなど所詮、視線一つ向ける必要もなく、赤子の手をひねるが如く簡単に絶命させられる。
そんな、圧倒的な格の違いが両者の間にはある。
彼らもそれを、本能的に分かっているのだろう。
呻き声を出しながら、こちらを見る彼らだが、実際それ以上は何もしてこない。
あくまでも彼らは、こちらの機嫌を損ねないよう行動を控え、偵察に徹しているのだ。
圧。
もしくは存在感の違い。
この場合、一番分かりやすいのは妖力だろうか。
妖怪同士、見た目で集める畏怖以上に単純で、そして最も簡単に、相手との『格付け』を済ませられる、人外同士の喧嘩の基本。
だが、紫にはそれすらも必要ない。
何もせず、優雅に森の中を歩くのみ。
たったそれだけで、有象無象の妖怪たちは、彼女に近づく事が『恐ろしく』感じる。
妖怪の賢者と称される、絶対的な力の有り様がそこにはあった。
同時に。
「ここに来るのも久しぶりね」
紫は珍しい、
目前に『見据えた』、
そこにあるものは、常人は決して見ることができぬ屋敷。
『スキマ』を操れるが故に、紫もようやく干渉することができる、位相の違う世界線。
肉体的、精神的、もしくは呪術的"死"によってようやく知覚を可能とする、現世と幽世の狭間。
『『白玉楼』』――。
そこに植えられた、
紫は歩く。
歩いて、より鮮明にそれらが見える。
遠くからでは見えなかった、屋敷の瓦の細かな亀裂、支柱に走る木の年輪といったものが。隅々までしっかりと分かる。
それを見て、思う。
忘却の摩耗とは、妖怪だけの滅びではないのだろう、と。
以前来た時より、更に老朽化が進んだ有り様。その原因は、もはやここを訪れる人間が、もうこの世にはいないが故。
更には元々、この屋敷の手入れを担当する
手入れが届かず、苔が張り付いた、廃れかかった門と。
その近く、以前に植えられたまま、立派に成長を遂げた紫陽花が。
「元気にしてるといいのだけど」
門を通り、過去を思い出す紫のことを、静かに見守っていた。
父が自殺した。
不思議と、その時自分の心に湧き、大きく感じたのは、悲しみや喪失感ではなかった。
どうして死んだのか、何故こんなにも早く逝ってしまったのか。という感情自体はあった。だがそれ以上に、「やっぱりこうなったのか」という、諦観に近い感情が大きい。
母への感情は、それ以上に何もない。
自分が顔を覚えるよりも早く、病気であっという間に死んでしまったから。
それからはずっと、父が男手一つで、この屋敷で多くの従者と共に、一人娘である自分を育て、愛してくれた。
いっそ、何もせずに無関心であったなら――。
もしくは、こちらを疎ましく思う程の、そんな人間であってくれたなら――。
こうして、悩むこともなかったのに――。
父は自然を愛した者だったと聞く。
人が言うに。彼は自分という娘を授かるまで、己の好奇心が赴くまま、諸国を巡る程の旅好きで。
そうして目で見た、感じた自然の豊かさや、情景を綴った父の叙景歌は、それはもう好評だったらしい。
『らしい』と。
自分の父の事なのに、こうも他人事であれるのは、やはり彼の、
彼の、亡霊のような最後。
『歌人』ではなく『歌聖』――。
父は歌道における神であるという、賞賛の意味を込められた『歌聖』と呼ばれる程に、素晴らしい人だった。
『だった』と。
そんな呼び方をするのはやはり、自分の家族のことだというのに。どうやっても、あの最後が頭から消えないからだった。
――幽々子と、そう名付けられた『歌聖』の娘は。
――彼女は、今も尚、この家に縛られ、呪われたままだった。
『桜の枝に掛けた冠が取れなくなった』。
全ての始まりは、父のそんな思い入れという。何とたったこれだけで。
こんな馬鹿馬鹿しい事が原因で、幽々子は
『歌聖』の彼が、自分の終焉の地と悟ったとされる桜の地。
最初こそ、ただ歌人らしく、
実際、幽々子の父は最初、正気を失ってはいなかった。
歌う。時折子供の様子を気に掛ける、どこにでもいる歌人の父のままだった。
いつからだろう。
いつから、あの人は自分に笑いかける数より。
鬼気迫るような顔で、桜を見るように……その数の方が多くなったのは。
そんなものは勘違いで。
実際は子供ながらの、可愛らしい嫉妬心によるものだと。そう済めばどれだけ良かったことか。
次第に、彼はまともに食事もしなくなり。
日が過ぎる事に、頬は痩せこけ、言葉を失い、呻き声のような何かしか発さなくなり。
以前までの、優しい面影がなくなっていく。
明らかな異変。それへの不信感を超え、得体の知れない何かへの恐怖が胸中を占めた時、既に父だけでなく、従者たちの方も手遅れで。
一人、まずは父が自刃した。
それに続いて、まるで話を合わせていたかのように、残された従者たちも、父と全く同じ場所、同じ方法で自刃した。
遺体を埋めたのは幽々子だった。
血で濡れた着物も、体温を失った彼らの身体も、全部自分が処理した。
死後硬直が始まると、まだ子供の幽々子では、一つ動かすのも一苦労だ。
だから急いで、彼らをせめてもと、その
一人。
幽々子は一人、この屋敷に住んでいる。
どういう訳か、生きた人間で
そう、かつての父に恩があったからとやって来た剣士が。
自身を『魂魄妖忌』と名乗る、銀髪の青年が教えてくれた。
『あなたは死なないの?』
そう聞かれて、彼の身体が強張った瞬間は、今でも覚えている。
だがそれも、仕方がないと思う。
あの時、幽々子は父と従者たちを何とか弔って、それで限界だったのだ。
死体の血が付着して、汚い。掃除しないと。なんて思える程の余裕なんてなかった。
ただ、考えるのが嫌だったのだ。
だから妖忌が来るまでの間、時間にして六時間以上、幽々子は縁側に腰かけて。
全身を血だらけに、まるで亡霊のように、光を宿していない瞳で、ぼうっと空を見上げていたのだから。
それでも、彼は言ってくれた。
『私は、死にませぬ』
強く、自分にも言い聞かせるような。
それだけの、口先だけではない『強さ』が、確かにあった。
『でも、みんな死んだわ』
『それでもです、私は既に、半分死んだようなもの。これ以上死に行く必要もありますまい』
『……半分?もしかして死屍?それとも幽霊さんかしら?』
『私は「半人半霊」であるが故』
人間でも、幽霊でもない半端者。
半端故、自己補完の範疇は超えるものの、純粋な人間未満の半端な霊力。
同時に、完全に死に切れず、人間から逸脱もできぬが故、練れる呪力も半端であると。
そう自嘲する彼の言葉は、幽々子にはよく分からなかった。
霊力や呪力。それらはただの歌人の下に産まれただけの幽々子には、遠い世界の話だったから。
だが、言葉に込められた複雑な思いは、言葉ではなく心で理解できた。
互いに自己紹介を終えると、まるで機を見計らったかのように。
突然ぐぅ…と腹の音が鳴った。
その時になってようやく、幽々子は自分が今までずっと、何も食べていない事を思い出したのだ。
例え何もしなくとも、何かを食べなければ腹は減る。
そんな当たり前の事が、今になって面白く、可笑しく思えてしまって。
涙が出る程、幽々子は笑った。
誰もいない、それがどれ程、幽々子の心に影を落としていたか。
妖忌という理解者を得て、ようやくそれが理解できてからは、視界は変わった。
幽々子の日々は、その時から少しずつ孤独から救われた。
それからもずっと、妖忌はここに住んでいる。
この『白玉楼』には、幽々子を含めて、現在は
妖忌の種族は『半人半霊』で、妖忌本人は自分を人間ではないと称しているが、幽々子はそれを無視した。
半分違おうとも、もう半分は間違いなく真実だろうに。
そう言葉にした時、彼は一瞬だが、笑った。
ただ時計のように、時間が過ぎるのを待つだけの日々だった。
それらが一変して、少しずつ自分も変われるような気がした。
――だが。
「また、瘴気が濃く…」
現在。幽々子は問題の桜の木、それと向かい合っていた。
手で触れると、妖怪の気配……妖力のそれに近い、身の毛がよだつ不浄の気配が肌を撫でる。
気のせいであって欲しい。そう最初に願ったものの、やはり現実は非情らしい。
幽々子の推測通り、この桜の木は以前から何か、『只者ではない
最初はほんの少しだけ、肌を風が撫でる程度の違和感しかなかった筈なのに。
父が、従者たちが死に、それらの死体を埋めてから、まるで――。
「……成長してる…………?」
――以前と比べ、更にその存在感が増している。
妖忌のように死線を潜ってきた訳でも、現世と幽世の位相に詳しくない自分でも、そう断言できる程の不吉さだった。
触れただけで、視界に入れただけで――『これは、あってはいけないものだ』と、そう確信する何かがひしひしと伝わる。
何故こうなったのか。
何がきっかけで、こうも悍ましい気配が増長したのか。
だが、それらへの疑問を超える、ある一種の悪寒。
幽々子が真に恐れるのは。――その先だった。
死に誘う謎の力で、父と従者がまず死んだ。
だが、実際『白玉楼』に妖忌が来るまでの間、死んだのは従者だけではなかった。
父が最初に死に、従者が後を追い、それから妖忌が来るまでの――たった三日間。
――それだけで、二桁の人間が死んだのだ。
名高い『歌聖』の父。
美しい最後に肖ろうと、
歌人を志す者、物見遊山でここにやって来た者、噂を聞いて、怖いもの見たさで自らやって来た者。
彼らもまた、この桜の木の下で自刃し、この世に存在しないものとなった。
今はもう、妖忌が門番もとい幽々子の護衛として、『白玉楼』に居を構えているので問題はない。
仮に、また新たにここへ人間たちが来たのなら、彼はきっと腰に携えた二刀を使う必要もなく、威圧感だけで追い返してくれるだろう。
これ以上の犠牲者が増える心配はない。それだけは安心できた。
だというのに。
まるで……『もっと寄越せ』と言わんばかりに、この桜の木は――。
「このままじゃ――」
――この木は
――つまりまた、誰かが死ぬかもしれない。
幽々子の推測は、この桜の木が成長するとは即ち、これが持つ力の、更にその先へ『至る』可能性。
餌を求めるこの木は、その飢えを満たす為に。自身の『死に誘う』力の規模を更に……『効果範囲』を大きくしていくのではないか?というものだ。
ただでさえ、成長する前の状態でさえ、亡き父の名を、噂を聞いたに過ぎない人がやって来て、死んだのだ。
成長する前で、この惨劇。
――これが、更にもっと強くなったら?
――もっと多くの人が、命が消えるとしたら……?
幽々子は息を吞む。
これ以上、更に範囲と洗脳の強度が上がり続ければ。
何人、何十人が死ぬ?
いや、下手をすれば何百人が――。
「でも…」
幽々子には、何もできない。
所詮、戦いの一つもできぬ身。
『死霊を操る程度の能力』なんて大それたものを持っておきながら。
まともに死霊なんて操れた試しもなく、それどころか、死に誘われた何十人もの人間を、助けることだってできなかったのだ。
妖忌ならば――。
彼ならば。『いつか「時」すらも斬ってみせます』と、楽しそうに語ってくれる彼ならば。
この身に宿した、忌々しい"呪い"も、断ち
そこまで考えた時だった。
ゴトンッ、と。
何か。
「っ。……何、かしら」
僅かに、幽々子は警戒心を抱く。
侵入者だろうか?だがそれにしては、今も見張りを続けている筈の妖忌が、何の反応も示さないのはおかしい。
だが、決して野鳥や野良犬といった、可愛らしいものではないのも確か。
違和感。
木々の間に紛れ、潜む妖怪が発するものに似た、視覚が訴えてくる異物感。
それが、桜の木の向こうから、肌色の何かが――。
――肌色?
「――ッ!まさか!」
幽々子は駆け出した。
幹で見えぬ先、木の周りをぐるりと回った。
そしてやはり、そこにいたのは――。
「……人間?」
人間…らしい何か。
『らしい』と、そう幽々子が評したのは、彼女の
黒色でも、茶色でもない。
妖忌のような銀色でも、幽々子自身の、美しい桃色でもない。
そこにあった色は――。
【うっ、う"!uうぅ美旨いぃいいいい…】
――赤色。
「ぅ、ぅ………」
【ね、ェ美味…】
【図、ズるいよお。オおオ母さん、おかぁ…】
何故、そんな疑問を抱く暇もなく。
幽々子は目の前で倒れる少女に向かった。
まともな言語能力もない、低級の妖怪たちに肉を、頭を齧られて血を流す少女。
それの正体。それへの疑惑の解消は後でいい。
幽々子は咄嗟に、少女の身体に纏わりついていた妖怪を、力いっぱい叩き、落とす。
低級の妖怪が相手なら、例え幽々子でも、これくらいの対処はできる。
呻き声を一つ、少女の肉を齧るのをやめた妖怪たちが、地面にぼとぼとと落ちたのを見計らい。
咄嗟に、何とか助け出した少女の身体を背負って、幽々子は駆け出した。
――軽すぎる。
まるで、まともに食事もとれていないような。
下手をすれば、廃人になりかけていた頃の幽々子より、もっと酷い有り様だった。
着ている服も、粗末なもので。
しかもそれは、妖怪に嬲られてそうなったのではなく。
身体に付いている、妖怪の歯型と爛れた肉の跡とは別に、服には乱雑に放り投げられ、痛んだ時特有の傷がいくつもあった。
最初から。
この少女には最初から、まともな衣服は与えられていないのだろう。
幽々子は問う。
「ねぇ、大丈夫!?」
「………………」
虚ろな目には、意志の光など何処にもない。
体格からして、少女の歳は十にも届かないだろう。
もしそれが正しいのなら、この子は自分よりも五つも下なのに。
その歳で、妖怪に嬲られ、喰われ、捨てられた経験を知ったということ。
――廃人。
つい先ほど、脳裏に過ぎった
他人事とは思えない。幽々子は必死に動いた。
何より。
「めて……」
背中から聞こえる声。
「………………」
「もう……やめて………………」
――消えそうな声で、何度も嗚咽を混ぜた言葉を吐く。
こんな子を、見捨てられる筈がないだろう。
何故、この少女は『白玉楼』に迷い込んだのか。
どうやって、妖忌に気づかれることもなく、この敷地に迷い込めたのか。
そんな数多の違和感から目を背け、幽々子は己の良心に従った。
「ごめん、すぐに用意するから……!」
痛む身体に、これ以上の負荷をかける訳にはいかない。
頭もそうだが、少女の怪我の中で一番酷いのは、背中だった。
皮が剥がされ、肉を齧られ、骨が露出していないのが奇跡としか言えない。そんな有り様。
幽々子は縁側に足をかけ、そのまま一気に駆け上り、襖を開けると躊躇なく、少女を自室に入れた。
まずは血を止めないと――。
怪我人の治療など、当然幽々子には経験がない。
それどころか、適切な知識すらもない。ただ、妖怪による負傷は、時に傷口から妖力が侵入し、その妖力に『当てられる』可能性があると、そんな知識だけはあった。
故に、まず自分がするべき事は――。
幽々子は少女が背中からずり落ちないよう、片手で身体を支えながら、もう片方の手で押入れを開く。
そのまま続けて、自由な片方の手で、床に
少しでも、少女の身体に負担をかけないように、幽々子が思いついた工夫だった。
幽々子は少女を、そこにゆっくりと寝かしつけて。
「包帯、それに布も……」
――とにかく、何かをしないと。
そう必死に、頭の中でこれから必要なものを思い浮かべては、それを忘れないよう、口を動かして反芻する。
二回程繰り返し、よしと意気込んだ。
と、その時。
「――幽々子様?」
――声。
幽々子が部屋に入った、縁側とは正反対の位置。
廊下に繋がる襖の向こうから、妖忌がこちらに――。
「慌ただしい気配がしたのですが、一体……?」
ガタン、と襖が動く。
幽々子は咄嗟に、襖を止めようと手を伸ばそうと――。
「いえ、何でもないわ!ちょっと待っ――」
「失礼し……――?」
抵抗虚しく、妖忌が部屋に侵入する。
流石に、彼も見知らぬ者が相手とはいえ、怪我人に対してそう強く出る事はないだろう。
それは分かっている。分かってはいるが、それでも心の準備は欲しい。
襖を止めることもできず、結果行き場を失い、空中で変な形に固定された右手。
だが、妖忌は幽々子の背後、そこへ視線を向けたまま――。
「……寝屋でも作るおつもりで?」
「へ?いや……――っ!」
――いない。
想像とは違う反応を見せる妖忌の違和感。
幽々子は咄嗟に、妖忌の視線を追うように首を動かし、そして動揺した。
――いない。
先ほどまで、床に広げた茣蓙の上に、身体を横にして寝ていた筈の少女。
それがまるで幻だったかのように、少女は影も形もなかった。
一体、何故――。
「しかし……うむ、この感覚は……」
そう言って首を傾げる辺り。
やはり妖忌自身も、言葉にできない違和感はあるらしい。
どのような方法を使ったか、真相はどうあれ、とにかく今は妖忌をこの場から去らせるべきだ。
そう判断した幽々子は、妖忌がしっかりと違和感を認識するよりも前に、大きく声を上げてゴリ押した。
「い、いつまでいるのよ!今いいとこ……?なんだから!」
「……今私が片付けましょうか?」
「い、いいわよ!私がやるってば!!」
「……はて」
当然、妖忌はどこか納得がいかない……と、顔を渋くしたままだったが。
幽々子の思惑通り、再び首を傾げて、そのままくるりと背を向け、廊下に戻る。
その時、小さく。
「……まぁ、曲者は
そう言い残して、妖忌は去っていく。
その背中を、幽々子は油断なくじっと見つめ続け。
彼がようやく、廊下を曲がった事で、その姿が完全に姿を見えなくなったのを確認してから。
幽々子はようやく、安堵のため息を吐いた。
「はぁ……」
別に、やましい事をしている訳では決してないのだが。
妖忌の普段。その堅苦しい程の真面目っぷりを身をもって知っているのもあり、今も心が落ち着かない。
一度は誤魔化せた、だが次は――。
「次はどう――っ……!」
――手。
廊下から部屋に戻ろうと、幽々子が自室の方へ振り向いた時。
風が揺らぐこともない、文字通りの一瞬の速度で。
首に、手が掛けられた。
ギリ――。喉に負荷が掛けられる。
「――――あなた」
「……………………」
――あの少女だ。
髪も、顔も血で真っ赤に濡らした、先ほど姿を消していたあの少女。
ポタ……ポタ……と、頬を伝って落ちる血の雫。
それが、開いたままだった押し入れの『隙間』から、道を刻むように続いていて。
その音が、互いの無言による沈黙の中で、痛い程に響いていた。
少女は言う。
「……私に、何をする気なの」
少女の瞳には、何も映っていない。
光もない、真っ黒に染まった『絶望』。それは、生きる意味を失った者が、共通して見せる色。
それは、幽々子がこれまでに、数え切れない程に見てきたもの。
――同時に、以前の自分が成りかけた、哀れな現状。
だからこそ。
「何もしないわ」
だからこそ、幽々子は優しくその手をとった。
それは、決して抵抗ではない。
「っ……」
少女は一瞬、身体を硬直させる。
だが、それ以上は何もない。
幽々子は続けて。
「私はあなたを助けたいの」
その気になれば、いつでも自分の首を絞め殺せる立場。
だからこそ、決して恐れることなく、そして穏やかに、優しい声を掛ける事を意識して、幽々子は続けた。
血だらけの少女の手。
そして、その華奢な見た目以上に、とても力の強い少女の手。
それを、優しく撫でながら。
「私は、絶対あなたに酷いことはしない」
「……嘘よ」
「本当。ね?今も触れて分かるでしょう?私って弱いから」
「…………嘘」
少女の瞳に、涙が浮かんだ。
「………嘘、よ」
「嘘じゃないわ」
幽々子は微笑む。
「ね?仲良くしましょう?大丈夫よ」
――少女は、泣いた。
嗚咽交じりに、嘘だと繰り返す少女の手を。
幽々子は動じることなく、ずっと、彼女が泣き止むまで撫でていた。
大分前に暴露した通り、最終部である5部ラスボスは当然『宮出口瑞霊』なんですが…
実は彼女含めて、5部のラスボスは合計三人体制のガチガチ悪役グループになる予定です(易者みたいなサブキャラではなく、ちゃんと主要の原作キャラが徒党を組んでくる)。
さて誰になるのでしょうか?一年後をお楽しみに。
投稿時間は何時がいいか
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7:00~9:00
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10:00~12:00
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13:00~15:00
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16:00~18:00
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19:00~21:00
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22:00~0:00