【本編完結】諏訪子様になった、負け戦を回避したい   作:洩矢廻戦

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 誤字報告いつも助かってます。


125話.『隙間』の少女②零れ桜

 ――()()()()()から何かが違った。

 今でも思い出す。

 今も尚、忘れることなどできない一幕。

 水が染み込むように五感が認識され、この世界を知った瞬間を。

 

「――――」

 

 言葉を知るよりもまず、『それ』を知った。

 『愛』を向けられるよりも先に、真っ黒な『それ』を向けられた。

 視界から入ってくる情報と、耳から入ってくる情報。

 五感の中でそれらがまず、最初に鮮明に機能して、朧げな自我に成長を促した時。

 

『■■■■』

『■■■■■■』

 

 知らない誰か。

 父か母、どちらかの知り合いか、それとも関係のない誰か。

 それが何を言っていたか、今ならきっと理解できる。

 彼らが、自分に対して向けた感情は、仕方のないものだった。

 

 きっと、彼らは気味悪がっていたのだ。

 ()()()()()()()()を、恐れていたのだ。

 

 他とは違う。

 持つべきものを持っていない――。

 前例のない、自分という異端者を――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、起きた?」

 

 夢から覚めた時。

 ()()()()()()の目の前には、彼女がいた。

 微笑み。

 

「ぐっすり寝てたわねぇ」

 

 幽々子と名乗った、この屋敷の小さな主がいた。

 

「…………」

 

 裏切り、罵倒され。

 負の記憶から抜け出せず、疑心暗鬼に陥って。

 自暴自棄になった自分に、最後まで向き合ってくれた人。

 

「……おかげさまで」

 

 ぶっきらぼうに、そう言う。

 誰かと話す。

 それも悪意のない、誰もが経験する『普通』の会話なんて、もう何年も前の事だったから、あまり上手く返せなかったけど。

 それでも、やはり幽々子は小さく笑って、嬉しそうにした。

 差し出された善意の手。それを悪意と受け取り、撥ね除けそうになる程どうしようもなかった自分。

 それに、否定されても尚救いたいと、その善意は嘘偽りのない、腹の底から出た本音だったのだろう。

 自分が意識を失う寸前。

 そう強く宣言し、優しく手を包んでくれた彼女は、間違いなく善人で。

 そして。

 

「…………っ」

 

 少女は、背中に走る感覚に顔を顰める。

 まるで神経が剥き出しになったように、痛覚が鮮明にそれを受け止める。

 感覚が鋭敏過ぎるが故に、逆に鈍痛として、脳が強すぎる痛みを中和しているようであった。

 ……痛み。

 妖怪に嬲られ、傷ついた身体が発していた危険信号。

 少女は自分の傷跡を、直接目で見た訳ではない。

 が、意識を失う直前まで感じていた、あの筆舌に尽くし難い不快感と痛みから、怪我の具合はかなりのものだったのだろうと推測できる。

 肉を剥がされ、齧られる惨状。

 ()()()()()()()、きっとこの時点で終わっていた。

 

「……怪我は大丈夫?」

「……」

 

 幽々子は心配そうに声を掛ける。

 その瞳には、やはり意識を失う前と同じ、純粋な善意の光が灯っている。

 確かに、幽々子の心配する通り、少女の容態は芳しくなかった。

 だが、今は――。

 

「……平気よ、もう」

 

 ()()とは違い、この身体は傷の治りが早い。

 齧られた肉はほぼ元通りになり、皮も薄くとはいえ再生されている。

 全快時に比べ八割程、身体は元通りになっていた。

 無論、まだ想像を絶する痛みは継続しているが、これも直に慣れるだろう。

 このような痛みは、今に始まった事じゃない。

 

「……慣れてるから」

 

 同族から疎ましく、忌まわしいと扱われる日常。

 その日々で、侮蔑の言葉は当たり前のものだった。

 仮にそれら言葉がなかったとしても、視線と態度の二つだけで、簡単に心は傷つくものだと、少女は知っている。

 充分すぎる程に、向けられる悪意の辛さを知っている。

 だから、慣れた。

 これは強がりでも何でもなく、覆せない『そういうもの』だと、そう受け入れた現実だ。

 なのに。

 

「…………そう」

 

 幽々子はまるで、泣きそうな顔をして。

 

「それって、凄く悲しいことだと思うわ」

 

 彼女はまた、自分の手の甲に優しく触れた。

 あの時と同じ、羽毛の軽い手は、少女にとって心地よい温もり。

 穢れ一つない、憐憫の視線が逆に息苦しい。

 少女は顔を背け。

 

「何よ、あなたには関係ないでしょ」

 

 答えなどない、曖昧な否定の言葉。

 それでも、幽々子は退かなかった。

 

「そうね。私はあなたとは違うわ。私は身体が強くないし、まだ世の中を何も知らない。傷つく苦しみも、痛みも何も分からないもの」

「……」

 

 少女は自分の手を見る。

 未だ、傷跡が残る、虐げられた名残。

 うんざりする程の悪意に晒され、傷つけられた証だ。

 否が応でも、生きている限り視界に映り込むそれは、少女にとっては自分がどこまでも、お前は情けないと突きつけてくるような気さえする。

 だから、嫌いな手だ。

 だって、前はもっと綺麗だったのに――。

 

「でもね」

 

 幽々子は笑って。

 

「私。あなたの手、好きよ」

 

 耳を疑った。

 何を狂ったことを、または皮肉のつもりか。

 声を上げるよりも先、幽々子はまた、優しく両手で包み込むようにして。

 

「暖かいから」

「…………なにそれ、意味わからない」

 

 耳の次は、正気を疑った。

 答えにもなってない、好きになる理由にもなっていない。

 ただ、自分を慰める為だけに、口先で適当な言葉を吐いていると、そう切り捨てられれば、どれほど楽に済んだのか。

 幽々子の顔を見れば、彼女は決して軽い気持ちで、そんな戯言を吐いたのではないと分かる。

 倫理も糞もない、甘い戯言だ。

 

「こんなの……」

 

 こんな、『弱さ』の証明とも取れる手が。

 味わった屈辱の記憶を、見る度に想起させるこの手のどこが。

 自分の身体なら、これらの傷はきっとあと数日で、痣すら残らず元に戻る。

 だからこそ余計に、何度も何度も傷を刻まれ、痛みを蓄積する事の何処に――。

 

「『強い』手ね」

 

 幽々子の答えは変わらない。

 どこまでも都合のいい、甘く耳に染みる戯言。

 

「……」

 

 赤くなった顔を見られないよう、そっぽを向いて。

 

「……違う」

「何度も、何度も。決して挫けない強いひとの手」

 

 他より強く産まれた身体。

 初めて、それを肯定されて。

 

「…………うるさい」

「もう、本当なのに」

 

 決して。

 決してその言葉に救われたなんて、三文小説みたいな事はないのだと。

 

「うるさい…………」

 

 少女は、強く自分に言い聞かせた。

 

 

 

 


 

 

 

 

 脳を、身体を休ませるには睡眠がいる。

 そんな人としての当たり前の療養を終えたなら、次にするべき事は食事だろう――。

 幽々子自身、そんな『安静』は自分のような、純粋な人間だけに当てはまるものと思っていた。

 だがどうやら、現実は違うらしい。

 現に。

 

「…………何よ?」

 

 頬に米粒をくっつけたまま、少女は問う。

 

「うぅん、別に」

 

 ――よく食べる子だなぁ。

 幽々子はそう微笑ましく思いながら、彼女の頬にくっついた米粒には、あえて触れなかった。

 たとえ『人間』でなくとも、どうやら米や野菜による食事は至上の悦楽に等しいらしい。

 食べる、寝るといった人間の当たり前は、人間ではない彼女にとっても、ごく普通な当たり前。常識の範疇であったらしいのだ。

 長く眠り、傷を癒す分消費した、生きる為のエネルギーを賄うかのような勢いで。

 少女はまるで、水を飲むが如き勢いで、目前に並べられた食事を平らげている。

 当然、それを作ったのは幽々子自身。

 

 現在。妖忌はある用事で外に出かけており、ここ『『白玉楼』』には、幽々子と少女の二人きり。

 

 必要以上に消費した食料は、後で妖忌に問い詰められるだろうが、その時はその時だ。自分が食欲を抑えきれなかった事にでもしよう。

 これをいい機会だと、幽々子はこれまで散々『従者の仕事ですから』と、妖忌に奪われ続けた調理を、久しぶりにやってみようと思ったのだ。

 当然だが、幽々子は妖忌が『白玉楼』に来るまでの間、ここで一人暮らしており。

 日々の食事は当然として、屋敷の掃除やらも自分がやっていたのだから、達人とは言わずとも、それなりの実力はある。

 そう、幽々子はかなり『できる』側の人間であり、料理の腕前だけで見ても、まだ家事全般に慣れていない、妖忌のそれより遥かに上。

 その事実が余計。『従者』という役割と一言で、幽々子から腕を動かす機会を奪っていたのだから、少なからず不満はあったのだ。

 しかも厄介なことに、妖忌に当たり前だが悪意はなく、それが純粋な善意と敬愛によるものときた。

 余計断りづらいのである。

 料理をする事自体は好きなのに、『白玉楼』の主として、妖忌が仕える立場上できない。

 更には日々、容態を悪くしていく自分の身体の事もあって、ただでさえ心配症が目立っていた妖忌から、とうとう散歩がてらに外を歩くことすら、禁止されそうになったのも記憶に新しい。

 身体の不調。

 その原因は、妖忌はまだ分からないと言う。

 が、幽々子は少なからず例の桜の木が、何かしらの悪影響を自分に与えているのだろうと、そう推測していた。

 ――だが、今だけは。

 幽々子は笑って。

 

「ねぇ、美味しい?」

「……ん」

 

 ぷい、と顔を横に向ける。

 返事もたった一言のみではあったが、その仕草と音一つに、込められた感情の情報量は言うに及ばず。

 どうやら、お気に召したらしい。

 

「良かった。久しぶりに人に振る舞うから、かなり不安だったんだけど」

「……前って?」

「生前、父の調理を手伝った事があったから、もう数年前ね」

「…………そう」

 

 生前、と最初に付けた意味。

 少女は聡く、特に表情を変える事もなく、そう。とだけ言ってから、また食事に戻る。

 憐憫の色。

 こちらが彼女に向けなかったように。

 彼女もまた、こちらを哀れむような表情も、気配も一切見せなかった。

 それだけで、幽々子はかなり気が楽になった。

 

「……初めてなの」

 

 と、少女は言葉を紡ぐ。

 

「こんな、『普通』の人間の食事は初めて」

「そうなの?でも……」

「あなた、私以外に見たことないの?」

 

 と、そこで少女は言葉を止めて。

 

「あぁ、そうか。仕方ないか……」

 

 『白玉楼』について、幽々子は既に、おおよその過去は話した。

 桜の木が持つ謎の力。それを抑え込む為に、そして新たな被害者が出ないように、ずっとこの屋敷から出ない道を選んだ事。

 少女はそれを思い出したのだろう、申し訳なさそうに目を逸らしてから。

 

「今の時代は希少だけど。昔はそれこそ、人型の妖怪なんて大勢いたと聞いてるわ。言葉も喋るし、文化だってある。日の光を疎ましくとも思わないし、下手な人間より遥かに上だった……って」

「聞いてる?なら、あなたの周りには?」

「……いないわ。むしろ、今の『当たり前』の、低級妖怪ばっかりだったわね」

 

 鬼や天狗といった高位の人外たち。

 少女が言うには、そんな彼らでさえ、今では人間たちの記憶から少しずつ消えていき。

 今では、昔の妖怪退治の風習が残っているような、山奥の田舎ぐらいでしか、その存在を畏怖する者はいないという。

 それほどまでに。

 妖怪と人間の距離というのは、大きく離れて行ってしまったのだと。

 幽々子は口を噤む。

 

「そう、なのね」

 

 妖怪は基本、人間に害をなす。

 家族を奪われた、自分が怪我をした。そんな話は嫌という程聞いてきたし、実際幽々子も、低級の妖怪は自分の目でしっかりと見た。

 醜悪、そして何より本能が『忌まわしい』と、そう叫ぶような、嫌な存在感があった。

 それでも、思う。

 彼らは『人外』なのだ。

 妖忌だって、彼は厳密には純粋な妖怪でこそないものの、『半人半霊』と、しっかりと『人外』の括りに位置している。

 そんな彼らが、段々と忘却の滅びによって、人知れず消えていく。

 

「忘れられるのは、悲しいことだわ」

 

 ――父も。

 自ら命を断った父も同じだ。

 娘である幽々子と、彼に恩義がある妖忌を除いて、一体何人が今も、彼の生前を記憶しているというのか。

 妖怪だろうと、人間だろうと共通する。『忘れられる』という永劫の苦しみ。

 幽々子は決して、父の名を口にはしていない。

 だが、その言葉を聞いて、聡い少女はすぐに察したのだろう。

 再び、逸らしていた目を元に、こちらをじっと見てから。

 

「楽しかったと思うわ、きっと」

「……え?」

 

 小さな声ではあったものの。

 少女はそう断言した。

 続けて。

 

「自分の子供と、一緒に何かをするなんて事。普通の親なら、きっと幸せな事だと思うから」

「……父のこと、かしら」

「間違ってたならごめんなさい。でも、今の辛そうな顔を見て、もしかして父の事を……って」

「いいえ、大丈夫よ」

 

 何も間違っていない。

 それを伝えて、幽々子は静かに、彼女の続きを待った。

 

「忘れられる、忘れてしまう。……そうやって、悩める事は、きっといい事よ」

「…………」

「あなたの父も、あなたがとても大事だったと思う。絶対、そうだと思う、だって――」

 

 私は――。

 そこで言い淀み。

 少女は、箸を止めてから。

 

「私は、何も許されなかったから」

「…………」

「私の父は、忙しい人だったから。私とあまり関わりがなかったし」

 

 幽々子の内心を察したように。

 少女は、ゆっくりと語る。

 

「私は、まともな愛され方をされなかったから」

 

 まるで、風が吹くように。

 降り積もった少女の過去が、少しずつ暴かれていく。

 

「……母も、周りも。私は『普通じゃない』って言ったの」

「普通、じゃない……?」

「あなたは人間だから、きっと。私のこの姿を見ただけじゃ、それが分からないでしょうけどね」

「……」

 

 少女の言葉に、幽々子は何も返せない。

 実際、その通りだから。肯定以外の何かを、彼女にぶつける事など叶わない。

 所詮は人間。

 『程度の能力』という変わった特技こそあれど、それ以外はただの人間。

 髪色が違う事も、そういうものだと許容された自分とは違って、少女の世界は違う。

 

 何が『違う』のか。

 顔も、身体も、あらゆる要素も。

 やはり、どこからどう見ても。

 彼女は自分と同じ、『人間』にしか見えない。

 

 ――だが、違うのだと少女は言う。

 彼女は『人間』ではない。そんな当たり前の事実が付きつけられると同時に。

 それすらも分からない、理解できない自分の『人間』が、その鈍さが、今になって疎ましい。

 

「縄で縛られて、妖怪たちの群れに放り投げられた事もあったわ。嫌だって言っても、誰も私に返事なんてしない」

 

 同族から、自分の言葉全てを無視され。

 物を隠され、侮蔑の言葉を投げかけられ。

 いつ死んでもおかしくない、過酷過ぎる環境に、一人置き去りにされ。

 または、同族からも手慰み感覚で、暴力を振るわれる事もあったのだと。

 何より、それを第一に振るっていたのは唯一の家族から――つまり父以外の親族によってであると。

 絶句する幽々子に、少女は泣きそうな顔で。

 

「本当に……」

 

 地獄だった。

 そう少女は言う。

 

「夜になると、影から妖怪が這い出てくるでしょう?」

「……」

「それを分かっていて、母は私を縄で縛った後に、わざと木陰に放置するの」

「…………」

「その度に、必死になって逃げて、襲ってくる妖怪を倒して。……帰っても、みんな私の事を無視するから。ずっと一人で過ごしたわ」

 

 文字を覚えるよりも先に、逃げ方を覚えた。

 食事の作法を覚えるよりも先に、怪我の応急処置を覚えた。

 服の下は当然、顔にも遠慮なく傷をつけられる日々だった。

 何より、そんな過酷な日々を過ごしても尚――。

 耐えられる、克服できる自分の()が、疎ましいと。

 

「父が帰ってきた時にはもう、私の身体についた傷は全部治ってるの。母も、きっとそれを分かっていたんでしょうね」

「…………」

「痛い。苦しいって訴えても、それを信じて貰える証がない。身体が治ったら、また『躾』が始まって。……父が帰ってくる頃合いを見計らって、やめる。後は傷が癒えるのを待つだけ」

「………――」

 

 少女は冷たく独白した。

 が、幽々子はそれに対し、不思議と憐憫の感情を抱くことはなかった。

 その理由は、少女の顔。

 最初の頃に見た、絶望し、意志を失った真っ黒な瞳など何処にもなく。

 己の過去、周りとの相違による悲劇。

 そして親族から向けられる、泥のように濁った悪意を含めて、全てを『そういうもの』と割り切っているように見えたから。

 

 同情も、憐憫も不要であると。

 

 その、真っすぐな視線が主張する。

 

「ホント、最悪だったわ」

 

 言葉にした。

 彼女からすれば、返事も相槌も求めていない、独り言のようなものだったのだろう。

 幽々子の反応なんて気にせず、再び食事に集中するその姿からは。

 今までの、上から目線に『可哀想』だと、そう思えない強さがあった。

 この少女は本当に、ただそれだけを言いたかっただけなのだろう。

 

「だから」

 

 言葉を失う幽々子に対し、彼女は微笑し。

 今までの、冷えた空気を吹っ飛ばす勢いで、宣言する。

 

「私。あいつらを全員ぶっ殺してやるの」

「え」

「だってそうでしょう?私にはその権利があるんだから。蹂躙よ蹂躙、壊滅させてやるわ、あんなクズ共」

「え、いや。えっ?」

 

 ――一体何を言って。

 その言葉を、幽々子は飲み込んだ。

 彼女の境遇を思えば、自分が口をどうこう挟む余地はないと、そう思ったが故に。

 それでも、どうしても聞きたい。

 幽々子は恐る恐る。

 

「…………大丈夫なの?こう……色々」

「ま、なんとかなるでしょ」

 

 が、やはり少女は気楽そうに。

 

「まぁ流石に、やりすぎでしっかりと絶命させたら大問題だけどね、あくまでも気概よ、気概」

「……そ、そうなの」

「そうよ、あんなゴミ共でも身体だけは頑丈なのよ?それくらいの思いで行かなきゃ駄目なの。ま、頑丈と言っても、私ほどじゃないけどね」

「え、いや……あの、そうじゃなくて」

 

 駄目だ、あまりにも決心が固い。

 

「むしろ『殺さないように』……に思うと駄目よ、下手な手心は慈悲になるもの。徹底的に恐怖を、今まで散々嬲ってくれた分、あいつらにしっかりとお返ししないと」

「…………」

「そうねぇ、他の部族も出しゃばってくるかしら?そうなるとちょっと厳しいかもだけど……それでもやらないよりは…………」

「――」

「ね、どう思う?」

 

 答えを促されるが、正直どう答えても道はない。

 はいそうですか。これなら少女は近い将来、本当に自分を虐げた同族たちを蹂躙するだろう。

 良くないと思う。これを言える資格が自分にあるのか?そう問われると答えは否。

 詰みだ。

 

 見れば分かる、彼女の目。

 まるで宝石のような。今まで見たことがない輝きっぷりである。

 

 夢を語り、決心すると。文字にすればなんともまぁ尊く可愛らしいものであるが、その真実は『虐殺(擬き)』ときた。

 しかもあの輝きっぷりからして、仮に幽々子がどの答えを選んだとしても、彼女の復讐相手たちに、安寧は訪れないだろう。

 

 やると決めたならやる。

 舐めたやつを全員殴る。

 つーか殺す。

 そんな凄味を感じさせられた。

 

 幽々子は何とか、言葉を捻り出そうとした。

 そこから続く言葉がどんなものか、自分でも把握出来ていない。

 結果は。

 

「が、頑張って……ね?」

 

 ニッコリと。

 それはもうとてもいい笑顔で、少女は笑った。

 

「うん、頑張るわ」

 

 むん!と誰でもない声が聞こえてきそうな、立派な力こぶを右腕で作りながら。

 それを見て、くすりと笑ってから、幽々子は考える。

 

「………………」

 

 もしも――。

 彼女が本気で、自分の力を一切の遠慮なしに振るうとしたら?

 戦いなんて当然、幽々子は少女の『本気』の動き、そして強さの理由も何も知らない。

 幽々子にとって少女とは。

 ただ、突然この『白玉楼』にやって来た、新しい友達に過ぎない。

 過去の話も、所詮は概要のみを知ったに過ぎない。

 これまでに味わった、見てきた光景や悲惨さを、一から共有した訳ではない。

 それでも、間違いなく異端だと称せる、彼女の――。

 

(いいなぁ、なんて)

 

 天賦の肉体。

 自分のような『人間』では決して届かない、『人外』だからこそ至った境地。

 全力で走る機会も、遠くに旅をしたこともない。

 人並みに動けるだけの、肉体の機能はただの小娘である自分だからこそ。

 そんな、子供のような羨望を覚えた。

 

「ねぇ」

「ん?」

 

 ――触れた時に確信した。

 ――話を聞いて、そうして希望を抱いた。

 だからこそ、友人として、幽々子は問う。

 

「あなたなら、私を()()()外に出れる?」

「……何、どこかに行きたいの?」

「そうね、前に本で読んで、行ってみたいって思ってた場所があるの」

 

 もしかしたら、この少女なら――。

 

「私を、いつか『海』に連れて行って」

「…………」

 

 両手を合わせて、あざとい笑みと共にそうおねだりをする。

 彼女は、小さく吹き出してから。

 

「……いいわよ、私がここから連れ出してあげる」

 

 そう、力強く。

 凛とした長髪を靡かせて。――笑った。




 ――違和感。

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