【本編完結】諏訪子様になった、負け戦を回避したい 作:洩矢廻戦
――
今でも思い出す。
今も尚、忘れることなどできない一幕。
水が染み込むように五感が認識され、この世界を知った瞬間を。
「――――」
言葉を知るよりもまず、『それ』を知った。
『愛』を向けられるよりも先に、真っ黒な『それ』を向けられた。
視界から入ってくる情報と、耳から入ってくる情報。
五感の中でそれらがまず、最初に鮮明に機能して、朧げな自我に成長を促した時。
『■■■■』
『■■■■■■』
知らない誰か。
父か母、どちらかの知り合いか、それとも関係のない誰か。
それが何を言っていたか、今ならきっと理解できる。
彼らが、自分に対して向けた感情は、仕方のないものだった。
きっと、彼らは気味悪がっていたのだ。
他とは違う。
持つべきものを持っていない――。
前例のない、自分という異端者を――。
「あ、起きた?」
夢から覚めた時。
微笑み。
「ぐっすり寝てたわねぇ」
幽々子と名乗った、この屋敷の小さな主がいた。
「…………」
裏切り、罵倒され。
負の記憶から抜け出せず、疑心暗鬼に陥って。
自暴自棄になった自分に、最後まで向き合ってくれた人。
「……おかげさまで」
ぶっきらぼうに、そう言う。
誰かと話す。
それも悪意のない、誰もが経験する『普通』の会話なんて、もう何年も前の事だったから、あまり上手く返せなかったけど。
それでも、やはり幽々子は小さく笑って、嬉しそうにした。
差し出された善意の手。それを悪意と受け取り、撥ね除けそうになる程どうしようもなかった自分。
それに、否定されても尚救いたいと、その善意は嘘偽りのない、腹の底から出た本音だったのだろう。
自分が意識を失う寸前。
そう強く宣言し、優しく手を包んでくれた彼女は、間違いなく善人で。
そして。
「…………っ」
少女は、背中に走る感覚に顔を顰める。
まるで神経が剥き出しになったように、痛覚が鮮明にそれを受け止める。
感覚が鋭敏過ぎるが故に、逆に鈍痛として、脳が強すぎる痛みを中和しているようであった。
……痛み。
妖怪に嬲られ、傷ついた身体が発していた危険信号。
少女は自分の傷跡を、直接目で見た訳ではない。
が、意識を失う直前まで感じていた、あの筆舌に尽くし難い不快感と痛みから、怪我の具合はかなりのものだったのだろうと推測できる。
肉を剥がされ、齧られる惨状。
「……怪我は大丈夫?」
「……」
幽々子は心配そうに声を掛ける。
その瞳には、やはり意識を失う前と同じ、純粋な善意の光が灯っている。
確かに、幽々子の心配する通り、少女の容態は芳しくなかった。
だが、今は――。
「……平気よ、もう」
齧られた肉はほぼ元通りになり、皮も薄くとはいえ再生されている。
全快時に比べ八割程、身体は元通りになっていた。
無論、まだ想像を絶する痛みは継続しているが、これも直に慣れるだろう。
このような痛みは、今に始まった事じゃない。
「……慣れてるから」
同族から疎ましく、忌まわしいと扱われる日常。
その日々で、侮蔑の言葉は当たり前のものだった。
仮にそれら言葉がなかったとしても、視線と態度の二つだけで、簡単に心は傷つくものだと、少女は知っている。
充分すぎる程に、向けられる悪意の辛さを知っている。
だから、慣れた。
これは強がりでも何でもなく、覆せない『そういうもの』だと、そう受け入れた現実だ。
なのに。
「…………そう」
幽々子はまるで、泣きそうな顔をして。
「それって、凄く悲しいことだと思うわ」
彼女はまた、自分の手の甲に優しく触れた。
あの時と同じ、羽毛の軽い手は、少女にとって心地よい温もり。
穢れ一つない、憐憫の視線が逆に息苦しい。
少女は顔を背け。
「何よ、あなたには関係ないでしょ」
答えなどない、曖昧な否定の言葉。
それでも、幽々子は退かなかった。
「そうね。私はあなたとは違うわ。私は身体が強くないし、まだ世の中を何も知らない。傷つく苦しみも、痛みも何も分からないもの」
「……」
少女は自分の手を見る。
未だ、傷跡が残る、虐げられた名残。
うんざりする程の悪意に晒され、傷つけられた証だ。
否が応でも、生きている限り視界に映り込むそれは、少女にとっては自分がどこまでも、お前は情けないと突きつけてくるような気さえする。
だから、嫌いな手だ。
だって、前はもっと綺麗だったのに――。
「でもね」
幽々子は笑って。
「私。あなたの手、好きよ」
耳を疑った。
何を狂ったことを、または皮肉のつもりか。
声を上げるよりも先、幽々子はまた、優しく両手で包み込むようにして。
「暖かいから」
「…………なにそれ、意味わからない」
耳の次は、正気を疑った。
答えにもなってない、好きになる理由にもなっていない。
ただ、自分を慰める為だけに、口先で適当な言葉を吐いていると、そう切り捨てられれば、どれほど楽に済んだのか。
幽々子の顔を見れば、彼女は決して軽い気持ちで、そんな戯言を吐いたのではないと分かる。
倫理も糞もない、甘い戯言だ。
「こんなの……」
こんな、『弱さ』の証明とも取れる手が。
味わった屈辱の記憶を、見る度に想起させるこの手のどこが。
自分の身体なら、これらの傷はきっとあと数日で、痣すら残らず元に戻る。
だからこそ余計に、何度も何度も傷を刻まれ、痛みを蓄積する事の何処に――。
「『強い』手ね」
幽々子の答えは変わらない。
どこまでも都合のいい、甘く耳に染みる戯言。
「……」
赤くなった顔を見られないよう、そっぽを向いて。
「……違う」
「何度も、何度も。決して挫けない強いひとの手」
他より強く産まれた身体。
初めて、それを肯定されて。
「…………うるさい」
「もう、本当なのに」
決して。
決してその言葉に救われたなんて、三文小説みたいな事はないのだと。
「うるさい…………」
少女は、強く自分に言い聞かせた。
脳を、身体を休ませるには睡眠がいる。
そんな人としての当たり前の療養を終えたなら、次にするべき事は食事だろう――。
幽々子自身、そんな『安静』は自分のような、純粋な人間だけに当てはまるものと思っていた。
だがどうやら、現実は違うらしい。
現に。
「…………何よ?」
頬に米粒をくっつけたまま、少女は問う。
「うぅん、別に」
――よく食べる子だなぁ。
幽々子はそう微笑ましく思いながら、彼女の頬にくっついた米粒には、あえて触れなかった。
たとえ『人間』でなくとも、どうやら米や野菜による食事は至上の悦楽に等しいらしい。
食べる、寝るといった人間の当たり前は、人間ではない彼女にとっても、ごく普通な当たり前。常識の範疇であったらしいのだ。
長く眠り、傷を癒す分消費した、生きる為のエネルギーを賄うかのような勢いで。
少女はまるで、水を飲むが如き勢いで、目前に並べられた食事を平らげている。
当然、それを作ったのは幽々子自身。
現在。妖忌はある用事で外に出かけており、ここ『『白玉楼』』には、幽々子と少女の二人きり。
必要以上に消費した食料は、後で妖忌に問い詰められるだろうが、その時はその時だ。自分が食欲を抑えきれなかった事にでもしよう。
これをいい機会だと、幽々子はこれまで散々『従者の仕事ですから』と、妖忌に奪われ続けた調理を、久しぶりにやってみようと思ったのだ。
当然だが、幽々子は妖忌が『白玉楼』に来るまでの間、ここで一人暮らしており。
日々の食事は当然として、屋敷の掃除やらも自分がやっていたのだから、達人とは言わずとも、それなりの実力はある。
そう、幽々子はかなり『できる』側の人間であり、料理の腕前だけで見ても、まだ家事全般に慣れていない、妖忌のそれより遥かに上。
その事実が余計。『従者』という役割と一言で、幽々子から腕を動かす機会を奪っていたのだから、少なからず不満はあったのだ。
しかも厄介なことに、妖忌に当たり前だが悪意はなく、それが純粋な善意と敬愛によるものときた。
余計断りづらいのである。
料理をする事自体は好きなのに、『白玉楼』の主として、妖忌が仕える立場上できない。
更には日々、容態を悪くしていく自分の身体の事もあって、ただでさえ心配症が目立っていた妖忌から、とうとう散歩がてらに外を歩くことすら、禁止されそうになったのも記憶に新しい。
身体の不調。
その原因は、妖忌はまだ分からないと言う。
が、幽々子は少なからず例の桜の木が、何かしらの悪影響を自分に与えているのだろうと、そう推測していた。
――だが、今だけは。
幽々子は笑って。
「ねぇ、美味しい?」
「……ん」
ぷい、と顔を横に向ける。
返事もたった一言のみではあったが、その仕草と音一つに、込められた感情の情報量は言うに及ばず。
どうやら、お気に召したらしい。
「良かった。久しぶりに人に振る舞うから、かなり不安だったんだけど」
「……前って?」
「生前、父の調理を手伝った事があったから、もう数年前ね」
「…………そう」
生前、と最初に付けた意味。
少女は聡く、特に表情を変える事もなく、そう。とだけ言ってから、また食事に戻る。
憐憫の色。
こちらが彼女に向けなかったように。
彼女もまた、こちらを哀れむような表情も、気配も一切見せなかった。
それだけで、幽々子はかなり気が楽になった。
「……初めてなの」
と、少女は言葉を紡ぐ。
「こんな、『普通』の人間の食事は初めて」
「そうなの?でも……」
「あなた、私以外に見たことないの?」
と、そこで少女は言葉を止めて。
「あぁ、そうか。仕方ないか……」
『白玉楼』について、幽々子は既に、おおよその過去は話した。
桜の木が持つ謎の力。それを抑え込む為に、そして新たな被害者が出ないように、ずっとこの屋敷から出ない道を選んだ事。
少女はそれを思い出したのだろう、申し訳なさそうに目を逸らしてから。
「今の時代は希少だけど。昔はそれこそ、人型の妖怪なんて大勢いたと聞いてるわ。言葉も喋るし、文化だってある。日の光を疎ましくとも思わないし、下手な人間より遥かに上だった……って」
「聞いてる?なら、あなたの周りには?」
「……いないわ。むしろ、今の『当たり前』の、低級妖怪ばっかりだったわね」
鬼や天狗といった高位の人外たち。
少女が言うには、そんな彼らでさえ、今では人間たちの記憶から少しずつ消えていき。
今では、昔の妖怪退治の風習が残っているような、山奥の田舎ぐらいでしか、その存在を畏怖する者はいないという。
それほどまでに。
妖怪と人間の距離というのは、大きく離れて行ってしまったのだと。
幽々子は口を噤む。
「そう、なのね」
妖怪は基本、人間に害をなす。
家族を奪われた、自分が怪我をした。そんな話は嫌という程聞いてきたし、実際幽々子も、低級の妖怪は自分の目でしっかりと見た。
醜悪、そして何より本能が『忌まわしい』と、そう叫ぶような、嫌な存在感があった。
それでも、思う。
彼らは『人外』なのだ。
妖忌だって、彼は厳密には純粋な妖怪でこそないものの、『半人半霊』と、しっかりと『人外』の括りに位置している。
そんな彼らが、段々と忘却の滅びによって、人知れず消えていく。
「忘れられるのは、悲しいことだわ」
――父も。
自ら命を断った父も同じだ。
娘である幽々子と、彼に恩義がある妖忌を除いて、一体何人が今も、彼の生前を記憶しているというのか。
妖怪だろうと、人間だろうと共通する。『忘れられる』という永劫の苦しみ。
幽々子は決して、父の名を口にはしていない。
だが、その言葉を聞いて、聡い少女はすぐに察したのだろう。
再び、逸らしていた目を元に、こちらをじっと見てから。
「楽しかったと思うわ、きっと」
「……え?」
小さな声ではあったものの。
少女はそう断言した。
続けて。
「自分の子供と、一緒に何かをするなんて事。普通の親なら、きっと幸せな事だと思うから」
「……父のこと、かしら」
「間違ってたならごめんなさい。でも、今の辛そうな顔を見て、もしかして父の事を……って」
「いいえ、大丈夫よ」
何も間違っていない。
それを伝えて、幽々子は静かに、彼女の続きを待った。
「忘れられる、忘れてしまう。……そうやって、悩める事は、きっといい事よ」
「…………」
「あなたの父も、あなたがとても大事だったと思う。絶対、そうだと思う、だって――」
私は――。
そこで言い淀み。
少女は、箸を止めてから。
「私は、何も許されなかったから」
「…………」
「私の父は、忙しい人だったから。私とあまり関わりがなかったし」
幽々子の内心を察したように。
少女は、ゆっくりと語る。
「私は、まともな愛され方をされなかったから」
まるで、風が吹くように。
降り積もった少女の過去が、少しずつ暴かれていく。
「……母も、周りも。私は『普通じゃない』って言ったの」
「普通、じゃない……?」
「あなたは人間だから、きっと。私のこの姿を見ただけじゃ、それが分からないでしょうけどね」
「……」
少女の言葉に、幽々子は何も返せない。
実際、その通りだから。肯定以外の何かを、彼女にぶつける事など叶わない。
所詮は人間。
『程度の能力』という変わった特技こそあれど、それ以外はただの人間。
髪色が違う事も、そういうものだと許容された自分とは違って、少女の世界は違う。
何が『違う』のか。
顔も、身体も、あらゆる要素も。
やはり、どこからどう見ても。
彼女は自分と同じ、『人間』にしか見えない。
――だが、違うのだと少女は言う。
彼女は『人間』ではない。そんな当たり前の事実が付きつけられると同時に。
それすらも分からない、理解できない自分の『人間』が、その鈍さが、今になって疎ましい。
「縄で縛られて、妖怪たちの群れに放り投げられた事もあったわ。嫌だって言っても、誰も私に返事なんてしない」
同族から、自分の言葉全てを無視され。
物を隠され、侮蔑の言葉を投げかけられ。
いつ死んでもおかしくない、過酷過ぎる環境に、一人置き去りにされ。
または、同族からも手慰み感覚で、暴力を振るわれる事もあったのだと。
何より、それを第一に振るっていたのは唯一の家族から――つまり父以外の親族によってであると。
絶句する幽々子に、少女は泣きそうな顔で。
「本当に……」
地獄だった。
そう少女は言う。
「夜になると、影から妖怪が這い出てくるでしょう?」
「……」
「それを分かっていて、母は私を縄で縛った後に、わざと木陰に放置するの」
「…………」
「その度に、必死になって逃げて、襲ってくる妖怪を倒して。……帰っても、みんな私の事を無視するから。ずっと一人で過ごしたわ」
文字を覚えるよりも先に、逃げ方を覚えた。
食事の作法を覚えるよりも先に、怪我の応急処置を覚えた。
服の下は当然、顔にも遠慮なく傷をつけられる日々だった。
何より、そんな過酷な日々を過ごしても尚――。
耐えられる、克服できる自分の
「父が帰ってきた時にはもう、私の身体についた傷は全部治ってるの。母も、きっとそれを分かっていたんでしょうね」
「…………」
「痛い。苦しいって訴えても、それを信じて貰える証がない。身体が治ったら、また『躾』が始まって。……父が帰ってくる頃合いを見計らって、やめる。後は傷が癒えるのを待つだけ」
「………――」
少女は冷たく独白した。
が、幽々子はそれに対し、不思議と憐憫の感情を抱くことはなかった。
その理由は、少女の顔。
最初の頃に見た、絶望し、意志を失った真っ黒な瞳など何処にもなく。
己の過去、周りとの相違による悲劇。
そして親族から向けられる、泥のように濁った悪意を含めて、全てを『そういうもの』と割り切っているように見えたから。
同情も、憐憫も不要であると。
その、真っすぐな視線が主張する。
「ホント、最悪だったわ」
言葉にした。
彼女からすれば、返事も相槌も求めていない、独り言のようなものだったのだろう。
幽々子の反応なんて気にせず、再び食事に集中するその姿からは。
今までの、上から目線に『可哀想』だと、そう思えない強さがあった。
この少女は本当に、ただそれだけを言いたかっただけなのだろう。
「だから」
言葉を失う幽々子に対し、彼女は微笑し。
今までの、冷えた空気を吹っ飛ばす勢いで、宣言する。
「私。あいつらを全員ぶっ殺してやるの」
「え」
「だってそうでしょう?私にはその権利があるんだから。蹂躙よ蹂躙、壊滅させてやるわ、あんなクズ共」
「え、いや。えっ?」
――一体何を言って。
その言葉を、幽々子は飲み込んだ。
彼女の境遇を思えば、自分が口をどうこう挟む余地はないと、そう思ったが故に。
それでも、どうしても聞きたい。
幽々子は恐る恐る。
「…………大丈夫なの?こう……色々」
「ま、なんとかなるでしょ」
が、やはり少女は気楽そうに。
「まぁ流石に、やりすぎでしっかりと絶命させたら大問題だけどね、あくまでも気概よ、気概」
「……そ、そうなの」
「そうよ、あんなゴミ共でも身体だけは頑丈なのよ?それくらいの思いで行かなきゃ駄目なの。ま、頑丈と言っても、私ほどじゃないけどね」
「え、いや……あの、そうじゃなくて」
駄目だ、あまりにも決心が固い。
「むしろ『殺さないように』……に思うと駄目よ、下手な手心は慈悲になるもの。徹底的に恐怖を、今まで散々嬲ってくれた分、あいつらにしっかりとお返ししないと」
「…………」
「そうねぇ、他の部族も出しゃばってくるかしら?そうなるとちょっと厳しいかもだけど……それでもやらないよりは…………」
「――」
「ね、どう思う?」
答えを促されるが、正直どう答えても道はない。
はいそうですか。これなら少女は近い将来、本当に自分を虐げた同族たちを蹂躙するだろう。
良くないと思う。これを言える資格が自分にあるのか?そう問われると答えは否。
詰みだ。
見れば分かる、彼女の目。
まるで宝石のような。今まで見たことがない輝きっぷりである。
夢を語り、決心すると。文字にすればなんともまぁ尊く可愛らしいものであるが、その真実は『虐殺(擬き)』ときた。
しかもあの輝きっぷりからして、仮に幽々子がどの答えを選んだとしても、彼女の復讐相手たちに、安寧は訪れないだろう。
やると決めたならやる。
舐めたやつを全員殴る。
つーか殺す。
そんな凄味を感じさせられた。
幽々子は何とか、言葉を捻り出そうとした。
そこから続く言葉がどんなものか、自分でも把握出来ていない。
結果は。
「が、頑張って……ね?」
ニッコリと。
それはもうとてもいい笑顔で、少女は笑った。
「うん、頑張るわ」
むん!と誰でもない声が聞こえてきそうな、立派な力こぶを右腕で作りながら。
それを見て、くすりと笑ってから、幽々子は考える。
「………………」
もしも――。
彼女が本気で、自分の力を一切の遠慮なしに振るうとしたら?
戦いなんて当然、幽々子は少女の『本気』の動き、そして強さの理由も何も知らない。
幽々子にとって少女とは。
ただ、突然この『白玉楼』にやって来た、新しい友達に過ぎない。
過去の話も、所詮は概要のみを知ったに過ぎない。
これまでに味わった、見てきた光景や悲惨さを、一から共有した訳ではない。
それでも、間違いなく異端だと称せる、彼女の――。
(いいなぁ、なんて)
天賦の肉体。
自分のような『人間』では決して届かない、『人外』だからこそ至った境地。
全力で走る機会も、遠くに旅をしたこともない。
人並みに動けるだけの、肉体の機能はただの小娘である自分だからこそ。
そんな、子供のような羨望を覚えた。
「ねぇ」
「ん?」
――触れた時に確信した。
――話を聞いて、そうして希望を抱いた。
だからこそ、友人として、幽々子は問う。
「あなたなら、私を
「……何、どこかに行きたいの?」
「そうね、前に本で読んで、行ってみたいって思ってた場所があるの」
もしかしたら、この少女なら――。
「私を、いつか『海』に連れて行って」
「…………」
両手を合わせて、あざとい笑みと共にそうおねだりをする。
彼女は、小さく吹き出してから。
「……いいわよ、私がここから連れ出してあげる」
そう、力強く。
凛とした長髪を靡かせて。――笑った。
――違和感。
投稿時間は何時がいいか
-
7:00~9:00
-
10:00~12:00
-
13:00~15:00
-
16:00~18:00
-
19:00~21:00
-
22:00~0:00