【本編完結】諏訪子様になった、負け戦を回避したい   作:洩矢廻戦

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 地獄旅もクライマックスらしいわよん


13話.HELL-OH!

「てゐ、あれもしや…やばい?」

「いや、流石にあんたの方がやばいから安心しな」

「あれがやばいのは間違いないんじゃん!やだー!」

「ちょ…二人とも気づかれるから…!」

 

 わーわー、ぎゃーぎゃー。

 しかし変わらず無表情のまま、ぐわんぐわんと身体を揺らしながら上に視線を向けるてゐ。

 その虹色に輝く鱗に、同じく白を基本とした美しい毛並みと爪、生命力を感じる龍特有の肉体。

 "龍"という種族に恥じぬ、超越した強さのオーラを纏っていた。

 

 ――かなり遠い。

 

 その身体を観察しながら、てゐはそう内心で呟く。

 平らな岩盤の屋根、つまり地底の天井までここからざっと数十…いや百数はあってもおかしくない程の距離があるはずだ。

 それなのに、上空を今も悠々と漂う白龍の規格外な大きさがとても興味深い。

 てゐは言う。

 

「ここから見てもあの大きさってことは…あいつの本来の姿は…」

「うーん…もしかして私たちさ、全員まとめてあいつに食べられる?」

「可能性は高いね」

「なんでそんなに冷静なのよ…」

 

 仲良く揃って言う様子に、マエリベリーは呆れながらそう言った。

 もはや完全に危機に慣れた長生き兎と、深く考えずただ目先のことしか考えない阿呆神。

 これはマエリベリーの持論だが、身を刺すような敵意だったり、自分の命を脅かす悪意そのものだったり…生き物というのは何度かそれを経験すると慣れが生じてしまう。

 どうやらそれは、妖怪や神でも変わりは無いらしい。

 

 何度も危機を経験し、何事もなく乗り越えてきた。

 何の心配もいらず、常に勝利を続けてきた。

 

 そうだ。油断、慢心…そして慣れといったそれ。

 なによりそれは、他ならぬ…マエリベリーにも当てはまることであり…

 自覚のないマエリベリーの頭上で、白龍は何かに気づいて動きを止める。

 

『………』

 

 ギョロリ――

 その黄色の眼球が動きを見せて。

 

 

 

 

『見ツけタ』

 

 

 

 

 衝撃。

 轟音、そして吹き荒れる砂塵。

 最初に我に返ったのは、宙を舞いながら白龍と目が合う彼女。

 凝縮された時間の中、秒数にして約2秒ほどだったが、その白い乱入者と彼女は、真の意味で邂逅を果たす。

 

 ――予備動作すら…空気が揺らぎすらもしなかった…っ!

 

 方陣の展開すらままならず、制御の効かない空中浮遊。

 完全な油断だった。そして、見事にそれを突いてみせた乱入者は止まらない。

 未だ動けずにいるマエリベリーと、何とか走り出したのはてゐ、だが既に、その牙は彼女を飲み込まんとしており。

 彼女が祟り神を呼ぼうと腕を動かすよりも早く、白龍は口を更に大きく開いた。

 彼女が、龍の顎に飲み込まれ――

 

「洩矢の鉄の輪ッ!」

 

 咄嗟に祟り神の召喚を諦め、鉄輪による迎撃を選択したのが功を奏した。

 ガギンッと鈍い音を立てて、今にも自分を噛み殺さんと口を閉じる白龍の、その無防備な喉の中に鉄を立てて、地味だが確実な嫌がらせをする。

 しかし、それでも咬合力は鈍らない。

 

「ぐぎぎ…!」

 

 できるだけ垂直に、少しでも角度を失敗して噛み潰されないよう、必死で鉄輪を支えながら耐えてみせる。

 なんとか噛み潰されることを防いだ次は、反撃のための準備を――

 

(■■)

「ほぇ?」

 

 しようと思った矢先である。

 彼女の目の前、龍の喉仏の更に奥からやってくる、熱気と凄まじい光。

 龍、口の中、光と熱気…いくら突然のピンチに困惑中の彼女とは言え、その先のことは容易に想像できた。

 一言。

 

「………やっべぇ」

 

 祟り神を呼び出しながら、彼女は呆然としてそう呟いた。

 

 ――ぼうっ!

 

 龍の口内で黒い炎が暴れ、そして彼女自身に襲いかかる。

 視界を埋め尽くす、黒の奔流。

 

「ウアアア炎ダーッ」

 

 彼女はそうみっともなく叫ぶ。

 しかし今度は問題なく、群れをなす魚のような祟り神を呼び出して、それらをまとめて盾にすることで防ぐことに成功。

 貴重な耐熱性能を持つ祟り神を使い捨てる結果になってしまった。しかし同時に、熱気と風圧によって飛ばされ、思いっきり壁に叩きつけられる形でだが…なんとか口内から脱出することには成功した。

 ぷすぷすと煙を上げながら、彼女はフフフ…と気味の悪い笑顔を見せた。

 

「…さてと」

 

 ゾクリと、その様子を見ていたてゐ達に悪寒が走る。

 そう、かつて"彼"がこの世界に迷い込み、今や"彼女"として新たな生を歩んでいる中で、これは初めての不覚である。

 今まで何だかんだで恰好よく、上手く決まっていたのが初めて台無しにされたのだ、彼女の怒りもそれなりのもので――

 結局のところつまり。

 

「てめぇこの野郎…!」

 

 マジギレである。

 ド級のマジギレ、ドマジギレである。

 普段なら絶対に使わないであろう、前世で慣れ親しんだ低知能な語彙力の再臨である。

 顔を真っ赤にしながら、彼女の怒りは止まらない。

 

「はーっアッタマ来た!絶対殺す滅茶苦茶に殺す…もう絶対にボコる…!」

 

 もはや普段の面影などそこには無い、ただ自分の自尊心を傷つけられ、そしてただ恥ずかしいという感情を八つ当たりしたいだけの、子供のような理不尽がそこにはいた。

 再び両手に鉄輪を召喚し、それらを回転させて殺傷力を上げ続ける。

 息を吸う、そして一瞬だけ目を閉じて、吐く。

 そして、一気に開いて叫び出した。

 

「第2ラウンド開始じゃぁぁぁぁッ!!!」

 

 

 

 


 

 

 

 

 彼女の拳が振るわれた。

 もはやそこには慢心も油断もない、その拳には相手を絶命させるだけの覚悟と、それに恥じぬ威力が込められていた。

 同時に、ある()()を発動させて――

 拳が加速し、その鱗を割らんとする。

 

「ッラァ!」

 

 ゴンッ…

 鈍い。まるで鉄を叩いたかのような音のみが返ってきた。

 

「硬っ…!」

 

 僅かながらも殴った反動によって硬直をする彼女に、白龍は反撃として爪を振り上げる。

 跳んで避けるにも、攻撃のタイミングと場所が悪い。

 距離を取るにも接近しすぎた、懐に入り込むには決断が遅すぎる。

 ――このままだと分が悪い。この場にいる全員の心境はそれだった。

 

「頼んだ!」

『――…』

 

 その鋭利な刃物が、御伽噺や伝承で語られる龍の爪が襲い掛かろうとする瞬間。

 今にもその首を刎ねようと、その切っ先が彼女の首元にまで近づいた瞬間。

 ――青い波動が辺りを支配する。

 

『ぉおおおおおっ!!!』

 

 崩壊する地盤、そしてよく見ると、先ほどからこっそりと広げていた彼女の影から一本の腕が飛び出していた。

 その巨大な拳が、龍の下顎に見事なアッパーを決めると同時に、ズンッと今まで以上に鈍い音が響く。

 新たなる配下、一つ目の入道のような祟り神が、主の危機を救おうと力を振るった。

 白龍が新たな脅威を取り除こうと、祟り神に向けて口を開き――

 

「ご苦労」

 

 祟り神を仕舞って再び、今度は左手で印を結ぶ。

 人差し指と中指のみを伸ばし、それ以外を折り曲げて、まるで指揮棒のように動かしてみせる。

 その動きと連動して、彼女の背後、空間に無数の黒い穴が生まれた。

 指揮を続ける左手はそのままに、新たに右手で銃の形を作ってから、それを今も仰け反ったままの白龍に向けて、笑顔で向ける。

 

「ばーん!」

 

 轟音。

 彼女の言葉と共に、背後の数十はある穴から白く輝く弾幕が絶え間なく放たれる。

 鱗を、眼球を、爪を、尾を、龍の身体のあらゆる部位。それを全て塗り潰す勢いで弾幕の雨が逆さに降る。

 穿つ、穿つ。穿穿穿穿穿穿穿穿穿穿穿穿穿穿穿穿…

 しばらくして、あの虹色の光が再び溢れ出した瞬間。

 

『ッギシャァアアアアアアッ!!!』

 

 爆撃による轟音、それよりも大きく、痛いほどに鼓膜を震わせる絶叫が響き渡る。

 咄嗟に背後に展開していた祟り神を仕舞い、再び来るであろう接近戦に備え、鉄輪を両手に握る。

 そして、一切の予備動作を見逃すまいと、目を見開いて。

 挑発するように、笑う。

 

「構えろ」

 

 鉄輪が両手から少し離れて浮き、高速で回転を始める。

 先ほどよりも早く、今までよりも速く、限界を超えた最高速度で――!

 白龍も、その意に気づいたのだろう。

 

『………』

 

 言葉はない、しかし彼女の態度に対し、その純白の身体を更に輝かせて応えた。

 淡い白の光は銀へ、更に明るさを増して、その身体が正に虹色そのものになった途端、身体そのものにも変化が起こる。

 見間違いじゃない、最初に彼女が龍を見た時と同じ、あのとてつもない巨体は、他ならぬ白龍自身の能力だったのだ。

 

 ――その身体が膨れ上がる。

 

 まずは腕、そして風船が膨れるかのようにゆっくりと指、爪の順でサイズが適応し、以前の数倍の質量を持つように、

 空中を掴むように、宙を泳ぐかのように尾をしならせ、そこから頭に向かって更に大きく、より硬く。

 最後に、その虹色の輝きが、更に深く美しい色合いのものへと――

 

「もっと」

 

 ()()を穿つにはまだ足りない。

 それを貫くには、切断するには、超えるにはまだ何かが足りない。

 どうすればいい?これでいい、もっと他にはないのか…止まらない思考のループ。

 今まで通りでいいのか?これで失敗は…

 ――いいや。

 

()()()()()

 

 自分を信じろ、自分(諏訪子)を貫け。

 合理的でなくともいい、分が悪くてもいい、自分が好きになったものを…自分が選んだものを貫き通す。

 てゐやマエリベリーはミシャグジがいる、この()()()を迷いなく放てばいい。

 せめてもの意趣返しだ。あの堂々たる態度を崩さない白龍の面を、届かなかった鉄輪で貫いてやる。

 白龍が、動く。

 

『――(■■■)

 

 まるでゴムのように身体を縮め、一気に解放する形で駆け出す。

 蛇のようにうねりながら、魚のように自由に、そして肉食獣のように鋭い殺意と牙を持って。

 彼女はその、刹那に等しい瞬間を見逃さず、同じように腕を振り上げ――

 

「殺す…!」

 

 (くろがね)と虹が衝突する。

 彼女の背丈と同じくらいの大きさの鉄輪が、その回転数を維持したまま、そして殺傷能力のみを上げる。

 あの入道の妖怪を倒した、一瞬だけ展開される広範囲斬撃。

 同時に目前に迫る、黒の炎。

 それらが鍔迫り合いを引き起こし、そして両者が更に追い打ちを続ける。

 

『――(■■)

「"日輪(にちりん)" "反逆(はんぎゃく)" "孤高(ここう)新星(しんせい)"」

 

 十字架を刻むように鉄輪を重ね、白龍の身体を×の形に切り裂かんと加速する。

 しかしそれを押しのける炎、鉄輪も負けじと抵抗を続け、火花を散らして暴れだす。

 だが鍔迫り合いが起こるということは、それ即ち鉄輪を大きくしたままということ、つまり斬撃を続けたままということで――

 

「っ不味…」

 

 一瞬だけとはいえ、斬撃の威力を上げるための代価と言っても過言ではない、その弱点。

 鉄輪が巨大になればなるほど、範囲は広くなるが精密性が犠牲となり、更には回転の持続力も弱まってしまう。

 互角の鍔迫り合いが出来たのは最初だけ、次第に速度を失い、切れ味が以前よりも鈍った鉄輪が押され――

 彼女の目前には、あの巨大な龍の口。

 

「…あっ」

 

 押し負け。

 牙が隣に見え。

 ――同時に、自分の鮮血が見えた。

 

「…ッ諏訪子!」

 

 ――食らいついた。

 勝利を確信し、白龍の虹色の輝きが少しずつ収まっていく。

 しかしその咬合力は変わらず、むしろこの機会を逃してたまるかと、その腕を食いちぎらんと暴れだす。

 更に吹きだす鮮血と、そして巻き上がる岩盤の破片。

 洞窟の全てを揺らす勢いの、全力の"狩り"だ。

 マエリベリーは、泣きそうな声で叫ぶ。

 

「諏訪子ッ!」

 

 てゐは、ただ静かにその行く末を見守っていた。

 彼女を噛んだまま、もっとダメージを与えるためだろう、わざと壁に頭をぶつけたり、彼女の身体を地面に擦り付けて弄ぶ。

 神の身体が頑丈とはいえ、人と同じ造形をしている以上は、関節部分などの弱点を消すことはできない。

 しかもよりにもよって、白龍はそれを狙ってか、噛みついているのは彼女の右肩、関節部分ピッタリの位置。

 牙が食い込み、靭帯が痛む、蹂躙はまだ続く。

 その間、彼女は一切の抵抗をしていない。

 何も、していない。

 

「………」

 

 祟り神も呼ばず、ただされるままに攻撃を喰らい、血液を流しながら目を閉じていた。

 その表情を見たマエリベリーは、飲み込むような悲鳴を抑えて動揺を。

 その表情を見たてゐは。

 ニヤリと笑って、呟いた。

 

 

 

 

「…あいつの勝ちだ」

 

 

 

 

 

 白龍は食らいつく。

 ただ自らの本能に従い、目の前の敵を屠るために全力を出す。

 何度も危機を経験し、その度に彼はそれを乗り越え"強者"の特権の優越に浸っていた。

 その中でも、この少女は一二を争う絶品だ。

 

「………」

 

 何故か、あの配下を呼ぶつもりはないらしい。

 何かを企んでいるのかとも思ったが、あまりにも動きを見せず、抵抗すらしていないのを見て諦めたのだろうと、そう結論付けた。

 不気味なほど静かな彼女、しかしもはや自分の勝ちは揺るがないものだと、白龍は再び暴れ出す。

 叩きつけ、強く牙を食いこませ、しかしまだ落ちないのに苛立ちながら再び――

 

「私の鉄輪は一度回転を始めると、緩やかに速度が向上し…時間経過で最高点に到達する」

 

 突如、聞こえたその言葉。

 口から血を流しながら、彼女は語り掛けるように話し出した。

 

「その間、サイズの可変による速度の変化があったとしても…一度回り出せば最後、無限に回転を続け…理論上()()()()()()を、あらゆる全てを切れるようになる」

 

 彼女は驚愕した。

 最初に口の中に取り込まれた時、本来生物の弱点であるはずの口内、そこですらこの硬さなのかと。

 彼女は直感した。

 あの宝石のような毛並み、あの鉄を越える強固な鱗を見た時に。

 ――これを突破するにはまだ足りない、と。

 

「私が求めていたのは"時間"…私の鉄輪がお前の鱗を、その身体の全てを切るために必要な攻撃力…回転数を得るための"時間"だったんだ」

 

 ずっと耐えていた。

 相手に悟られぬよう、極限まで小さくして。

 ずっと隠していた。

 あの時、咄嗟に右手を犠牲に、口内という一種の不可侵の空間で、誰にも邪魔されずに。

 今この瞬間まで、彼女はずっと温め続けていた。

 ――その、世界を絶つ斬撃を。

 

「お前の全てを、鱗を、皮膚を、内臓からさっきの光まで…世界ごと()()()()全てが」

 

 その時、白龍は生まれて初めての死の気配を感じた。

 追撃の択を頭から外し、同時に彼女の腕から、死の予兆から逃げるように、噛むことを止めて飛び立とうとする。

 噛むことをやめ、空中に舞い上がると同時に、その血まみれの右腕に光を見た。

 

「やっと完成した」

 

 彼女の手、そこに握られていた黒い球体。

 鉄輪だ、それが何個も重ね合わせられ、回り…力を蓄え、この時を待っていたのだ。

 

『■■■■■■■■■ッ!!!!!』

 

 洞窟を崩壊させるほどの絶叫。

 それと共に、白龍は全力で硬度を上げる。

 あの虹色の光、今までに見せたものよりも深く、そして輝く全力の全力、それと全く同じ時。

 ――凝縮された時間の中、彼女の詠唱が続けられる。

 

「"月輪(がちりん)" "収束(しゅうそく)" "孤独(こどく)彗星(すいせい)"」

 

 暗く、光の届かぬ地底の中で。

 彼女の右手で光る、その星のような輝きが、皆の心を魅了した。

 宙に浮かぶ、黒の波動そのもの。

 彼女はただ右手を向けて、血に濡れながら笑顔で嗤う。

 

「避けろよ?」

 

 音にもならぬ、なりふり構わぬ白龍の抵抗の叫びと共に。

 両者の誇りがぶつかり合う。

 

(■■)…』

「――洩矢の鉄の輪」

 

 詠唱、そして同時に放たれる極光。

 相手に悟られず、そして攻撃力を上げるための時間…即ち回転数を短い間に達成するための簡単な答え。

 手のひらに乗るほどの大きさに凝縮された、濃縮された鉄の破壊兵器そのもの。

 それが、白龍の額を刹那で撃ち抜いた。

 

「龍」

 

 血液が焼け、内臓が一直線にズタズタにされた。

 妖怪とはいえ絶命不可避のその攻撃を受け、今にも身体が消えていくその瞬間。

 もはやこれまで、敗者としての辱めを受けるつもりもなく、黙って死を受け入れるつもりだった白龍は、せめてもの意志で、自分を討ち果たした相手の姿を見る。

 彼がその時見たのは、まるで悪戯が成功した子供のような、どこまでも明るい笑顔の…勝者の姿。

 

「――私に従え!」

 

 無意識だった。

 もはや消失反応が進み、頭と腕しか残っていなかった白龍は、最後の最後。

 彼女が差し出した手に、自らの手を重ねていた。

 同時に、彼の身体が球体へと変化して、肉体の消失反応が止まる。

 ――すなわち、調伏が完了したということ。

 

「…これからよろしく」

 

 そう語り掛け、口を開いた彼女。

 皮肉にも、彼女を食おうとした自分が、こうして生き永らえて逆に食われるなど。

 以前ならば、先ほどまでの自分ならば考えられないことだった。

 ――それなのに。

 

『………』

 

 悪くないと、そう考えている自分がいる。

 

 

 

 

 

 再び、ごくんと彼女の嚥下する音を最後に静寂が訪れる。

 血が流れ、それがぽつぽつと地面に水たまりを作っている。

 人間なら重傷だ、しかし神の身体は丈夫なためこれくらいなら問題ない。

 痛みは確かにあるが…それ以上に彼女を満たしているのは――

 

「やったぁあああっ!!!」

 

 勝利を噛み締め、両腕を上げて叫ぶ彼女。

 マエリベリーは気が気でないものの、本当に嬉しそうに顔を綻ばせて、跳ねて喜ぶその様子に水を差すことはしない。

 しばらくして、近くにいたてゐとミシャグジに気づいた彼女は、飛び込むように両者を抱いた。

 

「勝った!めっちゃ痛かったけど勝った!」

「はいはい、見てましたよ」

『シャーッ』

「褒めろ!もっと私を褒めろ!」

「うざっ」

 

 口ではそう言いながらも、大人しく抱かれたままのてゐ。

 ミシャグジは鳴き声といいいつも通りではあるが、その表情だけは今まで見せた中でも極上の笑顔であった。

 血が飛び散るのもお構いなしに、てゐのみを抱えて彼女は器用にくるくると回ってみせる。

 ふと、抱きかかえられたままのてゐが、彼女の右肩に指を這わせる。

 

「傷は…うん、思ったより浅いね」

「えっこれで?」

「人間じゃなけりゃこんなもんだよ、心配しなくとも数分で治るね」

「だからあんまり気にしなくてもいいよ?」

「え、えぇ~…」

 

 少し引いたようなマエリベリーの様子に、彼女はちょっとだけ傷ついた。

 実際例外を除き、信仰さえあれば神は基本的には不滅である。

 そのため、最低でも信者が二人おり、そもそも色々と例外な彼女は心配しなくてもいいのだ。

 てゐはハァ…と今まで以上に長いため息を吐いた後、聞く。

 

「で、流石にこれ以上の誰かが来たりはしないよね?」

「てゐ知ってる?それフラグって言うんだよ」

「蓮子みたいなこと言うわね…」

「そうねぇ、やっぱり地獄だしはぷにんぐ?は必然よねぇ」

「あんたもそう思う?だからさっさと異変の正体を調べて帰…」

 

 てゐの疑問、彼女の返答とマエリベリーの呟き。

 そして当然のように混じってきた、第三者の声。

 

 ――殺気。

 

 咄嗟に隣に立つマエリベリーを庇う形で、てゐはその声の主に鋭い眼光を向ける。

 ミシャグジも同じく、今まで見たことのない本物の威嚇と共に、震えるような瘴気を漏らす。

 それを向けられた第三者は、ただ愉快そうに笑う。

 

「あらやだ、ちょっといきなりじゃない?流石にちょっぴり傷ついちゃうかも?」

 

 ただその中で、彼女だけは目を見開いて呆然としていた。

 視線の先では、赤紫色の球体…異世界を表す象徴そのものが、その頭上に鎮座していた。

 第三者は言う。

 

「にしても…まさかこんな珍しいものが見れるなんてね、運が良かったわ」

「………」

「…あら?」

 

 彼女は動かない。

 知っているから、目の前の存在がどれほど理不尽で、そして同じ括りに入れることなどできないほどの、頂点だということを。

 信仰、人間、枷の存在する並の神と違って、目の前の"女神"はある意味真の神に相応しい。

 

 ()()()()()()()()()

 

 こほんと、硬直したままの彼女に女神は話しかける。

 

「ふふふ…緊張しちゃってる?別に何もしないわよ?」

「ま…まさか」

「それじゃあ、自己紹介させてもらうわ」

 

 Welcome Hellと書かれた、その黒のTシャツ。

 赤緑紫の三色で構成されたスカートを見て、"彼"の中であの言葉が蘇る。

 そして、互いに言葉を交わした。

 

「ヘカーティア・ラピスラズリよ、よろしく」

「変なTシャツヤロー!」

 

 てゐは思う「あっこれまた面倒臭いことになりそうだ」と。




 ヤンジャン!にて11月30日まで猿渡哲也のTOUGH 龍を継ぐ男が35話まで無料公開中らしいです
 アウラ、タフを読め

呪術廻戦はどこまで知ってる?

  • 最新の単行本(人外魔境)まで
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