【本編完結】諏訪子様になった、負け戦を回避したい 作:洩矢廻戦
「ねぇ、苦しくない?」
例え病弱であろうと、幽々子の体重は決して軽いものではない。
だが、彼女は決して、幽々子の重さに動じるような素振りは見せず。
まるで毛布でも持ち上げるかのような動作で背を伸ばした。
『死に誘う』力に屈さない彼女。
手練れの剣士たる妖忌ですら、彼女を察知できた事は一度もない、そんな不思議な肉体。
――力が強い。という。
理屈も何もない、たったそれだけの生物としての長所。
それに、本能的な安心感を覚えたのを、幽々子は自覚した。
そうして、幽々子は静かに首を横に振って答える。
「うん、大丈夫」
「そ」
それからは、本当に一瞬の事だった。
この少女が見せる、常識知らずの力の数々。
何より、同じ人の身体でありながら、そこに秘められた膂力も。
既に、知っていた筈なのに。
「それじゃ、行くわよ」
――何度、驚けばいいのだろう。
始まりは、たった一つの足音だった。
幽々子の身体を抱えたまま、外に向かって歩き出してからの、数秒の間に、それが聞こえた。
部屋を出て、縁側を歩く際の、木が軋む小さな音。
それが心地よい音程で、幽々子の耳に入った次。
そのまま、彼女は縁側から小さく跳び、地面に向かって自由落下を始めたと、僅かに感じた浮遊感で察した刹那。
――トンッ。
そんな、地面を蹴った音が聞こえた瞬間、幽々子は既に空にいた。
あまりにも突然の事だった。
この家に生まれ、呪われ、妖忌と、そして彼女と出会って。
自分が今まで『常識』だと思っていたものは、数え切れない程に破壊されてきた。
しかし、その認識すらも誤りだった。
どうやら今の、幽々子が持つ『常識』すら、彼女にとっては甘かったらしい。
幽々子は、己の胸が高鳴るのを理解した。
たった十数年の短い人生。
死と血に囲まれた人生の中で、これもまた、初めての事だった。
「もっとしっかり掴まりなさい、まだ
彼女はそう言うが。
幽々子はそれに、即座に返事ができる程、この空中に慣れている訳じゃない。
口を開けば、次に落下の感覚が襲ってきた時、うっかり舌を噛んでしまうかも。……そんな不安が胸にあった。
だから舌を噛まないよう、幽々子は口を「むっ」と噤んでから、言葉の代わりに、強く彼女の服を握ることで、反応を示した。
それに気づいた彼女は、笑って。
「…………もう少し飛ばすわよ」
「ん……」
その言葉が聞こえた時にはもう。
幽々子には、周りの景色が完全に見えなくなった。
一枚の絵を横に際限なく引き伸ばし、色と情景が滅茶苦茶になったように、鼓膜に速度の軌跡が残る。
あまりにも速く、しかし両手で抱える幽々子に負担が掛からないよう、着地の衝撃も緩和しつつも、その足は決して止まらない。
木と木。
岩と岩。
正確には、「多分木か岩なんだろうな」と、そうとしか思えないものが、視界の端から端へと移動していく。
所詮、幽々子はただの人間で。
どれだけ気張ろうと、まともに視覚が働く筈もなく、じっと目を凝らせば逆に、変に目が回ってしまうだろう。
むしろ、これだけの速度で移動を続けているのにも関わらず。
自分を抱えたままの彼女は、息切れはおろか、僅かな減速の予兆すらも見せていない。
つまり、まだ上がある。
時折、崖から飛び出し、降下して。
また、崖にある僅かな突起に足を引っかけ、更に蹴って加速。
そんな精密な動きを繰り返し、時に木の枝から枝へ、岩の上から別の岩へ。
一分にも満たない僅かな時間。
だが、あまりにも濃い時間が過ぎて。
ようやく、待ち望んだ変化が訪れた。
――潮の香り。
それが、幽々子の鼻腔に強く突き刺さる。
その答えは、言わずとも。
「幽々子、着いたわよ」
「――――……」
――砂の感触。
彼女に抱えられた体勢から、幽々子は久しく、己の足で大地を踏んだ。
茣蓙を踏んだ時の、足裏がちくりとする感覚や。
家の廊下を歩く時の、冷えた木材の感触。
――それらとは違う。大量の砂粒が、足裏にこびり付く感覚は、こそばゆいが心地よい。
――これが、外の。
桜の木の異変から、長らく自発的に動いていなかったのもあって。
少し、足腰に力を入れようとした途端に、理解する。
自分の意思では抑えきれない、反射的な筋肉の脱力。
身体はやっぱり、鈍りに鈍っていた。
一歩前へ踏み出そうとして、しかし途端にぐらりと、身体が前に倒れ――。
「もう、何やってるのよ」
――その前に、止まる。
やはり音一つなく、彼女が咄嗟に動き、身体を支えてくれたから。
まるで『しょうがないわね』なんて言いたげな、そんな呆れた顔だった。
だがそこに、嫌味に近い感情はなく、まるで好奇心旺盛な子供へ向ける、大人の微笑ましい表情で。
それだけで、幽々子は安堵した。
他ならぬ、
それでも、彼女には
だから、幽々子は笑って。
「……ありがとう、助かったわ」
僅かに痛んだ心臓。
言葉を一つ紡ぐのに、微かに痛む喉の感覚。
幽々子は、己の身に走るそれを、ないものとして思い込んだ。
声は、震えなかったと思う。
身体も同じように、ただうっかり『転びそうになった』だけで、『立つのも一苦労』な気配は見せない。
その甲斐あってか、彼女は呆れたように。
「もう、仕方ないわね」
それから、フンッと鼻を鳴らしてから、そっぽを向いた。
「私だから良かったものの……」
口先から出る言葉とは裏腹に、その声色に毒はない。
何より、彼女がこちらに向けるのは、まるで愛おしいものを見るような優しい顔であり。
当然、それは出会った頃のとは全く違う。
見た目相応の、可愛らしく、しかし同時に凛とした印象も強い、そんな明るい表情だった。
まだ、気づかれていない。
それでいい、それでいいからこそ、幽々子はより一層満足する。
――良かった。
――もしかしたら、気づかれるかもと思ったから。
自分の不調を悟られることがなかった。その結果に安堵した幽々子は、胸がこれ以上痛まないよう、ゆっくりと呼吸を続けて。
思う。
(
――自分の表情は当然、言葉にできない違和感一つから逆算した、真相に辿り着く可能性。
一度欺けたからといって、慢心してはいけない。
最後まで、心優しい彼女の思い出に、『傷』を残してはいけないのだ。
せめて、全うしよう。
彼女の記憶に、自分という『思い出』のみを残す為に。
ただ、両足で立ち続ける。
自分の力で、彼女に頼ることなく、せめて――と。
だが、現実はやはり非情であり。
幽々子のそんな強がりに対しても、苦痛という名の現実は、一切手加減をしてくれなかった。
立つという、たったそれだけの行動が。
今まで寝たきりで、そして桜の木が発する妖力に『当てられた』幽々子からすれば、筆舌に尽くしがたい苦痛だった。
実際、彼女もどうやら、幽々子の『最後』には気づいていないモノの、その『苦痛』自体には気づいていているらしく。
今もこうして、会話を交わし、無言でいる間も、幽々子の腰に回した手は、その細い身体を支える姿勢そのままだった。
まだ、気づいていない。
――だが、時間の問題だ。
彼女の五感の鋭さなら。
こうして触れ合っている間にも、少しずつ弱く、終わりに近づく肉体の気配は分かる筈。
きっと彼女は、近い内に真相に辿り着いてしまうだろう。
今の幽々子の身体が。
魂が、どれほど衰弱し、そしてどうしようもなく朽ちていっているのかを。
そして、『『白玉楼』』にある桜の木。
あれこそが全ての元凶ではあるが。仮にあの『死に誘う』力がなかったとしても。
幽々子に残された元々の時間。この身体に残された、『人間』で
「ねぇ」
だからこそ、焦らない。
「少し歩きたいわ」
言葉は、それだけで充分だった。
幽々子は隣から、僅かに息を吞む音を聞いた。
「……無理はしないでよね」
「しないわ。それに、守ってくれるんでしょ?」
――嘘。
立っているだけで、本当は苦しい。
早く寝て、楽な姿勢のまま、『いつか』を待ちたい。――と、
「……分かったわよ」
「ありがとう」
今、自分が思う事。
最後にしたい事、それの邪魔は、例え妖忌だろうと、『■■■』だろうと関係ない。
あの、『普通』から逸脱した箱庭の中で、ただ延々と時が過ぎるのを待っていた頃から、抜け出す時。
日が昇り、沈み。
家に残された書物を、暇を潰すために読み漁る、同じことの繰り返し。
代わらない家の中で、唯一本の中の情景が、外に出れない幽々子に『世界』を教えてくれる。
かつて、幽々子は『空』を知った。
青いそれを文字で知り、次に『地』を知り、『海』も知った。
知識と現実をすり合わせて、その差異を楽しんだ。
桜の木が呼び寄せた"死"。
『普通』から大きくかけ離れた幽々子でも、唯一『普通』であれる瞬間、それが本を読む時で。
そして、幽々子は知ったのだ。
――『白玉楼』から見たものと、本で知った『空』は違う。
――『地』もそうだ、本で書かれた『幻想』とは違って、『現実』のものはどこか、色褪せているのだから。
夢想した光景も、現実ではそこまでではないと。
そう、子供ながらの期待を裏切られても、幽々子は特段悲しむことはなかった。
そういうもの。――こういうものなんだと、そう受け入れた。
「…………」
――『海』も、そうなのだろうか?
自分が見たことのない、本でしか知らないそれは。
陸と空と同じように、期待を裏切るものなのだろうか。
その答えがどちらにしろ、幽々子は現実を恨まないと決めていた。
その上で、今目の前に広がる光景は。
「――わぁ……」
――妥協の意なんてない。
それどころか、"死"がすぐそこに迫っているのもあって。
一層、満たされる為の最低値は高くなっていただろう。
その上で、目の前に広がる光景に。――心からの賞賛を。
「綺麗……」
月がある。
暗い夜の中で、大きく真っ白に輝いている。
真っ黒な夜の天井に、まん丸な穴を開けている。
そんな、この星の当たり前――。
思わず、一歩前へ。
「ねぇ、凄く綺麗ね」
「えぇ」
足が濡れるのも構わず、幽々子は『海』を身体で知る。
「ね、凄く。凄く綺麗」
「えぇ、そうね」
「綺麗ね、本当に」
「えぇ。分かってる」
気分を高揚させる幽々子の言葉を、彼女はひたすらに肯定し続ける。
その優しさを理解しながら、幽々子は一歩、また一歩と足を上に、そして下にと、潮の香りと感触を楽しみ続けた。
波が静かに揺れ動いて、反射した月の像を乱す。
遅れて、ざぷん。ざぷんと、水と水が衝突して音が鳴る。
――そんな『普通』が、目の前にあった。
これが、本来であれば『普通』なのだ。
勿論、この光景を日常的に見ることができる者はありふれたものではなく。
幽々子程ではないものの、海など見たことがないと、そんな子供だっているだろう。
だが、幽々子にとっての『世界』は、あの『白玉楼』でしかなかった。
『普通』に焦がれた者と、最初から『普通』で生きた者は違う。
幽々子は前者であり、生まれた時からずっと、あの家に縛られ続けてきたのだから。
――後悔は、ない。
これだけの感動を、ずっと欲しかったものを見ることができた。
なのに、これ以上何かを望むのは、きっと贅沢者だから――。
「ねぇ」
幽々子は笑う。
月を背に、足元を濡らし、きらきらと。
「私に、これを見せてくれてありがとう」
幽々子は次の一言に、これまでの全てを込める。
「ありがとう、
「――いいのよ」
欲を捨て、"呪い"も何もない日常を過ごす権利を得た存在の癖に。
彼らが自分に向けるものは、普通の『人間』と何も変わらない。
忌み嫌い、見下す。
汚らわしいと口にする、甚振り、差別し、安堵する。
――なんて、つまらない者たちだろうか。
天子は、そう思う。
人の身を捨てて、より高次の存在に成る。
それには段階があり、魔法を習得したり、物に魂を宿して肉体を捨てる。もしくは恨みの元に、怨霊に成り下がる。
こういった、ただ『人である事』を捨てるのとは訳が違う。
世の人々、聖人や仙人といった、人の括りの中でも上位の超常に位置する者たちですら、羨望の眼差しを向ける存在。
気の遠くなる修行だけでは、決して至れぬ人間としての極致。
――それが『天人』。
地を這い、増えて生きるしか能のない者とは違い。
永遠の命を、死を齎す死神ですらも、己の身体一つで拒絶する、真の強者であり尊き身分。
だというのに――。
「おめでとうございます」
――今でも覚えている。
「おめでとうございます」
「おめでとうございます」
――パチパチパチ。
まるで人形みたいに、微笑みの状態で固定され、顔色一つ変えることなく。
中身のない、耳障りな拍手を延々と繰り返す従者たち。
あの、見るに堪えない醜い光景。
「おめでとうございます」
「おめでとうございます」
「おめでとうございます」
「おめでとうございます」
――パチパチパチパチパチパチ。
まだ、齢五つの
だがそんな思いを、ここで吐露する資格など誰も持っていない。
幼いからこそ、分かる。
言葉にせずとも、理解できる。
大人たちが向ける、
――あれは、妬み。
――蔑み、見下す色だと。
今日より、名居の一族は『天』に昇る。
しかし正確には、そこに至る資格を得たのは、天子たちではない。
『地鎮祭』。その祭事を司っていた『名居』の神官たちのみが、天に至る資格があった。
天子の父、天子を含めた『比那名居』の一族は、それに仕えるだけの存在に過ぎない。
身も蓋もない言い方をすれば、こうだ。
『天』至る為の、血反吐を吐く修行もせず。
歌を詠むような事もなく、ただおこぼれに与っただけ。
ただ、どのような理由があろうとも、結果がそこにある限り、過程は度外視される。
この場において、従者たちの
"穢れ"を濯ぎ、楽土である『天界』にて、彼女たちは永遠の命を、永劫の楽園を得ることだけ。
「おめでとうございます、比那名居様」
天子の父は、静かに宴が終わるのを待っている。
母もまた、父と同じように静かではあるが、その頬は緩み切っていた。
先ほどから、まるで録音でもしていたかのように、母は口で『私たち等が……』と繰り返しているが。
実際は、家族の中で誰よりも、『天人』になる未来を楽しみにしている事を、天子は知っている。
子供の天子でも分かるのだ、大人がそれに気づかない筈もない。
だが、大人たちはあくまでも、
それ程までに、『天人』には凄まじい価値があるのだ。
働くことも、悩むこともない。
毎日が歌って、踊って、酒を嗜み、過ごすだけの日々。
ただの『人間』がそんな生活をするのなら、それはきっと堕落であろう。
しかし、『天人』なら違う。
天界に至るまでに築いた功績。そして修行。
地を這う人間の時代に味わった努力の苦痛、その過程が、彼らに天界でのあらゆる生活を肯定させるのだ。
妬みすらも生まれない、正に天上の存在。
――普通なら。
「おめでとうございます」「おめでとうございます」「おめでとうございます」「おめでとうございます」「おめでとうございます」「おめでとうございます」「おめでとうございます」「おめでとうございます」「おめでとうございます」「おめでとうございます」「おめでとうございます」「おめでとうございます」「おめでとうございます」「おめでとうございます」「おめでとうございます」「おめでとうございます」「おめでとうございます」「おめでとうございます」「おめでとうございます」「おめでとうございます」「おめでとうございます」「おめでとうございます」「おめでとうございます」「おめでとうございます」
「気味が悪い」
――声がする。
「おめでとうございます」「おめでとうございます」「おめでとうございます」「おめでとうございます」「おめでとうございます」「おめでとうございます」「おめでとうございます」「おめでとうございます」「おめでとうございます」「おめでとうございます」「おめでとうございます」「おめでとうございます」「おめでとうございます」「おめでとうございます」「おめでとうございます」「おめでとうございます」「おめでとうございます」「おめでとうございます」「おめでとうございます」「おめでとうございます」「おめでとうございます」「おめでとうございます」「おめでとうございます」「おめでとうございます」
「気味が悪い」
――決して、宴の場には響かない。
――小さな誰かの声が、天子の耳にのみ入ってくる。
「おめでとうございます」「おめでとうございます」「おめでとうございます」「おめでとうございます」「おめでとうございます」「おめでとうございます」「おめでとうございます」「おめでとうございます」「おめでとうございます」「おめでとうございます」「おめでとうございます」「おめでとうございます」「おめでとうございます」「おめでとうございます」「おめでとうございます」「おめでとうございます」「おめでとうございます」「おめでとうございます」「おめでとうございます」「おめでとうございます」「おめでとうございます」「おめでとうございます」「おめでとうございます」「おめでとうございます」
「気味が悪い」
声が。
嫌悪が。
軽蔑が。
全てがはっきりと聞こえる。
天子にのみ、聞こえる。
「なんだあの小娘は」
老人が言うそれを、家族の中で、天子だけが聞いていた。
宴の盛り上がりに紛れて、こちらに向ける怪訝な視線と言葉の刃先。
父は当然、母もそれには気づいていない。
宴という、周りの騒音に紛れることで、聴力がしっかりと働かない場所なのもあるだろう。
だが彼らは慎重で。
例えこの場に静寂が訪れようと、その発言を誰にも咎められる事がないように。
しっかりと声量を落とし、言葉を発しているからだ。
「あれも名居の眷属か?」
「確かに比那名居の一人娘だ。だが……」
一人、また別の大人がこちらを見る。
当然、父も母も、彼らのそれには気づかない。
皆、この宴で盛り上がることに必死で。
『天人』へ至る喜び、幸せをひたすらに祝福する事が、当たり前になっているせいで。
――そこに紛れる『悪意』の可能性など、頭から完全に消えていた。
「勘違いじゃないだろう、あれからは
「本当に人間か?いや、そもそも生物として……」
「気色悪い。……あれが本当に天人に?何かの冗談だろう……」
――天子だけが聞いた。
天人になったことで、より五感が優れた天子だからこそ。
ある意味で、父と母以上に、
――こんな思いをするのなら。
――自分だけが傷つくのなら、
刺激なんてない。
平坦で、安寧だけの、退屈で甘い日々。
天界での、自分たちのこれからの生活。
未来のそれに夢中になって、周りの事など気にしない父と母。
彼らは、自分の娘がこの場において。
決して人に、それこそ子供に向けてはいけない筈の、悪意と言葉を注がれている事に気づかない。
両親より優れた肉体を持つ、天子だからこそ。
彼らの悪意を、そのままの純度で味わい続けている事を。
誰も、両親も彼らも、知る由はなかった。
「そもそも、あれは本当に我らと同じ人なのか?にわかには信じられんが」
「所詮は名居家の金魚の糞。
「おい、下品だぞ」
「全く、比那名居家の人間だけならまだしも、あんな紛い物を連れてくるか」
「美味い酒も不味くなる」
「名居のが『人間』なら、あの小娘はなんだ?『擬き』か?」
心が痛む。
一つ、また一つと言葉が投げかけられると共に、天子の心が壊死していく。
表情を変えないように、必死に唇を強く噛む。
そうして、目を伏せて、静かに時間が過ぎるのを待ち続ける。
――苦しい。
そんな、子供にとって当たり前の感情ですら、ここでは吐露する事が許されない。
そうやって零れそうになる感情の濁流を、天子は必死に堪え続けた。
「むしろ妖怪の方が擬きだろう、あれはそれ以下だ、
「
刃物での傷すらつかない、至上の肉体。
それでも、言葉の暴力の前には――。
「ハッ――ならあれは『猿』だな」
「ハハッ!それはいいな!」
――大人たちが持つ、ドス黒い悪意。
宴が終わるまでの数時間は、天子にとっては永遠に等しいものだった。
だが天子の父、そして母は、あれを一瞬で終わった、『楽しかったもの』で済ませた。
自分の娘が。
隠れた大人たちによって、侮蔑と中傷の的になっていた事には、気づいていない。
それに悲しむ程の余裕は、今の天子にはなかった。
――住居を天界に移してからは。
天子へ向けられる悪感情は、以前より更に酷くなった。
働くことも、悩むこともない日々。
毎日歌って踊って、酒を嗜むだけの日々。
――『天人』に至る為の修行を積んだ訳でもない。
――そんなただの『人間』が、至上の悦楽を手にすればどうなるか等、想像に難くない。
他の一族は当然。
同じ『比那名居』である筈の――母からの差別。
父は知らないだろう。
自分の娘が、己の目がない内に、母からどんな目に遭わされているか。
母もまた知らないだろう。
自分の『躾』とは関係なしに。
娘が他の天人からも、想像を絶する扱いをされている事を。
単独で死神すらも退ける、天界の選りすぐりの実力者たちは当然。
豪族たちが戯れで飼っている獣たちに、天子を遊び道具として、面白半分であてがっている事実を。
地上の"穢れ"や"呪い"から逸脱した筈の、『上』に立つ天人が。
まるで、地上の者と同じように『下』を見る事実。
生傷の絶えない日々。
日を重ねるごとに、より一層強くなる肉体と。
それに対して、更に嫌悪感を抱く他の天人たち。それによる、変わらない地獄の日々。
――『白玉楼』は、生と死の"境界"が曖昧になっている。
天子があの日、『白玉楼』に引き寄せられたのは、偶然だった。
『躾』として縄で縛られ、夜の森に捨てられるいつもの暴力。
その中で、とうとう越えてはいけない"境界"を、命の限界を越えてしまった、それだけの話。
だが今では。
天子は、それに感謝すら覚えている。
「ありがとう、
初めて、自分を肯定してくれた人。
この世界で、唯一自分の
その、生まれて初めて見る綺麗なもの。
この笑顔だけは。
自分を、一人の『人間』として見てくれた、この優しい少女だけは。
――絶対に。
「ねぇ、凄く綺麗ね」
「えぇ」
――守る。
奪わせはしない。
誰にも、この聖域を侵させはしない。
相手が天界に集う実力者だろうと、そして彼らに死を与える、腕の立つ死神相手でも。
彼女は、決して渡さない。
そうしていつか。
彼女に、この恩を返したい。
「――いいのよ」
その思いを胸に、天子は笑った。
――なのに、なんで。
「――なんで」
――どうして、
「――なんで、あなたが」
――天子の目の前。
――そこにある桜の木は、
『天人』
この世界では純粋な『人間』しか霊力を充分に扱えません(妖夢は半分程度しか、霊夢は万全に使える)。
人を辞めれば、仙人なら仙力、魔法使いなら魔力のように保有する神秘は変化します。しかし『人間』の極致である『天人』は別。
彼らは霊力を保有したまま、真に尊き者として『天界』で自由に、永遠に生きる正に選ばれし者です。なのでモブもみんな強い、桃を食べて身体も硬いし。
だけど頭は禪院です、実質虎杖並の身体能力と神秘を保有しておきながら、こいつら頭は禪院です。
全員文字通り腐ってます。滅ぼさなきゃ……(使命感)
投稿時間は何時がいいか
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