【本編完結】諏訪子様になった、負け戦を回避したい   作:洩矢廻戦

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 9バーフルの目標は達成したので、次は10バーフルとお気に入り数一万を目指します。


128話.『隙間』の少女⑤彷徨いの冥~天~

 その空間には『(ポータル)』がある。

 いや、正確には『それしか存在していない』というのが正しいだろう。

 襖もなく、階段もなく、通路も何もなく、『(ポータル)』以外は文字通り、ここには一切、()()()()

 

 『部屋』ではなく『空間』。

 

 ――魂魄妖忌が『ここ』をそう称するのは、ここが『部屋』という言葉に釣り合うような、健全な『建築物』であるとは思えなかったからだ。

 襖のように分かりやすい『入口』がない故に、この場所を訪れる事が出来るのは、『ここ』を構成する『(ポータル)』と、そこに通路を作れる『スキマ』。それを自在に操れる、ひと握りの例外(イレギュラー)のみ。

 本来、彼はここにいるべき者ではない。

 例え剣の道を極めようと。

 光を、時を、水を斬れるようになろうとも、それは『人間』の延長線に過ぎず。

 『(ポータル)』や『スキマ』という、この"境界(せかい)"に干渉できる『超越者』の異能には、遠く及ばない。

 『白玉楼』に所属する、ただの庭師。

 『彼女たち』理外の存在とは、決して釣り合わない筈の『彼』が、ここにいるのには理由がある。

 今の妖忌は、『白玉楼』に巣食う巨大な"呪い"。それの根源とも言える■■■に、恐らく()()()()()()()()()()()()()()()と、対話をする為にここに来たのだ。

 彼はいざとなれば、人を殺す事に躊躇はない。

 首を落とし、四肢を斬り飛ばすことすら、心を乱すことなく実行できる。

 決して、迷いはない。

 

「……、…………」

 

 彼は、今日この頃に至るまで。

 妖怪を祓う事以外で、その両刀を鞘から抜いたことは無い。

 それは全て、主である幽々子にこれ以上、『人の生き死に』という名の、無駄な怨嗟を向けないように。たったそれだけだった。

 

 だが、そんな彼でさえ。

 

 目の前に『在る』その少女の全容が。

 『(ポータル)』以外は何もない広大な『空間』を、何度見ても慣れる事ができなかった。

 ヤマブキのような黄色。

 言わずとも、彼女もまた『異能』を持つ側の存在であり、理外に位置する『神』。

 

 ――妖忌は、恐ろしいと思う。

 

 『恐ろしい』と思うのは、決して少女が『神』だからではない。

 信仰による血と肉、畏怖が集束する先での造形。

 人々の信仰さえあるのなら、決して滅びないという種族特性。

 それ即ち、信仰がある限り、不滅。己の命を補える性質に、()()()()

 補えるからと言って、なんの躊躇いもなく、あらゆる『信仰』を己の血肉に取り込む。

 ――この『神』の在り方に。

 

「ここに来た人間は、皆『私』の在り方を定めようとするのだが」

 

 目の前の『密教の神』は。

 『後戸の神』は。

 『障碍の神』は楽しそうに言う。

 

()()()()()、要は『月をさす指』だ。目の前にいるのは紛れもなく『私』であり、そして今考えたもう一つの『影』もまた、紛れもない『私』なのだ」

「…………」

 

 『神』とは、ここまで歪むことができるのか。

 

 ――妖忌は、怖い。

 

 人間の『信仰』とは、『思い』とは、万物に宿る原初の力。

 恐れ、畏れ。向ける感情の好悪の違いこそあれ、誰もが一度は、『それ』を思いはするだろう。

 だが、思いはすれど、()()()()だ。

 人間は、酸素がないと生きていけない。

 だが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 信仰の形によって、求められる姿も変わる土着神であれば。

 今頃きっと、彼女は『人型』など保てない、もっと恐ろしい『何か』に成り下がっていただろう。

 だが、彼女は違う。

 違うから――こうして己の神徳への習合を止めない。

 

 だから、怖い。

 

 『自分』を増やすと同義の蛮行。

 だがそれでも、決して彼女は『私』を見失わず、その上新たに『私』を作り続ける。

 『星の神』である彼女。

 そして、『養蚕の神』である彼女。

 

「ふむ……」

 

 究極の絶対秘神。

 『秘神』摩多羅隠岐奈は、厳然と言う。

 

「はっきりと言おうか。――よく私を頼ってくれた」

 

 隠岐奈の言葉に、妖忌は怪訝な表情を隠すことなく返す。

 

「……何を」

「まぁ待て、話はまだ続くぞ?何せ可愛い人間からの『お願い』だからな」

「……」

 

 妖忌は余計、眉を顰める。

 目の前の『秘神』が、その辺の村で奉られている産土神やらとは違って、善意で人を助けるような、そんな『優しさ』を見せる存在ではないと知っている。

 いや、正確には助けこそすれど、それはどこまで行っても、『習合した神徳の側面』に過ぎないのだろう。

 今目の前にいる『摩多羅隠岐奈』そのものが、他の神々のように、愛故に人を助ける等。そんな甘く優しい性根をしているとは考えられない。

 妖忌は、言う。

 

「■■■……奴は、まだ」

 

 ――他の誰でもなく。

 妖忌が隠岐奈を頼った理由は、今口にしたその名だった。

 この世界で初めて、忘れられた神の名に、彼女なら必ず反応すると、そう睨んだが故。

 ふむ。そう一言を残して、隠岐奈は黙る。

 

「………………」

 

 沈黙のその間。

 妖忌もまた戦慄し、黙る。

 『ここ』では、文字通り自分の命は、彼女たちの掌の中。

 一瞬でも、彼女たちに敵意を向ければ、その瞬間には首と胴が泣き別れとなる。

 いいや、もはやこの場所では。

 妖忌が敵意を抱いているかどうかすら、全く()()()()

 誤解だろうが勘違いだろうが、この場所で最重視されるのは、()()()()()()()()()()だ。

 ここは彼女たちの本拠地で。

 同時にここは、彼女たちが目指す()()()()()()()とも言える場所なのだから――。

 

「確かに、全ての元凶は■■■だろうな」

 

 戦慄する妖忌を眺め、隠岐奈は。

 

「その辺の妖精や妖怪が滅び、忘却の海に溺れるのならば良い」

「……」

 

 妖忌は特に、それへの感想は持たなかった。

 

「だが……しかし、■■■は腐っても神。例えこの世から消え失せても、未だに"共振"が残る問題はある」

 

 その上で。

 

「だがそれ以上に問題なのは、■■■をどう。…いや、()()()()()()()だな」

 

 妖忌は、その一点のみに注力し、思考を続ける。

 『■■■』と、人々の噂話から生まれた『木霊』がそれに"共振"した。

 ただそれだけの話だ、そんな、一行で済む簡単な説明で、妖忌の愛する主人、幽々子の不幸は表せる。

 もう、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 だから、妖忌は何もできなかった。

 

 ただ、桜の木が妖怪になるだけなら、それを()()()()()()()()()()()()

 『木霊』とやらが原因なら、それを含めた()()()()()()()()()()

 それができないから、妖忌は()()()()()()()

 

 何故なら、この『摩多羅隠岐奈』に隣接する、もう一つの信仰の『影』は。

 ――かの、神殺しの英雄たる『秦河勝』そのもの。

 

「『幻想』は否定され、いつしか『現実』が変異する」

 

 『能楽の神』摩多羅隠岐奈は言う。

 

「今の私たちが目指すものは『幻想郷』と言ってな。今は少しばかり、()()()()の『現実』の位相とやらを、『博麗』との結界で調節中なのさ」

「…………?」

「『さあびす』というやつだ。お前は既に■■■を認識した。ならこの程度なら、話しても問題はないと判断したまでよ」

「位相……」

 

 事実を確認する気持ちで、妖忌は聞き返す。

 

「その言い方だと、まるで■■■の今を、その『幻想郷』の作成に当てはめる。という風に聞こえるが?」

「まぁある程度は当たっている。考えてみろ?そもそも『忘れられたもの』を受け入れる箱庭なんだ。ただ対象を『(ポータル)』で転送するのとは根本的に原理が違う。人々から忘れられた神秘、それが■■■のように、ただ『無』になるのを防ぎつつ、新たに創造した『別の位相』に……」

 

 とにかく。

 隠岐奈の言いたい事とは、()()()()()

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 やはり、妖忌の予想を裏切らない、『秘神』の行動指針がそこにはあった。

 

「……言っている意味は、正直ほとんど理解しかねるが」

「それで良い。むしろ、お前如きがこれを理解できたなら、お前を今ここで殺さないといけないのでな」

 

 隠岐奈は笑い、事もなげに言って、虚空を指でなぞった。

 途端。ぬらり。と、妖忌の肌に、決して好感とは言えぬ何かが走る。

 前振れもなく現れたのは、扉や障子。

 ドアと呼ばれる、今の時代に存在する、『内』と『外』にある国のそれが、虚空に浮かび。

 そうして、一つになろうと収束を開始した。

 隠岐奈は言う。

 

「まぁ、()()()()()()()()()()でも持たぬ限りは、無理か」

 

 妖忌を『ここ』に招く際にも使った『(ポータル)』。

 それが、数十分の時を経て、再び妖忌の前に展開された。

 行き先は、当然――。

 『(ポータル)』を潜り、移動する。

 隠岐奈にとっては初見だが、妖忌にとっては、懐かしい――。

 

「で、今はどんな感じなんだ?その■■■が宿った桜の木とやらは」

「昨日の時点で()()()()だった。だから――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 辺りは夜になっていた。

 『夜』だと、そう強く確信に至ったのは、周りが()()()()()()()()()()()()

 

「……はっ?」

 

 ――()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――幽、々」

 

 ――傍には、死体(幽々子)だけ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 刹那の幸せ、なんて。

 こんな言い方をしてしまえば、まるで陳腐になってしまうような、そんな気がするけれど。

 少なくとも、今この時を称する言葉は、それ以外には何もない。

 そう断言できる程だった。

 

 ただ、いつか来るであろう『現実』を待つだけの日々。

 元より少ない寿命を捨てる、その決断に後悔などない。

 

 むしろ、自分はこれでようやく、何かに『成れる』のだと、そんな喜びすら覚えている。

 ――その思いは、仕舞っておくけれど。

 

「着いたわよ、幽々子」

 

 『彼女』――比那名居天子は()()気づいていない。

 幽々子の顔を覗く顔は、まるで星空のようにきらきらと輝いていて、最初の頃の憂いた色はどこにもない。

 最後まで、彼女を欺くことができた――。

 その立ち振る舞いが意味する現実。それに幽々子は、今度はこれまで覚えた安堵よりも、大きく罪悪感を抱いた。

 

「言ったでしょう?すぐに戻れば問題ないって」

 

 行きと同じく。

 彼女は帰りでも変わらず、幽々子の『常識』を鼻で笑うような、異次元の跳躍と疾走で、幽々子をしっかりと、ここ『『白玉楼』』まで送り届けた。

 確かに最初、『すぐに戻れば問題ない』とは言っていたが。

 まさかこの()()から本当に、妖忌が帰って来るまでの間に事を済ませられるとは、夢にも思わなかった。

 妖忌は変わらず、ある『用事』で『白玉楼』から出て、しばらく帰って来ていない。

 ――そんな彼の行動は、決して間違いではない。

 幽々子の部屋に展開した魔除けの札。

 あれによる時間稼ぎを考えれば、期日(タイムリミット)は甘く見積もって三日もあった。

 

 ――彼に、負担をかける事になるのは分かっていた。

 ――だがそれでも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 幽々子はくすりと笑って。

 

「そうね、本当にすぐ終わるなんて思わなかったわ」

「私、約束は守るのよ」

 

 ――嗚呼、彼女はあれを、『約束』と言ってくれるのか。

 最後の最後に、決して彼女の『思い出』に泥は塗らないと、そう誓っておきながら。

 この短い間に紡いだ、小さな縁にどうしても、幽々子は名残惜しさを覚えてしまう。

 ――そんな資格なんて。

 胸中に湧いたその言葉を、幽々子はぐっと飲み込んだ。

 天子は、幽々子の細い手を取って。

 

「ねぇ、次は?」

「……次?」

 

 思わず、聞き返す。

 

「まさか、あんなので満足したって言うんじゃないでしょうね」

「…………」

 

 目を見開く幽々子。

 天子は、己の胸をとんっ、と叩き。

 

「誰にも邪魔させない、誰にだって拒否させるものですか。――あなたに見て欲しい。あなたに、もっと知って欲しいの」

 

 忌々しい者たちで溢れる、そんな印象しかなかった『天界』。

 その実態は、まるで地上と変わらない。悪意と悪意で煮凝った最悪。

 地上の人間が、時に『桃源郷』なんて例えたりもするらしい、そんな場所。

 天子は今まで、自分がそこに住んでいる事実すらも、恥に思っていたのだと、そう告げる。

 

 七色の花々が咲き誇る光景。

 地上の荒々しい大地とは違う、足元いっぱいに敷き詰められた雲。

 そんな雲の下まで透き通る、地上のどこを探しても見つからない程の清らかな水。

 

 全部。

 あの景色を全部、知って欲しいと――。

 

「あんな『海』よりももっと、もっと綺麗なものがある。もっと広くて、大きくて、それで……」

 

 ()()――。

 地上にありふれた、あんな一端の『海』なんかでは足りない。

 ――あんなクズ共(他の天人)なんかより、この子の方が。

 あの美しい光景は。――桃源郷はこの、優しい少女にこそ相応しい。

 

「ねぇ、幽々子」

 

 強く。

 天子は一層、幽々子の手を強く握る。

 続く言葉は――。

 

「覚えてる?前にあいつら……他の天人を『ぶっ殺してやる』って言ったこと」

「……えぇ」

「勿論本気で殺す気はないわ。でも、今までやられた分はしっかりと、あいつらにお返ししてやらないと気が済まないの。……それで」

 

 それで。

 

「……どれくらい掛かるかは分からない。でも、いつかは絶対に、誰も私に歯向かえないようにするから」

「――」

「作ってみせる、守ってみせるから。――だから、いつか私と一緒に来て」

 

 ――私と一緒に。

 その先の言葉を聞かずとも。

 幽々子にはそれが、どんなに残酷な『結末』を呼ぶものかが、分かる。

 

()()()()()

 

 ――もう、一緒にはいられない(幽々子には時間がない)のに。

 

「天界のしがらみも、私の邪魔をする奴らだって全部。――()()()()から」

 

 胸の内から、全てを吐き出すように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――お願いだから、()()()()()よ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………」

 

 全てを話し終えた天子は、笑っていた。

 それは、今にも泣きそうな、そんな笑顔だった。

 ――甘かった。

 

「血の巡りが悪い」

 

 ちゃんと騙せていた、とか。

 最後まで演じ切るだとか。

 そんなことは、ただの思い上がりに過ぎなくて。

 

「息も、さっきから少しずつ、小さくなってる」

「……――」

「桃。そうよ、たくさん、もっとたくさん食べたら、きっと」

「天――」

「ねぇ。お願いだから……死なないでよ…………」

 

 『死なないで』。

 天子のその一言に、どれだけの感情が込められているか。

 ――幽々子には、きっと理解はできても、寄り添うことは叶わない。

 ――『死に行く』ものでしかない自分は、彼女の願いには応えられない。

 だが、それを思わず吐露させてしまう程に。

 つい先程までの、自分の行動の数々。

 それが、どれ程彼女を傷つけたかなど――。

 

「忘れないわ」

 

 幽々子は、約束はせずとも、言う。

 死ぬな。――それの願いは、無理だけど。

 せめて。――もう一つの願いだけでも。

 彼女に釣り合う『人間』としての、最後の足掻きとして。

 

「今日までの事も。あなたの事も」

 

 そう言って、幽々子は右手の小指を立てる。

 それを天子に見せれば、彼女もすぐに、それの意図を理解して。

 同じように、右手の小指を立てた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――指切り。

 ()の子供たちにとっての、約束の証であり――。

 

「私、絶対に忘れないわ」

「……絶対よ」

「えぇ、絶対」

 

 それは、最も初歩的な"(まじな)い"。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――邪魔はしない。

 ――だから、せめて最後まで見守らせて欲しい。

 

「………………」

 

 自分の、どうしようもない我儘を。

 天子はそう妥協して、そう言って受け入れてくれた。

 結局。

 あれだけ騙し切ると決めておいて、最後はこうも簡単に気づかれてしまうのか。

 改めて、自分のそんなどうしようもなさに、幽々子は苦笑すらできなかった。

 『邪魔はしない』――。

 少なくとも。

 それが決して、彼女にとって本心からの言葉ではない事を、幽々子は痛い程に理解している。

 ――最後まで、自分は彼女に甘えっぱなしだ。

 

「随分と――」

 

 たった数十分の間に、ここまで。

 

「大きくなったわね、■■■(■■■■■■)

 

 ――仮に、幽々子が『白玉楼』から出なくとも。

 仮に、妖忌が貼った魔除けの札、それを解除することがなかろうと。

 それとは別に、この『白玉楼』全体に張られた結界による妖力の抑制。それが仮に残っていたとしても。

 きっと、()()()()は防げなかっただろう。

 だが、今は()()()()に感謝している。

 何故なら、妖忌にこれ以上、自責の念を与える訳にはいかないから。

 

 ――妖しく光る桃色。

 ――『満開』の桜の木。

 

 ()()()――。

 その可能性が脳裏を過ぎるが、違う。

 まだその時ではないのだ。――()()()()()

 幽々子は、背中に突き刺さる視線、その違和感を頼りに、意識を『現実』に留まらせる。

 目前から放たれる『死に誘う』衝動の根幹、波動のようなものに屈することなく。

 静かに、目前の桜を見やった。

 

 天子は、静かに見守っている。

 今すぐにでも、駆け出したいであろう衝動を堪えて。

 友である、自分の言葉を大切にしてくれている。

 

 ならせめて。

 『白玉楼』の主として。

 自分も一人の『人間』として。

 ――この、"呪い"を背負った者として。

 

「分かっていたの」

 

 ――どうして、自分には。

 ――父すら誘惑した、あの『死に誘う』力が、自分には通じなかったのか。

 

「薄々と、それが分かってたからこそ」

 

 だから、自分の手で。

 誰にも聞かれることのない、小さな声で、幽々子は真相を口にする。

 いや、常人より優れた聴覚を持つ天子であれば、それを聞けるだろうか。

 少なくとも、今()()()どうでもいい。

 

「私が、やらないといけないの」

 

 桜の木。

 その前には、多くの人間たちがいた。

 大人の男が、女が、子供から老人に至る全ての人間が。

 皆、死人のように、瞳に何の色も映していない。

 そうして全員の口から、霊魂のような青白い何かが飛び出していて。

 それが、桜の木に向かっている。

 今なら、まだ間に合う。

 彼らを、救える。

 

 『死に誘う』桜の木。

 ――最初に、その牙が剥かれたのは、父であり。

 

 次に、それの強い影響を受けるのは。

 必然的に――。

 

 

 

 

「――私が祓う」

 

 ――『死霊を操る程度の能力』。

 ――ではなく、『()()()()()()()()()』。

 

 父が呪われたというのなら。

 必然的に、その次の対象は――血縁者。

 幽々子の能力は、魂はとっくに、この桜の木によって変質していた。

 

 ――これは"共振"だ。

 血が、関係が作る忌まわしい呪いの連鎖。

 『桜の木』と『幽々子』の間にできた縁。

 

 ――()()()()()()()

 

 桜の木がある限り、幽々子がある。

 だがそれは逆に言えば。――幽々子が()()()()、この桜の木もある。

 ならば、幽々子が取るべき手段は。

 幽々子だからこそ、できる手段は――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 幽々子は、()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 幽々子は取り出した短刀で、己の手首を切る。

 自分でやったとはいえ、肉が裂かれる痛みに思わず喘ぐ。

 そんな声をかき消す程に、勢いよく吹き出す血潮。

 黒ずんでいない、鮮やかな赤色だった。

 しかしその血には、あの桜の木と同じ、『死に誘う』呪いが込められている。

 それが、体内という一種の領域から脱したことで、より一層強い"呪い"として、拡散したのだ。

 

 ()()()()()()()()()()()

 

 飛び散る血が、次第に蝶の形を成した。

 それに呼応するように、桜の木が、幽々子にその木の根を伸ばす。

 同時に、満開だった桜の木が、一気に枯れていくのを確認して。

 幽々子は静かに、息を吐く。

 

(忘れないわ)

 

 桜の木が、■■■による"共振"が防がれ、()()

 かつて、幽々子の父が心から愛した、無害な、本来あるべき形の桜の木に。

 同時に、それ以外も全てが戻る。

 曖昧になっていた生と死の"境界"が、元に戻る。

 一時的にとはいえ、この『白玉楼』に迷い込んだあらゆるものが、元の場所へ帰ろうとする。

 人間が、妖怪が。

 ――そして、天人までもが。

 

(これで、もう……)

 

 まるで泡沫のように、皆が消えていく。

 薄れゆく意識の中で、幽々子はまるで刃物のように鋭く、おどろおどろしい気配を纏う、木の先端を見た。

 その、心臓を穿とうと、鎌首をもたげる姿を見ても、不思議と恐怖は湧かなかった。

 死ぬ。

 だけど、せめて。

 

「……あ」

 

 ただ、小さく。

 きっと、耳の良い彼女になら、聞こえるだろうという期待を込めて。

 

「ありがとう、天子」

 

 幽々子は言う。

 

「――私の友達になってくれて」

 

 ――鮮血。

 幽々子はその瞬間、誰かの叫び声を聞いたような気がした。

 その悲鳴は、こちらに手を伸ばし、消えていく彼女のものか。

 それはもしかしたら、自分自身の悲鳴だったのかもしれない。

 だが、もう分からない。

 これからも、一生。

 その答えは、永遠に分からないままだ。

 

 

 

 

 この夜、この瞬間に。

 

 

 

 

 ただの『幽々子』は、死んだのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――どうしたかった。

 

「警鐘?」

「何だ、五月蝿いぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――私はあの時、本当に何もできなかったのか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――違う。もっと、もっと私が■ければ。

 ――彼女が"死"を選ぶ必要なんてない程に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――もっと、もっともっともっと、■ければ。

 

「総領様!天子が乱心しました!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――全部。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――全部、もう。

 

「『比奈知』と『魏志』の主力部隊は既に壊滅!残る『名居』の兵士が処理にあたっています!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――『天界』。

 人々が時に、『天国』と称するその場所は。

 

「……全部」

 

 ――その日、真っ赤に染まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――総監の記録――

 

 その日、天界にて魏志家直属の戦闘部隊『(くう)』十二名。

 加えて『(しき)』の十八名が、間もなく意識不明の重体で発見される。

 

 被害者の天人は全員、頭蓋骨が何者かの拳によって粉砕されており。

 例え『仙果』による肉体の再生効果を加味しても、後遺症を残さず治療するのに数ヶ月の時が必要であると判断。

 

 現場に残穢は確認されず。

 拳による暴動と、残穢を残さぬ条件を唯一満たせる者として、暴動の容疑者は『天人くずれ』比那名居天子である事が確定。

 彼女を謀反者とし、『比那名居天子の抹殺命令』を天界全土に通達。

 

 対比那名居天子として、比那名居家と比奈知家の精鋭を合併させた、特殊討伐部隊『非想処隊(ひそうしょたい)』が派遣されるも、皆が悉く返り討ちにされる。

 その後、比那名居邸に侵入を果たした比那名居天子により、比那名居総領もまた、顔の骨を一撃で粉砕され、重傷。

 

 後日、比那名居家および魏志家から天界総監部に対し、比那名居天子の『天人除名』が提議される。

 しかし、天界総監は現在、これを保留としている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 バトルをメインにする→お気に入りやUAはそこまで伸びないが、感想が多いのでモチベが湧く。
 物語をメインにする→感想こそ少ないものの、実はお気に入りやUAの伸びはこっちの方が大きい。

 二次創作って不思議ですね。

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