【本編完結】諏訪子様になった、負け戦を回避したい   作:洩矢廻戦

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 一話と前話を見直して思ったんですが、やはり約三年の時が経ったのもあって、かなり文章の雰囲気が変わってるなぁと。

(1話)

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(128話)

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 おかしい…最初はパイマン氏の文体に寄せてたのに、いつの間にか文体がかまちーに引っ張られている……


129話.フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン

 ――それが意味する事は、一つ。

 ――『幽々子』は『死んだ』それだけ。

 

 身も、魂も。

 全てがしっかりと()()()という事だ。

 

 妖忌からすれば、一体何がどうなったのか。

 どうしてこうなったのかなんて、分かる訳がない。

 まだ猶予はあった筈なのに。

 変質していく主の呪いを、解ける希望を見つけたというのに。

 ――どうして。どうしてこうなったのか等。

 

「自死したのだな」

 

 隣の隠岐奈が発する言葉は、あまりにも痛い。

 分かっている、だけど分かりたくない。

 これ以上、理解などしたくない。――そんな妖忌の現実逃避を、許さないと言わんばかりの。

 

「遅かったんだ。残念だったな」

 

 ――分かっている。

 ()()()()()()()()なんて、甘い希望。

 目の前にある、主の死体が示す結論は、一つしかない。

 甘かった。

 愚かな希望に縋っていた、過去の自分が忌々しい。

 ――今更か?

 そう問う、己の中のもう一つの声に、妖忌は心を刺された。

 

「気にするな。お前の想定を超えて、『あれ』が何枚も上手だっただけだ。必要以上の自責は毒だぞ」

 

 『(ポータル)』から出てからというもの。

 隠岐奈は、まるで『死人』のようになった妖忌を後目に、うんうんと続けて。

 

「人間の娘にしては思い切ったな、あの木によって『呪われた』事は即ち、自身を同じ『呪物』として見立てると同義」

「……」

「見た所、己の肉体を楔とした封印術の一つだな。偶然か、それとも狙ってかは知らないが……」

「――――」

「ただの歌人の娘が、ここまでの事を成し遂げる。……本当に、天晴れとしか言えん」

「――――――」

 

 聞こえない。

 妖忌の頭には、ただ。

 自分が『間に合わなかった』事と、『幽々子が死んだ』という、たった二つの冷たい現実のみ。

 隠岐奈の考察も、そして感心も。

 そして、いつの間にか隠岐奈の隣に立っていた、もう一人の何者かの存在も。

 それらの情報は、妖忌には入って来ない。

 

「隠岐奈。これが例の?」

 

 ()()()()()()、その妖怪は降り立った。

 赤黒く塗り潰された空隙、その奥に浮かぶ数多の眼球。

 一目見ただけで、嫌悪感を刺激するそれで満ちた、『彼女』だけの世界。

 ――スキマ妖怪、八雲紫。

 その脅威と名は、かつて地方を彷徨っていた頃の、妖忌の耳にも入る程のもので。

 それが、当然のように降り立った現実に、普段の彼であれば、否が応でも『警戒』をした。

 だが、今はもう。

 もう。――終わってしまった話。

 折れた妖忌には、それができなかった。

 

「まぁな、確かに■■■の気配はあるが……」

「その言い方からして、既に木の中から去ったと見てもいいかしら?」

 

 仮に、誰かが今の生気を失った妖忌の姿を見れば。

 きっと、ここに至るまでの物語(バックボーン)を知らずとも、彼の悲痛な思いを痛感するだろう。

 妖忌は黙る。

 彼の脳内には、もう二度と会えない主の姿と、声が蘇っていた。

 

「それで隠岐奈。…()()()()()()『あれ』は何?」

「さぁな、呪いの副産物か、それとも別の何か。か……」

「……■■■とか言わないわよね?」

「言わん。『(秦河勝)』が言うのだから、それは間違いない」

「じゃあ一体――」

 

 妖忌は、黙る。

 そして。

 

 

 

 

「ねぇ」

 

 声――それが。

 妖忌の、沈んだ自我を無理矢理に引き起こす。

 

 

 

 

「ッ――!?」

「ここは、どこ?」

 

 ――幽々子がそこに立っていた。

 妖忌の呼吸は、その時一度()()()、そして()()()()()

 喉が震える。

 衝撃。そしてその混乱の大きさは、妖忌に息の吐き方すら忘れてしまう程で。

 そんな中何とか、声帯を震わせて、『音』ではなく『言葉』を作ろうと模索する。

 彼女が生き返――と、思った途中。

 

「幽々――」

「あなたは誰?」

 

 誰。ではなく。

 正確には、だぁれ。と、少し舌足らずな口調で、()()()()()()()()は言った。

 妖忌は、黙り込む。

 ショックではなく、むしろ逆に。自分でも不思議に『そうだろうな』と、どこか達観した調子でそう思えた。

 そんな、先ほど痛感した『甘い希望』に、また甘えそうになった自分に対して、強い怒りすら覚える程。

 

 ――『現実』とは、優しくも温かくもない。

 

 そう。目の前にいるのは、『幽々子』であって『幽々子』ではない。

 親を呪われ、血に呪われ。

 そして自分という、力及ばずな従者を持った、ただのか弱い少女とは違う。

 透明な少女は、首を傾げる。

 

「もしかして、私のことを知ってるの?」

 

 妖忌は何故か。

 透明な少女がそんな声を出すのが、許せなかった。

 

「……それは」

 

 『幽々子』は呪いの連鎖を断ち切った。

 その為に、己の命を投げ捨て、自分を犠牲にした『封印』を、この桜の木に施した。

 力及ばず。

 それどころか、主の傍に、最期まで居ることができなかった。情けない自分を。

 そんな、優しい目で見てくれるなんて。

 

「私、は――」

 

 ――違う。

 そう言えば、少女はきっと『そうなのか』と受け入れる。

 身体だけでなく、記憶(こころ)まで死に、真の自由を得たからこそ、その選択が残されていた。

 それこそ、宙を舞う蝶のような――自由。

 だからこそ、妖忌は思った。――本当に、()()()()()()()()()()()()()()()()?と。

 

「いいえ、私たちは――」

「あの」

 

 なのに。

 

「ねぇ、本当に大丈夫?」

「……え、えぇ。私は」

「あなた、凄く辛そうよ」

 

 なのに、透明は少女は。

 まるで妖忌の考えを見抜いているかの如く、彼の仮面の表情を、一発で粉々にする。

 

「もしかして、だけど」

 

 我慢しろ。

 堪えろ。

 表情を取り繕え――相手に疑念を抱かせるな。

 妖忌は必死に、自分にそう、強く言い聞かせたが。

 それでも、駄目だった。

 

「ひょっとして、私たち。知り合いだったのかしら?」

 

 ――その質問が、どれほど心苦しいものだったか。

 取り繕う。なんてもう無理だ。

 その言葉を最後に、何も言えなくなった時点で、妖忌の負けが確定した。

 ここで、『そんなことはない』と、そう即答さえできたなら。

 違和感こそあれ、形だけでも、少女は『そう』と、ひとまず終わらせてくれた筈なのだ。

 

 何故なら、少女は何も。

 本当に、何もないのだから。

 

 全てを『忘れて』しまっているから。

 目の前にあるのは『幽々子』の抜け殻で。

 そこには。かつての『幽々子』が作った思い出も、意志も、何もないのだから。

 透明な少女は、辛そうに。

 

「だとしたら、ごめんなさい。……私。何も覚えてないの」

「……いいんです」

 

 妖忌は答える。

 その言葉に、偽りはない。

 

「……あの、私いつか、いつかあなたの事を思い出すから、それまで――」

「いいんです、()()()()

 

 ――『幽々子』は死んだ。

 目の前にいるのは、過去の呪縛から解き放たれた、新しい『幽々子』。

 失った記憶は、二度と戻らない。

 もしも目の前の透明な少女が、過去の記憶を取り戻すことがあるのならそれ即ち、『幽々子』が己の命を対価として終わらせた。この"呪い"が再発する事を意味する。

 なればこそ、妖忌がこうして、過去に囚われてはいけないのだ。

 全てを噛み殺し、妖忌は再び。

 今度こそ。かつての『幽々子』を思わせる、聡明な少女に悟られぬよう、己の表情を鉄の仮面にしてから。

 

「覚えていなくとも、これから『知って』いけばいいんです」

「……」

 

 透明な少女は、笑う。

 

「そう、ね。これからよね」

 

 何の色もなく、笑う。

 ころころと、見ているだけで、こちらも同じように心が満たされる。

 かつての『幽々子』と同じ、優しい笑みを浮かべて。

 

「それじゃあ、これからよろしく」

「……はい」

 

 妖忌もまた、笑っていた。

 自分でも、どうして笑っているのか。

 どうして、こんなにちゃんと『笑えて』いるのかが、分からない。

 これまでの、『自分』を形成する全てを忘れる。

 それは果たして、以前の者と同一なのかだろうか?

 そんな憂いは、もうない。

 

 まるで『鏡』のようだと思ったのだ。

 

 自分が悲しい時、少女は同じように悲しそうな顔をして。

 逆に、少女が笑った時には、どうしてか自分も、同じように笑えてしまう。

 そんな不思議な力が、『幽々子』にも、少女にもあった。

 

「『これから知っていけばいい』…なるほど、いい言葉ね」

 

 その声で、妖忌はようやく意識を戻す。

 声の出自は、八雲紫からだった。

 少女は、申し訳なさそうに言う。

 

「……ごめんなさい、私、あなたの事も思い出せないの」

「大丈夫、それで合ってるわ。だって私たち、今初めて知り合ったんだもの」

「へ?」

 

 透明な少女は大袈裟に。

 

「……あらぁ、そうだったの?」

「えぇ、そうなの」

「それじゃあ、これが早速、私が初めて『知った』ものの一つなのね?」

 

 やった。と、飄々とした様子で少女は喜ぶ。

 まるで、普通の子供のように。

 鈴のような、可憐な声を響かせて。

 

「私、次はあなたの名前を知りたいわ」

「そう言ってくれて嬉しいわ。でも、その前に」

 

 紫はその時やっと、妖忌を視界に入れた。

 

「赤の他人の私より、そこの従者の名前から知るべきではないかしら?」

「あら、そうだわ。私ったらうっかり……」

 

 にこりと、少女は笑って。

 

「それじゃあ。あなたの名前を教えてくださる?」

「…………はい」

 

 今度こそ。

 今度こそ、この笑みを守ってみせると、妖忌は誓いを込めて言う。

 

「……魂魄妖忌と申します」

「魂魄…うん、妖忌ね。ならあなたは……」

「私の名前は八雲紫。それじゃあ次は……」

 

 それに即答した紫は、続けて透明な少女を指さした。

 

「……私?」

「えぇ、あなたよ」

 

 ――え、私は?

 と、後ろで腑抜けた声を出す隠岐奈を、紫は完全に無視した。

 

「せっかく『生まれ』変わったんですもの、新しい生き方に相応しい、新しい『名』を名乗るべきだわ」

「……そうなの?」

「えぇそう。『名』は人妖を問わない大切なものですから」

「…ふーん」

 

 なら、透明な少女は言う。

 

「じゃあ、私に相応しい名前って?」

 

 紫は答える。

 

「この桜の木には、ある『歌聖』に倣った『名』が付けられているの。だから……」

 

 ――新しい名前(生き方)は。

 

「あなたの名前は『西行寺(さいぎょうじ)』。西行寺幽々子よ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 透明な少女。

 ――西行寺幽々子は笑う。

 

「いいわね、それ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少女は夢を見る。

 真っ白。としか形容できない、靄のような何かが、辺りに充満している奇怪な空間。

 不思議と、違和感は湧いてこなかった。

 まるで前振れもなく、降って湧いてきたように、頭の中には『それ』があった。

 数日か数週間か、それとももっと前の光景か。

 ご馳走に舌鼓を打つ自分の姿。

 野を駆け、ギラギラと輝く太陽の熱線に当てられる自分と、それに肌を焼かれるような感覚が。

 全て、鮮明に想起される。

 

 ――これは夢だ。

 

 『現実』ではない。

 呼吸の重さも、指にまとわりつく空気の粘性も、何もない世界は。

 何の『苦労』も必要とせず、簡単に全てを『思い出せる』この世界は。

 決して、自分が生きるべき『現実』ではない。

 早く起きて――と、思ったその時。

 

 ――()()()()

 ――()()()()

 

 声が聞こえる。

 頭に響く。

 自分の頭の中の『何か』が、『それ』に蝕まれていく。

 『それ』が、少女に"共振"しようとする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 青年は夢を見る。

 桃色で染められた、重力を感じない不思議な空間にいた。

 まるで、目を開けたまま眠っているかのように、青年は脱力している。

 何もない。

 匂いも、感触もない。

 水上に浮いている時でさえ、身体を引っ張る重力の気配を感じられるというのに。

 この夢の中では、そんな『当たり前』すらない。

 

 ――これは夢だ。

 

 ここは『現実』ではない。

 『予定』や『仕事』といった、人間のしがらみに囚われる事のない場所だ。

 自分には家族がいる。

 老いた母と、まだ幼い歳の離れた弟がいる。

 決して、裕福な家ではないからこそ、この時間すら惜しまないといけない。

 彼らの為に、早くこの夢から離れなければ――と、そう思った時。

 

 ――■■■を祀れ。

 ――そうすれば、貧者は富を得。老人は若返る。

 

 声が聞こえる。

 『それ』が、自分を誘惑する。

 それは正に、堕落の快楽。

 面倒事から逃げ出したい、人間が持つ当然の欲を、『それ』は刺激する。

 『それ』が、青年に"共振"しようとする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 老人は夢を見る。

 赤子も夢を見る。

 皆が、皆違う夢を見て、そうして自然と引き合わせられる。

 

 そんな『夢の世界』とは、決して個人によって独立したものではない。

 

 人間を含めた全ての生き物の夢は、根底で繋がっている。

 夢の中で、一度も会ったことのない、全くの赤の他人が出てくるように。

 見たことも、行った事もない筈の場所に、夢の中では当たり前のように向かえたり。

 そして、見知らぬ()()を見つけるのは、その為だ。

 

 ()()()のうちに、全ての命は繋がっている。

 

 地上に生きる人間、妖怪。――そして月の人間ですら、『夢の世界』という概念の、その繋がりからは逃れられない。

 『夢の世界』を上手く使うことができれば、理論上あらゆる場所に行ける。

 どんな力も使える。どんな物にも、何者にだってなれる。

 だからこそ、『彼女』はこの世界を監視し、均衡を保ち続けている。

 『夢』の中では、誰もが平等になれる。

 ――唯一の例外、絶対的統治者は『彼女』のみ。

 

「まーたでしゃばって来ましたか」

 

 一言。顔を動かす事もせず。

 ザフッ、と。まるで妖怪や呪霊の消失反応と同じ、笑える程に間抜けな音を立てて、()()()

 まるで子供の指遊びの要領で、彼女は無垢な人間に干渉を続ける『それ』を、爆散させた。

 『それ』は、まるで重油のように黒い、粘性の何かに成り下がり、そのまま空気に溶けるように、見えなくなる。

 だが、()()()()()()()()()()

 まだ、『それ』の――■■■の残滓は、この世界にこびり付いている。

 

「消しても消してもキリがない。……これは私の管轄外なんですけどねぇ」

 

 時に、夢の中は全能であるが故に、それを好き放題にする者もいる。

 明晰夢。そう呼ばれる夢は、今いる場所を『夢の中』であると認識し、その『夢の中』を、自分の意思で好きなように変える事ができる。

 『彼女』が管轄するものの中には、このような明晰夢の処理も含まれるが、一番の仕事はこの、必要以上の"共振"を防ぐ事。

 全ての生き物は繋がっている。

 それは即ち、日々の営みで培われるものとは別に。

 必要以上の『悪意』とやらも、この『夢の世界』を通じて、他の生き物に侵食していくのだ。

 妖怪は恐れ、嫌われることで生まれる。

 特に最近。より人は同じ人を憎み、嫌うようになっていった。

 彼らの神秘を操る術。それの基本が『霊力』から『呪力』に変わったのも、そういう事なのだろう。

 

「困った。非常に困ったものです、妖怪の『賢者』たちが必死になるのも頷けますね」

 

 口ぶりとは裏腹に。

 実は『彼女』にとっては、■■■の影響は、そう重要な事ではない。

 所詮『それ』は、消しても消しても滅び切らない。虫を潰す感覚に等しい、ただの単純作業に過ぎないのだから。

 人が朝起きて、自然と己の空腹を自覚して、そして食物を掻き込むように。

 『彼女』――ドレミ―・スイートにとっては、己を脅かすものでもない、有象無象の一つ。

 だが、忌々しい。

 所詮潰せば済む虫。されどそれは、視界に入る度に不快感を刺激され、そして確実に、己の手を煩わせる虫。

 いい加減、それを止めにしたいかと聞かれれば、答えは是。

 

「幻想郷。でしたか?確かに『忘れられたものの楽園』を作りたい彼女たちからすれば、既に『忘れられた神』が、その『無』の世界を独占しているのは邪魔でしかないでしょうね」

 

 ドレミ―はまるで、嘲笑するように。

 

「偶然か、それともそれすらも()()()か……()()()()()()()()()()()()()()()()。――『運命』とやらは、案外性格がいいんですかね?」

 

 そう言ってから。

 ドレミーは空中に作った枕に背を預け、脱力する。

 

「全ての始まりは『秦河勝の神殺し』。そしてその後は奇しくも同じ、財か感情かの違いこそあれど『棄てさせる』繋がりから始まった"共振"」

 

 生みの親と出会い、対話をし。

 そして他ならぬ、『親』自身が『子』を認めたことで、秦こころは"共振"から逃れた。

 次に、()()()()()()()()()()のは、数百年後かそれとも。

 

「次は怨霊。同じく死に、そして『忘れられる事』への怒り、そして憎しみから。あの船幽霊は"共振"した」

 

 ――■■■が死んだ水無月(六月)

 数百の時を経て、同じ水無月(六月)に、『怨霊ムラサ』は人を殺した。

 呪殺。それも被害者の人間は、全て『溺死』()()()()、『刺殺』であった。

 海の地縛霊であった筈の彼女が、どうして『刺殺』という手段で呪殺をしたのか、その違和感への答えも、その"共振"に込められていた。

 

 『秦河勝の神殺し』。

 その時の詳しい情報。特に討伐の方法などは、どこにも残っていない。

 だが、かの神と"共振"し、その結果がこの殺し方であるとするなら、必然的に答えは一つ。

 

 ■■■が、河勝によって滅ぼされたのと、同じ方法。

 どの時代、どの国であろうと、規模の差異こそあれ。

 『神殺し』という偉業には、必ずその逸話に付随する『何か』がある。

 

「『怨霊ムラサ』は『村紗水蜜』となり、その呪いから解放された。――そして、再び数百の時を経て」

 

 ドレミ―は、ふよふよと宙を漂う枕に身を任せたまま。

 隣に座る、この世界に招待した『白鷺』の少女の頬を、指でつつく。

 

「あの桜の木。――()()()西行妖(さいぎょうあやかし)』なんて呼ばれてるらしいですよ?いい趣味してますよね」

「………………」

 

 『白鷺』の少女は、何も言わない。

 ドレミーが頬をつついた時には、流石に『んぐ』と、可愛らしい呻きを零したが、それで終わり。

 少女の反応に、ドレミーは笑う訳でも、言葉を続ける訳でもなく、沈黙。

 気の置けない関係。という言葉が正にぴったりな、そんな雰囲気。

 

 少女が持つ『異能』は、言葉をトリガーに発動する。

 

 故に、少女を知る者の中には。

 少女が無口なのは、つい『何か』を口にし、それで『異能』が働いてしまうのを防ぐ為である、とか。

 結果として『彼女はそれの誤爆を防ぐ為に、普段から自分を戒めているのだ』……なんて、真相を知る者からすれば、鼻で笑う与太話を、本気で信じている者がほとんどだ。

 実際、少女の『異能』は、『口にする』()()で簡単に発動するようなものではない。

 つまり日常会話のような、深い意味を持たぬ軽い言葉なら、なんてことはないのだ。

 今回の事も、そして過去も。

 真相は、この少女にとってそれらは特に、何か反応を見せる、喋る程のものではないという、それだけの話なのだ。

 

「話を戻しますが。――『運命』とやらはいい性格をしています。こうも上手く事を進ませて、そして今度は、()()()()微笑んでくれるんですから」

 

 だから、ドレミーは気にせず続ける。

 話の一点は、これまで何度も何度も『現実』に影響を与えてきた■■■。それをとうとう、()()()()()()()()()()()()()()()が訪れたということだ。

 忘れられたものは『無』となって、未来永劫、別の位相を彷徨い続ける。

 ■■■という、所詮は民間道教に過ぎない、木端の神ですら、これだけの悲劇を作ってきた。

 

 では仮に、これがもっと別の何かであればどうだろうか。

 

 それこそ、今も尚地上を彷徨う、産土神の成れの果てがいい例だろう。

 彼らは神から、妖怪未満の『何か』に成り下がり、それでも今を生きている。

 だが、彼らも真に忘れられたら?

 ■■■と同じように、彼らも『無』になってしまったら。

 一体、どれだけの数の"共振"による被害が発生する?

 

 つまりドレミーにとっても、八雲紫たちが作る『幻想郷』という存在は、ある意味では好都合で、そして忌々しいものなのだ。

 

 この世界の生き物は、全て無意識の根底で繋がっている。

 忘却で滅んだ悪意。それに引っ張られる何かの被害は、止まらない。

 だが、『忘れられたもの』を受け入れ、そして『現実』から()()()()()()()があれば、話は別なのだ。

 ドレミーにとって、『忘れられたもの』の楽園とやらは、そんな無意識の根底を勝手に弄る所業。決して良い思い等しない。

 『現実』と『夢の世界』――互いにそれぞれの居場所と役割を独占しているからこそ、今がある。

 

 無意識の根底だろうと、この『夢の世界』はドレミーのもの。

 狼と豚は、獲物が違うから共存できる。

 だが、豚が残飯を食わず、新鮮な肉に手を出すなら容赦しない。

 

 向こうが勝手に事を企てるのなら、こちらも同じように、事を企ててやるだけだ。

 この世界の生きとし生ける者。それらが作り出した習合意識の均衡。それを崩そうというのなら――こちらも相応の動きをするだけだ。

 

「まっ、是非私の期待通りに動いてくださいな。スキマ妖怪さん」

 

 ドレミーは特に表情を変えることなく、事実をただ確認するかのような、そんな転調で言う。

 どうでもいい。

 楽園だの月の宝だの、それを建前にした、『賢者』の真意など()()()()()()()()

 ドレミー・スイートにとっては、彼女たちの生死など勘定に入っていない。

 八雲紫が死のうが、その従者の八雲藍が死のうが。

 同志の摩多羅隠岐奈が死のうが。――心底どうでもいい。

 

「………………」

 

 ファサ、と。羽と羽が擦れる音がして。

 その正体は。感情の込められていないドレミーの言葉を聞いて、『右翼』を動かした少女の音だった。

 隣に座る、ドレミーの身体を翼で包み込み、引き寄せる。

 そうして一言。

 

「あなた性格悪いわよ」

「あら、お嫌いですか?」

 

 ――『白鷺』、稀神サグメは何も言わず。

 代わりに、呆れたように鼻を鳴らし。

 たったそれだけで、これまでの会話を終わらせた。




 次回からいよいよ月面戦争が本格的に開始(新たな挿絵の依頼も考えてます)。
 感想、評価をいただけると色々頑張れます。

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