【本編完結】諏訪子様になった、負け戦を回避したい   作:洩矢廻戦

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 先日、深夜の三時半過ぎにある御方に挿絵の依頼をしたんですが。
 その数分後にリクエストが承諾されて「いやいつまで起きてんすか…」と戦慄していました(ブーメラン)。
 あとお待たせしました、第2部のメインディッシュの始まりです。


130話.第一次月面戦争①直接会談

 昔では信じられない話だが。

 現在、この大陸(日本)を席捲しているのは、妖怪ではなく『人間』である。

 

 冷夏や暖冬。冬の終わりから春までの、人々が抱える陰気と呼ばれるもの。

 恐怖から生まれた妖怪たちにとって、そんな人間の『負の感情』もまた、自身の存在感を強める貴重な養分であり。

 かつての『人間』は、ただ生きているだけで感じる不快感の、一つ一つを丁寧に汲み取り、そしてその『負の感情』を、妖怪たちに注ぎ続けた。

 

 暴風雨や地震のような自然災害。

 疫病、飢饉、戦争。――科学では証明できない災難を、全て『魔の者』による仕業だと考えた。

 恐れて、妖怪たちはより強く、恐ろしくなっていった。

 だから、『人間』は弱かった。

 対極的に、妖怪たち――通称『魔の者』たちは強かった。

 

 そして、そんな弱かった筈の彼らはいつしか、その力関係を逆転させていった。

 

 なんてことはない、来るべき時が来ただけだ。

 潮が満ちれば、その後に潮が引く事が必然であるように。

 恐れ、畏れ。――そんな、ただ『一方的に恐怖されてきた妖怪』という名の、長い天下が終わるだけ。

 かつて、大陸を襲う数多の異常気象に苦しみながらも、人々は決して諦めなかった。

 その後の飢饉によって、多くの人々が飢えながら死んでいっても、それでも生きる者がいた。

 多くの人が死に、それでも諦めずに生きようとした。

 その日の食事すら満足に集められない彼ら。それに対し、妖怪たちは慈悲の一つも見せずに襲い、そして殺し続けた。

 だが、それは決して罪ではない。

 この世界の絶対的法則(ルール)は『妖怪は人間を襲うもの』であり。

 人を襲い、殺すことは悪ではないのだ。

 例え、人々が災難に苦しむ最中であっても、決して止まらない妖怪の暴虐は、正にこの世の理であり。

 それは閻魔ですら肯定し、認める所業なのである。

 

 で、あれば。

 ()()()()()()()()()も、正にこの世の理であり。

 誰にも否定できない。――むしろ否定など許されない、命の廻りであろう。

 

 異常気象を乗り越え、飢饉すらも乗り越えて、『人間』は強くなったのだ。

 数多の災難が渦中にあった時、人々の『負の感情』で、妖怪たちは強くなった。

 だが、自然災害や飢饉のような、己の肉体ではどうしようもないそれらの、圧倒的な『理不尽』を見た『人間』からすれば。

 もう。――妖怪たちが自分たちに向ける『理不尽』とは。直接的な被害を出してくる分、自然のそれに遥かに劣るものであると認識してしまったのだ。

 そうして、まるで裏を返すが如く。

 以前は、どれだけ暴れても満たされない、どうしようもない力を持て余していた筈の妖怪たちは。

 もう今では、以前のような存在感は影も形も残っておらず。

 まるで、野生動物のそれと同じ、矮小な存在感に成り下がってしまっていた。

 

 だが、それはある意味当然だ。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()に。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 そんな当たり前の事に、彼らは気づけなかった。

 気づけなかったからこそ、かつての栄華を忘れられないからこそ。

 彼らは今も、日々衰えていく自分自身を嫌悪し、見当違いな憎悪を滾らせ、不満を抱え続ける。

 そうして妖怪たちは、かつての栄華を取り戻す起死回生の一手を求め。――八雲紫の提案に乗った(間引きの対象となった)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何を考えている?と、伊吹萃香は思う。

 僅かの思案。そして自分の丁度向かい側にいる、友人の顔を見て。

 

「どう思う?勇儀」

「怪しさ満点。胡散臭さ満点」

「だよなぁ」

 

 そんな理路整然とした簡潔な言葉を、友人である星熊勇儀は、首を動かさずに告げた。

 萃香もまた、同じく首を動かさずに目だけを巡らせ。

 

「月っていやぁ……あの月だろ?」

 

 曖昧な問いだが、勇儀にはしっかりと通じた。

 

「飽きる程に見てるあの月だねぇ、萃香。お前は知ってるのかい?」

「まぁそりゃあ」

「おっ、もしかしてもうあそこに『昇った』ってオチかい?」

「馬鹿言え、いくら私でも星の向こう側には行けないっての。精々が天界だね」

 

 ほう?と、勇儀の目が細くなる。

 

「天界かぁ……確か天人ってのがいる世界だったね。雲の上にある一場所に『世界』ってのは、少し変な感じはするが」

「ま、確かに雲の上にはあるが……地上の奴らからは普通、あそこが見えないらしいけど」

「畜生界と似たようなもんか?」

「まぁそんなもんだろ。それに『天人』の中身とやらも、思ってた倍以上に期待外れだったしさ」

「ほぉ」

 

 興味深そうに、勇儀はより大きく眉を動かした。

 

「天人ってのは確か……かなり厳しい修行を経るか、功績を認められるか、後は悟りを開いたりするかでなれるモンだろう?」

「悟りってのは少し違うけどね、本当の意味で悟りを開いたのは『仏陀』だけだろ?あいつらはその一歩手前さ」

「ふぅん……」

 

 原理としては、八坂神奈子のような国津神。その信仰と同じ様なものだ。

 天人とは、神霊化した人々が成るものであり、地上とは隔離された雲の上。そこに住む在り方からも、神々と呼んで相違ない存在である。

 であれば、勇儀が次に選ぶ言葉は、当然。

 

「ま、確かにつまらなそうだな」

 

 天人とは不老長寿。

 空を飛ぶのは当然、それ以外の『神通力』が使えるだけではなく。

 快楽に満ちた天界では、誰も苦しみ等を感じることはない。

 日々を遊んで、歌い、酒を飲んで暮らすだけとされている。

 その為に、天人は人々の羨望の的であり、寿命の克服を目的に修行する者の中には、天人になりたがるものも少なくない。

 だが、並大抵の修行で天人に至る資格は得られない。

 身を削る修行を終えても尚、多くの場合、彼らは『天人』になり損ねて、『仙人』になるというのだ。

 

「安寧ってのはいいもんだが。かと言って刺激もない生活ってのは心が『腐る』。特にお前みたいな鬼からすれば、天界ってのは確かに期待外れだろうさ」

「それだけなら良かったんだけどね」

 

 萃香はつまらなそうに。

 

「……あいつら、地上の人間と何も変わってなかったよ」

 

 思い出す。

 悩みから、刺激から、地上にある数多の『当たり前』を捨てて、皆が憧れる身分に成ったにも関わらず。

 『悟り』という言葉を鼻で笑うような。彼らの見るに堪えない、落ちぶれた精神を。

 

「差別して、見下して、自分が上だと言い聞かせて、それで安堵するって感じ」

「…………なるほど、訳ありか」

こっち(地上)がこのザマなんだ。あれよりもっと『上』の月なんて……一体どんな風になってるのやら」

 

 『月』には、ここ(地上)とは違う別の世界がある。

 萃香がそれを知ったのは偶然で、その情報の出自は他ならぬ、その月の世界に住んでいるとされる『月人』そのものであった。

 『かぐや姫』を探し、今でも地上を彷徨う彼ら。

 それをちょうど、自身の身体を霧にし、意識を散らしていた萃香が発見したというのが、事の顛末だ。

 穢れているだの、邪魔だのと言って、彼らは近くにいた人間を殺そうとしていたので、一発ぶん殴って事件を解決。

 その後は意識を取り戻した彼ら一人一人に、能力を使ったのだ。

 『意識・心』に対して『密と疎』の力を注ぎ、心の距離を操ることで、自白させる。

 そうして、萃香は鬼の中で初めて、『月』の情報を知った存在となった。

 だからこそ。

 

「勇儀」

 

 萃香は小さく息を吐き。

 

()()()あいつ()からの誘い文句ってのは、どんな感じだった?」

 

 最初は違った。

 妖怪の中でも、空に浮かぶ『月』にある別世界を知るものなど、本当にひと握りのものだった。

 かの八雲紫ですらそうだった。

 萃香の知る限りでは、彼女が月の情勢を知ったのは『最近』の話であったから。

 鬼には嘘が分かる。

 どのような、何を腹に隠しているかまでは見抜けない。

 しかし、こちらから言葉を投げかけ、それへの答えを聞くだけで、鬼はその者が『心を偽ったかどうか』が分かる。

 萃香にとって、紫は友人だ。

 萃香にとって紫とは、鬼以外の種族で『対等』と認めた唯一の妖怪。

 天狗は部下のようなものだったし、何より彼らは本心から、自分を含めた鬼を敬っている訳では無い。

 洩矢諏訪子も違う、彼女は間違いなく最強で、自分ではどう足掻いても『対等』にはなり得ない。

 諏訪子の『対等』とは、神奈子のみであろう。

 

 だからこそ、度し難い。

 

 ――策謀。その言葉が脳裏を過ぎる。

 納得できない、そして何より――疑いたくない。

 

「『力を振るう機会が欲しいでしょう?』だってさ」

 

 勇儀はどこか、冷めたような顔で。

 

「人間は妖怪を忘れ……いいや、もう『そこまで脅威ではない』と思い始めた。だから恐れが足りず、妖怪は弱体化し続けてるんだと」

「……まぁ一理ある」

 

 鬼は強い。

 それは今日、この日に至るまでの幾星霜。

 人間と鬼の関係性『鬼退治』を含めて、自分たちが根強い恐怖を植え付けたからだ。

 『妖怪』という、漠然とした存在への恐怖が薄れようと。

 『鬼』という一種族、そして一個体それぞれへ注がれた畏怖は、確かにある。

 弱体化をしていないと言えば嘘になる。

 だが、だからといって明確に『弱く』なったか?と、そう聞かれれば答えは否だ。

 鉄に勝る肉体も、山を動かす剛力も健在。

 だが、もうそれを以前のように、自由に振るえないのだ。

 時代が変わり、より強く感じる窮屈さを、勇儀は声色に乗せて。

 

「『思う存分暴れられる最高の戦場』とやらを用意するってさ」

「それが『月』……」

 

 理屈としては、分かる。

 分かるからこそ、萃香は解せない。

 妖怪にとって人間とは、確かに本能のままに襲う対象であり、悪意の矛先でもあるが、そこには限度がある。

 神々の妨害や、他種族の妖怪からの反発を度外視して、考えるとしよう。

 その場合、今この山にいる『鬼』が全員で協力し、四方八方本気で暴れるとすれば、きっと約数週間で、この大陸にいる全ての人間を殺せるだろう。

 だが、それをすれば『鬼』は()()

 肉体的な死ではなく、存在そのものがこの世界から抹消される。

 そんな、本物の死。

 妖怪は恐れによって生まれ、生きられる。

 だが、自分たちを恐れる『誰か』がいない限り、その命は有限。

 妖怪の抑圧された本能は、ただひたすらに力を振るいたいと叫ぶ。

 だが、そんな本能に身を任せれば、待っているのは破滅のみ。

 二律背反の現実。

 だが、その矛先が『地上の人間』ではなかったら?

 恐怖の供給源である『人間』とはまた別の、『月人』なら?

 

「実際、下の連中は大盛り上がりだ。久しぶりに暴れられる機会が来たってね」

 

 ただ。

 勇儀は僅かに言葉を詰まらせ。

 

「なんだか、なぁ」

 

 ――違和感。

 

「萃香、他の連中はどうなんだ?」

「他の?」

「そうだ。噂によれば、天魔のやつとは別の、他集落の天狗も出てくるって話だ。その時の『誘い文句』ってやつ、お前なら知ってるんじゃないかと思ってね」

「――そうだな」

 

 萃香はそれを否定しない。

 というのも、萃香は四六時中、己の身体を『密と疎を操る程度の能力』を応用し、大陸全土に『散布』している。

 だがだからといって、今起こっている全ての事柄を、正確に把握できる訳ではないのだ。

 当然の話だ。森の木々、そこに生い茂る葉っぱ一枚一枚の形から、町を歩く人間の顔。

 この世界に溢れる『情報』というのは、あまりにも膨大で、底なしだ。

 それに、身体を霧に変化させ、『散布』しているからといって、感覚を共有しているとは限らない。

 仮に感覚を共有しているからと言って、勇儀が求める情報を、萃香が狙って収集しているとは断言できず。

 それを抜きにしても。勇儀が欲しがっている情報を偶然、萃香が所持しているとも限らない。そんな可能性なんて、あまりにも低い部類に入るだろう。

 

 しかしその上で、勇儀は聞いてきたのだ。

 それは、広大な砂漠の中で、砂金一つを狙って摘まむようなものであると言うのに。

 ――それ即ち。萃香が既に、その『情報』を持っていると。旧知の仲から確信したが故。

 

 そして、それは正しかった。

 

刳哭(くれなき)って場所にある山の天狗たちは、『月が持つ金銀財宝を奪ってみないか』と持ち掛けられた」

 

 ――萃香は度し難い。

 

「倭国があった場所には、『他の増長してる妖怪たちに、この戦で力の差を見せつけてみないか』とさ」

 

 納得できない。

 そして何より――どうしても、疑いたくなかった。

 だから、萃香はここ最近の紫の動き全てを監視していた。

 

「勇儀。どう思う?」

「見事に『黒』だね」

 

 勇儀は即答した。

 萃香もまた、同じく即答した。

 

「でも、()()()()()

「あぁ、嘘じゃなかった」

 

 状況が。

 集めた情報の一つ一つが、八雲紫を『黒』だと断ずる。

 しかし。

 

「だが、以前()()()()来た時のあいつには、『嘘』の気配はなかった」

「私も同じ思いさ」

 

 たった一つの、自分たちの自己同一性(アイデンティティ)である鬼の力が、『嘘が分かる』力が、八雲紫を『白』だと断ずる。

 何が正しい?

 自分にとっての、心地の良い『真実』とはどちらだ?

 鬼は、自分たちは理論と本能。どちらを信じればいい?

 どちらを切り捨てれば、自分たちは迷いから解放される?

 答えは、出なかった。

 

「華扇のやつなら、きっぱりと選べたんだろうけどね」

 

 ぽつりと。

 そう呟いた勇儀の顔はまるで、解けない難問にぶち当たった、学者のそれであった。

 

「皮肉なもんだね」

 

 勇儀は呆れたように。

 

「人間と鬼。寿命差で置いて行かれるが故の苦しみに、誰よりも悩んだあいつなら、きっと」

 

 勇儀はその先を言わなかった。

 だが不思議と、勇儀の言わんとすることを理解した。

 あの、奸佞邪智の鬼なら。

 茨木華扇なら。この選択への答えを、悩まずに即決できたのだろうか?

 

「……そうだな」

 

 萃香は、懐かしい気持ちになった。

 神代の時からの関係だった。萃香と勇儀、そして華扇の三竦み。

 皆同じ『山の四天王』でありながら、その後の在り方には、大きな差が生じてしまった。

 今から約数百年前の話だ。

 華扇は()()()()で、そして()()()()()()()()腕を切断され、それから姿を見せなくなった。

 鬼同士の"共振"のおかげで、華扇が今でも生きている事は分かるが、それだけだ。

 萃香は、ため息をつく。

 

「――『月面戦争』とやらで、あんたは何を企んでるんだ?」

 

 ため息をつきながら、そして。

 

 

 

 

()()()()()()()()()

 

 

 

 

 背後から、声。

 振り返り、そこにいたのは、西洋と中華の良い所を掛け合わせたような、特別なドレスに身を包む少女であり。

 そして、つい先ほどまで、萃香と勇儀の話題の中心に立っていた、妖怪の『賢者』。

 八雲紫は、笑っていた。

 

「『鬼』に対して送ったのとは別に、私は『あなた達』の力を借りたいの」

 

 裂けて。

 

「私の目的は月。ただの月じゃないわ、月の『裏』にあるとされる『月の都』……」

 

 溶けて。

 

「その最奥に、()()()()()()()()()

 

 引き伸ばされたような、賢者の笑み。

 ()()()()()()()()()()()()()

 萃香の、鬼としての本能が告げる。

 ――()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「だから、協力して欲しいのよ」

「…………」

「準備はできているわ、始めましょう」

 

 ――()()()()()()

 ――()()()()()()()()()()()()()

 

「第一次月面戦争を」

 

 ――八雲紫に、()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 萃香は気づかない。

 勇儀もまた、萃香の身体が視界を遮っているせいで、気づかない。

 八雲紫の背後、そこにひっそりと佇む空隙、『スキマ』の中にある。

 

『………………』

 

 『スキマ』を構成するものとは違う。

 赤い目玉――サードアイを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その屋敷の造りは、簡素なものであった。

 室内には、赤く大きな絨毯が一枚のみ敷かれているだけで、それ以外の装飾品は、『部屋』として成り立つ最低限が用意されているだけである。

 更には、家具も装飾のない質素な椅子と、机が複数置かれているのみ。

 

 そんな部屋の中には、現在男が二人いた。

 

 一人は、二メートルはあるだろう巨大な体躯を、赤い鎧で包んだ男。

 人々が彼を一言で表すとするならば――『武人』。

 

「…………」

 

 ()、月の都最高戦力。

 月の都『防衛大臣』細愛(ササラエ)親王。

 彼は静かに、自身の体躯に釣り合う巨大な剣を握り、瞑想を続けていた。

 そして、もう一人の男もまた。

 

「…………」

 

 茶を一口運び。目を閉じ、細愛と同じく瞑想を続けている。

 そんな彼こそが、この屋敷の他ならぬ主その人である。

 『月の都』の絶対的な王である月夜見。

 その直系後嗣の中で、ここは最も地位が高い、この男の為だけに与えられた特別な屋敷なのだ。

 武力こそ、細愛には劣るものの。彼が持つ月での権威は、他に並ぶものはなし。

 屋敷の主。そして偉大なる月の王の血を引く男は、ゆっくりと目を開く。

 

「…………」

 

 月の都『法務大臣』都久(ツク)親王。

 

「――やはり来たか」

 

 都久は茶を飲む手を止め、眉を顰めた。

 たった一つだけ。部屋の空間を彩る、太陽と月が描き込まれた大きな屏風を背に。

 忌々しいと、その思いを隠すことなく声色に乗せて、そして部屋の扉の方を見る。

 扉の向こうからは、足音が聞こえた。

 背丈の似た、二人の少女の足音だ。

 そして、今しがた感じた"穢れ"の()()と、『彼女たち』がここに来る事の意味。

 次に来るであろう『報告』も、既に都久は察していた。

 ガタ……と。

 

「御二方に報告致します」

 

 重厚な扉を、共同で押し開けて入って来たのは、二人の少女であった。

 二人に共通するのは、腰ほどの長さの髪。

 しかし、妹である少女の髪色は薄紫色であるのに対し、姉の髪色は亜麻色である。

 月の都の『最強姉妹』、綿月依姫と綿月豊姫である。

 先に口を開いたのは、薄紫色の髪の少女、依姫で。

 

「地上の妖怪が満月の道を通り、月の裏側に侵入しました」

「妖怪たちは、月の都に攻め入るつもりかと」

 

 依姫の言葉を補完するように、豊姫が続ける。

 そして当然ながら。

 その報告は、都久にとっては想定の範囲内であった。

 

「そうですか。それで?」

「既に彼らは、月の防御結界まで迫ってきました。……以前より()()()()()()()()()()雑兵と、一部の妖怪の容姿が一致しています。恐らく――」

 

 豊姫が言い終わるよりも前。

 都久は、はっきりと聞こえる声で呟いた。

 

「――『本隊』が来た、という事か」

「はい、恐らくは」

 

 以前より、月の都に侵攻を続けてきた妖怪。

 角が生えたものから、翼が生えたものと、その容姿は千差万別。

 正に魑魅魍魎の、忌々しい"穢れ"の体現者が、また。

 

「細愛殿」

「……ああ。分かっている」

 

 都久の言葉に、細愛はすぐに応えた。

 

「速やかに兵を召集しよう。お前たちは先に準備を整えるんだ」

『はっ』

 

 瞑想から覚めた細愛の命令に、綿月姉妹は空白を挟む事なく応える。

 そして、一度頭を下げてから、背を向けて屋敷を出ていく。

 都久は、機を見計らって言う。

 

「地上の妖怪の動向を確認する役目を、本来担っていた八意思兼が裏切って数百年……」

 

 既に冷めきって、味の落ちた茶を置いて。

 数多の懸念を飲み込み、都久は続けた。

 

「彼女の後継者である綿月姉妹は、私たちの想像を遥かに超えた怪物となった」

「…………」

「地上の妖怪たちの侵攻も、彼女たちなら問題ないだろう」

 

 都久の呟きに、細愛は不服そうに、一度だけ眉を動かした。

 だが、それだけだった。

 都久は続けて。

 

「何より、彼女たちが成長したこの時に。愚かにもこうして、彼らの『本隊』が来た。……こんな絶好の機会を、みすみす見逃す訳にはいかないだろう」

「…………」

 

 ()()()の追放から、今に至る千数年間。

 どのような原理かは知らないが、地上と月を。そして月の『表』と『裏』の垣根を飛び越え、彼らはしつこくやって来た。

 結界によって、本来は分け隔てられている筈の月の都に、一体どうやって、こちらの干渉と妨害を跳ね除け、妖怪たちは侵入してきたのか。

 その答えと、そして忌々しい彼らの侵略行為に、ようやく終止符を打てる時が来たのだ。

 ならば、こちらも注げる戦力は全て注ぐべきだと、そう判断する。

 

「今回は、貴方が直に迎撃部隊を率いて下さい」

「――ああ」

 

 細愛は兜を手に取り、厳然たる態度で。

 

「月の都には、一片たりとも"穢れ"を入れさせはしない……!」

 

 そう言って、立ち去っていく。

 その一瞬。前と後で、都久は細愛が身に纏う気配を変えたのを、見逃すことはなかった。

 それが意味することは、決して依姫程ではなかったとしても。

 ――彼もまた、成長を続けているという事。

 

「フッ……勝ち戦とやらも悪くはない」

 

 都久は笑う。

 ――月の『最強』が三人動く。

 それによる約束された勝利に、年甲斐もなく心が浮き足立つのを自覚して。




妖怪たち「多勢に無勢だいっけぇ」
ゆかりん「月軍を存分に利用してやるぜブヘヘヘへ」
月人たち「殺す……」
綿月姉妹「殺す……」

 ゆかりんの明日はいかに。


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