【本編完結】諏訪子様になった、負け戦を回避したい 作:洩矢廻戦
『境界』を通り、彼らはいとも簡単に、月の『裏』に辿り着いた。
満月の時とは。それ即ち、月の魔力が最も満ちる時であり。
本来、月が光と同時に放つ魔力と言うものは、等しく地上に降り注ぎ。妖怪たちが最も強靭に、より狂暴に変異する。
そんな、ひと月の限られた一夜にのみ、月光がもたらす理性を侵食する程の全能感。それに、まるで冷水を浴びせるかのように。
その場所は。――『月の都』は、前方で彼らを待ち構えていた。
「ここが、月……」
一人の鬼が、目前の『標的』に向かって思わず呟いた。
不規則な形をした建物。と表現した方が良い。というより、それ以外の表現ができないものが、そこにはあった。
鬼にとっての当たり前。
かつて、彼らが山に籠る前に見た光景。――『人間』が住んでいる『屋敷』とは、
だが、目の前に広がる光景は。月に住む人間――『月人』が住んでいる『屋敷』は、あれとは違う。全てが異質だった。
その違和感は、思わず呟いた鬼だけでなく。その背後に佇む天狗や、その他大勢の妖怪たちの総意でもあり。
そして、言い表せぬ『何か』を感じさせるそれに、漠然とした警戒心を抱いてしまう。
「あれが…家なのか……?」
不規則な形をした『屋敷』らしきものは、地上のように木材で造られていなかった。
だが、その材質は石でもないし、外から入って来たとされる、煉瓦と呼ばれるものでもない。
純白。皴の一つも、汚れの一つも付着していない、見たことの無い素材で作られた、真っ白な壁。
地上のとは違い、その『屋敷』の屋根に傾斜はついておらず。更には歪な四角形がいくつも重なって形作られた、奇妙な造形だった。
「地上と全然違うじゃねェか……」
今度は、別の鬼がそう呟く。
一人が口を開けば、それで火がついたかのように、次々と彼らは騒ぎだす。
元々、彼らに統率という概念は存在せず、この場に集まったのも全て、たった一つの『行動』の為。
一人の声を皮切りに、あっという間にその『熱』は、伝染する。
そうして、一気に熱狂の中心に立ったのは、鬼たちであった。
「はっ!いい暮らししてるみてぇじゃねぇか!奪いがいがあるぜ!」
「とりあえず!俺ァ人間を腹いっぱい食う!月にいようが関係ねぇ!好きなだけ殺すぞ!」
「勝負はどうする?殺した人間の数でいいか?」
「とっとと行こうぜ!オラもう我慢出来ねぇ……!」
「俺も!」
「俺も!!」
「女は連れ去れ!男は殺せ!」
悪しき欲望を垂れ流し、妖怪たちは盛り上がる。
ある妖怪は、ただ己の怪力を振るう機会を。
ある妖怪は、己の腹を満たす為に。いくらでも殺して良いと謳われた、月の人間を喰らう為。
またある妖怪は、この戦に便乗することで、己が妖怪種族の力強さを、他の勢力に見せつける為に。
基本。そんな悪しき欲望を口から垂れ流しているのは鬼であったが、口に出していないだけで。実際はそれ以外の妖怪、特に天狗も、望む『行動』は鬼と同じく、一つであった。
――力を振るいたい。
――自身より遥かに力の劣る、人間を甚振って楽しみたい。
――自分たちの力を、この戦いで思う存分見せつけたい。
この『月面戦争』に呼ばれた妖怪の九割は、実際それしか考えていなかった。
鬼は月の都を眺め。
「にしても、何で直接『向こう』に行けねぇんだ?」
そうのんびりと呟いた。
これは『戦争』で、特に自分たちのような、ただ力の限り暴れるしかできない鬼を呼んでいる時点で、この戦いに小賢しい
普通なら、予め敵陣の寸前で準備を整え、合図と共に一気に攻める――となるだろうが。この戦いには、鬼や天狗、更には種族名すら定められていない、低級~中級の妖怪が、節操なく大量に集められているのだ。
先ほどの、あの鬼一同の盛り上がりを見れば分かる通り。この場にいる妖怪に、まともな統率なんてものは存在しない。
そんな中、始まる『戦争』とは正に
「――月の都は防御結界に包まれていて、直接中に入ることはできないようね」
いつの間にか。
鬼たちの前に、その妖怪たちはいた。
その背中の一つには、自分たちが『山の四天王』と畏怖し、敬う絶対的強者たる、伊吹萃香と星熊勇儀があった。
だが、鬼の耳に入った声の主は、それではない。
耳に入ったのは。この戦いの首謀者、妖怪の『賢者』八雲紫と。
「破り方を探すには、少し時間がいるわ」
「でも、どうやって?」
「防御結界の基本構成は『空性結界』と類似しているわ。その理論を転用すれば、結界のベクタパラメータの逆算も可能な筈よ」
「本当にできるの?」
「えぇ。後はそこに、結界を中和する設定を流し込むだけね」
その言葉に、鬼は息を吞んだ。
鬼は結界術について詳しくない。勿論『空性結界』や『浄界*1』、そして『
単純明快に、彼のような下位の鬼には、基礎的な結界術の『才能』がないのだ。
ないからこそ、先ほど聞こえた『才能』がある者の言葉が信じられなかった。
結界術とは、書き換える前の現実を『知り尽くす』事で。それも月と言う、地上とは隔離された別次元での実行とは決して、一朝一夕でできるものではない。
悠久の『時間』が与えられようと、莫大な『経験値』が精神に蓄積されていようと関係ない。
生き物は必ず死ぬ、上から落とした果実は下に落ちる。
1+1は2となる。そんな世界に存在する、当たり前の『
目に光は入るし、息もできる。一見すると、月でのそれは端から端まで『地上』の感覚と全て同じに思える
だが、このスキマ妖怪は、『賢者』はそんな『違い』すら気にしない。
たった一つだけ。『時間がいる』という一点のみで、有象無象の妖怪たちの常識を破り捨てる。
「萃香」
「おう」
紫は月の都を見つめたまま。
「私があの防御結界を破るまでの間、あなたが指揮を執りなさい」
「……はいはい」
『山の四天王』伊吹萃香は気だるそうに言う。
彼女は他の鬼たちとは違い、この戦いを楽しみにしていないようだった。
「言っとくけど、これは『借り』だからな?」
「分かってるわよ」
「ならいい。それと、これとは別の話だ。――『あの話』も忘れんなよ」
「はぁ……強いて言うなら、この戦いには茨木童子も欲しかったけど」
「あいつにはあいつの生き方があるんだ」
珍しく、萃香は厳かな声で。
「言ったよな。『あいつを無理矢理呼ぶつもりなら、私たち二人は参加しない』ってな。それが『あの話』だ、二度も言わせるんじゃねぇぞ」
「……もう、分かってるわよ」
「干渉はなし。交渉もなしって決めただろ。――
「……はいはい」
――それが、伊吹萃香と八雲紫との間に結ばれた"縛り"なのだと、鬼は理解する。
今回の戦争とは。他の妖怪たちは純粋に、ただ暴れられる事実だけに目を向けていて、それによって『何を得られるか』に関しては、思考を放棄しているに近い。
鬼も例外ではなく、正確には『思考を放棄』していると言うよりも『考えても分からない』から、深く切り込むのをやめていた。
所詮、まだ『名無し』の鬼にとって、萃香と勇儀。加えて華扇という絶対的強者の心は、推し量れるものではない。
だが、彼女たち『山の四天王』は、今回の戦争で何を見据えたのだろうか?
鬼には、『賢者』たちの真意は分からない。
分からないから、分かれないからこそ、自分たちが『頭』として畏怖する、萃香たちを信じている。
「随分優しいのね」
優しい。
まるで、子供に物を教えるかのように。その言葉だけ誇張した言い方。それが妙に気に食わなかった。
萃香は答えない。
ただ、もうこれ以上の会話はいらないと、そう暗に告げるかのように。じっと月の都を見つめていた。
当然だが、その景色は変わっていない。
白ばかりの、荒廃した大地。それを萃香は見つめていた。
「……あなた達がいるだけで勝機は充分」
ぴしゃり。扇子を鳴らし。
「
「えぇ」
桃色髪の少女――西行寺幽々子もまた。萃香と同じく、白一面の荒廃した大地を見つめていた。
『冥界』の主となった、亡霊の少女。
彼女たちと同じ視界の先。そこに身を隠せるような障害物は一つもない。
月の大地。
多少の凹凸があるだけの、月の都を除いて、真っ平らに延々と続く月の地平線には。
月人の気配も、ましてやそれ以外の『何か』など、どこを見渡しても見つからない。
まだ、
そういう事だった。――と。
「月人に見つからないように――でしょ」
分かってる。と、そう続く筈だった一言。
だがその時、鬼には幽々子の声が、突然途切れてしまったかのように、錯覚した。
実際は違うのかもしれない。だが騒然とした妖怪たちのざわめきによって、その言葉は耳に入らなかった。
皆が前を見る。
そして、信じられないという気持ちを、抑えることができなかった。
そこには、間違いなく『何か』があった。
それらを操る、手に持つ。鎧を身に纏う人型の『何か』。
月人が、
「は?」
鬼の困惑する声。
それが終わる頃にはもう、その『何か』は倍になっていた。
ただ、白い大地がそこにあった筈だ。
月の都以外、多少の凹凸のみで、生命の気配はおろか、物質の一つもなかったのだ。
寸分の乱れなく整列し、こちらに武器のようなものを向けるもの。
月人と玉兎たち――その武装集団など、絶対にいなかった筈なのだ。
「……は?」
淡く光が煌めいて。
次には、更にその『何か』は倍になり。
また倍に、更に倍にと繰り返して。
「…………嘘だろ」
半年以上の準備を経て、地上の至る所から集めた妖怪の集団。
それの――少なくとも『十倍』の戦力が、目前で人影の海を作っていた。
戦争は始まった。
誰もが顔を喜色に染め上げ、下品な叫び声と共に突撃していくのを、紫は冷めた表情で見ていた。
「随分と早い行動ね」
その言葉が向けられるのは、月人たちが姿を見せた、あの謎の瞬間移動だった。
紫は、そんな得体の知れないものへの『恐怖』や、『警戒』よりも先に『不快』を感じ取った。
それは、ささやかな程度ではあるものの、自分の予想を裏切ったという事実。
そしてほんの僅かに感じ取った。先ほどの淡い光に宿る――自分と
「月の技術……でないことは、ある種の救いかしら?」
そうであれば、事態は『想定』を超える事になっていたが、これなら問題ない。
この感じ取った僅かな『不快』は、今から解消することにしよう。
右手を振るう。紫の意思に呼応するように、虚空に切れ目が生じ、そこに『スキマ』が生成される。
その最奥から感じ取れる、自身のに似た妖力の気配。
「藍」
「ここに」
『スキマ』から出てきたのは、九尾の狐だった。
だが紫にとってそれは、妖怪にとって『存在』の象徴にして力の一片に等しい『名』を、この世で唯一分け与えた存在。
「準備はいいかしら?」
「はい。既に"穢れ"の
「ならよし。ここからが正念場ね」
「それ以外にも。以前、山の四天王との会談で
藍は変わらぬ、恭順と敬服を込めた声で。
「例の覚妖怪の『読心』の理論を再計算しました。許可さえ頂ければ、この理論を転用して、紫様の能力であれの上位互換を作れるかと」
「へぇ?」
「その、少々お手数をおかけすることになりますが……」
その答えに、紫は満足する。
他ならぬ、この自分が施した世界最強の『式神』なのだ。当然不安など微塵も感じていなかったし、期待など常日頃から向けている。
だがいい意味で、今回はその期待を大きく裏切られる事となった。それが紫には喜ばしい事なのだ。
「相変わらず。痒い所に手が届くわね」
「……恐縮です(超うれしい)」
――これでこそ。
一動物としての括りを超えて、妖力を生成できるようになった存在が『妖狐』だ。
紫は確信する。今この時代、そして何より未来において、この『八雲藍』を超える『妖狐』は生まれないと。
妖怪に転じた狐というのは狸とは違い。『妖怪としての強さ』と『蓄積された経験の多さ』を尻尾の数によって決める。
だが重要なのは、その尻尾が増える条件。
狸の場合は、特に尻尾の数による優劣の概念は存在しない。
しかし、狐の場合は例外で。彼らは妖力と年月。そのどちらか片方が足りていない場合、尻尾の数は増えず、それを恥とする価値観が存在するのだ。
尻尾の数が意味する事。
それは妖力のみを誇り、まともに年月を重ねていないものか。それとも生きてきた年月のみで驕り、まともに修練を重ねていないもの。
妖怪としての威厳が足りない。そんな生き方をしたものの尻尾は決して増えない。つまり『妖狐』とはある意味最も、妖怪の中で容姿による格付けが簡単に済んでしまう種族であり。
その中の頂点に位置するのが。この『八雲藍』なのだ。
「あの妖怪たちは、すぐに実力差を知るでしょうね」
「はい」
月の技術を知るものは、ここには紫たちを除いて存在しない。
強いて言うなら、自分の身体を霧にして飛ばすことで、大陸全土を自由に旅することができ、更には月人との戦闘経験もある萃香だろうが。それでも、紫からすれば萃香の持つ情報はあまりにも『古すぎる』と、そう言わざるを得ない。
十年、二十年。
妖怪にとっては刹那のそれでも、人間にとっては、あまりにも膨大で。
更に、人間より優れた月人にとっては、もっと膨大な時である。
理不尽。としか言えないだろう。
地上の"穢れ"から逸脱し、文字通りの『悠久』を体現する月人の生き方は、地上とは全く違う。
今、地上に蔓延る仙人や、そして『天界』に住む天人といった、所詮『紛い物』であるそれらとは違い、月人たちは『今を生きている』のだから。
「理不尽なものね」
「……はい」
一度引き金を引けば、人間どころか妖怪ですら、十の命が一瞬で消える。
地上で使われている鉄とは大違いの、より純度を上げた、より硬く大きい鋼の塊が、まるで生き物のように動く。
それらは、月人が今日この日まで重ねた、紡いできた『歴史』の一欠けらなのだ。
最初から悠久の寿命を持つものと、悠久の寿命を得たものの違い。
前者はそれがスタートラインで、これからどう生きるか、どのようにして何を成すかを前提とする。
だが後者は、それが一つのゴールラインであると気づけずに、そこで停滞してしまう。
地上と月。両者の技術の発展速度に違いがあるのは、元よりある寿命の差もそうだが、一番はこの考え方だろう。
「にしても、壮観ねぇ」
紫の視線の先では、もう戦況は傾き始めていた。
威勢のいい声と、地響きのような進軍の足音は最初だけで。白い大地を力強く踏みしめ、猛々しい突進の全盛期は時間にして十秒。
しかし、引き金一つで命を消せる武器。それが標準装備されている月人にとっては、あまりにも長すぎる十秒。
妖怪は人間と違い、肉体が頑丈であるという一点から、単純な『力の顕示』の欲望が強い。
いかに策を弄して、最小限の手間と犠牲で勝つかよりも先に、いかに己の肉体一つ、実力一つで敵を倒すかに重きを置く傾向がある。
弱く、数の多さという一点で生き続ける『人間』。
それとの相性は、言うまでもない。
「クソッ!なんで人間如きがこんなっ――!」
「嫌だ!嫌だ嫌だ!俺はまだ女の一つも食ってな――!」
「このクソ人間が――ッ!?」
消えていく。
抵抗虚しく。妖怪たちは一瞬で、まるで虫が潰されるかのように、消えていく。
「やっぱり。誰も月人に傷一つ与えられてないわね」
視界に映るのは、哀れな敗者の姿だ。
戦いとは、単純な力勝負こそが至高である。
罠は嵌まってから、その後どうするか考える。
そう、愚直な考えしか持てない妖怪たちにとって、月人の戦い方とは、妖怪たちが望む戦いからは、あまりにも遠くかけ離れたものだった。
卑怯者。正々堂々戦えと、そう怒り叫ぶ者から順に、頭を銃で撃ち抜かれ、おまけにレーザーによる雨が降り注ぎ、残る肉体が蒸発した。
強いて言うなら、萃香と勇儀の二人だけは、月の兵器が通用しておらず。
月で作られた兵器の一つであろう、
「萃香と勇儀の参加を公開したのは正解ね」
『山の四天王』の、あの二人の
案の定。彼女たちが『月面戦争』に参戦するとの噂が広まった瞬間、この戦いの参加者は、以前の倍近くに増えたのだから。それの凄まじさは言うまでもない。
「藍。緊急脱出用の『スキマ』の調子は?」
「問題ありません。伊吹萃香と星熊勇儀、両者との繋がりは今もあります」
「ならいいわ」
間引くべきは、未来を見据える力のない愚か者のみ。
賢く、未来を見据える力を持った、あの二人は『幻想郷』に欲しい。
生き残るべき妖怪の選別。これを施し、更には存在を知っているものは、藍と幽々子以外には誰もいない。
地上ではもう、あらゆる恐怖が薄れている。
このまま何もしなければ、次第に『妖怪』の根幹は大きく揺れ、忘却の滅びはより加速していくと、そんな事も理解していない、哀れな妖怪たち。
月に転移して最初、思考を放棄して暴れる事しか頭になかった、愚かな妖怪たちが滅びていく。
見ているだけで神経が苛立つ、あの下劣な存在が一方的に殺される。そんな事実に、ほんの少し悦楽を覚えつつ。
――全ては、紫の思い通りに進んでいく。
「これなら、天人からも何人か連れてきた方が良かったかしら?」
紫の脳内を過ぎったのは。
あの、愚かで鼻につく、六道の隅に居座る『天人』であった。
「しかし紫様、彼らは今……」
藍はおずおずと。
「分かってるわよ。
「……そうですね」
現在、天界は『ある事件』によって、今も混乱の最中。
天人を視界に入れるだけで、ある種の不快感を覚える紫は、それ以上詳しく知ろうとは思わなかったので、それ以上の情報は知らなかった。
だが一つ言えるのは、どうせろくでもない事か、自業自得な何かがあった。という事だろう。
紫は扇子を開き、再び手を振るう。
背後に、今度は今までで一番大きい『スキマ』が形成された。
例え、同系統の『異能』であっても、
赤く、黒く塗り潰された空隙が、そこにもう一つの変化をもたらす。
「今のうちに地上との通路を調整しましょう。藍、補助をお願い」
「分かりました」
紫の『スキマ』と、藍の秘術が融合する。
そうして、最初に展開された『スキマ』から、まるで生まれ落ちるように出てきたのは、巨大な門であった。
摩多羅隠岐奈が操る『
「先ほどから薄っすらとだけど、月から私に直接干渉しようとする動きを感じる。このままだと……撤退用の『スキマ』を消されるのも時間の問題ね」
「では、
懸念を滲ませる藍の呟きに、紫は笑って。
「いいえ、ないわ。だってこれは『スキマ』の力と隠岐奈の力を借りて、門という『物質』に閉じ込めた――」
「クソッ!やってられるか……!」
紫の返答を遮るように、男の声が聞こえた。
振り返り、藍はあぁ。と、納得した。
腕を失い、身体を自分の血で濡らした哀れな敗者。鬼の一匹だった。
「おいスキマ妖怪!ここを通れば!地上に帰れるんだな!?」
「あらあら、確かにそうだけど……」
――お前を返すつもりはない。
その言葉を胸中に、紫はこっそり、撤退用の『スキマ』の座標を、戦場のど真ん中に再設定した。
つまり、彼が門を潜れば最後、彼は再び戦場に逆戻り。
だが。死にたくない。と、それを一心に思う鬼には、紫の笑みに宿る真意を見抜けない。
見抜けないから、紫の身体を押しのけ、必死に。
「どけっ!俺は帰る!帰って村の人間を殺し――」
鬼が力任せに、焦りながら門を殴り、門を開けようと試行錯誤する。
そうしてようやく、今まで焦りから見えていなかった、門にかけられていた閂を確認し、それを外そうと手を伸ばした時。
――紫は瞠目する。
音は、なかった。
『何か』が『飛び出して来た』と、描写することは不可能。
一瞬前には、何の変哲もなかった門。
だが一瞬後には、そこから伸びた銀色に光る
鬼が、痛みに喘ぐよりも先、刀身から一層強い光が発せられ。
そして、鬼の肉体は一瞬で蒸発した。
飛び出した刀身は、返り血に濡れたまま、上へ動いた。
そうして、鬼の強靭な肉体すら貫いた筈の刀身は、そのまま門の閂を捉え、裂傷一つ刻むことなく持ち上げる。
――真の達人は、斬るものと斬らないものを選別できる。そんな言葉が、紫たちの脳裏を過ぎった。
閂は外され、門はギィ……と、重い音と共に開かれる。
「穢なき地上の妖怪たち」
『門を開ける』、『閂を外す』。
そんな、日常的な動作にすら『刀』が入り込む『異質』を纏って。
その者は、姿を見せる。
「あなた達の目的は何かしら?」
綿月依姫、参戦――。
もはや、敵なし。
元ネタは北野武監督、ビートたけし主演の映画『座頭市』(2003)。
本作の閂を刀で押し上げるワンシーンもこの作品が元となっている。
ちなみに、現在連載中のジャンプ漫画『SAKAMOTO DAYS』に出てくる篁さんが刀を使いドアノブを捻るシーンは、このたけし版『座頭市』をオマージュしているなんて噂も。
お気に入り、感想、評価をいただけると色々頑張れます(誤字報告いつも助かってます)。
投稿時間は何時がいいか
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