【本編完結】諏訪子様になった、負け戦を回避したい   作:洩矢廻戦

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???「月の都だ、月軍が目の前にいる」


131話.第一次月面戦争②もはや、敵なし。

 『境界』を通り、彼らはいとも簡単に、月の『裏』に辿り着いた。

 満月の時とは。それ即ち、月の魔力が最も満ちる時であり。

 本来、月が光と同時に放つ魔力と言うものは、等しく地上に降り注ぎ。妖怪たちが最も強靭に、より狂暴に変異する。

 そんな、ひと月の限られた一夜にのみ、月光がもたらす理性を侵食する程の全能感。それに、まるで冷水を浴びせるかのように。

 その場所は。――『月の都』は、前方で彼らを待ち構えていた。

 

「ここが、月……」

 

 一人の鬼が、目前の『標的』に向かって思わず呟いた。

 不規則な形をした建物。と表現した方が良い。というより、それ以外の表現ができないものが、そこにはあった。

 鬼にとっての当たり前。

 かつて、彼らが山に籠る前に見た光景。――『人間』が住んでいる『屋敷』とは、築地塀(ついじべい)によって空間を仕切ったものだった。

 だが、目の前に広がる光景は。月に住む人間――『月人』が住んでいる『屋敷』は、あれとは違う。全てが異質だった。

 その違和感は、思わず呟いた鬼だけでなく。その背後に佇む天狗や、その他大勢の妖怪たちの総意でもあり。

 そして、言い表せぬ『何か』を感じさせるそれに、漠然とした警戒心を抱いてしまう。

 

「あれが…家なのか……?」

 

 不規則な形をした『屋敷』らしきものは、地上のように木材で造られていなかった。

 だが、その材質は石でもないし、外から入って来たとされる、煉瓦と呼ばれるものでもない。

 純白。皴の一つも、汚れの一つも付着していない、見たことの無い素材で作られた、真っ白な壁。

 地上のとは違い、その『屋敷』の屋根に傾斜はついておらず。更には歪な四角形がいくつも重なって形作られた、奇妙な造形だった。

 

「地上と全然違うじゃねェか……」

 

 今度は、別の鬼がそう呟く。

 一人が口を開けば、それで火がついたかのように、次々と彼らは騒ぎだす。

 元々、彼らに統率という概念は存在せず、この場に集まったのも全て、たった一つの『行動』の為。

 一人の声を皮切りに、あっという間にその『熱』は、伝染する。

 そうして、一気に熱狂の中心に立ったのは、鬼たちであった。

 

「はっ!いい暮らししてるみてぇじゃねぇか!奪いがいがあるぜ!」

「とりあえず!俺ァ人間を腹いっぱい食う!月にいようが関係ねぇ!好きなだけ殺すぞ!」

「勝負はどうする?殺した人間の数でいいか?」

「とっとと行こうぜ!オラもう我慢出来ねぇ……!」

「俺も!」

「俺も!!」

「女は連れ去れ!男は殺せ!」

 

 悪しき欲望を垂れ流し、妖怪たちは盛り上がる。

 ある妖怪は、ただ己の怪力を振るう機会を。

 ある妖怪は、己の腹を満たす為に。いくらでも殺して良いと謳われた、月の人間を喰らう為。

 またある妖怪は、この戦に便乗することで、己が妖怪種族の力強さを、他の勢力に見せつける為に。

 基本。そんな悪しき欲望を口から垂れ流しているのは鬼であったが、口に出していないだけで。実際はそれ以外の妖怪、特に天狗も、望む『行動』は鬼と同じく、一つであった。

 

 ――力を振るいたい。

 ――自身より遥かに力の劣る、人間を甚振って楽しみたい。

 ――自分たちの力を、この戦いで思う存分見せつけたい。

 

 この『月面戦争』に呼ばれた妖怪の九割は、実際それしか考えていなかった。

 鬼は月の都を眺め。

 

「にしても、何で直接『向こう』に行けねぇんだ?」

 

 そうのんびりと呟いた。

 これは『戦争』で、特に自分たちのような、ただ力の限り暴れるしかできない鬼を呼んでいる時点で、この戦いに小賢しい条件(やり方)はないと睨んでいる。

 普通なら、予め敵陣の寸前で準備を整え、合図と共に一気に攻める――となるだろうが。この戦いには、鬼や天狗、更には種族名すら定められていない、低級~中級の妖怪が、節操なく大量に集められているのだ。

 先ほどの、あの鬼一同の盛り上がりを見れば分かる通り。この場にいる妖怪に、まともな統率なんてものは存在しない。

 そんな中、始まる『戦争』とは正に混戦(カオス)。――だがそれこそ、あの妖怪の『賢者』が求めるものではないのか?と、疑問を抱いた時。

 

「――月の都は防御結界に包まれていて、直接中に入ることはできないようね」

 

 いつの間にか。

 鬼たちの前に、その妖怪たちはいた。

 その背中の一つには、自分たちが『山の四天王』と畏怖し、敬う絶対的強者たる、伊吹萃香と星熊勇儀があった。

 だが、鬼の耳に入った声の主は、それではない。

 耳に入ったのは。この戦いの首謀者、妖怪の『賢者』八雲紫と。

 ()()()()たる、()()()()()()だった。

 

「破り方を探すには、少し時間がいるわ」

「でも、どうやって?」

「防御結界の基本構成は『空性結界』と類似しているわ。その理論を転用すれば、結界のベクタパラメータの逆算も可能な筈よ」

「本当にできるの?」

「えぇ。後はそこに、結界を中和する設定を流し込むだけね」

 

 その言葉に、鬼は息を吞んだ。

 鬼は結界術について詳しくない。勿論『空性結界』や『浄界*1』、そして『梵界(ぼんかい)*2』といった、数ある結界の中でも上位に位置する代物が使える筈もなく。更にはそれより劣る『簡易領域』すらも使えない。

 単純明快に、彼のような下位の鬼には、基礎的な結界術の『才能』がないのだ。

 ないからこそ、先ほど聞こえた『才能』がある者の言葉が信じられなかった。

 結界術とは、書き換える前の現実を『知り尽くす』事で。それも月と言う、地上とは隔離された別次元での実行とは決して、一朝一夕でできるものではない。

 悠久の『時間』が与えられようと、莫大な『経験値』が精神に蓄積されていようと関係ない。

 生き物は必ず死ぬ、上から落とした果実は下に落ちる。

 1+1は2となる。そんな世界に存在する、当たり前の『法則(ルール)』そのものが、『地上』と『月』では勝手が違う。

 目に光は入るし、息もできる。一見すると、月でのそれは端から端まで『地上』の感覚と全て同じに思える()()で、実際『月』に働く法則とやらは、『地上』とは全く違うのだ。

 だが、このスキマ妖怪は、『賢者』はそんな『違い』すら気にしない。

 たった一つだけ。『時間がいる』という一点のみで、有象無象の妖怪たちの常識を破り捨てる。

 

「萃香」

「おう」

 

 紫は月の都を見つめたまま。

 

「私があの防御結界を破るまでの間、あなたが指揮を執りなさい」

「……はいはい」

 

 『山の四天王』伊吹萃香は気だるそうに言う。

 彼女は他の鬼たちとは違い、この戦いを楽しみにしていないようだった。

 

「言っとくけど、これは『借り』だからな?」

「分かってるわよ」

「ならいい。それと、これとは別の話だ。――『あの話』も忘れんなよ」

「はぁ……強いて言うなら、この戦いには茨木童子も欲しかったけど」

「あいつにはあいつの生き方があるんだ」

 

 珍しく、萃香は厳かな声で。

 

「言ったよな。『あいつを無理矢理呼ぶつもりなら、私たち二人は参加しない』ってな。それが『あの話』だ、二度も言わせるんじゃねぇぞ」

「……もう、分かってるわよ」

「干渉はなし。交渉もなしって決めただろ。――()()()()()()だ、いいな?」

「……はいはい」

 

 ――それが、伊吹萃香と八雲紫との間に結ばれた"縛り"なのだと、鬼は理解する。

 今回の戦争とは。他の妖怪たちは純粋に、ただ暴れられる事実だけに目を向けていて、それによって『何を得られるか』に関しては、思考を放棄しているに近い。

 鬼も例外ではなく、正確には『思考を放棄』していると言うよりも『考えても分からない』から、深く切り込むのをやめていた。

 所詮、まだ『名無し』の鬼にとって、萃香と勇儀。加えて華扇という絶対的強者の心は、推し量れるものではない。

 だが、彼女たち『山の四天王』は、今回の戦争で何を見据えたのだろうか?

 鬼には、『賢者』たちの真意は分からない。

 分からないから、分かれないからこそ、自分たちが『頭』として畏怖する、萃香たちを信じている。

 

「随分優しいのね」

 

 優しい。

 まるで、子供に物を教えるかのように。その言葉だけ誇張した言い方。それが妙に気に食わなかった。

 萃香は答えない。

 ただ、もうこれ以上の会話はいらないと、そう暗に告げるかのように。じっと月の都を見つめていた。

 当然だが、その景色は変わっていない。

 白ばかりの、荒廃した大地。それを萃香は見つめていた。

 

「……あなた達がいるだけで勝機は充分」

 

 ぴしゃり。扇子を鳴らし。

 

()()()。手はず通りに」

「えぇ」

 

 桃色髪の少女――西行寺幽々子もまた。萃香と同じく、白一面の荒廃した大地を見つめていた。

 『冥界』の主となった、亡霊の少女。

 彼女たちと同じ視界の先。そこに身を隠せるような障害物は一つもない。

 月の大地。

 多少の凹凸があるだけの、月の都を除いて、真っ平らに延々と続く月の地平線には。

 月人の気配も、ましてやそれ以外の『何か』など、どこを見渡しても見つからない。

 まだ、()()は動いていない。

 そういう事だった。――と。

 

「月人に見つからないように――でしょ」

 

 分かってる。と、そう続く筈だった一言。

 だがその時、鬼には幽々子の声が、突然途切れてしまったかのように、錯覚した。

 実際は違うのかもしれない。だが騒然とした妖怪たちのざわめきによって、その言葉は耳に入らなかった。

 皆が前を見る。

 そして、信じられないという気持ちを、抑えることができなかった。

 

 そこには、間違いなく『何か』があった。

 

 白い巨人(ロボット)

 漆でも塗ったような棒状(最新型レーザー銃)

 それらを操る、手に持つ。鎧を身に纏う人型の『何か』。

 月人が、()()()()()()()()()

 

「は?」

 

 鬼の困惑する声。

 それが終わる頃にはもう、その『何か』は倍になっていた。

 ただ、白い大地がそこにあった筈だ。

 月の都以外、多少の凹凸のみで、生命の気配はおろか、物質の一つもなかったのだ。

 寸分の乱れなく整列し、こちらに武器のようなものを向けるもの。

 月人と玉兎たち――その武装集団など、絶対にいなかった筈なのだ。

 ()()()()()()()()()()

 

「……は?」

 

 淡く光が煌めいて。

 次には、更にその『何か』は倍になり。

 また倍に、更に倍にと繰り返して。

 

「…………嘘だろ」

 

 半年以上の準備を経て、地上の至る所から集めた妖怪の集団。

 それの――少なくとも『十倍』の戦力が、目前で人影の海を作っていた。

 

 

 

 


 

 

 

 

 戦争は始まった。

 誰もが顔を喜色に染め上げ、下品な叫び声と共に突撃していくのを、紫は冷めた表情で見ていた。

 

「随分と早い行動ね」

 

 その言葉が向けられるのは、月人たちが姿を見せた、あの謎の瞬間移動だった。

 紫は、そんな得体の知れないものへの『恐怖』や、『警戒』よりも先に『不快』を感じ取った。

 それは、ささやかな程度ではあるものの、自分の予想を裏切ったという事実。

 そしてほんの僅かに感じ取った。先ほどの淡い光に宿る――自分と()()()の『異能』の気配。それらを綯い交ぜにした感情だった。

 

「月の技術……でないことは、ある種の救いかしら?」

 

 そうであれば、事態は『想定』を超える事になっていたが、これなら問題ない。

 この感じ取った僅かな『不快』は、今から解消することにしよう。

 右手を振るう。紫の意思に呼応するように、虚空に切れ目が生じ、そこに『スキマ』が生成される。

 その最奥から感じ取れる、自身のに似た妖力の気配。

 ()()に施した完璧な『式』としての術式に、今一度自己満足すると、言葉を続けた。

 

「藍」

「ここに」

 

 『スキマ』から出てきたのは、九尾の狐だった。

 だが紫にとってそれは、妖怪にとって『存在』の象徴にして力の一片に等しい『名』を、この世で唯一分け与えた存在。

 ()()藍。と、そう名付けた己が式神。

 

「準備はいいかしら?」

「はい。既に"穢れ"の()()は終えております」

「ならよし。ここからが正念場ね」

「それ以外にも。以前、山の四天王との会談で()()()()()()ですが……」

 

 藍は変わらぬ、恭順と敬服を込めた声で。

 

「例の覚妖怪の『読心』の理論を再計算しました。許可さえ頂ければ、この理論を転用して、紫様の能力であれの上位互換を作れるかと」

「へぇ?」

「その、少々お手数をおかけすることになりますが……」

 

 その答えに、紫は満足する。

 他ならぬ、この自分が施した世界最強の『式神』なのだ。当然不安など微塵も感じていなかったし、期待など常日頃から向けている。

 だがいい意味で、今回はその期待を大きく裏切られる事となった。それが紫には喜ばしい事なのだ。

 

「相変わらず。痒い所に手が届くわね」

「……恐縮です(超うれしい)」

 

 ――これでこそ。

 一動物としての括りを超えて、妖力を生成できるようになった存在が『妖狐』だ。

 紫は確信する。今この時代、そして何より未来において、この『八雲藍』を超える『妖狐』は生まれないと。

 妖怪に転じた狐というのは狸とは違い。『妖怪としての強さ』と『蓄積された経験の多さ』を尻尾の数によって決める。

 だが重要なのは、その尻尾が増える条件。

 狸の場合は、特に尻尾の数による優劣の概念は存在しない。

 しかし、狐の場合は例外で。彼らは妖力と年月。そのどちらか片方が足りていない場合、尻尾の数は増えず、それを恥とする価値観が存在するのだ。

 尻尾の数が意味する事。

 それは妖力のみを誇り、まともに年月を重ねていないものか。それとも生きてきた年月のみで驕り、まともに修練を重ねていないもの。

 妖怪としての威厳が足りない。そんな生き方をしたものの尻尾は決して増えない。つまり『妖狐』とはある意味最も、妖怪の中で容姿による格付けが簡単に済んでしまう種族であり。

 その中の頂点に位置するのが。この『八雲藍』なのだ。

 

「あの妖怪たちは、すぐに実力差を知るでしょうね」

「はい」

 

 月の技術を知るものは、ここには紫たちを除いて存在しない。

 強いて言うなら、自分の身体を霧にして飛ばすことで、大陸全土を自由に旅することができ、更には月人との戦闘経験もある萃香だろうが。それでも、紫からすれば萃香の持つ情報はあまりにも『古すぎる』と、そう言わざるを得ない。

 十年、二十年。

 妖怪にとっては刹那のそれでも、人間にとっては、あまりにも膨大で。

 更に、人間より優れた月人にとっては、もっと膨大な時である。

 理不尽。としか言えないだろう。

 地上の"穢れ"から逸脱し、文字通りの『悠久』を体現する月人の生き方は、地上とは全く違う。

 今、地上に蔓延る仙人や、そして『天界』に住む天人といった、所詮『紛い物』であるそれらとは違い、月人たちは『今を生きている』のだから。

 

「理不尽なものね」

「……はい」

 

 一度引き金を引けば、人間どころか妖怪ですら、十の命が一瞬で消える。

 地上で使われている鉄とは大違いの、より純度を上げた、より硬く大きい鋼の塊が、まるで生き物のように動く。

 それらは、月人が今日この日まで重ねた、紡いできた『歴史』の一欠けらなのだ。

 最初から悠久の寿命を持つものと、悠久の寿命を得たものの違い。

 前者はそれがスタートラインで、これからどう生きるか、どのようにして何を成すかを前提とする。

 だが後者は、それが一つのゴールラインであると気づけずに、そこで停滞してしまう。

 地上と月。両者の技術の発展速度に違いがあるのは、元よりある寿命の差もそうだが、一番はこの考え方だろう。

 

「にしても、壮観ねぇ」

 

 紫の視線の先では、もう戦況は傾き始めていた。

 威勢のいい声と、地響きのような進軍の足音は最初だけで。白い大地を力強く踏みしめ、猛々しい突進の全盛期は時間にして十秒。

 しかし、引き金一つで命を消せる武器。それが標準装備されている月人にとっては、あまりにも長すぎる十秒。

 妖怪は人間と違い、肉体が頑丈であるという一点から、単純な『力の顕示』の欲望が強い。

 いかに策を弄して、最小限の手間と犠牲で勝つかよりも先に、いかに己の肉体一つ、実力一つで敵を倒すかに重きを置く傾向がある。

 弱く、数の多さという一点で生き続ける『人間』。

 それとの相性は、言うまでもない。

 

「クソッ!なんで人間如きがこんなっ――!」

「嫌だ!嫌だ嫌だ!俺はまだ女の一つも食ってな――!」

「このクソ人間が――ッ!?」

 

 消えていく。

 抵抗虚しく。妖怪たちは一瞬で、まるで虫が潰されるかのように、消えていく。

 

「やっぱり。誰も月人に傷一つ与えられてないわね」

 

 視界に映るのは、哀れな敗者の姿だ。

 戦いとは、単純な力勝負こそが至高である。

 罠は嵌まってから、その後どうするか考える。

 そう、愚直な考えしか持てない妖怪たちにとって、月人の戦い方とは、妖怪たちが望む戦いからは、あまりにも遠くかけ離れたものだった。

 卑怯者。正々堂々戦えと、そう怒り叫ぶ者から順に、頭を銃で撃ち抜かれ、おまけにレーザーによる雨が降り注ぎ、残る肉体が蒸発した。

 強いて言うなら、萃香と勇儀の二人だけは、月の兵器が通用しておらず。

 月で作られた兵器の一つであろう、白い巨人(ロボット)相手に怒涛の戦いを繰り広げていた。

 

「萃香と勇儀の参加を公開したのは正解ね」

 

 『山の四天王』の、あの二人の知名度(ネームバリュー)は凄まじい。

 案の定。彼女たちが『月面戦争』に参戦するとの噂が広まった瞬間、この戦いの参加者は、以前の倍近くに増えたのだから。それの凄まじさは言うまでもない。

 

「藍。緊急脱出用の『スキマ』の調子は?」

「問題ありません。伊吹萃香と星熊勇儀、両者との繋がりは今もあります」

「ならいいわ」

 

 間引くべきは、未来を見据える力のない愚か者のみ。

 賢く、未来を見据える力を持った、あの二人は『幻想郷』に欲しい。

 生き残るべき妖怪の選別。これを施し、更には存在を知っているものは、藍と幽々子以外には誰もいない。

 地上ではもう、あらゆる恐怖が薄れている。

 このまま何もしなければ、次第に『妖怪』の根幹は大きく揺れ、忘却の滅びはより加速していくと、そんな事も理解していない、哀れな妖怪たち。

 月に転移して最初、思考を放棄して暴れる事しか頭になかった、愚かな妖怪たちが滅びていく。

 見ているだけで神経が苛立つ、あの下劣な存在が一方的に殺される。そんな事実に、ほんの少し悦楽を覚えつつ。

 ――全ては、紫の思い通りに進んでいく。

 

「これなら、天人からも何人か連れてきた方が良かったかしら?」

 

 紫の脳内を過ぎったのは。

 あの、愚かで鼻につく、六道の隅に居座る『天人』であった。

 

「しかし紫様、彼らは今……」

 

 藍はおずおずと。

 

「分かってるわよ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「……そうですね」

 

 現在、天界は『ある事件』によって、今も混乱の最中。

 天人を視界に入れるだけで、ある種の不快感を覚える紫は、それ以上詳しく知ろうとは思わなかったので、それ以上の情報は知らなかった。

 だが一つ言えるのは、どうせろくでもない事か、自業自得な何かがあった。という事だろう。

 紫は扇子を開き、再び手を振るう。

 背後に、今度は今までで一番大きい『スキマ』が形成された。

 例え、同系統の『異能』であっても、()()()()()()()()()()()異次元の力。

 赤く、黒く塗り潰された空隙が、そこにもう一つの変化をもたらす。

 

「今のうちに地上との通路を調整しましょう。藍、補助をお願い」

「分かりました」

 

 紫の『スキマ』と、藍の秘術が融合する。

 そうして、最初に展開された『スキマ』から、まるで生まれ落ちるように出てきたのは、巨大な門であった。

 摩多羅隠岐奈が操る『(ポータル)』とも違う、大きな門そのものが、月の大地に根を下ろす。

 

「先ほどから薄っすらとだけど、月から私に直接干渉しようとする動きを感じる。このままだと……撤退用の『スキマ』を消されるのも時間の問題ね」

「では、()()も……?」

 

 懸念を滲ませる藍の呟きに、紫は笑って。

 

「いいえ、ないわ。だってこれは『スキマ』の力と隠岐奈の力を借りて、門という『物質』に閉じ込めた――」

「クソッ!やってられるか……!」

 

 紫の返答を遮るように、男の声が聞こえた。

 振り返り、藍はあぁ。と、納得した。

 腕を失い、身体を自分の血で濡らした哀れな敗者。鬼の一匹だった。

 

「おいスキマ妖怪!ここを通れば!地上に帰れるんだな!?」

「あらあら、確かにそうだけど……」

 

 ――お前を返すつもりはない。

 その言葉を胸中に、紫はこっそり、撤退用の『スキマ』の座標を、戦場のど真ん中に再設定した。

 つまり、彼が門を潜れば最後、彼は再び戦場に逆戻り。

 だが。死にたくない。と、それを一心に思う鬼には、紫の笑みに宿る真意を見抜けない。

 見抜けないから、紫の身体を押しのけ、必死に。

 

「どけっ!俺は帰る!帰って村の人間を殺し――」

 

 鬼が力任せに、焦りながら門を殴り、門を開けようと試行錯誤する。

 そうしてようやく、今まで焦りから見えていなかった、門にかけられていた閂を確認し、それを外そうと手を伸ばした時。

 ――紫は瞠目する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 音は、なかった。

 『何か』が『飛び出して来た』と、描写することは不可能。

 

 一瞬前には、何の変哲もなかった門。

 だが一瞬後には、そこから伸びた銀色に光る()()が、鬼の心臓を穿っていた。

 

 鬼が、痛みに喘ぐよりも先、刀身から一層強い光が発せられ。

 そして、鬼の肉体は一瞬で蒸発した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 飛び出した刀身は、返り血に濡れたまま、上へ動いた。

 そうして、鬼の強靭な肉体すら貫いた筈の刀身は、そのまま門の閂を捉え、裂傷一つ刻むことなく持ち上げる。

 ――真の達人は、斬るものと斬らないものを選別できる。そんな言葉が、紫たちの脳裏を過ぎった。

 閂は外され、門はギィ……と、重い音と共に開かれる。

 

「穢なき地上の妖怪たち」

 

 『門を開ける』、『閂を外す』。

 そんな、日常的な動作にすら『刀』が入り込む『異質』を纏って。

 その者は、姿を見せる。

 

「あなた達の目的は何かしら?」

 

 綿月依姫、参戦――。

*1
より優れた結界

*2
浄界より優れた結界




 もはや、敵なし。
元ネタは北野武監督、ビートたけし主演の映画『座頭市』(2003)。
本作の閂を刀で押し上げるワンシーンもこの作品が元となっている。
ちなみに、現在連載中のジャンプ漫画『SAKAMOTO DAYS』に出てくる篁さんが刀を使いドアノブを捻るシーンは、このたけし版『座頭市』をオマージュしているなんて噂も。


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