【本編完結】諏訪子様になった、負け戦を回避したい   作:洩矢廻戦

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 半年ぶりに日間ランキングに入れてました、ありがとうございます(まさかの13位)。
 改めて、10評価の力ってホントに凄いんだなぁ……と。


132話.第一次月面戦争③問題児二人。

 白一面。しかし確かに広大な大地にある影は三つ。

 その二つの影には角が生えていて、しかしもう一つの影に角はない。

 角が生えた二つの影は、その一つの影を言葉なく見つめ、闘魂を滾らせていた。

 妖怪の頂点。最強種族が一つ――『鬼』。

 伊吹萃香と星熊勇儀が作る、影二つが、同時に動く。

 

「――――シッ!」

 

 言葉などなく、その必要性すらなく。

 速やかな戦いの決着を求めて、言語能力による対話を放棄した鬼二匹は、跳んだ。

 跳んで、足が地面から離れたその次にはもう。萃香の足は、角が生えていない影の首を刈る寸前にまで行動を終えていた。

 両者の距離は一〇メートル。

 人間が気合いを入れれば、約四歩で踏破可能な距離は、鬼にとってはもっと簡単。

 一〇メートルの距離を、一呼吸の隙すら与えずに縮める。攻撃するという一瞬。

 その一瞬を掻い潜り、人間が右手に持つ剣を振るう。その剣速は、萃香の身体能力による移動速度をも凌駕する、正に刹那の出来事だった。

 

「はあ――――ッ!」

「ぐぅ……!」

 

 続けて、勇儀の足が振り下ろされる。

 この間は、時間にして僅か二秒。

 轟音が鳴り響き、辺りが砂埃で埋め尽くされる。

 だが、その音に『手ごたえ』の感触はなかった。

 萃香の背筋に冷たいものが走るよりも先に、修羅場を潜った肉体が自動で動く。

 

「くっ……!?」

 

 咄嗟に両腕を組み、防御態勢に移ったのは狙ってではない。

 だが、その時に『密と疎を操る程度の能力』によって、肉体の硬度を底上げしたのにも関わらず、鋭い痛みが走った。

 堪える為の足場のない空中では、その衝撃を受け止めきる事など不可能。

 萃香は剣の刀身が腕の肉にめり込む、不愉快な感覚を鮮明に味わいながら、元居た場所へ飛ばされた。

 振り出しに戻る。

 

「チッ」

 

 萃香は身体を捻って着地する。

 腕を見れば、まるでそこが避雷針にでもなったかのように、萃香の斬りつけられた腕には、紫色の光が纏わりついている。

 そして、一筋の裂傷も――。

 

「鈍ったか?萃香」

「馬鹿言え。まだそんな歳じゃないっての」

 

 遅れて、隣に着地した勇儀にそう返す。

 確かに最近はここまで、自ら本気を出して身体を動かす機会などなかった。しかし『山の四天王』として築き上げた『強さ』が、そんな程度で鈍る筈がない。

 間違いなく能力(ちから)は使った。

 だが現にこうして、自分の身体には傷がついている。

 それが、どうにも気にかかる。

 

(『密』の硬化が解除された…どういう理屈だ……?)

 

 鬼の堅剛な肉体の内、人と変わらない心臓が鼓動を早める。

 戦いによる緊張感は当然として、しかし萃香はその緊張よりもむしろ、対面する謎への『不可解』の意味で鼓動を高めていた。

 腕には依然として、煙のように輪郭がはっきりとしていない、紫の光がある。

 そして、そこから中心に、()()()使()()()()()()()()()()

 

「それより勇儀。そっちこそ鈍ったんじゃないのか?」

「馬鹿言え、手加減のない全力の蹴りをぶち込んでやったっての。ちゃんと『怪力乱神』込みでね」

「んじゃやっぱり」

「あぁ。しっかりと効いてない」

 

 視線を下に向けると、やはり予想通りと言うべきか。

 勇儀の右足、そこから太ももにかけて萃香が先ほど喰らったのと同じ、謎の光が纏わりついていた。

 色もちゃんと、萃香と同じ紫色だ。

 萃香は腕の傷を舐め。

 

「ん。……多分こりゃ無効化って感じじゃないな、水の中で息止めてる時の感覚に近い。後は領域の押し合いに負けた時のやつ」

()()()()()()()()()()()()。ねぇ……面倒だ」

「あぁ面倒だ」

 

 だが。

 萃香と勇儀は笑う。

 

「でも、それだけだな」

「あぁ、それだけだ」

「――随分と余裕だな。地上の穢れ共」

 

 その時、声が響いた。

 砂埃の向こうから、それは忌々しそうに続けて言う。

 

「以前より月の大地を汚す貴様らの『本隊』。一体どのようなものかと警戒してみれば……」

 

 角の生えていない一つの影。

 二メートルはある巨大な体躯。

 それに見合う、赤い重厚な鎧を身に纏った、一人の男。

 砂埃という実体のないものをまるで、野菜でも切るかのような軽い所作で剣を振るい、砂埃を消し去った。

 『人間』――細愛親王は口の端を歪め。

 

「まるで期待外れで……いや、この場合は貴様らを過剰評価していたと己を恥ずべきだな。所詮は『穢れ』に過ぎんのだ、その事を失念していたかもしれぬ」

「にしては、ちゃんと()()()()みたいだけど?あれだけの数用意してさ」

「まさか」

 

 細愛は大して興味もなさそうに。

 

「これは『罰』だ」

 

 剣の切っ先を向けて、侮蔑の声色で言う。

 

「思い上がり、調子に乗った貴様たち地上の穢れに、これまで与えられた不愉快の分、生き地獄を見せてやる。四肢を斬り落としても足りぬ、生きたまま焼いたとしても足りぬ。貴様らの肉体から魂。全ての汚らわしい汚濁をこの世から完全に消すことで、我々は再び安眠の時を得るのだ」

「へいへい、嫌よ嫌よも好きのうちってか?」

「貴様らに慈悲など与えん。『万が一』も許さん。一片の憂いすら残さず完全に消し去る為に、こうして兵を集めただけだ。――それだけだ、思い上がるなよ」

「あっそ」

 

 萃香は気だるそうに返した。

 細愛の言い分からして、月の都に攻め入ろうとした妖怪とやらは今回だけでなく、以前から存在していた事は分かる。

 分かるが、それだけだ。むしろそれ以上に、どんな感情を抱けばいいのか分からないというのが事実。

 実際、勇儀も隣で心底どうでも良さそうに、小指で耳をほじっている。

 

「見れば分かる。貴様ら以外の戦力とやらは、我ら月軍のそれより遥かに劣るものだ」

 

 否定はしない。

 実際月の兵器を相手にして()()()()()()()()妖怪は、萃香と勇儀を除いて誰もいない。

 引き金一つ、取り出した札の一枚、そのどれもが妖怪にとっては致命傷でありながら。しかし月人たちからすればそれは、ただの通常攻撃の一つに過ぎないのだ。

 現に今も、数多の妖怪が月人の兵器の前に手も足も出せていない。

 肉と臓物を飛び散らせ、木の葉同然に宙を舞っている。

 侮蔑。

 

「だがまさか……我も玉兎が乗った『バラバルジュラ』で圧勝できる程に、貴様らが弱いとは思っていなかったがな」

「ばらばる……?それ、あのでっかい巨人のことか?随分と洒落た名前じゃないか」

「『巨人』か。――地上の知識は()()()()なのだな」

 

 搭乗型の決戦兵器。

 ――それが地上で実用化されるのは、数千か数万年が経ってからのこと。

 

「やはり話にならんな」

 

 細愛のそれは、今まで以上の嘲りの声で。

 

「いやむしろ、これ以上我を際限なく失望させ続けるとは……ある意味で誇るべきだろう。穢れには分相応の評価だ」

「おいおい。もう勝ったつもりなのかい?まだお前は私たち片方の誰も殺せてないぞ?」

「そーだそーだ」

 

 萃香の言葉が終わり次第に、勇儀が適当な語彙で口を挟んできた。

 再び、発言権は萃香に戻る。

 

「舌戦も悪くないが、いい加減こっちは身体が鈍って仕方ないんだ。……早く続きを始めようか?」

「……――」

 

 沈黙。

 『人間』は萃香の言葉に、ほんの僅かに眉を動かし、そして。

 

「……くだらぬ」

 

 呟く。

 その声は、先ほどから変わらぬ嘲りの声。

 しかし、先ほどとは違いその瞳にはもう――侮蔑の光すらも失せていた。

 

「戦い?殺し合い?面白くないことを言う。我ら人間と、貴様ら穢れの価値観は違う。――貴様らは足元を這う虫を潰すことを、ご丁寧に『勝負事』とでも言うのか?」

「……虫扱いとはいい度胸だ。んじゃお前にとって、私たちとの戦いは何だってのさ」

「俄然――」

 

 細愛は動かない。

 むしろ、まるで反撃も何も恐れていないように――剣を鞘に戻して。

 

()()調()()が済んだのなら、次にするべき事は一つしかない」

「……?」

 

 細愛の言葉に、萃香は形容し難い違和感を覚えた。

 人間同士の戦いにおいては、単純明快に『数』が勝率に直結するものだ。

 しかし、これが妖怪や『異能』に目覚めた人間といった、常人の枠組みから外れたものが混じった場合、その勝率を大きく引き上げるものは『質』に他ならない。

 確かに月の兵器とやらは恐ろしいし、実際に多くの妖怪が死に、今も敗走を続けている。

 有象無象の妖怪が相手なら、あの『バラバルジュラ』なる巨人で一捻りして、それで終わりだろう。

 だが、それでは()()()()()()()()のだ。

 『至った』者には、それだけでは敵わない。

 萃香も勇儀も、依然として切り札(領域展開)を温存したまま。

 そして、月人に限った場合。より()()()()()()()()()()()()()()()()――。

 だが何よりも。

 

「それにお前。未知への警戒心ってのが欠けてるんじゃないか?」

 

 それ以上の疑問。

 萃香がそれを問う背景。それは八雲紫の持つ『異能(程度の能力)』という切り札の存在が大きい。

 細愛は先ほど『本隊』と、そう言っていた。

 この『月面戦争』に対する違和感の内一つ、それは紫が月の都に『スキマ』を繋げる際、()()()()()()()()()()()()()

 紫が萃香を誘うよりも前。細愛ら『月人』の寿命や年齢の平均値を考えれば、それも数百年か数千年のレベルで、月に何十匹もの妖怪が訪れたであろう事が容易に想像できる。

 先ほど見せていた怒りも、正直納得する程だ。

 ()()()()()()()()

 今まで月の都を脅かして来たもの。それを()()()()()()()()()()()()()を、分かっているのか?と。

 ――この世界で唯一単体、八雲紫が操れる『スキマ』に勝てるのか?と。

 だが、細愛は間をあけず。

 

「――言っただろう」

 

 萃香の、旧友への無意識下での信頼を。

 勇儀が纏う、未だ不明瞭な趨勢(すうせい)への期待を。

 それら全てを切り裂く――刃物のような細愛の視線。

 まるで、萃香たちの『その後』を楽しみにするかのように、小さく笑って言った。

 

()()調()()()()()()とな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 辺りから音は消えていた。

 

「――――」

 

 萃香は慌てて辺りを見回した。

 景色は既に、夜の闇に沈んでいる。――だが、足元に広がる白一面の大地は変わっていない。

 悲鳴。怒号。

 妖怪たちの阿鼻叫喚の悲鳴はまるで、そんなものは最初からなかったかのように、現在進行形で静寂と虚無が続いている。

 最初、萃香は別の星にでも飛ばされたのかと、そう思った。

 しかし。大地の白に満天の星と、更には太陽の威光と星々の輝きが両立する、月の都の当たり前を見て、その予想を捨てる。

 ここは変わらず月のままだ。

 月でありながら、()()()()()()()()()()()()()()()

 

「萃香、こりゃあ……」

 

 振り返れば、勇儀の顔にはもう余裕はなく。

 代わりに、その瞳が見据えている――新たな刺客の影に。

 胸の奥から、絞り出すような声で言う。

 

「……ちと本気でやばいかもな」

 

 

 

 

 それは、あからさまな足音を鳴らしていた。

 急いでいるわけでもない。それは決して、足音を殺して気配を沈めようとしているのではない。

 最初から隠れる気も、自身の存在を隠す気すらもなく。

 殺意を滲ませる訳でも、先手必勝の暗殺を披露するつもりでもない。

 それは大胆かつ不敵、絶対的な自信の有り様。

 ――圧勝の確信を匂わせる『勝ち』そのもの。

 

 

 

 

「――Freeze」

 

 足音の主の言葉。

 それがどういう意味を持つ言葉なのかを、萃香たちが知る筈もない。

 足音は、萃香から一〇メートルほど離れた先で止まった。

 ごくりと、隣で勇儀が唾を飲み込む音が、萃香に聞こえる。

 頬が自然と吊り上がり。――それから、は。と、乾いた音を口端から零して、正面を見据えた。

 だが、その眼は微塵も笑っていない――いや、むしろ笑えない。

 

「多少時間はかかったけれど。――()()()()()()()()()使()()()()()()

 

 足音の正体は、青いサロペットスカートとお揃いの、青い革靴の底が奏でる音。

 萃香のように少女体形に内包された鬼の剛力のような気配もない。ただの『人間』の少女。

 柔らかく小さな身体には釣り合わない、鬼のような『実力者』としての風格。

 けれど少女の亜麻色の髪と金色の瞳という風貌、その美貌によって、さも当然と変換されていた。

 

「『月は穢れを持ち込まれるのを嫌う』――だから妖怪側は、月の都近くで戦えばいい。なんて」

 

 『月人』に対して唯一『妖怪』が持つ有利。

 穢れによる浄土の汚染を、改めて少女は口にする。

 それの意味は、一つだった。

 

「そう思っていたのでしょう?実際、先ほどの戦場では我先にと逃げ出す妖怪より、こちらに向かってくる妖怪の方が多かったから」

「……――まさか」

「何を……いえ、どうせ()()()()()()()()()()()()けど、残念だったわね。――もう()()()()()()()()()()()()()()()()。残りは消化試合よ」

 

 萃香は言葉が出ない。

 傍から見れば『理不尽』に分類される力である『疎と密』。

 それを宿す萃香ですら、疑う余地なく『理不尽』と断言できる力、八雲紫の『スキマ』の力を、この少女は『無効化』したというのか。

 

 『妨害』や『阻害』でもなく『無効化』。

 

 数多の同系統の能力者を相手にし、そして一度も負けたことがない紫を相手に。

 地上の誰もが届かなかった、異次元空間の極地に。

 

「レイセン、()()()()()()()()

『了解。システムチェックに移ります』

「そのままサポートをお願い」

 

 この少女は――上を行ったのだ。

 

「――『□×9(ボックスナイン)』」

 

 す、と虚空から無数の『+』と『-』の模様が描かれた正六面体が出現する。

 音も気配もない突然の変化。

 最初に月軍が姿を見せた時のと同じ、瞬間移動に近い謎の力。その原因こそ、彼女だった。

 彼女こそ、この数千に及ぶ月の兵力の根幹にして。

 ――戦争における『最強の群』そのもの。

 

「穢なき地上の妖怪ども」

 

 愕然に凍る『山の四天王』を相手に。

 触れればそれだけで、閃光が迸りそうな威圧感を纏い。

 

「ここからはもう。――お前たちは何もできないぞ」

 

 月の『最強』綿月豊姫の声で、言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 辺りに光源はない。

 見上げれば、そこにある筈の満天の星も、それと並列して輝く太陽もない。だというのに、視界は良好というちぐはぐな場所。

 そこは文字通りの『別次元』。

 『スキマ』の干渉すらままならない、『正体不明』の空間に紫たちはいた。

 声。

 

「『量子的に物事を見た時起こり得る事象は必ず起こる』……師の教えです」

 

 理屈よりも、身体が無意識に力を込めた。

 集中に沈み、身体に流れる血液の音を感じる程。

 直感、本能的に。――目前に立つ少女の『脅威』を理解する。

 

「『山』と『海』の繋がりは虚無ではなく『トンネル』だと解釈し。中断ではなく持続の要領で異次元間を繋ぐ。……あなた達には分からないでしょう?だからここから逃げられない」

 

 少女は襟の広い、半袖の白いシャツに、右肩にだけ紐のある赤いサロペットスカートに近い服装だった。

 服装と少女の肉体。その二つの要素だけを見れば、まぁ普通の範疇に収まるだろう。

 だが、普通の少女が持つには似つかわしくない無骨な日本刀が、彼女を『脅威』として飾り立てる。

 柄を含めれば、その全長はおよそ一メートル程で。

 素人目線でもそれなりの重量を秘めていると、紫には分かった。

 

「鬼も、天狗も駒の一つに過ぎないと言うのなら」

 

 だと言うのに、少女は緊張した様子を見せず。まるで世間話でもしているかのような気楽さで。

 その異質さが余計、留まることを知らない警戒心の後押しの要素となっていた。

 

「あなた達二人を倒してしまえば、残りは容易く済みそうです」

「……、…………」

 

 ある程度予想していたとはいえ、それでも背筋に冷たいものが走る。

 目の前の『脅威』に対する無意識の強ばりと、妖怪の『賢者』としての矜恃(プライド)が混ざり合った結果だ。

 その結果として、紫は動いて――否、動けていない。

 思わず、一歩後ろへ下がる醜態。それを晒すことなく立っているだけ。

 

「あなたなのでしょう?以前からずっと、月の都に妖怪を送り続けてきた元凶は」

 

 紫は答えない。

 時を遡ること数千年、いつか訪れる忘却の滅びから妖怪たちを守る為、辿り着いた一つの選択肢。それの足掛かりにか過ぎなかった筈の『月人』。

 ――戦争における『最強の個』綿月依姫は。

 

「率直に言って――」

 

 言葉を待たず、紫は能力を使った。

 依姫の死角から襲い掛かったのは、『スキマ』から放出された弾幕だった。

 空隙を裂いて生まれたそれと依姫との間の距離は、およそ一〇メートル。しかし紫がこの距離を設定した理由はあくまでも、『()()()()()()()()()()()()()()()()という一点のみで、不発の恐れはどこにもない。

 理屈ではないのだ。例え一〇メートルの距離があろうと、標的に弾幕が当たるまでのタイムラグはないに等しく、紫が生み出し、操作する単純な妖力による弾幕と、シンプルが故に強力な攻撃。

 一〇メートル離れていようと、それが炸裂するのは時間にして一秒もない。つまり可能性として一番避けるべき事態とは、無理に『スキマ』を形成する距離を縮めて、結果それの()()()()()()()()()()()()()()()()()

 『()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 紫の『当たり前』とはそれだった。

 それが今までの『最適』だったから、今回もその技を選択した。

 

 だが、消えた。

 

 シュンと、ほんの一瞬依姫の右腕が蜃気楼のように歪み、ブレた。

 その次にはもう、紫が放った弾幕は消えていて。やっと斬られた事に気づいた空気が、遅れて断絶の悲鳴を轟!とあげる。

 片目を閉じて、まるで近くを飛ぶ虫を払うように。

 依姫は、右手を刀の柄に触れたまま。

 

「……、っ」

「あなた達を下すのは、それ程難しくはありません」

 

 憎悪でもなく、ましてや蔑みでもない。ただの『声』を出した。

 チン、という刀が鞘に収まる音すらしない、正に神速の抜刀。

 たった一度の。『刀が削った空間の軌跡』はおろか、刀の残像すら捉えられない事実。

 紫は無言で。

 しかし、それでも紫は勝利の可能性を見据えたままだった。

 微笑み。

 

「――()()()()()()()()()()()()()()

 

 腕を振るう必要もなく、再び虚空に切れ目が生じた。

 紫の意思に呼応するように、新たに形成された、先ほどより二回りほど大きい『スキマ』から、弾幕が()()()()()

 先ほどのとは違い、速度はない。

 ノロノロと、まるで木の葉が上から落ちてきているかのような動き。

 依姫は最初、呆れよりもむしろ、哀れみの色が強いため息を吐いて。

 この期に及んで、()()()()()行動をする相手への――。

 

「何を意味の……」

 

 ――()()()()()()()()()()()()()()()()

 その時の依姫にはきっと、そんなノイズのような心の声が滑り込んで来たのだろう。

 

「――、ッ!?」

 

 反応は早く。()()()()()に気づいた途端、依姫は顔を険しくして跳躍した。

 再び右腕がブレる。

 また、轟!と空気が断絶されて悲鳴を上げた。

 着地し。その時にやはり、依姫のその直感は間違っていなかったのだと、目前の光景が証明する。

 それを斬り裂いた変化。

 依姫の刀には――『穢れ』が付着していた。

 

「あなた達月人は、穢れなきこの浄土に穢れを持ち込まれるのを極端に嫌う」

 

 紫は楽しそうに。

 

「生と死の境界を操作して抽出した特殊な弾幕よ。お気に召したかしら?」

「…………」

 

 依姫はつまらなさそうに、穢れで汚染された愛刀を見つめていた。

 

「ただ生物を殺す、死体を放置しておく事で生まれる穢れとは純度が違う。――放っておけば一瞬で月に寿命をもたらすわ。弾を一つ一つ潰さないと、月は地上と変わらなくなるかもね?」

「……」

「これであなたは、私の弾をしっかり斬らないといけなくなった」

「――」

「その上で、私たちと戦えるつもり?」

 

 それは『正々堂々』をこれから放棄するという宣言に近い。

 実力の差は未知数。依姫が持つ技とやらも不明瞭。

 だがそれらをひっくるめて尚、絶対的有利を保つ紫の秘策――。

 依姫は、何かを思案するかのように両目を閉じていて。

 暫く。

 

「――『伊豆能売(いづのめ)』よ。我が剣に宿り穢れを打ち消せ」

 

 刀を掲げると同時に、依姫の身体に神性の光が満ちる。

 両の目を開き、細めながら。

 やはり、憎悪も怒りもなく。

 

「結論は変わりません」

 

 音すら置き去りにした、神速の居合と共に。

 

「――あなた達を下すのは、それ程難しくはない……」

 

 ほんの小さな金属音。

 それは、今になってやっと聞こえた鞘に刀を納めた音――辺りの穢れが全て、既に祓われた事の証明。

 愕然に凍る妖怪の『賢者』と『九尾』を相手に。

 触れればそれだけで、肌が引き裂かれる殺傷能力を纏い。

 再び、鞘から刀を抜き。剥き出しとなった銀色の輝き――それに劣らない、絶対零度の強者の視線で。

 

「ここからはもう。――あなた達は何もできません」

 

 月の『最強』綿月依姫の声で、言った。




 バラバルジュラ
元ネタは芥見先生の読み切り漫画『二界梵骸バラバルジュラ』。

 □×9
元ネタは芥見先生の読み切り漫画『No.9』。


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