【本編完結】諏訪子様になった、負け戦を回避したい   作:洩矢廻戦

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 やっぱし怖いスね、ランキング効果は。


133話.第一次月面戦争④ただし最強。

 柄を含めて約一メートル。

 普通の少女であれば、まともに持ち上げる事すらもままならない重量を秘めているように見える。その刀。

 まるで、その辺で拾った木の枝でも扱っているかのような、そんな気楽な動作で。依姫は剥き出しとなった刀身の先をゆっくりと動かした。

 その動きはまるで『予告』のようにも思えた。

 紫は息を吞み、身体に力を籠める。

 依姫が腕を動かす。

 刀身が地面との距離を段々と離していく。

 肩が。

 腰を落とし。

 ――そして、()()()

 

「紫様ッ!」

 

 次の瞬間、耳をつんざく空気の爆発音。

 紫が手に持つ扇子を動かすよりも、吸った息を吐くよりも早く。刀が虚空を断絶する音が響く。

 目を離したつもりはない。

 紫と依姫の間には一〇メートルもの距離があった筈だ。

 なのに、藍の声と姿が同時に動いた時にはもう、銀色の処刑道具は紫の首に届いていた。

 ――藍が動けていなければ、今ので終わっていた。

 加えて恐ろしい事に、依姫が今()()宿()()()()()()()は戦闘に秀でた神ではないのだ。

 身体能力の増強、更には移動系の力でもないそれは――即ち依姫自身の実力の高さを裏付ける、残酷な現実の証明。

 抜刀速度、踏み込みに至る全てが、神を下ろした恩恵ではないということ。

 それ即ち。

 

「ッ――、……」

 

 ――依姫自身の強さ。

 一〇メートル先。既に刀を鞘に収めている依姫に疲労の色はない。

 それどころか、即座に小規模の結界を展開し、衝撃を受け止めた藍の腕は、その一撃の余韻で今も震えたまま。

 パリン、と遅れて結界が崩れる音が聞こえて。

 

「ぐっ……」

「ほう、中々」

 

 一〇メートル先で、声。

 

「いい反射です。そちらの方は少し()()()()()ようですね」

 

 既に依姫は紫のことは眼中になく。

 代わりに、一撃を防いでみせた藍の方に興味があるようだった。

 依姫の声に、よどみはない。

 むしろ、これくらい反応してもらわないと困る。そう暗に告げているかのような、冷たい声と視線。

 

「あれ程の純度の穢れを用意できたのは賞賛しましょう。そうでなければ――」

「……」

 

 紫は歯噛みする。

 わざわざ言葉に変換しなくとも、その後に来るであろう言葉と意味を、理解したのだから。

 

「もし、あなた達がただ生き物の死体を集めて放出するだけなら――禊祓(みそぎはらえ)を自動化し、その後()()()()()()()()()()()()でした」

「ッ――」

「『天照大御神(あまてらすおおみかみ)』は過剰でしょうか?それとも、あなた達ならそれも耐えられますか?()()()()()()()()

 

 月の『最強』として、依姫は問う。

 だがその言葉は、相手の答えなど最初から期待していないようで。

 実際、紫が口を開くよりも先に。

 

「私の能力は『神霊を呼ぶ』事ができる。本来であれば肉体に神を下ろし、それぞれの異能をこの身で再現する事が可能」

「……、――!」

「『伊豆能売』の本来の力は、()()()()()()()()()()()()。しかし先ほど言ったように、あの純度の穢れが相手だと自動化の出力では足りない。――故に伊豆能売を下ろすのではなく。刀に宿し、禊祓(みそぎはらえ)()()()()()()()()という"縛り"を科した」

 

 駄目押し、情報の開示。

 相手に『自身の手の内を晒す』という"縛り"が、それぞれの能力効果と、発動条件の緩和に繋がる。

 だが、恐るべきはその()()()()()

 依姫は問うた。『()()()()()()』と、『()()()()()()()()』と。

 推測してしまった。考察を始めてしまった。

 相手の能力と、その条件と現状を知ろうとする為に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()での、情報の開示。

 ――上手いと、敵ながらそう評価するしかない。

 隣に立つ藍も、既に自身の呼吸音すら殺して、次の攻撃を防ぐ為に目を血走らせている。

 

「情報の開示により、次からの一撃はもっと重く、より鋭くなった」

 

 ――勝てるか?

 紫は手に力を籠める。

 

「先ほどのように、結界で防ごうとしても無駄です。より効力を増した『伊豆能売』の力で、結界の術式回路を浄化する。――それを避けたければ、より強固な結界を用意するべきだと進言します」

 

 ――この月の『最強』を相手に。

 ただ滅びるだけの運命。――今ある魑魅魍魎の一部を切り捨ててでも、手にしたい『楽園』創造の夢。

 それの前に立ちはだかる、この大きすぎる壁を、越えられるのか?

 

「地上の妖怪に、ここから何ができますか?」

 

 ――紫は。

 

「…………そう、ね。むしろ――」

 

 紫は、むしろ笑った。

 どんどんどんどん、神性を宿した刀の輝きが増していって、刀身に触れた場所はおろか、依姫の身体の周囲にある穢れを祓っていく事を知っても。

 時間が経つ度に、切り札の弾幕が減っていく事を知っても尚、笑う。

 

 これは、自分たちが越えなければいけない壁。

 ようは、この『脅威』さえも越えて、真に守られるべき、聡い妖怪たちをまとめ上げて。

 

 そうすれば、自分自身の手で夢を叶えられるのだから。

 

「――楽しくなってきた」

 

 ()()()、紫は歓喜に震えて、笑った。

 

 

 

 


 

 

 

 

 ――『神霊を呼ぶことができる程度の能力』。

 依姫の肉体と魂、その両方に刻まれた力そのは、正に無限大の強さと言ってもいい。

 八百万の神々を『意味』の方ではなく、その『文字通り』に解釈し。八〇〇〇〇〇〇の神を自身の身体に下ろし、力を借りて使役する事ができる。

 本来巫女が行う神降ろし専用の『分社』や儀式といった『正式な手順』を省略し、タイムラグなしに神を『呼ぶ』事ができる。――八雲紫をも超えうる『理不尽』の力。

 

 しかし、違う。

 『綿月依姫』の強さの本質は、そこではない。

 

 生みの親である神すら殺す迦具土神(かぐつちのかみ)の力。

 怒りに触れたものを滅ぼす須佐之男命(すさのおのみこと)の力。

 それらは確かに恐ろしい『力』で。――しかしそれらの力は結局、現実で力を振るう為の『媒体』に過ぎない。

 

 剣を握り、空気を裂く。

 斬り、斬って、斬り伏せて。そしていつしか『境界(せかい)』に至る――底なしの向上心。

 

 神を下ろす力は、所詮は付加価値に過ぎず。

 真に恐ろしいのは――それらを自在に操り、そして意のままにする依姫なのだ。

 

 

 

 

 刀に宿した『伊豆能売』の力は今も作用し続けていて、穢れは順調に祓われている。

 当然、依姫に疲労はない。

 強いて言うなら、神を呼び出す際の霊力の消費がそれなのだろうが。だがあくまでも、神を呼ぶ行為自体は『程度の能力』による恩恵なのもあり、霊力の消費も自己補完の範疇で収まっている。

 つまり理論上、依姫は無限回に神を呼べるのだが。更に理不尽な事に、神の力を行使して力を消費するのは、あくまでも『呼び出した神』なのであって、依姫が力を振るっている訳ではない。

 穢れを祓う力が刀に宿ったからと言って。実際斬りはすれど、その穢れを直接祓っているのは刀に宿っている『伊豆能売』なのだから、当然と言えば当然なのだ。

 だからこそ、この持続力、燃費の差は戦いにおいて――致命的な一手だ。

 今も、この不安定な異次元の空間に別の異次元を――『スキマ』を開き続けている紫こそがいい例だ。

 体力が有り余って涼しい顔の依姫と対照的に、紫の顔には脂汗が滲んでいる。

 

(それでも…………)

 

 重ねて言うが、依姫に疲労はない。

 むしろ、今この場で最も疲労を溜め込んでいるのは、紫以外には誰もいないだろうと、そう確信すらしている。

 では、彼女の式である藍はどうか。

 紫ほどではないものの、その顔には確かな焦りがあり。更には右手を無意識に庇うような不自然な姿勢。

 依姫は先ほどの一撃で、藍の肉と骨両方に衝撃を打ち込む手ごたえを感じた。見たところ、その余韻が簡単には抜けていないのだろう。ならば藍もまだ全快とは言えない。

 

(この妖怪の力が、お姉様の力を超える可能性も考えないと……)

 

 相手の実力と自分の実力。その差を悟ったものにその後、訪れる変化は決まっている。

 一つはやけになり、勝負を諦めるもの。

 そしてもう一つは――今、目の前で優雅に笑う紫のように、それでも尚希望を諦めないもの。

 油断はしない。

 相手より自分が強いからと言って、相手が大人しく負けてくれるとは限らない。

 ――油断など、許されない。

 これは『戦争』で、目の前の妖怪は数千年に渡って、自分たち『月人』を脅かして来た穢れの張本人。

 不安で眠れない者もいた。

 日夜響く銃声と、妖怪の断末魔に怯える子供だっていた。

 だから――。

 

「――全力で潰す」

 

 集中に沈み、依姫の五感が研ぎ澄まされていく。

 静寂。一〇メートルも離れた相手の呼吸音すら聞き取れる程の、雑音が存在しない世界。

 戦いに必要な感覚以外、不必要な感覚は全てシャットアウト。

 体内を流れる血液の音。右手にじんわりと広がる柄の質感。

 それらが消え失せる、依姫の目から光が消える。

 見据えるのは――()()()()()()のみ。

 

 刹那の沈黙。

 呼吸すら忘れる程の、無意識の海に沈む境地。

 

 依姫ですらまだ、()()()使()()()()()()()()()()()

 しかし、それでも充分過ぎる程の圧倒的速度で、依姫は疾駆した。

 居合――。

 ()()()()()()()()()()()()――。

 

 

 

 

「――()()

 

 

 

 

 ヒュン、と刀が空振った。

 轟!と空気が断絶される音がして、風が渦を巻いた。

 まるで、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 八雲紫は、首を動かしてそこに立っていた。

 足元に『スキマ』を形成して、頭の座標をズラし、得意げに――手に持つ扇子を振るう。

 

「ッ――何……!」

 

 依姫の動揺。

 紫は、本当に楽しそうに口端を歪めてそれを聞く。

 

「やっと可愛らしい顔を見せたわね」

 

 その一方で、依姫は一層顔を険しくして、一歩後ろへ下がる。

 周囲の状況を見れば、今も絶え間なく供給される穢れの弾幕が、まるで雪のようにゆっくりと降っている。

 一瞬の放置すら許されない。ほんの数秒野ざらしにする、それだけで月に寿命をもたらす忌むべき力。

 だというのに。未だそれらの落下速度が緩やかで、依姫が余裕をもって打ち消せる程度で済んでいるのは、それを含めた"縛り"なのだろう。

 刀を振って、まずは自分の身体に纏わりつく穢れを打ち消し、次に周りを浄化する。

 だがその一瞬は――間違いなく隙そのもので。

 

「シィッ――!」

「っ……獣め――!」

 

 依姫は刀を水平に振るう。

 ガキン!と、今までの斬撃とは違う。重くけたたましい音が響いた。

 単純な妖力による身体強化と、それによる肉弾戦。

 しかしそれも、妖獣の中の頂点に位置する『九尾』が行った場合は話が違う。

 ミシリ。と、確かに感じた一撃の『重さ』を前に、依姫は躊躇なく身体に力を漲らせた。

 長期戦において、肉体の疲労とは決して無視できない『敗因』だ。

 だからこそ実力者は己の全力を。本気の動きを一〇〇と仮定した場合、それの八〇を動きの基準とする。

 ――それを捨てるとはつまり。

 

「いいでしょう。まずは」

 

 ――綿月依姫のボルテージが上がる。

 『月人』であろうと、その体組織は『人間』と同じ。

 その身に宿る神秘――『霊力』も含めて同一で、唯一の違いは寿命のみ。

 そんな『人間』を相手に――『九尾』が押される。

 ギ、ギギギ……と、互いの膂力が反発し合い、力の拮抗が始まった。

 そして、それはすぐに終わる。

 

「――あなたから」

 

 ガギン!と藍の身体が吹き飛ばされる。

 受け身を取るまでの、数秒と言う致命的すぎる隙を晒して。

 依姫は当然、その隙を狩ろうと動くが、まるでその機を狙ったかのように、周りに穢れの弾幕が降り注いだ。

 これを無視すれば、月は不可逆的な穢れに汚染される。

 

「チッ……!」

 

 依姫は舌打ちをした。

 一太刀、それも確実にそれを叩き込める絶好の機会を、八雲紫の秘策が邪魔をする。

 藍のいる方向とは逆に、依姫は加速して刀を振るった。

 穢れを祓った時にはもう、藍の隙はなくなっていた。

 それどころか、影も形もなく消えていた――。

 

「全く、厄介極まりない……!」

 

 ――もし、あなた達がただ生き物の死体を集めて放出するだけなら。

 ――禊祓(みそぎはらえ)を自動化し、その後()()()()()()()()()()()()でした。

 先ほど、依姫が口にしたその言葉は、間違いなく真実だった。

 

 『伊豆能売』以外が使えれば、ここまで苦戦することはなかった。

 

 『須佐之男命(祇園様の力)』でもいい、何なら『火雷神(ほのいかづちのかみ)』でも一瞬。

 禊祓のような『非戦闘用』の力ではなく、それら『戦闘用』の神を下ろせれば、依姫は既に勝っていた。

 だが、ここで『伊豆能売』の禊祓を放棄すれば。その時点で自分たち『月人』は負ける。

 月に寿命がもたらされる。

 それは単純な兵力のぶつかり合いと、それによる犠牲者数の優劣とは比べられない、最悪の可能性。

 

(九尾だけじゃない。あの『スキマ』の主の姿も、先ほどからどこにもない……)

 

 依姫は辺りを見回す。

 血を分けた姉妹。綿月豊姫が持つ『山と海を繋ぐ程度の能力』と、八雲紫の『境界を操る程度の能力』による、異次元空間の綱引き状態。

 『色』とも呼べない、形容し難い『歪み』で囲まれた空間のどこにも、あの妖怪の賢者の姿はない。

 どういう事だ?と、依姫は思考する。

 

(互いに『空間』の主導権争いが続けられているこの状況で、別の異次元に潜むのは自殺行為の筈。――いや、そうかそれを"縛り"にして……いや待て、まだ確定していない……焦るな……!)

 

 依姫の戦い方は今、純粋な剣技による近接戦に限られている。

 他の神々を下ろすことが許されない現状。当然だが()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 攻撃を当てる。

 近づく、斬る。それで本来なら終わる筈。

 たったそれだけが、今はこんなに遠い。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 

「……全く」

 

 何が『最強』か。

 目の前の妖怪一匹、斬り殺せる機会を奪われて。

 

 何が、月の都の『問題児』か。

 今もこうして、姉に助けられている最中だというのに。

 

 馬鹿馬鹿しいと思う。

 そう、自虐的な笑みを浮かべる依姫はしかし、それでも。

 

「――だからこそ」

 

 ()()()()()

 その瞳には、逆境を超える意思がある。

 今の戦いすらも。『成った』存在への足掛かりにする野望がある。

 呼吸音。

 身体の内側に流れる血液の音。

 全てが聞こえる、集中の海。

 

「ふぅ――」

 

 ――()()()()()()()

 ()()()()()()()()()()であると、言い聞かせる。

 

 過去、依姫がそれに『成った』のは、数回。

 だが既に、その身には経験が眠っている。

 

 技術こそ極めれど、圧倒的に不足していた戦闘経験の――『質』。

 有象無象の妖怪では得られない、至極の経験。

 磨き上げたセンス、そして全ての発想を元に。

 一つの、単発『型』を元に――()()()()に。

 

「――――ぁ」

 

 納刀と共に、鞘に霊力を限界まで込める。

 目指すは、抜刀と同時に爆ぜさせる事で辿り着く『最速』の――その先。

 だが、それだけでは足りない。

 ()()()()()――。

 

「――――――安

 

 集中の、思考の虚無の先に――。

 

 

 

 


 

 

 

 

 八雲紫は思い出す。

 今まで送り続けてきた捨て駒の妖怪たちが、死の間際に恐怖したものの正体。

 月が誇る最高戦力。それの片割れの妹が彼女であると。

 思い出す。

 あらゆる神々を下ろし、力を借りる異次元の存在。――でありながら、それ故に最も『月』の未来を背負った者である事も。

 穢れとは、生物が生み出す『当たり前』の概念。

 

 人が息を吸って吐くと、辺りの『二酸化炭素』が増えるように。

 植物が日の光を浴びることによって、二酸化炭素をグルコースのような『炭水化物』に変換するように。

 本来であれば、生物は生きるだけで『穢れ』を生む。

 

 この星が誕生した時は、まだそうではなかったと聞く。

 当然、生まれたばかりの生物は穢れに満ちていなかったし。生物が生きているだけで穢れを生み出すようになったのは、その後の話だ。

 神代の頃に起こった生存競争、今で言う月人。――最初の『人間』たちが怯え、恐れて妖怪が誕生し、地上はあっという間に汚れて行ったのが原因である。

 唯一、穢れが『当たり前』になる前に月に行ったからこそ、月人は穢れの概念がない。

 

 だからこそ、簡単に抑え込める。

 

 穢れの弾幕は、確かに穢れを嫌う月人には効く。しかしそれが最も効力を発揮するのは――()()()()()()()だ。

 極論、細愛や豊姫を相手に穢れの弾幕を放っても、絶望しながら抵抗するだけだ。

 何故なら、彼らには『穢れを祓う力』がなく、対処法が存在しないが故に、そこで行動が停止してしまう。

 しかし。――依姫のように、穢れに対する解決策を持った者は違う。

 見逃せる筈も、無視できる筈もない。――だから、戦いに集中できない。

 だからこそ――有利に戦える。

 その最たる例が。紫が()()()()()()()()()()()()()()()

 

『藍。この隙を狙いなさい』

『はっ』

 

 ――古明地さとりの『心を読む程度の能力』の恩恵。

 時は遡り、伊吹萃香と星熊勇儀の前に姿を見せた、『月面戦争』が始まる前。その時、紫はさとりの力(サードアイ)を借りることで、鬼に対して()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 読心能力の中でも上位の強さ。――とは言っても、所詮さとりは矮小な覚妖怪。彼女の力だけでは限界があったからこそ、紫は惜しみなく自分の力も使った。

 そうしてできあがったのが、この最新式の読心能力。

 『対人間にのみ実行可能』という"縛り"の元に成り立った()()()()

 

 ――それが読み解くのは、運動準備電位。

 

 人は。行動を起こす意思を持ってから、実際に肉体が動くまでの間に〇.〇何秒のラグがある。

 これは、その『行動を起こす意思』に特化し、読み解く専用の力。

 さとりの読心能力のデータと、紫自身の『心』の境界を操る力が組み合わさった、人間では絶対に届かない思考の壁。

 依姫の行動はもう、紫には手に取るように分かる。

 

 依姫は動かない。

 

 刀を鞘に収め、柄を右手で強く握りしめて、目を瞑っている。

 抜刀の構えだと、見て分かった。

 

(……()()()()()、追撃を諦めて反撃(カウンター)に専念するつもり?)

 

 紫の頭の中で、そんな思考が空回りする。

 確かに、現在『伊豆能売』以外の力が使えない依姫からすれば、あちらから異次元に干渉する技はない。

 そうなると必然的に、()()()姿()()()()()()()()()()()()()のだが。

 それにしても。

 

『藍。上から行きなさい、その後の行動は私が()()わ』

『はい』

 

 動かない。

 まるで、意識を失っているのではないかと疑う程の沈黙だった。

 それほど集中しているのだろう。――だが、それでも()()()()()()()()()のだ。

 身体を動かそうと、いやそう思うよりも前に。既に人間の脳は命令を終えているのだ。それは理屈ではどうしようもない。

 空隙を裂いて、おどろおどろしい『スキマ』が展開される。

 影が落ちる。

 ――藍が、飛び降りる。

 

 

「……………」

 

 動きはない。

 

 依姫は、動かない。

 ――()()()()()

 

 藍が、新たに形成した弾幕と共に、妖力で強化した爪を突き立て――。

 

 

 

 

 ガンッ。とまるで鉄でも殴ったかのような、鈍い音が響いて。

 藍の攻撃は、防がれた。

 ――()()()()

 

 

 

 

 その時、確かに藍も紫も、驚愕で心臓の鼓動を一時停止させた。

 

「……………」

 

 依姫は、藍の攻撃を持ち上げた鞘で防いでいた。――当然、予備動作もなく。

 

(――ッ……!?)

 

 ()()()()()()()()……!?

 そんな安直な答えを思わず、紫が予想するのも無理はなかった。

 

 運動準備電位とは、意識してどうにかなるものではない。

 

 人間が時折陥る、思考の空白や『無意識』のそれとは次元が違う。それこそ生物が息を吸って吐くように、地上の生物が穢れを宿しているように、()()()()()()()()()()()()なのだ。

 だというのに。まさか、彼女は肉体と脳、()()()()()()()()しているとでもいうのか――!?

 依姫が、動く。

 

…………

 

 ギラリと、鞘から再び銀色の刀身が剥き出しとなる。

 ――当然その時も、運動準備電位は読み解けない。

 正確には、読み解いた時にはもう、依姫はその通りの行動を、終えている。

 

 開かれた両目に光はなく。

 半開きになった口から零れるのは、意味を含まぬ濁音。

 

 神降ろし。

 剣士。

 それらの要素から、紫が辿り着いた答えは一つ。

 地上の人間が時に、()()()()()()()()()辿()()()()極限状態。

 

己礼毛之以奈

 

 ――()()()()()()




 トランス状態
殺気(穢れ)に反応する剣術マシーン……?

 剣舞
観賞、祭り等の演目、邪霊を払う等の目的で行われた伝統的な踊りの一種。

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